パン、と弾けるような音と共に石が宙を舞った。
弧を描いて夜を舞った石は、そのまま音を立てて川へと落ちる。
橋の欄干の上には先ほど宙を舞った物と同程度の大きさの石が等間隔に並べられていた。
それがタン、タン、タンと規則正しく、端から順に何かに弾かれたように次々と飛ばされてゆく。
石を弾き飛ばしているのは礫でも弾丸でもない。
見えない衝撃波のようなモノが奔って石を弾き飛ばしていた。
崩れた欄干の端に並べられた最後の石が弾かれる。
他の石たちと同じく弧を描いた石は川に落ちることなく、そのまま空中でさらに弾かれ、二度、三度とお手玉の様に宙を跳ねた。
「なるほド」
謎の力が止まり、ポチャンと石が川に落ちる音が響いた。
暗殺者シャはその手応えを確認する。
先の戦闘において、自身の頸の練りの甘さを実感したシャは新たにスキルを習得した。
それは気を操る『気功』スキル。
今の石遊びは軽い試運転である。
中国拳法において頸は重要な要素である。
頸の裏打ちがなければ如何なる技も十分な威力を発揮することはできない。
頸とは積み重ねた鍛錬により獲得する、己の中で力を高める技術だ。
それは呼吸や血流、果ては脳内物質を操作して行う理屈のある力であり、超能力じみたファンタジーな能力ではない。
あくまで練り上げた気は己を充実させるものであり、頸を打ち込むというのも力の流動を操り自らの力を思う通りに相手に伝える技術である。
それを放って敵を攻撃するなどはありえない。
そんなのは日本のコミックくらいでしかお目にかかれない代物である。
だが、今回得たスキルはどちらかと言えばそれに近い。
想定したものと違ったが、これはこれで面白い。
こういう力を実際振えるというのは心が躍る。
素手であることには違いないのだから素手格闘の範疇だろう。
とは言え、遠当て威力はさほど高くはない。
軽いジャブ程度の威力である。
牽制には使えるが、人を殺せるほどではないだろう。
どちらかと言うと期待できるのは近接戦だろう。
本来の内勁を練り上げるような使い方も勿論できる。
攻防に気を乗せることができるだろうし、このスキルの場合”本当”に気を直接叩き込める。
そして気功スキルを得てもう一つ面白いことが出来るようになった。
いや出来るようになったと言うより、最初から出来ていたと言った方がいいか。
シャが丹田に力を籠め体内で気を練り上げる。
練り上げた気を息吹と共に辺りに放出した。
先ほどの遠当てとは違う、ゆっくりとした流水の様な静の気が周囲に満ちる。
吐く息が白く染まる。
周囲の気温が徐々に下がってゆく。
放たれる気は凍える程の冷気を纏っていた。
周囲の気温が氷点下に迫ろうかという所で、シャが意識を変える。
すると変化がった。
今度は周囲に漂っていた気が濁ったように色を帯びたのだ。
世界が黄土色に染まって行き、空気中に細かな粒子が混ざる。
それは砂だった。
周囲は砂塵に覆われた様に閉ざされ、砂の幕が張られた。
冷気と砂。
それは雪の塔と砂の塔、これらの支配権を得た影響だろう。
突飛な発想だが、ゲーム慣れしているシャはすぐにそう理解した。
それと気功スキルが合わさる事により生まれたのが気の属性操作である。
この属性変化した気を浸透頸で直接敵の内部に叩き込めば面白いことになるだろう。
だが、それを得たことよりもシャが気にかけたのは、本来あり得ない技術を当然のように操作できる自分自身についてである。
最初からそうだったように、まるで魂に刻まれたように使い方が本能的にわかった。
明らかな後付けの能力であるにもかかわらず、何の功夫も積まず使いこなせている。
考えようによっては恐ろしいことなのかもしれないがシャはまったく気にしなかった。
ゲームで遊ぶときにゲーム機がどうやって動いてるのかなんて気にする人間はいない。
飛行機に乗る時に何故飛ぶのかを気にする人間もいないだろう。
まあ、人によってはするかもしれないが、少なくともシャは興味がない。
