27年前の戦いのことは、今でもはっきり覚えている。
俺の仲間たちは、皆が幸せに生きていける世界を作るために、神の導きによりその意志を実行する先兵となった。
俺たちの起こした軍事作戦は平和ボケした日本のガキを蹂躙して、その血と骸を聖戦の狼煙とする計画で。
神が導く、神のもとに平等で幸福な世界を実現するための遠大な計画の第一歩だった。
失敗は許されない、けれど失敗するはずのない計画だったんだ。
最初は順調だった。何人ものガキを殺してやった。
罪のないガキの死に思うところがないではなかったけれど、皆が幸せに生きていける世界の実現のための必要な犠牲と割り切りながら殺して壊して殺してやった。
しかし、カイチョウだかキャプテンだかと呼ばれていたガキが俺たちの前に現れて、事態は一変した。
怪物のように暴れまわったそのガキの手によって、ある者は喉を掻き切られ、ある者は組み伏せられて拘束され、ある者は銃を奪われ蜂の巣にされ、ある者は頭部を強かに打ち据えられて昏倒し。
命ある者は監獄に、命なき者は棺桶にぶち込まれた。
どうなってんだよこいつは。
神よ、てめえの導きに従って俺たちは戦ったのに、どうして敗けなきゃならねえんだ。
どう考えても勝ち確出来レースだったろうが。
さんざんてめえに尽くしてきた俺たちの、てめえのためにやってる戦いに、何であんなフザけた障害を置いときやがるんだ。
裏切りやがって。糞が。
――――――――――――――――――――――――――
刑務開始から30分ほどが経過した森の中。
倒木に腰掛け向き合う二人の囚人がいた。
一人はひげを蓄えた痩身の男、アルヴド・グーラボーン。その中東系の相貌には濃い隈が浮いている。
もう一人は柔和な表情をした男、夜上神一郎。娑婆にいた頃に着ていた神父服は押収され、今は囚人服に身を包んでいる。
方やかつて神に裏切られ、神を憎むあまり「神」という単語を聞くだけでパニックに陥る元狂信者。
方や神に対する考え方から己を呼称する一人称として「神」を採用する元神父。
相性が最悪と目される二人は、一悶着、否、二悶着も三悶着もあったものの、
アルヴドの憎悪の対象である「神」と神一郎の一人称としての「神」の意味合いが違うこと、刑務作業における他の囚人の脅威から身を守る手段として手を組むことが互いの利となることを、神一郎が時間をかけて言葉を尽くして、
……本当に言葉を尽くして説諭した末に和解し行動を共にすることとなったのだった。
「ところで、アルヴドさん。
あなたにとって「神」とはどこに存在するものですかな」
「かみ」という文字列が耳に入ったアルヴドが機敏に神一郎に掴みかかり拳を振り上げる。
振り上げた拳を即座に振り抜かないのは精神が安定している証であり、時間をかけて説諭した神一郎の功績である。
「そんなことを聞いて何になるってんだ」
「神(ワタシ)は神父などをやっておりましたからな。行動を共にする者の考え方を伺っておきたいと思いまして」
拳をおろし、神一郎の胸倉から手を離したアルヴドが嘆息して答える。
「天のその先だよ。そこから俺達を見てやがるんだ」
「それはなぜそのようにお考えで?」
「聖典にそう書いてあるからな」
ふむ、と神一郎は一息つく。
アルヴドが信仰する宗教の信者にありがちな考えだ。
聖典を疑うべからず。預言者を疑うべからず。
その教えを縦に信者に思考停止を強要し、とんでもない強行に走らせることもある。
「あなたが何をしてこのアビスに収監されることとなったのか。
差し支えなければ、お聞かせ願えますか」
夜上神一郎。
とある地方の教会に勤める神父だった男だ。
温和で優しく、迷える者に助言を与え、困った人を助けるために奔走する。
そんな彼に地元住民は敬愛をもって接していた。
しかし彼には恐ろしい本性があった。
それは己の価値観で救われざるべき悪と判断した者に断罪を下す、独善的で傲慢な精神性。
