その囚人は、一言で云うならば醜男だった。
 その囚人は、有り体に言うなれば不細工だった。
 しかし、その顔はひどく不敵に笑っていた。

 身長は150cm台半ば。白人としては極めて小柄だ。
 顔立ちは不恰好に荒れ、二十代とは思えぬ老け顔である。
 髪の毛はぼさぼさと乱れ、額の毛は既に薄れつつある。
 口元から覗く歯並びは酷く乱れており、目つきはギョロリと大きい。
 その風貌も相俟って、薄汚れた野生動物のようにさえ見える。

 この男が道端で歩いていれば、誰もが振り返るだろう。
 そして、誰もが眉を顰めて蔑むだろう。
 まだ若さという物から見放されていないにも関わらず。
 おおよそ美と呼ばれる概念からは、程遠い男だった。

 そして――その男は、取り囲まれていた。
 旧工業地帯の一角で、彼は追い詰められている。

 甲冑を身に纏った、二人の騎士。
 それぞれ長剣と長槍を構え、男の首元へと突きつけている。
 男は座り込んだ状態で騎士の刃を眺めていた。
 無論、下手な身動きは取れない。逃亡もできない。
 しかし、その顔には飄々とした笑みが張り付いている。

「おじさん、ずっと笑ってるんだね」
「“いい男”の条件を知ってるか?窮地を笑えるヤツさ」

 騎士達を率いていたのは、一人の少女だった。
 170cmを超える恵まれた長身を持ち、相手の男とは明確な体格差がある。
 少年にも似た端正にして中性的な顔立ちは、何処か爽やかな印象を漂わせた。
 アビスに収容される犯罪者とは思えぬ、可憐な風貌の持ち主である。
 囚人服の上からも目立つスタイルの良さも含めて、目の前の男とは対照的だった。

 中身となる肉体を持たない“四体の甲冑騎士”の使役。
 それが少女のネオスであり、彼女を守護する力である。
 それぞれ戦闘能力を備えた複数の眷属を操るという、単純明快にして強力な異能だ。

「ここで死んじゃえば、もう笑ってられないんじゃない?」
「おいおい、無粋じゃねえか。そんなこと言われちゃ形無しだぜ」

 刑務開始直後、少女は自らの超力を使役してすぐさま男を制圧したのだ。
 あくまで戦闘向けの超力を持たない男は、抵抗することも出来ない。
 故に圧倒的に優位なのは、少女の側なのだが。

「まあ、話をしようぜ。喧嘩はしたくねえ」

 その小男は飄々と、わざとらしく両腕を上げる。
 “降参だ”と言わんばかりに手をひらひら動かし、自身の無害さをアピールしている。

「オレ様は“脱獄王”、トビ・トンプソン」

 そして彼は、そのままふてぶてしく名乗った。
 その醜貌を歪ませ、ニヤリと笑みを見せた。

「スリルが大好きな脱獄中毒者さ」

 男は傲岸に、堂々とした態度で告げた。
 ――名乗りの通り、この醜男は“脱獄王”と呼ばれていた。

 トビ・トンプソン、21歳。
 刹那的な脱獄ジャンキー。偏執的な脱獄性愛者。
 世界各地の刑務所に収監され、のべ17回にも及ぶ脱獄を成功させた男。


 彼は度を超えた脱獄の常習により、85年もの刑期を背負うことになった。
 そして難攻不落のアビスへと投獄され、剰え命懸けの刑務にまで放り込まれた。
 だというのに、この小男は不敵な態度を崩していなかった。
 余裕綽々と言わんばかりに、彼はふんぞり返っている。

「アンタ、確かナイト・ヨツハだろ?」
「内藤四葉です」
「まぁ誤差の範囲だな」
「そうかなあ」

 ――内藤四葉。それがトビを追い詰めている少女の名である。
 微妙に訛った呼び方にわざわざ訂正を入れられて、トビは飄々と答えた。

 アビスには『言語の垣根を越えた意思疎通を可能にする超力』を持つコヴァルスキという刑務官がいる。
 他の刑務官の超力やシステムとの併用により、アビスに収監されている囚人達は国籍や言語を問わず意思疎通が可能となっている。
 それでも文化圏の差異によって、発音の微妙な訛りなどが生じることはあるのだ。

