高ければ高い壁の方が登った時気持ちがいい。


なんて、誰かが唄った。



――――馬場堅介は縛りプレイが好きだ。

なんでそんな苦行を自らやってるんだ、なんて周りは言うけれど。
だってゲームは手ごたえがあった方が面白いに決まってる。
堅介からすればチートプレイで俺TUEEEEEEなんてやってるやつの気持ちの方がまるで理解できない。

そんなもので何の達成感が得られるのか。
苦しければ苦しいほど達成感は大きくなるもの。
縛りプレイでクリアした瞬間の気持ちよさは何物にも代えがたい。

それはオフゲよりもオンゲ、特に対人要素があるものの方がよりいい。
強い装備で固めたプレイヤーを初期装備で倒すというのは同等な状態で戦う格闘ゲームともまた違う快楽がある。

純粋な自分の実力だけの世界。
勝ちも負けも全て自分に還る緊張感。
言い訳の余地のない世界。

そんな中で、勝ってきた。
それが日天中学PCゲーム同好会長、馬場堅介の誇りである。

だからこのゲームに巻き込まれた時も、そうしてしまった。

ステータスALL:E。
強者にワンチャン勝てるスキルだけ取った縛りプレイ。

どこかフワフワとした心地だった。
本当にやってしまったという後悔と、かつてないほどの興奮が同時に全身を満たしている。
飲んだことはないけれど、きっと酒に酔うとはこんな感じなのだろうか。

失敗すれば死ぬ。
これまでとは違う。
経験したことのないほどの緊張感。

命がけの状況に体が震える。
それが恐怖によるものか武者震いなのか自分でも判断がつかない。

「って、寒ぅ…………ッ!」

粉雪が舞い散る積雪エリア。
それが彼の初期位置だった。
どうやらこの震えは寒さによるものだったようだ。

「うぅさぶさぶぅ~ッ!」

幼女が歯を鳴らして身を震わせる。
そう、そこにいたのは七三分けの真面目少年の姿ではなく、愛らしい小柄な少女の姿だった。

それが彼のアバターである、けるぴーである。
外見が幼女なのは手癖で設定したいつもの癖というか、彼はプレイ中一番見るキャラなのだからかわいい方がいいじゃない、というタイプのプレイヤーなのだ。
この殺し合いに置いては、油断を誘う効果が見込めるかもしれないという下心もあったかもしれない。

だが、勢いで縛りプレイのアバターを設定したはいいが今彼は迷っていた。
よくよく考えれば、縛りプレイを設定したと言う事はこのゲームを遊ぶという意思表示になるのではないか?

このゲームの目的は殺し合い。
勝つという事は殺すという事だ。
それに乗ったのか? と問われるとそうではない。

ましてや参加者名簿によるとここにはPCゲーム同好会の友人たちもいるという事である。
そんな彼らを殺すなんて、出来るはずもない。

まあ、何かの冗談なんじゃないかなーと未だに思っている所もあるが。
わけのわからない場所に連れてこられたというのは事実である。

「あ、夢って線もあるなぁ」

なんて、現実逃避めいたことを呟いたところで、

「―――――こんばんハ」

心臓が跳ねる。
いやアバターにそんなものがあるのかは知らないけれど。
慌てて振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。

「いやはや。寒いですネ。エリアの端っこの方でこれだと山頂の方は本当に凍死しちゃいそうですヨ」

言って。二の腕をさすりながら、温和な笑顔を浮かべた青年が近づいてくる。
あまりにも自然な態度に呆気にとられた。
こんな状況だ。警戒して突っぱねるべきだろうか。どうするべきか迷う。

だが明確な敵意を見せない相手にそんな態度をとるのは失礼なんじゃないだろうか。
なんて、そんな思想が頭の中を駆け巡る。

「おっと、スイマセン。名乗りもせず失礼でしたネ。
 ワタシ、シャ言いマス。おジョウさんのお名前聞いてもイイですカ?」
「あっ。え。ぼ、いや私はけるぴーです」

紳士的な対応に思わず名乗り返していた。
当然、名乗るのはアバター名だ。ネットプレイヤーとしての常識である。

「おお! けるぴーサン!」

こちらの名前を聞いて、男が興奮したように声を荒げた。
突然のテンションの跳ね上がりにちょっとびっくりした。

「けるぴーサンってFW3の上位プレイヤーであるアノけるぴーサンですカ!?」
「し、知ってるんですか?」
「はい。あなた有名ヨ。縛りプレイで上位にいるスーパープレイヤーだってネ」
「スーパーだなんてそんなぁ。へへっ。ひょっとしてあなたもプレイヤー?」

