アイドル。


それは女の子と生まれたからには、誰もが一度は夢見る永遠の憧れ。

時にキュートに、時にクールに、特にポップに。
いつの時代も、彼女たちはその魅力で人々を魅了してやまない。
その存在は人々に元気と明日への活力を与えてくれる。

アイドルの作り上げるステージはいつだって煌びやかで華やかな光に包まれている。
ステージの上で、あるいは画面の中で、夜空に瞬くスタァのようにキラキラと光り輝く。

少女たちは憧れる。
光り輝くその星に。

少女たちは憧れる。
その輝きが、どれほどの汗と涙によって生み出されているのかも知らずに。


ずっと暗い所を歩いていました。

そうやって歩いているうちに未来もずっと暗いものだと諦めていたのです。

俯いていた私に見上げた先に星が輝いていると教えてくれたのはあなたでしたね。

そして憧れているだけだった私に、星を目指そうとあなたは言いました。

共に星に手を伸ばす仲間たちと出会い、私はいつしか私たちになりました。

あなたたちが余りも眩しかったから、その中心にいる自分も光り輝いているのではないかと。

彼女たちとならこんな私でも星に手が届いて、誰かの光になれるのではないかと。

そんな、思い上がりも甚だしい勘違いをしてしまったのです。

それこそが過ちの始まり。

私の罪だったのです。

魔法使いが去って、灰被りの魔法は解けてしまいました。

憧れていた世界なのに、ようやくそこにたどり着けたのに。

私はいつまでも私のまま。

だって、ずっと苦しいのです。

足掻いていないと不安で息ができなくなる。

まるで水の中にいるみたい。

眼が潰れそうになるほど眩い世界で、場違いな私は独り、溺れ続けている。

夢に溺れて、沈んでゆきながら。

それでも、この場所にしがみ付いている。

本当に、諦めが悪い。


「っ…………はぁ」

耳に痛いほどの静寂の中。
熱に浮かされるように息を吐いた。
沈む血だまりすら消えた薄暗い放送室の中、私は独り立ち尽くす。

鈴原涼子は顔見知りである大日輪月乃を殺害した。
何の罪もない、何の恨みもない相手を、何の容赦もなく。

なんて人でなし。
改めて最低な自分を認識する。

それはいい。
最初から分かっていた事だ。

何より心を打ちのめしたのは彼女の在り方だった。
月乃は最期まで誰かのために希望を歌うアイドルだった。
自分との違いをまざまざ突き付けられたようだ。

だが、自分には落ち込む資格すらない。
優勝して、彼女たちを蘇らせること。
それだけが最低な己に出来る滅私奉公。
罪を償う唯一の方法だろう。

もう後戻りはできない。
失ったモノ。
もう取り戻せないモノ。
それでもなお、諦めきれないモノ。
その全てのために、歯を食いしばって立ち上がる。

ずっとそうやってきた。
内部がどれだけボロボロだろうと、辛かろうと、苦しかろうとも。
夢のために覚悟と言う名の外骨格を纏って体を動かしてきた。

だから、大丈夫だ。
最後まできっと戦える。
地獄に行くのはその後だ。

改めて動き出そうとして、そう言えば電子妖精が何か騒いでいたことを思い出す。
まともに話を聞ける精神状態ではなかったためキャンセルしたが何の要件だったのか。
このまま無視してもよかったが、まかりなりにも運営側の存在だ、何か聞き逃すと致命的な情報である可能性もあった。
仕方なしに、シェリンを呼び出して問いかける。

「……さっき何か言っていたようだけど、何の用?」
『はい、改めまして、あなたのシェリンです。
 あなたは3名の勇者を殺害しましたので【強者】と認定されました。
 ボーナスを選択できます。以下のボーナスの中から選択してください』

  • GP100pt
  • 専用装備
  • ゲームヒント

目の前に三つの選択肢が提示される。
ボーナスの獲得。力の足りない現状を思えば渡りに船の提案だ。
僅かに思考を巡らせ、選択肢を選ぶ。

「――――専用装備をちょうだい」

選択したのは専用装備だった。
情報を得るためのGPはもう必要ない。

これから為すべき事は探す事でも護る事でもなく、殺す事である。
そのために必要なのは戦う力だ。
その為の武器がいる。

『了解しました。アイテム欄に専用装備を追加しましたのでご確認下さい。
 それでは次は5名殺害の【豪傑】を目指して頑張ってください』

締めの定型文とともに消えるシェリンの言葉はもう耳に入っていなかった。
急く様に送られてきた専用装備を確かめるべくアイテム欄を確認する。

「………………なに、これ」

だが、与えられた専用装備を見て言葉を失う。
与えられたそれは戦場で戦うための武器ではなかった。

遠くからでも目を引くような鮮やかな赤いブーツ。
靴ひもはリボンの様な装飾で飾られ、そのつるりとしたラメの入った表面はライトを照り返すほど綺麗に磨かれている。
動くのに適していない少し高いヒールを支えるのは慣れと見栄。
このシューズで踊るためにアイドルは日々のレッスンを積み重ねている。
それはステージでステップを踏むためのシューズだった。

だが、どうして。
こんな靴を与えられたところで殺し合いの場ではどうしようもない。
専用装備として与えられたアイテムだ、いくらなんてもただの靴な訳がない。
そう考え、改めてアイテム詳細からその効果を確認する。

【スタァステップ】
ステージに幸福のリズムを刻むシューズ。
周囲の応援や仲間との絆を束ねて力にするアイドルとしての力の具現。
1名の応援を得るたび全ステータスを1ランク向上させる、上限は無くSランクすら超えられる。

「ッ…………ぅ」

その説明を読み終えた瞬間、知らず低いうなり声が喉から漏れた。
3人殺さないと貰えない専用装備が、誰かと協力しなければ効果を発揮しないアイテムなんて矛盾している。
今更こんなモノを与えられても何の役にも立たない。

ただ輝くような日々を想起させるだけの、今の自分にお似合いのガラクタだ。
もはや嫌がらせとしか思えない拷問のような責め苦を与えられる。
だが、それも仕方あるまい。
それだけの罪を犯したのだ。

人を殺したこと。
そこに行きたいと思ってしまったこと。
分不相応にも届かない星に手を伸ばしたこと。
憧れてしまったこと、それこそが罪。

その罪を購うためにも、その憧れを踏みつけにする。
私を救った輝く光。
その星々のために、ここに救いを捨てるのだ。


レッスン生として養成所に迎え入れられ、私の日々は変わった。

鬱屈した日々を忘れられるくらい日々は忙しく、それ以上に充実していた。
利江と共にレッスン漬けの日々。精も根も自分の全てを懸けられる場所があるというのは私にとっては幸福だった。
嫌なことなど考える暇もない、そんな余分は私にはなかった。
ただ夢だけを見つめて一心不乱に走るだけでいい。

だが、そんな幸福な時間も最初だけだった。
レッスン生のまま芽の出ることもなく1年が経とうとする頃には、気持ちは喜びよりも焦りに変わっていた。

自分には何が足りないのか。
デビューするためには何をすればいいのか。
アイドルになれなかったら、どうしたらいいのか。
その頃は毎日そんな事ばかり考えていた。

そんな時だった、レッスン生の中からユニットを立ち上げるという話が持ちあがったのは。
デビューは半年後。
事務所も力を入れたプロジェクトらしくしっかりと準備を整え、ライブと共にデビューするという話だった。

私はそのメンバーに選ばれるために、それこそ血が滲むほどの努力を重ねた。
これまで以上に必死にレッスンとアピールを続け、己の全てをそこに捧げた。

その甲斐あってか利江と共に6人のユニットメンバーに選ばれた。
夢にまで見たデビューが決まったそれからの半年は、それこそ夢のようだった。
だから、夢が醒めるとしたならこんな時なのだろう。

「なんていったらいいか…………大事なこの時期に、こんなことになってごめんなさい」

そう言って利江が頭を下げる。
デビューを夢見るレッスン生たちが集うレッスン室に、残っているのは6人だけ。
それは、あの日選ばれたハッピー・ステップ・シックスという名の運命共同体だった6人だ。

念願のデビューが翌月に控えたこの時期になって、利江の脱退が決まった。
少女たちの汗と涙の詰まったレッスン室で最後となる別れの挨拶が行われていた。

彼女が夢をあきらめたのは金銭的な事情である。
父親の借金がいよいよ首が回らなくなってきた。
借金取りが自宅はおろか、事務所やレッスンスタジオにまで押しかけ始めたのだ。

これ以上続ければ事務所やユニットに迷惑が掛かる。
デビューしてから辞めたのでは何かとケチが付く。
そうなる前に、彼女は引き返すことを決断した。
ユニットデビューがリリースされる直前の今がギリギリのタイミングだった。

金銭的な問題など、一山当てれば解決できるのがこの業界だ。
だが、いくらアイドルの需要が高まったアイドル戦国時代とはいえ、スターダムに伸し上がれるのは選ばれた一握りである。

少なくとも数年は下積み。
収支はむしろマイナスがしばらくは続くだろう。
そして、デビューしたところで確実にヒット出来るとも限らない。
むしろレッドオーシャンであるからこそ、頂点に至るのは並大抵の話ではない。

勿論、利江はこのユニットならば頂点に上り詰められると信じている。
だが、夢はいつだって現実に押しつぶされる。
彼女は夢と現実の汽水域で、現実に足を捕まれ引きずり戻されてしまったのだ。

「り、り、利ぃいい江ざぁああぶん、ど、どぅぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぉ」
「な、泣き方が独特すぎる」

由香里は涙と鼻水まみれの顔で泣きわめいて利江の足に縋りついていた。
利江の脱退理由を知っているのは相談を受けていた可憐と親友である涼子だけである。
他のメンバーには家庭の事情とだけしか伝わっておらず、利江の脱退は寝耳に水の事だった。

「どぼじでなんでずがぁ利江ざぁん…………!!」
「…………ゴメンな」
「じぃぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぅ…………おえぇええっ」

困ったような苦笑いを浮かべながら、素直な感情を吐き出す後輩の背中をどうどうと擦る。
曖昧に謝ることしか彼女にはできなかった。

「利江さん。残念です」
「キララ」

最年少のキララは足元で見苦しく泣きじゃくる由香里とは対照的な冷静さでその進退に理解を示した。
子役からの長い業界経験の中で多くの挫折や諦めを見てきたのだろう。
人それぞれ事情があって、どうしようもないものがあることをこの年にして理解していた。

「けど…………」

けれど、鉄仮面が割れるようにその表情が徐々に崩れてゆく。

「やっぱり、さみしいですよぉ………利江さぁん」

表情を崩して利江の胸に跳びついて、年相応の涙を見せた。
由香里の加入はユニット結成の直前である。
半年程度の付き合いだが、これ以上なく濃密な半年だった。
多くの離脱者を見てきたと言っても、ここまで苦楽を共にした仲間の離脱は経験したことがない。
利江は困ったように笑いながら、胸と足元で泣きわめく年少組の頭をなだめるように撫でた。

