その永遠が、間違いであってほしい、と。今も信じている。
■
戦況は膠着している。
寄っては征十郎が斬り、離れてはギャルが爆破する。
斬るという一点において、征十郎が遅れを取ることはなく。
爆ぜるという一点において、ギャルが遅れを取ることはなく。
その爆炎を巻き起こし、それらを総て斬り伏せて。そんな繰り返しを二人はどれだけ行っただろうか。
名乗りを上げてから、互いに一進一退の攻防を繰り広げている。
汝、己の最強を示せ。
征十郎・ハチヤナギ・クラークは剣技。それは万物を斬り抜く最強で在れ。
ギャル・ギュネス・ギョローレンは爆破。それは万物を吹き飛ばす最強で在れ。
超力の絶対を信じる二人は当然、己の最強を相手へと押し付ける戦法を取る。
「っぱ強いねえ、征タン♪ 秒で終わるってウソウソ、訂正☆
あーしが大技使えないようにめっちゃ読むじゃ~ん。戦闘センスバリ強かよ~」
「お前との相対が初見でないのだから、当然だ。これくらいできる奴などお前は山程視てきたはずだろう?
そういう世界で生きてきた私達だ。強くなければ、何も成し遂げられん世界だ」
「ふはっ、言えてる。今の強くなった征タンなら、あの時くれた言葉も嘘じゃないって思えちゃうかも!」
「そうだな。もしも、今の私が彼処にいたのなら、お前もお前の友も救けられただろう」
爆破という概念を斬り、何れはその先へ。
八柳とはそういうものだ。斬るということへの真摯さは他の追随を許すことなく。
永遠に沈んだ村にて猛威を奮った技を、ギャルは決して侮らない。
もっとも、一人の情念を斬ることは敵わず仕舞であったけれど。
天才――剣聖へと成った少年でさえも、少女の想いは膝を屈する他なかったのだから。
「あの日、救けられなかったことをそんなに悔いているの?」
「…………ああ」
「あの日、見捨てたことをずっと刻んでいるの?」
「……………………ああ」
「ウケんね。煽ったあーしが言うのもなんだけど、引き摺り過ぎじゃない?」
もっとも、八柳という概念を抜きにしても、征十郎の超力は強力である。
八柳の技との相性は最高とも呼べるだろう。そんな彼が放つ斬撃は、一太刀でも当たると、死ぬ技だ。
斬るという概念を突き詰めた超力は防御という二文字を知らない。
百戦錬磨、戰場を駆けたギャルであっても、必ず殺してくれるはずだ。
でも。けれど。未だ脳裏にある疑問が、ギャルを何処か留めているのだ。
あーしはほんとに悔いなく死ねんのかなあ。
そんな必殺も永遠の前では霞んでしまうのではないか。
永遠に侵された己の体は不老である。それは自明の理として証明されている。
では、不死は? あの約束された楽園にて祝福を受けた己の身体が死せるエビデンスは何処にある?
いくつもの戦場を駆け回ったギャルだが、死にかけたことはあっても、死んだことはない。
ちょっと気軽に試すには、リスクとリターンが釣り合ってないんだよねぇ。
だったら、不死を確かめる為に、とりま死んでみよっか、なんて。今までは考えたことはなかった。
自分の中に渦巻く永遠は超力とは違う――――もっとおぞましい何かとしかおもえないのだ。
だから、ギャルはその一手を選べずにいた。否、見なかったことにしていた。
永遠に組み込まれてたが故に想うのだ。これは、もしもの話――――彼女の親友だったモノの話だ。
仮に致命を負って死ぬとする。死んで、もう動かなくなって。
それでも、尚動くモノとして蘇ってしまったら、と。
お前はその実例を間近で見ていたはずだ。
紛い物の生。澄み切った、白濁。虚栄の奇跡。
其処に、本物は存在するのか。
あの閉ざされた箱庭で見た、永遠のように。
それは嫌だな。ああ、絶対に嫌だ。何よりも嫌なのは、それを心から嫌だと言えない自身だ。
身体は奪われてしまったが、魂だけは自分のものだ。自分の意志で初めて、終わらせたい。
断じてあの永遠にその筋書きまでも、奪われていいものではない。
謳いたい。謳わせてくれ。
今日はいい日だ。死ぬにはいい日だ、と。
声を高らかに自分は謳えるのか? その永遠に対して、メメント・モリを叫べるのか?
