テンカウントです、王女様。◆VnfocaQoW2
エステル・ラオス・オリエント・フィンロレンは、人間を信じている。
人には良心があると、信じている。
故に、楽観的でもあった。
このような馬鹿げた殺し合いに乗る人間などいないのだと、根拠なしに信じ込んでいた。
体育館から漏れる、野獣の咆哮の如き怒声を耳にするまでは。
身を隠す扉の向こうで繰り広げられる、激しい戦闘を目撃するまでは。
人には良心があると、信じている。
故に、楽観的でもあった。
このような馬鹿げた殺し合いに乗る人間などいないのだと、根拠なしに信じ込んでいた。
体育館から漏れる、野獣の咆哮の如き怒声を耳にするまでは。
身を隠す扉の向こうで繰り広げられる、激しい戦闘を目撃するまでは。
(まさか、本当に乗ってしまう人がいるなんて!)
それだけでも、エステルにとって十分な衝撃であったが、
それ以上にエステルを怯えさせ、或いは赤面させたのは、
男たちが、半裸であったことである。
より正確に述べるならば、パンイチであったことである。
さらに述べるならば、うち片方がブリーフ派であったことである。
唯一の救いは、二人ともサポーターを着用していた為に、
予期せぬポロリを拝まなくて済んだ点であろうか。
それ以上にエステルを怯えさせ、或いは赤面させたのは、
男たちが、半裸であったことである。
より正確に述べるならば、パンイチであったことである。
さらに述べるならば、うち片方がブリーフ派であったことである。
唯一の救いは、二人ともサポーターを着用していた為に、
予期せぬポロリを拝まなくて済んだ点であろうか。
「You can't see me」
「横文字なんてわかんねえって!」
「横文字なんてわかんねえって!」
男たちは、そのうえ、取っ組み合っていた。
組んず解れつしていた。
打ち合ったり蹴り合ったり握り合ったり転がし合ったりしていた。
『プロレス』なる格闘技を知らぬエステルにとって、
それは信じられぬほど原始的で野蛮な争いと映った。
組んず解れつしていた。
打ち合ったり蹴り合ったり握り合ったり転がし合ったりしていた。
『プロレス』なる格闘技を知らぬエステルにとって、
それは信じられぬほど原始的で野蛮な争いと映った。
「ヘイヘイ、ロートルガイ、そんなモンかい?」
「ベイベーちゃんよぅ、舐めたクチ聞いてくれんじゃねーの?」
「ベイベーちゃんよぅ、舐めたクチ聞いてくれんじゃねーの?」
ロートルガイとは、越後志郎である。
ベイベーちゃんとは、椎名詩音である。
共にプロレスラーであり、共に同じ団体に属している。
いわば、兄弟子と弟弟子の関係である。
ベイベーちゃんとは、椎名詩音である。
共にプロレスラーであり、共に同じ団体に属している。
いわば、兄弟子と弟弟子の関係である。
その二人が、何故いがみ合っているのか?