「ほらほら、そろそろ離れや。利江が困っとるやないか。
 まったく、これじゃどっちが慰められとんのか分からへんな」

その様子を苦笑いしながら見守っていた可憐が縋りつく二人を引き剥がした。
キララは素直に離れたが、由香里はなかなか離れなかったので綱引きみたいな力技になってしまったが。
二人を離して、改めて可憐は利江へと向き直る。

「ま。あっちゅうまに活躍して抜けた事、後悔させたるわ」
「そうだね。後悔させて」

多くは語らず二人は固い握手を交わす。
努めていつも通りの調子で手向けの言葉を贈る可憐の気遣いに、利江もどこか嬉しそうな笑みで応えた。
互いに感傷深そうに見つめ合う二人、その横から白い少女が跳びついてきた。

「リーエ! オワカレは寂シイ寂シイデース。ダカラこそ……ай!」

パシンと景気の良い音を立ててその後頭部が叩かれる。

「こんな時くらい普通にしゃべらんかい」
「ってて。分かったよもう」

頭を擦りながらソーニャがすっと細めた青い瞳で真っ直ぐに利江を捉える。
宝石の様に美しい瞳だと、改めて利江はその瞳に飲み込まれそうになった。

「リエ。一緒にアイドルができなくなるのは残念だけど、元気でね」
「ははっ。ソーニャが普通にしゃべるところ、久しぶりに聞いたよ」
「Горе не море, выпьешь до дна.(悲しみは海ではないから、すっかり飲み干してしまえる)。
 笑って行きましょうリエ。これからも面白いこと見つけたら知らせるから」
「…………お手柔らかにね」

分かっているのかいないのか、ソーニャは二っと笑った。
そしてヒラヒラと手を振ると、あっさりと踵を返す。

「あっさりしとんなぁ」
「別にアイドルじゃなくなっても友達であることには変わりないですからねー。
 音信不通になるわけでもないんだから、いつだって遊びに行けますよ」

電話でもメールでもメッセージアプリでも、今の時代連絡なんていつでもとれる。
ソーニャからすればアイドルであることはそれほど重要な事ではない。

「ぞゔで゙ずよ゙ぉ゙利゙江゙ざぁ゙ん、毎゙日゙連゙絡゙じま゙ずがら゙ね゙ぇ」
「重い彼女かいな……」

騒ぐ由香里に可憐がツッコむ。
そんないつも通りの仲間たちの姿を、もう届かなくなった光を見つめるような、嬉しいとも悲しいともつかない表情で利江は見送る。

「……そうもいかないでしょ。あなた達はこれから大事な時期なんだから、別世界にいっちゃう私なんかに構ってないで集中しないと」

彼女たちには何よりも大事なデビューライブが控えている。
去っていくメンバーなんかに構っている暇はないはずだ。

「それに、私もしばらくバタバタするだろうし、連絡はしばらく取れないかも」
「そう…………なんですね」

それに利江もまた慣れない夜の世界に飛び込んでゆくのだ、どれほどの余裕があるのかわからなかった。
光り輝く世界に飛び立たんとする彼女たちと関わりを続けるのも迷惑になりかねない。

それぞれに別れを惜しみながら言葉を交わし合う。
その間、彼女の親友である涼子は一言も発しなかった。
自らを抱くようにして片腕を引き寄せ、レッスン室の端っこで俯いたまま佇んでいる。
利江と視線を合わさず、堪える様に唇を噛んでいた。

息をするのも苦しい。
まるで水中にでもいるようだ。
あれ程己を生かしたこのレッスン室で、久しく忘れていた生きづらさを感じていた。

「――――涼子」

名前を呼ばれハッとしたように顔を上げる。
それで互いの目が合って、涼子は気まずそうに視線を逸らした。

「辞めちゃう私が言うのは勝手なお願いかもしれないけど。どうか夢をかなえてね」

その言葉に自身を抱きしめる涼子の手の力が強まった。
後がつくほど強く自らの腕を握りしめ、何かを堪えるように唇を噛んで俯く。
怒りとも悲しみともつかない感情で今にも泣きだしそうだった。

「それと…………ごめん。やっぱり、なんでもない」

利江は少しだけばつの悪そうな顔をして何かを呑み込むように微笑んだ。

「それじゃあ、私はそろそろ行くね」

つい長居してしまったが利江は最後の挨拶をしに来ただけである。
名残は惜しいが、いつまでもこうしている訳にもいかない。

最後に情熱を捧げてきたレッスン室を見る。
もう明日からここに来ることはなくなるのだ。
そして、共に青春を懸けた仲間たちを見た。

「じゃあね。ハッピー・ステップ・ファイブのこれからを応援してるから」

自分のいなくなった新しいユニット名を読んだ。
そして一度だけ小さく手を振る。
それが別れ。

涼子は去ってゆくその姿を見つめられず、レッスン室の地面を見ていた。
去って行くのは向こうなのに、まるで取り残されたみたいだった。


「アルアルゥー。この先ドーしマス?」

中央を目指す道すがら。
ソーニャから唐突に投げかけられた問いに、良子は首を傾げた。

「どうするもこうするもなかろう。中央に向かい貴様の盟友を探すのであろう?」

方針はつい先ほど確認したばかりである。
正義と別れたソーニャと良子は、ソーニャの知り合いを探すため人が居そうな中央エリアへと向かっていた。

なにより、ソーニャの知り合いを探しているというのにソーニャ自身がそれを忘れるとはどういうことか。
だが、その返答にソーニャはチッチッチッと左右に指を振る。

「ソーじゃなくてデスネェ。おウチに帰ったらドーしたいかってお話デスヨォ」

彼女たちはここまで生き残ることに精一杯だった。
殺し合いに応じないという方針だけは決めたが、具体的にどうするかという道筋までは立るに至ってはいない。
我道が生きていればまた話は違ったのだろうが、具体的な話が纏まる前に襲撃に合い導き手たる彼を失ったのは大きな痛手だった。
彼の指導を受けたという正義と出会いを得られたのは運命の導きだったのか。

「元の世界への帰還か。よもや異世界召喚であったとはな、ククク、チート能力も頷けるという物」
「異世界? まーネットワークも異世界デスカネ? 兎も角デスネ、正義クンが頑張れば帰れるかもしれまセン」

真剣に脱出を目指す正義と出会って、ようやく道筋が見えてきた。
まだ朧気で霞がかった道筋だが、帰られるかもしれないという希望が生まれ、その先の話題にも花を咲かせることができる。

「そう言うソーニャこそどうするのだ?」
「ソーですね。マズはタケミの伝言をマルシアちゃんに伝えないとデスネ」

丈美からのメールに合った最後の願い。
それを無視するわけにもいかないだろう。

「うむ。そうであったな。しかし……時にマルシアとは何者か?」

丈美と出会った時のソーニャも知ってる風な口ぶりだったが、良子からすれば知らない名前である。
丈美とソーニャの共通の知り合いなんだろうという事くらいは理解できるが、少なくとも日天中学にそんな変わった名前の生徒がいるなんて聞いたことがない。

「清水マルシアちゃんデスヨー! ワタシと同じガッコの子でドル友でもありマスネ」
「ほぅ。つまりは偶像(アイドル)とな? バレーばかりにかまけていると思ったらそのような知り合いが居たとは侮れぬ物よ」

アイドルの知り合いがいるなど、やはり運動部はチャラ付いている。
などと偏見にまみれた納得をする良子。
そんな良子の様子にソーニャはこれ見よがしに大きなため息を付いた。

「アルアル本当にアイドルに興味ないデスよネー、コノ時代に珍しいンじゃないデス?」
「ふっ。我は闇に生きる者、故に光の世界の事情に疎いのも致し方あるまい」
「ツマリは陰キャだから陽キャ文化に馴染みがナイという事デス?」
「ちゃ、ちゃうわい……!!」

アイドルブームとなった今の時代、嫌でも広告などで目につくが。
周囲のクラスメイトがそう言う話題に染まれば染まる程、あえて距離を取っていた。
そう言う意味では図星かもしれない。

「マルシアちゃんは体育会系アイドル『スポーティG's』のバレー担当なんデスネー」
「ニッチすぎる」
「実際のバレーも相当の技前デ、丈美とは勝っタリ負けタリのライバルだったみたいデスヨ」
「成程な。好敵手(ライバル)か」

好敵手とはどのような物語であれ固い絆で結ばれているものである。
最期の言葉を残すのも納得という物だ。

「マルシアちゃんニはワタシが伝言を伝えてオクとして。アルアルは、帰ってヤリたい事とかないんデスカ?」

話題が良子に戻ってきた。
良子が僅かに言葉に詰まる。
帰ってからの事、そんなこれまで想像すらしていなかった未来の事を想う。
日常に戻るには欠けてしまったモノがあった。

「我の盟友はこの地で失われた……あの扉の向こうに彼らはもういないのだな……。
 元の世界に還って我は何をすればよいのだろうな…………」

戻ったところで、あの部室にもう彼らはいない。
明るく振舞っていても、伽藍としてしまった部室を思うと心がきゅっとなてしまう。
他の同好会のメンバーになんと言えばいいのだろう、いつも通りの自分で居られるだろうか。
未来を想えどそんな不安と悲しみばかりが募る。

明るい展望を語るはずが、暗い気持ちになってしまった。
余りにもこの地で失ったものが多すぎる。
それこそ希望を語るのを憚られるほど。

「アルアーーール!!」
「えっ!? な、なに?」

だからこそ希望を語らなくてはならない。
落ち込んでる人がいるのなら笑わせに行く、それがソーニャという少女だ。

「だったらワタシとどこかに遊びに行きましょう」
「元の世界で、ソーニャと我が……!?」

良子が驚きを見せる。
一瞬、嬉しそうに表情をほころばせたが、すぐにそれは冷静なものに変わった。

「言ったであろう我は闇に生きる者。貴様は光の住民、否、光の中心ともいえる偶像。我とは相容れぬ存在よ…………」

奇妙な世界で奇妙な縁でこうしているが、本来であれば関わりすらないような二人だ。
元の世界に戻ればただの女子中学生とアイドル、別世界の住民である。
その言葉にソーニャはうーんと唸り首を傾げる。

「昔、同じような事言われた事がありマスけどワタシにはよくわかんないんデスよネェ」
「む?」
「ダッテ、ワタシたちが生きているのは同じ世界でショウ?」

ソーニャにとっての価値基準は好きか嫌いか。楽しいか楽しくないかである。
生きる世界など一つだけだ。
そんな理由で袂を別ってしまうなど勿体なさすぎる。

「ふっ。それこそが光の世界の者の発想であるのだがな」
「アルアル……」
「ま、まぁ。貴様がそこまで言うのならそうなのやも知れぬな」

そこまで言われては良子も否定する理由もない。
良子だってそうなればいいと思っている。

「ナラ、нет проблем(問題なし)!
 ワタシ、アルアルの事好きデスヨ。もうトックにお友達だと思ってたんデスけど、ワタシだけデス?」
「そんな事……! ……ある訳が無かろう。我も、その、盟友だと思ってお、わっ、わ」

