◆
地の底で繰り広げられた闘争と惨劇。
贖罪と断罪の十字架を背負う悪党達の挽歌。
舞台に立ち続ける者は、既に二十を切った。
戦禍の中心となった“黒き監獄”は、じきに役目を終える。
悪しき者達の向かう果てには、何がある。
罪への贖いか。宿縁との決着か。
我欲の貫徹か。あるいは、終焉への顛落か。
“黒き監獄”に残された十人の悪童。
熾烈なる死闘を生き延びた罪人たち。
彼らの最終目標とは、何か。
彼らが目指すべき場所とは、何か。
エンダ・Y・カクレヤマ。
秘匿受刑者、“ヤマオリの巫女”。
刑務からの脱出、ひいてはアビスからの脱獄。
亡き“本当のエンダ”の願いを、外の世界で叶えること。
只野 仁成。
秘匿受刑者、“人類の到達点(アラヒトガミ)”。
刑務からの脱出、ひいてはアビスからの脱獄。
生き別れた家族との再会、そしてエンダやエルビスの祈りを守り抜くこと。
ジョニー・ハイドアウト。
懲役10年、“鉄の騎士”。
怪盗ヘルメスからの依頼を遂行すること。
即ち、“異世界移住計画”を世界に告発すること。
北鈴 安理。
無期懲役囚、次なる“災厄(デザーストレ)”。
イグナシオ・フレスノの遺志を継ぎ、刑務の真実を暴くこと。
罪への贖いとして、他者の為に戦い続けること。
トビ・トンプソン。
懲役85年、“脱獄王”。
難攻不落の監獄――アビスからの脱獄。
刑務の根幹を成す“システムABC”の攻略。
エネリット・サンス・ハルトナ。
無期懲役囚、“アビスの申し子”。
己の出自から始まった“復讐”の完遂。
血の宿命を持つ男、バルタザール・デリージュとの対峙。
メリリン・ミリアン。
懲役23年、“機械技師(メカーニカ)”。
取り零した家族を背負い、刑務を生き延びること。
ネイ・ローマンと共に生きること。
ネイ・ローマン。
懲役18年、“ギャングスター”。
最大の宿敵、ルーサー・キングの抹殺。
メリリン・ミリアンと共に生きること。
――そして、最後の男。
――新時代、最大の巨悪。
――社会の敵、闇の帝王。
ルーサー・キング。
懲役10年、“牧師”。
目的は、生き残ること。
◆
――――あっ、あのぉ~~~…………。
ん?おい、誰だ君は。
危ないからあっち行ってなさい。
――――あたしもいるんですケド…………。
え?ああ、確かそうだったかも。
つい忘れ……いやいや、これから言おうとしてたんだ。
ヤミナ・ハイド。
懲役26年、異名はたぶん無いんじゃないかな。
まあ、どうか頑張ってほしいものだ。
――――なんかあからさまに雑になってないスか?
◆
ブラックペンタゴンの中庭にて。
ヤミナ・ハイドは、全てを訴えた。
訴えたというより、白状していた。
つい先程、自らに起こった出来事を。
物置部屋にルーサー・キングが現れたこと。
神父と遣り取りを交わして、ブラックペンタゴンの罠を知ったこと。
それから神父がキングの逆鱗に触れて、成す術もなく処刑されたこと。
自分はその場から必死に逃げたこと。
エンダは問い質した――“私達のことは吐いたのか”と。
ヤミナはエンダの威圧に押されて、渋々と打ち明けた。
エンダと仁成の存在をキングに伝えた、と。
結果としてヤミナはエンダから軽くしばかれたものの、それ以上の責任の追求はなかった。
「大目に見てやってくれ。あの“牧師”からの脅迫だろう」
ジョニー・ハイドアウトが、ヤミナをフォローするように口を挟んだからだ。
キングの脅迫を受ければ、大抵の相手は飲まざるを得ない。
ましてやヤミナではとても耐えられないだろう、と。
ジョニーは神父の元へ向かう手筈だったが、中庭でヤミナを目撃したことで引き返してきた。
予期せぬ形で再び引き合う形となり、エンダは不服な様子を隠さない。
仁成もヤミナに呆れていたものの、ジョニーと意見を一致させた。
故に彼らはヤミナの責任を罰しなかったし、その場にいる面々もそれを受け入れた。
ヤミナという小物の処遇より、これからの行動を優先すべきだったからだ。
ルーサー・キングが、神父を殺害した。
その事実を、中庭にいる面々は受け止める。
「……ヤミナの話を聞く限り、“牧師”も相応に消耗しているみたいだね。
神父の恩赦ポイントを確保したのなら、流石の奴も傷を癒すために足を止めてるだろう」
エンダはそう見立てながら言う。
そして彼が物置に現れた事実から、現状について思考する。
ディビット・マルティーニらはどうなった。
エンダが監視として飛ばした“黒蝿”は、戦闘の余波に巻き込まれて消滅している。
被検体との戦闘に参加しなかったギャル達も、恐らくはキングとの交戦へ向かったのか。
詳しい状況は未だ分からない。
しかし、確かなことは一つ。
キングは温室での戦闘を生き延びたのだ。
つまり西側から被検体を攻撃する手筈だったチームは、全滅した可能性がある。
悪童達がそれぞれ思案していた、その矢先。
この場から真っ先に動き出そうとした者が一人。
竜人の青年――北鈴 安理だった。
歯を食いしばって、安理は駆け出そうとしていた。
それに気付いた仁成が、咄嗟に安理を制止する。
「仁成、アンリ……!」
「アンリくんッ!!落ち着くんだ!!」
エンダが目を見開いた直後。
仁成が声を張り上げて、安理の肩を掴んだ。
振り返った安理は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「仁成さんっ……!!」
焦燥を顔に張り付けながら、安理は喉につかえた言葉を吐き出す。
「夜上神父のもとへ、行かないと……!!」
「冷静になれッ!!今は堪えろ、下手に動けば君も危険だ!!」
「それでも、見捨てることなんてッ!!」
説得する仁成に対し、安理は必死に訴える。
自分が早く動けていれば、自分が戦っていれば、と。
安理は打ち拉がれながら、自らを責め立てる。
イグナシオ、ローズ、樹魂。彼らは道を指し示してくれた。
神父も同じだった。彼もまた、安理にとって恩人だった。
だからこそ、神父が殺されたと知って――彼は動揺と後悔に打ちのめされた。
「神父はもう手遅れだ!!被検体と交戦した直後の僕達では、救援に向かうのも困難だった……!!」
「だったら、今から僕だけでも行きます!!僕だけでも――――」
安理は半ば強迫観念のように、神父の元へ向かおうとしていた。
繰り返される犠牲によって冷静さを失い、必死の訴えを繰り返す
焦燥に駆られた安理の様子を見かねて、エンダやジョニーも口を挟もうとした。
「――――おい、アンリッ!!!」
その矢先だった。
二人の遣り取りに割り込んだのは、鋭い怒声。
安理は驚いた様子で、声の主へと視線を向けた。
ギャングスター、ネイ・ローマンだった。
彼は静かな苛立ちを見せながら、安理へと歩み寄る。
ローマンが、一瞬だけ仁成を見た。
視線が交錯し、僅かな合間に意思が伝えられる。
それを汲んだ仁成は、安理の肩を掴んでいた手を離した。
「ネイ……」
ローマンに対して、微かに呼びかける声。
メリリンは、安理とローマンを交互に見ていた。
案じるようなメリリンに対し、“ここは俺がやる”とローマンは目配せする。
「あの小賢しい神父がキングの野郎に殺された。
そのことでお前が何を思おうが、どれだけ奴を恨もうが勝手だ」
淡々と、低い声で語るローマン。
その声から滲み出る威圧と緊迫を前に、安理は沈黙する。
「だがな。お前は奴を知ってるか?」
歩み寄るローマンは、安理の前に立つ。
安理は言葉を失ったまま、それでもローマンを見据える。
「ルーサー・キング。あの“牧師”だ。
――――このブッ壊れた世界で!
悪の頂点に立つと言われた男だ!」
そして、ローマンの言葉に熱が籠る。
“牧師”の脅威を、身を持って知るからこそ。
彼は怒りと戒めを込めて、安理に告げる。
「スプリング・ローズに会ったんだろ!?
あいつが飼い犬に成り下がる程の相手だ!!」
その言葉を前にして――安理は息を呑んだ。
これから自分が挑むかもしれない相手が、如何なる存在なのか。
それを理解するには、十分すぎる現実だった。
「勇敢にでもなりゃあ、神父の野郎が弔えんのか?
男を気取って、正義を掲げてりゃあ、キングに勝てるとでも思ってんのか!?」
ネイ・ローマンは、突きつける。
鋭い視線を向けて、怒号のように吐き捨てる。
選択を誤って、自分の矜持を踏み外して、命を落とす。
そういう者達を、彼は知っている。
「善人ぶって命捨てたいだけなら、とっとと引っ込んでろ……!!
