死線を超え、ようやく迎えた朝だ。
 東方から白色の光が昇り、暗闇に満ちた世界を溶かしてゆく。
 誰もがこの光を臨めた事に僅かながらの安堵を得るだろう。
 そんな朝日の照る中で、何故か僕は戦い方の指導を受けていた。

「まあ教えるつっても俺もまだまだ人に偉そうに物の教えられるほどの領域じゃあねぇんだが、そこは勘弁な。
 それに技術的なもんは一朝一夕で身に付くもんでもなし、とりあえず基本的な心構えと立ち回り方だけ教えとく」
 指導するにあたって、そう前置きをするのは悪名高き桜中の悪魔『新田拳正』だ。
 この島に来て早々、僕を吹き飛ばした張本人でもある。
 こんな事がなければ、きっと一生関わり合う事のない人種だろう。

「まず戦う上での心構えだが、基本は三つだ」
 そう言い三本指を立てる。
「まず『躊躇うな』」
「躊躇うって…………相手を、傷つけることをか?」
 殺すことをか? とは聞けなかった。
「それもあるが、自分が傷つくのもだな。とにかく迷うな、雑念が入るってのが一番マズい」
 そうだな、とそこで言葉を切り腕組みをして僅かに思案した後、これは師匠の受け売りだけどな、と言葉を切りだす。

「『まず目的を定めろ。そしてそこに到達するまでの余計なものをそぎ落とせ』ってな。
 目的ってのは別に『相手に勝つ』とかじゃなくても『逃げる』でも『生き残る』でも何でもいい。
 例えば腕一本失えばあのオッサンを倒せるとして。あのオッサンを倒すのが目的ならそれは『あり』だ。
 けど、『生き残る』のが目的だってんなら、先々を考えると腕一本失うのは旨くねぇな。
 ま、あのオッサンに負けちまったら生き残るもないわけだから、その辺は匙加減が難しいところなんだけどな」
 そう言って腕組みのまま能天気に笑う。

 目標を定める、か。
 その辺は両親から受けてきた勉強法にも通じるものがある。
 たしか大きな目標を定めて、小さな目標を積み重ねてゆく、だったか。
 そこまで思って、こんな時まで何を考えているのかと自嘲する。
 いつまで両親の呪縛に苛まれているのか。

「そして二つ目だが『呑まれるな』。要はビビんなってことだ。
 喧嘩なんてのは呑まれたら終わりだ。竦んで動きが鈍っちまえば勝てるもんも勝てなくなる」
「いや、無理だろそれは」
 簡単に言ってくれているが、それができるなら苦労はしない。
 人間誰しもビビりたくってビビっているわけではない。

「まあそりゃそうなんだが、そう思って腹に力入れるだけでちったあマシになる。
 要は覚悟しておけってことだ」
「…………覚悟」
 その言葉を口の中で反芻したものの、いまいちピンとこない。
 少なくとも普通に学生やってる限りは、本気で向き合うような機会のない言葉だ。

「んで、最後は『考えろ』だな。
 自分には何が出来て、相手には何が出来るのか、自分の目的は何か、そのために如何すればいいか、どう戦えばいいのか」
 考えて、考え続けて、思考を止めるな。そう言っていた。
 正直それは目の前の相手から出るには意外な言葉である。
 どちらかと言えば『考えるな感じろ』とでも言いそうなタイプだと思っていた。
「ああ、ブルース・リーな、俺も好きだぜ」
 率直にその感想を伝えた所、そんな事を言ってきた。

「けどまあそれも真理さ。考えるのと同じくらい考えないことも大事だ」
「どっちなんだよ」
「まあこの辺はぶっちゃけ人による。本能だけで戦う野生児みたいなのもいれば、とことん理詰めで戦うタイプもいる。
 例えばさっきのオッサンとかはタイプで言や後者だな」
「アンタはどうなんだ?」
「俺か? まあ半々だな。理想を言えば、意識と無意識を切り替えるんじゃなく同時に行えるようになるのがベストなんだが。
 ま、この辺は反射になるまでひたすら功夫や実戦経験積むしかない領域だからなぁ」
 余程の天才でもない限り、と注釈する。
 スポーツ選手は反復練習により無意識に最適化された行動をとることができるというが、それと似たようなモノだろうか。
「まあお前の場合、まずは余計なことは考えないことからだな。さっき言った目的とそれに必要な事だけをひたすらに考えるようにしろ」
 かなり無茶苦茶を言っている気がするが、思考を最適化しろという事だろうか。

