少年と幼女が荒野を行く。
温泉ですっかりのぼせてしまったロレちゃんは酔っ払いのような足取りを楽しんでいるようだった。
それを導く様にして正義はその手をつないで歩く。

「転ばないようね」
「うむ。フワフワとして中々に愉快である。これに飴という味の愉悦も加わればクク。神の身は味わえぬ愉悦よな」

言いながら口に飴を放り込み口内で転がす。
表情は変わらないが実に楽しそうであった。

その様子は正義の目には少し変わっているだけの年相応の少女に見える。
神様であった頃は、こうして湯冷まし歩くこともなかったのだろう。
それはどこか寂しいことのように思える。

「ロレちゃん、楽しいかい?」

何気なくそんな問いをしていた。
無機質な幼女の黒い目が正義を見つめる。

「そうさな。愉快である。これもまた人としての肉を得たが故だろう」
「どういうことだい?」
「神は完全にして完璧である。故に感情など無く愉悦もない。あるのはただ完全と言う機能のみある。
 だが、我は肉をもって人としての視座を得た。人の余分を得たのだ。それ故の愉悦であろうな」

完全でなくなったが故に楽しさを得た。
それは余分であると彼女は言う。

「それは……いい事なのかな?」
「良いも悪いもなかろう。ただの些事である。本体より別れた我の終末などどうなろうと何の影響も持たぬ」

幼女はあくまで大局的な視座で語る。
正義はそうかと相槌を打つと。

「なら、君は好きに生きていいという事なんだね」
「ふむ?」

正義は対極の局所的な価値観を述べた。
幼女は不思議そうに首をかしげる。

「そうなのか?」
「そうさ」

迷いなく断言する。
幼女は正義から視線を外して前を向いて。

「なるほど。お前が言うのならそうなのだろう」

そう言って歩き始めた。
いつの間にか足元のふらつきは納まり、しっかりとした足取りである。
目的地である炎の塔が近づいていた。


「……宇宙開闢以来の苦難である」

延々と続く塔の階段で幼女は息を切らしていた。
初期設定を忘れた彼女のパラメータは全てが最低ランクである。
幼女の歩幅で階段を登り続けるのは体力的にすごくしんどい。

「この我にこれほどの苦難を与えようとは……人とは業深い……」

肩で息をしながら愚痴をこぼす。
それでも足を止めないのは、真面目なのか融通が利かないのか。
単に目的を止めると言う選択肢を知らないのかもしれない。

「ロレちゃん」

先を進んでいた正義がその様子を見かねて、下段に回り込んでその場に屈んで背を向ける。
しかし、ロレちゃんはそれを無視して階段を登る。

「……待ってくれロレちゃん。そこで無視されると少し悲しい」

呼ばれてようやく足を止め振り返った。
屈みこむ正義を怪訝そうな目で見つめる。

「どうした。マサヨシよ。遊んでいるのなら置いていくが?」
「違うよ。疲れているようだから僕の背に乗っていかないかと思ってね」
「ふむ。そういうのもあるのか」

感心したように呟くと幼女は階段の上から正義の背に飛び乗った。
変な体制になったロレちゃんを整え、正義が立ち上がる。

「ほぅ。労をせず天へと至れる。これが人の叡智か」
「いや、まあ……そうだね」

やってることはただのおんぶなのだが、甚く感動している様子なので水を差すのも野暮だろう。
それに、あながち的外れではない。

「人間は助け合いさ。それは確かに叡智とも言えるね」
「ふむ?」

ロレちゃんを背負って長い階段を登る。
まったく掴まる気のないロレちゃんを落とさないよう気を付けながら慎重に足を進めてゆく。
そうして、ようやくこの塔の終着点、頂上フロアへとたどり着く。

「――――――――」

そこには腕組をしながら起立する無骨な男がいた。
正義はそれを視界に捉えながら、慎重に負ぶっていたロレちゃんを降ろす。
彫刻のように静かに佇んでいた男がゆっくりと目を開いた。

