「まずはもう一度、兄さんのいる位置を確認してみません?」
「そうですね。情報を更新しておくのは大切な事です」

正義たちと別れた秀才と月乃がまず行ったのは指差し確認だった。
最初に太陽の位置を割り出してから数時間は経過している。
太陽は一所にじっとしているような性質ではない。
合流を目指すにあたって現在をもう一度割り出して目標地点を修正しなくてはならないだろう。

それでは、と前置きして秀才が太陽が居そうな場所を適当に指さす。
だが彼の人差し指が指示したのは最初に指した方向とは真逆の方向だった。
つまりはこれまで向かっていた進行方向をそのまま指していた。

「あれ? 兄さん反対方向に行っちゃったんでしょうか?」

ニアミスしてすれ違った可能性はないとは言えないが、あれ程目立つ存在が近くを通り過ぎて気づかないと言う事もないだろう。
かと言って、この短時間で真逆に回り込まれたかと言えば、月乃が持ってるような瞬間移動できるアイテムでも使わない限りそれも考えづらい。

「バイアスがかかっているのかもしれませんね」

そう言って秀才が刺した指を顔に引き戻し眼鏡をクイと上げる。

「どういう意味です?」
「私があちらに太陽がいるかもと無意識の内に認識しているため、そちらを指してしまったのかもしれないという事です」

元より明確な意思ではなく無意識に頼る方法である。
その無意識にバイアスがかかっていれば正常な結果は得られないだろう。

「まあ、もともと確証のある方法ではないですから、最初からハズレだったと言う可能性も大いにありますが」
「やっぱりそうですかねぇ」

月乃が残念そうに肩を落とす。
その様子を見て秀才が厳しい表情を浮かべた。

「月乃くん、先に断っておきます」
「なんでしょう? 出多方さん」

真面目な雰囲気を感じ取り月乃が佇まいを正す。
その妙に畏まった態度に、秀才が一つ咳払いをした。

「当面の目標として私たちは太陽との合流を目指してはいますが、会えるという確証がある訳でもない。
 確証のない方法にいつまでも時間を割くわけにはいきません。ある程度の区切りは必要です」
「それは……そうですね」

直接的な人探しのスキルではなく、スキル同士の反発作用を利用した裏技のようなモノだ。
確実性のないこの細い糸を辿るような方法を頼って、いつまでも探索を続けるわけにもいかない。

「もちろん太陽を探す道中でも志を同じくする多くの人を集めながら、脱出に向けての情報収集は行えるでしょう。
 それは必要なことだ。ですが、それも中央エリアまでで区切るべきだと考えています。
 積雪エリアや諸島エリアまでは探索の足を延ばさず、どういう結果になろうとも一旦そこで大和くんたちとの合流を目指す。
 この行動方針で行こうと思います。構いませんね?」

希望を持たせすぎないよう現実を突きつけるように厳しい口調で言う。
兄を心配する妹からすれば受け入れがたい方針だろうが、納得してもらわなければならない。

太陽と合流が果たせなければ、武力のない二人だ。
月乃の歌である程度の戦闘は回避できるかもしれないだろうが、それにも限界がある。
太陽のとの合流の線が細くなった以上、月乃の安全を第一に考えるのならば正義との早めの合流も視野に入れておいた方がいいだろう。

「そうですね。そうしましょうか」
「え、いいんですか?」
「なんで出多方さんが驚いてるんですか?」
「い、いえ。そういう訳では」

あえて厳しいことを言ったのだが、こうもあっさり受け入れられると言った方が戸惑ってしまう。
だが月乃はちゃんと理解している。
秀才が自らの安全と心情を案じて言ってくれていることを。
全てを含んだ上で月乃は気丈に笑った。

「大丈夫ですって。だってあの兄さんですよ? 殺したって死にませんよ。
 それより私たちの安全第一ってことですよね?」

太陽が死ぬはずがないのだから、自分たちが生きていれば必ず会える。
兄を信じればこそ、その理屈は正しい。

「……まあ、そうですね」

そのイメージに関しては秀才も同意する。
なにせ登校途中に車道に飛び出した猫を庇ってトラックにはねられても、そのまま登校して授業を受け続けたような男だ。
銃で撃たれようがそれこそ怪物に襲われようとも簡単に死ぬとは思えない。

