「俺が尊敬する人間?そりゃあ案山子さ。男ならヒーローに憧れるのも当然だろ?」
「案山子は都市伝説?ははは、一般人の認識なんてそんなもんだろうよ。……へえ、あんたもそれなりに裏を知ってる口かい。
じゃあ案山子がマジにいるってことも気づいてんのか。ということは案山子の登場で犯罪発生率が減ってるのも調査済みだよな」
「案山子も犯罪者?あんたも頭が固い、……いや取材上の建前みたいなもんか。ああ、確かに案山子は犯罪者ってみなす輩もいるさ。
俺から言わせてみればそいつらも悪人さ。案山子という正義の妨害をするんだ、それが悪以外の何だっていうんだ」
「俺は弱者を傷つける糞みたいな悪人は死ぬべきだし、断罪の邪魔をする奴も死ぬべきだと思うぜ」
「あん?まるで俺が案山子みたい?よせや、俺は案山子じゃねえ、――スケアクロウだ」
【あなたが尊敬する人物はズバリ誰?照影新聞第15回通行人無差別調査(担当:四条薫)より一部抜粋】
※なお、この記事は無差別と書かれているにも関わらず取材した人物のほとんどは危険思想、薬中、一流芸能人とまるで世論調査に適していなかったため、編集部の判断により本誌未掲載。
「一番捕まえたい犯人?私の本業は浮気調査とペット探しなので、今回みたいな事件は専門ではないんです」
「もちろんその場に居合わせたら推理はしますけど、自分から犯人を捜して追い詰めるのは柄じゃないというか」
「だから捕まえたい犯人は、特にいないとお答えします」
「え?では一番嫌いな犯罪者ですか。……案山子ですね」
「私は人は法でしか裁けないと考えています。法以外の裁き、所謂『私刑』はただの身勝手な暴力です。
案山子をヒーローのように崇める人もいると聞きますが、私には理解できない考えです」
「案山子がまだ脱走した死刑囚や、連続殺人犯、つまりどう考えても『死刑』が確定している者だけを狙うなら百歩譲って許せます」
「けど、案山子は違う。軽犯罪でも構わず殺してしまう。こんなことがまかり通れば法治国家の体をなしません」
「このさいはっきり言います。私は案山子が大嫌いです」
【四条薫の探偵レポート:スイーツ女探偵初瀬ちどりのケースより一部抜粋】
※取材当日に殺人事件が起きたため、不謹慎という理由から本誌未掲載。なおこの事件は初瀬ちどりにより解決済み。
「一番捕まえたくない犯人。おいおい、警察にそういうことを聞くのかい」
「そうだね、誰かのためにしょうがなくとか、経済的に切羽詰ってとか、そういう同情できる理由がある犯人は捕まえる時あまりいい気持ちではないね」
「他のパターンか。……そうだね、案山子、かな」
「……今から俺が喋る言葉はオフレコで頼むよ」
「日本の警察界は市民の皆さんが思っているほどクリーンじゃない。出世のためにお互いの捜査を邪魔したり、警察に不利になる証拠を隠したりはよくあることさ」
「親が高級官僚の場合、逮捕できないなんてことも多々ある。俺もそういう経験が何度かある」
「だが、案山子は違う。あいつの裁きはどれほど血筋が良い人間でも逃れることはできない」
「もちろんあいつも悪辣な犯罪者の一人さ。俺だって馬鹿じゃない、それは分かってる」
「しかし案山子の行動が犯罪行為への確かな抑止力になっていることも事実だ。我々が何万人集まってもできなかったことを、案山子は一人でやってのけたのさ」
「もし案山子が目の前にいたらどうするかって?当然捕まえるさ。ただ、その前に一度話を聞いてみたいものだな」
「彼が何を思って案山子になっているのかをね」
「……すまない、ちょっと飲みすぎたかもしれない。今までの言葉は全部忘れてくれ」
【東京警察猛者インタビュー:第7位、榊将吾警部補(四条薫)より一部抜粋】