忘れ難き残滓を未だ滞留させている己を終わらせることができるのは何処に。
ずっと、ずっと。探している。満足できる終わりを。続編なんていらない、物語を完結させてくれる《主人公》を。
「ま、あーしが言えた立場じゃないけどさ。
記憶の片隅から消えてくんないモノっていうのは、どうしてもあるし~」
「……お前の身体に宿っている永遠のように、か」
「ウケんよね。どれだけ嗤っても、どれだけ殺しても、どれだけ移り気でも。この永遠だけはちっとも変わってくれない。
全然キマってくれない、メイクで上塗りしても結局は戻ってくるんだから」
それでも、この悪が蔓延る箱庭であったら。
永遠なんて感じさせないくらいに愉しく戦える。
そんな悦楽と忘却の果てで、終わりを与えてくれるモノがいると思ったから。
「永遠なんて欠片も愛しくないのに。捨て切ったと思っていても、ずっとついて廻ってくる」
「…………」
「だから……だから――――」
恩赦などいらない。続きなんていらない。自分の物語は此処で終わらせたい。
今後、これ以上の刹那《死》を約束された舞台に出会える気がしないから。
メメントモリを叫びたいから、今日は死ぬにはいい日だと笑い飛ばしたいから。
刹那を愛しく想いながら。時間が永遠に止まればいいなんて戯言を吹き飛ばせるくらいに!
「斬ってよ、君が“八柳”を謳うなら。君が知っている“八柳”なら……! できるはずだよね?」
「そうだな。万物を斬る。それを為せぬなら、“八柳”として落第だな」
「あの村で生まれた奇跡――根源ではないけれど、この身体に揺蕩っているのは紛れもない永遠だよ。
カッコつけだね。形がないものは斬れないなんて、弱音吐かないんだ」
「言っただろうが、万物尽く斬るのが、“八柳”だ。斬る対象を選ぶ鈍らではない」
“タチアナ”の叫びに呼応するように征十郎が言葉を返す。
“八柳”とは刀を振るうモノ。其処にある清濁がどうであれ、斬るという概念を突き詰めた求道者だ。
その手に持つ刀は人を殺すものだ。
担い手の思想、人格、善悪に関わらず、それは変わらない。
「私の知る“八柳”を背負う者達は皆、強かった。開祖であるあの人も、姉弟子も、兄弟子も、皆、私が及ばないくらいに」
各々、強さという確固たる基点を持ち合わせていた。
だから、死んだ。強さ故に戦うことを選べたから。斬るという概念を為せる者達だったから。
あの村で起こったであろう惨劇。生物災害の裏にあるであろう、何か。
それはきっと強いからこそ始まった悲劇もあるはずだ。
「だが、世界は彼らを悪党と呼ぶ。正義とは程遠い人斬りとして。
“八柳”は悪であり、忌むべきものであると」
頭に浮かぶのは推測ばかりで、真実は闇の中だ。
ギャルの言葉を否定できるだけの証拠を、征十郎は持っていない。
それでも、否定したいと願ったのは、知りたいと望んでしまったのは。
「それで、認めちゃってる訳? “八柳”が悪だって」
「私とて八柳の総てが清らかとは思っていない。もっとも、私の知る兄弟子はそんな輩ではないと今でも信じているがな」
「あっそ。自分の流派をあんなにコケにされてるのに、真っ赤になって怒らないんだ~ク~ル~」
「…………彼らは違うとしても、私は悪であると自覚しているからだ」
己が彼らとは違う本物の悪だからなのかもしれない。
征十郎・ハチヤナギ・クラークは悪人だ。正義を志して刀を取った訳ではないし、強くなった後もヒーローのような行動をしている訳でもない。
八柳新陰流を学んだモノの中でも、異質にして原点に一番近いものとして、彼は刀を振るっている。
ただ、斬る為に。万物総てを斬るという剣聖たる境地を目指して生きてきた求道者であるが故に。
