暗殺者シャは指を振るって確認していたメール画面を閉じた。
ゲーム開始から半日が経過した。
2度目の定時メール。
プレイヤーに絶望を告げる凶報もシャにとってはただの連絡事項だ。
最初から知り合いなど存在しないシャが気にするのは死者の名前ではなく死者の数だけである。
脱落したのは14人。これで生き残りは13人。
人数も減ったというのに前回より多い。順調すぎるくらいのペースである。
このまま行けば、ともすれば夜を待たずして終わるだろう。
北へ向かってシャは歩き始める。
その先にあるのは砂漠エリアに続く橋だ。
現在地である火山エリアが廃棄エリアに指定されたため、ひとまずそこから脱する必要がある。
砂漠エリアへの出戻りになるが、少し気になっていたこともあるのでちょうどいい機会だ。
だが、その前にやっておくべきことがある。
塔の支配ボーナス、GP200ptの獲得。
これでシャの持つGPは520ptになった。
これほど潤沢なGPを腐らせておくのもバカらしい。
そろそろ使い時だろう。
シャは近場にあった交換所へと足を運ぶと、画面を立ち上げる。
施設利用などGPが必要になる場面を考えてある程度は残しておくとして、どういう方向の力を得るか。
ゲーマーとして一番楽しいステ振り作業の始まりだ。
パラメータの強化は不要だろう。その辺はスキルで補える。
やはり強化すべきはスキルだろう。
新たなスキルを習得するとう選択肢もあるが、シャが選択したのは現在持つスキルを強化する事だった。
『素手格闘』『気功』の両AランクスキルをSランクに引き上げる。
それぞれ差額の200ptを支払うと瞬時に情報が書き換えられ、魂がアップデートされた。
と言っても大した実感はない。
あるのは情報が書き換わったという事実だけだ。
そうなると、チート級ともされるSランクスキルがどの程度のモノなのか試してみたくなるのが人情だ。
まあ人としての情などないが、手に入れた玩具を試してみたい気持ちは疼く。
だが、『素手格闘』は戦闘時に自動で付与されるバフであるため周囲には誰もいないこの状況では確認するのは難しい。
まあ効果としてはパラメータの上昇値と上限値が引き上げられたというシンプルなモノであるため、確認は後回しでもいいだろう。
今すぐ試せるのは『気功』スキルの方だ。
試運転として右腕の義手に気を通す。
義手が熱を帯びる
感覚で分かる。その質、量ともにこれまでの比ではない。
弾けんばかりに腕に溜まった気を一気に放出する。
瞬間。着弾した地面が大きく爆ぜた。
まるで砲撃の跡のように地面が抉れ、砕け散った大地の破片がパラパラと降り注ぐ。
「ハハッ。ホントにコミックの世界ネ」
冗談めいた威力にシャは笑う。
Aランクでは牽制程度の威力しかなかったが、これは十分に”殺せる”威力だ。
弾数のない不可視の弾丸。属性を持たせればさらに面白い使い方が出来るだろう。
その威力に不満はない。ただ問題があるとするならば一つだ、――――強すぎる。
このゲーム
ルールからして殺せば殺すほど強くなる仕組みである。
その救済として塔の支配によるボーナスがあるのだろうが、その恩恵を最も授かっているのがシャである。
これほどGPを稼いだプレイヤーは他にいないだろう。
今の自分と渡り合える相手は、果たして存在するのだろうか?
それだけが暗殺者の抱える憂いである。
先ほどの定時メールによれば、自分以外に3人以上殺したプレイヤーが2人いるという。
名も知らぬ『強者』に期待すべきか。
あるいはそれらが期待外れだったとしても、その時はその時だ。
その時は頭を切り替え、殲滅戦に精を出せばいい。
一方的な蹂躙も殺戮もまた楽しかろう。
それに確実な楽しみならば一つある。
ヤマトマサヨシ。
シャは暗殺者として標的を逃したことはない。
だが、この世界におけるアイテムやスキルと言う不確定要素により逃亡を許した。
しかし、まだ完全に逃したわけではない。
この殺し合いの世界『New World』という籠の中である。
逃した獲物を追い詰めるのもまた、新たな楽しみだ。
もし己が仕留めるまでに籠の中で勝手に死に絶えるような弱者ならば興味もない。
そうでないのならば確実に決着をつける用意が必要だ。
「シェリン」
『はい。あなたのシェリンですよ~、何用でしょうか?』
シャはシェリンを呼び出すとアイテム欄から取り出した1枚の紙切れを差し出した。
「申請券(これ)を使いタイ。どう使うカ?」
『了解しました。私に申請内容をお申し付けください』
「デハ、ルールの追加を」
新たな縛りを世界に刻む。
地獄の様な世界を望む最悪の暗殺者は告げる。
「逃亡禁止をルールに盛り込むよう申請するヨ」
必見必殺。勝負とはそうでなくては。
いざ決着となって、また逃げられてもつまらない。
逃亡など許すものか。
「タダシ、条件付きヨ」
出来るなら完全な逃亡禁止のような強力な縛りを設けたいところだが、問題となるのは申請券の説明にあるこの一文。
『あくまで伝えるだけなので申請が通るとは限らない』という点だ。