テメェ如きが自棄糞になって勝てるほど、奴は甘くねえんだよ!!」
――ルーサー・キングを甘く見るな。
――無謀で命なんざ捨てに行くな、と。
身の程を知らず、腹の括り方も分からず。
下手な蛮勇で命を燃やして、ゴミのように死んでいく。
そんな少年少女たちを、ローマンはずっと見続けてきた。
掃き溜めのストリートで、幾度となく繰り返された犠牲だった。
「…………ッ」
叱責を受け、安理は目を見開き。
そして無言のまま、顔を俯かせて。
突きつけられた言葉を、噛み締める。
ここで自棄になった所で、意味など無い。
相手は圧倒的な存在――新時代最悪の犯罪者。
自分一人で突っ込んだ所で、ただ死にに行くだけだ、と。
ローマンからの叱責によって、安理は省みる。
己の失態を、あの過ちを振り返る。
激情を押し殺し、込み上げる熱を必死に律する。
――――フレスノさんは、なぜ命を落とした。
――――自分が自暴自棄になって、バルタザールの罠に嵌まったからだ。
なぜ自分はこうして生きている。
なぜ自分はイグナシオの遺志を継いでいる。
彼から与えられたものを、背負いたかったからだ。
彼が示してくれた道を、胸を張って進みたかったからだ。
罪悪感と後悔、そして託されたものを胸に抱いて。
安理はローマンと仁成に、それぞれ視線を向ける。
今は何をするべきか。よく考えろ、冷静になれ。
自分の甘さを省みて、やるべきことと向き合え。
これ以上、誰かに迷惑を掛けてはならない。
安理は深呼吸を繰り返して、自らの感情を落ち着かせる。
「――――すみません。皆さん……っ」
動揺と激情を押し留めて、安理は彼らに謝罪する。
己の感情の為ではなく、己が成すべきことの為に。
安理は過ちを再び犯す前に、踏み留まったのだ。
ネイ・ローマンは、仁成達とは違う。
未熟な青年に対し、寄り添いや慈悲を手向けたりなどしない。
しかし、だからこそ相手を厳然と突き放し、選択と自省の余地を与えることが出来る。
それは一つの大器であり、指導者としての資質だった。
――そして、安理の肩に無骨な手が触れた。
無機質な金属の感触に、安理は振り返る。
「なあ、アンリ」
「ジョニーさん……」
安理の後ろに立っていたのは、ジョニー・ハイドアウト。
砲身と化した顔から、表情を伺うことは出来ないが。
その声には、何処か神妙な感情が宿っていた。
「俺はあの神父のことを嘆かない。
あいつの死を悼むつもりもない。
あいつがどういう奴かを知ってるからだ」
ジョニーは、静かに語りかける。
自らが犯行を暴き、逮捕のきっかけを作った悪党。
夜上神一郎という男について、振り返る。
「だが、これだけは覚えててくれ」
ジョニーの語る言葉を、安理はただ無言のままに聞き届ける。
自身の道を示した恩人――しかし、彼もまたアビスに収監された犯罪者であり。
その意味を噛み締めるように、安理は耳を傾ける。
「あいつは決して聖人君子なんかじゃない。
ましてや、信念に殉じる求道者でもない」
そう呟くジョニーの声色には、一欠片の憐憫が宿っていた。
「この間違った世界に耐え切れず、善悪を断じることでしか自分を保てなくなった……“狂人”だ」
ジョニー・ハイドアウトは、神父の悪徳を知っている。
その本質を、その根幹を理解している。
だからこそ彼は語る――あの男は、“狂ってしまった”のだと。
安理は沈黙したまま、ジョニーの言葉を飲み込んでいた。
その言葉を咀嚼し、その意味を胸に抱いていた。
安理は最後まで、神父の本質に触れることは叶わなかった。
だからこそ、ジョニーが語ったことを受け止めなければならないのだと。
彼はそのことを、確かに理解していた。
安理達の遣り取りを、何も言わずに見つめるエンダ。
ふう、と彼女は安堵するように一息をついた。
彼を諭すジョニーを僅かに見てから、すぐに視線を外し。
そのままエンダの意識は、別の方向へと向けられる。
「――――さて。出遅れた挙句、覗き見とは趣味が悪いね」
中庭とエントランスを繋ぐ風穴へと視線を向けて、エンダがぽつりと呼び掛ける。
「随分と遅れたようだね。“アビスの申し子”」
些かの皮肉を込めた言葉を投げられ、物陰に佇んでいた青年が観念するように姿を現す。
この場に残る受刑者達の視線が、彼へと向けられた。
「……申し訳ございません」
その口元に微かな苦笑を見せつつも、青年の態度にこれまでの余裕は無い。
もはや自分が現状の手綱を握れる立場には無いことを、彼自身が理解していたからだ。
青年――エネリット・サンス・ハルトナはそれを分かったうえで、最低限の誠意と責任を果たしに来た。
「ディビット・マルティーニとジェイ・ハリックは……施設に突入した“牧師”との交戦で命を落としました」
エネリットはここに至るまでに自らが辿った道筋、そして状況を伝達する。
二人の死者の名を聞き届け、悪童たちはそれぞれの形で受け止める。
「ギャル・ギュネス・ギョローレンと征十郎・H・クラークは“牧師”への攻撃に参加し、手傷を負いながらも健在。
両名はそのままブラックペンタゴンを離脱しました。被検体と交戦せねばならない動機があるようです」
事務作業のように、淡々と事実を述べるエネリット。
ギャルと征十郎の参戦、彼らが既にブラックペンタゴンを離脱していること。
彼らは被検体との交戦を見越して動いていること。
それに加えて、ジャンヌ・ストラスブール達がブラックペンタゴンの情勢に参入していないことも伝える。
状況を知らぬローマンやメリリン、ついでにヤミナにもジャンヌ達との結託について捕捉する。
――あの“聖女”か、とローマンは呟く。
エネリットからの話を聞き、彼は微かに表情を歪めた。
複雑な様子を見せつつも、それ以上話には割り込まず。
それからエネリットは、エンダに問いかける。
「そちらの状況は?」
「君も察してる通り、被検体は撃退した」
ネイ・ローマンが豪快に外まで吹き飛ばしたよ、と。
苦笑いをしながらエンダが伝える。
その話を聞き、エネリットは改めて“ギャングスター”の実力を思い知らされる。
「まだ仕留められてはいないが、暫くは行動不能になっている。
私達は手傷を癒したのち、ブラックペンタゴンを離脱するつもりだった」
そう伝えられて、エネリットは生存した面々を一瞥する。
全員が大なり小なり疲弊しているが、最低限の回復は果たしたらしい。
唯一無傷のヤミナが若干申し訳なさそうにしているが、エネリットは適当に流す。
「こちらの死者は、サリヤ・K・レストマンだけだ」
そして、エンダは告げる。
被検体との交戦で退場した悪人の名を。
「そうですか」
ただ一言、そう呟くエネリット。
事実を粛々と受け止めるような、素っ気ない物言いだったが。
その声色に安堵が籠もっていたことに、メリリンは気付いていた。
ディビットという仕切り役が消えた今、仮にサリヤが生き延びていた場合。
その力を使い、彼女が場のパワーバランスを強引に掌握する恐れがあった。
サリヤは戦闘者ではないとはいえ、複数のネオスを行使する怪物であることに変わりはない。
ましてや集団が疲弊し、被検体を排除した今こそ、サリヤが行動に出る恐れがあった。
故にエネリットは、サリヤがこの盤面から消えたことに安堵した。
中庭で主導権を奪い取ったことで、少なからず恨みは買っていただろう。
厄介な相手を体よく排除することが出来た。
それでもエネリットの肩には、言い知れぬ疲弊がのしかかっている。
信頼の地盤を失った今、結局は“最悪の状況だけは避けられた”程度の安心でしかない。
メリリンから向けられる視線にも、エネリットは気付いていた。
その訝しむような眼差しに対し、彼はバツが悪そうに目を逸らした。
「君はこれから、どうするつもりだい?」
そしてエンダは、エネリットに問いかける。
――全員の視線が、彼へと向けられている。
それらを精査するように眺めてから、エネリットは苦笑する。
呉越同舟。エネリットとディビットが成立させた共同戦線。
施設脱出という共通の利害を掲げることで、結託を成立させた。
しかし、今はもう違う。
脱出は間もなく果たされる。
ディビットはいない。彼は死んだのだ。
新たな利害で結託できる相手も、この場にはいない。
故にこそ、もはやエネリットに出る幕はない。
「……僕は、この場を去ります」
暫しの沈黙を経て、エネリットは口を開いた。
どこか草臥れたような声色を滲ませながら、彼は伝える。
「僕には、僕の目的がありますから。
皆さんの思惑とは一致しないでしょう」
孤独を纏いながら、エネリットは状況を俯瞰していた。
――ジャンヌ・ストラスブールらはブラックペンタゴンに参入せず。
恐らくは正門周辺で、何者かの待ち伏せを受けたのだろう。
施設を離脱したギャル達が即時の攻撃に曝されなかったことからして、既に戦場を移している可能性も高いが。
現状の生存者を踏まえた上で、エネリットは“襲撃者”を推測していた。
ジャンヌ・ストラスブール、交尾 紗奈、葉月 りんか。
三人の受刑者への攻撃を成立させるだけの戦力の持ち主。
現状の生存者において、それはルーサー・キングと被検体以外では一人しかいない。
バルタザール・デリージュ。血の宿命が導く、復讐の相手。
彼がブラックペンタゴンの外部にいる可能性は、限りなく高い。
――――蓮さん、復讐についてあなたはどう考えますか?