その断罪により多くの人々を、時には殺し、時には死に追いやり、その死体を無造作に埋めて処分していた。
逮捕されてからというもの神一郎は模範囚としてふるまい、刑務官からの信頼を勝ち取ってきた。
次第にアビス内で獄中死した者への祝福や、囚人の懺悔の聞き役を依頼されるようにもなっていった。
懺悔をしてくる囚人たちのそのほとんどは神一郎にとって救われる価値のない、断罪の対象だったが、刑務官の眼が光っているなかで断罪をするわけにもいかない。
正直フラストレーションが溜まっていた中で与えられたのがこの刑務作業だ。
ここでなら、おそらくたくさんいるであろう救われざるべき者を断罪できる。
まずは目の前にいる男に審判を下そう。
そう考えて罪の告白を要求する。
ここで救われざるべき者と判断したならば―――、そう思いながら袖口に仕込んだ仕込銃を密かに撫でる。
模範囚として振る舞ううちに、神一郎は担当刑務官から崇敬に近いレベルの信頼を勝ち取ることに成功した。
そうするうちに彼がガンマニアであり、超力と3Dプリンターを活用して22口径の仕込み拳銃を自作したことを告白された。
懺悔を受け、口車に乗せてやったら感涙とともにその仕込み銃を差し出してきたのだ。
『開闢の日』以降強靭化した人々の肉体に22口径の銃はあまり有効とは言えないだろうが、銃口を密着させ骨を避ければ十分に殺害が見込める。
「27年前にスクールを襲撃したテロがあったのを知ってるか。」
「おお、もちろんですとも」
神一郎が5歳のころに発生した東京都内のとある高校を国際テロ組織が襲撃した事件だ。
生徒や教師が多く犠牲になったこともさることながら、完全武装のテロリスト50人を、たった一人の高校生が制圧したことで大きな話題となった。
そういえばその高校生がその後どうなったかは杳として聞かない。
「なぜそのようなことを?」
「神(クソカス)の導きに従った上の連中の指示に従ったんだよ。
神(クソカス)が何考えてんのかはもうわかりたくもねえし、上の連中の思惑がどうだったかも今となってはよくわからねえ。
せめて俺ら末端と志が同じだったことを祈るばかりさ」
「その『志』とは?」
「青い話だけどよ。
俺が育ったのは空腹を紛らわすためにほとんど水しかねえような粥に、せめてもの足しにと土を入れて食って、胃袋破裂させてくたばるガキがそこら中にいるような世界でな。
それを変えたかった。神(クソカス)だってそんな世界を望んでるわけがねえ。最大の帰依と服従を捧げれば俺たちの訴えに気づいてくれる。救ってくれると信じてたのさ」
神一郎はなるほど、と得心する。
世界にある不条理を憎んだ彼は、信仰する神の手によりそれらが解決され人々が救済されることを願った。
人々が困難にあえぐ現状が放置されているのは救うべき人々に神が気づいていないからで、自分たちの忠誠によりそれを気付いてもらおうとした。
アルヴドの信仰する宗教には、信仰なきものの血を捧げて神に訴えるというものがあった。
おそらく彼にとって異教徒である日本人を殺すことは、窮する者を救うための合理的な手順だったのだ。
それでも。
「そのために罪のない子どもたちを犠牲にすることに何も思わなかったのですか」
これは聞いておかなければならない。
困窮し地獄を見る子どもを救うために罪もない日本の子どもたちに地獄を見せた。
そのことに何を思うのか。
アルヴドは気まずそうに眼をそらしながら答えた。
「あんときは必要な犠牲くらいにしか思ってなかったよ」
仕込み銃を持つ神一郎の手に力がこもる。
立ち上がろうとした脚は、「でもよ」と続けたアルヴドの言葉に遮られる。
「でも、あの神(クソカス)にそそのかされたとは言え、そんな地獄とは縁遠い生活を既に享受していたガキどもを殺したことに思うところがないでもない」