堅介は少しだけ気を良くして問い返す。

「はい。仕事が忙しくて最近はあんまりやれてないですガ、ワタシも休日に結構ゲームやりますヨ。へたっぴですけどネ」

そう言って冗談めかした笑みをこぼす。
その笑みを見て堅介の警戒心が僅かにほぐれる。

「お仕事ですか。シャさんは社会人なんですねぇ」
「はい、今は日本を中心に働いてまス」
「へぇ。ってことは、シャさんは外国の方?」
「そうデス。ワタシ中国の人デス」

同じゲームを趣味にするものであると知れたのも大きいだろう。
PCゲーマーに悪い奴は……まあ沢山いるんだけど、キッズと煽り合いの世界なんだよなぁ。
それでも、こんなところで、同じ趣味の同士に出会えるなんて奇跡のような巡り合わせである。
こんな状況にもかかわらず、雑談にも花が咲く。

「けど、あの大型アップデートは最高にクソでしタ!」
「ああ、あれね。実はさ、これ上位プレイヤーしか知らない噂なんだけど、あれって実はハッキングを喰ららしくて、その対策って話だよ」
「おお! そうなんデスね! 流石けるぴーサン、事情通ですネ」
「へへっ…………」

同じ趣味を持つ者同士。
不安がっていた反動もあって急速に打ち解けた。

「おっともうこんな時間だ。少し話し過ぎてしまったようですネ」
「ああ、そうだね。こんなところで話し込んでも寒いしね」

気付けば三十分は経っていた。
こんな寒空の下、よく話し込んだものであると自分で呆れてしまう。

「それもそうなんですガ、最初の目的を忘れる所でしタ」
「最初の目的?」
「はい」

答えながら、シャがけるぴーの正面に立った。

「それでは死んで下さいネ、けるぴーサン」
「え?」

瞬間、けるぴーの胸元から血が噴き出した。

ごく平和な日常を送ってきた中学生には、想定すらできていなかった。
さっきまで雑談していた相手を、当たり前のように殺しに来る人間がいるだなんて。

噴出した血は、地面に堕ちる前に光の粒になって消えていった。
綺麗だな、なんて。事態に追いつけていない頭はそんな事を考えていた。

「あララ? 殺れたと思ったんだけどナー。なかなかやりますネ、けるぴーサン」

楽しそうに。
先ほどまでと変わらぬ温和な顔で、悪びれるでもなくそう言い放った。

「な…………なんで?」

徐々に認識と痛みが、追いついてきて頭を支配していく。
刃物で切り裂かれたように胸元から血が流れる。
ヴァーチャルとは思えない熱い血が。

「日本ではコレ足刀言いマス。切れる当たり前ネ」

そう言いながら足首を伸ばした片足をぷらぷらと振った。

「ち、違う! なんでいきなり…………ッ」

攻撃してきたのか。
言葉にならない訴えを投げかける。
だが、シャはキョトンとした顔で首を傾げ。

「? 何故も何も、殺し合いでショウ?」

そんな疑問を持つ事が分からないといった風な顔で、当たり前のように言った。
これがゲームだったらその通りだ。堅介だってそうするだろう。

「け、けど……これは殺したら本当に死ぬって」

ここで殺してしまえば人殺しだ。
これまでは堅介も半信半疑だったけれど、今は違う。
殺せば本当に死ぬ。
だって、胸の傷がこんなにも痛い。

きっとそれが相手には分かっていないのだ。
だったらそれを伝えればこんなことはやめてくれるかもしれない。
そんな微かな希望に縋ろうとしたが。

「ははは。面白いコト言いますネ、けるぴーサン。殺せば死ぬ当たり前ヨ」

まるで友人の冗談に笑うように。
シャという名の男は虫も殺さぬような顔のままそんなことを言ってのけた。
それで堅介の全身の血の気が引いた。

理解不能の殺人鬼に襲われるのならまだ分かる。
だって相手は別物なのだから。

だけど、これは違う。
さっきまで同じ趣味ついて語らっていた相手が、それまでと同じ顔して襲い掛かろうとしている。

それが何よりも恐ろしい。

「…………ッぅ!!」

駆け出す。
背を向け一目散に逃げだした。
逃げなくては殺される。
自分なんかとは違う、不気味な何かに殺される。

だが、遅い。
最低ランクのその足では逃げられるはずもない。
敏捷性に差がありすぎる。
シャがその気になれば、すぐさま追いつかれてしまうだろう。

だが、シャはその場から動かなかった。
走りだす代わりに足先で雪を救い上げると、そのまま前方に蹴りだした。
瞬間、雪の叩きつけられた地面でいくつもの爆発が巻き起こった。

