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――――全く、ふざけてやがるな。
ブラックペンタゴン1階、南東ブロック。
外周エリアである物資運搬口にて。
脱獄王トビ・トンプソンは、訝しげな表情を浮かべていた。
彼が見つめるのは、鉄製の分厚い扉。
電子ロック、超力防護、物理装甲。
数多の防御措置が施された出入り口である。
被検体:Oの投入に伴い、北西の扉と共に封鎖されていた。
トビはその扉を、じっと睨んでいた。
自らの認識が誤っていないことを確かめるように。
彼は再び、慎重な手付きで、その扉へと触れる。
暫しの思慮を経て、トビはそのことを確信する。
――――外に出れるじゃねえかよ。
そう、解錠されている。
封鎖された筈の扉が、問題なく開けられるのだ。
正門を経由することなく、外界へと出ていくことが出来る。
唐突な解錠。突然通過可能になった出入口。
何らかの罠の可能性を一瞬だけ考えたものの。
トビはすぐさまにその思考を打ち切る。
アビスの連中が被検体と受刑者達をぶつけたいことなど明白だ。
この刑務はシステムABCの実験を兼ねているのだから、被検体の戦闘データも当然求めているだろう。
故に、こんなところで小細工の罠を弄する可能性は低い。
連中からすれば、受刑者達が些細な死に様を見せるよりも、存分に動いて刑務に貢献して貰った方が有難い筈だ。
そうしてトビは、合点が行った。
つまり連中にとって、もうブラックペンタゴンは用済みなのだ。
実験データは十分に確保できた。此処からさっさと抜け出してもらっても構わない、と。
彼らは暗にそう伝えているのだ。
では、なぜ連中はそのように判断したのか。
その理由など、一つに決まっている。
――――被検体が無事ぶっ倒された、ってトコだろうな。
被検体:Oの死か、あるいは戦闘不能に応じて、門の封鎖が解除される仕組みになってる。
門番の排除によって、もはやブラックペンタゴンは舞台としての意味を失った。
そのように考えるのが妥当だろう。
尤も、主催側からはそのことに関する通達など一切無かった。
何か放送が入る訳でも無ければ、デジタルウォッチに連絡が送信される訳でもない。
被検体が撃破されれば、何の通告もなく、ただ勝手に解錠される。
如何にもアビスらしい性格の悪さに、トビは思わず苦笑する。
――――やれやれ、オレ様の出る幕は無かった訳だ。
自らの調査を待たずして状況が打破されたことに、トビは調子外れに喉を鳴らす。
少しばかりの悔しさはあるが、気に病んでも仕方はない。
元より脱獄など試行錯誤の連続である。次の思考へと繋げるべきだ。
ブラックペンタゴン1階の“最後の調査”を行ったが、目ぼしい情報はなし。
つまるところ、この施設にはこれ以上の価値は無いということを確認できた。
それだけでも十分である。タイムリミットが迫る中で、施設に意識を向ける必要はもう無くなる。
そのことを再確認できただけでも、一定の成果である。
故にこそ、彼は再び振り返る。
つい先刻に接触を果たした、あるイレギュラーとの邂逅。
――サリヤ・K・レストマン。
この舞台へと這い上がった、51番目の悪人。
トビはサリヤとの遣り取りの最中に、“ある情報”を預かっていた。
脱獄の手立て、システム破壊の道筋となるヒントを。
それを得られたことには、明確な価値があった。
ブラックペンタゴンから得られる手掛かりは、既に頭打ちになっていた。
メカーニカによる首輪解析も、あくまで可能性の一つと考えるべき段階になった。
これ以上は手探りと推測によって立ち回っていく他ない。
そう考えていた矢先に、サリヤというピースを得られたのは大きかった。
サリヤの末路は、黒幕の思惑通りに運んだものの。
それでもサリヤは、確かなる情報を抱えていたのだ。
システムABCの核心、この刑務の核心。
その仕組みを、トビは知る由もなかったが――。
本条清彦という“隠れ蓑”によって、彼女は情報をこの盤面に持ち込むことを果たしたのだ。
極めて強力な隠密能力と、最高峰の群体型超力者としての素質。
それらは紛れもなく、サリヤの計画の一端を支えていた。
彼女の目的は、あくまで世界を構築するシステムの破壊。
故にこそ保険として、トビへの情報継承を行った。
この刑務において、誰よりも脱出の可能性を背負う受刑者だからだ。
そのことを振り返り、トビは再び苦笑する。
ジョニー・ハイドアウトといい、サリヤ・K・レストマンといい。
自分のことを“有能な運び屋”だと思っているようだ。
ただ脱獄を楽しみたいだけだというのに、全く人使いの荒い連中だ。
そう思いつつ、トビは不敵な笑みを浮かべていた。
――――面白くなってきやがったぜ。
――――博打ってのは、デカく賭ける方が面白いからな。
望むところだ、と。
トビは立ちはだかる壁を前に、獰猛な高揚を抱く。
困難であればあるほど、遣り甲斐というものがある。
窮地に近づけば近づくほど、スリルと快感は高まっていく。
――――“未知”を恐れるような凡骨共と、オレ様は違う。
――――金だの権力だの、くっだらねえ話だ。
今までも、ずっとそうやって挑み続けた。
命懸けの試練こそが、脱獄王の存在意義である。
――――思う存分、楽しんでこその人生だろ?