「煙に巻いて、取り繕うつもりはない。私の本質は人斬りだ。お前の本質が外道であるように、私の本質も結局は其処に行き着く。
されど、その本質を私は憂うつもりはないし、捨てるなどありえない。
これが、私だ。征十郎・ハチヤナギ・クラークとして、一片の迷いもない」
どれだけ正しさを説かれようとも、悪をくじくヒーローになるつもりはない。正義を志す程、潔白でもない。
斬るという概念と共に生きて、その果てに野垂れ死ぬ。
人を斬れば人は減る。強さを求めるならば、斬るしかない。
斬れるのか、斬れないのか。突き詰めるとその二者択一が世界には残らない。
「其の為に始めた、其の為に振るった、其の為に誓った」
それが、征十郎・ハチヤナギ・クラークという“八柳”の物語だ。
男は死ぬとしても、刀を振るうだろう。いいや、死んでも、振るう。来世もそのまた来世も、それこそが本物の永遠である、と。
例え、他の門弟が何であろうと、己が変わる訳ではない。
刀を取った始まりがどうであれ。あの村で起こった真実の答えがどうであれ。救えなかった少女が眼前に立っていたとて不変。
斬る。その二文字を絶対として直走って来た過去をなどあるはずがない。
「あの日から、ずっと悔いていた永遠も」
嘗て泣いていた、あの日の彼女。
ギャルの言う通り、救えていたら、こうならなかったのかもしれない。
「あの日あったはずのささやかな幸せも」
皆、生きていた。大なり小なり何かがあれども、生きていたのだ。
確かにあった幸せも今は永遠に侵されて歪んでしまった。
「あの日から背負った過酷な日々も」
自身が追い求む真実を知っていようと知っていまいと、征十郎はこの道を進むしかなかった。
八柳の真実がどうであれ、刃の切れ味は変わらない。
だから、ギャル・ギュネス・ギョローレン。いいや、タチアナ。
お前が望むなら。お前に言える言葉は一つだけ。
「お前の宿敵として、あの日出会った知縁として。タチアナ《永遠》――――お前を斬る」
誓いは此処に果たそう。永遠、斬るべし。
「っはぁ~~~~! アガんね、その宣言! 最高で最低なアイラブユーじゃん!?」
ギャルが炎を滾らせ、破顔する。見つけた、見つけてしまった。
永遠を終わらせてくれるかもしれない、宿敵。あの日始まった――今はもう色褪せた昔話を終わらせてくれる主人公!
出会った時からここまで面白くさせてくれるなんて。
その意気やよし。彼は本気でこの身体に宿る永遠を断ち切ろうとしている。
なればこそ、己も半端は許されない。その本気に報いる為に、後先などもう考えない。
「君の宿敵として。あの日出会った知縁として。八柳クン《悔恨》――――君を燃やす」
再度、接敵。
爆風の唸りが背中を打ち据え、鼓膜を突き刺してくる。
疾走る、斬る、爆ず。互いの領分を踏み越えた超力の押し付け合いだ。
途切れなく降りかかる爆炎を斬撃で斬り飛ばす。
乱れ猩々。乱雑なようでその実繊細。征十郎に届き得る爆炎を尽く斬り伏せる。
そして、炎が散る合間を縫って、征十郎が俊敏に駆ける。
そのまま沈み込むように姿勢を下げ、一閃。
しかし、斬れたのは虚空のみ。ギャルの胴体は傷一つなく繋がっている。
弾けろ。指を鳴らして秒を経て爆発が迸る。
流石に態勢を気にする余裕もなく、征十郎は後方へと退却を余儀なくされる。
直感で後ろに退いたがその場に留まっていたら爆死していた。
「まだ、まだぁ!」
これまで距離を取っていたギャルがあえて、征十郎へと追撃を駆ける。
小瓶を乱雑に投げ、割れた爆炎が、征十郎が横に逃げ道を塞ぐ。そして、爆炎で身動きが取れなくなった状態で渾身の爆炎で仕留める。
だが、それは爆炎が征十郎へと届いたら、と。仮定がつくけれど。
