淡い光に照らされた薄暗い一室に一人の男が取り残されたように佇んでいた。
耳鳴りがするほどの静寂の中、男は何をするでもなく部屋の中央にある光り輝く球体を見つめ愉しげに笑みを浮かべている。
静かに静かに世界の終わりを待つように。
それは孤高でも孤独でもなく、ただ一人でいることが当たり前のような、たった一人で完結した存在。
混沌の革命者。進化の改変者。法則の支配者。世界の染み。
ワールドオーダーと呼ばれる完結者。
彼の坐する部屋は平和とは対極の平穏に満ちていた。
足元に転がる髑髏のオブジェは消え、何処かの誰かが奮起した戦闘跡もない。
全てを否定しながら、時でも巻き戻ったかのように『なにもない』を保っていた。
「やあやあ、調子はどうかネ」
この場にそぐわぬ飄々とした声が部屋の隅から響き、完璧な静寂が打ち破られる。
暗がりから現れたのは胡散臭さが服を着ているような背の曲がった男だった。
手入れを気にしていないようなボサボサの白髪交じりの黒髪。
ずれすぎたメガネはもはや視界を補正しているのか怪しい。
毎日取り換えている純白の白衣だけが唯一その男の清潔感らしきものを示していた。
その口調や雰囲気から年老いた老人のように思えたが、よく見ればしっかりとした顔立ちからまだ若い男である事が窺える。
部屋の主は突然の来客に僅かに怪訝な顔をしながら、その名を呼んだ。
「おや、君が直接こちらに来るだなんて、どういう気まぐれだい―――兇次郎?」
藤堂兇次郎。
奇人、変人、天才の名をほしいままにする狂気のマッドサイエンティスト。
数多くの非人道的兵器を生み出し、人造人間を手術を確立したブレイカーズの研究者である。
兇次郎は当然のような足取りでつかつかと暗闇から歩を進め、ワールドオーダーの対面の座席へと腰かけた。
無駄に広い椅子の端っこにこじんまりと収まりながら、姿勢とは真逆の横柄な態度で目の前の相手にではなく背後へと声をかける。
「シェリル、レモンティーを」
何時からそこに立っていたのか。
その斜め後ろにはメイド服を纏った、輝くようなブロンドの美しい淑女が傅いていた。
見るモノに氷のように冷たい印象を与える白く透き通る肌、表情もまた色のない白を保っている。
静かに待機していたメイドは無礼な主人に変わり、表情を変えぬまま恭しく部屋の主に一礼。
そして、どこから取り出したのか、重ね合わせた手元に白いティカップを携える。
美しいメイドはメイドは能面のような無表情のまま、顎が外れんばかりに口を開いた。
そして口からだばだばと黄色い液体を垂れ流し、飛沫も散らさず丁寧にカップに注がれて行く。
満ちてゆく黄色い液体から沸き立つ、白い湯気を浴びながら眉一つ動かさない鉄の女。
いや鉄の女というより、事実として彼女は鉄でできていた。
シェリルR-1。兇次郎が作り上げたメイド型アンドロイドである。
兇次郎はシェリルから熱々のレモンティーを受け取ると、テーブルに置かれていた白い瓶を開く。
そしてレモンの香りも吹き飛ぶような量の角砂糖をドボドボとカップに落としていった。
もはや飽和し砂糖の粒がざらざらと残る液体に口をつけ、半分近く飲み干したところで部屋の主を放置していた事に気付いたのか。
ああと、とってつけたように呟きカップを置いて視線を向けた。
「君もどうかネ?」
「いや結構、遠慮しておくよ」
「おや、レモンティーはお嫌いかネ? まあかく言うワタシもあまり好きではないのだがネ。
なンだったらレモネードも作れるヨ?」
「だったら何故そんなものを飲んでいるんだい?」
シェリルにレモンティーを用意させたのは兇次郎である。
苦手というのなら何故自ら進んで頼んだのか。
「オヤオヤ。レモン電池って知らなィ? レモンは発電するのだヨ?」
「それは知ってるけれど、むしろそんなものでこのアンドロイドが動いているのだとしたらそれはそれで驚きなんだけど?」
「発電機能を賄った絞りカスの有効利用ができるんだ、普通の炉を組み込むよりお得だろゥ?」
果たしてそれはお得なのだろうか?