顔を赤らめながらも素直な気持ちを言葉として吐き出す。
その返答に嬉しくなったソーニャは良子に抱き着いた。

「アルアルはドコ遊びに行きたいデスカ?」
「ククク。そうさな、我は甘味を欲しているぞ」
「スイーツデスネ! イイ店知ってマスよ! その後ショッピングにも行きたいデスネ!」
「か、貴様になら我の通う秘密の店も見せてやってもよい」
「楽しみデース! 寄席も見に行きタイデスね!」
「よせ……? よく分からぬがそれもよかろう……!」

一つ口にすれば望みは思いのほか次々と出てきた。
それぞれに未来への展望を語り合う。
それは暖かでささやかな願いばかりだった。

途切れることなく言葉は紡がれていたが、唐突に何か言おうとした良子が僅かに口をもごつかせた。
もじもじと照れくさそうに身をよじって、上目遣いでソーニャの顔色を窺う。

「私……ソーニャのライブを見に行きたい」

意を決したように願いを口にする。
その願いを聞き届けたソーニャは僅かに表情を強張らせ、驚いたように目を見開いた。
その反応に恥ずかしくなって良子は慌てて取り繕う。

「ククク。勘違いするでない! この地で体験した魔宴(サバト)は悪くなかった、もう一度味わってもよいかと思ったまでよ!」

尊大な言葉使いではあるが、ライブが気に入ったからもう一度見に行きたいという素直な感想で余り言い訳になってない。
良子の願いを受けたソーニャは、曖昧に笑って。

「Хм。それは………………ドーデスかねぇ」

珍しく誤魔化すように言葉を濁した。
ソーニャの事だから二つ返事でOKするものだと思っていた良子はその反応に僅かな違和感を感じた。

「それって……」
「あ、見て下さいアルアル! 橋が見えてきマシタヨ!」

だが、その違和感を追求する前にソーニャが前方を指差し声を上げた。
思わず釣られるようにその指の先を見れば、そこに在ったのは島々を結ぶ600~700m程の長さのアーチ橋だった。
ソーニャが橋に向かって走りだす。

「ホラ、アルアル置いて行きマスヨー?」

そう言われては、良子は付いて行くしかなかった。
橋の袂まで二人とも辿り着くと、ソーニャが妙に感傷深そうな顔で口を開く。

「思えばコノ小島カラ離れるのも初めての事デスネ」
「……ククっ。そうだね! ならばこれは新たなる旅立ちの一歩と、言ったところか」

このゲームの開始からこの南東の小島から出る事のなかった二人である
この小島を出ようとしては色々あって引き返しの繰り返しだったが、ようやく外へ出る時が来た。
新た世界に向かって、良子は一歩を踏み出そうとして。

「イケまセン! アルアル!」
「う、わっわ!?」

唐突に後ろから服の袖を引っ張っられた。
転ぶように回って引きずこまれると、橋の影に収められる。

「な、な、な、なに?」
「橋の先、誰か居マス」

緊張感を含んだ張り詰めた声。
言われてそっと顔を出し確認してみれば、確かに橋の逆端に人影が見えた。

向こう側からこちらに渡ろうとしているのだろう。
どこか頼りなく、ふらふらとした足取りだ。
俯き加減であるせいか、ソーニャ達には気づいていない様子である。

「どうするの?」
「様子を見て、ヤバげだったラ引き返しマショウ」
「むぅ。またこの島を出られぬのか」
「ソウならナイよう祈りマショウ」

小声でそんなやり取りをして、黙って相手の出方を窺う。
そして何事もなく相手が橋の中頃にたどり着く。
距離が近づき、ようやく遠くの人影がはっきりとしてきた。

「…………Это」
「ソーニャ?」

何かを呟くと、唐突に物陰からソーニャが飛び出した。
そのまま隠れる事も忘れて橋を上を駆けだす。
驚き戸惑う良子に向けて、振り返りながらソーニャが叫ぶ。

「何やってるンですデスかアルアル!? 行きマスヨ!」
「ど、どっちなのぉ?」

駆け抜ける足取りは跳ねる様だ。
変にハイテンションなのはいつもの事だが、それとは違う色めき立った気配があった。
戸惑いながらも、追いかけない訳にも行かず良子も遅れて走り出した。

「…………リョ………………!」

凄まじい勢いで近づいて来る何者かに気づいたのか。
とぼとぼと歩いていた少女は一瞬驚いたように肩を震わせ顔を上げた。

「リョーーーーコッッ!!」
「!? …………ソーニャ!?」

走ってきたソーニャが飛びつく様にして涼子に抱き着いた。
再会の衝撃に呆けていた涼子は避けることもできず受け止め、勢いに押されて倒れそうになる体を何とか踏みとどまらせた。

ステージみたいな橋の上。
ソーニャにとっては初めての、涼子にとっては幾度目かの、メンバーとの再会を果たした。


デビュー直前になって利江の脱退。
それは当然ながらユニットにとっても大きな痛手だった。

ユニット名はハッピー・ステップ・シックスからハッピー・ステップ・ファイブに改められた。
翌月に迫ったデビューライブの振り付けや立ち位置の修正。
そして何よりユニットの役割を再編しなくてはならない。
そのための緊急会議が間借りした事務所の会議室で執り行われていた。

「ちゅーことでセンターを決めなあかん訳なんやけど」

ホワイトボードを前に議事進行を務める可憐がそう切り出す。
HSSことHSFはリーダーは涼子が、副リーダーは可憐が務めることに決定した。
奇数ユニットであったHSSは涼子と利江が中心を務める予定だったが、利江が抜け奇数ユニットとなってしまったため、早急に明確なセンターを決める必要があった。

「最初に言うておくけど、ウチはパスや。向いとらんわ。そのためにわざわざ進行役買って出たんやからな」

可憐は自分がアイドルとして色物だという自覚はある。
センター向きではないだろう。裏でチームを支える方が向いている。

「まずは候補を上げていこかと思うんやけど、」
「ハイハイ! あたしがいますよぉー!」

言い切る前に元気よく手を上げる少女が一人。
言わずもがな、HSFの切り込み隊長、三条由香里である。

「あんたは実力不足!」
「そ、そんなぁ~!」

だが議長はこれをにべもなく却下する。
却下された立候補者は抗議を行う。

「あたしがダメなら誰ならいいって言うんですかぁん!?」
「アイドルがチンピラみたいな絡みかたすな! あんた以外や!」
「なにそれぇ~! それってキララもいいってことですか!?」
「キララか。まぁ……それはありやろ」
「えぇー! 差別だー贔屓だーぶーぶー」
「それでどないや? キララ」

ブーイングの声を無視してキララへと話を振る。
ユニット結成直前に鳴り物入りで加入した元子役。
誰も名前の売れていないデビュー前の雛の中で、知名度や注目度だけで言えば別格の存在である。
話を振られたキララは考え込む様に腕を組み可愛らしく小首をかしげた。

「うーん。私はセンター向きではないと思いますよ?」
「ほぅ。その心は?」
「センターはユニットの方向性を決定づけるユニットの顔です。私がセンターだとユニット自体が色眼鏡で見られかねません」

良くも悪くもキララはアイドルとしての自己分析ができていた。
元子役がどう見られているか、どう見られるのか、それを客観視するだけの視野を持っている。

「なにより幼いセンターを周囲が盛り立てるという方向性のユニットもありますけど、HSFはそう言う方向性ではないと思います」

役者からアイドルという新たな世界に飛び込んだキララは誰よりも新しい世界で生きる覚悟を持っていた。
アイドルについて研究を重ねて、今となっては一番詳しいくらいの知識量を誇っていた。

「せやなぁ。一応うちらはパフォーマンス重視の実力派ユニットとして売り出していく方針やからな」
「そうですね。その方針から行くと……妥当に行けばソーニャちゃんになるんですかね……?」
「ン? ワタシデス?」

折り紙で変な鶴を作っていた当人はいきなり名前を出されて不思議そうに首を傾げた。

「えぇ……けどソフィアさんですよ? 変人ですよ? 大丈夫なんですかぁ?」
「私も推薦した手前何ですけどぉ、パフォーマンスは問題ないとしても、正直暴走しないか不安ですねぇ」
「そこはあれや、役職につけば責任感がそのうち…………沸いたらええなぁ……」
「ナンカ言いたい放題言われてマス?」

それぞれに好き放題に行ってはいるが、全員がその実力は認めている。
ユニットの中でダンスもボーカルも実力だけならソーニャが一番だ。
パフォーマンスにムラっけがありアドリブに走りがちなどの欠点はあるが、それを補って余りある天才性がある。

「まぁ、色々不安は残るがセンターはソーニャって事でええか?」

議長である可憐が決を採る。
何だかんだ文句を言いながらも、彼女しかいないという空気は最初からあった。
その方向で話がまとまりそうになったところで。

「ダメ。反対よ」

これにリーダーである涼子が難色を示した。

「理由を聞こか?」
「ソーニャは自由にやらせてこそ実力が発揮できるエースタイプよ。センターに縛り付けるべきじゃないわ」
「まぁ、その考えも分からんでもないけど……ほなどないすんねん。流石に奇数ユニットでセンターなしちゅう訳にもいかんへんやろ」

由香里もキララもソーニャもダメとなると、いよいよもって選択肢がなくなってきた。
センターのいないアイドルユニットもあるにはあるが、メンバーが奇数のユニットの場合立ち位置の問題で必然的に必要になる。

「こうなったら、やっぱりあたしが…………!」
「――――――センターも私がやるわ」

由香里の言葉を遮るようにして、涼子が口を開いた。
その意見にホワイトボードの前の可憐が眉を顰める。

「何言うてんねん涼子、リーダーもセンターもなんて気負いすぎやで」
「……別に、リーダーとセンターが兼任なんて珍しくもないでしょ」
「言うたかて、せやけどなぁ……」

確かにそう言うユニットは少なくない。
実力だけなら涼子もそれだけのものがあるだろう。
だが、可憐が不安に思うのは別の所だ。

「そーですよぉ! 涼子さん一人だけリーダーもセンターもなんてズルいですよぉ! あたしもなんか称号とか役職欲しいです!」
「えぇい! 今は黙っとれ。由香里の称号なんてトラブルメーカーで十分や!」
「えぇー!?」

