ブラックペンタゴン。
征十郎とタチアナの二人は北西ブロックの集荷エリアから離れ、ひっそりと北東エリアの外周部へと移動していた。
どうやらここは空調や給排水設備室などを管理する機械室のようだ。

機械室は設備や機械類が雑多に並んでいて死角も多い。
ここなら当面の安全は確保できる。そう判断し、ようやく身体を落ち着ける。

本来であれば、この混乱に乗じてブラックペンタゴンを脱出するのが最善の選択だった。
だが、その唯一の脱出口は、他ならぬタチアナ自身の手によって破壊されていた。

コンクリート壁にもたれ、タチアナは静かに息を吐いた。
その隣では、征十郎が少し距離を空けて腰を下ろす。
痛む身体を無理やりなだめながら、やがて口を開いた。

「――して、あの村で何があった?」

色あせた昔話。
何気ない様子で投げかけられた言葉は真実、重い問いだった。
それに応えるタチアナは、ゆっくりと視線を征十郎に向ける。

「逆に確認するんだけどさ。征タンって、どこまで知ってんの? 一応、村の関係者ではあったわけでしょ?
 なんか……特別な情報が降ってきたりしてない感じ?」

口調は軽いが、その声には伺うような慎重さがにじんでいる。

「生憎とほとんど知らんな。私が知っていることなど、教科書に載っている知識と大差ないさ。
 一時期は自分で調べもしたたが、ネットにある情報はどれも断片的で曖昧なものばかりだった。
 無論、ああなる前の山折村の話なら別だがな」

かつて、生物災害によって一夜にして壊滅したとされる村。
現代における超力社会の礎――そう評されることもあるその村で、何が起こったのか。
その真実を知る者は少ない。今なおもなお立ち入りが禁じられており、多くが謎に包まれている。

征十郎にとっては、六歳までの幼少期を過ごした故郷。
その後アメリカへ渡った後も、何度か里帰りをした土地であり、二人の因縁が交わる忌まわしい記憶の根源でもあった。
何の変哲もない山深い田舎だったが、征十郎が離れた辺りを機に開発計画が進んでいたらしく、帰るたびに少しずつ景観が変わっていくことに子ども心に不気味さを覚えた記憶がある。

「ふーん、じゃあ……その辺からか」

タチアナは小さく相槌を打つ。
その目から茶化すような色が抜け落ち、真剣な瞳で征十郎を見据えた。

「……たぶん、征タンにとってはキツい内容になると思う。それでも……聞く?」

どこか気遣うような問い。
だが、征十郎の返答に迷いはなかった。

「無論だ。祖父たちが何故、あのような凶行に及んだのか――八柳の人間として私はそれを、知らなければならない」

ネットに出回る八柳流の剣士が村人を次々と惨殺していく映像。
開祖の血を引き、現代に生きる八柳流の使い手として、征十郎は真相を知らねばならない。
その固い意志を見て、タチアナは肩をすくめた。

「先に言っとくけど、私の知識はあの『永遠の国(ネバーランド)』を支配する女王から与えられたものだから、征タンのお爺ちゃんたちの本心までは分かんないよ?
 私が語れるのは、あくまでそいつの主観が混ざった主観的な事実ってヤツ?」

彼女が持つ情報は、あくまでも第三者の視点による記録だ。
想いや葛藤といった内面までは計り知れないし、立場の違いによる偏見も入るだろう。

「構わん。それでも、何も知らぬよりは遥かにいい」

征十郎の覚悟を確認し、タチアナは静かに頷いた。

「では、改めて聞かせてもらうぞ、あの村の真実を。
 何故祖父たちは村人を虐殺したのか。そもそも、お前を縛り付けていた永遠の国とは何だ? そして、女王とは何者だ?」

征十郎は真実を求めていた。
問いが次々と矢継ぎ早に浮かび上がる。
その問いに、かつて『永遠』に囚われていた少女が応じる。

「『永遠の国』。それはね――ひとりの少女が願った、美(おぞま)しき世界。
 あらゆる生と死を飲み込み、永遠に踊り続ける死者たちで作り上げた黒いアリスの夢の国。
 その黒いアリスの名は――――虎尾茶子。知ってるでしょう?」
「……ああ。知っているとも」

――――虎尾茶子。

八柳新陰流の姉弟子。
姉弟子と言っても、征十郎が本格的に八柳流を収めたのはアメリカにわたってからの事なので、同じ道場で汗を流した記憶はないのだが。
それでも祖父の道場に遊びに行くたび、従兄弟の哉太兄と共に可愛がられた記憶はある。

征十郎が村を離れた頃、彼女は十八歳だった。
当時の時点で門下の中では沙門天二に次ぐ実力者で、天才と称されていたように記憶している。

「……ということは、つまり、茶子姉が…………?」
「そう。彼女は山折村に『永遠』を願った。そしてその願いによって、『永遠の国』が生まれちゃったんだよねぇ」

滅びゆく村を永遠にしたい。
そう村を愛する少女の願った純白の夢。
それこそが、タチアナを長らく縛り付けていた『永遠』の正体。
だが、その言葉に、征十郎は眉をひそめた。

「いや、待て。願ったと言っても、願ったところで、それが叶うものではあるまい」

どのような願いであれ、願っただけで叶えられるのなら苦労はしない。
ましてや『永遠』などと言う、曖昧で壮大すぎる概念。
願っただけで叶うなどありえない事だ。
そんな征十郎の疑問に対して、タチアナも同意を示した。

「それはその通り。でもね、その願いに応える『力』が、あの村には存在していたんだよ」

願いを叶える力。
あの何の変哲もない山村に、世界を変えるような力があった。
だが、平和だった山折村を知っているからこそ、征十郎にはその言葉がにわかに信じられなかった。

