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「……それで、お二人はどうしてこちらへ?」

ブラックペンタゴン温室。
先ほどまで、この場所では闇の皇帝ルーサー・キングと受刑者たちによる死闘が繰り広げられた。
鋼鉄と刃、そして弾丸がが交錯する中で、火花のように命が散る。
戦いはディビット・マルティーニ、ジェイ・ハリック、二名の死によって決着した。

散りゆくものへの短い追悼が落ち着いたところで、エネリット・サンス・ハルトナは率直な疑問を乱入者たちへと投げかけた。
声音は意識していつも通りの穏やかに整えている。
だが、その奥には拭いきれない困惑と、わずかな非難が滲んでいた。

享楽の爆弾魔、ギャル・ギュネス・ギョローレン。
青い目のサムライ、征十郎・H・クラーク。

この二人の乱入がなければ、この場はさらに悲惨な結末を迎えていただろう。
それは事実だ。だが同時に、あまりにも唐突すぎる介入でもあった。

キングとエネリットたちの遭遇は、完全なる『事故』だ。
奴がブラックペンタゴン内部に踏み込むなど、常識的には想定しづらい行動だった。
それにもかかわらず、まるで狙い澄ましたかのように、二人はこの戦場へ現れた。

疑問を探るように『神の目』を光らせるエネリット。
征十郎が小さく息を吐き、簡潔に説明を始める。

「二階に監視室があってな。そこで、ルーサー・キングがすでに内部に侵入していると分かった。
 なら、先にこちらを仕留めるべきだと判断した。それだけの話だ」

正確に言えばキングへ向かうと言い出したのはギャルの方だった。
征十郎は同行したにすぎないが、あえてその点には触れなかった。
嘘ではないため神の目も反応はしない。

「……被験体よりも、優先して、ですか?」

思わず、呆れを含んだ声が漏れる。
本来であれば、彼女たちはエントランスホールで行われる被験体戦に合流する想定だった。
そのための誘導も、確かにメモとして残している。

無謀で、合理性を欠き、それでいて妙に筋が通っている。
いかにも、この二人らしい判断だった。

「っかさー。別にあーしらさ。プリンスくんたちと手ぇ組んだ覚えもないし。
 誰かの駒になったつもりも、最初っからないかんね?」

ギャルの声音が、ふっと低く沈む。
口調は軽いが、細められた瞳に冗談では済まされない殺気が宿った。

意識を失ったふりでやり過ごしていた彼女たちは、中庭で共闘を約束した連中とは根本的に違う。
例え利害が一致していたとしても、命令を受ける筋合いなどどこにもない。
どこまでも自由で、手前勝手な悪童たち。

「こ~んなメモ一枚で、あーしらを都合よく使おうっての、ちょっと虫がよすぎじゃない?」

ピラピラと指に挟んだメモをチラつかせ。
ボン、と一瞬で灰にする。

小さな炭屑が散り、空気が張り詰める。
その調子とは裏腹に、言葉は鋭く容赦がない。
ギャルの殺気が、薄い刃のように床を這う。

エネリットは身じろぎ一つせず、呼吸を落としてそれを受け止めた。

挑発的なメモを残し、戦力として利用しようとした。
彼女たちの性質を読み切り、焚きつけた手腕は確かに見事だ。
だが、その焚きつけた刃が自分へ向く可能性も、最初から織り込んでおくべきだった。

数秒の沈黙。
やがて、ギャルがふっと口元を緩める。

「……ま、天井から奇襲ってアイデアは、正直おもろかったし。チャラにしといたげる」

漂っていた殺気が、嘘のように消え去った。
霧散したと言うより引っ込んだと言う方が正しいだろう。

エネリットの指示書きに記されていたのは、二階床面を破壊し、上方から一気に仕掛ける奇襲案。
それを彼女たちは応用し、キングへの直接奇襲へと転用したのだ。

「――――今はね☆」

目元に指をやりながら、明るく一言を付け足す。
そう言う情の深い女だ。借りも因縁も保留はすれど忘れはしない。
征十郎は口を挟まず、ただ一度、小さく頷いた。

エネリットも肩を竦めて、ひとまず話を先に進める。

「既に、エントランスホールでの戦いは始まっている頃でしょう。
 かなり遅れてしまいましたが……今からでも、被験体との戦いに合流します」

迷いのない宣言だった。
キングに足止めを喰らったことで、挟撃を前提とした作戦は完全に瓦解している。
もしエンダたちの側に死者が出ていれば、相当な恨みを買うことになるだろう。