天才の発想は理解不能である。
二鳥を重んじて一石を軽んじている気もするが、それで成立しているのが天才というものなのだろう。
「まあいいさ。けど機能美にこだわるのは結構だけど、もう少し見栄えは気にした方がいいんじゃないかい?」
「心外だネ。これでもその辺は気にしているサ、下から出る方が下品だろゥ?」
意外なことに、そのレベルの良識はあったらしい。
「なるほど。違いない。
だったらあと一歩、口から出すのも十分下品だと踏み込んでほしかった所ではあるけどね」
ワールドオーダーの皮肉にも兇次郎は知った風でもなく、部屋の中央に視線を移す。
そこには上下を流動する光の線で繋がれた、蒼と碧に光り輝きながらゆっくりと回転する球体があった。
「大首領たちはあの中かネ?」
「ああ。大昔に創った世界に、ちょうどいいのが残ってたんでね。
設定をいじって再利用させてもらった。まあ、過去の遺物というやつさ」
『箱庭創造・新たな世界(ハロー・ワールド)』
世界を創造する。失われたワールドオーダーの力の一つ。
吉村宮子という創造の魔女が存在するように、世界の創造は不可能なことではない。
それよりも、世界を世界として成立させ維持させることこそが難しいのだ。
かつてワールドオーダーが創った多くの世界にも、まともな形にならなかった失敗作も多い。
その多くは削除装置(
リヴェイラ)が破壊したが、取りこぼしもある。
島一つ残して生命の育たなかった世界。
それを『自己肯定・進化する世界』で削除装置にも破壊できないようにして内装を弄って再利用した。
それがこの殺し合いの舞台となった、世界の始まりだ。
「触ってもイィ?」
「駄目。ここにあるのは概念的に同期した投影のようなものだけど影響は出るから止めてくれ」
メイドに支えられながら身を乗り出して、球体を人差し指でつつこうとしている研究者を制止する。
無論、ミニチュア化した参加者がこの小さな球体に収まっているという訳ではない。
ここにあるのは世界その物といった実体などではなく、概念的な投影である。
支配者はそうして中の動向を把握していた。
「……それで何しに来たの? ここに君を呼んだ覚えはないんだけど?」
「確かに呼ばれた覚えもないネ。心配せずとも言われた通りの煽動(しごと)はしているヨ。
頭を失った集団というのは動かしやすくて助かるヨ。まあ頭がないから崩れるのも早いのだろうけどネ」
不承不承ながらも体勢を戻しながら、心底どうでもよさ気にそう報告する。
その態度からは露骨な不満が見て取れるが、本人もそれを隠すつもりもなさそうだ。
「まあその辺は一日持てばいいさ。それもつまらなそうだね兇次郎、ご不満かい?」
「そうだネ。煽動なんてツマラナイからねェ」
藤堂兇次郎という男は自らが興味を持った事以外は絶対にやらない男である。
そんな男が嫌々ながら協力しているなど、彼を知る者ならば天地がひっくり返るほどの驚きの事実だろう。
不遜な態度の協力者にワールドオーダーは呆れながら息をつく。
「つれないなぁ。もっと協力的になってくれよ。君だって一応――――僕なんだからさ」
そう言って、支配者は不穏な笑みをこぼした。
その歪んだ口から語られた事実はあまりにも突飛なものだった。
――――藤堂兇次郎はワールドオーダーである。
だが、それはおかしい。
兇次郎のキャラクター性はワールドオーダーのモノとは大きく異なる。
外見はもとより口調も性格も行動原理すら違う。
ワールドオーダーと兇次郎の従者であるシェリルしかいないこの空間で、擬態や演技という訳でもないだろう。
「昔はそうでもなかったんだけどねぇ。最近は君のような個性派はダメだな」
過去を懐かしむ老人のようにワールドオーダーはぼやく。
ワールドオーダーは『自己肯定・進化する世界』によって対象に自身がワールドオーダーであるという事実を追記する。
それはワインに溶け込んだ泥のように、暴虐のようなドス黒い染みが元の人格を塗り潰すのだ。
それがワールドオーダーの自己増殖の仕組みだ。
だが、ワールドオーダーという自我が対象の自我を呑みこむのならば。
ワールドオーダーであるという事実に塗りつぶされない強烈な自我を持つ者ならばどうなるのか?
