「みなさん、大事な発表があります」
市街地にある閑散としたブディックの中、鏡の前で女が幸せそうに笑っている。
濃い茶色の髪、スーツに白衣、見るものが見れば彼女の正体は一目瞭然。
「私、白井杏子は本日をもって大切な人と結婚します!」
日天中学校養護教諭、白井杏子。
その左手の薬指には銀色の指輪が光っている。
「お相手は皆さんもよく知っている人です!」
一旦息をつく。
「なんと、美術担当の枝島トオル先生です!」
そして『彼』は割れんばかりの拍手と祝福の言葉を幻視する。
感極まったのか崩れ落ち、小さく涙までこぼす。
白衣の襟元に隠れた白いチョーカーを外し、再びつぶやく。
「……最高だ」
その声は先ほどの高めの女のものとはうって変わる低い男のものであった。
◇
日天中学校美術教師、枝島トオルは恋をしている。
相手は同僚、現在彼が姿を模している養護教諭、白井杏子だ。
一目ぼれにして初恋。
これまで半生を絵を描いて過ごした彼にとっては初めての情動であった。
白井杏子との出会いは枝島トオルの人生を大きく変えた。
本来、枝島トオルは人に大して興味を持たない典型的な芸術肌の人間だ。
それが曲がりなりにも嫌われずに教師を続けていられるのは彼女の影響が強い。
彼女へアプローチをかけるために身だしなみを整え、ある程度見られるような姿にもした。
自分の女性への耐性のなさを考慮に入れていなかったために、それは長く厳しい道になってしまうのだが。
結論を言えば、彼はある種の天然なのだ。
好きなアバターを作ってもよいとされたところで迷いなく本当に好きなものをアバターとその名前にしてしまうほどに。
◇
「しかし、どうしたものか」
一通りやりたいことをやり終え、枝島トオルは今更ながらに考える。
名簿を眺めた際に見覚えのある高井丈美の名前が目についた。
本人かどうかの確証はないが、本人だった場合は必ず生きて帰させなければならない。
そして最悪の可能性に思いを巡らす。
彼の教え子たちは難しい年ごろである中学生。
彼女のほかにも自身と同じようにアバターと名前をいじって参加している可能性すらあるのだ。
枝島トオルは生徒にあまり深入りはしないが、さすがに自分が教師であるという自覚は持っている。
それになにより生徒の死は想い人たる白井杏子が悲しむ。
心情的にそうなることはどうしても避けたい。
そして、その場合ネックになるのが彼の現在の姿だ。
白井杏子の姿で枝島トオルとして振舞うことは控えめに見ても変態以外の何物でもない。
下手をすると学校時代の信頼すらも失う可能性も高い。
「仕方がない……か」
つぶやきながら支給品の一つ、『変声チョーカー』を再び身に着ける。
白井杏子の優しさは彼だけでなく生徒全体が知るところだ。
もしも彼女がこの場にいてもゲームに乗ることはあり得ない、少なくとも彼はそう確信している。
だから現在の姿を利用する。
白井杏子の姿をした枝島トオルよりも白井杏子本人の方が高井の信頼は稼げるだろう。
ここからの自分は白井杏子だ。
演劇は未経験だが必要なことだ。
彼女を見ていた自分ならできるはずだ。
彼女への愛を示す時だ。
……決して彼女の声を聴いていたいという邪な動機からではない。
気持ちを新たに枝島トオルはブディックを後にする。
彼は知らない。
彼の想い人たる白井杏子。
彼女もまた参加しているということに。
[E-4/市街地、ブディック前/1日目・深夜]
[枝島トオル(枝島杏子)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:B LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:変声チョーカー、不明支給品×2
[GP]:5→15pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:白井杏子のエミュをしながら生徒の保護。
1.高井丈美との合流を目指す。
2.他に生徒がいれば教師として保護する。
3.耳が幸せ。
【変声チョーカー】
ダイアルを回して首に着けることで自在に声を変えることができる。
現在は白井杏子の声が設定されている。
最終更新:2020年10月25日 21:22