砂漠エリアA-3。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
「待て待て~!」
走る。走る。走る。
月明かりの下、乾いた空気を切り裂き、砂塵を巻き上げながら二人の男が砂漠を走る。
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
前を走る男は坊主頭で身長が低い。
爪の生えた籠手を装着しており、学校指定と思しき体操服を着ていることから子どもとわかる。
男改め少年は走りながら幾度も振り返り、振り返るたびその表情は恐怖で歪む。
「逃がさんぞ~!」
後を走るは筋骨隆々の大男。
龍を模した仮面を被っており身長は2mに届くだろうか。
男改め大男は仮面の上からでもわかるほどの笑顔を浮かべ、黄金に輝く巨大なハンマーを振りかぶりながら子どもを追う。
(ふざけんな!なんだあれ!追っかけてくんな!どっか行け!)
少年は恐慌に陥りながらそれでも走る。
既に20分近くこうして走っており体力的には限界が近いが、そんなことを気にしてはいられない。
自分のような子どもをハンマー振りかぶりながら笑顔で追いかけてくるようなやつだ。
追いつかれれば殺されるに決まっている。
(面倒くさいな~。AGIがEランクじゃなかなか追いつけないよ。)
大男はじれったく感じ始めていた。
アバター設定にGPを使い果たしてしまっているので、2時間のスタートダッシュボーナスのうちにせめて2人くらいは殺しておきたいところである。
しかし敏捷性を表すAGIを低く設定した影響か、前を走る少年になかなか追いつけない。
むしろ少しずつ距離を離されている。
このゲームの会場である『New World』。エリアは広いようだがプレイヤーは40人しかいない。
少年に追いつけなければ、再びどこにいるかもわからない獲物を探し求めなければならないのだ。
大男はメニュー画面を開き時間を確認する。既にゲーム開始から30分が経過していた。
目の前にいる少年は逃げる以外に敵に抗する手段を持ち合わせていないようだ。
ろくな抵抗もしてこない弱小プレイヤーを殺すのにこれ以上時間をかけたくない。
試運転にもちょうど良いだろう。
「スキル発動。『変化(黄龍)』」
――ミシリ。
大男の身体が軋んだ。
◆◆◆
少年は走る。
疲労がたまり動かなくなる脚、悲鳴を上げる肺、夜の砂漠の凍えるような気温。
全て無視して走り続ける。
そもそもどうしてこんなゲームに巻き込まれたのか。
いずれ地下世界の謎を解き明かした偉人になる予定ではあるが、今のところは穴掘り好きの普通の小学生に過ぎないのに。
勇者とやらに選ばれ強制招集されなければならない心当たりなんかなかったし、ましてや初対面の異様に怖いガチムチ大男にいきなり殺されそうにならなければならない理由なんかあってたまるものか。
時々後ろを振り返ると、だんだん距離が広がっているのがわかる。
しかし、このまま逃げ切ることも可能かもしれない、と気が緩んだのがいけなかったのか。
ついに足がもつれて前のめりに転んでしまう。
すぐに立ち上がらなければと地に手をつき、体を持ち上げようとする。
しかし、限界まで酷使した脚は言うことをきかない。
体を支えることもかなわず、再び砂地に五体を投げうつ羽目になる。
(死にたくない!助けて!父ちゃん!母ちゃん!)
立ち上がろうと藻掻く少年。
しかし甲斐なく、装着した籠手から伸びる爪が空しく砂を掘る。
砂に手が沈み、這いずることすらままならない。
手足を遮二無二動かし何とか状況を打開しようとする少年に影が差す。
砂漠を照らす月明かりが何かに遮られたのだ。
何事かとうつ伏せのまま首を天に向ける少年の目に、信じられないものが飛び込んだ。
「ドラ…ゴン…?」
はは、と乾いた笑いが漏れる。
夜の砂漠の乾いた空には黄色い体色の巨大な龍が鎮座していた。
地下世界を追い求める研究の中で見た覚えがある。あれは黄龍だ。
青龍、白虎、朱雀、玄武といった四神の長であると言われ、五行思想における土の元素を司る神獣。
かつて中国では幾度かこの神獣の名を年号に採用したこともある。
人間、それも穴を掘るしか能がない矮小な人間である自分が立ち向かおうとすること自体が畏れ多い存在だ。
彼の龍の鼻息一つで自分は周りの砂ごと吹き飛ばされその命を散らすことになるのだろう。
そのあまりに豪壮な姿に少年の心は折れ、もはや抵抗しようという気も起こらない。
先ほどの足掻きでずいぶん深く掘れてしまった砂地に体を預けることしかできなかった。
(父ちゃん…母ちゃん…助けてほしかったよ…。
ごめんな、地下世界。お前の謎はオレが解明すると誓ったのに。約束、守れなかったよ…。)
――かくしてうつ伏せに倒れる少年の背に向けて、巨大な黄龍の尾が振り下ろされた。
◆◆◆
初戦を勝利で収めた黄龍は人間の姿に戻り、勝利の余韻を噛みしめていた。
「よぉし!まずは1キルだ!」
言ってしまえばこれは最近流行りのバトロワゲームだ。
魂魄制御システムの設定は斬新で面白かった。
頬にあたる風、踏みしめる砂、冷やされた大気。
どれをとっても文句のつけようがない。「生身と変わらぬ生を感じられる」というキャッチコピーに偽りなしだ。
GPはまだ配布されていないようだが、おそらく時間差があるのだろう。
これで60ポイントを獲得できた。
スタートダッシュボーナスが終わる前にできればもう一人くらいキルを挙げておきたい。
ランダムアイテムとの交換が100ptであることを考えれば、いつでも惜しみなく使える程度のGPを確保しておきたいところだ。