「まあ、ともかくだ。ちょっとばかし取引がしたい」

 そうしてトビは、気を取り直し。
 己の本題、この刑務での指針を切り出した。

「オレ様は“脱獄”がしてえのさ」

 自らの目的。自らが求めるスリル。
 即ち、脱獄。彼はこの殺戮の刑務においても“脱獄王”だった。
 この機会こそがチャンスであると、彼は踏んだのだ。

「え、殺せば良くない?恩赦あるよ」
「釈放とか刑期満了とかじゃ意味ねえンだよ。
 オレ様がしたいのは脱獄だ。それがスリルだ」

 そんなトビに対し、四葉はきょとんとした様子で聞く。
 脱獄を狙うくらいなら、他の受刑者を殺して恩赦を得た方が手っ取り早い。
 彼女はそう思ったし、大抵の囚人達もそこに望みを懸ける方がまだマシと思うだろう。

 しかし、それではトビにとって意味がないのだ。
 恩赦ではない。彼は脱獄がしたいのだ。

 そんなトビのスタンスに、四葉は「そういうもんなんだなあ」と呆けた反応をする。
 あまり共感できていないようだが、トビは別に同類を求めていないので気にしない。
 故に彼は構わず、四葉に対して問いかける。

「アンタはどうだ?恩赦が目当てか?
 それとも、享楽や刺激を求めるか?」

 トビの問いかけに対し、四葉は顎に手を当てて考え込む。
 んー、と可愛らしい所作を見せながら沈黙すること数秒。

「私はまあ、せっかく遊び場を貰えたんだし。
 ――楽しそうな人達とは殺し合ってみたいかな」

 そうして四葉は、まるで日々の予定について語るように。
 さらっとした口ぶりで、自らの殺意を言及する。

「恩人の“大根おろし”さんとは、一度ちゃんと戦ってみたいし。
 あの人……アビスじゃ“無銘”って呼ばれてた人とも、また戦いたいし……」

 四葉は名簿に載っていた囚人を振り返る。
 幼き日の四葉に多大な影響を与えた大金卸 樹魂、海外で一度は引き分けたことのある無銘など――。
 因みに無銘は刑務開始直後、宮本麻衣の超力である“眷属召喚”が更に複数体に及ぶことを見抜いている。
 それが出来たのは、同じタイプの超力を持つ四葉との交戦経験があったからである。

「でさ、他にも一杯いるよね!楽しそうな人達!」

 そして、天真爛漫な笑顔とは裏腹に。
 彼女が楽しむのは“命懸けの奪い合い”である。

「ある意味で玩具箱じゃない?ここ!」

 内藤四葉。彼女もまた、アビスへの収監に相当する犯罪者である。
 渡り鳥のように世界各地を往き、殺し合いを楽しむ“愉快犯型超力殺人鬼”。
 端正な見かけとは裏腹の戦闘狂。強者との戦いに命を懸けるジャンキー。
 彼女の存在については、トビも耳にしていた。

「だって、地の底の果てだよ!札付きの悪党が一杯いるんだよ!」

 “開闢の日”以後、彼女のようなネイティブ世代の無軌道な凶行が世界各国の社会問題となっていた。
 ネオスという暴力を生まれ持ち、人格が破綻する少年少女が後を断たなかったのだ。

「そんなの――――存分に殺し合えるに決まってるじゃん!」

 そんな野良犬達の中でも、四葉は“上澄みの殺人者”だった。
 彼女は世界各地で凶行と闘争を繰り返してきたのだから。




 4歳の頃、強力なネオスを密かに使いこなした。
 ただの少女、内藤四葉はそれを機に暴力のやり方を覚えた。

 四葉が超力を使いこなそうと思った動機は、実に些細なものだった。
 “漫画本みたいに戦ってみたかった”という、ただそれだけの理由である。
 異能を生まれ持つネイティブ世代は、旧時代の人類以上に“空想の世界”に同調しやすいとされる。
 一部の国では政府機関が芸術・文化の徹底的な検閲を行うほどの問題となっている。
 ともあれ四葉は漫画をきっかけに、自らを守護する四騎士の操り方を完璧に体得したのだ。

