「ええっと…………」

寂れた廃村の一角で、鈴原涼子は一人息を漏らした。
崩れかけた民家の壁にもたれかかり、頭を押さえる。

頭痛がする。
思考がまとまらない。
気分は最悪だった。

彼女の足元には男の死体が転がっていた。

腹部には深々とナイフが突き刺さり、紫色の顔をしてびくびくと痙攣してる。
正確にはまだ死んでいない。
だが辛うじて息はあるものの、もうじき息絶えるだろう。

「…………なんでこうなったんだっけ」

酷く気怠い。
混乱があるのか、記憶が曖昧だ。
ゆっくりと絡まった糸を手繰る様に、記憶を思い返していく。

頭が割れそうに痛い。
吐き気がする。
最悪の気分。

ああ――――なんだか、昔に戻ったみたいだ。


「いやー。よかったー知り合いに会えて」

夜の廃村を一人で歩いていた私の背後に男の声がかかった。
警戒しながら振り返る。

「…………神在さん。お久しぶりです」

そこにいたのは『那由多』のボーカル神在竜牙だった。

男の人は苦手だ。
特に軽薄な男は。
男への苦手意識を表情には出さず私はぺこりと頭を下げる。

「涼子ちゃんも巻き込まれた系? ところでこれ何の番組? 逃走する、的なアレかなぁ?」
「さぁ……? 私も何も……」

男は気楽な態度で、不気味な廃村をきょろきょろと眺める。
まるで観光気分か何かのようだ。
私は知らず、自身の腕を強く握りしめていた。

「本当に……何かの番組なんでしょうか…………?」

そんな気はしない。
不穏な空気が嫌と言うほど漂っていた。
ここにきてからずっと嫌な予感が続いている。

「え? そうでしょ? ひかりちゃんとかもいるみたいだしさ。
 これだけ規模がでかいとなるとゴールデンの番組かなぁ?
 困るなー。まーた人気出ちゃうよ、そんなのこれ以上いらないってのに。
 あ、撮られてるのにこういう事言っちゃまずいか。
 けど、どこで回ってるんだろうねカメラ。全然見つけられないけど。
 っていうかガチなんだね。俺ドッキリって事前に言われて演技してるんだと思ってたよ」

一人、捲し立ててハハハと笑う。
私は相づちも打つことなく、彼の発した一つの言葉が気になっていた。

「…………困るんですか?」
「え?」
「人気、出ると困るんですか…………?」

その言い草が引っ掛かった。
日々それを得るために努力を続けるのがアイドルだというのに、それをいらないと切り捨てる言動だけは捨て置けなかった。
男はああと頷いた後、悪戯を告白する子供の様な顔で笑い。

「実はさ、俺政治家目指してるんだよね。
 知ってる? 俺のオヤジ。ま、知ってるか。
 その後を継ぎたいんだよねぇ。だから人気が出過ぎちゃうと引退しづらいじゃない?」
「……じゃあ、なんでバンド活動なんて」
「だって政治家になる時に知名度があったほうが有利じゃん。
 市自党の広東議員って知ってる? 初の女性総理候補って言わてるあの人。
 あの人も元アイドルなんだよねぇ。そう言う所を目指してるんだよね俺。
 あっ、これオフレコね、見てたんならカットしといてねースタッフさーん」

チョイチョイと虚空に向けて指で作ったハサミを切った。

「そんな理由でアイドル活動をするのはファンに失礼だと思います」
「いやいや。そりゃあやるからには真面目にやってるよ?
 実際人気じゃん俺ら。子豚ちゃんたち――あ、ウチのファンの呼称ね――も俺のパフォーマンスには満足してると思うよ?
 それにさ」

男はヘラヘラとした態度を崩さず。
軽薄に笑みを浮かべたまま。

絶対に許せない言葉を口にした。


「どうせ、アイドル活動なんてお遊びでしょ?」



この発言が許せなくて殺した?

いやいや。
そんな訳ないでしょ。

確かにこの発言で彼の事を嫌いになったが(元から好きでもないけど)。
それはあくまで個人的な心象の話。
人を殺す程の事じゃない。

その後、もっと個人的な事を揶揄されたような……。
それが原因だったか?
どうだろう……上手く思い出せない。

さらに深く記憶の糸を辿る。

ああ――――頭が痛い。


「あ。ごめんごめん、言い方が悪かったよね
 けど、どうせ10代過ぎたらできなくなる仕事なんだから、身の振り方は考えておいた方がいいでしょ。
 それとも年齢誤魔化して続けちゃうとか? 永遠の十代みたいな」

そう言って男は笑った。
心底見下すような笑いだった。
無言でいる私を見て、気分を害しているのを察したのか、男は取り繕うように話題を変える。

「そんなのよりもさ、どう? 涼子ちゃんも政治家とか興味ない?
 さっき言った広東議員みたいに、涼子ちゃんならいい線行くと思うんだけどなぁ。
 なんだったら紹介しようか、そう言う人脈」