いや、いがみ合ってなどいない。
ゲームになど乗ってはいない。
彼らは、じゃれあっているだけなのである。
肉体言語で語らっているだけなのである。
いや、いがみ合ってなどいない。
ゲームになど乗ってはいない。
彼らは、じゃれあっているだけなのである。
肉体言語で語らっているだけなのである。
プロレスラーとは、そうした生き物なのである。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
越後と椎名の出会いは時を三十分ほど遡る。
あまり物事を深く考えぬ性質の二人は、この殺人ゲームの開幕後、
目立つ巨体を隠すことなく堂々と、悠々と、道を往ったのである。
故に、すれ違うことなく、二人は早々の再会と相成った。
あまり物事を深く考えぬ性質の二人は、この殺人ゲームの開幕後、
目立つ巨体を隠すことなく堂々と、悠々と、道を往ったのである。
故に、すれ違うことなく、二人は早々の再会と相成った。
「よォ椎名ァ」
「ちわっス、越後サン」
「ちわっス、越後サン」
越後志郎――― 大きな男である。
体中、余すところ無く盛られた筋肉に、脂肪がむっちりと巻いている。
『肉体は、鍛錬を裏切らない』
その信仰にも似た信念の下、今なお欠かさぬウェイトとストレッチにより、
経年劣化を頑なに拒絶している、超肉体の持ち主であった。
額に走らせる何本もの流血線と、薄くなった頭頂部と後ろに束ねた髪。
そしてトレードマークの山賊髭とが相まって、実に古強者の風格を滲ませている。
齢五十を数える今なお現役のレスラーとして活躍しているのも頷けよう。
体中、余すところ無く盛られた筋肉に、脂肪がむっちりと巻いている。
『肉体は、鍛錬を裏切らない』
その信仰にも似た信念の下、今なお欠かさぬウェイトとストレッチにより、
経年劣化を頑なに拒絶している、超肉体の持ち主であった。
額に走らせる何本もの流血線と、薄くなった頭頂部と後ろに束ねた髪。
そしてトレードマークの山賊髭とが相まって、実に古強者の風格を滲ませている。
齢五十を数える今なお現役のレスラーとして活躍しているのも頷けよう。
椎名詩音――― 高い男である。
すらりと伸びた肉体はレスラーというよりアスリートのそれであろうか。
体型もおおよそ日本人離れしており、足の長さたるや欧米レスラーに見劣らぬ程である。
また、余計な脂肪を巻いてはいない。
精神論を徹底的に廃した科学的トレーニングと専門家を雇った栄養管理の下、
最も彼に適した筋力と運動能力を維持しているからである。
その甲斐あってか、今や不動のヘビー級チャンピオンとして君臨している。
三十を目前に控えた今、さらなる成長の可能性をも予感させる、
実力、風格、人気の三拍子揃った、プロレス・スーパー・スターである。
すらりと伸びた肉体はレスラーというよりアスリートのそれであろうか。
体型もおおよそ日本人離れしており、足の長さたるや欧米レスラーに見劣らぬ程である。
また、余計な脂肪を巻いてはいない。
精神論を徹底的に廃した科学的トレーニングと専門家を雇った栄養管理の下、
最も彼に適した筋力と運動能力を維持しているからである。
その甲斐あってか、今や不動のヘビー級チャンピオンとして君臨している。
三十を目前に控えた今、さらなる成長の可能性をも予感させる、
実力、風格、人気の三拍子揃った、プロレス・スーパー・スターである。
片や、根性論の古強者。
片や、科学信奉の麒麟児。
対照的な二人ではあるが、その根は等しかった。
プロレスを愛しているのである。
プロレスバカなのである。
それだけなのである。
片や、科学信奉の麒麟児。
対照的な二人ではあるが、その根は等しかった。
プロレスを愛しているのである。
プロレスバカなのである。
それだけなのである。
「椎名ァ、お前、何がなんだか、わかるかァ?」
「さっぱりわかんねー」
「さっぱりわかんねー」
主催者とやらが書いた手紙は、既に破り捨てられていた。
殺しあえという文言に腹が立った故、その先の文面に目など通すことは無かった。
細かいことはどうでもいい。
とにかく気に入らない。
越後はそう憤っていたし、椎名もまた同様であった。
殺しあえという文言に腹が立った故、その先の文面に目など通すことは無かった。
細かいことはどうでもいい。
とにかく気に入らない。
越後はそう憤っていたし、椎名もまた同様であった。
「椎名ァ、どうすんべ?」
「やってらんねー!」
「だなァ……、で、どうすんべ?」
「殺し合いなんてやんねー、俺は」
「それは判ってんだよ、椎名ァ。その上でどうすんべって言ってんの、俺ァ」