それでも――行かねばならない。

「お二人は、どうされます? どうせ、被験体とは戦うつもりだったのでしょう?」
「そうだな。そのつもりだ」

視線を向けられ、征十郎は間を置かずに応じた。
地獄の釜に蓋をする門番。
奴を排除せねば、中にいる者に生き残る術はない。

だが、征十郎にとっては、それだけではなかった。

「――奴は、私が戦うべき相手だ」

決意の籠ったような断定的な声。
征十郎は山折の人間として、刀を抜く。

被験体が何者で、どこから来た存在なのか。
山折村と、あの忌まわしい因縁に、どこまで踏み込んでいるのか。

それを確かめる責務が、この身にはある。
逃げる理由など、最初から存在しなかった。

「あーしもルーさんのことは気にかかるけど――今度はとりまそっち優先かなぁ」

ギャルが頭の後ろに手を組みながら軽い調子で言った。

「いいのか?」

征十郎が問う。
手傷を負ったキングを追わなくていいのか、と言う問いだ。

「いいの。征タンが行くって言うなら、付き合わないと、でしょ」

被験体との戦いを望んでいた征十郎が、ギャル望んだキングとの戦いにつき合った、ように。
今度は、ギャルが征十郎の戦いにつき合う番だった。

三人の目的は微妙に異なり、完全には重なっていない。
それでも、目先の目的地だけは一致していた。
エネリットが小さく息を吐き、頷く。

「了解しました。では急ぎましょう。被験体:Oとの戦いに合流します」

誰かの背中を守るためでも、命令に従うためでもない。
それぞれの理由を胸に抱いたまま、三人は走り出す。

ブラックペンタゴンの正門――エントランスホールへ。


「よう。治療は終わったか?」

同時刻。ブラックペンタゴン中央、中庭。
エントランスホールに残っていたローマンたちが、治療と休息を取っていたエンダたちに合流した。

ローマンは到着するなり、面々へ順に視線を走らせる。
治療キットで応急を済ませた痕。包帯の端から覗く肌。乾ききらない血の筋。
疲労の度合いに差こそあれ、全員が限界の縁に立っていることは一目で分かった。

「動けねぇ奴は、今ここで言え。恥でも何でもねぇ。恥は死体になってからだ」

短く、乱暴な言い方。
だがそれは場を締めるために意図的に選ばれた硬い言葉だった。

エンダは視線だけを返し、無言で頷く。
疲労の濃い只野は震えかけた指先を握り込んで押し殺す。
安理は膝に手を当て、視線を泳がせながらも必死に立っている。
顔には置いていかれたくないという感情が、隠しようもなく浮かんでいた。

「被験体:Oは排除した。しばらくは動けねぇくらいのダメージを叩き込んだ手応えはある」

ローマンが改めて状況を報告する。
誰かが、ごくりと唾を飲み込む音がした。

「ただし、奴の回復力は尋常じゃねぇ。ちんたらしてりゃ、回復して戻ってくるだろうよ」
「そうだな。元の木阿弥になるのは勘弁願いたいね」

ローマンの言葉に只野が同意を示す。

「……なら、すぐにでも離脱すべきだったんじゃないですか……?」

安理が、弱々しくも疑問を挟んだ。
弱気というより、目の前の強者たちに対する気後れが滲んだ声だった。

門番が戻る可能性があるなら、門番を排した時点で外へ出るのが最善ではないのか。
安理はそう言いたいのだ。

「いや。そいつはダメなんだよ」

答えたのはジョニーだった。
鉄面の奥から響く声は、現実を切り落とす重さを帯びている。

「え……? どうしてですか?」

首を傾げる安理に、隣の只野が言葉を継いだ。
いつもより視線を落とし、慎重に噛み砕くように。

「ブラックペンタゴンの外には、脱出者を狙って誰かが待ち伏せしてる可能性が高い。
 中の連中が逃げ出してくるのは目に見えてる。出口で狩るのが一番楽――そう考える奴がいても、おかしくないだろ?」

只野の戦略眼に、安理は思わず目を見開いた。

「そ……そんなこと、考えもしなかった……」

だが、安理の驚きに返る声はない。
肯定も否定もない沈黙が、逆に答えになっていた。
安理以外は、最初からその可能性を織り込み済みだったのだ。
遅れているのは修羅場慣れしてない安理だけである。

ローマンが軽く息を吐き、舌打ちめいた音を混ぜる。

「だから、ある程度回復して動けるようになったら離脱だ。分かったな?」

取り仕切るように、結論だけを叩きつける。

「あら。一番消耗してるのは、あなたじゃないのかしら?」

エンダがクスクスと笑って刺す。
ローマンは肩をすくめて受け流した。

「は。俺なら問題ねぇよ」

そう言いながら、ローマンは横目でメリリンを見る。
その視線の角度が、妙に熱を帯びていた。

「気合を注入してもらったからな。今すぐにでも行けるぜ」

メリリンが一瞬、固まった。
次いで頬がかっと赤くなり、乱暴に顔を背ける。

「……バカ」

短い罵倒のはずなのに、どこか息が漏れた。
ローマンは満足げに笑い、ジョニーは『やれやれ』とでも言いたげに首を鳴らした。


「10分間の休憩の後、外へ出発する」

結局、被験体との戦いで破損した義手の調整が必要だという事で、最後の休憩時間が取られることになった。
メリリンが10分で終わらせると言ったので、休憩時間は10分。
それが完了次第、一行はブラックペンタゴンを離脱する。

中庭の片隅で、ローマンは腰を下ろし、無言で義手を差し出していた。
メリリンは無駄口一つ叩かず、驚くほどの手際で調整を進めていく。
金属同士が擦れ合う乾いた音だけが、静まり返った中庭に小さく響いていた。

その作業の合間、控えめな声がローマンに向けられた。

「あ、あの……」
「あん?」

声の主は北鈴安理だった。
ローマンは反射的に睨みつけるように応じ、その圧に安理は僅かに怯んだ。
それを、義手を調整しながらメリリンが「睨まないの」と窘める。

ローマンは小さく舌打ちし、改めて少年に向き直ろうとしたが、そこで名前が出てこないことに気づく。
呉越同舟の際に中庭に残ったローマンたちは、エネリットたちの作戦会議に参加していない。
途中参加した安理とは、つい先ほどの戦闘が事実上の初対面だった。