疾風を想起させる剣閃――抜き風。征十郎に放たれた爆炎は彼を傷つけることはなかった。
それは決して炎を寄せ付けない。近づいた代償で彼の放つ斬撃間合いだ。
彼の手元に気をつけて――衝撃が腹部へと伝播する。
征十郎の蹴りがギャルの腹部へと突き刺さった。後方へ吹き飛びつつ、爆炎を残すことは忘れない。
一太刀は振らせない。爆炎がうまく彼の動きを遮ってくれたおかげで、追撃がワンテンポ遅れてくれた。
おかげで、回避も悠々と行えて、距離も取れた。
「棒切がなければなーんもできないって思ってたけど、違うんだ」
「戦いは刀だけかと思ってた訳でもあるまい? 無論、刀には劣るが、素手での戦闘も心得はある」
「うっわ、ムカつく~。女に手を挙げるなんてサイテー……っ!」
「老若男女問わず殺してきた悪鬼が振り翳す理論ではないな」
「これくらいの乙女の軽口は受け入れるのが、男の器量だゾ☆
刀だけじゃなく、徒手空拳の戦闘もできるなんて、征タン、相変わらず、凄腕……っ! あーしとここまで遊べるなんて、おもろ!」
経験もあるだろうが、此処まで戦況を維持しているのは、彼が持つ類まれなるバトルセンス。
何を斬るべきか判断する目の良さもある。最初に会った時から舐め腐っていたのは自分だ。
「初見で舐め腐っちゃうのは良くない悪癖だ、訂正☆」
そして、また繰り返す。
お互い、相手を倒すことに惜しみがない。
ギャルは爆炎を振り撒き続け、征十郎は刀を振るい続ける。
互いに決定打を打てぬまま、戦況は再び膠着へと持ち込まれていく。
最初は会話なんてないだろうと思っていたが、こうも長くなると、一言二言は交わすようになる。
「タチアナ」
「……そっちの名前で呼ぶんだ。何?」
「お前は先程、永遠なんて欠片も愛しくない、そう言ってたな」
この身体に宿る永遠は容易くは断ち斬れるはずはない。
本物の永遠を見てしまったからこそ。終わらない物語に触れてしまったからこそ。
それを愛しいと思ってしまったことがあったからこそ。
「私は疑問に想う。お前の永遠への嫌悪は本物だ。
刹那主義、享楽に生きて死ぬ。その言葉に偽りはないだろう」
彼女が話した言葉は全て本当だろう。
永遠を遠ざけ、刹那の瞬間に総てを掛ける。
ギャルの経歴はそれを物語っているし、彼女の振る舞いはそうである、と。
「だが、何故だ。そんなにも永遠から逃げたいと願っているのに、刹那を愛しているのに」
けれど、征十郎は気づいてしまったのだ。彼女の節々の言動、振る舞い、声色。
それはギャルになる前のタチアナを知っていたからなのかもしれない。
享楽に身を浸しており、何も信じていない、何も続いていない。
ギャル・ギュネス・ギョローレンであれば、絶対に言わない、思わないことだ。
「永遠を手放そうとしないのはどうしてなのか。永遠の17才と名乗っておいて、永遠を何処かに残そうとしている」
「………………」
しかし、それは“タチアナ”であったらどうだろうか。
その問い、そしてその答えは、がずっと仕舞い込んでいる禁忌だ。
この刑務では征十郎しか知らない、知る由もないだろう、あの村で起こった自分達の始まり。
救えなかったモノと救いたかったモノ。二人を分かつ境界線が今はない。
「こびりついた永遠を必死に洗い流すように、鉄火場で舞い踊る。
享楽と破滅で永遠を塗り潰す。それでも、お前は……」
“ギャル・ギュネス・ギョローレン”と“タチアナ”。
どちらも彼女を構成する大切なものだ。例え、その願いが相反しているとしても。
だって願ってはいけない、想ってはいけない。
そうでなくては、自分は何の為に生きてきたというのだ。
「本当はあの村に戻りたい、と」
「やめて」