※外部組織の圧力により本誌未掲載。
「へえ、案山子について知りたいの?」
「変わってるなあお嬢ちゃん。殺し屋である俺に断罪者について聞きたいのか。老婆心ながら忠告するけどさ、取材対象選んだほうがいいと思うぜ」
「まあいいけど。俺と案山子の出会い、それは……」
【入院中の四条記者のメモ(仮題:殺しの美学、―KARASU―より一部抜粋】
※あまりにも過激すぎる内容から本誌未掲載。後にこのインタビューは書籍として纏められ出版。
◇
そこには奇妙な男達が集まっていた。
着ている服も体格も扱う武器も、この工場に来た手段さえバラバラな男達。
唯一共通している事柄は、皆何らかの方法で顔を隠しているということだ。
覆面、サングラス、マスク、麻袋、前髪、仮面、お面、鉄仮面。
顔の一部、あるいは全体を隠した者達はこの寂れた工場地帯に妙に調和し、退廃的な雰囲気を出していた。
男達は小声で話し合っていた。
それは最近の時事問題や芸能ニュースから、ターゲットをいかに殺したかの自慢話や同業者の話題、聞くのもおぞましい自らの所業など多岐にわたる。
人によっては彼らをこう表現するかもしれない。
殺し屋組織に似ていると。
「なあお前聞いたか。案山子の噂」
「ああ、なんじゃそりゃあ」
翁の面を付けた男が鉄仮面に応じる。どちらも仮面以外に特筆すべき特徴はない。
「案山子の格好した殺し屋だよ。結構強いらしいぜ」
「はあ?なんで案山子の格好するんだよ。殺し屋は地味でなんぼだろうが」
翁の面の男は自分の姿を棚上げしてそう吐き捨てる。
「さあな、目立ちたがりやなんじゃねえの?」
鉄仮面の男も詳しくは語らず、肩を竦める。
その時、事は起きた。
突如、仮面の男達の上から破砕音が聞こえた。
まるでラップ音のような、しかしまるで取り返しがつかないかのような音。
男達は一斉に上を見上げる。
そして、――上から案山子が降ってきた。
あまりにも非現実的な現象に呆気にとられる男達とは裏腹に、案山子は両足でしっかりと地に足をつける。
と、ほぼ同時に案山子の回し蹴りが鉄仮面の首筋を掠り、血しぶきをあげた。
仰向けに倒れる鉄仮面。案山子の左足、靴の先端に鋭利な刃物が備え付けられていた。
「あ、ああぁぁあああああぁぁあああああ!」
翁の面の男の悲鳴のような叫び声で、他の男達も戦闘態勢に入る。
ウルトラマンのお面をした男が案山子に殴り掛かる。
サングラスの男がどこからともなく槍投げで使われるような槍を取り出し、案山子に投げる。
翁がハンドガンを構え、案山子に向かって撃つ。
連携は全く取れていないが、一つ一つが致命傷になりうる攻撃が案山子を襲う。
そして、そこまで確認して麻袋で顔を隠した男は後ろを向き、出口へ向かった。
他の男達が意味不明な事態と突然の戦闘で恐慌状態になるなか、彼だけは心に何の波風も立たせず、静かにその場を去ろうとしていた。
麻袋の男は理解していた。
自分達が二流の殺し屋だと。群れてもたいした影響力はないと。
麻袋の男は理解していた。
自分達に信頼関係は無いと。一か月に一度の会合でさえ、皆素顔を隠すこの組織に連携は不可能だと。
麻袋の男は理解していた。
この組織はここで終わりだと。あの案山子の格好をした殺し屋に潰されると。僅かな戦闘だけであの案山子が圧倒的な実力なのは理解できた。
麻袋の男は理解していた。
誰も自分の逃走に気が付いていないことを。皆が皆、突然の奇襲に混乱し、襲撃者のことしか見ていないことを。
麻袋の男は理解していた。
自分だけは逃げ切れると。他の男たちが混乱しながらも案山子に立ち向かっている。皆それなりの使い手だ。時間稼ぎとしては十分だと。