「心構えはとりあえず以上だな。ま、心構えはあくまで心構えだ、この辺は頭の隅にでも置いとけばいい。意識しすぎるようなもんでもないさ」
 難しそうな顔をしていたこちらに対してそう締めくくる。
 最初に前置きした通り一朝一夕で身に付く物だとは思っていないのだろう。
 それでも知らないよりはと、心構えを説いたのだ。

「んじゃ具体的な立ち回り方に話を移すか。
 とりあえず、お前の欠点から指摘しとくと、大振りをしすぎだな。あれじゃ相手に楽に躱されちまう。
 まずは当てることだけを考えろ、お前のパワーなら細かく当てに行くだけで大抵の相手なら十分倒せる」
 そう言って演武のような動きで大振りのモーションを見せた後、鋭いく細かい動作を見せる。
 実際見せられた後で、実戦的なのがどちらかと問われればなるほどわかりやすい。

「あと少し爪に頼り過ぎだな。
 確かにありゃ立派な武器だし使いたくなるものわかるが、爪ばかり使われるのは相手する側からすれば正直やりやすい。
 ナイフとかと一緒で、余程の達人でもない限り、ああ言う見た目からしてイカにもな武器は牽制に使ったほうがいい。
 例えば相手が右の爪に注目してる間に死角から左のローとかな。
 どうしても爪使いたいんなら、それで体制の崩れた相手に使えばいい。そっちの方が効果的だ」
 僕自身、人間相手にオセの爪を振るったのは、ここに来て目の前の相手に振るったあれが初めての事だ。
 ナイフに例えられた通り、あの爪は当たれば致命傷を与えられるほどの凶悪な凶器である。
 その使用を否定しないどころか、効果的な使い方を指導する辺り、ずいぶんと物騒なことを言ってる。

「で、あんまりむやみに突っ込こむな。
 お前のスピードと重量なら、突撃って選択肢は状況によっては有効ちゃあ有効なんだが。
 インファイトってのは技量がモノを言うからな。相手の攻撃を捌く技量がないと正直お勧めできねぇな」
 自分の技量のなさ目の前の相手や殺し屋のような男を相手にして、身に沁みて分かっている。
 悪魔の力を得ても、格闘の心得などない自分ではプロには勝てない。それが事実だ。

「その辺を踏まえた所で考えるとだ、お前の場合リーチとパワーをもっと生かした方がいいな。
 それに重量級にしてはフットワークもスピードもあるわけだから……そうだな。
 戦い方としてはアウトボクサーみたくヒットアンドウェイで細かく立ち回るのが一番手っ取り早いかな。
 それでもお前のパワーなら威力も十分だろうし、これなら爪も生かしやすい」
 そう言って見本を見せるように蝶のように軽やかにステップを踏み、刺すようなジャブを放つ。
 それは僕と戦った時の山のようにずっしりと腰を下ろした構えとはまったく違う動きである。

「つってもこれも俺が見た感じで、スグできてかつ、お前に合いそうな戦い方ってだけだから。
 合わないと思ったり、逆にもっといい戦い方が見つかったってんなら止めればいいさ」
 気軽にそう言いながらも、見本を見せるようにステップを繰り返しシャドーを続ける。

「アンタのスタイルとはずいぶんと違うんだな」
「俺じゃなくてお前に合ったスタイルだからな。
 お前が八極拳を覚えたいってんならそれはそれで別口で教えてやるしよ。
 なんなら昔俺が通ってた道場でも紹介してやってもいいぜ?
 けどよ、功夫なんて付け焼刃で身に付くもんでもないから、やるにしてもこのゴタゴタが終わってからだな」
 己の流儀を押し付けるのではなく、本気でこちらに合った戦い方を提案しているようだ。

「……と言うか僕に戦い方なんて教えて。アンタに何の得があるっていうんだ」
 その真剣さに、思わず疑問が口を付いていた。
 心得の無い僕とが彼に学ぶのはいい。そう思ったからここまで黙って聞いてきた。
 けれど、彼が僕に教えを説く理由がない。
 成り行きで何故か一緒にいるが、彼と僕は友達でもなければ仲間でもない。むしろ敵対していたはずだ。
 教わった知識を使って自分に襲い掛かってくるとは思わないのか?