――――オレ様こそがアビスに相応しい大悪党なのさ。
悪党というものは、いつだって決まっている。
傲岸不遜に笑える者こそが、大物と呼ぶに相応しい。
己こそが大悪党なのだと、トビは自負する。
今後の道筋を整理するべく、または情報を精査すべく。
トビは再び行動を開始し、その場から駆け出した。
まるで忍者のように素早い動きで、鋼鉄の床を蹴り進んでいく。
必要ならば、他の受刑者との接触も行う。
協力者の確保や、首輪解除の手立ても見出せるかもしれない。
とはいえ、彼らはあくまでアビスの悪党達。
被検体の撃破に伴い、既に結託は解除されている可能性も高い。
既に施設から全員離脱していることも有り得るのだ。
故に最悪、単独行動も視野に入れる。
気配を隠しつつ、機敏に動きながら。
トビはあることについて思案する。
仮にサリヤの存在が、主催側にとって想定内だったとして。
決定的な情報を漏らす可能性の高い彼女を、なぜ始末しなかったのか。
他の受刑者同様、彼女そのものが実験として利用されたという可能性はあれど。
大きな爆弾を背負っているかもしれないサリヤを、当然の如く野放しにしたことの方が奇妙だった。
ただの一参加者としては、余りにも背負うものが大きすぎる。
それこそ秘匿受刑者どころではない、自発的に刑務を揺さぶる恐れのある駒だった。
――思えば、おかしなことは幾つもあった。
何故“異世界移住計画”を掴んでいるルメス=ヘインヴェラートをわざわざ刑務に参加させたのか。
何故サリヤ・K・レストマンという世界の根幹を知るイレギュラーの参入を容認したのか。
何故システムに干渉する可能性のあるエンダ・Y・カクレヤマが此処にいるのか。
何故トビ・トンプソンという“尤も脱獄に近い逸材”を参加者に組み込んだのか。
このブラックペンタゴンに、なぜシステムABCについての秘密が隠されていたのか。
そもそも――恩赦を前提とした刑務で、なぜ秘匿受刑者たちが選出されたのか。
そこにはシステムの実験や参加者の誘導目的という意図もあるだろう。
しかし「それだけだ」と割り切るには、奇妙なフックが多すぎる。
計画の情報を掴み、暴いて、それを外に持ち出してくれと訴えかけているような。
まるで刑務を取り巻く数々の思惑の中に、そうした目的を紛れ込ませているかのような。
そんな不気味な引っ掛かりを、トビは感じていた。
この刑務には幾つもの思惑が絡んでいる。
新人類による戦闘実験。システムABCの試験運用。
それらを包括する、異世界移住計画への布石。
GPA高官が計画し、アビス管理職が運営を担っているであろう殺し合い。
支配者達の目的や意図が、幾多にも交錯しているからこそ。
そこには、“何か”を忍び込ませる余地があるのではないか。
脱獄の可能性を持つ悪党、トビ・トンプソン。
深淵の核心を掴んだ怪盗、ルメス=ヘインヴェラート。
深淵より這い出た弾丸、サリヤ・K・レストマン。
世界の摂理を破壊できる者、エンダ・Y・カクレヤマ。
あるいは、他にも存在するかもしれない。
刑務を綻びへと導きかねない者達が、終始野放しにされていた。
何らかのデータを取るためにしては、リスクが大きすぎる面々。
そんな連中をわざわざ刑務に選出する意味などない。
それこそアビスに数多いる“凶悪犯”を起用すればいいだけのこと。
しかしこの刑務において、彼らは堂々と自由を得ていた。
仮に敢えて放置されていたというのなら。
それが単なる楽観ではないとすれば、明らかな意図がある。
彼らは深淵へと踏み込み、ある者は情報を他者に託した。
ルメスがジョニーへと告発を受け継がせたように。
サリヤが保険としてトビに情報を伝達したように。
秘密は託され、継承され、バトンを繋いでいる。
参加者の配置を操れたであろうヴァイスマンらが、その懸念に行き当たらない筈がない。
例えばルメスを早々にドン・エルグランドあたりとぶつけることも出来ただろうし。
正規の受刑者ではないサリヤも、ルール違反を口実に始末することだって出来た筈だ。
されど現実には野放しにされ、情報の伝達と経由が続いている。
実験という名目にかこつけて、そうした状況が見逃されているようにさえ見える。
そうして情報を咀嚼し、トビは思慮に耽り。
その果てに、ある可能性へと思い至る。
何処か冗談のような、しかし少なからず真実味のある仮説。
――――ここで数多の思惑が入り組んでるっていうのなら。
そう、この刑務において。
――――わざと綻びを生み出そうとしている“誰か”がいるんじゃないのか。
敢えて爆弾を仕込んでいる者が、主催側にいるのでは。
刑務という大規模な実験と並行する形で。
主催側の何者かが、水面下で自らの目的を押し通そうとしているのではないか。
もっと踏み込んだ言い方をするのなら。
つまるところ、クーデターを狙う何者かがいるのではないか。