「ただ…………」

懸念があるとするならば、この地にいるのは太陽ではなく、太陽の作り物の体(アバター)――邪神曰くむき出しの魂か?――であるという点だ。
いくら不死身の太陽でも、その体が別物になっていればどうなるかは分からない。

「ただ、なんです?」
「いえ、何でもありません」

秀才は口を濁す。
頭を振って自らの悪い予感を打ち消した。
わざわざ口に出して不安がらせる必要はないだろう。

彼にできるのは兄を信じる妹のように、親友の無事を信じるのみである。


草原を踏みしめる蹄が規則正しい音をかき鳴らしていた。
夜の闇を切り裂くがごとく白馬が駆ける。
それは守護るべき姫を運ぶ人馬一体の白馬の騎士だった。

騎士は輝かんばかりの白銀の鎧に全身を包み、その両腕には手綱ではなく剣と盾が握られていた。
馬上での戦闘を前提とする騎士にとって、馬の操作に手綱を必要としない事は基本技能の一つではあるのだが、上体一つ動かさぬ様子からは熟練した技量が伺える。

それもそのはず、この白騎士の人馬一体と言うのは比喩ではない。
なにせ騎士の上半身は白馬の背から生えていた。
常では見られぬ異なる生物。いや、生物ですらないだろう。

馬上の背後で揺られる少女、三土梨緒のスキルによって生み出された非生物。
それがこの騎士の正体である。

白馬に揺られること数分。
梨緒が狙撃された地点からは、ずいぶんと移動できた。

ここまでくれば大丈夫だろうか?
狙撃手の射程範囲なんて知らない梨緒からすればどこが安全なラインかなんて判断できないため、大袈裟に移動しすぎたかもしれない。

白騎士を操り白馬の足を緩めさせる。
徐々に速度を落として行く白馬が足踏みをして草原に静止する。

梨緒は馬の背から降りようとしたが、思った以上の高さに僅かに戸惑った。
だが、馬の背に張り付いた騎士はエスコートなどしてくれない。
仕方なしに梨緒は飛び降りるようにして馬の背から降りた。

「ッ…………!」

馬上から地面に足を付いた衝撃で、撃たれた肩が痛んだ。
何故自分がこんな目に合わなければいけないのか。
痛みと共に怒りのような感情が湧き上がってくる。

「消えなさい……!」

苛立ちをぶつけるように白騎士に向けて吐き捨てる。
すると白騎士の体がノイズのように歪み、徐々に散り散りに欠けながら消えていった。
自らを助けた白騎士を不満そうに見送りながら梨緒は舌を打った。

競走馬のような移動速度。加えて狙撃すら防ぐ鉄壁さ。
まだ発揮されていない攻撃性能もこれならば期待できるだろう。
Aランクスキルは伊達ではないこの性能のどこに不満があるのか。

言うまでもない、外見である。
白騎士は異形が過ぎた。

人馬一体どころか鎧や剣盾まで一体化している。
恐らく装備だけをはぎ取れないようにと言うゲームバランス的な配慮だろう。
だが、これでは騎士どころか白くのっぺりしたケンタウロスだ。
いや背中から人が生えてる時点でケンタウロスですらない。

カッコいい王子様を希望して選んだはずのスキルだったはずなのに。
本音を言えば自分を守る王子様との物語のようなドラマを期待したヒロイン願望的なところもある。
だというのに、なんだこのクリーチャーは。
こんなのを連れて歩いていたら自分から危ない奴ですと言っているようなものだ。

それに実際召喚して分かったことだが、白騎士は召喚まである程度時間がかかる。
10秒未満の短い時間だが、先ほどの狙撃の様な奇襲には対応できないし、危険人物に襲われてから出しているようでは遅い。

常に侍らすには不気味過ぎる。
だと言うのに緊急時に出すには遅い。
切り札に足る能力を持ってはいるが、使い勝手が悪すぎる。

その穴を埋める別の手が必要である。
だからわざわざ太陽を洗脳して使ってやっていたのだが、それも太陽の暴走により台無しとなった。
まったくどいつもこいつも使えない。

梨緒は助け合いなどと言う相互関係は求めていない。
信頼関係によって築かれる関係性など人間不信である梨緒は最初から信じていなかった。
何よりこんな状況でそんな関係を築けるはずもないだろう。