由香里の茶々を適当にあしらいつつ、正面から涼子の目を見据える。

「うちは反対。やっぱりセンターはソーニャに1票や」

視線を逸らすことなくハッキリと反対意見を叩きつける。
睨むような視線がぶつかり合う。

「私は…………涼子ちゃんでいいと思います」
「キララ」

そこに最年少メンバーから賛成票が投じられた。

「実力的にも問題ありませんし、何よりHSFを体現しているのは涼子ちゃんだと思います」

キララは自分にも他人にも厳しい。
彼女なりに誰がベストなのかをシビアに考えた結果だろう。

「あ、ならなら、あたしはあたしに1票で!」

涙ぐましい無効票が投じられ、投票は同票のまま。
話し合いは膠着するかと思われたが、そこに鶴の一声が投じられた。

「ワタシはリョーコでイイと思いマスヨ」

当事者であるソーニャからの1票が入った。

「やっぱりワタシは何時でもСвобода(自由)でありたいデスからネー。センターなんて役充足? デスヨ」
「んな言葉あるかい! まあ言わんとすることは分かるけど」

本人がやりたくないと言っている以上強制する訳にもいかないだろう。
ソーニャが辞退した時点で涼子以外の候補はいなくなった。

言葉に詰まり思わず可憐は周囲に視線を這わすが、そこにいつも助け舟を出してくれた利江の姿はない。
無茶しがちな涼子のブレーキ役がいなくなってしまった、この手の話でソーニャは頼りにならないし、由香里は問題外。
流石に反対意見を投じた最年少のキララに泣きつく訳にもいかない。
可憐は諦めた様に大きくため息を付くと、気持ちを仕切り直した。

「無理やったら無理ってちゃんと言う。約束できるか?」
「もちろんよ」

その即答を不安に思いながら、可憐は議長として意見を取りまとめる。

「ほな。涼子がセンターでええな? 反対意見があるなら今のうちやでぇ!」
「異議なしデース」
「はい。私も涼子ちゃんでいいと思います」
「今はそれでいいですけど、いつかあたしがセンター奪い取るんでそこんとこよろしくお願いしますね!」

こうして新たなセンターが擁立された。
新制ハッピー・ステップ・ファイブはここから活動を始める。


「Было хорошо(よかった)! リョーコが生きテテ、本当にヨカッタ!」
「……うん。ソーニャもよかった…………」

地獄のような世界で苦楽を共にした仲間との再開。
この世界でこれ以上の喜びはないだろう。

だが、喜びの感情を爆発させるソーニャと違って、涼子は喜ぶこともできず複雑な表情を滲ませていた。
あれほど探し求めていた相手だったのに、今は出会いたくはなかった。

彼女は殺し合い乗ると決めた。
優勝して、死んでしまったHSFのみんなを蘇らせるのだと、そう誓った直後である。
出会いたくないと思ったとたん出会ってしまうあたり本当にいつだって間が悪い。

「リョーコ。顔色悪いデス、大丈夫デスカ?」

抱き着いていたソーニャが心配そうに顔を覗きこむ。
ソーニャもそれなりに泥に塗れて汚れているが涼子は比べ物にならない程ボロボロだった。
スッと通った鼻筋は折れているのか僅かに歪み赤く腫れていた。

何より右手の五指は欠けており、見ているだけで痛々しい。
戦いに巻き込まれたのは一度や二度じゃないのだろう。
地獄を見たように暗く沈んだような眼が多くを物語っていた。

「……ごめん……ごめんなさい!」
「どうしマシた……?」

顔を蒼くして突然謝りだした涼子にソーニャは戸惑いながら、宥めるように詳細を訪ねる。

「みんなの事…………」

その言葉だけで全てが伝わった。
定時メールによって共有された何よりも大切なHSFメンバーの死。
生き残った二人だけがこの世界で唯一その傷を共有でき互いの傷を慮る事の出来る存在だった。

「けど、それはリョーコが謝る事ではないデスヨ…………」

それはリーダーとしての責任感からの謝罪なのだろう。
だが、この殺し合いの場においてまで感じる事ではない。

「……違う。違うのッ! 私、みんなに出会えたの!!
 出会えたのに、誰も助けられなかった…………ッ!」

言い訳とも謝罪ともつかない言葉が口から溢れだす。
出会う事も出来ずただ死を知らされただけではない。
可憐にも利江にも由香里にも彼女は出会った。
出会ったのに助けることもできず見殺しする事しかできなかった。

「それは……ソウだとしてもドウしようもない事デス」

本当にどうしようもない話だ。
ただの少女が過酷な殺し合いの中でどれほどの事が出来ると言うのか。
何より関わることすらできなかったソーニャに彼女を責める資格などない。
出来ることなど、互いに慰め合う事しかなかった。

「まるで……神風の如き……疾走よな……」

そこに僅かに遅れて息を切らしながら良子が追いついてきた。
ソーニャは良子へと向き直り、沈んでいた表情をパッと切り替える。

「アルアル! 紹介しマス、コチラは…………!」
「くくっ。その顔を見れば言わずとも分かるという物、探し人たる前世の盟友であろう」
「Да! ワタシの所属するアイドルユニットのリーダーであるリョーコデス!!」

ババーンと自慢のリーダーを紹介をするソーニャ。
良子は大仰しい妙な語り口とは対照的に淑やかにペコリと会釈した。

「リョーコ。コチラはアルアル。こちらで出来たお友達デース」
「否ッ! 我はアルアルではない!! †黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†である!!
 黄昏の堕天使、若しくは深淵を識る者と呼ぶが良い……」
「初耳デスネその異名。あ、本名はアリマヨシコちゃんなのでヨシコちゃんでいいと思いマスヨ」
「や、やめてぇ」

気さくなやり取りをする二人の様子を涼子は何処か冷めた瞳でみつめていた。

「…………個性的なお友達のようね。随分と仲がよさそうだけど」
「アルアルとはこのゲームが始まってカラずっと一緒にいマスからネ」
「ずっと一緒……ね。あなた達はこの殺し合いでこれまでどうしていたの?」
「ソーデスネ。ワタシたちも一言で言うには難しいくらいイロイロあったのデスケドー」

この地獄で平穏に過ごせたものなどいないだろう。
ソーニャとて、涼子ほどではないがそれなりの修羅場は潜った。

だがソーニャは性格上、暗い話題は口にしたがらない。
そう言った感情は表に出さず、相手も自分も楽しくなるよう振る舞う少女である。
だからこそ不要な事は口にせず、一番大な事をいつもの調子で明るく切り出した。

「ナント! ココから脱出できるかもしれマセン!」

明るい未来の希望を語るようなソーニャの言葉。
涼子が怪訝そうに眉を顰めた。

「…………脱出?」
「Да! 一緒に行動してマセンが正義クンって脱出を目指してる人がいるのデス!」
「うむ。我が盟友――正義(ジャスティス)――が示した殺戮の道以外を示す箱舟よ」

どこか誇らしげに良子が続ける。
殺し合い以外の結末を提示する選択肢。
まともな人間であれば誰にとっても希望となる話である。

「そん、な…………」

だが、これを聞いた涼子は目を見開き、あってはならない事を聞いたような反応を示した。
その反応が何を示すのか、他人にわかろうはずもない。

「くくく。驚天動地の情報に驚愕しているようだなぁ!」
「マァ、道筋を作ったノは殆ど正義クンデスけどネー」
「わ、我もそれなりに知恵を齎したであろう」

すっかり定番になったやり取りを行う横で、涼子は青ざめた顔で押し黙ったままだった。
その様子を見て、流石に何かおかしいと二人も気づき始めた。

「……リョーコ? 顔色が良くないデスヨ。ヤッパリ傷が痛みマスデスか?」

五指の欠損を筆頭に涼子の傷は深い。
ひょっとしたら立っているのもつらい状態なのかもしれない。
ソーニャの気遣いを聞いて良子はそう思い至った。

「見るに堪えぬ傷よな。これは癒しの呪を籠めた聖骸布よ、せめて痛みを癒すがよい」

そう言って自らの指に巻いていた治療包帯を解いた。
ヴィラスに噛まれた指の傷もこの包帯の効果で大よそ完治した。
完全に欠落した指までは治らないだろうが、痛みを和らげる程度の回復は見込めるだろう。

包帯を手渡すべく良子が涼子に近づく。
それを受け取るべく、涼子もまた良子に向かって手を伸ばした。

「え…………?」

だが、伸ばされた涼子の手は包帯を受け取らず、そのままスッと通り過ぎた。
その左手にはアイテム欄から取り出したナイフが握られていた。


「伝説に挑みましょう!!」

ゴールデンタイムに放送される音楽番組の収録を控えた楽屋の一室で唐突に由香里がそう切り出した。

HSFがデビューしてからもうじき1年が経とうとしていた。
デビューライブはそれなりに成功を収めHSFは新人アイドルとしては順調な滑り出しができたと言えるだろう。

それでも簡単に伸し上がれないのが今のアイドル戦国時代だ。
それからは堅実に地方営業やCDリリースを繰り返し、モデルやグラビア活動、ドラマの端役などにも積極的に挑んでいった。
そして小さな地下ライブからコンサート、ツアーと地道なステップアップを続け、その成果が先日ようやく実った。
ついにHSFはアイドルランキング総合10位にまで上り詰めたのだ。

いまやアイドルランキングはアイドルのみならずテレビ局や大企業を巻き込んだ一大プロジェクトとなっている。
ランキングはただの見せかけだけではなく上位には様々な大きな恩恵が齎される。
コンサート会場の差し押さえ優先権、大型音楽番組の出演権。大手企業とのタイアップ。
そう言った様々な恩恵が受けられアイドル達が上位を目指すモチベーションとなっていた。
こうしてユニット単独の楽屋が用意されているのもその一つだ。

そして由香里が騒ぎ出すのはいつもの事だが、今日のいつもの無意味なモノとは叫びは違っていた。
それはトップ10のみに許された特別ルール。

『アイドルバトル』

トップ10アイドル同士の直接対決を言う正しく一大イベント。
下位アイドルが挑戦権を持ち上位のアイドルを対戦相手を指定できる。
勝利すれば相手のアイドルランクを直接奪い取れる下剋上ルールである。
挑戦者が敗北した場合トップ10から除外され、一カ月の間アイドル活動を制限される。

無論、対戦には挑戦を受けた上位アイドルの同意が必要となるが。
挑戦状を送られたことはメディアによって大々的に告知され、断ればバッシングを受けかねない。

人気アイドル同士のぶつかり合い、それだけでも盛り上がらないはずがない。
その高いリスクも相まってファンの応援にも狂気的な熱が入り、興行的にも凄まじい盛り上がりを生むのである。
そして、トップ10入りしたHSFもその挑戦権を得たと言う事だ。

「と、言う訳で――――アイドルバトルでレイさんに挑みまっしょうッ!」

秋葉レイ。

アイドルランキングを作り上げたアイドルブームの仕掛け人にして火付け役、業界のフィクサー秋原光哉の実娘にして秘蔵っ子。
アイドルランキング発足から今に至るまで不動の1位というアイドル界の絶対王者。