「面白い。魔王は来ずとも別の魚が釣れたか」

刃のような鋭い瞳が正義を捉える。
正義も目をそらさず、真っすぐにその目を見つめ返した。

「大和家の嫡男、大和正義だな」
「ええ。貴方は酉糸琲汰殿とお見受けするが、相違ないか?」

男、酉糸琲汰は然りと頷く。
互いに武に身を置き名を知られた者同士、直接的な面識はなくとも名は知れていた。

「大和家の次代は現当主を上回る才覚と聞く、試してみたものだな」
「身に余る評価はありがたく。されどまだ未熟の身なれば」

それを謙遜ととらえたのか琲汰はくっと笑う。

「よかろう。大和正義。立ち合いが望みだ。その実力、確かめさせてもらおう」

全身から湯気のように燃えるような闘気を発しながら男が構えた。

「私にはあなたと仕合う理由がない」
「ここに来たという事は当の支配が目的なのだろう? 目的を果たしたくば我を倒すしかないぞ」

言って自らの背後のオーブを親指で指さす。
その様はさながらオーブを守護る番人のようであった。

「確かに、我々は炎の塔の支配権が目当てだ。されど此方としては現時点で支配権を持つ貴方の協力が得られればそれでも構わないのですが」

正義としてはできうる限り無用な争いは避けたい。
排汰の協力を得られればこれ以上はないのだが。

「クドい! 武人に言葉は要らぬ。拳をもって語れぃ!」

ダンと地面を踏みしめ琲汰は頑として引かなかった。
正義とて平時であれば武道家として応じるのも吝かではない。
だが、今はそれよりも優先すべき目的がある。

ロレちゃんの守護と事態の解決。
その目的にこの塔の支配は必須ではない。
今の段階ではあくまで正義の推察の一つとして必要かもしれないというだけである。

必要性とリスクは見合うものなのか。
戦うか、諦めてここは引くか。
逡巡する正義。
だが、その観察眼が違和感を捉えた。

ハッとして振り返る。
いつの間にそこにいたのか。
それは気配もなく現れた。

最上階フロアの入り口には黒衣の男がいた。
少なくとも階段を上ってくる足音はしなかった。
互いに気を取られていたとはいえ、この二人がここまで気づかぬなどただモノではない。

「貴様は……」

その顔に見覚えがあった排汰が反応した。
共に龍退治に挑んだ男である。

「ドーモ。ワタシ、シャいいマス」

シャと名乗った男はニコやかに名乗りを上げるが、その笑顔に絆され油断などしない
排汰はこの男の凶暴性を知っているし、正義の観察眼にも男の笑みは今にも食らいつかんとする獣の笑みに映っていた。
恐らく正義と排汰が仕合えば、すぐさま横から喰らいつかれるだろう。

「オヤ、どうしまシタ? 戦ウのでショウ、ワタシを気ニせず続けるイイですヨ」

シャを警戒したように動きを止めた二人を挑発するように促す。
正義の正面には立ち合いを挑む琲汰に、背後からの不確定要素である第三勢力の登場。
こうなっては逃げるのも難しい、もはや衝突は避けられまいと正義は腹を決める。

「いいでしょう。だがその前に場所を変えましょう。3人で戦うにはここは少し手狭だ」

ここで戦えばロレちゃんを巻き込む恐れがある。
正義としてはそれだけは避けたい。

「構わん。では塔を降りて下で闘ろう」

琲汰からすれば幼女の安全などどうなろうとかまわない。
だが、だからと言ってわざわざ脅かそうとも思わない。

単純に弱者に興味がないのだ。
琲汰が心配するのは正義のメンタル面。
後顧の憂いをなくして全力を出せるというのならそれに応じるのも吝かではない。

移動を始めようとする二人。
そこに喉を鳴らすような笑い声が響く。

「武道家は、トロケそうなホド甘イですネェ」

それは武道家を嘲笑う暗殺者の声だった。
戦いの仕切り直し? 場所を変える?
敵を前にして、なんという甘い考えなのか。

「トックに始まってるヨ」

風を切る音。
傍らに佇む無防備な幼女の頸椎に魔手が伸びる。
だが、その手が届くと寸前で、割り込んだ正義がその手を掴んだ。

「貴様、真っ先に子供を狙うのか……ッ?」

握り潰すような力で腕を捻り上げながら、怒気を籠めた瞳でシャを睨む。
シャはそれに怯むでもなく飄々とした態度で答える。

「当然ネ。ココにいるノだから殺すヨ、大人も子供もナいネ、平等ヨ」

殺し屋シャは誰よりも平等だ。
男も女も大人も子供も全てを殺す。

シャは腕を捕まれながらも、構わず蹴りを放った。
狙いは幼女。と見せかけ蹴りの軌道が変わる。
正義と幼女、二者択一を迫る変則二段蹴り。

正義もそれは読んでいた。
だが読んでいてもロレちゃんへの攻撃は防がずにはいられない。
結果、自身の防御が疎かになり蹴りが頭部を霞める。

「…………くっ」
「正義ノ味方は大変ネ」

浅い、が体勢は崩れた。
そこシャが追撃を見舞う
だが、追撃に走ろうとしたその足が止まる。
同時にシャは横合いから放たれた蹴りを受け止めた。
琲汰の横槍である。

「こちらが先約だ」
「オイオイ。龍狩りノ時は混ぜテやったロ? 横槍はお互い様ネ」
「ぐぬぅ……」

そう言われては琲汰は返す言葉もない。
あの時先約を無視して乱入したのは琲汰の方だ。
そんな排汰を龍狩りに加えて貰った恩すらある。
だが、しかし。

「それはそれ、これはこれ!!」

なんという我侭。
己が我侭を押し通すことしか考えていない身勝手の極み。
これには暗殺者も呆れるしかない。

シャと琲汰が睨み合う。
その隙に正義はロレちゃんを抱えて階段へと駆け出した。

「あ、待て! 逃げるな、ぷッ?」

その動きに気を取られた排汰の顔面が強かに打たれる。
シャの裏拳が人中にめり込んだ。
そのまま足元を払われ、琲汰は重心を崩しその場に転がされる。

シャは倒れた排汰に目もくれず、正義の逃げた階段へと駆けた。
全く減速することなく壁を蹴り階段を下りる正義の背を追う。

「くっ…………!」

速い。
正義は階段を下りながら背に迫る気配を感じる。

このままではすぐに追いつかれると直感した正義は足を止め半身に構えた。
小柄な幼女とはいえ人一人を抱えたまま、振り切れるほど甘い相手ではない。
片腕はロレちゃんを脇に抱えているため塞がっている、使えるのは左腕だけだ。