求めているのは、梨緒だけが得をする一方的な関係性。
梨緒が生き残るために、利用するだけの道具だ。

それを得るために、必要なものは――――。


「助けてください!」

草原を進む秀才たちの歩みがコロシアムに差し掛かった所で、巨大なコロシアムの陰から唐突に血相を変えた少女が飛び出してきた。
わざとらしいくらいに息を切らした少女は、銃撃でも受けたのか肩を抑えて苦痛に表情を歪めていた。

「だ、大丈夫ですか!?」
「月乃くん…………ッ!」

突然現れた少女に秀才は警戒して身構えたが、月乃は傷ついた少女を案じて近寄って行った。
秀才はこの行為を軽率と窘めるべきか迷ったが、戦うつもりのない人間の保護も目的に含まれる以上難しい所だ。
少なくとも、面識のない人間に対して最低限の警戒がないのは咎めるべきだが、その優しさまで咎めるのは憚られた。

ひとまず、駆け寄った月乃に少女が何かをする気配はない。
助けを求めると見せかけて不意打つつもりという事もなさそうだ。
月乃が無事であることに胸をなでおろし、秀才もひとまず少女を受け入れることにした。

「なにがあったんですか?」
「わかりません。森でいきなり誰かに襲われて……」
「襲われた? 襲撃者はどうしたんですか?」

まさか追ってきているのか、秀才が少女のやってきた方向を確認する。
だが、視界には薄暗い夜の闇が広がるばかりであり、ひとまず追ってくる気配はなさそうである。

「……わかりません。必死で逃げていたらいつの間にか振り切ってたようです」

少女は弱々しく首を振る。
混乱しているのか返答もわからないばかりで要領を得ない。
それを月乃が大丈夫ですよと背をさすりながら元気づける。

必死で逃げていて振り切った。
襲撃者もプロとは限らない以上、そういうこともあるのか?
少なくとも肩の傷がある以上、何らかの襲撃を受けたというのは本当だろう。

だが、秀才の中で何かが引っかかるものがあった。
それは冷静スキルによるものか、神経質な本来の気質によるものかはわからないが、少女に対して何か違和感のようなものを拭えずにいた。

「うっ!」
「大丈夫ですか?」
「傷が……ッ!」
「痛むんですか!? そうだ! 回復薬がありますよ!」

月乃が正義より譲り受けた回復薬の存在を思い出し、それを取り出そうとアイテム欄を操作する。
だが、回復薬を使おうとする月乃を秀才が制止した。

「待ってください。見る限り、彼女の傷は回復薬を使う程の傷ではない。
 ありあわせの道具で応急処置をすれば十分では?」

正義より1つずつ譲り受けた回復薬はある程度の重症でも回復する強力なモノだ。
傷である以上それなりには痛いだろうが、少なくとも希少な回復薬を使う程の傷には見えない。

「そんな……酷いです出多方さん。こんなに痛がってるのに」

月乃が悲しそうに眉を下げる。
少女は月乃の胸の中でうっうっと嗚咽を漏らしていた。
人が良すぎる月乃からすれば、こんな様子の少女を放置するなどできないのだろう。
それにしても、少女の言い分を受け入れすぎなような気もするが。

「まあ、月乃くんに譲られた回復薬をどう使おうとそれは月乃くんの自由ですが……」

少女二人の責めるような態度に耐え切れず、秀才は折れた。
真正面からの議論なら打ち負かす自信はあるが、こういう攻め手にはめっぽう弱い。

だが、見る限り肩を掠めた程度の傷である。
既に血も止まっているようだし、過剰な治療は必要ないと思うのだが。

(……止まっている?)

秀才が眉を顰める。
少女に対して最初から抱いていた違和感に気づいた。

少女の傷はもともと大した傷ではない、ある程度時間がたてば自然と出血も止まるだろう。
だが、息を切らした少女の様子から、襲撃を受けて逃げてきたばかりのはずである。
その傷がすでに乾いているというのはどういうことか?