「何って、生き残るためにお前の力が必要だからだよ。
 さっきも、お前の加勢がなけりゃやられてたしな」
 この問いに対して目の前の男は当たり前のことのように言う。
 期待の目が向けられる。

 やめてくれ。
 その眼差しは両親を思い出させる。
 過度な期待は嫌いだ。
 期待を掛けられても、応えられない自分が嫌になる。
 劣等感に苛まれる。
 中学受験に失敗したあの時を思い出させる。
 最悪だったあの日々を思い返す。

 僕はそれが嫌になって、悪魔の力を手にしたというのに。

 なのに。悪魔の力があれば何でも思い通りになるという自信は、この場における度重なる敗北により打ち砕かれた。
 己を支えていたその自信が打ち砕かれてしまえば、残るのは図体だけがでかい冴えない根暗な中学生だ。
 そんな自分に、力などない。

「……そんなのは、たまたまだ。
 結局、手も足も出なかったし、お前だってそうじゃないか。
 あんな相手とまた戦っても……殺されるだけだ。
 大体なんで、僕がお前に協力する前提なんだ。
 さっきのは借りを返しただけだ、僕は…………!」

 お前に協力する気なんてない。
 そう啖呵を切ろうとしたところで。

 放送が、流れ始めた。

「――――――――ッ」

 自らの胸を掻き毟るように掴む。
 鼓動が早い。
 背中を冷たい汗が伝い、喉が渇く。
 何だろうこの感覚は。

「おい、大丈夫か?」
 余程僕の様子がおかしかったのか。
 放送が終わったところで、そんな声がかけられた。

「別に…………知り合いの名が何人か呼ばれただけだ。大したことじゃない」
「そうか」
 それ以上深く問うでもない、簡素な相槌だった。

 そう、それだけの話だ。
 死者の中に知った名は確かにいくつかあったが、学校が同じなだけでクラスも違う、碌に話したこともない。
 ただ名前と顔を知っているだけの間柄な相手である。

 なのに、何故だろう。
 この胸には日常の欠片が取り返しのつかない所に転げ落ちてしまったような感覚がある。
 これが喪失感というものなのだろうか。

「…………そういうアンタはどうなんだ?」
 その痛みを誤魔化すため、おぼろげに問いかける。
「俺か? そうだな、俺もダチの名が何人か呼ばれた」
 友達。
 その言葉に文芸部の皆の顔が浮かぶ。
 僕の数少ない、友人と言えるみんなだ。
 悪魔の力を得る前からの、大切な。

 知ってるだけの相手が呼ばれただけで、胸の中心を締め付けるような痛みがあるのだ。
 友人を失うという感覚は、どれ程のなのか。今の僕には想像もつかない。
 かける言葉が見つからず、戸惑いながらもその顔をを見つめる。
 そこで思わずギョッとしてしまった。

「お前…………大丈夫か?」
 気付けば、そう訊ねていた。
 その問いは何に対しての物なのか。
 漠然とした不安感が湧き上がり、自分でも何を問うたのかわからなかった。

「ん? ああ心配してくれたのか? ま、大丈夫さ心配すんな」
 そう言いながら、名簿を取り出して中身を確認してゆく。
 そして何かを見つけたのか、そこで大きく舌を打った。

 返ってきた答えは、あくまでも冷静で、本当に心配がいらないと言った風であった。
 だが、友人が死んだ直後だというのにこの反応は余りにも冷静すぎる。
 僕にはそれが、余りにも不気味に見えた。

 先ほど見た彼の顔に浮かんでいた感情。それは、悲しみでも怒りもなかった。
 それは、ただこの理不尽をすんなりと受け入れてしまった、享受の顔。
 それは強さというよりは、諦めにも似ているように感じられて。
 目の前の存在が僕の中に潜む悪魔とは違う意味で危うい存在なのだと気づかされた。

「やっぱり……ついていけない」
「ん?」
「放送で途切れた話の続きだ。
 僕は――――お前とは一緒に行けない」
 改めて放送で途切れてしまった言葉を、それ以上の意思を込めて告げる。

 第一印象の通りだ。
 僕と彼では致命的に合わない。
 無駄な期待も、根拠のない信頼も、理解不能の強さも。
 何もかものが劣等感を煽る。

 それが子供の我が侭じみた勘定だというのは分ってる。
 一緒にいた方が互いに安全だというのも分ってる。
 それでも、一緒にはいけない。
 ついていけそうにない。

 突然の申し出に、相手は訝しそうにこちらを見つめてくる。
 その視線を最低限の意地を込めて、真正面から見据えて目を逸らさなかった。
 そうして、こちらの本気を読み取ったのか、仕方ないという風に相手は溜息を付いた。

「まあ、お前がそう決めたなら引き留める理由はねえよ。無理強いできる話でもねえしな。
 お前もお前で思うところもあるんだろうし、お前が無差別に誰かを傷つける奴だってんなら力づくでも止めるけど、お前がそういう奴じゃないってのはもう分ったしな」
 何を。いったいこの僕の何をわかったというのか。
 僕はそんな上等な人間じゃないというのに。