いつの日か、氷月 蓮と交わした遣り取り。
あの図書館で知識を得て、幾度か繰り返した問答。
エネリットの脳裏に、それは唐突に蘇った。
これから待ち受ける運命を、予期するかのように。
刑務も終盤へと向かっている。
既に残された時間は少ない。
状況は苦しい。それでもやるしかない。
当初の戦力として保持していたエルビス・エルブランデスを喪った。
刑務序盤から信頼を培ってきた同盟者、ディビット・マルティーニも死亡した。
バルタザールとの因縁を持つ北鈴 安理は、復讐による協力は見込めない。
この場における最高戦力、ネイ・ローマンはキングを優先するだろう。
他の面々に関しても、エネリットに手を貸す動機を持たない。
恩赦ポイントによる利害関係が成立しないからだ。
唯一の接点を持つ氷月 蓮は、今どのように動いているかも未知数だ。
多くの手札を失った今、もはや賭けに出るしかなかった。
すなわち、ジャンヌ・ストラスブールらの生存を見越して動くこと。
彼女達と結託し、共にバルタザール・デリージュと対峙すること。
それが不可能であるなら――最悪、単身での対決も視野に入れる。
復讐。それこそがエネリットの目的。
それだけは、必ず果たさねばならない。
例えどれだけの犠牲を払おうとも。
そして、エネリットは一礼した。
気品に満ちた紳士的な所作で、悪童達へと挨拶する。
「――――ここまでのご協力、感謝します」
そのまま彼は踵を返し、背を向けて歩き出す。
エントランスの出入口を通り、ブラックペンタゴンを去っていった。
「……さて」
去りゆくエネリットの後ろ姿を見届けて、エンダは呟く。
「我々も、行くべき時か――――」
ブラックペンタゴンからの脱出により、呉越同舟は終わりを告げる。
被験体との共同戦線はこれにて解消され、彼らはそれぞれの思惑へと動き出す。
エンダは、ある男について振り返っていた。
この黒き監獄で取引をした、ある悪童。
この刑務からの脱出に最も近い、脱獄のプロ。
己の目的のために、彼と合流する必要がある。
それを改めて認識して、他の受刑者達と共にエントランスへと移動した――。
【E-5/ブラックペンタゴンの外/一日目・夕方】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(大)、胴体に幾らかの骨折
[道具]:メアリー・エバンスの首輪(未使用)、マシンガン(弾倉残り1)、リモコン爆弾×1、デジタルウォッチ、通信機
[恩赦P]:10pt
[方針]
基本.バルタザール・デリージュと会う。復讐を成し遂げる。
※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。
①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(徴収時の超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』
②~④ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て5%前後(10%→5%に減少)
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』
◆
黒き監獄を生き延びた十人の悪童達。
“アビスの申し子”が自らの復讐を果たす為に離脱したように。
彼らにもまた、それぞれの思惑がある。
恩赦による出獄ではない、その先にある目的が。
夜はじきに訪れる。
最後の闘争が、刻々と迫る。
慈悲と粛清の刑務が、終焉へと近づく今。
彼らは各々の目的と向き合わねばならない。
「よォ、皆々サマ。お集まりのようだな」
その幕開けを告げる男が、エントランスに降り立つ。
不敵な笑みを浮かべる、偉大なる醜男が。
「各々がた、結託を終えて撤収したいトコだろうが――――」
悪童たちの前に立ちはだかるように、男は語り出す。
彼らはそれぞれの思いと眼差しを、その男に対して向けていた。
ある者は期待するように。ある者は驚くように。ある者は訝しむように。
「呉越同舟は続く。続けなきゃならねえんだよ」
脱獄王、トビ・トンプソン。
このブラックペンタゴンで情報収集に徹し、世界の深淵へと最も近づいた男。
被験体を撃退した今――彼の登場が、物語を先へと進める。
◆
――――トビは、己の知る限りの情報を。
――――それを踏まえた己の考えを手短に伝えた。
即ち、ブラックペンタゴンで集めた情報の成果。
上層階に存在する機密情報の数々、システムABC、ルメスからジョニーへと託された“計画”。
そしてサリヤから与えられた情報――それらを考慮したトビ自身の推察。
脱獄への道筋。機密事項が意図的に放置された可能性。
エンダ達もまた、彼にこれまでの戦況を伝えた。
ルーサー・キングの介入。被験体との交戦。
ディビット、ジェイ、サリヤ、そして神父の死。
互いの情報が共有され、状況が精査される。
ブラックペンタゴンでの死闘は終えた。
被験体による封鎖も越えることが出来た。
時間制限が迫る今、悪党達は此処を去らなければならない。
では、彼らは何処へと進むべきなのか。
彼らはこれから、恩赦による出獄を目指すのか?
あるいは生存のみを目的とし、いずこかへ身を潜めるのか?
この場にいる者達の多くは、そのどちらでもない道を行かねばならない。
彼らの目的は、恩赦ではない。
ましてや、生存による刑期の全うでもない。
このアビスから、抜け出さねばならないのだ。
「北西の“灯台”と南東の“小屋”だ。
そこに刑務のカギが隠されている」
トビは、そう断言した。
刑務打破のために目指すべき場所を、断定したのだ。
その宣言を前にし、場に残る全員が息を呑む。
「それって、何で……――――」
メリリンは疑問を抱き、問いかけたが。
――アンタなら分かるだろ、と。
トビはメリリンに視線を送った。
「サリヤ・K・レストマンが、オレ様に道筋を残した」
サリヤが何故この刑務に潜り込んだのか。
刑務でシステムABCの実験が行われることを掴んだからだ。
そして、トビの推測が正しければ――そこにヴァイスマンの意図が潜り込んでいる。
「そして先も述べたように、この刑務には“意図的な計画”が隠されている可能性が高い」
それは即ち、ヴァイスマンが敢えて“刑務の綻び”を放置した可能性。
機密情報、秘匿受刑者、そしてサリヤ・K・レストマン。
GPAの計画への反発として忍ばせた叛意という推測。
トビは改めて、その可能性について考える。
ヴァイスマンはサリヤを布石にして、刑務内に“情報”を齎した。
サリヤという綻びを利用することで、意図的に刑務打破のきっかけを作り出す。
役目を終えたサリヤを体よく排除した上で、残された駒で“刑務攻略”を遂行させる。
「つまり――――“受刑者達の脱獄”そのものに意味がある」
ブラックペンタゴンは、受刑者同士の交戦を促す巨大な実験場であり。
同時に秘密裏の計画を進める為の駒を集結させる土台である、と。
トビはそのように推測を立てたのだ。
「だからオレ様は考えた。この刑務場には、恩赦や生存以外の勝ち筋があると」
戦闘実験の完遂、システムのテスト、そして水面下での計画の遂行。
その全てを満たす為にも、彼らはまず“首輪爆破による処刑を行わない”。
脱獄そのものも計画に織り込まれているのなら、ヴァイスマンはこの状況でも干渉を行なってこない。
トビはその可能性に賭けた。故にこそ、彼は叛意を口に出したのだ。
「ヤマオリの巫女。アンタはそっちのお仲間と共に、オレ様と取引をしていたな。
“この刑務を抜け出すための協力がしたい”と」
トビはエンダを見据え、そう問いかける。
第二回放送前――エルビスが階段への道を阻んでいた時に結んだ取引だ。
傍に立つ仁成にも視線を向けながら、言葉を続ける。
「――オレ様に付き合う気がある。そう捉えていいんだろう?」
つまり、脱獄を目指すこと。
このアビスから抜け出すこと。
その意図があることを、今一度トビは確認する。
トビからの問いに対し、エンダと仁成は顔を合わせる。
互いに交錯する視線。それぞれの意思を、今一度確認する。
「……ここまでの検分と調査、感謝する。
やはり脱獄王の名は伊達じゃないようだね」
エンダは礼と共に、フッと感心するように呟く。
敵わないな、と観念するような素振りを見せながら。
「――勿論さ。私達も付き合おう」
「――僕もだ。宜しく頼む、脱獄王」
僅かな合間のやり取りを交わして、彼らはトビに対して頷いた。
その計画へと乗ることを、エンダと仁成と最初に宣言した。
「そして鉄の騎士サンよ。アンタは怪盗の依頼を遂行したいんだろ?」
それからトビは、ジョニーへと話を振る。
怪盗ヘルメス。世界の絶望を盗もうとした女。
トビは刑務開始当初に、ジョニーとルメスとのやり取りを交わしている。
彼女達が望む道も、既に聞いている。
「ヘルメスが掴んだネタを無駄にしたくねぇのなら、自ずとやるべきことが見えてくる筈だ」
だからこそ、トビはジョニーにも問う。
ルメスが遺した依頼をやり遂げること。
それが今のジョニーの目的であり、故に彼は保険としてトビにも情報を託した。