「確か……山折村では、超力の原型となる研究が進められていたと聞く。まさか、それの事か……?」

現代社会における『超力(ネオス)』という特異な力。
その源流となる研究が山折村で行われていたと言うのは歴史的事実だ。
それが関わっているのなら、異常な出来事が起きたとしても不思議ではない。

だが、それでも『永遠』を叶えるなど、スケールが余りにも大きすぎる気がする。
少なくとも、征十郎の知る超力の規模には収まっていない。
どうにも納得しきれずにいる征十郎に、タチアナは軽く手を振った。

「うーん。まったく無関係ってわけじゃないけど、ちょっと違うというか……複雑なんよね、その辺。
 しゃーない、ちょい長くなるけど、順を追って説明するとしますか」

重い腰を上げる様に、コホンと、わざとらしく咳払いを一つ。

「まずは、600年前。知られざる村の歴史からお話しましょう」
「……おいおい、どこまで遡るつもりだ」
「いや、マジで大事なとこだから。適当に聞いてると話に置いてかれるよ?」

突っ込みを入れる征十郎だったが、そう言われては引き下がらざるを得ない。
その真剣な目を見て、嘘や冗談の類ではないと悟り、小さくため息を吐き頷いた。

「むか~しむかし、今からおよそ六百年前――室町の時代から、お話は始まるのです」

まるで物語の語り部のように、タチアナは声の調子を変えて語り始める。
この戦いの根幹に連なる、忘れられた真実。
征十郎の過去、そして茶子の願い、山折村という呪われた地の発端を解き明かす、始まりの物語だった。


時は、室町――。

飛騨の深い山々に抱かれた谷の奥。
世間の目から逃れるようにして、ひっそりと佇む小さな集落が存在していました。

その名は『隠山の里』。
外界との往来はほとんどなく、閉ざされた時間の中で独自の文化と信仰を守り続ける隠れ里でした。

その里には、神に祈りを捧げる一人の美しい巫女が住んでおりました。名を隠山祈と申します。
彼女は天の声を聞き、神前で舞を奉じる、神託巫女として選ばれた存在でした。
里人の誰もが、彼女を神の代弁者と崇めていたのです。

けれど、当の本人はそんな大役にまるで乗り気ではありませんでした。
木に登って獣を追い、男の子たちと棒切れでチャンバラごっこをして遊ぶような、お転婆そのものの娘。
神前の舞よりも、狩りや相撲が好きというやんちゃ巫女だったのです。

そんなある日のことでした。
京の都から一人の役人が、この隠れ里を訪れることになりました。

その若き役人の名を神楽春陽といいます。
彼は朝廷の命を受けた陰陽師であり、飛騨に災厄の兆しありと見て、その調査と対策のために派遣されたのです。

華の都より役人が来ると言う噂に祈は心を躍らせました。
都への憧れも手伝って、居ても立っても居られず弓を片手にひとり山を越えて彼を迎えに出ます。
ところが、山道に出た祈が出くわしたのは、春陽を乗せた牛車の一行が凶暴な大熊に襲われている場面でした。

祈は一切の躊躇なく弓を引き絞り、的確に矢を放ちます。
鋭く放たれた一矢は急所を貫き、見事熊を仕留めました。

堂々と牛車の前に躍り出た祈は、得意げに名乗りを上げる。
しかし、その牛車から現れた青年は、なかなかに口の悪いお方で、祈のことを野猿だの猿顔だなんて言い出す始末。
祈は当然怒り心頭。大喧嘩になりかけたが、皮肉にもこの最悪な出会いが、二人の運命を結びつけることになるのでした。
――うーん、アオハルですねぇ。

それから幾星霜。
春陽と祈は人目を忍びながらも逢瀬を重ね、次第に心を通わせるようになっていきました。

そしてある晩、ふたりが山中で逢引の最中にそれはおこりました。
空がピカリと裂けて、そこから一人の赤子と一羽の白いうさぎが落ちてきたのです。

その赤子は、白い髪と金色の瞳を持ち、神々しい気配を身にまとう、不思議な存在でした。
それもそのはず、その子は異世界から漂流してきた、魔王と女神の間に生まれた娘だったのです。

おい、ちょっと待て。いきなり世界観変わったな。


「何よもー。征タン、話の腰を折らないでよね」

語りを遮られたタチアナが、不満げに口を尖らせる。

「いや、なんだ魔王と女神って。日本の昔話からいきなりジャンルが変わりすぎだろ」
「私に言われても事実なんだから仕方ないじゃんかさー」

ぶーたれるタチアナに、征十郎は頭を抱えたくなる。

「つーか。超力が暴れまわる時代なんだから、異世界くらい今更しょ?」
「そう……いうものか……?」

異能力も異世界も、開闢以前は同列の幻想だったかもしれない。
だが、超力と言う異能が当然となった世界でも、異世界は未知の領域だ。
それを同列と考えるかどうかは、この辺は個人の感覚の違いだろう。
未だに飲み込めていない顔をした征十郎に、タチアナはやれやれと言った風に説明を補足する。

「なんでも、山折村は異世界と位相的に近いらしくって、チェンジリング――日本だと神隠しだっけ?――が起きやすい場所らしいよ?
 あ。ここ重要だかんね、覚えといて」

テストに出るよ、とばかりに指を立てるタチアナ。
それを聞いて心当たりがあったのか、ハッとした顔をして征十郎は僅かに考え込む。

「そういえば……昔、村長の兄か弟だかが神隠しにあったとか、大人たちが話してた気がするな」

征十郎が思い出すのは、幼い頃に聞いた噂話。
内容もあやふやで、真偽は確かめようもない話だが、まさか本当だったのだろうか?