何もGPAを転覆させるとか、アビスの大脱獄を目論むとか、そういう規模でなくとも。
例えば“異世界移住計画”を頓挫させるための布石を密かに敷くという――そんな反抗の形も、十分に有り得るのだ。
地の底に投獄されたアウトサイダー達を、刑務という“一時的な自由”が与えられる舞台を利用し、内部告発の駒として動かしている。
実験継続という名目を利用し、機密事項を抱えた決定的な爆弾を生かし続けている。
その可能性に、トビは行き当たったのだ。
仮にそうだとして、誰が。
いったい何のために。
計画を知る者ならば、当然に移住の権利を得ている筈。
そんな人間が、自らの切符を手放すような真似をするのか。
そう考えた矢先だった。
トビの脳裏に、つい先刻の遣り取りが浮かび上がる。
第二回放送直後。ジョニー・ハイドアウトと交わした会話。
――――“だが、どうにもしっくりこねぇ”。
異世界移住計画。
間違いだらけの世界を放棄して、新天地へと旅立つ計画。
限られた人間のみが切符を手にする、選別の箱舟。
――――“その『異世界移住計画』ってのは”。
それに対し、トビが感じた印象。
アビスの顔役にして、刑務の進行を担う男。
病的な支配願望を持つものの、あくまで既存の枠組みでの利権を求める男。
一から全てをやり直すなど、あの男が望むところではないだろうと。
――――“どうにもヴァイスマンらしくない”。
その際に、トビは“より上層の存在”の思惑を悟った。
GPA高官。この刑務を画策したであろう張本人。
移住計画の発端もまた、アビスを超えた先にある。
その時の主題は、あくまで黒幕の存在にあった。
故にあの男の思惑は、一旦隅に置かれたのだ。
移住計画が真実だとすれば、恩赦もまた真実である。
トビとジョニーは、あの遣り取りでそう見立てた。
特権階級たちは異世界へと移住するのだから、その後の世界の行く末など関係ない。
故にこそアビスから凶悪犯が解き放たれようと、何の痛手にもならない。
では、あの男は何を思っているのか。
自らの掌中での支配を望む、あの看守長は。
己の願望から外れる計画を、果たして容認しているのか。
己の支配構造を解体される計画を、果たして受け入れているのか。
そもそも――――ジョニーから聞いた話によれば。
事の発端は、ラング・シドーという男による告発だ。
彼が世界の真相を知り、そしてGPAの刺客に消されたというのだ。
その情報を拾い上げたのが、怪盗ヘルメスである。
そこでトビは、ある疑問を抱いた。
いったい誰が、“異世界移住計画”を漏らしたのか?
いったい誰が、シドーに“機密事項”を伝えたのか?
誰が、何の目的を以て、計画を告発させようとしたのか?
そんな計画を知ることの出来る人間など、一握りしかいない。
そこいらの情報屋が踏み込める領域であるハズがない。
かつて計画に関与したものか、あるいは内部告発者か。
移住計画に参加できる特権を持ちながらも。
その計画に反発し、頓挫へと向かわせる布石を敷いている者。
仮に不発に終わっても、計画への“ただ乗り”で身の安全を確保できる者。
トビは既に、該当する人物を悟っていた。
「……まさか」
オリガ・ヴァイスマン。
アビスの看守長。この刑務の進行役であり。
人間の思考を読み取る力を持つ支配狂。
あらゆる者達の意思が筒抜けになる、この地の底において。
彼だけが、自らの腹の中を隠し続けられるのだ。
檻を壊すことを目指す悪漢。
束縛を振り払おうとするアウトサイダー。
そして、世界を出し抜こうとする――“大悪党”。
もしやそれは、“自分だけではない”のではないか。
トビ・トンプソンは、一つの可能性に行き着いた。
【???/ブラックペンタゴン 1階のどこか/一日目・夕方】
【トビ・トンプソン】
[状態]:健康
[道具]:ナイフ、デジタルウォッチ、デイパック
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.ヴァイスマンの思惑ごと脱獄する。
1.脱獄を進行させるための手立てを整理。そのために他の受刑者との合流も視野に入れる。
2.首輪解除の手立て、ひいてはシステムBから抜け出す手段を探す。
※エンダが秘匿受刑者であることを察しています。
※デイパックの中に北西ブロック3階中央の部屋等から持ち出したものが入っているかもしれません。
※サリヤ・K・レストマンから何らかの情報を預かっているようです。
※この刑務にヴァイスマンのクーデターが仕込まれている可能性に行き当たりました。
[共通備考]
※被検体の戦闘不能に伴い、ブラックペンタゴンの出入口封鎖が解除されています。
既に破壊されている北西の出入口は引き続き通常の手段では通り抜け不可能です。
最終更新:2026年01月01日 00:24