「そんなん俺に聞かれてもわかんねー!」
「やってらんねー!」
「だなァ……、で、どうすんべ?」
「殺し合いなんてやんねー、俺は」
「それは判ってんだよ、椎名ァ。その上でどうすんべって言ってんの、俺ァ」
「そんなん俺に聞かれてもわかんねー!」
難しい事は苦手な男たちであった。
主催者の手紙の半分も理解できない男たちであった。
頭を鍛える暇があるなら体を鍛える男たちであった。
故に、二人で角突き合わせて問題解決に当たろうと討議したところで、
明確な方向性などをひり出せる訳も無く、
ただ、苛立ちと不快感を募らせるばかりであった。
主催者の手紙の半分も理解できない男たちであった。
頭を鍛える暇があるなら体を鍛える男たちであった。
故に、二人で角突き合わせて問題解決に当たろうと討議したところで、
明確な方向性などをひり出せる訳も無く、
ただ、苛立ちと不快感を募らせるばかりであった。
「頭、スッキリさせてぇなァ……」
「俺、もっ、知恵熱出そう」
「……じゃ、やるか?」
「何を?」
「レスラーがやるっつったらコレに決まってんの!」
「俺、もっ、知恵熱出そう」
「……じゃ、やるか?」
「何を?」
「レスラーがやるっつったらコレに決まってんの!」
越後は配布物の一つ、ゴングを引っ張り出すと、
それを爪で弾いて、カンと鳴らした。
それを爪で弾いて、カンと鳴らした。
「イイね。燃えちゃうね!」
……で。
二人の巨漢は、目に入った学校に侵入し。
その体育倉庫からマットを引っ張り出し。
重ねて並べて、即席のリングを用意して。
その体育倉庫からマットを引っ張り出し。
重ねて並べて、即席のリングを用意して。
ヒートアップした頭を落ち着かせるために、
慣れ親しんだプロレスで一汗かく事に決めたのである。
慣れ親しんだプロレスで一汗かく事に決めたのである。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
プロレスを、ショーだと嘲笑う向きがある。
それは八百長であると唾棄する者がいる。
現に、今やプロレスがゴールデンタイムに放送されることはない。
既に格闘技としては過去の遺物。
その様な印象を、大半のライトな格闘ファンは抱いているであろう。
それは八百長であると唾棄する者がいる。
現に、今やプロレスがゴールデンタイムに放送されることはない。
既に格闘技としては過去の遺物。
その様な印象を、大半のライトな格闘ファンは抱いているであろう。
それは確かにそうかも知れぬ。
時代の趨勢には逆らえぬ。
だがしかし。
ショー故の手に汗握る展開と演出が光るのもまた、プロレスである。
時代の趨勢には逆らえぬ。
だがしかし。
ショー故の手に汗握る展開と演出が光るのもまた、プロレスである。
この、越後志郎と椎名詩音の突発マッチは、
ロープもポストも無き故の、地味なマッチであった。
打撃技と組み技主体の、玄人好みの試合運びであった。
それでも見るものが見れば、珠玉の芸術に等しかった。
ロープもポストも無き故の、地味なマッチであった。
打撃技と組み技主体の、玄人好みの試合運びであった。
それでも見るものが見れば、珠玉の芸術に等しかった。
鍛え抜かれた肉体の美しき躍動。
相手の攻撃を受けきるという美学。
鋭くしつこい技の応酬。
どれを取っても、一級品であった。
相手の攻撃を受けきるという美学。
鋭くしつこい技の応酬。
どれを取っても、一級品であった。
その点、唯一の観戦者・エステルとは、実に相応しくない観客であった。
価値の判らぬ観客であった。
彼女の目には、目の前の好試合が野蛮な取っ組み合いにしか映らぬ。
彼女の胸には、そこに滾る闘魂の息吹を感じられぬ。
価値の判らぬ観客であった。
彼女の目には、目の前の好試合が野蛮な取っ組み合いにしか映らぬ。
彼女の胸には、そこに滾る闘魂の息吹を感じられぬ。
扉の向こうから覗く無理解な観客の存在に、リング上の二人は気付いていない。
越後は椎名に。
椎名は越後に。
全神経を集中しているが故に。
一度組み合ってしまえば。
二人がそこをリングであると認識してしまえば。
もう、ゴングが鳴るまでは、止まらないのである。
越後は椎名に。
椎名は越後に。
全神経を集中しているが故に。
一度組み合ってしまえば。
二人がそこをリングであると認識してしまえば。
もう、ゴングが鳴るまでは、止まらないのである。
椎名が、肘を放った。
越後は、その肘を額で受け止めた。
否、額で迎えに行ったのである。
越後は、その肘を額で受け止めた。
否、額で迎えに行ったのである。
(血ッ!?)