――――あの色褪せた昔話をもう一度聞きたい、なんて。
「それ以上、言わないで」
その声色は恐ろしいまでに色がなかった。
生気のない顔。輝きが消えた双眸。そして、今にも泣き出しそうな、その顔。
あの日、あの時聞いた声と同じ、寄る辺がない少女のものだ。
永遠を望んだ人間も死んで、私達が知っていた山折村はもう何処にもなくて。
一度、栓を切ったドス黒い白濁の永遠は、とめどなく溢れ出し、世界を満たしてしまった。
ついさっきまでそこにあった絶望も総てマヤカシにしてしまう程に、其処は幸せが満ちていたのだから。
祝福の聖地には、不変と希望だけが横たわる。
「ああ、全く」
タチアナは誰も責められないし、許せない。そして、やっぱりあの幸せを味わって、ずっと此処にいたいと想ってしまったから。
だから、だから――――。
――絶対に助ける!
それを聞いた征十郎は深くため息をつき、やはりやるしかないのだと再確認してしまった。
元より自分がやるべきことであった。あの日に誓った約束。
己が無鉄砲にも叫んでしまったことへの責任を取る時がやってきた。
――八柳の名に誓って、必ず助ける!
“あの時の少女”を助ける。
柄でもないな。少年も少女も大人になってしまった。
そんな昔のことを引きずるセンチメンタルな感情はとっくになくなったと思っていたのに。
けれど、あの日の少年がそう、望むなら。あの日の少女がまだ取り残されているのなら。
山折が歪んだ日、永遠が生まれた日。この世総ての光。
今から自分はそれらを否定する。悪人として、八柳として。
征十郎・ハチヤナギ・クラークが――斬る。
八柳が背負った罪を、清算しよう。今この刹那の一時だけは其の為に、生きる。
彼女が言う刹那という概念を永遠に刻み込む。故に、本気だ。
「係官、全ポイント消費だ。一番いい名刀を寄越せ」
これから斬る相手に余力を蓄えるべきではない。これより対峙/退治するモノを考えたら、名刀を携えなければ勝ち目はない。
あの悪鬼であるギャルをらしくない、少女にさせる永遠。
全部、この手で斬る。それができなければ死ぬだけだ。永遠は蔓延り続け、八柳は負けたままだ。
「悪逆非道を気取る女でさえもしおらしくする永遠、か。随分と斬り応えがある。
おい、斬るぞ、其の永遠」
「…………いきなりマジになっちゃって。そんなに“私”が恋しい訳?」
「戯け。悪党が悪党らしくないんだ、今のお前は見てられん」
瞬間、手元に慣れ親しんた感触がやってくる。
軽く刃紋を見ただけでわかる。名刀だ。それを今から自分は一太刀でだめにする。
「本気で来い」
「もう本気なんだけど」
「後先なんて考えない、本当の本気だ。言い換えてやろうか、本気にさせてやる、来い――!」
「そういう君もらしくない。何だ、今この瞬間、私達はあの頃に戻ってるみたい」
「そうだな、あの日、私達が物語を始めてしまったのだから、終わらせなくてはならないだろう。
言ってやろうか? 永遠なんて下らない、お前の物語《タチアナ》は、此処で打ち切りだ」
「……………………あっそ。やれる訳?」
「やる前から諦めていたら、意味があるまい」
無理や無謀は斬って捨てろ。永遠という奇跡を視て、知って、聞いて、感じろ。
彼が斬るのは――永遠。それが征十郎――――“八柳”が斬らねばならぬ因果だ。
ギャルを今も囚えている山折の祝福。あの日、永遠を望んだ少女の夢。
―――――刹那《八柳》を以て、永遠《山折》を斬り捨てる。
では、挑もう。
目を閉じ、ただひたすらに。心は凪のように静かで、何の邪魔もされなくて。
今から行う事を考えると途方もないな、と。
突拍子もない、永遠を斬るという離れ業。そもそも形なき祝福を斬るとはどのように?