暗殺者が階段を数段飛ばしで飛ぶように迫る。
それを前に息を吐き意識を集中、敵の動きを『観察』した。

暗殺者は狭い階段通路の壁を三角跳びの要領で撥ね、相手の逆を突く動きを見せた。
そこから放たれる鋭い跳び蹴り。
蹴りだした足が別の生き物のように撥ね予測不可能な軌道を辿る。

回避不能な必中必殺。
だが、その一撃を正義は片腕で打ち払った。
観えている。
『観察眼』を前にフェイントの類は通用しない。

正義が反撃に転じる。
攻撃を捌いた勢いのまま一歩踏み出し槍のように鋭い前蹴りを突き出す、
だが、その蹴りはしかし、あっさりと躱され背後の壁へとめり込んだ。

「ドコ狙っテ……ル!?」

軽口を叩こうとしたシャがその場を飛び退いた。
そこに蹴りの衝撃で剥離した天井が落ちてきたのだ。
明鏡止水の冷静さと観察眼で正義はあの一瞬で敵の動きのみならず、周囲を脆い個所を見抜いていた。

天井の落下にシャが怯んでいる隙に正義が身を翻して再び階段を下り始める。
だが、このくらいでは時間稼ぎにしかならないだろう。
一刻も早くこの階段を降り切って外に出なければならない。
そこまで行けば、いくらかやりようはある。

急ぎ階段を駆け出す正義。
だが、その眼前で唐突に外側の壁が破裂するようにぶち抜かれた。
大量の瓦礫と共に現れたのは筋骨隆々の男。
最上階に取り残されたはずの排汰である。
排汰は階段で追うのではなく、塔の外へ飛び降り外側から壁をぶち抜いて先回りしてきたのだ。

「逃がさんッ」

先ほどはシャを足止め正義を援護する形となったが、排汰は正義の味方ではない。
ただ自分が戦いたいがためだけの男である。
獲物を横取りされるなどされたくないし、正義にこのまま逃亡を許すのも嫌だ。
故に、後方より迫るシャよりも先に倒す。
排汰の思考はその一点。

階上からはシャが迫り、階下は排汰によって塞がれた。
ロレちゃんを抱えた状態では満足には戦えない。
絶体絶命の状況の中で正義の下した結論は。

「ゴメンよ」

そう謝罪の言葉を口にして、正義は脇に抱えていたロレちゃんを琲汰の開けた穴から外へと放り投げた。

「なっ…………!?」

余りの蛮行に排汰ですら呆気にとられた。
その一瞬。その隙をついて正義も駆け出す。
飛んで行ったロレちゃんを追うように、自らも炎の塔から飛び降りた。

既に塔の中頃、高さは10メートルほど。
それでもまともに落ちれば落下死は免れない高さである。

正義はあえて壁際を落下し、途中何度か意図的に壁を擦って落下速度を軽減。
そして地面に衝突する直前に体を丸め、落下の衝撃を五点に分散させるように回転することで無傷の着地を成功させる。
そこで正義は止まらず、自身の無事を確かめる間もなく立ち上がるとすぐさま駆け出した。
高めに放り投げたロレちゃんの落下地点まで先回りすると、落下してきたロレちゃんを危なげなくキャッチする。