「納得できた? ならじゃあとりま、続き行くよ~」

軽く喉を整えると、タチアナは続きを語り始める。


白兎とともに天より落ちてきた赤子は、春陽に引き取られ、彼の養女として迎えられることとなりました。
神楽の姓を与えられたその子は、神楽うさぎと名付けられます。

春陽と祈、そしてうさぎ。
三人はまるで本当の家族のように、穏やかで温かな日々を紡いでいきます。

人の子ならざるうさぎは、常人とは異なる成長速度で、瞬く間に赤子から童子の姿へと変わっていきました。
けれど、祈と春陽はその異質を恐れず、むしろ我が子のように深く慈しみ、変わらぬ愛情を注ぎ続けました。

しかし、蜜月は長くは続きませんでした。
そもそも春陽がこの地を訪れたのは、飛騨の山中に災厄の気配があると察知したため。
山々に囲まれた地形は瘴気や厄災を溜め込みやすく、隠山の里は文字通り厄の沈殿地と化していました。

これを封じるためには、山に風穴を開け、外へと厄を逃がす大規模な地脈調整と封印術式が必要だったのです。
その準備と勅許の手続きを進めるため、春陽は都へと一時帰還を余儀なくされます。

そして――春陽が都へ戻り不在にしていたわずかな期間に、二つの災いが起きました。

その頃、飛騨一帯では不老不死の尼――八尾比丘尼の噂が密かに広まりつつありました。
各地で目撃されるというその存在は、まことしやかに語られ、人魚の肉を食して不老不死を得たという伝承と共に、人々の欲望を煽っていました。
そんな中、白髪と金色の瞳を持ち、年齢に見合わぬ成長速度を持つ少女の存在が、役人たちの耳に入ってしまいます。

彼女こそが八尾比丘尼ではないのか?
そう決めつけた役人たちは、学術調査と称して彼女を里から連れ出し、そのまま連れ去ってしまった。

目的はひとつ。
不老不死の肉を得ること。

人魚の肉を食べ不老不死を得た八尾比丘尼。ではその肉を喰らえば?
そう考えた役人たちは、うさぎを生きたまま解体し、その肉を用いて死者すら蘇るとされる『不死の妙薬』を作り上げてしまいまた。

その報を都で聞いた春陽は、我を忘れるほどに激昂しました。
すぐさま飛騨へと引き返すと、彼は関係した役人たちを一人残らず呪い殺します。
そして、各地に散らばったうさぎの亡骸を血眼になって集め、失意のまま隠山の里へと帰還します。

――しかし、そこで彼を待っていたのは、さらなる地獄でした。

予見されていた災厄――天然痘の疫病が里を襲い、瞬く間に蔓延していたのです。

疫病の蔓延。
里の者たちは、感染者を『穢れ』と見なし、病人たちを、山の岩戸の中へと閉じ込めていました。
穢れは忌むべきもの。良くないモノから名を奪い、存在をなかったことにする。
それがこの地に根づいていた古き信仰であり、残酷な掟だったのです。

祈は疫病に倒れ、岩戸に封じられました。
祈を慕う彼女の弟と妹は、姉を追って自ら岩戸へと入り、献身的に看病を続けました。
祈は病に伏しながらも、ただひたすら春陽の帰還を信じ待ち続けます。
けれど、春陽は何時まで経っても帰りはしませんでした。

その頃、春陽は娘の亡骸を集めの真っ最中だったのです。
しかしそのような事情は辺鄙な里へは露も届くことはありません。

やがて、弟妹も疫病に倒れ、命を落とします。
すべてを失った祈は、狂乱の淵に沈みました。
祈は春陽から贈られた翡翠の簪を砕き、岩戸の奥で、憎しみと絶望、そして何時までも戻らぬ春陽に呪詛の言葉を幾度となく叫び続けました。

そうして、春陽が里に戻ったとき――すべては、すでに手遅れでした。
疫病によって村は壊滅寸前、わずかに生き残った村人たちも、祈たちの居所については一様に固く口をと閉ざすばかり。
春陽が自力で居所を突き止め岩戸を開いたが、中では祈を含む疫病患者の全員が息絶えていたのです。

沈黙する死の村を前に、春陽は打ちひしがれました。
しかし、深い絶望に沈む春陽の手元には『不死の妙薬』が握られていました。
それは死者を生き返らせる事すらできると噂される奇跡の『妙薬』。

迷いと苦悩の果て、春陽は決断します。
この『妙薬』を使い、疫病で死亡した村人たちを蘇らせることを。
蘇った村人たちは疫病に対する抗体を持ち、こうして疫病の流行は収束へと向かいました。

里を救われました。
しかし、それは生き残った村人にとっては教義に反する、あってはならない奇跡でした。
死者は穢れ。岩戸に葬られ、存在を消されたはずの者が、甦ったのです。
それは、村の掟を覆す背徳に他なりません。

この矛盾を押し隠すため、村人たちは一つの解釈に縋ります。
この不都合な奇跡を起こしたのは、村人たち自身が穢れとして切り捨てた、あの祈が呪いとして蘇ったのだと。
こうして祈は、村の悪神として祀られるようになりました。

そして、当の隠山祈もまた人ならざる者へと堕ちていました。
岩戸の中で怨念と呪詛に塗れた祈の魂だけは、妙薬の効力を拒絶しました。
自分たちを裏切り、存在をなかったことにした村人たちへの憎悪。
その怒りと呪いは岩戸から広がり、やがて村そのものに根を張る祟り神となったのです。