これらを考慮して次の目的地を定める。
目指すはA-4にある砂の塔だ。ここを拠点にする。
現在地であるA-3ならかなり近いし、拠点に近づく者があってもスキルを使えば一方的に攻撃できる。
塔を目指すプレイヤーもいるだろうから、道中で彼らを狩ればボーナス時間内にもう1~2キル稼ぐことはできるだろう。
探知系スキルはないが、黄龍に変化すれば方向を見失っても軌道修正することができる。
ゲームを楽しむ戦略は万全だ。
「それにしても運が良いなあ。こんなすごいゲームのベータテスターに選んでもらえるなんて!」
そう。
大男こと、
登 勇太――プレイヤー名 Brave Dragon――は、今回のバトルロワイアルをただの新作ゲームのベータテストだと思っている。
『New World』で死亡した場合元の肉体も死亡する、というのは紛れもない事実であるのだが、勇太はそれをただのストーリー上の設定であると頭から決めてかかっている。
中学生の多くが妄想する脳内設定を、脳内設定として楽しめる者としか共有しない――そんな勇太の良識が凶悪マーダー・Brave Dragonを生んでしまったのだ。
真実を知った時、勇太がどうするか。今はまだ誰にもわからない――。
◆◆◆
「…なんでオレ、まだ生きてるの?」
◆◆◆
身動きが取れない彼の身に迫る龍尾は少年――堀下 進に死を悟らせるのに十分な威容を放っていた。
あんな大質量の物体を叩きつけられれば、矮小な人間など車に轢かれた蛙のように潰れてしまっていただろう。
であるならば、龍尾が直撃した筈の進が今も生きているのは何故だろう。
答えは勇太のスキル・変化(黄龍)のランクにある。
ランクSであれば巨大な質量に大抵の物理攻撃では傷もつかない鱗を備え、身にまとう神通力の障壁はあらゆる魔法や神秘による攻撃を遮断する。
全パラメータがAまたはSランクに上昇し、攻撃に於いても防御に於いても右に出る者のいない最強の生命体になれたのだ。
しかし勇太の変化スキルのランクは最低であるC。するとどうなるか。
ランクSなら最大まで上昇するパラメータは、ランクCでは一切上昇せず。
ランクSなら最大10tにもなる質量も、ランクCでは一切増加せず。
ランクSならほとんどの物理攻撃を無効にする鱗も、ランクCでは人の爪程度の硬度すら持たず。
ランクSなら自在に使いこなせるはずの神通力も、ランクCでは発動することすらできない。
すなわち。
「…あの竜の尻尾、まるでスポンジみたいだったな…」
ランクCで変化できる黄龍の質量は身長2mの成人男性と同程度。
天を貫くほどの巨体に変化してしまえば、見掛け倒しのはりぼてと化してしまうのである。
いかに高所から叩きつけられても、それがいかに巨大な物体でも、質量がスポンジのそれと大差なければ到底致命傷にはなり得ない。
龍尾が舞い上げた砂塵に紛れてスキルで穴を掘り、自ら生き埋めになることでやり過ごし、そのまま勇太が立ち去るタイミングを見計らって(勇太の進路とは反対方向に)地中を潜行し、戦闘を離脱。
結果的に、堀下 進は凶悪マーダー・Brave Dragonによる襲撃をほとんど無傷でやり過ごすことができた、というのがこの戦いの顛末だった。
そして進は地中を掘り進む。
このまま地中にいれば誰かに発見されることもないだろう。
アバター作成にあたり取得したスキル「穴掘り:S」を駆使し、地面の中を自由自在に動きまわる。
「せっかくだし、このゲームの世界にも地下世界があるのか確かめてみるのも悪くないかもな」
進は地中を掘り進む。
まだ誰も見たことのない景色を求めて。
[A-3/大砂漠/1日目・深夜]
[登 勇太(Brave Dragon)]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:ゴールデンハンマー、支給アイテム×2(確認済)
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:見敵必殺!優勝目指して頑張るぞ!
1.「砂の塔」を目指し、そこを訪れる者を待ち伏せて殺す。
2.スタートダッシュボーナスの間にもう一人二人殺す。
3.「けるぴー」って馬場先輩だよね。帰ったら感想聞いてみよう。
[備考]
1.本ロワをただのゲームだと思っています。
2.少年(堀下 進)を殺害できたと思っています。
[掘下 進]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E→C DEX:E LUK:E
[ステータス]:疲労大、地中潜行中
[アイテム]:忍びの籠手(E)、神速のブローチ(E)、支給アイテム×1(確認済)
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:死にたくない。
1.地中に潜ってやり過ごす。
2.この世界の地下の謎を解き明かすのも悪くない。
【ゴールデンハンマー】
郷田 薫が異世界で作り出し、使っていたハンマー。
黄金でできているがそれだけの代物。大した威力もないのでちょっと使ってすぐ売却された。
非常に重いのでSTRがD以下だと持ち上げられない。
【忍びの籠手】
戦国時代に活躍したとある忍者が使用していた鉄爪。
【神速のブローチ】
着用者のAGIを二段階上昇させる。
連続使用可能時間は60分。エネルギーが切れると充電が必要。
※充電用のUSBケーブルは付属しておりません。
最終更新:2020年10月05日 22:15