「無事かい?」
「うむ。ヒュンとした」

風圧で頭がボサボサになったロレちゃんを優しく地面に降ろす。

「待ていッ!」

正義を追って排汰も飛び出す。
だが勢い余って壁際を離れすぎた、これでは壁伝いの減速はできそうにない。
憐れ排汰はこのまま投身自殺に一直線である。

「墳ッ」

排汰が廻る。
足をプロペラのように回転させ空中で旋風を巻き起こす。
そのまま回転を続けながら落下し、最後に大きく砂埃を舞わせながら両足で着地した。

それはどういう物理法則か、はたまた力業か。
ともかく排汰も五体満足のまま10メートルを超える自由落下をクリアした。

「逃がさん…………ッ!」

絶対の意志を籠めた拳を固く握り締め、正義を睨みつけた。
ようやく出会えた好敵である。
このまま逃がしてなるものか。

「オヤ、お二人で見つメ合っテ、待っテテくれたのカ?」

そこに僅かに遅れてシャが到着する。
シャはバカには付き合わずそのまま普通に階段を下り切り、出入り口から出てきた。

炎の塔のお膝元。
障害物のない荒野にて、一定の距離を置いて三人が睨み合う。
前哨戦は終わり、ここからが本番である。

「ロレちゃん。離れていて」
「うむ」

この相手に背を向けて逃げるのも難しいだろう。
二人を視線で牽制しながら、安全な場所までロレちゃんを下がらせる。

「――――マサヨシ」
「どうしたんだい?」

正義は少し驚いた。
彼女から話しかける事自体が珍しい。
何事かと思い、僅かに背後へと注意を裂く。
たが、

「? 何であろうな、貴様に声をかけねばならぬ気がしたのだが」

言った本人が心底不思議そうに首を傾げていた。
産まれた人としての感情に戸惑っているようにも見える。
正義は内心でそれを嬉しく思いながら。

「そうかい。なら、こういう時は「頑張れ」と言って送り出して欲しい」

ふむ、と無表情のまま幼女は納得を示す。

「では、頑張るがよいマサヨシよ」
「ああ。全力を尽くすよ」

立ち去っていく幼女を背に正義は気合を入れて前羽に構えた。
排汰も炎のような闘気を滾らせ拳を構える。
それを見てシャは二ィと口端を歪め呟く。

「――――鏖ね」


三つ巴において陥りやすい状況は三通りある。
一つは誰かに襲い掛かった瞬間を狙われる危険性を恐れて誰も動かなくなる膠着状態。
一つは強い相手を落とすべく戦力的に劣る二人が協力する展開。
そしてもう一つは、最も弱い者が狙われ真っ先に落とされる展開である。

真っ先に狙われるのは弱者。
ではこの三人の中で最も弱いのは誰か?

三人の男が縦横無尽に動き回ていた。
それは半端な実力者では巻き込まれただけで吹き飛ばされるような嵐である。

最も機敏に動きまわているのはシャだった。
圧倒的な機動性を生かし、少しでも隙を見せればすぐさま喰らいつく狡猾な蛇の様な動きである。

最も攻撃的な動きをしているのは排汰である。
敵の仕掛けを待たず、自ら先の先を取る攻撃的な仕掛けを見せていた。

正義に向けて排汰の腕が振るわれる。
見舞われる五月雨のような散打を防ぎながら、正義は半歩踏み込み強かに腕を払う。
拳を握り反撃に転じようとした瞬間、背後よりの蹴りを察知しその場に屈み込む。
シャの蹴りが頭上を過ぎ去る。回避と共に放った足払いは跳躍により回避された。

そして最も狙われているのは正義だった。
正義が後の先を狙うスタイルであると言うのもあるだろう。
シャと排汰は隙を見せれば牽制程度に打ち合う事はあるが狙いは正義に集中していた。

シャは現在二つの塔の支配権を得ている。
それがどれ程の影響を持つのか不明だが、GPによる強化も行っており確実な強者である。

排汰の得た支配権は一つだが、この決戦の地を支配する支配者である。
後押しの様なものがあってもおかしくはない。

対する正義はアンプルを使用しSTR、AGI、DEXを強化しているが、それでようやく追いついている状態だ。
正義も一流の使い手ではあるが、相手もまた一流である。
二対一で勝てる程、甘い相手ではない。

だが、格上二人に狙われたこの状況においても正義は冷静だった。
観察眼を駆使し、状況を読みながら、明鏡止水の精神で動じることなく防御に徹する。

とは言え、このままではじり貧なのは確かだ。
この平原では先ほどのような地形を利用した紛れはない。
単純に強いものが勝つ。

あるとするならば一対一ではなく三つ巴と言う状況だが、狙われている正義にとっていい方向に転ぶとは考えづらい。
つまり、この状況を動かすとしたら、それ以外の要因でなければならない。

「マサヨシ――――」

それは後方で戦況を見守っていたロレちゃんの声だった。
追い詰められている正義を見かねたのか、それとも別の理由か戦場に近づいてきる。

それは正義にとって望まぬ展開だが、その懸念をよそにロレちゃんが何かを放り投げた。
幼女の筋力ではまったく正義の下には届かなかったが、役目は追えたとばかりにとてとてと踵を返していった。
それが何であるかを見た正義が駆ける。そして放り投げられたそれを手に取った。

琲汰は知っていた。
故に、それを追わず、すぐさま飛び退いた。

シャは知らなかった。
故に、それを追い、反応が遅れた。

その手には日本刀。
流れるような動作で鯉口が切られ、振り返り様、刀身が鞘より引き抜かれる。

抜刀から紫電一閃。
雷光の如き刃が振り抜かれる。

数多の武を収めた若き天才。
その武功の中で最も名を知られているのが剣である。

大和正義は剣士である。

その事実を、日本の武術界隈に詳しい排汰は知り、海外の殺し屋であるシャは知らなかった。
それが命運を分け、シャの右腕から手首の先が落ちた。

切り落とされた腕を押さえシャが跳ねるように距離を取る。
腕を切り落とされたシャはタリスマンの紐を口にくわえて器用に傷口を縛り上げ止血を完了した。
そうして傷口を見つめ怒るでもなく落胆したように肩を落とす。