そして、真実を知る春陽もまた、この奇跡の真実を語ることができませんでした。
何せ娘の『遺体』を使った禁忌の奇跡、真実など口にできようはずもありません。
子の奇跡によって蘇生し救われた村人たちもまたこの奇跡を祈り巫女、隠山祈が起こしたのだと考え彼女を善神として崇めました。
その信仰は身を裂かれ妙薬となった神楽うさぎの魂へと捧げられ、村を救い奇跡をもたらした善神として語り継がれました。

こうして、善と悪、ふたつの魂は、ひとつの名のもとに祀られることとなりました。

その名こそが『イヌヤマイノリ』。
これを鎮めるために始まった儀式こそ、山折村に代々伝わる『鳥獣慰霊祭』の原型となったのでした。
これが、山折村の絶対禁忌、災厄誕生の真実だったのです。

おしまい――☆彡。


「いや、“☆彡”じゃないだろ……」

血と呪いに塗れた村の歴史を語り終えたあとにしては、あまりに軽すぎる締めだった。
ギャルの皮もテロリストの皮も剥がれたタチアナもこの調子である。
元からこういう奴だったのかもしれない。征十郎はそんな事を思った。

「村に隠された禁忌の歴史。それは理解した。
 だが、私の聞きたかった話とどう繋がる?」

山折で生まれた征十郎をしても初耳の、隠された歴史である。
村の出身者として興味深い話ではあったが、征十郎が知りたかったのは八柳が凶行に至った27年前の真実である。
600年前の真実ではない。

「あら、つれない。山折村の連中は黄泉返りしたゾンビの子孫だったつー話だけど。子孫として感想とかないのぉ?」
「特にないな。私は私だ。たとえ先祖が何であろうと、それが今の自分を規定する理由にはならない。
 何を斬るか、何を背負うかが問題だ。開闢以前ならいざ知らず、今の時代の気にするような事でもあるまい」
「ま。そんなもんだよねぇ」

今は超常が日常に入り込んだ超力社会。価値観はアップデートされている。
血筋や生まれに過剰な意味を求める時代ではない。
征十郎が過去の出来事に拘るのは己が信念に寄るものだ。
むしろ、幼い頃、毎年心待ちにしていた『鳥獣慰霊祭』が、そんな血塗られた因縁から始まったものだったという事実のほうが、少しばかりショックだったくらいだ。

「だが、祖父は――八柳藤次郎は違ったという事か? 山折に流れる血を穢れたものとして、粛清を決意したという事か?」

穢れを一人の少女に押し付けた醜悪な村人たち。
少女の死肉により黄泉返った村人たち。
双方が罪人であり、山折村の人間はその血を引いているのだ。
藤次郎はそれが許せなかったのだろうか?

「気が早いねぇ、征タンは。話はまだ途中だよ?」

タチアナは、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。
征十郎の追及を軽く受け流すように、肩を揺らしてみせた。

「語られていない村の歴史には――まだ、続きがある」

そう言うと、タチアナの声色がふっと変わった。
先ほどの民話調とも違う、今度は怪談のような口調で語り始めた。

「――時は、第二次世界大戦中。
 舞台は再び、明治に名を山折と改めた山折村で起きた、もうひとつの禁忌のお話でぇございます」


時は、第二次世界大戦の最中――。

その戦火の陰で、山折村では旧日本陸軍による極秘実験が行われておりました。
それは、人道を踏み越え、理を冒し、神域にすら手を伸ばす、許されざる禁忌の業。
決して世に知られてはならぬ闇の研究でございます。

この村が実験地に選ばれた背景には、ひとりの男の存在がありました。
陸軍軍医中将・山折軍丞。

彼はこの地の出身であり、山折村の名士でもありました。
軍丞は自らの故郷である村を提供し、自ら主導して軍の非公開研究を推し進めました。
村の名士であった彼の命令には誰も逆らえず、村ぐるみでその協力体制が敷かれていたそうです。

研究施設は二棟に分かれて設けられておりました。
一つは、表向きには療養所を装った『第一実験棟』。
もう一つは、山中の洞窟に隠されていた『第二実験棟』。

まず、第一実験棟。通称『マルタ実験場』。
マルタというのは当時、軍が人体実験の被験者に用いた隠語でございました。
731部隊をはじめ、幾度となく歴史の暗部に沈んだその名が、山折村でも囁かれていたのです。

つまり、行われていたのはれっきとした人体実験。
人間をただの材料と見做し、尊厳も命も切り捨てる残酷な実験が日常的に行われていたわけでございます。
こわいですねぇ……恐ろしいですねぇ……。

その研究テーマは『不死』。
死なない兵力を生み出すことを目的に、あらゆる手段が講じられていました。

老化を抑制する細菌の投与。
戦死体への霊降ろしによる蘇生試験。
他人の臓器や肉体を強引に縫合し、生命機能の延命を試みた死体融合。
挙げ句には、生体脳の摘出と再接続による意識の再固定まで行われていたとされます。
まさに……鬼畜の所業にございました。

ですが、それ以上に異常な実験が、もう一方の『第二実験棟』で進められていたのです。
それは――『異世界』との接触を目指した研究でございました。

荒唐無稽と笑う方もおられるでしょう。
けれど、戦局が末期に向かうにつれ、日本軍は常識を超えた手段にすがるようになっておりました。
物資も兵力も底を尽き、この世界の資源ではもはや足りぬ。
ならば、異なる位相――異世界からそれを引き出すしかない。