13歳で映画主演と共に主題歌も担当するという鮮烈なデビューを果たすと、一瞬でスターダムにのし上がった。
その背景には父である秋原光哉の集めた最高のスタッフや的確で効果的なプロモーションがあったのは確かだろう。
だが、彼女に対して親の七光りなどという陰口を叩く者がいたのならば、それは自分の見る目のなさを告白しているような物である。

アイドルとは正しく彼女の事を差す。
アイドルブームは彼女を中心に巻き起こったと言っても過言ではない。
事実として仕掛け人たる秋原光哉が彼女をブームの中心に据えていたのは間違いないだろう。

その高い実力は幼少の頃から叩き込まれた英才教育によって裏打ちされた技術に支えられている。
美しい容姿は時に愛らしく、時に美しく、時に艶やかに、その魅せ方を誰よりも理解していた。
環境、才能、努力。その全てが彼女と言う宝石を磨き上げ、他を寄せ付けぬ高みにその星を押し上げた。

その輝きは多くの者を魅了した。
彼女を見てアイドルを目指したという少女は少なくない。
他ならぬ涼子もそうだった。

孤児院で見た一筋の、だが眩いばかりの光。
週に一度、1時間だけ許された娯楽の時間。
ボロボロの談話室で、時代遅れの小さなテレビの中で光り輝いていたトップスタァ。
泥の中で、その光に憧れた。

「ここで一発勝っちゃえば世間の話題をHSFが掻っ攫えますよ!」
「そらろうやろ……それが出来んから伝説やちゅうねん」

常勝無敗。
彼女は王者として何度も挑戦者を退けてきた。
そのあまりに圧倒的な強さに、挑むモノも久しくいなくなる程に。

「けど、由香里ちゃんの思い付きにしては悪くないかもしれないですね」
「そうそう、ってなにおー!?」

噛み付いて来る先輩アイドルを無視して元子役アイドルは続ける。

「久しぶりのレイさんのアイドルバトルとなれば注目度はかなりのものですから挑戦するだけでHSFの認知度は確実に上昇します。
 仮に負けるにしてもレイさんと同じ舞台に立てるなんて、確実にいい経験になりますよ」
「そう言う考え方もあるか。まあトップアイドルと競演できるちゅうのは、正直魅力的やなぁ」
「король(王者)との戦いナンテ楽しそうデース! 燃えマス!!」

メンバーは挑戦に向かって盛り上がりを見せていた。
秋葉レイはアイドルならば誰にとっても憧れの存在だ、理由は様々だが競演は望むところである。

「ダメよ、今はまだ地道に積み重ねていく時期だわ。リスクの高い方法を取るべきじゃない」

だが、この盛り上がりに水を差す言葉が差し込まれた。
その言葉はリーダーである涼子からだ。
彼女だけがアイドルバトルに否定的だった。

「えぇ~。一カ月くらいいいじゃないですかぁ」
「くらいという言い方はどうかと思いますけど、私もリスクを天秤にかけてもメリットのある話だとおもいますよ?」

実の所、一カ月のペナルティはそれほどの痛手ではない。
表立った活動ができないと言うだけで、水面下で次の楽曲の準備やレッスンは進められる。
ペナルティ明けに復帰イベントを重ねるなんて事も常套手段だ。
ツアー中などなら支障は出るだろうが、挑戦の時期を調整すればいいだけの話である。
ペナルティと言う制度はリスクをちらつかせて興行を盛り上げるためという側面が強い。

「私達は良くてもファンの事を考えなくちゃダメよ」
「うっ。それは…………」

水面下の活動は許されても、メディアへの露出は禁止される。
ファンからすれば推しが一カ月見れないと言うのは辛い事だろう。
アイドルとしてはファンを考えろと言われては頷くしかない。

「はいはい。リーダーもこう言うとるんやしこの話題はここまで。そろそろ収録始まるでぇ準備しぃや」

パンパンと手を叩いて可憐が話を締めくくる。
はーいと不満混じりの声ながら返事を返して、由香里たちも話題を切り上げた。

収録の準備に取り掛かるメンバーの背を見ながら涼子は息を吐いた。
今、挑んだところで負けるだけだ、メンバーだってその前提で話していた。

挑むのは実力を積み重ねてからでも遅くはない。
今は無理でも、実力を積み重ねていけば、いつか伝説にだって勝てる日が来る。
自分一人では無理でもHSFならば、いつか。
そう言い訳みたいに自分の中で繰り返した。

だが、そのいつかは永遠に来ることはなかった。
それから程なくしてアイドル界に震撼が奔った。

秋葉レイ敗れる。

その一大ニュースは日本国内は愚か海外にまで轟き世界中を揺るがした。
勝利したのは私達と同じ新人アイドル――――美空ひかり。
彼女はトップ10入りするやいなや、勇猛にも伝説に挑みそして勝利した。
敗れた秋葉レイは引退を表明。10年間のアイドル人生に幕を下ろし、普通の女の子に戻ったのだった。

何時だって後悔ばかりだ。
秋葉レイの引退によって憧れに挑み、同じ舞台に立つ機会は永遠に失われた。
自分だけの後悔なら諦めもついたが、みんなからその機会を奪ったのは私だ。

私は挑まなかった。
私だけが挑めなかった。

私はずっと恐ろしかった。
ファンのためなんて大嘘だ。
私は自分のために挑戦から逃げたのだ。
負けるのが怖かったのだ。

そう、私は怖かった。
HSFじゃない自分に戻ることが。
アイドルでいられなくなる時間があることが。
何者でもない私に戻ることが、何よりも恐ろしかったのだ。

まるで止まれば死ぬ回遊魚みたいだ。
アイドルは私を生かした。
だったらアイドルでない私はどうなるのだろう。
そんな不安がずっと私の中に付きまとっていた。


「え…………?」

無防備な良子の胸に向かって凶刃が突き出される。
胸に突き刺さらんとしたその刃はしかし、横合いから割り込んだ白い腕によって弾かれた。
軌道を逸れた刃先は肩口を僅かに掠めるに止まる。
その瞬間、動いていたのは2人ではなく3人だった。

「…………ッ!」
「ちっ……!」

刃を空ぶり勢いを余らせた背を、すれ違いざまにトンと押される。
たたらを踏みながら数歩進んで、倒れないようにバランスを取った所でようやく止まった。

その裏で、切りつけられた良子がその場に膝を付いた。
かすり傷程度の大した傷ではないが、どういう訳か上手く立っていられず意識が揺れた。

「アルアルッ!?」
「……ら、らりろーる」

大丈夫だと言おうとしたが、上手くろれつが回らない。
異変を察しステータスを確認するとどうやら毒を喰らったようだ。
かすり傷だったおかげか目眩程度のモノだが、すぐには動けそうにない。

ソーニャは渡ることのなかった包帯を良子の手から抜き取ると、腕の傷口に巻きなおした。
回復促進を促す効果がある包帯だ、状態異常もいずれ回復するだろう。
ソーニャは支えていた良子の身をゆっくりと下ろし橋の端に座らせると、立ち上がり良子に背を向けた。

「アルアルはソコで休んでて下さい。
 チョット、ワタシは話をしないといけないので」

見上げた良子に見えるのは覚悟を背負った背中だけだった。
どんな顔をしているのか、それは対峙している少女にしかわからないだろう。

「……ずいぶんと、いい反応じゃない。まるで私がそうするって分ってるみたいに」

ソーニャが優れた反射神経を持っているとはいえ、今のは攻撃が来ると理解していなければできない反応である。
それが意味するところはつまり、ソーニャはこの事態を想定していたと言う事だ。

「……リョーコの様子がおかしかったからね。
 まともな状況じゃないし、そりゃあ……色々あったから精神的に参ってるだけかと思ったけど」

完全に想定していた訳ではない。
ただ、いくつか考えうる可能性の中で、最悪の予感が当たってしまったというだけだ。
当たったところでまったく喜べるようなものではないのだが。

「相変わらず、周りを見てないようでよく見ているのね。いつもの外人喋りはやめたの?」
「そうね。そんな場面じゃなさそうだから。真面目な場面でふざけてると可憐に叱られちゃうわ」

もういなくなった少女の名に、互いに複雑そうな面持ちで沈黙する。
同じユニットの仲間と互いに睨み合いながら、こんなことをしていると知ればきっと悲しんだだろう。

「それで? こんな状況で自棄にでもなった? あなたがそんなに弱い人だとは思わなかったけど」
「違う。自棄になんてなっていないわ。出来る事をやっているだけ」
「生き残るためにアルアルを、自分を助けようとしてくれた女の子を殺そうとすることがアナタのできる事?」

たった一人の生き残りを競う殺し合い。
生き残るためには他の人間を全て殺さなくてはならない。
彼女がそうまでして生き残りたいというのなら、納得は出来ずとも理解はできる。

人間の本性なんていざとなるまで分からないものだ。
友人がそんな人間だったことは残念ではあるが、そういう事もあるだろう。

「自分だけが生き残りたい、なんて考えてないよ」

だが、涼子の返答はその推測と違った。
何か別の、強い意志を持っているような固い口調だった。

「だったらどうして?」

その意思を問う。
生き残りたいのでなければ、人を殺すに値するどれだけの大義があるのか。
問われた涼子は僅かに息を呑むと、決意を口にするように重々しく口を開いた。

「……優勝するためだよ」
「同じことでしょう? どう違うの?」

生き残る事と優勝する事。
その違いがソーニャには分からなかった。
そんなソーニャに対して涼子は続ける。

「優勝すれば、みんなが蘇るんだよ…………!」

余りにも荒唐無稽な発言に、ソーニャは形のいい眉を寄せて訝しむ。

「…………何を言ってるの?」

辛いことが重なりすぎておかしくなってしまったのか、一瞬そう思ってしまった。
むしろ、そうだった方がよかったのかもしれない。
だが、暗い光を放つ涼子の瞳は真剣そのものだ。

「シェリンに聞いたの……優勝賞品である『Pushuke』を使えば死んだ人間を蘇らせることができるんだって。
 死んでいった人たちの魂を再現すれば、死人も蘇るんだって……ッ!!
 HSFのみんなだけじゃない。その子だって、他のみんなだって! 死んだ人間が蘇るんだよ!?」

言葉にするたび、涼子の熱が狂気を帯びてゆく。
それを見るソーニャの視線は冷ややかだった。
まるでオカルトに染まってしまった身内を見る心境である。

「だから、そのために他のヒト達をみんな殺すって?」

氷のように冷たい声。
鋭く胸を抉るようなその指摘に涼子が息を飲んだ。
倒そうになる自分をグッと堪えるように拳を握ると、止まっていた塊のような息を吐く。

「そう、そうだよ…………! そうすれば……みんな助かるんだから――――!!
 だから、脱出なんてさせる訳にはいかない、優勝しなければいけないんだから」

脱出などと言うルールを無視した横紙破りでは優勝賞品は望めない。
だから脱出しようというプランは排除しなくてはならなかった。

「だから、アルアルを殺そうとしたの?」
「そうよ! それでみんなが助かるんだから、その子だって蘇る!」

口にするたび胸に圧し掛かる重さに負けぬよう涼子は捲し立てる。
興奮から息を切らした涼子がぐっと息を呑み、努めて冷静なトーンで続ける。

「だから、ソーニャも……協力して」

その一言に重い沈黙が落ちる。
凍り付いたような空気のなか、視線と視線だけが熱い熱を帯びていた。
その沈黙を打ち破るように、青い瞳の少女はハッキリとした声で意思を示した。