「トラップの発想は良きネ。ただ少々露骨すぎるヨ」

これが本当にゲームの中ならシャも引っかかっていたかもしれない。
だが実戦はそう単純ではない。

僅かな不安、視線の揺れ、感情の動き。
ただの中学生にそう言ったモノを隠し通せるはずもなく。
百戦錬磨の殺し屋はそう言ったモノを見逃さない。

地雷原をクリアし、ようやくシャが駆け出した。
クンと、弾かれたように加速する殺し屋の体。

爆発が収まるまでの僅かなアドバンテージがあるが、そんなものがどれほどの意味を持つのか。
何事もなければ数秒で追いつくだろう、それは双方の確信であった。

そう何事もなければ。

けるぴーの小さな背を追うシャ。
その目が僅かに見開かれた。

シャの眼前。
その視界に、回転する三本の斧が迫っていた。

それは手斧だった。
正確にシャの体めがけて飛んでくる刃。
恐らくけるぴーが走りながら後方に投げつけたのだろう。

一つでも当たれば致命傷は免れない。
それを前に殺し屋はまるで慌てるでもなく、回転を見極め一つはキャッチし、一つは躱し、一つは足裏で踏みつけにした。
シャは受け止めた手斧を投げ返すでもなく、武器の携帯を嫌うようにその場に投げ捨てる。

「うん、面白イ」

この状況で反撃に転じるとは思わなかった。
追い詰められているとはいえ、いざとなれば躊躇いなくこちらを殺しにかかっているのも実にイイ。
シャ好みの状況である。

だが、一つ疑問がある。
走りながら投げたにしては、少し狙いが正確すぎる。
偶然と言うのならそうなのだろうが、よっぽどDEXが高いのか、それとも。

「何かのスキルかナ? だとしたら何のスキルかナァ……?」

再び駆け出しながら、その瞳が好奇心のような輝きを得る。
思えば最初の回避も奇妙だった。
絶対に躱せないと思ったはずなのに躱された。

思考を巡らせる。
この男はこの状況を心の底から楽しんでいた。

「ひっ…………!?」

地雷と手斧。
それで完全に足止めの手立てを失ったのか、あっという間に並走を許した。

横に並んだシャが身を屈め足払いを放つ。
絶対に躱せない一撃。
だが、タイミングの妙か、走り抜ける足運びが偶発的にその足を躱した。

「―――なるほどネ。だいたい理解したヨ」

二の矢が飛ぶ。
最初の足払いにすぐさま後ろ足が続き、カニばさみのようにけるぴーの体を挟み込むと、そのまま地面へと引き倒した。

「うッ!?」

シャが流れるような動きで倒れた堅介に馬乗りになる。
けるぴーの小さな体が完全に地面に固定された。

「ヨウは偶然を起こすスキルと言ったところかナ?
 どうダイ? 中らずと雖も遠からズ、と言ったところじゃないかナ?」

難しいなぞなぞを解いた子供のような笑み。
堅介は答えられずただ喉を詰まらせるのであった。
答えなど期待していないのか、マウントポジションに構えるシャは静かに鉤手に構えた両手を掲げた。

「実はネ。ワタシも縛りプレイが好きなンですヨ」
「え…………?」

突然の告白。
状況にそぐわぬその言葉に堅介はポカンと自らに跨る男の顔を見上げた。

「仕事(コロシ)は素手デ。別に武器が使えない訳じゃないヨ、だけどだってその方が――――」

言われる前に堅介にはその先が理解できた。
出来てしまった。

「――――達成した時楽しいかラ」

だってそれは堅介と同じ。
だけどまるで違う、理解できない答えだった。

「デワ」

振り上げられた両腕が、豪雨のように振り下ろされた。

「ャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

絶叫が響く。
シャが指を振り下ろす度、血と肉が辺りに巻き散ってゆく。
眼、鼻、頬、耳、唇、眉間、頭皮、顎、喉、鎖骨、肩、鳩尾、あばら、脇腹、乳首、腹部、二の腕、肘。
鳥が啄むようにあらゆる場所の肉が削げてゆく。
血も肉も地面に落ちると同時に煙のように掻き消え、周囲の世界はきれいなまま。ただ地獄はここだけに。

振り下ろされる腕は稀に狙いを外すが、豪雨のような連打の前に多少のミスなど関係がない。
こうなってはもう『大番狂わせ』など起きようがない。

「ふぅ」

一仕事終えたように殺し屋が息をつく。
幼い少女の姿をしたけるぴーの体は穴だらけだった。
アバターでもそれはあるのか、所々内臓や白い骨が見えている。
手の届く範囲の中で傷のない場所などない、まるで蓮の実の様だ。