ぱっくりと割れた越後の額から鮮血が吹き出る様子を目の当たりにし、
エステルは己が血を流したかの如く、立ちくらみを覚えて眉間を押さえる。
しかし、当事者たる越後は平気の平左。
エステルは己が血を流したかの如く、立ちくらみを覚えて眉間を押さえる。
しかし、当事者たる越後は平気の平左。
「こんだけジュース流しゃあ、ちったあ頭も冷えるっての!」
このようなことを嘯く始末である。
それは決して強がりではない。
流血は、ある種、プロレスの華である。
如何に派手に流血するか、日夜研究されている程である。
それは決して強がりではない。
流血は、ある種、プロレスの華である。
如何に派手に流血するか、日夜研究されている程である。
「イイね! じゃ、俺もカモンカモン!」
椎名は野太い指をぐにぐにと揺らして、越後を挑発する。
額を突き出してアピールしている。
そこに越後は容赦なく、両腕を伸ばした。
椎名の両耳を引っつかんで引き倒し、鋭く立てた膝に額を叩き付けた。
額を突き出してアピールしている。
そこに越後は容赦なく、両腕を伸ばした。
椎名の両耳を引っつかんで引き倒し、鋭く立てた膝に額を叩き付けた。
椰子の実割り―――
老獪なる技師の極上の一撃が、若きヘビー級チャンピオンに炸裂した。
爆ぜる額に、飛び散る鮮血。
エステルの血の気は益々引いてゆく。
爆ぜる額に、飛び散る鮮血。
エステルの血の気は益々引いてゆく。
(また血がっ!?)
その手に握るライフル―――配布武器の一を杖代わりに、
なんとか膝を崩さぬよう踏ん張っている体たらくである。
なんとか膝を崩さぬよう踏ん張っている体たらくである。
「よー椎名ァ。いい男になったじゃねーの?」
「もとからベビーフェイスよ、俺はさ」
「もとからベビーフェイスよ、俺はさ」
くっくっくっ、と、二人はさも愉しげに笑い合う。
エステルにはもう、何が何だか見当もつかない。
理解の範疇も、心の許容量も越えてしまっていた。
エステルにはもう、何が何だか見当もつかない。
理解の範疇も、心の許容量も越えてしまっていた。
「ベビーフェイスと来たかよ…… じゃあ俺がヒールをやってやるって!」
越後はそう唸ると、己のバッグが置かれている場所に、手を伸ばした。
握ったのはゴングであった。
越後はそのゴングを、ふらつく椎名に叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
椎名は頭をカバーし右へ左へと回避するが、
越後の打撃は的確に、椎名の体を捉えている。
握ったのはゴングであった。
越後はそのゴングを、ふらつく椎名に叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
椎名は頭をカバーし右へ左へと回避するが、
越後の打撃は的確に、椎名の体を捉えている。
それは、演出であった。
熟練の技が光っていた。
熟練の技が光っていた。
ゴングの金具の丸いところを、椎名の骨ばった部分を狙って打ち据える。
そうすることで、ダメージは軽く、打撃音は激しくなるのである。
判る者には、判る。
判らぬ者には、判らない。
絶妙な加減を込めた、殴打技術の結晶であった。
そうすることで、ダメージは軽く、打撃音は激しくなるのである。
判る者には、判る。
判らぬ者には、判らない。
絶妙な加減を込めた、殴打技術の結晶であった。
残念なことに、唯一の観客たるエステルは、全然、全く、これっぽっちも、
そんなことの判らぬ少女であった。
それどころか。
エステルの目には、越後がついに、椎名を殺しにかかったのだと映っていた。
そんなことの判らぬ少女であった。
それどころか。
エステルの目には、越後がついに、椎名を殺しにかかったのだと映っていた。
―――命は大事
―――話せば判ってくれる
―――話せば判ってくれる
ここに来てようやく。
エステルの博愛良心回路が、作動した。
エステルの博愛良心回路が、作動した。
「おっ…… お止めなさいっっ!!」
見るに見かねてエステルは、体育館に突入したのである。
二人の前に飛び出したのである。
その手にしっかりとライフルを握り締めて、
真っ直ぐに越後の瞳を見据えて、
高らかに、愛と平和を謳ったのである。
二人の前に飛び出したのである。
その手にしっかりとライフルを握り締めて、
真っ直ぐに越後の瞳を見据えて、
高らかに、愛と平和を謳ったのである。
「そっ、そんなっ、殺し合いなんてっ、愚かですっ。
私たちはっ、平和な解決法を模索すべきなのですっ」
私たちはっ、平和な解決法を模索すべきなのですっ」
戦いを知らぬ王女の緊張感は、彼女の喉を、舌を、凍りつかせており。
天与の1/fゆらぎを持った声も、震えていては発揮されようもなく。
その上、発せられた声は囁き程の音量となってしまった。
故に、慈愛と正義に満ちたその言葉は、越後にも椎名にも届かなかった。
天与の1/fゆらぎを持った声も、震えていては発揮されようもなく。
その上、発せられた声は囁き程の音量となってしまった。
故に、慈愛と正義に満ちたその言葉は、越後にも椎名にも届かなかった。
しかし、越後はエステルの姿を目視できた。
抱える筒状の武器もまた、彼の視界に収まった。
抱える筒状の武器もまた、彼の視界に収まった。
(猟銃っ!?)