「悪いけど。ワタシは人殺しの手伝いになんかに手を貸せない」

真正面からの拒絶の声。
否定を受けた少女は静かに首を振った。

「……違うわ。人殺しに手を貸せって話じゃない。
 だた、私のしようとしている事を理解してくれるだけでいいの」

発言の意味を掴みかねてソーニャが怪訝そうに目を細めた。
その反応に構わず、涼子は続ける。

「私じゃなくても最後にみんなを蘇らせてくれる人が生き残るならそれでいいの。
 ソーニャは脱出という考えさえ捨てて生き残ってくれるだけでいい。それなら最後にあなたか私が生き残れば、それでもよくなる」

最後にみんなを生き返らせる。
その意思を持っているなら優勝者は涼子じゃなくてもいい。
むしろその手は多い方が可能性は高まる。

「ちなみに、最後にワタシとあなたの二人が生き残ったらどうするつもり?」
「その時は――――私が死ぬわ」

その言葉にひりつくような緊張が奔る。
それは口だけの言葉ではないだろう。
彼女にはそれだけの覚悟がある。

「だから見逃せって? そもそも優勝すれば死人が蘇るって話からして疑わしいわ。シェリンが嘘をついているのかもしれないでしょ?」
「ただ聞いた訳じゃないわ。GPを支払って質問したんだから間違いないのよ」
「だから、それが本当だとは限らないと言っているのよ」
「シェリンがこんな嘘をついて何になるの?」
「殺し合いをさせたいんだから嘘くらいつくでしょ。実際その話に乗せられたアナタが殺し合いに乗ろうとしている」

痛いところを付かれたのか涼子はすぐには言葉を返せなかった。
その様子にソーニャは大きくため息をつき、追い打ちをかける様に続ける。

「ワタシはこんなことをやるような奴らの言う事なんて信じられないし、そんな話信じる方がどうかしてる。
 なにより、ワタシは死人が蘇るなんて、そんな夢物語は信じられない」

死者は蘇らない。
そんなのは当たり前の事だ。

「……信じられないか、そうね。けど、それ以上に私は……」

苦しそうに息を吐いて、重い視線を落とす。
涼子だってわかっていない訳じゃない。
それ以上に、ただ。

「…………私は、みんなが死んでしまったことの方が信じられないよ」

橋の上を強い風が吹き抜ける。
嘘と言うのならすべてが嘘のようだった。

「……そうだね」

ソーニャにだって、その気持ちは痛いほどにわかる。
現実ではない電脳世界に連れてこられて、いきなり殺し合いを強いられる。
そんな訳の分からない事に巻き込まれて、大切な仲間を永遠に失ってしまうなんてそれこそ冗談みたいだ。
本当に、冗談だったらよかったのに。

「だけど、現実だよ。それはリョーコが一番よくわかってるんじゃないの?」

仲間の死をメールで知っただけのソーニャと違い、涼子は目の前で多くの死を見た。
どれだけ理不尽だろうと非現実的だろうと現実は変わらない。
悲しむのもいい、怒り狂うのもいいだろう。
だが、それを認められないのはただの現実逃避だ。

「結局、死人が生き返るなんて話は、リョーコがそう思いたいだけなんじゃないの?」

確信を突くようなその言葉に、涼子がギリと奥歯を噛みしめた。
キッと視線を強めて白い少女を睨みつける。

「人の事ばかり言ってるけどソーニャだって!
 殺し合いを拒否して脱出なんて、それこそ夢物語でしょう……!?」
「そーかもね。けど、同じ夢なら綺麗な方に賭けたいじゃない。それがアイドルでしょう?」

その言葉に気圧された様に後ずさり、涼子はいやいやをするように首を振る。
そんな言葉は聞きたくない。

「やめてッ! やめてよっ! ソーニャの癖にアイドルだからなんて言わないでよ!」
「いつだってアイドルらしく在れ。リョーコの受け売りでしょ?
 そんなアナタがアイドルを投げ出してる。ワタシはそれが気に喰わない」
「……ッ!」

ソーニャはアイドルらしくなんて事を気にせず好きなようにやってきた。
そんなソーニャを口酸っぱく窘めていたのが涼子である。
ソーニャがアイドルらしさを口にして、いつもアイドルらしく在ろうとしていたはずの涼子がアイドルを投げ出している。
これではいつもと立場が逆だった。

「もういいッ! ソーニャに分かって貰えなくても、いい……ッ! 私は私でそうするだけだから…………ッ!」
「リョーコの頑固者……! これだけ言っても分からないの!?」
「私が頑固なんじゃなくてソーニャが移り気なだけでしょ! 私は私のすべきことをやるだけよ……ッ!」

二人の主張はどこまで行っても平行線だ。
あれだけ一つの目標に向かって共に切磋琢磨していた二人だったのに。

「だから、死者が蘇るなんて怪しい話に跳びつくのがアナタのすべき事なのかって言ってるのよ!」
「わかってるよッ!! 嘘かもしれない、蘇らないかもしれない。
 ……けど、本当かもしれないじゃないッ! 私がそう思いたいだけ? その通りだよ!
 少しでも可能性があるのなら、それに懸けるべきでしょう!?」

涼子だって、盲目的にその話を信じている訳じゃない。
だけど、何もしなければ失われたままで終わってしまう。
取り戻せる可能性が少しでもあるのなら何でもすべきだ。

彼女にとってHSFはこんな訳の分からないことで失われていいものではない。
蜘蛛の糸のような細い希望だろうと、そこに縋りつくしかないのだ。

「そのために、人を殺すことになっても?」
「…………ッ」

涼子は胸の真ん中を撃たれたように胸を抑えて僅かに唸った。
時が止まったような数秒の間の後。

「…………そうだよ」

殺意を肯定する。
口元には、どこか開き直ったような卑屈な笑みが張り付いていた。

「そんなのワタシが見過ごせると思う?」
「もう手遅れよ…………私の手はとっくに血に塗れている」

少女は己が罪を告白しながら、見せつける様に指の欠けた震える手を差し出した。

「沢山の人を殺したわ。最初に出会った神在さんに、名前も知らない誰かに、学友だった月乃さんだって……」

自分の叶えたい夢のために、彼女は罪人も罪のない人も分け隔てなく殺した。
与えられた血の様に赤い靴は罪の証に他ならない。

「ツキノを……」

正義が安否を気にしていた月乃がまさか涼子に殺されていたとは。
その思いもよらぬ事実にソーニャは沈痛な面持ちで目を細める。

「だから、もう何人殺しても一緒だって?」
「そうよ……! 私の手はもう汚れてる。だからッ! ……もう優勝するしかないの、そうじゃなければいけないのよッ!
 そうしないと誰も救われないじゃない…………!」

そうでなくてはならない。
その血を吐くような叫びに、ソーニャは憐れむような瞳で変わり果てた少女の変わらぬ業を見た。
罪悪感と責任感でぐちゃぐちゃだった。
彼女は己が罪を購うために罪を重ねようとしているのか。

「そんなことをしたところで誰かが救われる事はないわ。
 なにより――――あなたは救われない」

憐れむような悲しい瞳が捉える。
その救いの中には自分自身が含まれていない。

「私は救われたいわけじゃない。
 ただ、私は……みんなには生きて……生きて、アイドルを続けていて欲しいから」

ソーニャはそこで耳慣れた、奇妙な言葉を聞いた。

「アイドルを…………?」
「ええ、人を殺してしまった私はもう、アイドルではいられないけれど。
 だからこそ、みんなにはアイドルで居続けてほしい。
 その為なら、私はなんだって、何だってするわ…………ッ!」

暗い決意を口にする。
それだけがどうしようもなく終わってしまった彼女の願い。

アイドルに囚われた少女は、今も囚われ続けていた。
彼女の夢は終わってしまったけれど。
HSFが彼女の夢になったのだ。
去っていく少女の気持ちが今になってわかった。

星は見上げて眺めるモノ。
星になろうなど最初からおこがましい願いだったのだ。
自分のいない世界で、それでも続くものがあるのなら、こんなに嬉しいことはない。

「私はもうアイドルじゃない。最低で最悪な人殺しよ。
 その最悪さで、みんなを救えるんなら それは素晴らしいことでしょうッ!?」

パチン、と頬を張る音が響いた。
切れた唇から一筋の血が落ちた。
激高し僅かに息を切らしたソーニャが、頬を打たれ俯く涼子を睨みつける。

「バカにしないでよ……ッッ!!」

ソーニャが表情を歪めて怒鳴りつける。

「責任も汚れ仕事も全部アンタに押し付けて、ワタシたちが楽しく歌って踊っていられる訳がないでしょ!?
 そんなモノを積み重ねた先のステージで楽しくなんてやるわけがないじゃないッ!!」

仮に全ての死をなかったことにできたとしても、死体を積み重ねた先にある舞台など願い下げだ。
ステージに続く道は血塗られすぎている。
ネバついた赤い血が張り付いたシューズでは誰かを幸福にするステップは踏めず。
死体を積み重ねたステージではアイドルは光り輝くことなどできるはずもない。
そんな場所では楽しくなど踊れない。

「なにより人を殺した人間にアイドルの資格がないのなら、ワタシにだってないわ」
「え…………」

強い風が吹き荒ぶ橋の上。
掻き消されることなく、息を飲む音が聞こえた。

「ワタシも、カレンを殺した奴らを殺したわ」
「そ、んな…………」

罪の告白に涼子の瞳が驚愕と絶望に沈んだ。
その脳裏に無表情のまま可憐を撃った男の姿が目に浮かぶ。

アイドルは可憐で白く美しい。
だから、穢れているのは自分だけだと思っていた。
だがその実、ソーニャも同じ業を背負っていた。

「その事に後悔はないの。けれど血で汚れたワタシもステージに立つ資格はない。そうでしょう?」

常識や倫理から外れたこの世界でどれほどの罪になるのかは分からないが。
ステージを降りる覚悟だけ決めていた。
誰かのために踊るには血で汚れすぎている。

「ダメよ! そんなのはダメッ! ソーニャがいないHSFなんて」

その自由さを羨ましく思いながらも、目を逸らせなかった本物の天才。
ソーニャが抜けてはHSFは成り立たない。
ソーニャがアイドルでなくなるなんてダメだ。

「そうね。誰が抜けてもダメだった」

キララだって、由香里だって、可憐だって、誰が抜けたってハッピー・ステップ・ファイブは成り立たない。
ハッピー・ステップ・シックスと利江が抜けたハッピー・ステップ・ファイブが別の物だったように。
誰一人として欠けてはならない特別だったのに。