先ほど少し説明いたしましたが、山折村には古来より神隠しや漂流物といった伝承が多く残っておりました。
軍はそれを分析し、この村が異界との境界に位置していると仮定。
特に位相の歪みが顕著な地点に、第二実験棟を建設し、扉を開く実験に踏み切ったのです。

――そして、ついに。
時は一九四五年 八月六日。
その日、一つの大きな事件……いいえ、事故が発生いたしました。

異界の扉は、開かれてしまったのです。
扉の向こうから呼んではならぬ『何か』が、この世界に流入してきました。

結果として、第二実験棟は跡形もなく消失。
周囲の空間ごと、建物はぽっかりと消えてしまいました。
……その後に残ったのは、妙に広く不自然な空洞。

後年、それは村の子どもたちの遊び場となったそうで……。
征十郎さん、あなたも記憶にございますでしょう? あの、山の中の不自然に広い穴のこと。

そして、まさにその同時刻。
第一実験棟でも異変が起きておりました。

なんと、進行中だった『死者蘇生』実験が成功してしまったのです。

行なわれていたのは、戦死した兵士の遺体に『神』を降ろすというオカルト的な降霊術でした。
けれど、降りてきたのは神ではなく――『魔王』、でございました。

その魔王の名は『アルシェル』。
第二実験棟の事故により、異世界から流れ込んできた支配者でございます。

彼が取り憑いたのは、烏宿 亜紀彦という戦死者の亡骸でした。
その身体を器として、魔王はこの世界に顕現したのです。

とはいえ、実験成功の数日後、ほどなくして日本は無条件降伏を受け入れ、大戦は幕を閉じます。
実験成果は正式に軍事利用されることなく、施設は解体、関係資料も多くが処分されました。
事実は、深い闇へと葬られたのです。

――しかし、それで話は終りではないのです。

戦後、一部の研究者たちは姿を隠しながらも、研究を続けていたのです。
魔王アルシェルと取引し、生活を保障する代わり、その力を借り受けました。

不老不死という宿願の果て。
元々研究されていた細菌による肉体の抑制と、魔王の齎した魔法による魂の定着。
魔法と科学が結晶した魔科の産物としてその研究は完成したのです。

そうして『終里 元』という不老不死の怪物が生まれたのでした。

終里元は人でありながら菌と魔法によって構成された人ならざる存在。
そんな彼の細胞を元に精製されたのが、後に山折村に流出した『HEウイルス』だったのです。
あの『開闢の日』。私たちに適用された『HEUウイルス』の大本であり、超力の根源こそが、この忌まわしき魔そのものだったのです。


「これが、山折村に隠されたもう一つの闇の歴史。信じるか信じないかはぁ……あなた次第です」

怪談みたいな締めくくりをする。
語尾には、確かに寒気のような余韻が残った。

「…………待て。終里元だと?」

予想外の名に、征十郎が思わず反応してしまった。

「あぁ。世間に疎い征タンでも、流石に知ってるか」
「当然だろう、GPA長官の名前くらいは知っている。それが不老不死の怪物だと?」
「まあ、そこは今の話とあんま関係ない所だから、そこは追々ね」

タチアナが軽く話題を制する。
ともあれ、これで山折の歴史は語られた。

祟り神を生んだ呪われた始まり。
戦時に村ぐるみで行われた非人道的実験。
そして、現代に至るまで脈々と繋がる異質なる力の連鎖。

現代社会の礎とされている超力。
山折村の地下で行われていた研究が発展したからとされていたが、真実はそれ以上に深く根っこの部分から繋がっていた。
超力が純粋な科学の発展によって得られたものでなく、異界の魔と戦時の狂気によって齎された産物だったなど誰が思おう。
ヤマオリと言う言葉が、ただの地名を超えた意味を持ってるのも頷ける話だ。

しばしの沈黙。
征十郎はやがてぽつりと呟いた。

「……つまり、祖父はこの歴史の闇に触れてしまった、ということか?」
「さぁね。それは分かんない。
 最初に言った通り。私には征タンのお爺ちゃんがどこまで知っててどの真実が引き金になったのかまでは分からない。
 でも――あの村には、理性を飛ばしてしまってもおかしくない理由が山ほどあった。それだけは、確か」

征十郎の祖父、八柳 藤次郎。
二十七年前。正義を重んじ、剣に生きた男が、なぜ村人を皆殺しにしようとしたのか。
そこにどれほどの絶望があったのか。征十郎は目を伏せ、逡巡を滲ませた静かな声音で言葉を紡ぐ。

「……穢れを赦せぬ高潔さ。いや……それは潔癖ゆえの、狂気に近い正義だったのかもしれん」

その呟きに、タチアナが思わず眉をひそめる。

「ん? んー……そんないいもんじゃないと思うけどなぁ?」

彼女は肩をすくめ、やや呆れたように返す。
だが、征十郎はその言葉を気にする様子もなく、ただ静かに頷いた。

「いいさ。私なりに納得は得られた。
 人斬りの是非ついて問える立場でもないしな。
 譲れぬ理由がその根幹にあると知れただけでもよい」

知った所で八柳流に塗られた汚名が晴れるわけではない。
けれど、自分が唯一その流派を継ぐ者として、背負うべき理由がようやく見えた。

「ふーん。ま、征タンが納得したんなら、いいけどさ。やっぱ征タンもネジが飛んでんねぇ」
「何を言う、私は常識人だ」

タチアナは戯言に取り合わず、ひらひらと手を振って話題を切り替える。

「じゃ、歴史のおさらいはここまで。忘れてない? 本題はここからだからね?」
「……ああ。分かっている。お前が囚われた『永遠』の話だったな」

あの日、あの村で何があったのか。
ここから永遠へと繋がる話が紐解かれていく。


山折村――。

それは生物災害によって滅びた、『超力社会の原点』とされる村。
その生物災害は未曽有の大地震によって発生した天災、とされているけど、真実は、まるで違う。

その実態は、研究所内の急進派が引き起こした、計画的なテロだった。
テロ組織を扇動し研究中のウイルスによる生物災害を意図的に引き起こし、事故に見せかけた人体実験を行うのが目的だった。