少女を見る。
既に月乃が回復薬を使用していた。
傷が治り、疑惑の根本である証拠が消える。

「ありがとうございます。えっと……」
「あ、まだ名乗ってなかったですね。大日輪月乃です。同い年くらい、かな?」

傷が治ってすっかり元気を取り戻したのか、少女は佇まいを正し丁寧に頭を下げて礼をする。

「はい。範当高校2年、栗村雪です。アバター名はユキで登録してます。よろしくお願いします」


――――上手くいった。

三土梨緒は内心でほくそ笑んだ。

新しく利用できる相手を見つけ、上手く取り入ることができた。
声をかけたのが危険人物だったら自爆するだけなのだが、声をかける前からある程度の勝算はあった。

二人組だったと言うのがまず一つ。
たった一人の生き残りを目指すこのゲームで複数名で行動するという事は生き残りを目指していない、殺し合いに反発する太陽のような連中である可能性が高い。
まあ一概には言えないが、当の梨緒のような存在もいるだろう。

勿論根拠はそれだけではない。
男女双方に見覚えがあったことが彼らを選んだ最大の理由である。
勿論、直接的な面識がある訳ではない。

見覚えと言っても、男の方は顔ではなく服装にある。
男が着ているのは太陽と同じ制服だった。
同じ制服に身を包んでいるが受ける印象は太陽とは対極である。

面白みのない真面目さだけが取り柄ですと言った顔である。
いかにも童貞臭い、女に耐性のなさそうな男など、ちょっと涙でも見せれば騙せるだろう。

対して、女の方は目を引くような美形だった。
そう生まれただけで人生の勝ち組になるような理不尽な美しさ。

その顔は知っている。アイドルの「TSUKINO」だ。
そして、あの愚か者、大日輪太陽の妹でもある。

彼女の存在は太陽から聞いていた。
というか妹についてべらべらと喋っている隙に人間操りタブレットを取り付けたのだから。
そうじゃなくてもメディアで見かけて最低限の人となりは知っていた。
クールな外見に見合わない頭の弱いぼやけた女だったと記憶している。騙すのも容易いだろう。

だが、だからと言って、その所感を当てにはしない。
彼らを利用するために万全を尽くす。
幸せになるための努力は怠らない。

ここに来るまでに、太陽から捧げられたポイントでスキルを得た。
捧げられたこのポイントだけが、使えなかったあの男の唯一の功績だ。

獲得したのは、自分の言葉を信じさせる効果のある『演説』スキルである。
ランクは100ptを使用した最上級のAランク。

これがあれば、日和見主義の連中の中に潜り込むのは容易い。
目論見通り妹の方は私の事を信じているようである。お陰で怪我も回復できた。
太陽。お前のおかげで得たスキルによって妹を利用することができた、その点は素直に感謝しておこう。

男の方は微妙な反応だが、スキルがある以上信じない問う事もないはずである。
恐らく眉目秀麗な雪の顔に近寄り難いと思っているだけだろう。

役に立たなかった兄と違って、精々役に立ってから死んでくれ。

[D-5/コロシアム近く平原/1日目・早朝]
[出多方 秀才]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:焔のブレスレット(E)、おもしろ写真セット、回復薬×1、万能薬×1
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:出来る限り多くの人間と共に脱出を目指す
0.ユキを警戒
1.太陽を探しながら同士を集め情報収集。
2.月乃の歌でこの殺し合いを止めたい
3.ある程度の目途が立ったら正義との合流

[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(2/3)、ドロップ缶、万能薬×1、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.兄さんを探す。
2.金髪の人(エンジ君)には、次に会ったら負けない。

[三土 梨緒(ユキ)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:D LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:人間操りタブレット、隠形の札、不明支給品×1(確認済)
M1500狙撃銃+弾丸10発、スタングレネード、歌姫のマイク
[GP]:136pt→36pt(スキル習得(A)に100ptを使用)
[プロセス]
基本行動方針:優勝し、惨めな自分と決別する。
1.生き残るべく秀才と月乃を利用する。
※演説(A)を習得しました

【演説(A)】
自身の言葉を信じさせるスキル。
Aランクともなればかなり無茶な理屈でも相手に信じさせることができる。
ただし相手に精神耐性や同ランク以上の思考力に関するスキルや矛盾点を付くスキルがある場合その効果は大幅に落ちる。

046.虎尾春氷――序章 投下順で読む 048.中国気功クラブ
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熱き血潮に 出多方 秀才 信頼
大日輪 月乃
Flame Run 三土 梨緒

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最終更新:2021年01月28日 01:57