「えっと……僕は、北鈴安理です」

名乗られても、ローマンの中で彼の印象は薄い。
先ほどの戦いでも後方からチマチマと氷の援護をしていた奴がいたな、程度の印象だ。
それよりも、ローマンからすれば獣人系の超力者と言う点が、どうしても一人の女を想起させる。

「聞かせてほしいんです……ローズさんについて」
「……ローズ、だと?」

脳裏に浮かんだ名が呼ばれ、ローマンは珍しく虚を突かれた声を漏らした。
スプリング・ローズ。
かつて幾度も刃を交えた、ネイ・ローマンの宿敵。

「……なるほどな。ローズの世話になったって訳か」

事情を聞けば、この刑務作業の中で安理はローズと出会い世話になったらしい。
世話と言っても安理はそう言っているだけで、実際は乱暴極まりないものだったのだろうが。

あのローズが他人の世話を焼くなど意外、と言う程でもない。
裏社会とは、ろくな愛情も縁も得られなかった人間の吹き溜まりだ。
敵にはどれだけ冷酷でも、身内には親身になる人間はさほど珍しくない。

「それで……ローズさんのことを、聞かせてもらえれば」
「ローズの話ねぇ……」

ローマンは呟き、視線を遠くへ投げた。
面倒と言うよりは、どうしたものかと答えあぐねているようだ。

「わざわざ俺に尋ねたってことは、俺とローズの関係は知ってるんだろ?
 どういう話を望んでんのかは知らねぇが、碌な話にはならねぇぞ。それでもいいのか?」

欧州最大のマフィア『キングス・デイ』を後ろ盾に持つ『イースターズ』の長、スプリング・ローズ。
何の後ろ盾も持たず、真正面からキングス・デイに敵対した『アイアン・ハート』の長、ネイ・ローマン。
ストリートギャングとして、幾度も覇を競った宿敵同士だった。
生易しい関係ではない。

「構いません。ローズさんのことを知りたいんです」

真っ直ぐな返答に、ローマンは短く息を吐く。
義手の調整音だけが続く中、しばし沈黙が落ち――やがて、吐き捨てるように口を開いた。

「……ま。気に喰わねぇ女だったぜ」

感情を削ぎ落としたような、乾いた声。

「ヤクに溺れて、キングに阿ってた。クソみてぇな女だ」

薬物を憎み、その根絶を掲げるローマンにとって、その流通を支配するキングス・デイは決して許容できない存在だ。
そして、その庇護下にあったローズも、本来なら相容れない。
だが、ローマンは言葉をそこで切らなかった。

「ただな……」

視線を逸らし、どこでもない空を睨む。
それは思い出を追う目というより、過去につけた結論をなぞるような視線だった。

「弱ぇくせに、その弱さを認められねぇ女だった」

安理が、わずかに息を呑む。
それは彼にとっては意外な言葉だった。

「弱い……? ローズさんがですか?」
「物理的な話じゃねぇ。在り方の話だ。
 暴力は強かった。奪う力も、壊す力も、率いる力もな。
 だが全部、誰かの看板の下で振り回してただけだ」

キングス・デイ。
その名の重みと、そこから落とされることへの恐怖。
ローズは、その両方に縛られていた。

「仲間だの、ファミリーだの言いながら、壊れたら終いの世界に、連中を押し込めて回してた」

それは守るというより、目を逸らす行為だった。
壊れた者を直視せず、次の夜と次の暴力で塗り潰す。
続いているように見えるだけの、破綻した循環。

「自分が立ってられねぇから、周りを血で塗り潰す。
 鎖を引きちぎる覚悟がねぇ代わりに、吠え続ける」

その虚勢をローマンは鼻で笑った。

「……哀れだとは思うが、ああいう生き方は認められねぇ。
 テメェで立つことから逃げた時点で、どれだけ強くても王とはいえない。ただの、よく吠える狗だ」

僅かな沈黙が落ちる。
彼女を貶めるような言葉の連続に、安理の表情は重く沈む。

「それが、俺にとってのローズだ。
 どうだ。聞かなければよかったと、失望したか?」

突き放すような問い。
だが、その奥には確かめる色が滲んでいる。
自分の語るローズ像が、少年の中の彼女とは違うものだと言う事を、ローマンは始めから理解していた。

「いいえ。僕は、それがローズさんの全部じゃないって知っているから」

安理は、首を振った。
乱暴で、不器用で、怖い人。
それでも、自分を認められるように言葉を残してくれた人。
その両方が、同じ一人の人間であることを、彼は理解していた。

「…………へぇ」

ローマンが初めて安理に対して感心を覚えたように目を細める。
人間は多面的な生き物である。ローマンが見たローズと、安理が知ったローズは違う。
それを理解した上で、なお違う角度の相手の姿を求めたのなら上等だろう。

「それに……ローマンさん、ローズさんを嫌っているのに、どこか誇らしそうに話してるように聞こえました」
「誇らしい、だと?」
「はい……」

その指摘に、ローマンが眉間に皺を寄せる。
一瞬、気分を害したのかと思った。
超力が感情に直結する彼が気分を害するのは非常に良くない。
だが、ローマンは気にした風もなくふっと鼻で笑った。