その急進派の一員が、世界を繋げた英雄として知られる男――未名崎錬。実際の所しょっぱい研究員の一人だったみたいよ?
そして急進派を率いていたのは、研究所の副部長である烏宿暁彦。そう、魔王の依り代だった烏宿亜紀彦が名を変え研究所に潜り込んでた姿。

――すべては、人間の世界を弄び、破滅を望む魔王の企てだった。

だが、恐るべきはそれだけではなかった。
研究所の上層部は、この魔王の計画を既に把握していた。
だけど、その計画を止めることなく黙認することで、その動きを利用したの。

その目的は、秘密裏に進められていた『Z計画』を全世界に公表する事。

超新星爆発による世界滅亡の危機。
この『Zディ』と呼ばれる滅びの日を回避するために立ち上げられたのが『Z計画』。
現在は公になった計画だけど、当時は世界の混乱を避けるため情報を秘匿し秘密裏に行われていた。
各国は協調路線をとることはなく、成功の報酬を独占するため独自開発を続けていた。

約束された滅びの日を間近にしながら利権を争い、手を取り合う事をしなかった。
そんな人類の目を覚ますための劇薬として、山折村は捧げられた。
その目論見がどうなったかはまあ、ご存じの通りって感じだけどね。

村中にバラまかれたのは研究所の所長となった終里元の細胞を元にした『HEウイルス』。
現在、私たちに感染している完成品と違って、未完成のウイルスは適合者に失敗すると人格も記憶が崩れたゾンビみたいに自我のない存在に変えてしまう副作用があった。
当時の正常感染率は5%程度、村人の95%はゾンビになってしまった。マジエグいよねー?

そして、ウイルスには女王菌と呼ばれる中枢個体が存在していた。
全ウイルスを支配する統括個体がたった一体だけ存在し、女王菌に感染した女王感染者を殺せば感染全体を鎮圧できる。
この情報が、研究所から意図的に村内へリークされた。
その結果、村人同士の間に疑心暗鬼が広がり、女王感染者なのかをめぐって殺し合いが始まった。

同時に、情報封鎖と事態の根絶を目的として、自衛隊の秘密特殊部隊が山折村に展開される。
目的は誰ともわからない女王の暗殺、つまりそれが見つかるまで村人の皆殺し。
彼らの任務はバイオハザードを山折村で留める事が第一であって、村人の命は考慮されなかった。
そして、彼らは人知れず訓練された世界最高レベルの超精鋭、とんでもない強さだったらしいよ?

さらに追い打ちをかけるように、何でか感染した野生動物が狂暴化して暴れまわり。
その上、征タンのお爺までが、村人の皆殺しを目論んで動き始めていた。
いやもう、説明してるだけも、いろいろと状況詰み過ぎっしょ。ウケる。

村はもはや戦場を超えた地獄の有り様だった。
村内の殺し合いは激化し、多くの死が積み重なった。
そうした中、最悪の事態が訪れる。

村長の息子――山折 圭介。
彼は混乱の中で最愛の恋人を失い、深い絶望に沈んでいた。

その心の闇に魔王アルシェルが呼応したの。
烏宿暁彦に取り憑いていた魔王はその体を捨て、山折圭介を器として乗り換えた。

そうして――山折村に、魔王が顕現したの。


「おお、ついに魔王のご登場か。面白くなってきたな」
「……何か、もう普通にお話として楽しんでるねぇ、征タン」

私的なる心のしこりが和らいだからなのか。
あるいは、ただ単に長話にそろそろ飽きてきただけなのか。
征十郎は愉快そうに相槌を打つ。

「で、その魔王アルシェルを撃退したのが――虎尾茶子、八柳哉太を中心とした山折村の面々だった」
「ふむぅ。さすがは我が姉弟子に兄弟子……八柳流の面目躍如だな」

征十郎はうむうむと誇らしげに頷き、流派の誇りを噛み締めている。

「で、倒した魔王がドロップしていったのが――『願望機』ってやつ」
「願望機……もう何でもアリだな、ファンタジー」

征十郎は眉をひそめ、呆れの表情を浮かべた。
だがその直後、目を細めて神妙な面持ちに戻る。

「つまり……茶子姉は、それを使ったということか」
「そ」

話は巡り巡ってようやく結論にたどり着いた。
異界の魔王が持ち込んだ、世界の法則すらねじ曲げる『願望機』。
あまりにも荒唐無稽な存在だが、あの山折村で起きた現象を説明するには、それほどの異常が必要だったのだ。

「魔王撃退の際に使った儀式の影響で二柱のイヌヤマイノリが現れたり、覚醒した女王菌が宿主を乗っ取って意思を持って暴れまわったり、まぁ色々あったんだけど……そこは割愛。
 最終的には、天原創っていう中学生エージェントが女王を倒して、生物災害自体は収束した」
「問題は……その後、か」

征十郎が確認するように呟くと、タチアナは静かに頷いた。

「二柱のイヌヤマイノリと和解した村人たちは、願望機を使って呪われた歴史を正しく終わらせると約束してたの。
 祈りを捧げ、願望機を起動して、呪い満ちた山折を終わらせる――はずだった。
 けれど、祈りを捧げようとしていた仲間を殺害し、その約束を反故にした人間がいた」
「それが――虎尾茶子。我が姉弟子、というわけだな」