「イイ腕ヨ。けどガッカリネ。何故首ヲ狙わなかったカ?」

トントンと無くなった右腕で自らの首を叩く。
あの一瞬なら首を落とせただろう。
殺せるチャンスに殺さないなど、シャからすれば理解しがたい。

「殺す覚悟モない孩子にワタシ倒せないヨ」

シャも正義の剣の腕を知った
痛手であったが、先の様な不意打ち染みた奇襲はもう通用しない。
勝機を不意にした愚か者だ。

「それは違う。殺す覚悟など、とうの昔にできている」

大和に生まれたものが最初に教えられる覚悟とは殺す覚悟である。
御国の守護者として滅私奉公。最初に自らを殺すのだ。
だからこそ。

「殺す覚悟をしたうえで、殺さない覚悟をしている」

どうしようもない悪ならば斬る。
その覚悟もできているが、だからと言って簡単に命を諦めるような真似はしない。
取るとするならば最後の手段だ。

その覚悟を示すように正義が正眼に構える。
その立ち姿に一部の隙もない。

糸の張ったような一瞬の静寂。
その糸を断ち切るように待ち構える正義に向かってシャと排汰が駆けた。

迎え撃つ正義。
それだけならば先ほどと変わらぬ構図である。

だが振るわれる刃は、流水のように流麗であり雷光のように鋭かった。
足を止めさせるような払い。
シャは踏み止まり、その間合いから逃れる様に刃を避ける。

迂闊に踏み込めない
剣道三倍段とはよく言ったもの。
素人が刃物を持ったところで物の数ではないが、達人級の相手ともなると次元が違ってくる。

素手における対刃物において最も困難な点は攻撃を受けられないという所だ。
刃物による斬撃は同じく武器で受けるか防具を着込むことでしか防げない。
受けて踏み込むことも叶わなければ、長物による単純なリーチの差を覆せない。

だが、その常識を無視して踏み込んでゆく男が一人。
孤高のストリートファイターである排汰だ。

自ら間合いに飛び込んできた敵に対して、正義は容赦なく刀を振るった。
ここで躊躇う程、正義は甘くはない。
急所こそ外しているものの、手足の一本は落とす覚悟の一撃だった。

この刃に排汰の拳が衝突した。
弾かれる刃、だがすぐさま返す刃で切り返す。
再び剣が舞い、檻のような斬撃が嵐のように攻めたてる。
だが、排汰はその全てを拳一つで打ち落とした。

刃と拳の打ち合いと言うあり得ぬ攻防。
それを実現しているのはブロッキングという技術である。
攻撃の瞬間に合わせて防御を行うことによりダメージを無効化する絶技。

一つしくじれば先ほどのシャの二の舞となり手が落ちる。
それを日本刀を相手にやってのけるのだから、その技量もさることながら、実行する度胸もまた常軌を逸していた。

ブロッキングを繰り返しながら、じりじりと踏み込む。
刃より拳の間合いへ。
たまらず詰められた間合いを離すべく正義の足が僅かに引いた。

その刹那を見逃さず、排汰が大きく距離を詰めた。
それを迎え撃つべく正義が刃を振るう。
正しく狙いはその瞬間。

「ちぇりゃああ――――!!」

裂帛の叫びと共に繰り出されたそれは、素手による最も有名な対刃物の技。
すなわち白刃取りである。
軌道が読めれば十分に実現可能だ。

「くっ」

正義が刀を振るおうとするが、完全に固定され押すことも引くこともできない。
排汰が動く。狙うは武器破壊である。
折られる。直観的にそれを察した正義は、排汰の動きに合わせてあえて手から力を抜いた。

「な…………ッ?」

抵抗がなくなり、刀にかけた力が一瞬行き場を失いバランスを崩す。
その瞬間を見逃さず再び刀を握る力を籠めて手首を返すと、白刃取りを振り払い武器破壊を免れる。
再び距離を取ろうとする正義、だがその鳩尾に衝撃が走った。

「ワタシも忘レちゃイヤデスヨ」

いつの間に懐に入り込んだのか。
シャの肘が鳩尾に突き刺さっていた。
刃の矢面に立つ役を排汰に丸投げし、自身は一撃を叩き込む隙を虎視眈々と狙っていた。

「ぐっ…………がっ……!」

正義がその場に崩れ落ちる。
膝をついた正義を蹴り飛ばし、その勢いで背後の排汰へと振り返った。
一瞬で間合いを詰めたシャの左腕が排汰の腹部へと添えられる。
正義への一撃を目の当たりにしていた排汰はその一撃が浸透勁によるものであると見抜いた。

浸透勁。
それは不可思議な力などではない。
地面を踏みこむ抗力を自らを通して敵の体内に叩き込む、力の伝え方を点ではなく波として伝える中国武術の合理である。
様々な武術と相対してきた排汰は対応など心得ている。
始動となる足を注視しその瞬間を見逃さなければ、

「ガハ……………………ッ!?」

だが、起こりなどなかった。
何の前触れもなく爆発するような衝撃が腹部に沈殿する。
たった一撃で排汰が膝をつく。ただの一撃ではない。
まるで体内に直接、氷のように重い何かが叩き込まれたような異常な一撃だった。