麻袋の男は理解していた。
今日もベットでぐっすり眠れると。明日からも楽しく犯罪生活を送れることを。
だから、麻袋の男は理解できなかった。
もう、自分の後方で音がしなくなっていたことを。
ただ血の匂いが充満しだしたことを。
「どこへ行くつもりだ」
後ろから聞き覚えのしない声がする。
麻袋の男は唾を飲みこみ、ゆっくりと振り返った。
血だまりの中に悠然と立つ案山子。
あまりにも非現実的な光景に、しかし麻袋の男の心臓はばくばくと鳴り響く。
「お前が、最後だ」
案山子のその言葉が、麻袋の男の心に楔となって撃ち込まれる。
恐怖を、麻袋の男が知った瞬間だった。
◇
その人間は犯罪が好きだった。というよりは正義や正しさという概念が大嫌いだった。
幼少期、苛めを見逃せない正義感に熱い少年がいた。人間は少年の家族を惨殺し、正義感に熱い少年の心を荒ませた。
その時は社会的に影響力を持っていた親が人間の殺人を揉み消した。人間はそれに感謝した。
親は必死に人間に物事の正しさを説いた。人間は煩そうにそれを聞き、二十歳の時に自分の家族を全て殺した。
人間は自由になったが、後ろ盾をすべて全て失った。
人間は生活費を稼ぐため、殺し屋稼業を始めた。
人間は危機察知能力は非常に優れていたが決して腕っぷしが強いわけではなかったので、超一流の殺し屋にはなれなかった。
人間は殺し屋の連合を考えた。外国のとある組織をモチーフにした。
人間が作った連合はそれなりに機能した。元々人間に人望は無く、更にリーダー格は替え玉を使ったので、その影響力もたいしたものではなかった。
人間は安定した生活を続けたが、どこか退屈を感じていた。
そして、今日。
人間が作った組織は壊滅し、人間は恐怖に全身を震わせていた。
◇
変声期、ではなく変声機。
今、工場内で生きている二者はどちらも変声機を使っていた。それ故に性別さえ確かではない。
男、と表現したがそれを確認できる情報は二人の怪人にはないのだ。
「お前どこの組織からの刺客だよ」
「俺は案山子だ。組織に属していない」
案山子は静かに言葉を吐いた。歪められたその言葉は、やはり中にいるであろう人間の姿をまったく映さない。
「ああ、確かに群れる案山子はいない、な」
くっくっく、と麻袋の男は笑った。しかし、その言葉は震え、掠れ、今にも泣き出しそうにも聞こえた。
麻袋は思う。予想できていた最期だと。悪の道を歩いてきた者が、最後は別の殺し屋/また別の悪に殺される。
これこそが世の節理だと、麻袋は覚悟を決める。
むしろ警察に捕まって法の裁きを受けるよりはよほどマシだと自分を慰める。
手練れ数人を文字通り瞬殺するこの凄腕に、もう自分が勝てるわけないのだから。
「あーあ、フリーの殺し屋に殺されて終わりかよ、俺の人生」
「違う、俺は断罪者だ」
空気が凍った。
◇
その人間は、正義や正しさが大嫌いだった
◇
「俺の名は案山子。貴様ら悪党をこの世から追い払う者。貴様ら屑に地獄を見せる者」
案山子の言葉を聞いた時、麻袋の心中から恐怖が消えた。
その代りに湧き上がったもの、それは案山子に対する怒りと、それ以上の――嗜虐心。
「断罪者……?つまり、お前あれか?俺を殺すのは利を得るためじゃなくて、『正義』のためってことか?」
「そうだ。貴様は正義によって断罪される」
ああ、この感情はいつ以来だろうか。
正義や正しさを語る連中を全員地獄に落としてきた青春の日々。大人になり落ち着きを覚えてからはそういう金にならないことはしなくなった。
が、それは自分の周りにもうそんな青臭いことを言う奴がいなくなった事も大きな要因だ。
まさか、この年でそんな奴に出くわすとは!