ジョニーの向かう先とは何なのか。
何を持って“ルメスの依頼を遂行した”とするのか。
その答えは、明白だった。
つまりは、“異世界移住計画”の告発だ。
秘密裏に遂行され、一部の特権階級のみが恩恵を受ける計画。
それを世界へと公表すること。その是非を問うこと。
強者の為に弱者が捨て置かれる結末を、断ち切ること。
なればこそ、彼も乗らねばならない。
ジョニーもまた、生きなければならない。
そして、此処を抜け出さなければならないのだ。
「――――ああ。そうだな」
ジョニーの答えは、その一言。
それだけで十分だった。
他に言葉など、要らなかった。
「さて坊主。知らん顔だが、お前はどうだ?」
続けてトビの視線が、安理へと向けられた。
――知らない顔。そう、トビは彼の存在をマークしていない。
青い竜人に変身する若い受刑者。刑務所内での噂にも聞かなかった。
秘匿受刑者の類いとも違う、恐らくは木端の犯罪者だろうと見立てていた。
ケチな犯罪で収監され、ヤミナのように此処までくっついてきたのだろうと。
故にこそ、トビは期待を抱いていなかったが。
「……安理です。北鈴 安理」
安理は自らの名を、ゆっくりと名乗る。
どこか恐る恐ると、緊張を胸に抱きながら。
その上で安理は、自らの意思を伝える。
「僕は、フレスノさんから受け継ぎました。
この刑務の真実を暴く“探偵”としての道を」
安理の脳裏に蘇る、恩人の姿。恩人の言葉。
この刑務で出会い、自分を此処まで導いてくれた受刑者。
――イグナシオ・“デザーストレ”・フレスノ。
彼がいなければ、きっと自分はここまで歩めていなかった。
「そして……誰かに手を差し伸べる為に戦う、贖罪の道も」
彼から多くのものを与えられ、多くのものを受け継いだ。
その信念も、その善意も、胸の内に抱いている。
彼のような“探偵”として戦い続ける道も選び取った。
だからこそ安理は、決意を込めて言う。
「皆さんが刑務に立ち向かおうとしているのなら、どうか僕も同行させてください」
安理は、トビへとそう伝えた。
他者に手を差し伸べ、他者の為に走る“探偵”。
彼は紛れもなく、第三の“災厄(デザーストレ)”だった。
安理が此処まで歩んできた物語を、トビは知る由もない。
しかし、その眼差しに宿る意志は、確かに汲み取った。
だからこそトビは、彼の決意を受け入れる。
「ねえキミ。フレスノさんって、イグナシオ・フレスノ?」
「――――えっ?」
その矢先、安理は思わぬ相手から話しかけられる。
メリリンである。ここまで接点のなかった相手だ。
「もしかしなくても、あの“デザーストレ”よね?」
「は、はい。そうです、そのフレスノさんです」
イグナシオについて問いかけたメリリンに、安理は少し驚きつつも答える。
「もしかして……お知り合いなんですか?」
遠慮がちに問い返す安理。
その質問に対し、メリリンは少しだけ考え込み。
やがてはぐらかすように微笑んで答えた。
「……いや、別に。昔の話よ」
サリヤ亡き後、地盤が揺らいだ“メルシニカ”が壊滅するきっかけを作ったのは誰か。
他でもない、メキシコから欧州を繋ぐ麻薬組織の調査を依頼された“デザーストレ”である。
その調査によって“メルシニカ”は瓦解し、メンバーの大半は逮捕されるか命を落とした。
以後現地においては、密輸ルートやガジェットを横取りした別組織が麻薬密輸を担っているという。
犯罪組織を破綻させた後に待ち受けているのは、また別の犯罪組織による台頭である。
それはこの時代における常であり、皮肉な結末だった。
デザーストレについて思うところはあれど、メリリンはそれ以上口には出さなかった。
今この因縁を出す意味はないと、悟っていたからだ。
先刻はサリヤとの蟠りを押し通した。
もうこれ以上、自らの思惑に周囲を巻き込む訳にはいかない。
触れてはならない事情を察した安理は、それ以上は切り込まなかった。
いま重要なのは、トビ・トンプソンが語った取引についてだ。
「オレ様、エンダに仁成、ジョニーにアンリ。
この場にいる連中は、誰も彼もが近い目的を持っている」
エネリットが失った“利害関係”は、全く異なる形で受け継がれた。
刑務を立ち回る為の打算でも、恩赦ポイントを巡る取引でもない。
――――即ち、刑務への反抗。アビスからの脱出。
「残り6時間強。そいつを達成する為にも、協力が不可欠なのは分かるだろう?」
この場にいる者達にとって、トビの提案は決して聞き逃してはならなかった。
既に受刑者の数は減っている。もはや恩赦の外側を目指す者達に均衡が傾いている。
トビ・トンプソンはそれを理解しているからこそ、この取引を叩き上げた。
ディビット・マルティーニやエネリット・サンス・ハルトナのような、ルールの枠組みで立ち回る者達はいなくなった。
ギャル・ギュネス・ギョローレンや征十郎・H・クラークのような、不確定要素となる者達も去っていった。
サリヤ・K・レストマンのように、不穏分子であるが故に結託の要となれない者も散っていった。
「やってやろうぜ。“悪党同士の結託”ってヤツでよ」
脱獄王はその空白にすかさず割り込んだ。
彼は今この場で、新たなる“仕掛け人”となったのだ。
安理は、他の面々をちらりと見た。
彼らは誰も異論を挟まず、トビへと視線を向けていた。
その状況の意味を、安理は理解していた。
トビの言葉がこの場で何より重いことを、既に悟っていた。
そう、脱獄王がこの提案をすることの意義は余りにも大きい。
そこいらの悪党が“刑務を打破する”と口にしたところで、何の意味も持たない。
しかしトビ・トンプソンが、あの脱獄王がそれを告げることで全く価値が変わる。
彼が“脱出”を宣言した時点で、その計画には明確かつ絶対的な説得力が生じるのだ。
あの脱獄王が“それ”を言ったのだ。
あの脱獄王が行動に出ようとしているのだ。
ならばそこには、確かなる勝ち筋がある。
少なくとも、この状況を打破する可能性が万に一つでもある。
だからこそ、この場にいる面々はトビの言葉に耳を傾けた。
「メカーニカよ」
そしてトビの視線は、メリリンへと向けられる。
「アンタにこの船に乗る動機はあるか。あることを祈ってるぜ」
そう呟くトビの表情には、微かな期待が浮かんでいる。
――当初から“首輪解除の要員”として目を付けていた相手だったが。
実際はそれ以上の価値を持っていた。それを証明した女(サリヤ)がいた。
「アンタなら“刑務のカギ”を攻略できる余地がある。
――“キルショット”にも何か言われただろう?」
メリリンの脳裏に、サリヤから告げられた言葉が蘇る。
それを追憶し、ハッとしたように目を丸くする。
――――“私の『目的』にはあなたの力がどうしても必要なの”。
――――“此処が私の終着点であり、始発点でもある”。
――――“あと一度だけ言うわ。メリリン”。
私に協力して、と。
あの中庭でサリヤは、メリリンにそう告げていた。
世界のシステムを破壊する為に、サリヤは刑務へと潜り込んだ。
その目的の為に、サリヤはメリリンの力を“必要”としたのだ。
「ヤマオリの巫女には、北西の“灯台”へ付き合ってもらうが……。
出来ることならメカーニカ、アンタの手も借りたい」
そしてメリリンは、サリヤとの中庭での戦闘で何をしたか。
メリリンは一体、あの場で何を実証してみせたか。
他でもない、システムBへの解析と干渉である。
それは彼女が持つ確たる価値を、何よりも裏付けていた。
トビが灯台へ向かう相手として誘うのは、エンダとメリリン。
刑務の土台となるシステムへ干渉する可能性を持った二人だ。
即ち“そこ”に存在するモノも、自ずと見えてくる。
因果なものね、と。
メリリンは苦笑して、微かに視線を落とし。
脳裏にサリヤの姿を過らせて、思いを馳せる。
メリリンは、サリヤを振り返る。
サリヤを終わらせるために、ジェーンと手を結んで。
サリヤと再会して、ジェーンを喪って。
サリヤと分かり合えぬまま、離別へと至って。
今度こそ家族を背負って生き続けることを選んで。
そして今、サリヤの忘れ形見が降りてきたのだ。
サリヤが果たせなかった目的が、この掌へと突き出された。
チェックメイトへと向かうための手筈が、目の前に用意された。
まるで運命が巡ってきたかのようだった。
その奇妙な因果を、メリリンは静かに嚙み締める。
世界の破壊には興味もないし、やるつもりもない。
どのみち世界は壊れているし、とうのサリヤは命を落とした。
彼女が最終的に目指したような“真の災厄”は、きっと果たされないだろう。
それでも、サリヤが対峙した“誰か”に一矢報いられるのなら。
壊れた世界を捨てたがっている、生意気な“誰か”の鼻を明かせるというのなら。
この悪事に加担することで、少しでも彼女への手向けになるというのなら。
あの中庭で、サリヤは。
かつての親友であり。
亡き友人の仇であり。
だからこそ、手を取れなかった。
けれど、今は――――。
それから、暫しの沈黙を経て。
腹を括ったように、不遜な笑みを浮かべる。
そうしてゆっくりと、メリリンは顔を上げた。
「……いいよ」
今度こそ喪って、ようやく歩み寄れた。