「君ラ二人とも遊びガ足りないネ。もっとイロイロ遊びヲ知らナイと」

勁が不可思議な力ではなく武の合理であるという常識は現実世界での話だ。
勁とは、この世界においては正しく不可思議な力である。
アニメやゲームの知識があれば、あるいはその発想もあったのかもしれないが。

地に伏す二人、立っているのはシャだけである。
シャにとっては当たり前に訪れた当然の勝利だ。
それなりに楽しめただけの単なる娯楽でしかない。
倒れた二人のとどめを刺すべく動こうとしたシャの前に、腹部を抑えた正義が立ち上がる。

「オヤ、なかなかタフだネ。イヤ、回復アイテムかな?」

その言葉の通りである。
回復薬により体内のダメージを回復させた。
すぐさまそれを見抜くのもまた、ゲーム知識によるものか。

「ナラ、決勝戦と行こうカ」

シャが構え正義がそれに応じる。
三つ巴は終わり。
弱者の脱落を経て、最強を決める決戦が始まった。


「……………………ま……て」

激戦を繰り広げる様を排汰は地を舐めながら見ていた。
悔しさを滲ませ地面を掻くと、五指の形に削れた。

自分を置いて戦いを続ける二人。
取り残される。置いて行かれる。
嫌だ、嫌だ。こんな結果は認められない。

排汰は武に全てを捧げてきた。
誰よりも、何よりも。

力が及ばなかっただけならいい。
それは捧げる全てが足りなかっただけの話。
それで敗れるのは仕方がない。

だが、武に全てを捧げてきたからこそ負けるなどと言う話は認められない。
遊びがないから負けたなどそんな話はあってはならない。
アイテムがないから負けたなどそんな話はあってはならない。
排汰が余分なものとして切り捨てたものが必要だったなどと今更、今更認められるモノか!!

素手はシャにとってはより楽しむための遊びである。
素手は正義にとっては目的のため取りうる手段の一つだ。
琲汰は違う。
素手は己の強さを突き詰めることこそが目的である。
己が五体。己の身を磨き上げる事こそに意味があるのだ。

誰よりも、何よりも、武に全てを捧げてきた。
だから誰よりも、何よりも排汰は。

「――――強ぃいはずだぁあああああああああ!!」

叫びと共に勢いよく立ち上がった。
体内の氷を溶かすように魂を燃え上がらせる。

その叫びに呼応するように、大地が震えた。
同時に爆発するような轟音がエリア全体に響いた。

見れば、中央の火山が天にも届くような火を噴出していた。
エリア説明にも合った火山の噴火だ、だがこれは大きすぎる。

巨大な火山弾が雨のようにエリア全体に降り注ぐ。
それを見て。正義はシャとの攻防の手を止め、敵に背を向けるリスクを呑んで踵を返した。

広範囲の大災害、恐るべき灰と即死の雨。
その脅威からロレちゃんを守護るべく駆け出したのだ。

シャもその背を追わなかった。
流石のシャからしてもこの事態はそれどころではない。
この瞬間だけは、全員が戦闘ではなく、この天変地異に対応を要求されていた。

シャが自らに降り注いだ、火山弾を蹴りで打ち払う。
その砕けた火山弾の向こう。
排汰が降り注ぐ火山弾など見えぬような足取りで踏み込んで来た。

この瞬間だけは、全員がこの天変地異に対応を要求される。
そう、ただ一人、この地の支配者を除いて。

支配者の持つ特権の一つ。
エリアによる地形効果の悪影響を受けない。
この火山弾もその一つ。

突進からの肘打ちが暗殺者の鳩尾に直撃する。
僅かに下がった頭に向けて放たれるアッパーカット。
だが、シャは体勢を崩しながらもこれに反応し、掌で受け止めるように防いだ。

奇襲は失敗。
格闘家は世界を味方につけてもこの暗殺者を上回れないのか。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

否。否である。
運命を打ち破るように雄たけびを上げる。
昇り龍のように逆腕が跳ね上がった。
片腕を失ったシャには文字通りそれを防ぐ手がない。

「――――――滅」

格闘家の剛拳が暗殺者の胴の中心を打ち抜く。
衝撃が突き抜け、肋を粉砕しながら敵を天へと打ち上げる。

流星のように降り注ぐ火山弾。
その一つに交じって、シャの体が乾いた大地に落ちた。


正義は駆ける。
それこそ矢よりも早く。
自身に迫る火山弾に構っている暇などなかった。
いくつもの被弾を受けながら、遠方で佇む幼女の下へと駆けつける。

死の雨の中でも幼女はいつものように立ち尽くしていた。
世の些事など気にかけぬ超越者然とした態度で。

だが、それでも今の彼女はただの幼女なのだ。
そんな彼女を正義が守護らなければ誰が守護ると言うのか。

「ロレちゃ――――――」

名を読んで手を伸ばす。
幼女も、応じるように手を伸ばした。
伸ばした手が届く。
それよりも早く。

巨大な火山弾が幼女の体を直撃した。


必殺の一撃が決まった。
格闘人生の集大成ともいえる生涯会心の手応えだった。
昏倒どころか、絶命してもおかしくはないだろう。
排汰は倒れるシャを見つめる。

「…………クッ」

だが、倒れた男から声がした。
それはあるいはダメージに喘ぐ声のようでもある。
しかし、ゆらりと幽鬼の様に男が立ち上がる。

「ク、クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ」

口から大量の血を吐きながら、それに構わず殺し屋が笑う。
その足元、男を中心に砂嵐と吹雪が入り混じった嵐が吹き荒れる。
火山が排汰の猛りに呼応したように、男も何かを呼び立てていた。