「はっ。誇ってんじゃねぇ。認めてるだけだ」

低く、揺るがない声。

「例えクソでも、強ぇヤツは強ぇ。そこは否定しねぇってだけの話だ。
 この俺とやり合って、二度目があるヤツはそうはいねぇ。
 まして、あいつとは、三度や四度じゃ足りねぇくらいに戦りあったからな」

何度も刃を交えた相手だからこそ、見えたものがある。
敵だったからこそ、誤魔化せなかった部分がある。
その積み重ねは、嫌悪とも敬意ともつかない澱となって、今も胸の奥に残っていた。

「ま。俺にとっちゃその強さも含めて、ともかく気に食わない女だったよ。
 だからと言って、テメェがローズを慕うのをどうこう言うつもりはねぇさ。俺に敵対しない限りは好きにすりゃいい」

言い切ってから、ローマンは安理を見る。
安理は一瞬だけ唇を噛み、深く頭を下げた。

「お話してくれて、ありがとうございました!!」

真っ直ぐな声で礼をつげる。
安理にとってローズは強さの象徴だった。
だが、彼女も安理と同じように弱さや脆さを抱えた一人の人間でもあった。
それを否定せずに知れたこと――それだけで、この会話には十分な意味があった。

顔を上げた安理は晴れやかな顔で、只野たちの方へと戻っていく。
その背を訝しげに見ながら、ローマンは小さく呟く。

「……おかしな野郎だ」

貶す話しかしていないはずなのに、あそこまで澄んだ礼を向けられては、どうにも調子が狂う。

「あんたも大概、世話焼きよね」

義手のメンテナンスを行うエンジニアが、ぽつりと感想を漏らした。


「さて。これでこのブラックペンタゴンとも、ようやくおさらばできる訳だ」

中庭の隅。
探偵服の裾が風にわずかに持ち上がり、また落ちる。
崩れた植え込みの陰に腰を下ろしたまま、エンダが清々とした声を上げた。

その傍らに立つ只野仁成は、息を吸う。
未だ残る鉄と血と埃の匂いに、焼けた油のような臭気がまだ混じっている。
乾ききらない赤黒い染みが地面に点々と残り、砕けた石片が靴底の下で鈍く鳴った。

数歩離れた場所では、ジョニー・ハイドアウトが壁にもたれかかったまま動かない。
鉄の巨体は休んでいるというより、ただ沈黙で場を守っているように見えた。

「……けど、いいのか。エネリットたちを放っておいて」

只野の言葉にエンダは肩をすくめる。

「構わないさ。私たちは『門番を倒す』ために一時的に手を取り合っただけだ。目的は果たした。なら、後は知ったことじゃない。
 特に西からの突入班に関しては、アクシデントはあったのだろうが、予定通りに動けなかった彼らが完全に悪いだろう」

そのドライな口調に仲間意識のような物は感じられない。
私的な交流を交わした安理は例外としても、エンダにとってこれは最初から最後までここを乗り切るための呉越同舟でしかなかった。
気に掛けるととしたら利害の絡む相手、首輪の解除要因であるメリリンくらいのものだが、彼女もここにいる。
ならば、エンダは他の連中を置き去りにし、この要塞からさっさと離脱することに何の躊躇いもない。

「…………いいのかなぁ」

只野の独り言に、返事はなかった。
返ってこない沈黙が、逆に答えである。
エンダは変わらない。変わる気もない。

その時、ジョニーが低く息を吐いた。鉄の首がわずかに傾く。

「仕方ねぇな。気が進まねぇが――神父たちには俺が伝えよう。あんたらは先に脱出すればいいさ」

顔を突き合わせるのが不快なのか、声には珍しく棘が混じっていた。
それでも、放っておけるほど薄情ではない。

「そうだ。だったら結局使わなかったコレ、返しといてくれ」

そう言って只野が『システムA』の手錠を取り出し、ジョニーへ差し出した。
結局、被験体との戦いでは嵌めようとする隙すらなかった。
作戦が終わった以上、いつまでも持っている訳にもいかない。
エネリットなりディビットに返却すべきだろう。

ジョニーの金属の指がそれを受け取る。
僅かな金属音が鳴り、手錠の冷たさが中庭の空気へ溶けた。

――その時だった。

エンダが、ふいに立ち上がった。

「待った――――その前に、キミには少し話がある」

言葉が落ちた刹那、空気の温度が一段落ちた。
ざらついた静けさが、目に見えない膜のように三人を包む。

ジョニーはすぐには答えない。
鉄の身体を軋ませることもなく、ただとぼける様に首だけをわずかに傾けた。

「……俺か?」
「そうだよ。キミだ、鋼鉄の騎士」

名指しされた異名に、只野は一瞬だけ眉を動かす。
エンダがジョニーをどう見ているか――そこには既に、個人的な影が混じっている。

エンダは一歩、ジョニーに近づく。
黒靄はまだ形を取らない。それでも、影の密度だけが濃くなった。
植え込みの陰が、ほんの少し深くなったように見える。

「そこのお節介から何か聞いているかもしれないが、改めて私から言葉にしよう」

『バレていたのか』と只野は視線を逸らした。
とぼける意味はないと悟ったのだろう、ジョニーも鉄の顔を正面に向け、エンダを受け止める。

エンダはジョニーを見上げる。
視線は鋭いが、怒気はない。
むしろ、妙に冷めている。磨かれた刃のように、静かで――乾いていた。

「キミはさ。自分の戦いが、どこまで波紋を広げるか……考えたことはあるかい?」
「……さてな。考える事もあるが、考えたところで全部は拾えねぇ。そういうモノだ」
「だろうね」