 7歳の時、四葉は大金卸 樹魂と出会った。
 ほんのささやかで、偶然のような出会いだった。
 漫画本から飛び出てきたような、奇跡の武人だった。

 かの漢女が幼き四葉のことを記憶しているかは定かではないが。
 確かなのは、四葉は“強者との戦い”を求める樹魂から何らかの影響を受けたことであり。
 彼女はその歳、同級生を相手に殺人処女を卒業したことである。

 それから四葉は、幾度かの“腕試し”を繰り返した。
 あれ以来、“強い相手と戦う”という目標ができた。

 そして10歳にして、四葉は国外逃亡を果たした。
 四葉が起こした数々の暴力沙汰が露呈し、不仲だった家族と大揉めしたからだ。
 そうして四葉は両親を半殺しにし、豪快に家出を敢行――タクシーなどを駆使して港へと向かった。
 そのまま自らが召喚する四騎士との連携により、海外行きの貨物船にまんまと乗り込んだのである。

 以来、四葉は世界を股にかける少女となった。
 手持ちの荷物は、家出の際に持ち出した漫画本くらい。
 各国で日雇いのバイトや追い剥ぎをしながら食い繋ぎ。
 各所で目ぼしい超力使いに喧嘩を売る日々を送ってきた。
 そのくせ、外国語はろくに覚えられなかったが。

 波瀾万丈の人生の中で、様々な強者と出会い続けてきた。
 戦ったり、戦わなかったり。叩き潰したり、軽くあしらわれたり。
 死闘を繰り広げたり、たまに引き分けて知り合いになったり――。
 18年という未だ短い人生だが、四葉の世界はまだまだ楽しみに満ちている。




「――まあでも、恩赦も欲しいなぁ。
 別に私、死にたがりとかじゃないし。
 普通に生きたいし。人生まだ長いし」

 そうして高揚に震えていた四葉は、改めて自分が死刑囚であることを振り返る。
 四葉にとっての“普通に生きたい”とは、“長生きして殺し合いの日々に明け暮れたい”という意味である。
 恩赦が信用できるかはともかく、それに賭けなければ自分は死を待つだけの身なのだ。
 だから四葉にとってこの刑務は遊び場であり、大きなチャンスでもあった。

 トビはそんな四葉を、やれやれと言わんばかりに見つめていた。
 その経緯は間違いなく非凡ではあるのだが、トビはいざ知らず。
 超力により人格が歪み、暴力衝動に飲まれたその姿は、典型的なネイティブ世代犯罪者のそれである。
 四葉自身は決して小粒な犯罪者ではないが、四葉のような思考の非行少年少女はアウトサイドではありふれている。
 尤も、トビもまた自らの超力によって人格が形成された若者なのだが。

「あっ、トビさん刑期長いじゃん。トビさん殺せばいいか」
「待て待て待て待て待て。早まるな」

 ふと気付いたようにグイッと近づいてくる四葉。
 騎士達もまさに刃を振るう寸前である。
 そんな彼女をトビは慌てて制止した。
 待て待て、待て待て――そうやって言い続けてるうちに、四葉は飼い犬のように動きを止めた。
 ついでに騎士達もその動きを止め、やがて蜃気楼のようにその姿を消した。

「話を聞けナイト、いやナイトウ。いいな?」
「はーい」
「変なところで素直だな……」

 妙に素直な四葉に呆れつつ、トビは咳払いをする。
 それから一呼吸を置き、自らの本題を切り出した。

「アンタには護衛や協力者として同行を頼みたい。
 その代わりとして、“遊び”や“ポイント稼ぎ”を手伝ってやる」

 それは、受刑者としての結託だった。
 トビ・トンプソンは、四葉を自らの味方として勧誘した。
 脱獄の同志としてではなく、ギブアンドテイクの同盟として。
 互いの望みを果たすための利害関係として。