恐るべき兵器の出現に、越後の殴打が、プロレスが、止まる。
未だエステルに気付かぬ椎名のプロレスは継続されている。
つまり、椎名から見た越後には、大きな隙が生まれたのである。
未だエステルに気付かぬ椎名のプロレスは継続されている。
つまり、椎名から見た越後には、大きな隙が生まれたのである。
不動のチャンプ・椎名がこの好機を見逃すはずは無い。
素早く越後のバックを取って、両腕を脇腹から回し込む。
素早く越後のバックを取って、両腕を脇腹から回し込む。
「ボケるにゃあまだ早すぎるんじゃねーの、越後サンッ!」
教本に写真を載せたいほどの、見事な投げであった。
分度器で計った如き綺麗な弧を描く、投げであった。
技の名は、ジャーマンスープレックス。
虚を衝かれた越後に抵抗する余裕は無く、遠心力に抗う術無く。
出来ることといえばただ首を曲げ、衝突の衝撃を和らげることのみであった。
分度器で計った如き綺麗な弧を描く、投げであった。
技の名は、ジャーマンスープレックス。
虚を衝かれた越後に抵抗する余裕は無く、遠心力に抗う術無く。
出来ることといえばただ首を曲げ、衝突の衝撃を和らげることのみであった。
「ぐむっ……!」
投げられた越後は、動かない。
投げた椎名も、動かない。
ブリッジの格好で、固まっている。
投げた椎名も、動かない。
ブリッジの格好で、固まっている。
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、六秒、七秒、八秒、九秒、十秒。
二人の姿勢は、やにわに崩れた。
越後は、マットに体を投げ出して。
椎名は、仁王立ちをして。
勝者と敗者が、ついに決したのである。
越後は、マットに体を投げ出して。
椎名は、仁王立ちをして。
勝者と敗者が、ついに決したのである。
「しゃあーーーーーーーーーーーーっ!!」
勝者は叫んだ、高らかに。
両腕を上空に突き出し、原始人の如く。
闘争本能の赴くままに、雄の獣性を包まぬままに。
両腕を上空に突き出し、原始人の如く。
闘争本能の赴くままに、雄の獣性を包まぬままに。
「らっしゃぁああああっ! だっしゃぁああああっ!」
その、剥き出しの椎名の目線が、ばっちりと。
エステルのそれと、重なった。
エステルのそれと、重なった。
「ひっ!」
椎名の高々と振り上げられた両腕に、
意味のわからぬ狂猛な雄叫びに、
明らかに自分を見つめる血走った眼差しに、
エステルは、ただ、怯えた。
次のターゲットが自分に定められたのであると勘違いし、
もう一刻の猶予もないのだと、ふためいた。
意味のわからぬ狂猛な雄叫びに、
明らかに自分を見つめる血走った眼差しに、
エステルは、ただ、怯えた。
次のターゲットが自分に定められたのであると勘違いし、
もう一刻の猶予もないのだと、ふためいた。
エステルはこの時。
蝶よ花よと無菌の温室の中で育てられた愛の王女はこの時。
生まれて初めて、死の恐怖を実感したのである。
蝶よ花よと無菌の温室の中で育てられた愛の王女はこの時。
生まれて初めて、死の恐怖を実感したのである。
(殺さっ……!?)