エンダは小さく鼻で笑った。
嘲りではない。事実確認の短い吐息だ。

「嵐の夜、鋼鉄と暴力が吹き荒れたあの岩山で――自分たちの戦いが、どれだけ周囲を巻き込んだかなんてキミは、覚えていないだろう」

断定するような強い言葉だった。
ジョニーは否定も肯定もしない。

只野の喉が、微かに鳴った。
一触即発な空気に、何かフォローを挟みたくなる。
だが、ここで言葉を足せば余計な火種を増やすだけだと悟り、只野は押し黙った。

「その戦いの中で、守られるはずだった命が、ひとつ失われた」

エンダの声が、低くなる。

それが誰なのか。
どういう存在だったのか。
エンダは、そこを語らない。

語れないのではない。
語らないと決めている。
その拒絶の硬さが、只野には痛いほど分かった。

「キミが殺したわけじゃない。狙ったわけでも、望んだわけでもないことも……理解はしている」

――――だが。

「それでも、だ」

黒靄が、影のように足元へ滲む。
まだ形を持たない。ただ、感情に反応している。

それは怒りでも、憎悪でもない。
もっと原始的で、どうしようもないもの。

「結果として奪われたものは戻らない。理由がどうであれ、私はそれを忘れられない」

沈黙が落ちる。
ジョニーは動かない。
否定も、弁明も、謝罪も口にしない。

それは只野が事前に話を通したからではない。
ジョニー自身が、その立場を選んでいるからだ。
相手の言い分を、感情をすべて吐き出させるように。

「正直な話――――私は、あの娘以外の人間なんて、どうでもよかった」

吐き出すように吐露される。
その声を聴いて、只野は理解する。
この言葉こそが、エンダが長く胸の奥で腐らせてきた本音なのだろう。

僅かな間。
エンダの唇の端が薄く吊り上がる。笑みではない。
怒りが通り過ぎた後に残る、歪みだけがそこにあった。

「少しでもあの娘の死に関わった連中を……皆殺しにしてやりたいとすら思っている」

只野の背筋が冷える。
それが比喩でも冗談でもなく、本気で言っていると理解できたからだ。

身勝手な逆恨みだ。
だが、ジョニーはその感情を否定しない。
人間など、それぞれが身勝手な思いを抱え、その我侭を貫くものだ。

「それで? 俺も殺すつもりなのかい?」

ようやくジョニーが、結論を問うために口を開いた。
エンダの足元の黒靄が、溜息のように沈む。

「鋼鉄の騎士よ――――」

地獄の沙汰を下すように、恨みを是とする祟り神が告げる。

「絶望を打開するためにヤマオリの呪いを飲み込んだその勇気を、私は認めよう」

ドンのような何の救いもない極悪人ならば、容赦なく殺せただろう。
ジョニー・ハイドアウトという男の在り方そのものは、エンダにとっても好ましいものだった。

「だが――――私たちは、ここで別れるべきだ」

言葉が落ちた瞬間、只野は息を止めた。
共に外へ出てそこから別方向に進むでもいい。
ジョニーが神父たちへの伝言に走っている間に、エンダと只野が先に離脱するでもいい。
だが――この先、同じ道を歩む未来はない。そう言い切る声だった。

そして、とエンダは続ける。
声は静かだ。静かすぎて、熱より透き通る刃を思わせた。

「――次に会ったなら、その時は容赦なくキミを殺す」

エンダはジョニーへ視線を据える。
黒靄が喉元までせり上がるように濃くなる。

次に会えば殺す。
その宣告は裏返せば、次に会わなければ見逃すということでもある。
それが、エンダにできる最大限の譲歩であり、折り合いのつけ方だった。

「ああ。それで構わねぇよ。受けて立とう」

ジョニーは、変わらず低く返す。
身勝手な思いを貫き、それが相容れないなら衝突は避けらない。
衝突するなら――戦争しかない。
そんな人の愚かさをこの便利屋はよく知っていた。

金属片が揺れ、かすかな音を立てる。
かくして、中庭に離別と戦いの約束が残った


義手の調整が終わり、休憩もまた終わる。
短い静寂ののち、一行はそれぞれ装備を整え、外へ向かう準備に入った。

中庭には、離脱を目前とした微妙な空気が漂っている。
ひと段落した安堵のようであり、全てが終わった訳ではない緊張感を保たねばならない。
その中で、ローマンがエンダに声をかけた。