「ここがどの辺のエリアかわかるか?」
 そうと決まれば目の前の男の切り替えは早い。
 すぐさまこれからについて話を進める。

「F-5あたりだと思うけど」
「となると西南の森にあのオッサンがいるのか……そっちは避けたいな。
 それじゃ別れるとして、それぞれ北と東に進むとするか。お前はどっちがいい?」
「どっちでもいい」
 どうせ行く当てなどないのだ、どこに行こうと同じだろう。
 行く先も、探す相手もいない。

「んじゃこれで決めるか、さっき荷物確認した時ちょうどいいのがあったし」
 そう言ってデイパックから取り出したのは巨大なクロスボウだった。
 これで決めるという事はクロスボウの矢を回して倒れた方向に進むとかそういう感じだろうか。

「って。ちょっと待て、こんな武器があるなら、なんでこれまで使わなかったんだ?」
 これほど巨大な代物であれば威力も相当だ。
 きっとオセの装甲すら容易く破るだろうし、これがあればあの殺し屋とももう少し楽に戦えただろうに。
 まあ僕に使われていたら危なかったけれど。

「いや。慣れない武器なんて使っても仕方ないだろ、槍ならともかくよ。
 まあ確認してなかったってのもあるけどな」
 理屈は分るが、この状況でこれほどの武器を腐らせておくのは些かもったいない気もする。

「はっはっは。こりゃあれだな。うん、あれだ、あれだよ…………何だっけ?」
 恐らく宝の持ち腐れと言いたいのだろうがいちいち教えたりはしない。
 というか戦い方とかそういう話はスラスラ喋れてたというのに、この程度のことわざが一字も出ないっというのはどういう事だ。

 まあいいかと言葉が出ない事実を切り替えると、クロスボウ本体を杖のように地面に着いた。
「おいそっちを回すのか?」
「矢がねぇんだよこれ」
 そう言ってクロスボウを指先で弾くと、独楽のように勢いよく回転を始めた。
 そしてその勢いは自然の摂理として時と共に失われる。
 ジャイロ効果が弱まったクロスボウは軸を揺らして、最後に大きく楕円を描くとその場に倒れた。
 倒れたクロスボウの取っ手は、北方を指していた。

「北か。じゃあ輝幸は東だな。
 とりあえず、この辺の奴らにあったらよろしく言っといてくれ」
 そう言って勝手に僕の荷物から名簿を取り出し、幾つかの名前に丸を付けてから付き返してきた。
「そっちも誰かに何かあるか?」
「いや、別に」
 もともと大した数のいなかった知り合いは、先ほどの放送で殆ど死んでしまった。
 その生き残った相手も、わざわざ何かを伝えるような仲じゃない。
 相手はそうか、とだけ答えた。

 とりあえず、進む道は決まった。
 もう止まっている理由もないだろう。

「じゃあな。お互い無事に地元で会おうぜ」

 その言葉に返さず、僕は無言のまま東方へと進んで行く。
 そこから少し遅れて別方向へ進む足音が聞こえた。相手も動き始めたのだろう。
 だが、少し進んだところで足音が止まり、こちらを振り返る気配を感じた。

「――――輝幸。最後の助言だ。拳士としてじゃなく俺からのな。
 殺すなとは言わねぇ。身を守るために必要なら全力を尽くせ。
 そしてその結果がどんな結果でも、受け入れる覚悟を決めろ。
 それが出来なきゃ――――」

 ――――心か、体が、死ぬだけだ。

 今までにない真剣な声で、そんなことを言った。

 振り返ると、既に相手は背を向け歩き始めていた。
 だから、本当にそれで最後。
 そこから僕たちは振り返ることもなく、違う道を進み始めた。

 僕は朝日に向かって進む。
 その眩しさに少しだけ眩暈がした。

【F-5 道上/朝】
斎藤輝幸
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:東へ向かう
※名簿の生き残っている拳正の知り合いの名に○がついています

【新田拳正】
状態:ダメージ(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:北へ向かう
2:知り合いを探す
3:脱出方法を考える
※名簿を確認しました

【ビッグ・ショット】
スイス某所でブレイカーズ支部長を勤める狙撃怪人『ウィリアムモストロ』が愛用する超大型レーザークロスボウ。
その外観及びサイズは最早クロスボウというより対物ライフルに近い(ウィリアムモストロはこれを片手で扱う)。
高出力で貫通力に優れる矢型レーザーを放つスナイプモード、低威力の矢型レーザーを機関銃の如く連射するマシンモードを任意で切り替えられる。

074.ヒーローと案山子 投下順で読む 076.殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織
時系列順で読む
Circus Night 新田拳正 氷柱割
斎藤輝幸 それが大事

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最終更新:2016年03月02日 17:37