行動は、反射的であった。
引き金に掛かった指は躊躇なく引き絞られた。
良心も主義主張も後方にすっ飛んでいた。
引き金に掛かった指は躊躇なく引き絞られた。
良心も主義主張も後方にすっ飛んでいた。
ぱす、と。
予想よりも小さな音が、銃口から発せられた。
銃弾は、椎名のシックスパックの中央に喰いついた。
銃弾は、椎名のシックスパックの中央に喰いついた。
「Champ! is…… Her……」
キメ台詞の語尾を長く伸ばして、椎名が前のめりにどうと倒れこむ。
受身の一つも取ることなく、全く無防備に。
越後はその様子を、倒れる椎名の背後から、見ていた。
受身の一つも取ることなく、全く無防備に。
越後はその様子を、倒れる椎名の背後から、見ていた。
「女ァ! 何しやがったァ!」
怒声が体育館の高い天井に響き渡った。
スープレックスの脳震盪から漸く体の自由を取り戻した越後が、立ち上がる。
その怒りは明らかにエステルに向けられていた。
スープレックスの脳震盪から漸く体の自由を取り戻した越後が、立ち上がる。
その怒りは明らかにエステルに向けられていた。
「撃ったんかァ!? てめー椎名を撃ったんかァ!!」
「え、え、何故です?」
「え、え、何故です?」
エステルには自分に向けられた敵意の意味がわからない。
自分が撃ってしまった男はこの初老の男の敵であったはずで。
自分は彼にとって結果的には命の恩人のはずで。
感謝されこそすれ、恨まれる理由など無いはずであった。
それなのに。
獰猛な野獣の如き咆哮と共に、男はエステルに襲い掛かるのである。
目を剥き、唇をつり上がらせ、怒髪を逆立てて。
自分が撃ってしまった男はこの初老の男の敵であったはずで。
自分は彼にとって結果的には命の恩人のはずで。
感謝されこそすれ、恨まれる理由など無いはずであった。
それなのに。
獰猛な野獣の如き咆哮と共に、男はエステルに襲い掛かるのである。
目を剥き、唇をつり上がらせ、怒髪を逆立てて。
「うぉおおおおお!!」
エステルは本職の格闘家が自分に向ける真っ直ぐな闘志に脳髄を貫かれる。
意識が遠のき、思考が薄れ、目の前が暗くなる。
逃げることもライフルを構えることも出来なくなる。
蛇に睨まれた蛙の如く身を硬直させるエステルに、しかし越後は容赦ない。
意識が遠のき、思考が薄れ、目の前が暗くなる。
逃げることもライフルを構えることも出来なくなる。
蛇に睨まれた蛙の如く身を硬直させるエステルに、しかし越後は容赦ない。
(イチカ! 助けっ……)
越後が、右肘をやや斜めに降ろした格好で振り上げた。
肘から先は、天を衝くかの如く上空に伸ばされていた。
往年のプロレスファンには馴染みのある光景であった。
越後はエステルに走り寄る。
走り寄って……
肘から先は、天を衝くかの如く上空に伸ばされていた。
往年のプロレスファンには馴染みのある光景であった。
越後はエステルに走り寄る。
走り寄って……
麗しの王女様に! 今、渾身の!
ア ッ ク ス ボ ン バ ー ! !