ひどく、ひどく皮肉なものだった。
そんな皮肉さえも、その手に握り締める。
「今回は、“あなた”に協力する」
――私が地獄に落ちたら、そっちで奢ってよ。
――ツケだからな。サリヤ。
メリリンは、トビの計画に“乗る”ことを選んだ。
片耳につけた「流れ星のアクセサリー」に触れながら、彼女は決意を固める。
訣別の為に手放した形見が、再びメリリンへと寄り添う。
もう二度と、それを捨てることはないだろう。
「脱獄王。テメェが何をしようが、オレは構わねえ」
メリリンの決意を経て、沈黙を保っていた男が口を開いた。
「……ネイ・ローマンだな。ヨツハにゃ世話になったぜ」
「そりゃ良かった――ま、何はともあれだ。
連中の鼻を明かすのも、存分にやりゃいい」
ネイ・ローマン。彼はトビに対してそう告げながら、メリリンへと視線を向ける。
メリリンもまた、ローマンと目を合わせる。
確かな決意を固めた眼差しが、ローマンを射抜く。
メリリンのそんな視線をじっと見つめてから、彼は微かな笑みを浮かべた。
「メリリン、お前も“やりたいこと”を見つけたんだろ。
ならオレも、オレのやりたいようにやる」
そう告げてローマンは、改めて宣言する。
自らの目的。決して譲れぬ、宿命の戦いを。
「オレは、ルーサー・キングを殺る」
絶対に、ここで仕留めなければならない。
あの闇の帝王を。あの“牧師”を。
故にローマンは、確固たる意志と共に言ってみせた。
「ネイ・ローマン。援護はいるかな」
「いい。テメェらにはやることがあるんだろう」
エンダからの申し出に対し、ローマンは苦笑しつつ断る。
エンダもメリリンも、これから仕事が待っている。
被験体も未だ健在、そちらに戦力を投入する必要も出てくるだろう。
「今のオレなら、奴に勝てる」
今の自分には、キングを倒せる。
ならば余計な人手を割く必要はない。
この身でキングと対峙し、一対一で倒す。
それで十分だった。
「……ネイ」
案ずるように呟いたメリリン。
しかし彼女は、それ以上ローマンに口を挟まなかった。
自分が付き添った所で、きっと意味などない。
キングとの交戦において、足手纏いになるだけだろう。
それを分かっていたからこそ、メリリンは受け入れた。
「……被検体:Oは、まだ健在なんですよね」
そして、ローマンの思案と同じ懸念が投げかけられる。
安理が手を上げて、自らの考えを述べ始めた。
「彼に挑む受刑者が二人いるって話は、さっきエネリットさんの話にもありましたけれど。
南東の小屋へと向かう前に……加勢に入るべきではないでしょうか?」
そう、被験体はまだ生きている。
あの強敵はブラックペンタゴンから南の方角へと吹き飛ばされていった。
仮に南東の小屋へと向かうことになるのなら、被験体とかち合う可能性もあるのではないか。
懸念を解消するためには、まずギャルたちに加勢すべきなのではないか。
その考えを聞いて、仁成が口を開いた。
「――――南東には、僕が向かおう」
道中で被験体の様子も確認できるかもしれない、と付け加えて。
「あの二人や、施設外にいるジャンヌ・ストラスブール達。
彼女達だけで手負いの被検体:Oが打倒できるなら、それが何よりだが――」
ギャルと征十郎。彼女達の実力は本物であり、第二段階を考慮しなければローマンとも当然に渡り合えるだろう。
そんな二人の共闘に加えて、ジャンヌ・ストラスブールらが健在だとすれば、十分な戦力が確保できる。
それでも尚、被験体の脅威度が彼らを上回っていたならば。
「必要となれば、僕が加勢に入る」
その時は自分も戦線に加わる、と。
仁成は決意を込めて宣言した。
「なあ、ヤマオリの巫女よ。
アンタの相方が、そっちへ行くんなら――――」
そして仁成の宣言に挟まれる、もう一つの声。
エンダは静かに、無愛想な視線を向ける。
ジョニー・ハイドアウトが歩き、仁成の傍に立っていた。
「――――俺も南東に付き合わせて貰う。
俺か仁成なら、被験体にも太刀打ちできるからな」
ジョニーと仁成。先の戦闘で、被験体に対する主力となった受刑者達。
彼らが名乗り出るのは、まさしく必然だった。
エンダとジョニーの視線が、ほんの数秒だけ交わる。
互いに思う所を滲ませつつも、言葉には出さず。
そのままエンダは、沈黙のままに受け止めた。
――仕方がない、と割り切るように。
「脱獄王。アンタはどっちへ?」
「オレ様は南東の小屋を目指す。
被験体とかち合う可能性もある中で、山岳を越えなきゃならねえからな」
オレ様の足なら、被験体に追跡されても山道を逃げられるさ――と。
トビは喉を鳴らすように、不敵に笑いながら言う。
「南東には俺と仁成、それにトビで向かう。
必要に応じて俺か仁成、あるいは二人で被験体との戦いに加勢する。
小屋には最悪トビが辿り着ければいい――それでいいな?」
トビの意思を確認した上で、ジョニーが整理する。
それに対してトビが頷き、改めて他の面々へと視線を向ける。
「よし。北西はエンダ、メカーニカ……」
両者を流し見た上で、トビは一呼吸を置き。
「そしてアンリだったな。お前達に任せる」
最後の一人として告げられた安理は、緊張するように息を呑む。
そうして自らに任された役目を咀嚼して、ゆっくりと頷く。
被検体と交戦する可能性が高い南下組に、仁成やジョニーといった主要戦力を。
そして北上組には、エンダやメリリンといったシステムへの干渉能力を持つ面々を。
トビ達はそれぞれに人員を割り振る――既に残存の受刑者は二十人を切っている。
生存者の大半が割れている以上、不確実的な戦闘の可能性は大きく下がっている。
故にこそトビは、あくまで懸念としての脅威を被験体のみに絞る。
あらゆる事態に過度の警戒を行い、不要なリソースを割くことは計画の実効性を下げるからだ。
「エンダ」
チーム編成を聞き届けた後、複雑な表情を浮かべるエンダへと語りかける声。
エンダは声の主へと視線を向ける。仁成である。
この刑務が始まって以来、ずっと行動を共にしてきた戦友だった。
――これから彼とは再び離別をする。
今度は互いに生きて再会できるかも分からない。
彼と共に行くのがジョニーであることに、いささかの鬱屈を抱きつつも。
しかしそれでも今は、その感情を持ち出してはならないと割り切る。
身勝手な私怨や感情は、後回しにするべきだ。
清算するのは、全てが終わってからでいい。
今はこの刑務を打破することが何より優先なのだから。
そう思いを巡らせて、エンダは仁成を見つめる。
「君も見ただろう。“あの”エルビスを」
仁成は追憶するように、静かに呟く。
――エンダは振り返る。先の被験体との戦闘で垣間見た“奇跡”を。
弾丸として放たれたエルビスと、亡霊と化して現れた漢女の闘争。
体術の限界を極めた者達の、熾烈なる死闘を。
その狭間でエルビスが仁成に何かを伝えていたことも、感じ取っていた。
「僕にもしものことがあった時は、君が伝えてほしい。
エルビスの恋人と、その子供に――彼の生き様を」
これから仁成は、再び被験体と相見えるかもしれない。
そうなれば死闘は避けられない。命を落とすかもしれない。
だからこそ彼は、エンダにも託すことを選んだ。
もしも自分に何かあれば、君がエルビスの祈りを守ってほしい――と。
「仁成……」
仁成からの願いを、茫然と聞き届けるエンダ。
それは即ち、仁成が自らの死に備えた保険だった。
複雑な思いを滲ませながらも、エンダはその言葉を受け止める。
「それと、もう一つ伝えたいことがある」
それから仁成は、言葉を続ける。
それはエルビスのことではなく。
仁成自身が伝える願いだった。
先のやりとりを、仁成は振り返る。
――――“私は、あの娘以外の人間なんて、どうでもよかった”。
ジョニー・ハイドアウトとの対峙で、エンダが吐き出した本音。
その心の奥に封じ込めていた、本心と呼べる感情。
――――“少しでもあの娘の死に関わった連中を、皆殺しにしてやりたいとすら思っている”。
それを聞いた仁成は、背筋の凍えるような感覚を抱き。
その怨恨の思念に、言い知れぬ悲しみを抱いた。
だからこそ、伝えなければならなかった。
かつての仁成もまた、荒んでいた。
実験体として数多の組織から身柄を狙われて。
自らの生存のために、逃亡生活を送り続けていた。
世界中を必死に逃げ回り、人を信じられなくなっていた。
全てを恐れて、全てを恨み、荒廃した魂を抱いて生きていた。
「僕が君と出会い、心を取り戻したように」
それでもエンダとの出会いで、失って久しかった心を思い出した。
かつて家族と過ごしていた頃の、穏やかな感情を取り戻した。
エンダが“一人の少女”を想い、彼女のために奔走していたからこそ。
確かな絆を結ぶ戦友として、傍に立ち続けてくれたからこそ。
仁成はこうして、再起へと向かうことができたのだ。
そして、それ故に――――。
「君もどうか、人を愛してほしい」
仁成もまた、エンダにそうあってほしいと。
自らの本心を伝えたのだ。
「……これは、僕からの願いだ」
穏やかな声色で、仁成は口元に笑みを見せる。
その願いに、エンダはただ目を丸くする。
彼から手向けられた祈りを、呆然と受け止める。