「オレ様の超力は閉所の移動や隠密行動に適している。
 他の受刑者の捜索や偵察くらいのことは容易いって訳だ」

 トビの超力は“肉体の軟化”である。
 自らの身体を軟化させ、あらゆる隙間や閉所へと自在に入り込む。
 そして彼は脱獄王、隠密行動はまさに十八番である。
 敵の死角に潜り込むこと、敵を密かに監視することが容易なのだ。

 彼の戦闘力は低いものの、偵察役としての仕事を行うことが出来る。
 あくまで眷属による直接戦闘に特化している四葉の為に、先手を打って“遊び相手”を探し出せるのだ。

「それに斥候だけじゃなく、オレ様は刑期が長い。
 つまりポイント稼ぎで“格好の獲物”としても使える」

 そしてもう一つ、トビには売り込む点がある。
 要は、囮としての使い道である。

 刑期という点においては、死刑囚である四葉も大きなポイントとなりうる。
 しかし彼女は世界各地で、複数の超力犯罪者との交戦経験を持っている。
 他者から見て“一筋縄では行かない獲物”であることが明白なのだ。

 対してトビはあくまで脱獄犯。
 しかし、度重なる脱獄によって刑期は80年以上にまで伸びている。
 その刑期の重さに反し、彼の戦闘力はそれほど高くない。
 故に他の受刑者達にとって、ローリスク・ハイリターンを見込める存在なのだ。
 そうして誘き寄せられた連中を、四葉が狩る――そういう話だった。

 他の受刑者達と遊びつつ、ポイントも稼ぎたい。
 そんな四葉にとって、斥候も囮も引き受けるというトビの提案は間違いなく魅力的だった。


「誘いは有り難いけど、いいの?狩っちゃって」
「あン?」
「トビさんの目的は脱獄なのに、犠牲を増やすことになるけど」

 四葉はトビからの提案を受け止めつつ、そう問いかける。
 彼はあくまで脱獄を目的としており、他の受刑者との争いは望んでいない。
 護衛としての見返りであることは分かるが、犠牲を増やすことに加担する形になる。
 それで構わないのかと、四葉は疑問を投げかけたのだ。

「――そう、オレ様はただ“脱獄”がしたいだけだよ。
 皆々様を刑務から救うための慈善事業がしたいンじゃねえ。
 だから、アンタがどれだけ殺そうとも構いやしない。
 この場で何人死のうと、オレ様にとっちゃどうだっていい」

 対するトビは、淡々とそう告げた。
 あくまで自身の脱獄が目的であり、刑務の打破そのものを狙う殊勝な人間ではない。
 故に彼は冷淡な態度を取る。彼もまたアビスに収監された悪党なのだ。
 四葉は「ふうん」と反応して納得をする。それなら良かった、と。
 この小男も少女も、突き詰めれば悪党である。倫理を問うほどの殊勝な信念はない。

 そして、トビにとっての理由はそれだけではない。
 “他の受刑者と結託し、協力して敵を狩る”――。
 あくまで“刑務に則った行動”を取ることで、刑務自体が破綻する可能性を防ぐのだ。

 それは何故か。刑務そのものには関わり、争いを円滑に進めていくことで、少しでも自分達がマークされる可能性を減らすためだ。
 トビにとっては脱獄を達成する隙を突くためにも、刑務自体は正しく回って貰わなければ困る。
 ――“反乱分子は存在するが、刑務自体は問題なく進行している”。
 看守側がそう認識し、過度な警戒を行わないでいてくれる状況の方が此方としても都合が良いのだ。

 故にトビもまた、あくまでゲームの駒としての立ち回りをする。
 その結果として残り人数という時間制限が加速するとしても、トビにとっては望む所である。

「で、脱獄って言ってもさ。トビさんは何をするの?」
「物資確保、人探し、そして施設調査だ」

 そうして四葉の問いに対し、トビは右手の指を三本立てながら答える。

「まずは物資確保。交換リストで“使える道具”を確保したい。
 工具代わりになるモノや、物資を持ち運ぶ為のデイパックが望ましい。
 最低でも5Pでナイフ一本は欲しいな」