そう言って男はイヤらしい笑みを浮かべた。
気持ち悪くって私は視線を逸らす。
頭が痛い。
吐き気がする。

「…………いえ、遠慮しておきます」
「そう? いいと思うんだけどなぁ。
 アイドルなんか続けるよりもご両親とかも喜ぶんじゃない?」

アイドルを軽視するような発言の連続。
これ以上話題を続けたくない私は、突き放すような態度で言った。

「いえ。私、施設育ちなので両親は……」

それを聞いた男は気まずそうに、っべーと呟き視線を泳がせた。

「へぇー。ああ、ふーん。大丈夫大丈夫、俺そう言うのに偏見ないからさ!」

下らない。言うんじゃなかった。
本当に偏見のない人はそんな事を言わない。
あなたのいい人アピールに私を利用しないで欲しい。

「あっそうだ。俺が政治家になったらそう言う政策に力を入れちゃおうかな?」

そう冗談めかして笑った。
合わせる様に私も笑う。
実に乾いた笑いだった。

何がおかしい。
冗談のネタにするような事か?

バカらしい。
何よりも、こんな話に愛想笑いをしている自分が一番バカらしい。

ああ、本当に。

気持ち悪い。


自分の出自を冗談のネタにされ、それで殺した?

いやいや、今更そんな事で人を殺すわけがない。
学生時代の地獄を思えば、あの程度なんてことは無い。

地獄のような中学時代。
その中で同じような境遇の利江と出会って、絶対に見返してやろうって誓いあったんだっけ。
一緒に頑張って。頑張って頑張って、
その悔しさをバネにしてここまで這い上がってきたんだ。

その頑張りが認められて高校からはあの名門、月光芸術学園に入学が認められたんだ。
そしてHSFのみんなと出会って。
それから、それから。

……いや、違う。
これは今思い返すべきことじゃない。

足元の死体を見る。
今思い返すべきは、どうしてこうなったかだ。

再び記憶を思い返していく。

幸せな記憶を放り出して、私は再び地獄へ向かう糸を辿る。


「ユニット……バンドメンバーの人たちは知ってるんですか、それ?」

思わず、私は聞いていた。
聞かなくてもいい事を。

男は意外な事を聞かれたといった顔で目をぱちくりと瞬かせる。

「え? そりゃ知って……いや、どうったったっけな?
 マネージャには言ってるはずだけど、あいつらには言ったっけな、どうだったっけ?」
「そんな、いい加減な……ッ!」

いい加減な態度。
仲間に対して、ユニットに対してそんな。

「いやいや、何怒ってんのさ涼子ちゃん。
 メンバーなんてそんなもんじゃない? ビジネスライクだよビジネスライク。
 あいつらだって将来大物政治家と同じバンドだったって自慢話に出来るって」

そこまで言って、ああ、と何かに納得したように呻いてこちらを見た。
どこか嫌な視線だった。

「女の子ユニットの場合そうじゃないのか。
 いいよね。女の子ユニット、ゆるふわで仲良しって感じで、気楽そうでさ。嫌いじゃないよ」

男が嗤う。
頭が痛い。
その声が嫌に癪に障る。

違う。
仲間は、ユニットは。
そんな安い関係じゃ。

「そう言えば見たよ可憐ちゃんが出てるこの前のロケ。アイドルとは思えない程体張ってて笑っちゃったよ。
 けど何というか必死だよねぇ彼女。俺なら絶対やらないなー、ああいうの。
 あ、悪い意味じゃないよ。いい意味でだから、いい意味で」

やめて。
可憐がどれだけ、私たちの事を思って体を張ってるのかも知らないで。
勝手のことばかり言わないで。

「ソフィアちゃんはパフォーマンスは凄いよね、天才って言うの?
 いいよね努力しなくてもなんでもできそうで羨ましいよ。
 けど変わってるていうかハハ、なんか変な子だからねぇ」

やめて。
ソーニャがどれだけ努力してるのかも知らないで。
表面ばかり見て知った風な事言わないで。

「キララちゃんもさぁ、子役時代はよく見たけどその後はしばらくパッとしなかったよねぇ。
 子役ってのも大変だよな、アイドル以上に消費期限が短くて、アイドルなんかになちゃって。
 ま、アイドル活動頑張れば将来はまた女優に戻れるかもね。そう言う意味じゃ俺と似た者同士なのかな」

やめて。
キララがどれだけアイドル活動にひたむきに頑張ってるのかも知らないで。
あなたなんかと一緒にしないで。

「由香里ちゃんは、まあ面白い子だよね。面白い子だけどちょっと生意気って言うか。
 よく問題も起こすし、正直、あの子はちょっと考えた方がいいんじゃない?
 いや悪口言ってる訳じゃないよ、彼女の事を思っているんだからね?」

やめて。
やめて。
やめて!

私はどうせ最低の腹黒女だ。
何を言われても構わない。

けど、ユニットは。
ハッピー・ステップ・ファイブのみんなだけは。

私達の事なんてなにも知らないくせに。

私の大切な宝物を、バカにしないで!