「よぅ。ヤマオリの巫女。こうして改めて話すのは、初めてだな」

軽い口調だが、探りが混じっている。
エンダは足を止め、振り返りもせずに応じた。

「そうだね。何か用かな、ギャングスター」

互いに名を知り、力も知っている。
だが、交わるのはこれが初めてだ。

「単刀直入に言う。キングとやり合う気はあるか?」
「……ほう?」

エンダが興味深そうに首を傾ける。
黒靄はまだ形を取らないが、影がわずかに濃くなった。

「『エンダ』の命を狙った相手だ。私に恨みがないと思うかい?」
「なら話は早ぇ。共闘だ」

ローマンは言い切る。
彼にとってはキングが排除できれば殺すのは誰でも構わない。
対キングを掲げる戦力は多いほどいい。

「確かに、望むところではあるね」

エンダも、その提案自体に異論はなかった。
だが、すぐに続く言葉が、その期待を制した。

「ただし、やるにしても、まずは外に出てからだ。
 キングの相手をしている間に、時間切れになっては目も当てられない」

あくまで離脱、生存優先。
残り時間は迫っている。キングとの戦いが長期戦になって共倒になるのは避けたい。
それがエンダの一貫した判断だった。

「――――ちょっと待て」

しかし、ローマンが待ったをかける。
それは決戦を先送りにするようなエンダの態度に、ではない。
ローマンが引っ掛かったのは別の所だ。

「出てから、だと……? どういう意味だそりゃ」

その言い回しではまるで――『キングが中にいる』とでも言いたげではないか。
その反応に、エンダは思い出したように言った。

「ああ……そう言えば、まだキミたちには言ってなかったか」

何気ない調子。
だが、次の一言は、空気を一変させた。

「キングは今――――ブラックペンタゴンの中にいる」

言葉が落ちた瞬間、ローマンの動きが止まる。

「なに……?」

困惑と驚きが同時に眉間へ集まる。
狙い続けた獲物が、この檻の中にいる。

完全なる青天の霹靂。
想定外のところから齎された情報をローマンがすぐには飲み込めずにいた。

――その時だった。

「――――ぉ助けぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!」

裂けた悲鳴が、穴の向こうから飛び込んできた。
北側の壁に開いた裂け目。そこから、ひとつの影が転がるように現れた。
騒がしく、うるさく、だが切迫した女だった。

土と埃にまみれ、足をもつれさせながら、彼女は中庭へ向かって駆け出してくる。
息も整わぬまま、声だけが先走る。

「……あぁ? こんどは何だよ」

次から次へとやって来る面倒事にローマンが眉を顰める。
頭痛の種は尽きず、凶報は、いつもこうして、最悪の形でやって来る。

【E-5/ブラックペンタゴン中央エリア・中庭/一日目・夕方】
【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、薄黄色のボイラースーツ、帽子とゴーグル
[道具]:デジタルウォッチ、フルプレートアーマー、銀鈴・宮本麻衣・ドンの首輪(使用済み)、ジェーンの首輪(未使用)、工場エリアで集めた機材、グロック19(装弾数22/22)、デイパック(手榴弾×2、催涙弾×2、食料一食分)、流れ星のアクセサリー(R)
[恩赦P]:50pt(サリヤの首輪:+100pt 治療キット:-50pt)
[方針]
基本.ローマンと共に、生き延びる。
1.ブラックペンタゴンを脱出する。
2.可能であれば被験体の首輪を解析する。
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。
※ジェーンの首輪を手作業で解析中です。
 首輪にはシステムAが仕込まれていると見られ、メリリンの超力だけでは解体できないようです。

※サリヤ・K・レストマンの遺体から「流れ星のアクセサリー(R)」を中心とする物資を回収しました。
※流れ星のアクセサリー(R)に吸収されていた大金卸樹魂の超力は消滅しました。

【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(大) 、治療キットで処置済み、疲労(中)、右腕肘から先欠損
[道具]:デイパック(幾つかの食糧と酒)、鋼鉄の義手(メリリン作成)・修復済み)
[恩赦P]:99pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
1. ブラックペンタゴンを脱出する。
2. ルーサー・キングを殺す。
3. オレに落とし前をつけさせるんじゃなかったのか。何くたばってんだよ、ハヤト=ミナセ。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。
※サリヤ・"キルショット"・レストマンから超力の第二段階(プレシード)について知らされました。
※超力の第二段階(プレシード)へ到達しました。
 衝撃波の出力が向上し、無効化を始めとする防御や干渉を貫通する“Liberty or Death”を使用可能になりました。

【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:疲労、(大)、破損(大、鉄屑を吸収して幾らか回復)、ヤマオリ、永遠
[道具]:デイパック、紗奈のシステムAの手錠
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.神父たちに状況を伝える
2.怪盗(チェシャキャット)の依頼を果たす。
3.夜上神一郎への強い不信感と敵意。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。
※ルメス・ヘインヴェラートが掴んだ情報を全て伝えられています
※ヤマオリの遺物を取り込みました、永遠が付与されています
※右腕には脇差、剣ナタ、サバイバルナイフ、スレッジハンマーが取り込まれています
※左腕の銃器の弾数はグレネード(0発)、ハンドガン(5発)、アサルトライフル(20発)、スナイパーライフル(0発)

【只野 仁成】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、右足首と左足にダメージ(中)、いずれも応急処置済み、服の全面が溶けている、強い覚悟
[道具]:デジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残り、家族の安否を確かめたい。
1.ブラックペンタゴンの脱出する。
2.エンダに協力して脱出手段を探す。
3.ルーサー・キングとギャル・ギュネス・ギョローレンには警戒する。
4.生き延びて、エルビスの事をダリアに伝える。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
※ルクレツィアの超力譲渡によって骨折がおおむね治癒しています。