是非もなし。歩めばわかる、概念を理解していればわかる。
だって、自分はあの日あの時、あの場所にいた。永遠が生まれる傍にいた。
征十郎もまた、山折村の村民であった。
ならば、できる。応えは、この掌に握られた刃が知っている!
地面を軽く踏みしめ、疾走。総ては最高の一太刀の為に。
彼女が爆炎を巻き起こしているのが肌でわかる。それも、遊びのない、後先を考えない、本気の炎だ。
しかし、今の征十郎からすると、爆炎などもはや瑣末事。剣を振るう手が無事ならそれでいい。
私は追いつけているだろうか。
あの日、あの時トンネルの向こう側で起きていた悲劇の裏にある無垢な願い。
明日がきっと良くなりますように、と。もう辛いことも怖いことも、嫌だ。
楽しくて温かな世界だけが欲しい。幸福な今が永遠に続けばいい。楽しい一時が、愛に溢れた人々が、ずっと。
その残滓を、今から自分は斬る。
下らないと断ち切って。己がそんなものは気に入らぬと!
征十郎のエゴがふざけた祝福を残すなと!
誰かが願った救いを否定して、悲劇が蔓延る明日へと永遠を押し出していく。
まあ、でも。悪人なんてそんなものだ。永遠は気に入らない。そして、斬り応えがある。
故に、結論はすぐに。『斬りたいから、斬る』。それの何が悪い。
接近。剣の間合いに入った。
ふと顧みると、全身爆炎でボロボロ――重傷だ。致命までもうすぐであり、二の太刀などもう振るえないだろう。
だが、それでいい。一太刀で決めると誓ったのだから、それを実行するまでだ。
ほんの僅か。まさしく、刹那の時間にて、鞘疾走る!
煌めけ、轟け、奔れ。
斬るという至上命題。後悔を表すかのような超力。故郷を救えなかった少年。
だから、これは証明なのだ。あの日泣いていた少女達を救う為に振るう。
これこそが、あの日征十郎が叶えられなかった“願い”であるから!
――■■■■山折村■、美し■永遠■。
それは、誰かが星に希った穢れ無き永遠。
断片的に見えた、一筋の言葉が聞こえた気がした。
底などという概念も存在しない、白の中へ。
闇などという概念も存在しない、光の先へ。
まだ、刀は掌に握られている。ならば、いい。
振るう。奮う。この一太刀を以て、永遠は打ち切りだ。
何故、永遠を否定する?
知れたこと。気に入らんからだ、そんな願い事。
例え、不幸と悲劇で溢れた世界であっても。滅んでしまった方がいい世界であっても。
誰かが剣を振るっているならば、それは価値ある明日だ。
まだ見ぬ好敵手が、この世界で剣を振るっている。
そんな明日があるのなら、征十郎にとって、“きっといい未来”なのだから――――!