 某国の刑務所に収監された際、当時15歳だったこの男は隠し持っていたアイスピック一本で脱獄を果たした。
 彼は超力に頼らずとも、“尖ったもの”ひとつで鍵の解錠から機器の分解までこなすことが出来る。
 故に刃物一つでも用意できれば、それだけでトビにとっては収穫となりうるのだ。
 そして現地調達で物資を確保する際の為にも、デイパックなどがあれば望ましい。
 無論、可能であれば本格的な工具も確保したいが――流石にそこまでの贅沢を望める見込みは薄いだろう。

 脱獄のための最大の脅威、それは受刑者全員に嵌められた首輪である。
 これを外すか無効化するかしなければ、トビは生殺与奪を握られたままだ。
 数々の脱獄で活かした自身の“技術”で解体できる余地はあるのか、否か。
 少なくとも、道具を使って試してみる必要があった。

「他の刑務者のポイント自体は、恩赦が必要なアンタに譲る。
 その代わり、稼いだポイントの一部でこっちに物資を融通してほしい。
 なに、そう大量に使ったりはしねえ。安上がりの物資だけでいい」

 トビは四葉にそう伝える。
 首輪のポイントは譲渡が不可能であり、よって恩赦が必要な四葉に引き渡す。
 ただし、その一部を使ってナイフなどの物資を購入すること。
 トビがまず望んだのは、四葉にとって優位な要求だった。
 恩赦が欲しい四葉と、脱獄を求めるトビ。
 両者の思惑が異なるからこそ、トビは盤面での利益を惜しみなく差し出せる。

 それに、トビは四葉がポイントを徴収した後の“使用済みの首輪”も回収したかった。
 首輪の構造を知る為にも、それを使って“実験”を行うことを視野に入れていた。


「次に人探し。“メカーニカ”と接触したい」
「メカニカ?」

 そして二つ目の思惑。
 トビが挙げた名前に、四葉はきょとんとする。

「ラテン系犯罪組織のメンバーだが、アイツの超力は工学に関わる。
 あらゆる人工物に干渉して変形や成形ができるそうだ。
 オレ様にとっちゃデカい価値がある」

 メリリン・"メカーニカ"・ミリアン。
 ラテン・アメリカのとある犯罪組織に属し、兵器の製造や整備を担っていた女囚だ。
 刑務が始まる前からトビは彼女の超力について掴み、脱獄に活かせる可能性を考慮していた。

 金属、プラスチック、ガラスなどの人工物を自在に組み替えて改造する超力。
 メカーニカの異能は、条件次第で“首輪”に対する干渉も可能とするのではないか。
 この超力を持つ彼女をわざわざ刑務に放り込んだ時点で、何らかの対策が講じらている可能性は否めない。
 しかし、今は一つでも可能性に賭ける必要がある。
 そしてメカーニカの能力には、賭けるだけの価値があった。

 そのうえで「メカーニカが協力してくれるかは未知数だし、そもそも出会うまでに奴が生きていればの話だが」と付け加える。
 賭けるだけの価値はあるとはいえ、実際に向こうが生きて手を貸してくれる確証はないのだ。
 故にあくまで“可能であれば接触したい”という範疇で、トビはメカーニカの捜索を目的の一つに入れた。

「だから、“メカーニカ”には手を出さんでくれ」
「おっけ!」

 そしてトビは、念の為に忠告。
 四葉はとっても軽い態度で承諾。
 こいつ本当に分かってるよな、と少々不安になったが。
 ふとあることを思い出して、忠告をすることにした。

「ついでの忠告だが、“牧師”に喧嘩売るのもやめとけ。確実に面倒なことになる」
「あ、それは大丈夫」
「どういう意味だ?」
「そもそも私が捕まったきっかけって、“牧師”の縄張り荒らしたからだし」
「もう面倒なことになってんじゃねェかよ」

 こいつ本当に大丈夫か、と更に心配になったが。
 少なくとも利害関係は明白であるし、彼女もそれは分かっているだろう。
 故に手を結ぶ理由はあるとトビは結論付けた。
 ルーサー・キングとの接触は、色んな意味で避けたい。

「まぁ……ともかくだ、最後の三つ目。オレ様は施設調査もしたい。
 “ブラックペンタゴン”。この島のど真ん中におっ立ってるきな臭い施設だ。
 刑務を運営するための中枢、ってのは流石に無いだろうが……ここも念のため調べておきたい」