「很危险、很危险。如果我不用勁保护我就死定了(危ない危ない。勁で護らなければ死んでいたよ)」

狂気に躍りながら、この世全てを嗤うように男は口元を歪めた。
余りにも悪魔じみた光景に排汰の中で純粋な疑問が湧く。
あれは本当に人間か?

否。あれは人を超えた魔人である。
魔人は血で濡れた髪をかき上げ糸のような目を見開くと、排汰に向けて指をさした。

「很有趣。我无聊了、所有的弱者。你是值得一杀(面白い、弱者ばかりで飽き飽きしていた所だ。お前は殺すに値する)」

弾丸のような殺意が向けられる。
その弾丸に射抜かれた排汰が息を呑んだ。

龍を見た時は血が沸いた。
宿敵たる我道との戦いはいつだって肉が躍った。
正義の剣技に向かっていった時だって恐れなどなかった。

だというのに足が竦む。
強敵を前にして恐れを感じる事など、生まれて初めての経験である。

「…………ハハッ」

思わず笑みがこぼれる。

排汰にとって闘争に置いて行かれることこそが恐怖であり、闘争その物を恐れたことなど一度たりともなかった。
心にあったのは常に挑むことへの沸き立つような炎。
だが、それこそが排汰にとっての壁だった。

恐れぬが故に戦いに勇気など必要がなかった。
恐れるが故にそれに挑む機会を得た。

恐れても踏み込むその一歩。
ここを踏み抜いた先に、求めるものがある。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
「クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!」

排汰は笑う。
シャも笑う。
火山弾の残り香のような炎が降り注ぐ空の下、砂と雪の吹き荒れる嵐の中で二人の魔人が笑いながら殺し合いを始めた。


「――――愚かな」

幼女は無感情な瞳で傷だらけで倒れる正義を見下ろしていた。

「己が命より他者を優先するなど生命として破綻している」

砲弾よりも巨大な火山弾の直撃を受け、幼女の伸ばした手は千切れ、内臓は破裂し、絶命は免れない致命傷を負った。
だが、死の一歩手前を彷徨う幼女に、正義は自らも火山弾の雨に晒され傷ついているにもかかわらず虎の子である秘薬を躊躇うことなく使用した。

「まったく、最後まで人とは理解し難い」

生きて種をつなぐ事こそが命の意味だ。
つがいでも子孫でもない他者を優先するなど理解し難い。

「……いや、最後扱いはやめてくれないかな、まだ生きてるよ」

正義が刀を杖代わりにして立ち上がる。
いくらか火山弾の直撃を受けたものの致命傷になるほどのものではない。
とは言え、無事とも言い難いのだが。

「だとしても同じ事だろう。お前ではもうあれに勝てぬ」

淡々と、どこまでも冷静に邪神は事実のみを告げる。
邪神の指す先で拳を交わし合う魔人たちは、人を捨てもはや別の領域に達していた。
どちらが残ったとして、この傷で挑むのは命を捨てに行くようなモノだろう。

「だとしても、君が逃げられるくらいの時間は稼いで見せるさ、だからどうか君一人でも逃げてくれ」

あの戦いがどれほど続くかはわからないが、この傷では逃げることも難しいだろう。
勝ち残るのが格闘家ならばロレちゃんに手を出すこともなかもしれないが、暗殺者ならば確実に殺すだろう。
それを防ぐためには正義が戦うしかない。
だが、進もうとする正義を引き留める様に、後ろ手を捕まれる。

「行かせてくれロレちゃん……いや、待て、君は何を……」

掴まれた手はコネクトされていた。
そこからロレちゃんの持つGP280ptから手数料を引かれた252ptが正義へと移譲される。
これほど大量のGPを持っていたことも驚きだが、それ以前になぜこんなことをするのか。
戸惑う正義にロレちゃんは言う。

「言ったのはお前ではないかマサヨシ、好きに生きろと。だから好きにしている」

正義の足元から光が上がる。
ポイントだけではない、ロレちゃんの手によって正義に何かが実行された。

あの時受け渡された刀もそうだ。
GPも支給品も正義はあえて彼女の所有物を確認はしなかった。
確認すれば正義にとって役立つモノを持っていたかもしれないが、それは正義の都合だ。
彼女のアイテムもGPも彼女のモノなのだから彼女が必要だと思ったのならその時に明かさせばいいと、そう思っていた。

だから、ロレちゃんが何を持って何をしたかなんて正義には正確にはわからない。
それでも気づくものはあった。

「待て、それは違う。それは役目が違う。君を守るのは俺の役目だったはずだ」
「そうだな。確かに貴様はそう言った。我も許可した、
 だが、人間は助け合い、なのだろう?」