「それはアナタも同じだってこと、いい加減気づきなさい」
「私なんて、そんな…………」
「リョーコは自分が愛されている自覚がさすぎるのよ。そう言う所がキライだわ」

自分が嫌いで、だからこそ少しでもマシな自分になろうと憧れに手を伸ばし続ける。
そんなあなただから、みんなその背を追いかけてきた。
ソーニャがどれだけ自由に振舞っていても道を見失わなかったのはその背中を道しるべにしていたからだ。

懸命に上を目指すその背中についてゆく、HSFはそんなユニットだった
彼女が真ん中で、欠かす事の出来ない存在だったのに。

そんな当たり前の事実に。
どうして本人だけが気付かなかったのか。

「ワタシはこんなだからさ、アイドルに人生全てを懸けられたアナタの事を心の底から尊敬していた」
「そんな事……今更、言わないでよ」

アイドルをやっていた頃には一度も聞いたことのない本音。
涼子は今にも泣き出しそうな表情で複雑な感情を滲ませる。

自由奔放な天才は凡人の足掻きなど歯牙にもかけていないとそう思っていたから。
そんな風に思われているなど夢にも思いもしなかった。
終わってしまった彼女に、アイドルでなくなってしまった彼女に贈られるには過ぎた言葉だ。

「ゴメンね。全部背負わせて」

ユニットを背負う重圧や責任。
己が自由であるために責任から逃れた。
それを背負うモノがいることに気づきもせず。

それが彼女を追い詰めた。
押し付けるのではなく、分かち合うべきだったのだ。
それに気づけぬ無邪気さが彼女の罪。

「ワタシも、アイドルは楽しかったよ。
 仲間のみんなと情熱を注ぐステージは心の底から熱くなれた。
 ステージは光り輝いていて、サイリウムの海も、ファンのみんなの声援も今も心に焼き付いている」

今でも目を閉じれば浮かぶ。
光り輝きながら波打つ色とりどりのサイリウムの海。
熱狂を反響させるスタジアムの歓声。
あの光景が心に焼き付いて離れない。

「けどね、ワタシは青春全てを懸けてきたけれど、アナタみたいに人生全ては懸けられない」

涼子は全てをアイドルに捧げてきた、今も別の形でそうしようとしている。
足りないからこそ全てを捧げられた。
ソーニャはそうはなれなかった。
そんな風には生きられない。
なれないからこそ憧れていたのだ。

「アナタは人生全てをHSF(アイドル)に捧げたいのだろうけど、ワタシはそんな自暴自棄には付き合えない」

汚い自分を捧げて綺麗なモノを守ろうとしている。
それが正しいと信じている、いや信じようとしている。

「アイドルがワタシ達を汚すものなら、そんなものいらない」

けれど、そんなのは間違いだ。
ソーニャの憧れた少女は美しく、守ろうとしている理想は血に塗れれている。

「だから、はっきり口にしてあげる」
「…………やめて」

ある種の予感に涼子がその先の言葉を制止する。
だが、ソーニャは口を噤まなかった。
それまで以上に力を込めてハッキリを口にする。

「ハッピー・ステップ・ファイブは――――」
「やめてってば!」

その先を。

「言わないでッッ!!」

「――――もう、終わってるんだって」

制止の叫びも届かず、終わりの言葉は紡がれた。
それはアイドルという呪いを解く言葉だった。
彼女の夢はもう、とっくに終わっていたのだ。

「あぁ…………」

その言葉は涼子を何よりも打ちのめした。
全身の力が抜けそうになる。

聞きたくなどなかった。
他でもない、ただ一人の仲間になった彼女の口から。

空を仰ぐ。
その事実を認めたくはなかった、だから希望に縋った。
それがなくなってしまえば、立てなくなると分かっていたから。

「――――――いいよ」

だが、彼女は踏み止また。
折れて、倒れそうになる体を、自らの力で立て直した。

「それでもいいよ。人殺しでも、アイドルでなくたっていい」

これは単なる彼女の我侭だ。
本当に諦めが悪い。

「――――あなた達には生きていてもらう」

アイドルを続けるための仲間たちは、いつの間にかアイドルよりも大切なものになってきた。
それを失ったまま終われない。
諦めきれない。

殺すしかない。
全てを殺して、全てを蘇らせる。
誰でもない彼女自身の願いのために。

「どうやって? ワタシはアルアルと正義クンと協力してこのバカげたゲームからサヨナラする。
 ゲームはご破算、優勝賞品なんて手に入らないよ。残念だったね」

その決意を挑発するように鼻で笑う。
その薄ら笑いを忌々しいモノ見るような視線で睨み付ける。

「だから、私の邪魔をしないで、ソーニャア!!」
「Очень хорошо!(上等だよ!)
 それが本当に自分が正しいと思うのなら、ワタシを殺して見なさいよ!! リョーコォッ!!」

少女たちが絶叫をぶつけ合う。
己が主張を押し通すために。


どこまでも透明な色素の薄い白い肌、雪のように輝く銀の髪、凍る宝石のような大きな青い瞳。
鼻筋は通り、指先は細く、薄い唇は桜色。
そこにいるだけで人々の目を奪う、雪の妖精のような美貌。
儚げな外見には似つかわしくない無邪気で挑戦的な表情は多くの人々を魅了する。

ああ、こう言う人間がアイドルになるんだろうな、なんて思わせる。そんな少女だった。

特待生としてやってきたソーニャは、アイドル経験はおろかダンスさえも殆ど経験のないずぶの素人だった。
何故、こんな素人が特待生として養成所に受け入れられたのかレッスン生の誰もが疑問に思っただろう。
だが、その疑問は共にレッスンを始めた途端、すぐに全員が理解できた。

学習力が尋常ではない。
大抵の振り付けは1度見れば覚える。
2度目には完璧と言っていい完成度のダンスを踊り。
3度目にはアレンジだらけになるのが玉に瑕だが。

天才はいる。悔しいが。
誰もがそう認めざるおえなかった。

私たちレッスン生は共に夢を目指す仲であり奪い合う好敵手でもあった。
突出した才能は妬みの対象になりかねない。
陰湿ないじめの対象になってもおかしくない立場である。

そうならなかったのは彼女のキャラクターによるものだった。
彼女はいい子、というか、変な子だった。

最初の挨拶は流暢な日本語だったのに、翌日からいきなりエセ外人風の喋りになったのはレッスン生全員をざわつかせた。
あんまりにもあんまりな豹変に呆気に取られて誰も突っ込めなかったけれど、関西人のサガか可憐だけがツッコミを入れた。
それ以来、彼女は可憐に妙に懐いた。

彼女はどこまでも自由だった。
どこか必死すぎてどこか窮屈なレッスン生とは違って、何者にも縛られず、軽やかでしなやかな足取り。
誰もが嫉妬しながら、そう在りたいと憧れる。

自由すぎてレッスン生の中で一番ダンスが上手い癖にコーチに一番叱られるのも彼女である。
そう言う憎めなさを含めてスタァ性なのだろう。

私も彼女に対して嫉妬がなかった訳じゃない。
だけど羨んでも恨んでも、自分が天才になる訳じゃない。
だったらそんなのは時間の無駄だ。
凡人にできる事はただ足掻くだけだ。

溺れる様に足掻き続ける。
優雅に泳ぐ魚に憧れながら。

恨めしく、燃える様な嫉妬の心を押さえながら。
それでも、何者にも縛られず歌い踊るその様を。

キレイだなと、そう思ったのだ。


ワタシはアイドルなんて知らなかったんだ。

生まれはロシアのモスクワ。
日本人ジャーナリストであるパパとロシア軍将校だったママの間に生まれました。

優しいパパと鬼のように厳しいママに、厳しくも優しく躾けられながら育てられました。
まあそれなりにバカをやったりもしましたが、心身ともに健やかに成長して行きました。
両親は娘であるワタシが辟易してしまうくらい仲がよく、とにかく笑顔が絶えない家庭でした。
ワタシもそんな家族が大好きでした。

ワタシが15の頃にママが軍を退役し、パパの故郷である日本に行くことになりました。
住み慣れた故郷を離れる寂しさはありましたが、それ以上にワタシの心はワクワクで一杯でした。
パパの秘蔵のコレクションである日本のお笑い番組のDVDを見て育ったワタシにとって日本は憧れの地だったのです。

普段からパパとは日本語で話していたので言語の心配は全くありませんでしたが、文化や流行の違いによる戸惑いはありました。
街中どこを見てもアイドルの広告が並び、流れる音楽もアイドルソング、テレビに流れる映像もアイドルばかり。
ワタシがやってきた日本はアイドルブームの真っただ中でした。

だがそんな事はどこ吹く風、ワタシは日本に移住し生活が落ち着くやいなや、お笑い芸人になろうとオーディションに向かうのであった。
しかし現実は厳しい。
結果は箸にも棒にも掛からず落選。
自慢のロシアンジョークは日本のお笑いには合わなかったらしいです。

流石にこれはワタシも落ち込みました。
だが捨てる神あれば拾う神あり。
肩を落としてとぼとぼと歩いていた帰り道にワタシに声をかける人がいました。

それはスカウトでした。
貰った名刺に書かれていた名前を見て驚きました。
それは多くのお笑い芸人を抱える大手事務所の名前でした。

ワタシは喜び勇んででその誘いを受けて、ほいほい事務所について行きました。
両親と共に応接室に通されて、そこでちょっとだけ偉い人と話をしました。

しかし、どうやら詳しく話を聞いてみると、お笑い部門じゃなくアイドル部門のスカウトだったらしく。
ワタシはガッカリ、肩を落として断ろうとしましたが、その気配を感じたのか偉い人はアイドルの素晴らしさを熱心に説きはじめました。
落ち込んでいる人に元気を与えて笑顔にする。そんな素晴らしい職業。

正直、歌って踊ってと言うのはあまりピンときてはいませんでした。
しかし、人々を笑顔にするという所は響きまた。
試しにやってみてもいいか、と思うくらいには。

それから簡単なダンスとボーカルのテストを受けました。
どっちも経験したことが無かったので、少しだけ手間取ったけれど、やっているうちにすぐに慣れました。
ワタシとしては楽しく踊っていただけだったのだけど、どういう訳か特待生待遇で養成所に迎えられる事になりました。

そうして、迎えたレッスン初日。
憧れも覚悟もなく飛び込んだワタシは衝撃を受けました。
どこか軽い気持ちでやってきた自分が恥ずかしくなってしまうくらいにみんな真剣だったのです。

必死で懸命で、懸けてるって感じだった。
そして何より、みんながみんなキラキラしてた。

これは本気で取り掛からねば負けると悟りました。
まあ楽しければ勝ち負けは気にしないけれど、それでは彼女たちに失礼だ。
本気で言ってこそ楽しめるという物だ。

なので、とりあえず外人風で行くことにした。
面白おかしく個性的に、おふざけじゃなくワタシなりの本気だ。
それなりに効果的だったんじゃないかなぁ?