――あの時ジョニーに吐き出した言葉が、エンダの心中で反響する。
あれは紛れもない本心。紛れもなく、自分が抱き続けていた真実。
己は土地神。生前の記憶など忘れて久しい、人ならざるもの。
世界の過ちも、人の醜さも見続けてきた。
“エンダ”の祈りを踏み躙るような悪意も溢れ返っていた。
だからこそ――人にも世界にも、失望を抱いていた。
彼女を繋ぎ止めるのは、“エンダ”の願いだけだった。
仁成達のような例外を除いて、それ以外の存在にも希望など抱いていなかった。
そして故に、仁成の願いもまっすぐ受け止めることはできず。
しかし、それでも――。
エンダは、その胸に手を当てて。
静かに、ゆっくりと拳を握り締めた。
仁成の言葉を受け止め、咀嚼するように。
今はまだ飲み込めずとも、その手から離さぬように。
「そして、アンリくん」
エンダへの願いを伝えたのち、仁成の視線は安理へと向けられる。
これからエンダと共に行くことになる彼の目を、じっと見据える。
その眼差しに宿る想いを、安理は察するように飲み込む。
「――――エンダ達のこと、頼んだぞ」
仁成から伝えられた、その一言。
安理は緊張を感じつつ、それでも覚悟を決める。
彼から託される意思を、真っ直ぐに受け止める。
「……はい。仁成さん」
安理のその言葉には、確かな決意が宿っていた。
恐怖と不安を抱いていないかと言われれば、きっと嘘になる。
それでも安理は、今度こそ一歩を踏み出すことを選んだ。
「あの~~~……」
仁成達がやりとりを交わしていた中。
おずおずと手を挙げて、場違いな女が問いかける。
「その……あたしはどうすりゃいいっすカネ……」
当人も自覚があるのか、あからさまに自信なさげに声が小さくなっている。
その女、ヤミナ・ハイドである。
ここまで彼女が生き続けているのは、ある意味で奇跡と言えよう。
「あー…………」
ヤミナからの問いかけに、トビは露骨に微妙な表情を浮かべる。
そうだ、こいつはどうしようか。明らかに決めあぐねている。
しばらく悩み、困り果てたあと、咄嗟にジョニーへと視線を向けた。
「まあいい。こっちで面倒見るぞ」
「へいへい」
そう来ると思ってましたよ、と言わんばかりに答えるジョニー。
立場を失いかけていたヤミナは、あからさまに安心の表情を浮かべていた。
“いやぁ是非とも宜しくお願いします”――ゴマを擦るように手揉みしながら、早速ジョニーや仁成に媚を打っていた。
そんなヤミナに呆れつつ、トビは彼女に近づく。
「さてヤミナよ。あれ寄越せ」
「えっ?なんですかトビさんいきなり」
「三階で回収したあの拳銃だよ。俺が預かっとく」
「えぇ……そんな……」
渋るヤミナから強引に”永遠”の付与された拳銃を受け取るトビ。
そのまま拳銃を懐へと忍ばせ、いつでも抜けるようにした。
ヤミナはうじうじとイジケてから、おもむろにデジタルウォッチを弄り始める。
そのまま恩赦ポイントをハンドガンと交換していた。拳銃取られてだいぶ悲しかったみたい。
南東へのルートは被験体と交戦する危険性が高い。
小屋へと向かう人員の保険は、少しでも多いに越したことはない。
ひょっとすると、彼女の超力なら被験体の追跡も振り切ったりするかもしれない。
そんな一応の希望的観測も抱いて、トビはヤミナを当てがった。
「そういえば仁成さん、あの人って一体……?」
「ヤミナは……まあ、マスコットみたいなものだと思ってくれればいいかな」
安理と仁成がヤミナについて耳打ちでそんな会話を交わしていることに、当の本人は気付かない。
ヤミナは拗ねてハンドガンを弄っていたが、そんな彼女にローマンが近づく。
「な……なんすか??」
「お前……」
グイ、とヤミナの顔を覗き込むローマン。
突然ヤカラみたいな男に迫られて、ヤミナは媚びを売ることも忘れて硬直。
そのままローマンは、暫くヤミナをじっと見つめていたが。
「……あいつと同じタイプの超力か。まあいい」
そう呟いて、ローマンはヤミナへの関心を失う。
ローマンは近づけた顔を離して距離を取り、ヤミナは思わずホッとする。
ローマンの脳裏に浮かぶのは、既にこの世にはいない一人の悪童。
多重人格犯罪者――“我喰い”と称され、ローマン自身も交戦した本条 清彦だった。
彼は自らの存在感を徹底的に希薄化する超力を持ち、ローマンの超力を無効化する芸当を行った。
しかしこのヤミナに関しては、超力を加味しても脅威にはならないとローマンは判断した。
――ヤミナ自身は、自分の能力についてよく分かっていないのだが。
“周囲から徹底的に軽んじられる”という彼女の超力は、本条 清彦と同系統の“認識阻害能力”にあたる。
他者の認識を欺き、自らの存在の重みを希薄化する。
磨き方次第では十分に化ける。暗殺者や密偵がこの超力を使えば、相応の脅威となっただろう。
仮にサリヤがヤミナを弾倉に取り込んでいたならば、再度の完全逃走も不可能ではなかったかもしれない。
尤も、それらは“もしもの話”でしかないのだが。
そして、ローマンは視線を動かす。
エントランスにおける左右の扉、そして中庭への大穴。
これからキングが現れるであろう出入口を、その視界に捉える。
「――――俺は正門に来るキングを迎え撃つ。
ブラックペンタゴンの罠を知った以上、奴は必ず此処を目指すだろうさ」
少なくとも奴はブラックペンタゴンの解錠を知らない。
間違いなく正門を目指して行動を開始するだろう――そこを叩く。
第二形態へと到達したローマンならば、単身での対峙も可能だ。
時間制限に加えて、エネリットの話からして、キングは決して浅くはない手傷を負っている。
キングとて現状の余裕はないはずだと、ローマンは予測する。
少しでも足止めし、手傷さえ負わせれば、禁止エリアの作動で殺害することも不可能ではない。
そうすれば早急にメリリンと合流することもできる。
それでも、間違いなく強敵であることには変わりない。
この世界における最大最強の悪。闇の頂点に立つ支配者。
つい先ほど、ローマン自身が安理に言った通りのことだ。
決して余裕はない。下手をすれば此方が負けるかもしれない。
その時は、己が命を落とすだけだ――そんな思いが脳裏を過ぎった矢先。
「ねえ。ネイ」
彼に対して、語りかける声。
「おう、メリリン」
その声の主に、彼は答える。
メリリンの眼差しが、ローマンへと向けられる。
ほんの僅かな沈黙。二人の視線が交錯する刹那。
「私は、絶対にここを生き延びる」
メリリンが口を開き、再び宣言する。
自らの意思を、ローマンへと告げる。
そしてメリリンは、右手の拳を突き出した。
「だから、あんたも――生きてよね」
ニッと笑みを見せて、メリリンはローマンを鼓舞する。
――弱気になるなよ。約束したんだから。
そう鼓舞するように、彼女は背中を押す。
そんなメリリンの言葉を聞いて、ローマンが微笑む。
心に微かに芽生えた不安が、去りゆく音がした。
そうしてローマンもまた、機械の右拳を突き出す。
「もしくたばったら、承知しないからね」
「望む所だ。オレを誰だと思ってやがる」
ローマンとメリリン。
二人の拳が、突き合わされる。
互いを鼓舞し、激励するように。
「お前こそ、しくじるなよ。メリリン」
「勿論。私はアンタと生きるんだから」
ローマンの言葉に、メリリンはウインクで返す。
共に笑みで応えて、二人はそれぞれ背を向ける。
互いの戦場へと向かう為に、気を引き締める。
そんな彼らの様子を見て、トビは内心思う。
不敵な表情の裏側で、おくびにも出さない。
しかし彼は、その胸に一つの敗北感を抱く。
仮に、自らの推測が正解だとすれば――。
(全てはヴァイスマンの掌の上、ってワケかもな)
そう、“脱獄の成功”こそがヤツの思惑だとすれば。
サリヤの情報そのものがヤツの計画に組み込まれているのなら。
この脱獄を完遂した時点で、トビ・トンプソンは“敗北”する。
ヴァイスマンの思惑に囚われて、その役割を遣り遂げることになるのだから。
誰にも気付かれぬままに、微かな苦笑を浮かべるトビ。
仮にこの推察が、正しくヴァイスマンの思惑だったとして。
それを挫折させる為には、脱獄そのものを破綻させるしかない。
いっそこの場にいる全員を始末でもするか?不可能に決まっている。
トビは、目の前にある道筋を無碍にすることなど出来ない。
可能性を提示されて、それを捨て置くことなど出来ない。
そしてそれこそが脱獄へと至る為の糸筋だというのならば、それに賭けるしかない。
(……今回ばかりは、認めるしかないのかもしれねェ)
やるしかない。今はただ、やるしかないのだ。
残された手札を握り締めて、挑むしかない。
それが脱獄王の生き様なのだから。
ここで挑まなければ、いよいよ己は腐るのだ。
誰にも悟らせない、誰にも打ち明けない。
トビ・トンプソンは、ある種の諦念を押し殺し。
脱獄王として、己の存在意義のために動く。
――――行くぞ、と。
トビがこの場に残る受刑者達に告げる。
その言葉に頷き、悪童達は動き出す。
ブラックペンタゴン周辺に残るのは、ローマンのみ。
ローマンはキングを待ち受けて、ここで彼を殺す。
闇の帝王に引導を渡し、この因縁に終止符を打つ。
ギャングスターは、自らの闘志を迸らせる。