 そしてトビにとって、現状で最後の目当て。
 それはこの舞台の中央に存在する“施設”についてだった。
 ブラックペンタゴン。島の中心地に位置する、正体不明の巨大施設。

 地図の様相からして元々工業で成り立っていたらしきこの孤島において、明らかに不自然な異物として存在している。
 そもそも、この刑務はどのようにして受刑者達を監視をしているのか。
 ヴァイスマン一人の超力のみで刑務の運営が行われるとは考えにくい。
 何処かに彼らの“拠点”があると思われるが、その手掛かりとして考えられる唯一の施設がそのブラックペンタゴンだった。

 はっきり言って、こうもお誂え向きに聳え立つ施設に重要な機密が隠されているかは非常に怪しい。
 そこが本当にアビス側にとって意味のある施設だというのなら、初めから禁止エリアに指定すればいいだけのこと。
 そのためアテとしてはあまり期待はできないが、何より今は手探りの状況だ。
 少しでもヒントとなるものを掴む為にも、施設を調査する必要はあると考えた。

 以上が、トビ・トンプソンの行動指針だった。

 それを聞き届けて、四葉は咀嚼するようにうんうん唸るも。

「てかさ、さっきからめっちゃ喋ってるけど」

 ふと何かに気づいたように、彼女が問いかけた。

「盗聴対策とかしなくていいの?私達」

 そう、尤もな疑問である。
 重要な指針をこうも喋っていいのか、と。
 何処かで筒抜けになっているのではないか、と。
 四葉は純粋に不思議に思ったのだ。

「知ってンだろ?ヴァイスマンの超力」

 それに対し、トビは忌々しげに答える。

「アイツの前じゃオレ様達は元々筒抜けなんだよ。
 何処に居るかも、どんな状態なのかも、マーキングされてやがる」

 看守長、オリガ・ヴァイスマン。
 アビスの囚人達は全て、彼の超力の監視下に置かれている。
 それは、マーキングした者達の状態を“管理”するネオス。

「小手先の偽装なんかやったって意味がない、無駄な労力にしかならねえのさ。
 それに連中は、オレ様が“脱獄を狙う”ことくらいは織り込み済みだろうよ」

 脱獄を狙う上で、トビは当然それを念頭に置いていた。
 奴の聴力を踏まえれば、盗聴や盗撮の対策など無意味と言ってもいい。
 故にわざわざ行う必要はない。

 そして看守達は、脱獄王をこの場に参加させることの意味も理解している筈だ。
 通算17回にも渡る脱獄を行ってきた男が、大人しく刑務に従う訳がないのだ。
 犯罪者達を管理する彼らがそれを認識していないことは、有り得ないのである。

「だったら、いっそ堂々としてりゃいい。
 オレ様は自他共に認める“脱獄王”だ。
 オレ様が脱獄について語ったところで、そいつは至極当然のことでしかない」

 だからこそ、トビはそう結論付ける。
 対策したところで意味が無いのなら、初めから偽装を捨てる。
 連中が自分の反抗も織り込んでいるのなら、初めから堂々とやる。

 この状況で躊躇わず、スリルのアクセルを踏みに行く。
 それがトビ・トンプソンという悪党である。

 そして同時に、トビはあることを推測する。

 刑務に従わない者。
 アビスへの反抗を企てる者。
 脱獄を試みようとする者。
 そんな受刑者に待ち受けているのは、首輪による処刑だ。
 奴らの判断一つで、凶悪犯達はその生命を散らすことになる。

 だが恐らく刑務官側にとって、その采配は出来るだけ避けたい手段でもあるだろう。
 何故ならばそれは“盤面への直接介入”であり、ゲームが機能不全に陥りかけたことを告白する行為に他ならないからである。
 幾ら強権を振るえる立場であるとはいえ、それは刑務官側の威信にも関わることだ。
 それに、この刑務に何かしらの目的――例えば囚人同士の抗争自体に意義があるならば、刑務官による介入は尚更好ましい判断ではない。