「…………ぁ……ぁ……ぁッ」

だというのに、驚いたことにまだ生きている。
潰れた両目で空を見て、裂けた口から声にもならぬ喘ぎを上げていた。

それは堅介の生命力が高かったと言うより、シャが殺さないギリギリで手を止めたからである。
何故そんなことをしたのかと言うと、それは拷問がしたかった訳でも、ましてや慈悲でもなく。
ただ殺す前に確認しておきたいことがあっただけの話である。

「シェリン。ゲームのシステムに関する質問ネ」
『はい。あなたのシェリンです。何なりとお尋ねください』
「コイツ、殺せば持ってるGP奪えたりするカ?」
『いいえ。基本的には不可能です。そういったスキルが設定されている場合のみ可能となります』
「なるほどネ。じゃあ別の質問だヨ。プレイヤー間のGP移動は可能カ?」
『はい。双方の同意がある場合のみ可能です』
「具体的ニ」
『勇者同士でコネクトし、送る側がGPを送信、受け取る側がそれを許可すればGPの移譲が完了します。
 手数料として移譲GPの1割が徴収されますのでご了承ください』
「コネクトとハ?」
『勇者同士で5秒以上の単純接触を行う事です』
「なるほど。どれもこれも初耳ネ。何故説明しなかったカ?」
『聞かれませんでしたので』
「なるほどネェ」

面白くなさそうな声で相槌を打つと、メニューを閉じて呼び出したシェリンを非表示にした。
つまりは実装されているものの運営側としてはあまり知られたくない機能と言うところか。
推察するにオミットされたのはパーティプレイに関する項目か。
生き残りは一人なのだから当然と言えば当然だが、腑に落ちない所もある。

「という訳なんだけド…………どうかナ?」

自分が馬乗りにしている相手へと問いかける。
さっきから馬乗りになっているのだからコネクト状態にはなっていると思うのだが。

「ぁ……ぅ……ぁ」
「ダメみたいネ」

ぐしゃり。

まともな応答ができそうにないと見るや、すぐさま何の躊躇いもなく固めた拳を振り下ろした。
縛りプレイヤーの彼ならGPを余らせていると思ったのだが、少し追い込みすぎたようだ。
次はもう少し気をつけよう。

そんな反省をしながら立ち上がり、けるぴーの死体から離れた。
同時に拳についた血が消え、死体が描き消えた。

「うん。返り血が残らないのは快適ネ」

死体の在った場所に残ったのは一つのアイテムだ。
恐らく地雷と手斧以外の使わなかったけるぴーの支給品だろう。
武器ならば要らないが、そうではないようだ。

「うーん。確かにこれは使えないネ」

落ちていたのはタリスマンだった。
何でも放置されているアイテムがあるならその方向を指し示すとか。
確かにこれは逃亡には使えない。

「さテ。ボーナス期間中に後2、3人殺しておきたいところではあるんだけド」

近場の塔も制圧しておきたいが、時間制限のある方を優先しておくべきだろう。
まあ参加者が見つからなければ塔の方を優先してもいいが。

「こういう嗜好は嫌いじゃないネ」

ゲームも好きだし殺しも好きだ。
この殺し合いはシャにとっては理想的な遊び場と言える。

彼にとってはネットゲームの雑談も殺し屋の仕事もこの殺し合いも等価だ。
全て特別ではないただのライフワークである。

楽しければそれでいい。
その為なら努力は惜しまない。

だってその方が達成感があるだろう?

[馬場 堅介(けるぴー) GAME OVER]

[A-5/雪の塔近くの雪原/1日目・深夜]
[シャ]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:B LUK:C
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3、タリスマン
[GP]:0→100pt(キャンペーンで+10pt、勇者殺害×スタートダッシュにより+90pt)
[プロセス]
基本行動方針:ゲームを楽しむ
1.スタートダッシュボーナスがあるうちにもう少し殺したい
2.雪の塔の制圧

【地雷魔法陣】
物体の動きを察知し爆発する設置型魔法陣。
メニューから設定できるため相手に気づかれず配置できる優れもの。

【手斧】
投擲用の斧。
投げるのに適した重心をしているため直接戦闘には向かない。

【タリスマン】
近くに放置されたアイテムがある場合その方向を指し示す。
また隠されたアイテムを見つけることも…………?

005.さすらいの拳 投下順で読む 007.彼の理論武装
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GAME START シャ 「楽しくなってきた」
GAME START 馬場 堅介 GAME OVER

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最終更新:2022年05月31日 23:29