その身に殺意を宿し、キングの来訪に備える。
しかし、悪童達の予想は裏切られる。
激しく爆ぜるような、強烈な轟音と共に。
全く持って、実に豪快な形で。
壮絶な破壊音。弾ける炸裂音。
金属製の壁面が、打ち砕かれる。
南西ブロックへと続く扉が、突如破壊されたのだ。
そのままエントランスへと、勢いよく何かが飛び込んできた。
ローマンは、思わず目を見開いた。
他の受刑者達も、そちらへと意識を向けていた。
「――――何、」
それは、鋼鉄で覆われた大きな塊だった。
直径にして2m前後、人間大の鉄球だった。
鉄球は、空中を機敏に跳躍していた。
空中で次々に生成される鉄柱が、鋼鉄の物体を高速で打ち出していく。
まるでピンボールのように、鉄柱が幾度も巨塊を勢いよく弾く。
その軌道と慣性に乗る形で、鉄球は空中を猛スピードで立体機動する。
球が打ち出され、弾かれるたびに、爆音と衝撃が波紋のように広がる。
余りにも豪快。余りにもアクロバティック。
大鉄球が、凄まじき高速移動を繰り返す。
その異様な光景を見て、唖然とする悪童たち。
――――何だあれは。何だあの鉄球は。
そうして彼らは、半ば直感のように動き出した。
アレが何なのかは分からないが、とにかく止めねばならないと理解したのだ。
トビは鉄球をその目に捉え、いつでも回避行動を取れるよう構える。
仁成は咄嗟にメリリンやヤミナ達の前に立ち、彼女達の盾となる。
ローマンは右手を突き出し、すかさず衝撃波を放つ。
ジョニーは左腕に銃身を生成し、鉄屑の弾丸を連射する。
エンダは黒い靄を触手のように操り、鉄球へ向かわせる。
安理は動揺しながら、それでも他の面々に追従するように遅れて氷柱を放つ。
次々に迫る攻撃を、鉄球は驚異的な機動力で躱し続ける。
鉄柱に幾度も打ち出され、大鉄球は虚空を縦横無尽に躍動する。
そのまま回避の勢いを乗せて、鉄球は正門目掛けて勢いよく激突する。
豪快な破壊音と共に扉を突き破り、施設の外へと飛び出していった。
一瞬の出来事。刹那の事象。
悪童達はそれを呆然と見送る。
ほんの僅かな沈黙を経て――。
彼らはその正体について、ある答えへと辿り着いた。
宿敵であるローマンは知らなかった。
いや、この場にいる誰もが知らなかったのだ。
長きに渡る因縁を持つディビット・マルティーニだけが、それを把握していた。
ルーサー・キング。
彼は慎重であり、狡猾であり。
しかし時に、途轍もなく大胆であることを。
周囲の予想を裏切り、とんでもない行動に出る瞬間があることを。
「あの野郎――――ッ!!!」
そう、力尽くの強行突破を敢行したのだ。
キングは自らを鋼鉄で覆って大鉄球と化し、強引に正門を突き破ることを選んだのだ。
もはや形振りなど構わず、恥も外聞も捨てて離脱に全力を尽くしたのである。
破れかぶれの博打に出るのは、帝王も同じだったのだ。
「ネイ・ローマンッ!!」
その瞬間、エンダが咄嗟に叫んだ。
ローマンの視線がすぐさまそちらへと向く。
「私の眷属(ネオス)にキングを追跡させた!!」
強行突破を行った鉄球に対し、エンダは即座に黒蠅による追跡を行わせた。
そしてもう一体の黒蠅が生成され、ローマンの周囲を浮遊する。
キングを追跡する黒蠅の位置を伝える、いわば案内役だった。
キングは神父との接触で、既に禁止エリアの位置を把握している。
では逃走において、彼はどちらへと向かうのか?
移動の労力があり、退路も限定される東の山岳地帯をわざわざ逃走経路に使ったりはしない。
既に禁止エリアに妨げられている南西の旧工業地帯は、次のエリア指定で完全に孤立化する恐れがある。
なればこそ、行く先は自ずと絞られる。
「――北西だ!!ヤツは西の道から北側へと移動している!!」
そう、未だ道が開けている西から北へと向かって移動する。
キングはまさしく、北西への道程を突き進んだのだ。
この場に残された悪童たちは、その危機をすぐさまに理解した。
北西の灯台へ向かわねばならないエンダ・Y・カクレヤマ。
エンダの排除を狙うキングが、彼女の北西への移動を察知したならば。
灯台を目指す集団に対し、攻撃を仕掛けるかもしれないのだ。
恐らく次の禁止エリア指定で、更に行動範囲は狭まる。
そうなればキングがエンダ達の行動に気付くのも時間の問題だろう。
トビとメリリンではキングに太刀打ちできない。
恨みを高めたエンダでも完全に勝機があるとは言い切れない。
何より彼女には役目がある。キングと戦える余裕があるかも分からない。
南東には被験体の脅威もある。北西にこれ以上の戦力は割けられない。
故に、ネイ・ローマンが行くしかない。
絶対にルーサー・キングを殺さなくてはならない。
彼が“牧師”を抑えられなければ、北西の作戦は瓦解する。
――――ローマンが、駆け出した。
――――その疾走が、合図となった。
悪童達が走り出す。
その場から疾走する。
ある者たちは北西を目指し。
ある者たちは南東を目指し。
自らの心身を振り絞って、駆けてゆく。
残された最後の悪党、十名。
彼ら全員が、ブラックペンタゴンを抜け出したのだ。
漆黒の門を越えた先に待ち受けていたもの。
それは茜色から紺色へと移り行く空だった。
夜が訪れる。夜が降ってくる。
放送の時が、迫りくる。
【E-4/ブラックペンタゴンの外/一日目・夕方】
【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(中) 、治療キットで処置済み、疲労(中)、右腕肘から先欠損
[道具]:デイパック(幾つかの食糧と酒)、鋼鉄の義手(メリリン作成・修復済み)
[恩赦P]:99pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。メリリンと共に生きる。
1. ルーサー・キングを追う。決着を付ける。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。
※サリヤ・"キルショット"・レストマンから超力の第二段階(プレシード)について知らされました。
※超力の第二段階(プレシード)へ到達しました。
衝撃波の出力が向上し、無効化を始めとする防御や干渉を貫通する“Liberty or Death”を使用可能になりました。
※エンダが生み出した黒蝿の導きでルーサー・キングを追跡しています。
【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、薄黄色のボイラースーツ、帽子とゴーグル、流れ星のアクセサリー(R)
[道具]:デジタルウォッチ、フルプレートアーマー、銀鈴・宮本麻衣・ドンの首輪(使用済み)、ジェーンの首輪(未使用)、工場エリアで集めた機材、グロック19(装弾数22/22)、デイパック(手榴弾×2、催涙弾×2、食料一食分)
[恩赦P]:50pt
[方針]
基本.ローマンと共に、生き延びる。
1.「灯台」へと向かう。“サリヤ”に手を貸す。
2.可能であれば被験体の首輪を解析する。
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。
※ジェーンの首輪を手作業で解析中です。
首輪にはシステムAが仕込まれていると見られ、メリリンの超力だけでは解体できないようです。
※サリヤ・K・レストマンの遺体から「流れ星のアクセサリー(R)」を中心とする物資を回収しました。
※流れ星のアクセサリー(R)に吸収されていた大金卸樹魂の超力は消滅しました。
【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:ダメージ(微小)、疲労(中)
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ドンのデジタルウォッチ、図書室の本数冊、治療キット(残量半分)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『エンダの願い』を果たす。
1.「灯台」へと向かう。刑務を無力化する。
2.“エンダ”を殺そうとしていたルーサー・キングを殺す。ローマンは出来れば利用したい。
3.ジョニーとは一度別れ、再会したら殺す
※エンダの超力は対象への〝恨み〟によって強化されます。
※エンダの肉体は既に死亡しており、カクレヤマの土地神の魂が宿っています。この状態でもう一度死亡した場合、カクレヤマの魂も消滅します。
※黒靄による超力干渉でエルビスの腐敗毒をある程度遮断できます。
ただし〝恨み〟による強化が発揮しない限り、完全な無効化は出来ないようです。
【北鈴 安理】
[状態]:上半身インナー姿、右腕に打撲、疲労(中)、気疲れ(中)、脳への負担(中)、手足に呪いの浸食(小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。自分なりに、調査を進め弱い人を助ける探偵として動きたい。
1.「灯台」へと向かう。この刑務作業の真実を知りたい。
2.バルタザールがまだ破壊の限りを尽くすようなら、被害をできるだけ抑えたい。