「前言撤回だよ、案山子。俺はお前に殺されるわけにはいかないなあ。何故なら俺は――悪だからだ」
案山子が静かにナイフを構える。案山子からしてみても自らを悪と名乗る者は初めてだったのかもしれない。
「断罪者であるお前にとっての一番の屈辱は悪を名乗る俺を殺せないこと、だろ?」
麻袋は生きるため、正義を否定するために足掻くことにした。
◇
突如、死体が案山子に襲い掛かった。
麻袋が足元に倒れていた仲間を案山子に向かって蹴り上げたのだ。
勿論、案山子にとってこの攻撃は大した障害にならない。
冷静に自分に向かって吹っ飛んでくる死体を弾き飛ばす。
が、その隙があれば十分だった。
麻袋は窓にその体を躍りだす。
窓ガラスを全身で破壊しながら外へ逃れた麻袋はそのまま必死に走る。
麻袋達がアジトにしていた工場地帯は山中に位置していた。
麻袋は夜の闇で一寸先も分からない森の中を転がるように走り抜ける。
優雅さなど欠片もない。獣道すらない。ただ重力に従うように麻袋は駆ける。
未だに麻袋の直感は警報を上げ続けていた。危機は去っていない。案山子が後ろから追いつく可能性は十分にある。
そして、鬱蒼と茂った森を抜けた先は崖だった。
麻袋は迷わず跳ぶ。高く、高く。一瞬体に感じる浮遊感とその後の急激な落下。そして全身にくまなく広がる衝撃。
意識を飛ばしながら、麻袋の男は確かに笑っていた。
◇
この後、麻袋は鴉と名を変え、キャラ設定を練り、案山子の挑発を始める。
死体を残虐に処理し、数多くの凶悪事件を引き起こし、その知名度は麻袋の時とは段違いになる。
逃走方法も洗練され、文字通りの「影武者」を操る技術や、ある程度の戦闘力や頭の閃きも身につける。
何より、案山子との鬼ごっこにより勘が異常に冴えはじめ、ますます逃げ足に磨きがかかった。
案山子も時が経つにつれ知名度があがり、一般人でも都市伝説として知る者が出るようになっていった。
二人が面と向かって出会うことはその後2~3回しかなかったが、鴉がここまで追い詰められたことはこの最初の一度きりである。
◇
地下実験場に残骸が一つ。
もはや人間の形をしていない。
この残骸は案山子と呼ばれた。悪を殺し、邪悪を殺し、復讐者に殺され、鴉に破壊された。
多くの人間に影響を与え、巷では都市伝説として流布し、治安維持に貢献した。
そして殺し合いの場、僅か数分で死亡した弱者であり、数多くの悪を放置したままこの世を去った敗者であり。
今となっては素性を知る人物が誰もいない、孤高のシリアルキラーである。
◇
草原を一人の人間が歩いている。
人間は犯罪を愛していた。人間は正義や正しさが大嫌いだった。
人間は殺し屋だった。人間は外道だった。
人間はその顔を鴉を模したマスクで隠していた。
人間の名は×××。
しがない小悪党にして案山子から逃げ切った傑物である。
一人残された寂しい鴉である。
【D-9 草原/午前】
【鴉】
状態:健康、凄まじい苛立ち(どれくらい解消されているかは不明)
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0~1
[思考・状況]
基本思考:案山子を後悔させる。
1:?????
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※案山子がわざと死んだ可能性に気づきました。
最終更新:2016年03月02日 17:45