その答えがこれだ。
侵食を跳ね除け、設定を呑みこんだ。
ワールドオーダーでありワールドオーダーでない存在。それが藤堂兇次郎である。
これは兇次郎に限った話ではない。
こういった事例は少なからずある。
その多くは処分なりなんなりで後顧の憂いなく対応してきたが。
藤堂兇次郎はワールドオーダーに呑まれなかったにも拘らず自分から協力しているという変わり種である。
「そう言われてもネェ。ワタシがキミに協力しているのは、あくまで純粋にキミの目的に興味があるからだヨ。
その目的が果たされた後、終わった世界がどうなるのか、終わりの先を見てみたいのサ」
終わりの先を見てみたい。
ワールドオーダーとしてではなく、藤堂兇次郎としての興味。
それが兇次郎がワールドオーダーに協力している理由である。
そこに対する純粋な興味があるからこそ、不承不承ながらも煽動なんて役割を引き受けたのだ。
「それデ? 見られそうなのかネ、その辺?」
博士は無責任に横柄な観客のように尋ねる。
主催者である男は肩をすくめた。
「見たいというのならもっと乗り気になってくれよ。何せ革命だよ革命。楽しくなって来ないかい?」
「その辺の過程には興味がないネ。失敗したなら失敗したでそれでもいいサ。キミにとっては全てでもワタシにとっては結果の一つだ」
「君は、失敗すると思うかい?」
笑みを崩さず革命者は問う。
科学者はカップに残ったすっかり冷めた砂糖水を飲み干し、同じくらいに冷めてた視点で返した。
「キミのやろうとしてることは科学どころかオカルトですらない、ワタシにはそもそも実現可能であるとは思えなィ。
キミから記憶を得ていなければ、はっきり言って一考にすら値しない代物だったヨ。
だからこそ付き合っていると言ってもいいがネ」
自分とは対極のあり得ない理論だからこそ惹かれるものがある。
その好奇心とも知識欲ともいえる衝動こそが兇次郎の根源だ。
「まあ、それならそれでもいいさ。
僕の劣化の限界と水面下で進めてきた準備の完成する時期が重なったのには運命を感じるよ。
これこそが僕忌むべきモノなのかもしれないけれど、それも終わる。
その時こそが――――『神』から決別の時だ」
熱い吐息を吐きながら、凶悪なまでに口の端を釣り上げる。
普段の稀薄な人間性とは対極の、燃える炎のような熱量が冷めた部屋に満ちた。
生きる目的ではなく目的のために生きる歯車にして怪物。
もはや彼にはそれしかないし、それが全てだ。
ワールドオーダーでもある兇次郎はある意味でワールドオーダー最大の理解者だ。
その熱量、その狂気、その背後に渦巻くすべてを理解しながら言った。
「やっぱり頭オカシいネ、キミ」
「君にだけは言われたくないなぁ」
互いに心底本音でそう言って、呆れたようにシンクロしながらかぶりを振った。
「それで、どうするんだい。このままここで終わりまで待つかい?」
「いいや、戻るとするヨ。
何分人見知りなモノでネ、他人と二人きりなんて耐えられないのサ。
それにいつも20時には眠るようにしているのでネ、オネムの時間ダ」
本音とも冗談とも取れない言葉を残してマッドサイエンティストはソファーから立ち上がった。
メイドは主人に先立ち異界へとつながる扉を開いて、その横に待機していた。
「じゃあ、まあ。せいぜい頑張ってネ。ワタシに新たな世界を見せてくれることを期待しているヨ」
そう言って兇次郎は振り返ることなく先の見えない扉の先に歩を進める。
軋むような音とともに、ゆっくりと扉が閉じられて行く。
最後に、優雅に振り返ったメイドが深く一礼するのが見えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
やぁ、定時放送のお時間だ。
もうじき陽も落ちてまた夜が来る。
疲労も溜まってきた頃合いだろうが、一度乗り越えた夜の闇に呑まれないように注意してくれたまえ。
さて前置きは短めにして、さっそく本題といこうか。
もう三度目ともなれば君らも慣れたモノだろう?
まずは禁止エリアについてからだ。
追加される禁止エリアは。
『D-4』
『D-7』
『E-6』
『G-3』
『G-7』
『H-9』
通常の禁止エリアは以上となる。
さてここから、予想している人間もいるだろうけど、その期待に応えてまた一つ世界を狭めようと思う。
外枠をさらに一つ。つまりはBとJのライン、2と10のラインをすべて禁止エリアとする。
これで随分と禁止エリアも増えてしまったね、だいぶ窮屈だろうがうっかり足を踏み入れてしまわないように注意してくれ。
ここまで来てそんなオチは御免だろう?
加えて、人死にが起きるまでの制限時間も縮めよう。
これまでの2時間から1時間とする。念のためもう一度言っておくと、これらの執行は次の放送時にまとめて行う。
つまりはこの6時間で最低6人は確実に死ぬわけだ。
もう人数も少なくなってきたから積極的に殺し殺されを頑張るといい。
それではお次は死亡者の発表だ。
以上だ。
これで三度目の放送も終了となる。
残る参加者は4分の1を切ったわけだ。
いよいよお話も大詰め、6時間後の次の放送頃には決着に近づいている頃合いだろう。
さあ、終わりに向かって全力で駆け抜け、その結末を僕に見せてくれ。
最終更新:2017年02月02日 14:28