3.無実の人をボクが救えるというのなら……。
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。
※超力が変化し、常時発動型の竜人となりました。
氷龍と比べ冷気の攻撃性能が著しく落ちる代わりに、安定した身体能力の向上を獲得しました。
※他人の記憶を追体験する力を得ました。
追体験出来るのは自身と直接会話をした事がある人物に限られます。
記憶の中では五感全てが再現されるため脳への負担が大きく、無茶な使用は精神の崩壊に繋がります。
また、記憶の持ち主が死亡する場面まで追体験を続けた場合、安理自身も廃人となります。ついて聞き出していました。
【トビ・トンプソン】
[状態]:健康
[道具]:H&K SFP9(12/20・永遠付与)、ナイフ、デジタルウォッチ、デイパック
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱獄する。例えそれがヴァイスマンの思惑だとしても。
1.「小屋」へと向かう。
2.システム攻略へと挑む。
※エンダが秘匿受刑者であることを察しています。
※デイパックの中に北西ブロック3階中央の部屋等から持ち出したものが入っているかもしれません。
※サリヤ・K・レストマンから何らかの情報を預かっているようです。
※この刑務にヴァイスマンのクーデターが仕込まれている可能性に行き当たりました。
[共通備考]
※被検体の戦闘不能に伴い、ブラックペンタゴンの出入口封鎖が解除されています。
既に破壊されている北西の出入口は引き続き通常の手段では通り抜け不可能です。
【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:疲労(大)、破損(大、鉄屑を吸収して幾らか回復)、ヤマオリ、永遠
[道具]:デイパック、紗奈のシステムAの手錠
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.「小屋」へと向かう。場合によっては被検体:Oの討伐へ向かう。
2.怪盗(チェシャキャット)の依頼を果たす。
※ルメス・ヘインヴェラートが掴んだ情報を全て伝えられています
※ヤマオリの遺物を取り込みました、永遠が付与されています
※右腕には脇差、サバイバルナイフ、剣ナタ、スレッジハンマーが取り込まれています
※左腕の銃器の弾数はグレネード(0発)、ハンドガン(5発)、アサルトライフル(20発)、スナイパーライフル(0発)
【只野 仁成】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、右足首と左足にダメージ(中)、いずれも応急処置済み、服の全面が溶けている、強い覚悟
[道具]:デジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残り、家族の安否を確かめたい。
1.「小屋」へと向かう。場合によっては被検体:Oの討伐へ向かう。
2.エンダと共に脱出への道筋を掴む。
3.ルーサー・キングとギャル・ギュネス・ギョローレンには警戒する。
4.生き延びて、エルビスの事をダリアに伝える。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
【ヤミナ・ハイド】
[状態]:各所に腐食(小)
[道具]:ハンドガン、警備員制服(SSOGの徽章付き)、デジタルウォッチ、デイパック(食料1食分、エンダの囚人服、資料・書籍類)
[恩赦P]:22pt(-10pt:ハンドガン)
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
1.よくわからないので、ジョニー達についていく。
※H&K SFP9をトビに取られて悲しかったので、恩赦ポイントでハンドガンを確保しました。
[共通備考]
チーム編成は以下の通りです。
北上するキングを追跡:ローマン
北西の灯台を目指す組:エンダ、メリリン、安理
南東の小屋を目指す組:仁成、ジョニー、トビ、ヤミナ
【E-3/草原/一日目・夕方】
【ルーサー・キング】
[状態]:疲労(大)、肉体の各所に打撲(小)・裂傷(小)、腹部にダメージ(小)、左手と顔左半分に火傷痕(処置済み)、左目失明(布を眼帯として巻いてる)
[道具]:漆黒のスーツ(新調)、私物の葉巻×1、タバコ(1箱)、応急処置キット(幾らか残量あり)
[恩赦P]:107pt(-10pt:好きな衣服 -50pt:治療キット)
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
0.北上して体勢を整える。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
3.ドン・エルグランドを殺ったエンダと只野を調べる。
4.ルーサー・キングを軽んじた以上、りんか達もいずれ潰す。手段手法は問わない。
5.ジャンヌ・ストラスブールも、第二段階に到達しつつあるのか?
※治療キットで負傷の回復をしていました。
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※超力の第二段階に至った『到達者(プレシード)』です。
全身に漆黒の鋼鉄を纏い、3m前後の体躯を持つ“黒鉄の魔人”と化す超力『Public Enemy』が使用可能です。
※アビス内でラバルダ・ドゥーハンと面会し、彼女からシエンシアについて聞き出していました。
◆
朧げな記憶が、反響を繰り返す。
曖昧な感覚が、徐々に色彩を伴っていく。
ここは、どこだ。これは、何だ。
万華鏡のように、眩い情景が回転し続ける。
銃声。銃声。銃声。幾度もの銃声。
射撃訓練。照準を合わせて、正確に的を撃ち抜く。
ただ淡々と引き金を弾き、“高成績”を叩き出す。
当然のことだった。任務の為に必要だからだ。
銃声。銃声。銃声。幾度もの銃声。
実戦。秘密裏の任務、社会悪の抹殺。
武装した部下を率いて、地下施設へと突入する。
迫る敵を排除しながら、標的を射殺する。
銃声。銃声。銃声。幾度もの銃声。
硝煙の匂い。無機質な鋼鉄の感触。
己の半身と化した、殺人の為の道具。
鍛え上げた両手で、それを握りしめる。
銃声。銃声。銃声。幾度もの銃声。
輸送機に揺られて、山間の集落へと降り立つ。
地獄絵図。悪夢のような光景。死者(ゾンビ)が蔓延る世界。
しかし、今回も変わらない。ただ任務を遂行するのみ。
それが己の存在理由。国への忠義、大義への忠誠。
故に己は、ただ粛々と引き金を弾く。
やがて銃声は、果てしない“飢餓”へと変わる。
喉が渇く。腹が飢える。喰わねば、満たされない。
自らを律する理性が、獣性に侵食されていく。
そんな自分を、“一人の隊員”が見下ろしていた。
オッドアイの眼差しが、己をじっと見据えている。
これは、誰だ。
己を従えているのは、誰だ?
誰でもいい。誰でも構わない。
任務を遂行できるのなら、自分は道具にでもなる。
己は国家の武器。国家に使役される猟犬。
責務を果たす為なら、誇りを捧げようとも構わない。
全ては、任務達成のために。
――“女王”ではない。“大義”だ。
己は今度こそ、自らの失態を拭う。
「ノギ、ヒラ…………」
脳裏に過ぎった、懐かしき名を呟いて。
漸く思い出した、己を従えた男の名を吐き出して。
反響する記憶は、再び霧の中へと覆い隠された。
覚醒する意識と共に、過去が掻き消えていく。
残されたのは、ただ純然たる執念のみだった。
現在位置を確認。G-4、禁止エリア内部である。
第三回放送を終える直後。
その時点で、己の傷は癒える。
回復が完了し、再び行動が可能となる。
与えられた任務は、受刑者の殲滅。
なれば、あらゆる手段を尽くす。
どんな手を使ってでも戦い抜く。
この地に生き残る“敵”を根絶やしにする。
過去は既に、形を失っている。
思い出そうとしても、掴むことが出来ない。
それでも、繰り返される銃声だけは脳裏に響き続ける。
引き金と共に放たれる咆哮だけが、神経に焼き付いている。
――それでいい。それで構わない。
繰り返される旋律だけが、自らの存在を規定する。
己は戦士。己は武器。己は道具。己は人に非ず。
ただ信念と正義に殉じるだけの、鋼の弾丸。
なればこそ、この銃声もまた。
己を突き動かす鼓舞に他ならない。
「――――任務ヲ、遂行、スル」
放送の時は、近づく。
長きに渡る、地の底の闘争。
その最後の夜が、幕を開ける。
◆
【G–4/立ち入り禁止エリア/一日目・夕方】
【被験体:O(オーク)】
[状態]:ダメージ(中・修復中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:受刑者の殲滅。
1.刑務者達を皆殺しにする
※夜上の右足とサリヤを捕食したことで身体能力が強化されました。
現在17倍まで倍率を引き上る事が可能です。
※第三回放送直後に行動を再開します。
最終更新:2026年02月05日 22:12