地獄と縁遠い生活を、俺が殺したガキどもも含めた世界中皆が享受できるのが俺たちの理想だったはずなのにな――アルヴドが続けたその言葉に神一郎は一つの判断を下す。
(この男の心根は善ですね)
少なくとも神一郎が娑婆で殺してきた者たちや、アビスに来てから出会った数多くの「救われざる者」とは違う。
善性故に罪を犯し、善性故に神を憎む。善なる人物だ。
(とはいえ罪は罪。この者が救われるべき者か否か、今しばらく判断を留保することといたしましょう。)
24時間という時間制限がある以上、あまりアルヴドひとりへの審判にあまり時間をかけられないが。
「さて、休憩はもういいだろ。
約束通り、コーイチローが前を歩いてくれ」
「それはかまいませんが、随分と用心深いですねえ」
「金を、時間を、忠誠を、血を、命を。
俺達にすべてを捧げてられてきた神(クソカス)でさえ、俺達を裏切ったんだ。
まして人間のことなんぞ、信用できるわけねえだろうが。
アンタにもなるべくとっとと、どこかに消えて貰いたいもんなんだがね」
口角を上げながらそう言うアルヴドの言葉がただの憎まれ口であることなど、嘘を見抜く超力を使うまでもなく明らかだった。
ふと、神一郎の好奇心が囁き訊きたくなった。
「『神は己の頭の中に存在するものであり、誰もが己の中に神を秘めている』というのが神(ワタシ)の考えですが、これについてどう思いますかな」
憎悪の対象ではあるようだが、彼のなかにもまた神はいる。
そのことに無自覚な彼に、それを明文化した考えを示した場合の反応が見たくなったのだ。
しかしアルヴドは、露骨に興味もなさそうに
「ふーん。そうか。
と、まあそれだけだな」
と短く答えた。
「おや」
少し意外な答えだった。
反応が見たくてかけた問いだったが、神一郎の知る限り、アルヴドの信仰していた宗教は異教に対してかなり不寛容だ。
過激な信者に神一郎の理論を開陳しようものなら修羅場に突入してもおかしくない。
アルヴドは神を憎んでいるだけで信仰自体には敬虔な人物と目していたので、肯定的でなければ攻撃的なリアクションがあってもおかしくないと思っていた。
「その心は?」
「その心は?」
神一郎の問いに、アルヴドはきょとんとした様子で、そんなこともわからないのかといわんばかりの顔で答えた
「アンタら邪教徒が信仰してんのは神(クソカス)の名を騙る神モドキだろ?
俺らを騙くらかしやがったのとは別じゃねえか。
邪教徒が神モドキをどこに飼ってようが俺には関係ねえじゃん」
(判断を留保したのは正解でしたね)
密かに青筋を立てながら神一郎は歩き出した。
【C-2/森林/1日目・深夜】
【夜上神一郎】
[状態]:健康
[道具]:デジタルウォッチ、ポケットガン(22口径、残弾1発)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.救われるべき者に救いを。救われざるべき者に死を。
1.なるべく多くの人と対話し審判を下す。
2.できれば恩赦を受けて、もう一度娑婆で審判を下したい。
3.目の前の彼については…もう少し様子見で。
※刑務官からの懺悔を聞く機会もあり色々と便宜を図ってもらっているようです。
ポケットガンの他にも何か持ち込めているかもしれません。
【アルヴド・グーラボーン】
[状態]:健康、精神安定
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.24時間生き延びられればなんでもいい。
1.コーイチローの言う通り、なるたけ徒党を組んでおいたほうが生き残りやすいかもな。
2.銃があれば一応戦えるんかね……?
3.超力って何なんだろな。ほとんど使ったことねえからわかんねんだよな…
※神一郎の話術により神一郎をある程度信用できる人物と思っています。また、精神的にかなり安定しました。
最終更新:2025年03月02日 17:39