タチアナは頷く。
征十郎の声は静かだったが、その奥にあるのは失望か、それとも哀惜か。

「……彼女は幼い頃、両親を殺されその誘拐犯から酷い扱いを受けていた。
 性的搾取にさらされ、心も身体も壊れていた。そんな彼女が逃げ延びた先が、山折村。
 彼女はあの村に救われて、ようやく自分の居場所を見つけたんだよ」

茶子にとって、山折は世界のすべてだった。
守られた初めての場所であり、幸福の象徴。
その境遇に自分と重なるところがあるのか、タチアナは僅かに目を伏せる。
だからこそ、彼女は山折の滅びを、どうしても認められなかった。

「茶子は、村が終わってしまうことを拒んだ。
 だから、願ったんだよ――――『山折村の永遠』を」

その願いは、あまりにも哀しい。
それは少女から時の止まった女が見た、壊れた夢のかたちだった。

「そうして生まれたのが、永遠の国。
 死者たちが踊り、日常を永遠に繰り返す夢の世界。
 あのトンネルにいた私も、その願いに巻き込まれたひとりだった」

そして、夢は現実を侵食していった。
永遠を夢見る黒いアリス――それが、かつての虎尾茶子の変じた姿。
願望機を通して形作られた、死してなお終わらない幻想だった。

「……一つ、疑問がある」

話を聞き終えた征十郎が、静かに口を開く。

「なぁに?」
「なぜ……お前だけが、『永遠』から解き放たれた?」

タチアナは『永遠』の支配から抜け出し、今こうして現実の世界にいる。
しかし、村の他の住民たちは今もなお永遠の国に囚われたままだ。
なぜ、彼女だけが現実へと戻ることができたのか。
問いを受けたタチアナは、ほんの少しだけ視線を伏せて答えた。

「……多分。私が唯一生きたまま永遠に取り込まれた存在だったから、だと思う」

彼の地で起きた激しい戦いに巻き込まれ、あるいは意図的な殺戮により、あの村の住民は全て死に絶えた。
残ったのは死体の山であり、永遠の国の住民は、死体を糸で継ぎ合わせ、意志なきまま操られる人形にすぎない。

だが、タチアナだけは違った。
彼女はあのトンネルの中で生きたまま永遠に取り込まれた。

『HEUウイルス』は死者には感染しない。
故に、あの死者の国で開闢したのはタチアナだけだった。
超力は、永遠を作り上げている願望機と根源を同じとする力だ。
解き放たれたのは、それに目覚めたからだろう。

「でね、一つの仮説を立てたわけ。
 私が生きてたから永遠から弾き出されたなら、死者たちにも命を別の形で与えれば、永遠から解放できるんじゃないかって」

理屈としては、一理あるかもしれない仮説である。
だが、それは実証も立証も極めて困難な話だ。

「んで、5年くらい前、実際カチコミをかけてみた訳よ」
「………………ん?」

征十郎は思わず間の抜けた声を漏らした。

「……何処に?」
「山折村に」
「……何故だ?」
「それなりに色んなとこでテロって経験積んだかんね。今ならイケっかなぁ、って」

冗談めかすような口調とは裏腹に、その内容は全く笑えない。
征十郎は額に手を当て、深くため息をついた。

「……お前、永遠に未練があったのではなかったのか?」
「さて、どうだったんだろ……決別したかったのか、それともただもう一度訪れたかったのか、本心は自分でもわかんないや……」

タチアナ自身、行動の動機を完全には言語化できていなかった。
だが、確かに彼女は向き合おうとしたのだ。
かつて、自分を呑み込んだ永遠という呪いに。

「それでね、とりま専門家に協力を仰いだの」
「専門家……? 何のだ?」
「もちろんゾンビの」

ゾンビの蔓延る死者の国に向かうのだ。
そこを渡るのならゾンビの専門家が必要だろう。

「この刑務作業にも参加してる並木旅人って仲介人を通してゾンビの専門家を派遣して貰ったの。
 旅人を信奉してるシビトってゾンビを創る超力者。確かこいつも頭に弾丸喰らって今はアビスに墜ちてんじゃなかったかなぁ?
 んで、現地で合流したら謎の幼女も同行してたんだけど……まあ、それはそれ」

征十郎は呆れを隠しきれず、目を細める。
タチアナは気にする様子もなく話を続けた。

「結論から言うと、その目論見は成功した。けれど――結果は大失敗だった」
「……どういう意味だ?」

成功したのに失敗した。
その言葉の矛盾に、征十郎は眉をひそめる。
タチアナの表情に、ほんの少しだけバツの悪そうな色が差す。

「……ま、順を追って話すよ」

タチアナはひと息つき、自らの失敗談を語り始めた。

「とりま、山折村に到着した私は最初に出会った永遠の住人を爆殺して、それをシビトによって復活させた」

そうして目論見通り、死者に命を与えられたその個体は永遠の支配から解放された。
シビトの意志に従うと言う不自由によって、そのゾンビは永遠から自由となったのだ。

「そのゾンビはアニカという少女で、どうも女王である虎尾茶子と因縁があるみたいな話だったんよ」
「アニカ……覚えがないな。私が村を離れてからの住人だろうか」
「さぁ? 金髪で色白の、なんかお人形みたいな小学生女子だった。日本人じゃなさそうだったし、外から来たお客さんだったんじゃない?」