そう言うものなのだったらそれでいい。
役に立つと言う結果だけがあればいい。
ともかく稀代の暗殺者は新たな力を得た。
そんな彼が次に取るべき方針は二つあった。
単純に言えば守備的に行くか、攻撃的に行くかの二択である。
具体的に言うと、現在シャは二つの塔を支配している。
これを防衛するのか、それとも塔を放置して打って出るのかだ。
二つの塔の位置は近い。
現在のシャがいるのはその中間に位置する橋上である。
ここで構えていればシャであれば防衛はそう難くはない。
だが、いつまでもここには張り付いて防衛を続けると言うのも退屈である。
塔を放置して打って出るとするならば、向かうのは砂漠の探索イベントだろうか。
基本的に武器は必要としないシャにとってアイテム発見のメリットは薄いがGPはあって損はない。
イベント目当てに集まった参加者を狩るのもいいだろう。
だが、イベントの行われている大砂漠は方向感覚が失われるという。
下手に突入すれば最悪遭難する可能性もある。
眠気も空腹も感じないこの体ならば、遭難したところで死ぬことはないだろうが、時間的なロスは痛手だ。
しかし現在のシャに限って言えば、その心配はないのかもしれない。
雪の塔を支配した直後からシャの感覚に変化があった。
氷点下を誇る積雪エリアにおいて寒さを感じなくなっていたのだ。
寒さに慣れた、などと言う次元の話ではない。
寒さによって生じる、震えや手足の感覚の薄れ、そう言ったものが一切なくなったのだ。
そこから推察するに、その地域の支配者は恐らく地形に付随するバッドステータスを受け付けない。
火山エリアではおそらく熱さやマグマに対する耐性を得られるのだろう。
諸島エリアの場合は海流に流されなくなるのかもしれない。
この推察が正しければ砂の塔の支配者であるシャは大砂漠でも迷わない可能性が高い。
加えてシャにはタリスマンがある。
けるぴーからドロップしたそのアイテムは放置されたアイテムの場所を指し示すという。
アイテム探索系イベントにおいてはかなり有利に働くだろう。
ここまで有利な条件が重なると参加しない理由がない。
なによりシャはこのゲームを楽しむことこそが目的だ、イベントにはなるべく参加しておきたい。
まあそれを言うなら塔の防衛も醍醐味の一つかもしれないが。
それらを踏まえてどうするべきか。
シャは少し考え込んで、ひとまずポイントが得られるまでは防衛に努め、それが得られてから探索に動くという折衷案を結論とした。
ポイントが得られる定期メールとやらが送られてくるまでは後1時間もない。
シャだってそのくらいは大人しく待てる。
そもそもシャは別段短気と言う訳ではない。
これまで沢山の人間を殺してきたが短気を起こして殺したことは一度もない。
結果として殺すという結論に至るだけで、むしろ気は長い方だと自負している。
のんびりと、まあ塔の襲撃者が来ればそれなりに激しく、待つとしよう。
既に砂漠の探索を始めている参加者に対して出遅れることになるが、そこは仕方ない。
まあ最悪、殺して奪い取ればいいだろう。
[A-4/橋上/1日目・早朝]
[シャ]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:B LUK:C
[ステータス]:左腕にヒビ
[アイテム]:不明支給品×3、タリスマン
[GP]:100pt→0pt(スキル習得(A)に100ptを使用)
[プロセス]
基本行動方針:ゲームを楽しむ
1.定時メールが来るまで塔の防衛
2.砂漠のお宝さがしに参加する
※気功(A)を習得しました
【気功(A)】
気を練る技術。気は様々な用途に使用可能。
気を込めた攻撃は追加ダメージが発生、気を込めて防御すればダメージが減少する。
また全身に気を巡らせれば回復力が強化され、気を放てば遠距離攻撃も可能となる。
最終更新:2021年01月11日 00:33