ゲームバランスを完全に崩壊させるような申請は通らないだろう。
この狂った運営ならばもしかしたら通るかもしれないが、一度きりしか申請できないのだから慎重を期すべきだろう。
幾つかの条件を付け加え申請する。
あとは通るかどうかを待つだけだ。
『申請が受理されました。ペルプページが更新されます』
程なくして暗殺者の悪意が世界に認められた。
更新されたルールを確認する。
- 挑まれた勝負から逃げてはならない。
- 成立した勝負から逃げてはならない。
- 違反した物にはペナルティが与えられる。
完璧、と言う程でもないが不満がある程でもない上々の結果だ。
好戦的ではないプレイヤーの逃げ道として不意打ちなどからの撤退戦であれば逃亡も許される。
シャとしては自分の戦いがつまらないものにならなければそれでいいのだから、その辺は目溢しても構うまい。
強いて言うならヤマトマサヨシに逃亡を許した時の様な、本人の意思ではなく第三者の介入による逃亡が防げるかどうかと言う点の方が懸念か。
ともあれ、これでより最悪な方向へ世界が変わる。
この世界に渦巻いている死の渦は激化するだろう。
弾むような足取りで暗殺者の歩は進む。
荒涼たる大地を超え、茫漠と広がる砂の海へ。
そのまま河沿いを下って南下したところで、シャの足が止まる。
そこにあったのは飾りっ気のない掘っ立て小屋であった。
それは砂漠エリアの南端にある追加施設、ボート貸出所だ。
シャは何の気ない足取りで開きっぱなしの入り口をくぐる。
「大将、やってるカイ?」
『ハイハーイ、ボート貸出所のシェリンですよー』
受付に電子妖精が現れる。
目的はもちろんボートのレンタルだ。
殺戮を望む暗殺者は人の殆どいないこの周辺のエリアから、人のいるエリアに移動しなければならない。
移動方法は何でもいいのだから、どうせなら面白い方がいい。
海路を選ぶのもまた一興だろう。
『ここではボートの貸し出しを行っています。ご利用の場合ボートの種類を選択してください』
シェリンの案内に従い、シャの目の前にメニューが表示された。
- 手漕ぎボート:20pt
- スワンボート:30pt
- モーターボート:50pt
その中からシャは手漕ぎボートを選択する。
GPが差し引かれ、支払いが完了する。
『ご利用ありがとうございます。それではボートを用意しましたのでこちらへどうぞ。お足もとに気を付けてください』
そう言って電子妖精に川岸に繋がる出口へと案内される。
そこには隙間の広い木製の桟橋があり、踏み込んだ足元がギィと軋む。
その先端には公園にあるようなミニボートが浮かんでいた。
海面に浮かぶボートにゆっくりと乗り上げると、重さで僅かに船体が沈んだ。
波にフワフワと揺れる船上に、暗殺者は涼しい顔で起立する。
船体に用意されている備品を確認する。
備え付けられているのはオールだけのようだ。
ライフジャケットや安全装置はよういされていないようである。
『使用より2時間で自動的に返却となります。それでは海の旅をお楽しみ下さい』
電子妖精に送り出され、ボラードに巻き付いた固定ロープを外して出港する。
シャは直立不動のまま起立し、片足で器用にオールを回していた。
不規則に揺れる船上に片足で立つ驚異的なバランス感覚。
それは曲芸を見せたいなどと言う事ではなく、視覚を保持し狙撃などの不測の事態に対しての警戒を怠ららないためである。
そんな抜け目のなさをおくびにも出さず、本人は船路を楽しむように気持ちよさそうに息を吸う。
「いい風ネ」
水を含んだ風の香りを堪能する。
太陽の照りかえる水面の輝きに目を細めた。
27人もの命が半日で失われた地獄のような美しき世界。
その全てを謳歌するように、暗殺者は海を征く。
[D-2/川上/1日目・日中]
[シャ]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:B LUK:C
[ステータス]:右手喪失
[称号]:【豪傑】
[アイテム]:暗殺者の義手(E)、不明支給品×5
[GP]:320pt→520pt→100pt(塔の支配ボーナスにより+200pt、スキル習得により-200×2、ボートの貸し出し-20pt)
[プロセス]
基本行動方針:ゲームを楽しむ
1.船路を楽しむ
2.ヤマトマサヨシに右腕の借りを返す
※全参加者のペルプページが更新されました
【素手格闘(S)】
自身が素手である場合、戦闘時にLUK以外のステータスが最大2ランク向上する
また相手も素手であった場合もう1ランク向上する(上限はSまで)
武器を持つと全ステータスが下がり弱体化する【デメリット】
【気功(S)】
気を練る技術。気は様々な用途に使用可能。
気を込めた攻撃は追加ダメージが発生、気を込めた防御は体を硬化させダメージを大幅に減少させる。
また全身に気を巡らせれば回復力が大幅に強化され、気を放てば強力な遠距離攻撃も可能となる。
最終更新:2021年11月18日 23:14