私はアイドルを知らなかったから、初めて知ったアイドルはあなたたちだったの。
だから、ワタシのアイドルってアナタたちだったんだよ?
ずっとずっとアナタたちに憧れて、アナタたちを尊敬してた。

知らなかったでしょう?


「ソーニャアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!」

涼子が絶叫と共に突撃する。
利き腕ではない左腕にはナイフが握りしめられている。
それは何の工夫もない真正面からの馬鹿正直な特攻だった。

そう見せかけたフェイント、などと言うのも戦闘においては常套手段だが。
目の前の相手がそのような器用さなど持ち合わせていないことをソーニャは誰よりも知っていた。

幼少から母に叩き込まれたコマンドサンボをもってすれば、刃物を持った程度の素人など叩き潰すのは容易い。
だが、ソーニャは構えもせず、そのナイフを避けようともしなかった。
ただ目を逸らさず、相手の目を正面から見据え続けた。

止める者もなく、吸い込まれるように刃が左胸に向かって迫る。

「…………………………」
「くぅ…………っ」

だが、ナイフの刃先は胸を抉ることなく、その直前で静止した。
ソーニャが防いだわけでも、横から第三者が介入した訳でもなく、他ならぬ涼子が手を止めたのだ。

「どうしたの?」

感情のない声で問いかける。
ソーニャは止まった手を取って自らの左胸に導いた。
刃の先が胸元に触れる。
僅かに力を入れて押し込めばそれで終わるだろう。

「さあ殺してみなさいよ。さあ! …………さあっ!!」

叫びながらソーニャは刃を自らの胸に押し込む。
だが、それでも刃がソーニャを貫くことはなかった。
むしろ引いているのはナイフを持った涼子の方だ。

「うぅっ」

遂にカランと音を立てて、橋のタイルの上にナイフが落ちた。
涼子は力が抜けてしまったようにその場に膝をつく。

「…………殺せないよ、殺せる訳ないじゃない」

ソーニャに涼子は殺せない。
最初から分かっていた当たり前の事実に打ちのめされる。

嫌いな人間も好きな人間も知らない人間も知ってる人間も憧れも何もかも、散々殺してきたのに。
仲間だけは殺せない。
例え、後に蘇らせるためだったとしても、どうしてもできなかった。
ここまでやってきて今更、何を言うのか。
殺せないだなんて。

「本当に――――最低」

ずっと嫌いだった最低の自分。
そんな最低さでみんなを救えると思ったのに。
誰も救えもしない。

ソーニャは抜け殻の様になったように俯く涼子に視線を合わせるように屈みこんだ。

「……私と一緒に行きましょうリョーコ」

優勝を目指すのではなく、脱出を目指す仲間として涼子を誘う。
だが、涼子はそれを拒否する様に首を振った。

「…………行けないよ」

彼女は後戻りできない道を選んだ。
今更、そんな道など許されない。
それはこれまでの犠牲を無意味にする最大級の裏切りだ。

「言ったでしょう。罪を犯したのはワタシだって同じ。それが赦される事だと思ってはいないけど。
 生きようとすることがダメなんてことは無いはずよ」
「それでも……ダメだよ、私は」

いくらソーニャがそう言っても涼子自身がそう思えない。
復讐が正しいとは言えなくとも、状況が状況だ。
自分を殺そうとした相手や人殺しをする悪人を排除するだけなら生きるためと言う正当性はある。

だけど涼子は違う。
自分の意思で何の罪もない人間を殺してしまった時点で、救いようがない。
生きるためではなく、他でもない自らの願いのために。

「!? ダメッ!」

異変に気付いたソーニャが手を伸ばす。
だが、ほんの一瞬、されど決定的に遅かった。

みんなが蘇るかもしれないという願いが彼女に残された最後の希望だった。
だが涼子はソーニャを殺せず、ソーニャもまた優勝を目指さない。
その時点で、その希望は完全に絶たれてしまった。

何もかもがなくなって手元に残ったのは罪だけだ。
蜘蛛の糸が絶たれてしまえば、後は地獄に落ちるだけである。
こうなった時点で刃の向く先は決まっていた。

刃は涼子自身の手首を深く切り裂いていた。
傷口は動脈まで達したのか、パックリと切り裂かれた手首からは赤い血液が止めどなく溢れる。
刃には毒が含まれている。
仮に傷を塞いだところでどうにもならないだろう。

「………………リョーコ」

自刃を止める事が出来なかった。
自らの血の海に沈む友の姿を見下ろし、呆然と呟く。
彼女は自らの命を絶つという最期まで愚かな選択を取った。
それを責める事も、どうしてと問いただす事もできなかった。

汚れるのも厭わず血の海に踏み込む。
膝をついて、ただ赦しのように髪を撫でる。

「……バカね」

それだけを呟いて、ぐったりとした体を抱え上げる。
手の中に抱えた命の熱は、今にも消え入りそうだった。

「ゴメンね……一緒に堕ちてあげられなくて」

情に流されやすい由香里や優しい可憐ならそうしたのかもしれない。
けれどソーニャはダメだ。
自分がやりたくないことはできない。
自分がやりたいことばかりしてきた。

涼子が殺人に手を染めるのを許せず、それを責めた。
涼子と共に手を取って脱出の道に向かいたかった。
その結末がこれだ。

ソーニャはぐったりとして動かなくなった涼子を両手で抱えた。
そうして涼子を抱えたまま細い橋の欄干の上に立つ。

遠く海を臨むと、横合いから強い風が吹きつけた。
涼子の手首から流れる血液が、千切れるように飛んで消える。
その光景はどこか非現実的で、まるで舞台の上の様だ。

「…………ダメ、だよ………………ソー、ニャ」

背後からの声に驚いたように振り返る。
振り返った先には、橋の手摺に捕まりながら立ち上がる良子の姿があった。

「――――アルアル」

快復包帯の効果で解毒が進んだのか、辛うじて声を出せる状態にはなった。
まだ頭がふらつくが、無理をしてでも立たなくてはならなかった。
今立ち上がらなければ、取り返しのつかない事になると理解していたから。

「…………どうする、つもりなの?」

悪い予感を感じながら、それを口にして問う。
ソーニャは視線を良子から外して遠く海を見つめながら

「ワタシは悲しいことは嫌いなの」

ソーニャは悲しいことは嫌いだ。
ただ、皆が幸せで楽しくあればいい。
ずっとそう思ってやってきた。
それだけなのに、どうしてこうも難しいのだろう。

「だからリョーコを一人で死なせるなんて、そんな結末は嫌なの」

色々と間違えていたのかもしれない。
けれど、懸命に最後までたった一人で頑張った女の子が追い詰められて、一人で全ての責任と罪を背負って死ぬ。
そんな結末は悲しすぎるから。

「だから…………一緒に死のうって…………?」

ソーニャは答えない。
だがその沈黙がその問いを肯定していた。

「……それは……ソーニャのせいじゃ、ないよ」

涼子が死を選んだのはソーニャの責任ではない。
ソーニャが希望を打ち砕いたのではなく、その希望が最初から間違っていただけの話だ。

涼子は道を間違えた。
取り返しようもない罪を犯し、どうしようもなく愚かだった。
彼女がここで死ぬのは因果応報とも言える。

だけど。
だからと言って見捨てられる訳がない。

どれだけ間違えていても、どれだけ誤っていても、それでも見捨てられない。
そもそも見捨てるなどという考えすら浮かばなかった。
”私たち”はそういう関係で、心の奥底で繋がった絆がある。

「…………私との…………約束」

共に生きて帰って遊びに行くと約束した。
ソーニャがやろうとしているのは、その約束を反故にする行いだ。
逸らされていた視線が向く。
ソーニャは悲しそうに眉を顰めながら、どこか穏やかな笑みを作った。

「アルアル。キミは本当にイイ子で、キミには何度も助けられた。
 最初に出会ったのがアルアルで本当によかったと思ってるよ」

肉体的な意味だけではなく、精神的にも良子が居なければこの世界でここまでやってこれなかっただろう。
それは疑いようがなく、彼女に対する感謝は知れない。

「それでも、ワタシは……」

だが、それでも。
やっぱりソーニャにとって大事なのは涼子だった。
そっちの方が大切で、優先するのはそっちの方だ。
ハッピー・ステップ・ファイブとして積み重ねてきた日々は、1日に満たない交流ではどうあっても覆せない。

良子がソーニャの元に駆ける。
まだ手足の痺れが残り、頭はふらつくがそんなことに構ってはいられなかった。
ソーニャの元まで駆け寄り、無理やりにでも引き留めようと手を伸ばす。

だがソーニャは、その手を踊るようにひらりと躱した。
廻る白の少女を赤く舞い跳ぶ飛沫が彩る。

「アイドルにおさわりは禁止です」

雪のように儚げに笑って、舞台で踊る。
そこには、そんな場面ではないと理解していても思わず魅了されるほどの、この世の物とは思えない美しさがあった。

そのあまりの美しさを前に理解させられた。
観客と舞台の上は触れられない別世界であると。
二人の間には隔絶した世界があった。

その魅了された一瞬の空白。
トン、と空でも飛ぶみたいに欄干の上からソーニャの足が離れた。

「まっ…………」

踊るように空に舞う。
橋の上からキラキラと光の粒子を纏った二つの星が流れた。
空に瞬く星のように、どれだけ手を伸ばしても届かない。

「……嘘つき」

二つの流星はまるで残された少女の涙のようだった。

[F-7/橋上/1日目・午後]
[有馬 良子(†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†)]
[パラメータ]:STR:D VIT:C AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:軽度の毒(回復中)
[アイテム]:治療包帯(E)、バトン型スタンガン、ショックボール×6、不明支給品×1
[GP]:15pt
[プロセス]:
基本行動方針:†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†として相応しい行動をする
1.殺し合いにはとりあえず参加しない


ステージ。

そこは夢の叶う場所。

情熱を燃やして輝きを放つ舞台。

少女たちの流した汗と涙の結晶が報われる唯一の場所。

失敗も成功もすべてがそこにある。

一人では怖くて踏み出せない場所でも、手を引いてくれる誰かがいる。

ステージを照らすライトは眩しく、サイリウムで作られた五色の海と客席からの歓声が心を奮い立たせる。

さあ、行こう。

幸福のリズムを刻む5つの福音を響かせ。

光り輝くステージへ。

[鈴原 涼子 GAME OVER]
[ソフィア・ステパネン・モロボシ GAME OVER]

081.リベンジマッチ 投下順で読む 083.白に至る
時系列順で読む
歌声は届く 鈴原 涼子 GAME OVER
昼の流星に願いを ソフィア・ステパネン・モロボシ GAME OVER
有馬 良子 白に至る

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最終更新:2022年05月04日 20:45