アニカゾンビを従えた一行は彼女の案内により女王の居城へと突入する。

「道中もゾンビたちを開放してって、出来上がったゾンビ軍団で敵の居城を正面突破していった。
 そうして、ついに女王である黒いアリス――――虎尾茶子と対峙する所までいったの。
 けど、最後に騎士のように立ち塞がる一人のゾンビがいた。女王の寵愛を受けたお気に入り、誰だかわかる?」

流れから察するのは容易かった。
征十郎は小さく、慣れ親しんだその名を呟く。

「哉太兄か」
「正解。征タンの従兄弟である八柳哉太。どうにもアニカって子と三角関係だったっぽいよ、、めっちゃギスっててウケたんですけどww熱くない?」
「そう言うのはいいから、続きを話せ」

身内の色恋などあまり聞きたい話ではない。
ギャルの一面が見え隠れするタチアナは恋話が遮られて不満げだった。

「私たちは、永遠の国の住人たちを片っ端からゾンビ化させて女王に反旗を翻させていた。
 実際、その時点で、戦力としては完全にこちらが上回っていた。あとは、騎士と悪い女王様を倒して、めでたしめでたし。
 子供向けのおとぎ話なら、これで終わるんだろうけど――――本当はそうじゃない」

おちゃらけた様子だったタチアナが表情を変える。
彼女の失敗談はここからだ。

「数の暴力で騎士を倒したところまではよかった。私たちは女王を討つ寸前まで確かにいっていた。
 でも、その騎士の遺した剣を、女王が手に取った瞬間、すべてが終わった」
「剣……? なんだそれは?」

その単語に、剣客は興味を引かれたように尋ねた。
失敗者は表情を無にしたまま、淡々と答える。

「――――魔聖剣デセオ。
 あの山折村の事件の最中に生まれた、聖と魔、両方の力を孕んだ『生きた剣』」
「生きた……まさか」
「そう。シビトのやってた死者に命を与える術を散々見た女王は学習していた。
 追い詰められた女王は、魔聖剣の命を代価にして、自らを永遠の国の枠組みから解き放ったの」

その瞬間――黒いアリスは山折という狭い世界から解き放たれたのだ。
山折に縛られていた地縛霊は、今や場所を選ばず漂い出す浮遊霊となった。

「それが、目下GPAの頭を悩ます最大の懸念事項――――『永遠のアリス』。
 現れた場所に永遠を伝播させ、空間そのものを書き換える特級呪霊」

結果として、永遠の国は消滅した。
しかし、永遠という災厄は、形を変えて拡散することになる。

「彼女がいる場所こそが、山折になる。
 GPAはその情報を必死に秘匿してるけど、SNSなんかの目撃情報は完全には消せないから、今も情報操作したり火消しに追われてるらしいよ」

タチアナは他人事のように語る。

「……おい、お前さらりと、とんでもない事してないか?」
「だってぇ~、あーし、享楽的なギャルだし~?」

タチアナはキャルン☆とウィンクしながら、両手の指でVを作って目元にかざす。
その程度では誤魔化し切れるはずもない事をやらかしていた。
世界最悪の災厄を解き放ったも同然である。

「と、まあ私が知ってるのはここまで。『永遠のアリス』がどうなったかまでは知らないんだよねぇ。
 とっくにGPAが対処しているのか、それともまだ暴れまわっているのか。
 その後を追ってたわけでもないし、今となってはアビスに落ちちゃった訳だし知りようがないんだよね」

タチアナの語れるヤマオリの歴史はここまでだ。
永遠から解放されるまでに得た知識と、自らが行ったヤマオリ解放戦。
それ以後のことは彼女にも分からない。

「茶子姉…………『永遠のアリス』、か」

重く呟く。
だが、呟いてみたモノの、征十郎からすれば正直あまり知った事ではない。
身内の恥ではあるが、世界の危機など対処するのはGPAの仕事である。
何より地の底に捉えられた身では気にしてもどうしようもない話だ。

その辺はタチアナも同じ気質なのか。
パンドラの箱を開けたとは思えぬほどさっぱりとしたものである。

「それよか、征タン。気づいている?」
「無論だ」

気づけば、どうも周囲が騒がしくなってきた。
他の刑務作業者が本格的に動き始めたのだろう。
周囲の部屋部屋から不穏な気配が漂い始めている。

「もう、休息は十分だろう」
「だねぇ」

いつまでも休憩していられる状況ではなさそうだ。
二人とも気質として、後手に回るのは向いていない。
巻き込まれる前に先手を取って動くべきだろう。

「やりあうにしてもこう騒がしてくはかなわん、まずはそちらを片付けるぞ。いいな」
「りょ。かしこまり~☆」

敬礼ポーズ了承するタチアナ。
征十郎たちは立ち上がり、動き始める。
機械室の出口に向かって歩きながら、何気なく征十郎が尋ねた。

「結局どのキャラで行くつもりなんだ、お前?」
「っさいなぁー。こっちも模索中なんだっての」

【D-5/ブラックペンタゴン北東ブロック外側・機械室エリア/一日目・午前】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(大)、“タチアナ”
[道具]:学生服(ブレザー)、注射器
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.――――
1.周囲の喧噪を調べてみる
2.復活したら改めて征十郎を燃やす。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※ポイントは全部治療関連のものに交換しました。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。

【征十郎・H・クラーク】
[状態]:ダメージ(大)
[道具]:日本刀
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.――――
1.周囲が喧噪を調べてみる
2.復活したら改めてギャルを斬る。

104.青龍木の花咲いていた頃 投下順で読む 106.[[]]
時系列順で読む
永遠 征十郎・H・クラーク [[]]
ギャル・ギュネス・ギョローレン

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最終更新:2025年07月31日 21:40