 少なくとも連中は、ギリギリになるまで首輪爆破での始末は使わない。
 脱獄王トビ・トンプソンはそう考えた。
 故に可能な限りプレイヤーとして立ち回り、そのうえで綱渡りをすることを選んだ。

「それに」

 そして、何よりも――思うことがあった。

「奴らはこの“脱獄王”にこんな舞台を用意しやがった」 

 アビスの連中は脱獄王を一時的にでも自由の身にし、箱庭の島へと放り込んだのだ。
 言うなればこれは、看守達からの“挑戦状”に等しかった。

「つまり、喧嘩を売ってきやがったんだ。面白ェじゃねえか」

 ならば、受けて立つ以外には無い。
 トビ・トンプソンはそう考える。

 実際に脱獄できるのか。
 そもそもヴァイスマンの支配を掻い潜れるのか。
 その確証はないし、見込みがあるかも分からない。
 だとしても、だ。

「――――“楽しいこと”は試さなきゃ、損ってヤツだろ?」

 仮にこれまでの見立てを外して、自分が順当に“処刑の対象”になったとしても。
 脱獄の道半ばに散ることが出来るのなら、それはそれで清々しい最期だ。
 故にトビ・トンプソンは、不敵に笑った。

 そんな彼の笑みを、四葉はじっと見つめて。
 やがて彼女もまた、ニヤリと笑ってみせた。
 “楽しいことは試さなきゃ損”。
 彼の粋な言葉に対し、共感を抱くように。

「言えてるね」

 “いい男”の条件は、窮地で笑えるヤツだ。
 最初にトビが告げた言葉を、四葉は改めて理解した。
 そんな彼女を見て、フッとトビも笑みで応える。

 トビはその場から立ち上がる。
 ゆらりと身体を揺らしながら、口元に笑みを貼り付ける。

「オレ様は自由なんかじゃない」

 そしてトビは、己の在り方を振り返る。
 脱獄にしか歓びを見出せず、幾度となく監獄破りを繰り返してきた。
 言ってしまえば彼は、拘束と解放の躍動に縛られ続けているのだ。

 トビは永遠に監獄という世界から逃れられない。
 トビは永遠に脱獄という快感から足を洗えない。
 彼はこれまでも、これからも、同じスリルを只管に求め続けるのだ。

「きっと、永遠に不自由なのさ」

 それはある意味で、不自由な在り方なのだろうと。
 何かに囚われていくことでしか生の実感を得られないのだと。
 彼自身、自嘲混じりに思う。

 そのうえで、トビ・トンプソンは考える。
 それは自分にとっての不幸なのか、と。
 ――無論、そんな筈がなかった。


「これ以上の喜びはねェ」


 不自由の自由を駆け抜ける。
 故に彼は、“脱獄王”なのだ。


【H-4/旧工業地帯/1日目・深夜】
【内藤 四葉】
[状態]:健康
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.気ままに殺し合いを楽しむ。恩赦も欲しい。
1.トビと連携して遊び相手を探す、または誘き出す。
2.ポイントで恩赦を狙いつつ、トビに必要な物資も出来るだけ確保。
3.もしトビが本当に脱獄できそうだったら、自分も乗っかろうかな。どうしよっかなぁ。
※幼少期に大金卸 樹魂と会っているほか、世界を旅する中で無銘との交戦経験があります。
※ルーサー・キングの縄張りで揉めたことをきっかけに捕まっています。

【トビ・トンプソン】
[状態]:健康
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱獄。
1.内藤 四葉と共闘。彼女の餌を探しつつ、護衛役を務めてもらう。
2.首輪解除の手立てを探す。そのために交換リストで物資を確保、最低でもナイフは欲しい。
3.構造や仕組みを調べる為に、他の参加者の首輪を回収したい。
4.工学の超力を持つ“メカーニカ”とも接触したい。
5.ブラックペンタゴンを調査してみたい。
※他にも確保を見越している道具が交換リストにあるかもしれません。

013.神様はいずこに。 投下順で読む 015.すばらしき世界の寄生虫
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PRISON WORK START トビ・トンプソン エンカウント・クレイジー・ティーパーティ
PRISON WORK START 内藤 四葉

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最終更新:2025年02月23日 20:58