【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:ダメージ(微小) 疲労(中)
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ドンのデジタルウォッチ、図書室の本数冊、治療キット(残量半分)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『エンダの願い』を果たす。
1.ブラックペンタゴン脱出までは協力する。
2.仁成と共に首輪やケンザキ係官を無力化するための準備を整える。
3.ヤミナ・ハイドは、まあいいか。
4.今の世界も『ヤマオリ』も本当にどうしようもないな……。
5.“エンダ”を殺そうとしていたルーサー・キングを殺す。ローマンは出来れば利用したい。
6.ジョニーとは一度別れ、再会したら殺す
※エンダの超力は対象への〝恨み〟によって強化されます。
※エンダの肉体は既に死亡しており、カクレヤマの土地神の魂が宿っています。この状態でもう一度死亡した場合、カクレヤマの魂も消滅します。
※黒靄による超力干渉でエルビスの腐敗毒をある程度遮断できます。
ただし〝恨み〟による強化が発揮しない限り、完全な無効化は出来ないようです。

【北鈴 安理】
[状態]:上半身インナー姿、右腕に打撲、疲労(中)、気疲れ(中)、脳への負担(中)、手足に呪いの浸食(小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。自分なりに、調査を進め弱い人を助ける探偵として動きたい。
1.自分の意思で、この刑務作業の真実を知りたい。
2.バルタザールがまだ破壊の限りを尽くすようなら、被害をできるだけ抑えたい。
3.無実の人をボクが救えるというのなら……。
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
 まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。

※超力が変化し、常時発動型の竜人となりました。
 氷龍と比べ冷気の攻撃性能が著しく落ちる代わりに、安定した身体能力の向上を獲得しました。
※他人の記憶を追体験する力を得ました。
 追体験出来るのは自身と直接会話をした事がある人物に限られます。
 記憶の中では五感全てが再現されるため脳への負担が大きく、無茶な使用は精神の崩壊に繋がります。
 また、記憶の持ち主が死亡する場面まで追体験を続けた場合、安理自身も廃人となります。ついて聞き出していました。

【D-4/ブラックペンタゴン北西エリア・中庭/一日目・夕方】
【ヤミナ・ハイド】
[状態]:各所に腐食(小)
[道具]:警備員制服(SSOGの徽章付き)、デジタルウォッチ、H&K SFP9(12/20)、デイパック(食料1食分、エンダの囚人服、資料・書籍類)
[恩赦P]:32pt
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
0.キングから逃げる
1.被験体:Oを誰かなんとかしてぇぇえぇえええ!!!


エネリットたち三人がエントランスホールへ踏み込んだ時、そこは既に終わった後だった。

人影はない。
だが、静寂という言葉で片付けるには、あまりにも空間が荒れ果てすぎている。

床は砕け、放射状の亀裂が幾重にも走り、中央付近は爆ぜたように抉れていた。
壁面には擦過によって削り取られた筋と、衝撃でめくれ上がった装甲材の断面が露出している。
天井近くまで跳ね上がった血飛沫の跡がまだらに残り、乾ききった赤黒さが、この場で交わされた暴力の凄まじさを雄弁に物語っていた。

砕けた破片は壁際に吹き寄せられ、巨大な足跡めいた陥没が一定の間隔で連なっている。
まるで、超重量の何かが、歩くたびに床を踏み潰していったかのようだ。

そして――正面の壁の上部。
大砲でも撃ち込まれたかのような、巨大な穴が穿たれていた。

超力を無効化する『システムA』の外壁に、これほどの損壊を与えるなど尋常ではない。
超力による破壊ではない。純然たる物理的破壊。
巨大な質量を持つ何かが、とてつもない速度で叩きつけられた結果だろう。

征十郎はゆっくりと周囲を見渡し、やがて眉をひそめた。

「……死体が、少なすぎるな」

エネリットも、同じ違和感を覚えていた。
床に転がっているのは、誰のものとも判別できない肉塊が一つだけ。
決着がついたことは、この場の空気から明らかだが――肝心の被験体の骸が、どこにも見当たらない。

「壁の穴から、外に吹っ飛ばされたのが被験体かもね~」

ギャルが肩をすくめ、軽い調子で推測する。

「……いずれにせよ、ここでの戦闘は、もう終わっているようですね」

状況から分かりきった事実を、エネリットはあえて口にした。

「完全に出遅れちったね。で? 征タン。どーすんの?」

ギャルが征十郎へ視線を向け、顎をしゃくる。
征十郎は一瞬だけ考える素振りを見せたが、答えは初めから決まっていた。
足元の肉塊から視線を外し、正門の方角へと身体を向ける。

「離脱する。ここはもう、私の場ではない」
「だよねー」

征十郎の目的は、被験体との戦闘だった。
それが既に存在しない以上、この場に留まる理由はない。

「そんじゃ、ま。さっさとこんな辛気臭い場所からは離脱しちゃいますか」

ギャルは軽く言う。
ルーサー・キングによる待ち伏せの可能性が、ほぼ消えた今こそが離脱の好機だ。
他の伏兵の可能性を完全に否定することはできないが――この二人であれば問題なく対処できるだろう。