エステル王女は、宙を舞った。
比喩ではない。
手にしたライフルを放り投げ、少なくとも一メートルは浮き上がった。
キラキラと輝く金色の髪に噴出した鼻血を絡ませて、
意図せぬ見事なバック宙を決めたはいいが、着地に失敗。
跳び箱を崩してバウンドし、
バスケットボールを収めた籠の中にナイスシュートと相成った。
比喩ではない。
手にしたライフルを放り投げ、少なくとも一メートルは浮き上がった。
キラキラと輝く金色の髪に噴出した鼻血を絡ませて、
意図せぬ見事なバック宙を決めたはいいが、着地に失敗。
跳び箱を崩してバウンドし、
バスケットボールを収めた籠の中にナイスシュートと相成った。
エステルはピクリとも動かない。
明らかに気絶している。
もしかしたら死んでいるかもしれないが、
越後にとって仕留めた相手などどうでもよかった。
それよりも崩れ落ちた弟弟子であった。
明らかに気絶している。
もしかしたら死んでいるかもしれないが、
越後にとって仕留めた相手などどうでもよかった。
それよりも崩れ落ちた弟弟子であった。
「なあ椎名ァ…… まだテンカウント入ってねえって!
プロレス界の星が、こんなトコで落ちちゃなんねえって!」
プロレス界の星が、こんなトコで落ちちゃなんねえって!」
越後は椎名を抱き抱え、怪我の状況を確認する。
出血は想像より遥かに少なかった。
というより、全くと言っていいほど出血していなかった。
当然、土手っ腹に風穴などもなく。
よく鍛えられた腹筋に、小さな注射器の如き筒が突き立っているのみであった。
出血は想像より遥かに少なかった。
というより、全くと言っていいほど出血していなかった。
当然、土手っ腹に風穴などもなく。
よく鍛えられた腹筋に、小さな注射器の如き筒が突き立っているのみであった。
「ぐぉ~~~、ぐぉ~~~」
しかも、椎名の口から漏れるのは、地響きの如き鼾である。
「てー、こたァ、つまり……?」
エステルの発射したライフルとは、遠隔接種用注射筒――― 俗に言う麻酔銃であった。
越後は思わず振り返り、吹っ飛ばした金髪の少女を見遣る。
変わらぬ位置で、変わらぬ格好で、変わらず少女は伸びていた。
越後は思わず振り返り、吹っ飛ばした金髪の少女を見遣る。
変わらぬ位置で、変わらぬ格好で、変わらず少女は伸びていた。
「ありゃ…… やりすぎちまったかァ? 参ったね、どーも!」
薄くなった頭頂部を、所在無さげにぽりぽりと掻き。
越後はエステルの安否を確認する。
越後はエステルの安否を確認する。
【一日目・深夜/F-2 学校・体育館】
【越後 志郎】
【状態】健康
【装備】遠隔接種用注射筒 残3/4(←エステル)
【所持品】基本支給品、支給品、ゴング、エステルの支給品(←エステル)
【思考】
1.椎名の目覚めを待つ
2.エステルの安否は確認しておく。生きてたら捕縛
3.ゲームには乗らない
【状態】健康
【装備】遠隔接種用注射筒 残3/4(←エステル)
【所持品】基本支給品、支給品、ゴング、エステルの支給品(←エステル)
【思考】
1.椎名の目覚めを待つ
2.エステルの安否は確認しておく。生きてたら捕縛
3.ゲームには乗らない
【遠隔接種用注射筒】
エステル・R・O・フィンロレンの初期配布武器。
動物園で猛獣に使用される空気式の麻酔銃。射程は3m~5m程と短く、連射性は無い。
内容物は塩酸ケタミンの混合物。
また、対動物用の麻酔薬であることから、人間相手の100%の生命保障は無い。
小型あるいは脆弱な個体に用いれば、永眠の可能性もある。
エステル・R・O・フィンロレンの初期配布武器。
動物園で猛獣に使用される空気式の麻酔銃。射程は3m~5m程と短く、連射性は無い。
内容物は塩酸ケタミンの混合物。
また、対動物用の麻酔薬であることから、人間相手の100%の生命保障は無い。
小型あるいは脆弱な個体に用いれば、永眠の可能性もある。
【ゴング】
越後志郎の初期配布道具。
プロレスで使われる、一般的なゴングである。
凶器としての威力は、使用者の腕力次第。
越後志郎の初期配布道具。
プロレスで使われる、一般的なゴングである。
凶器としての威力は、使用者の腕力次第。
11:あなたはだあれ? | 時系列順 | 13:スリル |
11:あなたはだあれ? | 投下順 | 13:スリル |
越後 志郎 | :[[]] | |
エステル・R・O・F | :[[]] | |
椎名 詩音 | :[[]] |