ユニットのみんなをバカにされて、激昂して殺した?

ああ、それは……あるかもしれない。
あの子たちは私の誇りだ。
その誇りをバカにした奴を放っておくくらいなら、私はバカでいい。
激昂しやすいのは反省すべき点だが、後悔すべき点ではない。

いや、それでも相手殺す程、短絡的ではないと思うのだけど。
思いたいのだけど。

冷静さを失ったのは確かだろう。
何かのはずみ上がったのか。
それとも私が思う以上に私は愚かだったのか。

もう少し先を、思い出す必要がある。


「…………訂正してください」

激昂した頭で感情がそのまま声になっていた。
喉の奥から震える声で言う。
男はよく聞き取れなかったのか「え?」と間抜けな顔で問い返してきた。

「今言った言葉、全部訂正してください!」
「うわっ!?」

そう叫び、思わずかっとなって男に掴みかかる。
だが、筋力の差かあっさりと振り払われた。
受け身も取れず無様に地面に転がる。

「なんだよ、掴むなよ…………ったく本気になるなっての。こんなのただのプロレスじゃんか。
 こっちは取れ高のためにキャラ守って真面目に仕事してるだけだってのにさ」

男は乱れた衣服を正しながら、心底呆れた様に言った。
そして転がる私を冷たい目で見下す。
その視線に、私の怒りさらに燃え上がる。

「ふざけないでよ! 何が取れ高よ! そんな物のために私たちをバカにしないで!」

叫びを上げながら、再び男へと向かって掴みかかる。
だが、不意を突かれた先ほどとは違い、男も待ち構えていたのか。
今度はヒョイと躱され、勢い余った私は、そのまま転んで地面を滑った。

「謝りなさいよ! 可憐に! ソーニャに! キララに! 由香里に!
 謝れ! ハッピー・ステップ・ファイブに謝れ!」

それでも諦めずすぐさま立ち上がると、泥に塗れながら喰らいつくように相手へと飛びつく。
今度こそ男は躱しきれずもみ合いになった。
男は手で押し切ろうとするが、私は離れずに食い下がる。

「このっ……!」

業を煮やした男の蹴りが顔面に入って掴んでいた腕が離れた。
鼻血を流しながら転がる私を見ながら、息を切らした男が言う。


「キミさぁ――――ちょっとオカシイんじゃないの?」



そうだ、あの後もみ合いになって。
先に刃物を出したのはどっちだったっけ?

刺したのは事故だったか、それと自分の意思だったのか。
曖昧だ。
そうだったような、そうじゃないような。
どれも違う気もするし、どれも本当だった気もする。

まあどうでもいい事か。
あるのは、ただ殺したと言う事実だけである。

光の粒子になって死体が消えて、刺さっていたナイフがカランと落ちる。
唯一残った罪の証、ナイフを拾い上げる。

そこには何もかもなくなって、まるでさっきまでの出来事が嘘みたいだ。
本当に、嘘だったらいいのに。

「ああそうか。私、人…………殺しちゃったんだ」

今更になってそんなことを思う。
マネージャーに電話しようとして、そんな状況じゃない事を思い出す。

「これって、罪になるのかしら……」

殺し合いは強要されたものだし、殺したのはアバターである。
なんて言い分が通るだろうか?

別に自分がどうなろうと、それはどうでもいい。
ただ、これでユニットに迷惑をかけるのだけが嫌だった。

「…………どうしよう」

両腕で顔を覆う。
どうしたらいいのか分からない。
寒くって震える。
なんだか迷子みたいだ。

施設を脱走したあの日を思い出す。

ここにいたくないのに、どこにも行けない。

雨の中一人立ち尽くしている。

「…………可憐、ソーニャ、キララ、由香里」

彼女たちの迷惑になるくらいなら、私は死にたい。
何より大切な。
私の仲間。
私の家族。
私の全て。
私の。

「私の、ハッピー・ステップ・ファイブ…………」

ふらふらとした足取りで歩きはじめる。
ここにいてはならない。どこかに行かなくては。
そんな衝動に駆られ、目的地もないのに歩き出す。

「…………利江、私どうしたら」

かつての親友の名を呼ぶ。
もう二度と会わないと誓った相手。
なのに彼女に無性に会いたかった。

[神在 竜牙 GAME OVER]

[G-6/廃村内/1日目・深夜]
[鈴原 涼子]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:B DEX:B LUK:A
[ステータス]:精神衰弱
[アイテム]:ポイズンエッジ。不明支給品×5
[GP]:0→100pt(キャンペーンで+10pt、勇者殺害×スタートダッシュにより+90pt)
[プロセス]
基本行動方針:どうすればいいのか分からない

【ポイズンエッジ】
刃渡りの短いナイフ。
毒効果を付与する。

013.月の下で、分析と炎上 投下順で読む 015.カルマは誰キャラ!?
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GAME START 鈴原 涼子 喪失と欺瞞、あるいは無価値
GAME START 神在 竜牙 GAME OVER

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最終更新:2022年05月31日 23:38