「斬る」
斬――――残。刃は届く。感触もない、虚空を斬っている感覚なのに。どうしてか、斬れたという実感がある。
今の己が繰り出せる最大の速さだった。
その剣閃は最高の精度で振り抜かれたものだった。
それは刀を初めて握った日から今に至るまで。愚直に過ぎた男が辿り着いた極みである。
零れ落ちた永遠を終わらせるのにふさわしい、至高の剣だった。
――ああ、今日は、死ぬにはいい日だ。
■
それでも、その永遠を愛しいと思ってしまった己を、信じたいのだ。
■
「それで、どうして斬らなかったの?」
「お前の中にあった永遠は、斬ったぞ」
「私、生きてるんだけど」
「そういうこともある……のか? 形なきモノを斬ったのは初めて故に勝手がわからん」
死んだと思っていた。いや、間違いなく死んだはずだ。
征十郎が一太刀を振るう為に負った傷は当然深手のものであり、振った後は力尽きて死ぬ未来しか見えていなかった。
それがどうして生きながらえているのか。
もしや、此処が死後の世界と思いきや、周りのぐちゃぐちゃになった床と壁は先程までギャルと戦っていた場所だ。
そして、ふと、気がつくと頭は“タチアナ”の膝に乗っている。彼女はぼんやりと座っていて、その膝に自分の頭、いつでも爆破されてしまう態勢だ。
つまるところ、膝枕である。あの悪鬼がそんな事をするなんて、気持ち悪い。
今すぐにでも立ち上がって離れたいが、身体が言うことを聞いてくれない。
「それよりもだ。私が生きている、ということは……お前……」
「私のポイントなんだからどう使っても勝手だよね?」
「ありえん。まさか私が生きている理由……それを問う為だけに、ポイントを総て使ったのか」
「いいから答えてよ。永遠は断ち切られた、でも、私はまだ生きている。気持ち悪くて仕方がないんだけど」
「冥府まで持っていくものと思っていたが、命を救われてしまっては答えざるを得ない、か」
“タチアナ”の横に転がっている治癒キット。
100ポイント以上を持っていた彼女が惜しみなく使った代物だ。
性能は間違いなく高品質。死んでいなければ黄泉路も引き返せるだろう。
もっとも、爆炎による負傷は致命であったはずだ。
ほんの少しでも“タチアナ”が躊躇していたら征十郎は死んでいたはずだ。
「憐憫とかそういうの、ないでしょ。私、悪党なんだから。
じゃあ手を抜いた? それもありえない。斬ることに対して、八柳クンが間違えるはずがない。
ねぇ、なんで? 早く答えてよ」
完全にギャルの口調と表情が抜けて、“タチアナ”の表情と口調になっている。
それだけ仮面が壊れて、素の彼女が見えているという形だ。
とはいえ、これは答えるまで彼女はずっと問い詰めてくるに違いない。
悪鬼外道とはいえ、命を救われてしまった以上、答えねば征十郎の意に反する。
もっとも、持ち合わせている答えは簡単だ。
「その身体が背負う永遠の方が斬り応えがあったからだ」
「…………何それ」
ギャル以上に斬らねばならないモノがあったから。ただそれだけである。
彼女が生きているのは偶々、永遠の置き土産か。それとも、一気に斬る事ができなかった自身の不出来さか。
どちらにせよ、永遠は断ち切られた。けれど、彼女は生きている。
「私はただ斬り応えがある方を選んだに過ぎん。それに、悪鬼を少女に戻す悪を斬る方が経験値にもなるというもの」
「さっぱりわからないんだけど」
「お前は私じゃないんだ、理解など求めていない。そもそも、剣客でもないお前がわかる訳ないだろう」
「私ごと斬ればよかったじゃん」
「そんな余力などない。お前が実感しているはずだ、あの永遠は、余程の決意、得物、技量、超力――それらが揃ってなければ斬れん」
征十郎は断じてギャルを憐れんで斬らなかったとかではない。
斬るという概念に焦がれた求道者を以てしても、彼が斬った永遠は、余所見ができない相手だった。
説明した所でわかるはずがない。
事実、大枚をはたいて手に入れた名刀は粉々に砕け散っている。
もしも征十郎が“タチアナ”の言う通り、一気に斬る選択肢を選んでいたら、結果は散々であったはずだ。
何も斬れぬまま、征十郎は死んでいた。
「第一、お前ごと斬れるのなら、斬っている。私が何故お前を生かさなければならん」
今はまだ、未熟者故に斬れる限界があった。しかし、命が残った以上、征十郎にはまだ先がある。
斬るという行為を極める余地があるのだ。だから、次は彼女を斬る。
元々、因縁抜きに殺し合う間柄なのだから、其処に躊躇はない。
「言えてるね。ま、朴念仁の八柳クンが嘘を言う訳ないか。