「で? プリンスくんはどーすんの? 出口までなら一緒してもいいけど?」

ギャルが何やら考え込んでいる様子のエネリットにややなげやりに問いかける。
キング相手に共闘した縁だ。待ち伏せ野郎の対応までくらいなら付き合ってもいいという含みだった。
だが、エネリットは出口ではなく、エントランスホールの奥へと視線を戻す。

「いえ。せっかくのお誘いですが、僕はもうしばらくここに残ります。他の方々が気にかかりますので」
「だが、そいつらは先に離脱している可能性もあるだろう?」

征十郎の言葉はもっともだった。
被験体攻略を完了した者たちが、すでにブラックペンタゴンを離れている可能性は十分にある。

「それならそれで構いません。今回の作戦行動の責は僕にあります。その結果を、確認したいだけです」

被験体攻略戦は、ディビットとエネリットが主導した作戦だ。
取りまとめた者として、その結末を見届ける責任がある。

「ふーん。ま、ならいいけど」

元より気まぐれ程度の提案だったのだろう。
ギャルはあっさりと引き下がり、引き留めることもしなかった。

「じゃ、あーしらは先に出るわ。外で会ったら、今度こそ容赦なくその顔ぶっ飛ばすから。そこんとこ、よろ~☆」

背を向けたまま、手だけをひらひらと振る。
休戦は、ブラックペンタゴン内部限定。
外に出れば敵同士に戻る。彼らはそういう関係だ

「外のゴタゴタがぜ~んぶ片付いたら、次は征タンだかんね☆」
「望むところだ。その首、叩ききってやろう」

そんな因縁と軽口もつかない言葉を交わしながら、ギャルと征十郎は振り返ることなく正門を潜ってゆく。
そうして、彼らは地獄のブラックペンタゴン、最初の脱出者となった。

エネリットは二人の背を見送り、深く息を吸い込んだ。
ホールに残る血の匂いが、肺の奥に絡みつく。

「……さて」

誰に言うでもなく呟き、仕切りなおす。
まずは、キングと遭遇しないよう最大限警戒しつつ、ジョニーたちを探す必要がある。
後方で待機している神父たちや、脱出経路を探しているはずのトビにも、被験体排除の報告を入れねばならない。

次の行動を頭の中で整理していた、その時だった。

「っ…………!?」

ふと、視界に違和感が走った。
正確に言えば違和感というより、通常に戻ったというべきか。
『献上』によって夜上神一郎から借り受けていた『神の目』が、唐突に消失したのだ。

それが意味するのは、ただ一つ――夜上の死だ。

タイミングからして、温室を離脱したルーサー・キングが物置へ向かい、犯行に及んだ可能性が高い。
そうなると、状況的にヤミナも死んでいるだろう。まあそれはいい。

最悪の形ではあるが、キングの現在位置を特定することはできた。
だからと言ってどうする。
駆け付けたところで、単独で返り討ちになるだけだ。
他の連中を探すにしても少なくとも、物置周辺は避けるべきだろう。
そもそも決戦に駆け付けられなかったことを、どう取り成したものか。

「…………どうしたものかな」

エネリットは、思案するように静かに呟く。
応える声はない。もう、有能な相談相手はいないのだから。

【E-5/ブラックペンタゴン エントランスホール/一日目・夕方】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、胴体に幾らかの骨折
[道具]:メアリー・エバンスの首輪(未使用)、マシンガン(弾倉残り1)、リモコン爆弾×1、デジタルウォッチ、通信機
[恩赦P]:10pt
[方針]
基本.復讐を成し遂げる
1.キングを避けつつ東班とトビを見つける(待機班は全滅を想定)。

※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。

①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(徴収時の超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』

②~④ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て10%前後
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』

【E-4/ブラックペンタゴン南 正門前/一日目・夕方】
【タチアナ/ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(大)、右拳欠損(即席で処置済)、多量の出血による消耗、胴体に打撲(大)
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、注射器、小瓶(医務室からくすねてきたやつ)、漆黒のゴシックパンク服、メモ帳、ジェイ・ハリックの首輪(未使用)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.征十郎との決着をつける☆
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、征十郎を燃やす。まあ整えなくても、機会があればチャレンジ☆
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。
※心機一転、制服はもう卒業のようです。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。

【征十郎・ハチヤナギ・クラーク】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、超力第二段階?
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、日本刀、銘のない贋作の刀(永遠)、ルメス=ヘインヴェラートの首輪(未使用)、漆黒の喪服風スーツ
[恩赦P]:68pt
[方針]
基本.タチアナとの決着をつける。
0.被験体に仕掛ける機会はあるか
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、タチアナを斬る。整う前でも、機会があれば斬ろう。
※二本の刀を腰に指しています。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。

139.我らを離れよ。あなたの道を知ることを欲しない 投下順で読む 141.パピヨンへの手引き
時系列順で読む
スカーフェイス 征十郎・H・クラーク 報いて報われ報いを受ける
ギャル・ギュネス・ギョローレン
エネリット・サンス・ハルトナ ラストスタンド
キルショット 北鈴 安理
ジョニー・ハイドアウト
只野 仁成
エンダ・Y・カクレヤマ
メリリン・"メカーニカ"・ミリアン
ネイ・ローマン
我らを離れよ。あなたの道を知ることを欲しない ヤミナ・ハイド

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最終更新:2026年01月07日 20:30