「あーあ、君の言うことが正しいなら、もう私は永遠じゃないってこと、ね。
私、これからは年取っちゃうんだ。今はまだ若いままでギャルやれるけどさ。
今後のことを考えたら、ギャルファッションもあーしって一人称使えなくなるんだけど、どうしてくれる訳?」
「どうせこの地で果てるのだから問題ないだろう」
「そういう問題じゃないの。乙女名乗れなくなっちゃうでしょ」
「実年齢を振り返れ、年増」
「ぶっ殺すよ」
けれど、この戦いを経て、二人は限界だった。
お互いに手傷も負って、立ち上がる体力もないのだから、殺し合いなどできるはずもない。
軽口を叩き合ってはいるが、語気の弱さが物語っている。
「それで、続きやる? お互いポイント全損。体力は限界。手傷も負って狙われやすい獲物同士で戦っても、格好の的だよ」
「やらん。というより、やれんよ。道理だな。お互いある程度回復するまでは身を潜めるべきだ。盛大に暴れたのだから、敵も直に寄ってくるぞ」
漁夫の利を狙った狡猾な悪党。真正面から殺しに来る悪党。
そもそも誰であっても、今の自分達は狩る側ではなく、狩られる側だ。
とりあえず、無理を通して二人は立ち上がり、何処か人気のない安全な場所を目指して避難する。
「そんじゃ、避難しますか」
「ああ」
「…………」
「…………」
「あのさぁ」
「おい」
「どうして方向同じなの?」
「お前が私についてきてるだけだろう」
「違います~、八柳クンが勝手についてきてるんです~。
はぁ、やめとこ。口喧嘩する体力もないわ。下らない争いで時間と体力を使うなんてアホらしいし、一旦休戦ってことで。
言っておくけど、体力戻ったら殺すから」
「抜かせ。体力が戻って、次に斬るのはお前だ。舞古沙姫を殺めたことを水に流すつもりはない」
「はいはい。私もあの時救けてくれなかったこと、根に持ってるから」
「忘れかけてたと言ってただろう」
「忘れる訳ないでしょ。あの時くれた言葉、ずっと覚えてるし」
征十郎はあの時の誓いを。“タチアナ”はあの時の救いを。
互いに成し遂げた以上、次に繰り上がってくるのは必然的に敵対。
お互い悪党なのだから、水に流してということもないし、仲良くなってお手を繋いでラブ&ピースなんてこともない。
「次は斬る」
「次は燃やす」
結局、幼き二人の因縁が消化されたとはいえ、不倶戴天の敵同士であることに変わりはない。
四の五の言ってる暇があるなら、斬るぞ燃やすぞとドンパチだ。
「無言っていうのも、つまらないし、とりあえず、昔話でもする?
というか、永遠に組み込まれていたからか、あの村で起こったこと、全部知ってるし。勝手に人の頭にダウンロードするなって話だよね」
「……………………頼む」
「しおらしいじゃん、ウケる」
それでも、一つの因縁は終わり、物語は打ち切られた。
色褪せても尚、消えない想い。二人の少年少女が夢を見たあの日。
途切れた青春の続きは漸く、幼年期の終わりとして終止符を打つことになった。
【D–4/ブラックペンタゴン北西ブロック外側・集荷エリア/一日目・朝】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(極大)、“タチアナ”
[道具]:学生服(ブレザー)、注射器
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.――――
1.昔話をして、それから――――。
2.復活したら改めて征十郎を燃やす。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※ポイントは全部治療関連のものに交換しました。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。
【征十郎・H・クラーク】
[状態]:ダメージ(極大)
[道具]:日本刀
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.――――
1.昔話をして、それから――――。
2.復活したら改めてギャルを斬る。
※保持していたポイントで購入できる最大限の名刀 - 80P
少年は少女の元まで来てくれた。
あの時交わした言葉と伸ばした手は、もう取られた。
――絶対に助ける!
――八柳の名に誓って、必ず助ける!
『ありがとう……!』
数十年の時を経て、ようやく。征十郎とタチアナは救われたのだ。
最終更新:2025年07月16日 23:45