識らぬものなどない全知全能の超越者は塵芥が如き存在の一粒に為り果てた。
飴の味を知り、温泉の熱さを知り、知識でしか識らなかった人間を知った。
その事実を楽しげに受け止め幼女は笑った。

不敵で不遜で幼女らしからぬ笑みだったけれど。
それでも確かに。

「ではな。マサヨシ。人としての生、なかなかに愉快であった」
「ダメだ。ロレちゃん、逃げるなら君が……!」

伸ばす手も声も届かず。
正義の体が空に向かって消えていった。


魔人と魔人の衝突は、人智を超えた領域に足を踏み込み始めていた。

「ハァ――――――ッ!!」

燃えるような闘気が炎となり放つ拳に炎が纏う。
撃てば敵を砕いて燃やす剛なる炎拳。

「シッ――――――ッ!!」

振るわれる炎拳を氷の気を込めた腕で払う。
荒野に激しく拳がぶつかり合う音が響く。
その度に炎焔が散り、氷雪と砂塵が舞う。

全てが必殺。全てが致死。
互いに即死の嵐を打ち合い、防ぎ払い躱し続ける。

永遠に終わらぬような至上の輪舞曲。
だが、それを終わらせるべく、シャが仕掛けた。

氷雪の息を吐き、踏み込みに砂塵を舞わせる。
多数の細かなフェイントを織り交ぜ、最終的に振るわれたのは失われた右だった。
排汰も僅かに虚を突かれたが、すぐさま対応しこれを防ぐ。
だが、いつの間にか止血を解いていたのか、受け止めた腕の断面から血飛沫が飛び排汰の顔面へと降りかかった。

だがこの程度、今の排汰にとって目つぶしにもならない。
多少の血糊が目に入ったところで、強く意思をを持てば目を閉じず視界は保てる。
来ると分かっている目つぶしなど怖くもない。

しかし、排汰はその意思に反して目を閉じた。
それは血の氷礫だった。
凍った刃が眼球を傷つける。
こうなれば意思一つで耐えられるものではない。

「くっ」

視界が奪われた。
だが一片の光もない夜闇の中で戦ったことなど一度や二度ではない。
視覚などなくともどうとでもなる。

だが、敵も達人。
辿るのは至難の業である。

だが不可能ではない。
あるとするならば攻撃の一瞬。
その瞬間に肉を切らせて骨を断つ。

一片の光もない闇の中に刹那にも満たぬ一瞬を待つ。
恐るべき緊張感に身が震える。
恐ろしい。だからこそ、歓喜する。

一方的な虐殺でも、健全な競い合いでもない。
現代日本では決して味わえぬ、殺し合いという至高の美酒。
これこそが排汰が求めていた物だ。
その一瞬を超えた先に、最強がある。

極限の集中。
敵の攻撃が皮膚の産毛に触れた。

瞬間、排汰は動いた。
人体限界反応速度を超える超反応。
攻撃の方向に必殺の炎拳を叩きこむ。

だが、その拳は何も捕えなかった。
狙いを外したのでも避けらたのでもない。
まるで最初から何もなかったよう。

「我逆转(逆だよ)」

声は逆からあった。
それが遠当てによる囮だと気づいた時にはすでに遅い。
放たれた抜き手が肋骨を縫って心臓を握る。

「ぐ、るぅうううッッ」
「ッ!?」

噛み締めた口端から血と泡を吐きながら排汰が暴れた。
心臓を握られながら放たれたその拳がシャの顎を打つ。

剛拳の直撃を受け、シャの体が吹き飛ぶ。
受け身を取ろうとするが、顎に入った打撃が脳を揺らし無様にも地面を転がった。
シャは2秒で目眩を整え、跳ねるようにすぐさま立ち上がる。

2秒は実戦において致命の隙。
追撃を想定して構える。
だが、シャは拳を打った後の型で固まる排汰を見つめ、クルリと踵を返した。

「哈哈。直到最后都是一个有趣的家伙(ハハ。最期まで面白い男だったな)」

仁王立ちする排汰の目と鼻からつぅと赤い血が流れた。
既に絶命している。
心臓を握りつぶされた時点で排汰は死んでいた。
その体が、光となって消えて行く。

果たして、最後の一撃が放たれたのは絶命する前か、後だったのか。
それはシャにもわからなかった。


「オヤ? 少年はドウしましたカ?」

幼女の前に血濡れの暗殺者が現れる。

「マサヨシは飛ばした、もうここにはおらぬ」
「ソウですか。ソレは残念」

僅かに肩をすくめて暗殺者は幼女に向かって歩を進めた。
幼女は動かず、二人の距離が詰まる。

「デハ、アナタ殺しますネ」

当然のことのように言う。
この男に見逃すなどと言う慈悲は存在しない。
戦士だろうと幼女だろうと誰であろうと殺す。
それがシャという殺し屋だ。

幼女は無表情のまま。
恐れ知らずのストリートファイターにすら恐れを抱かさせた魔人を前に、幼女は眉一つ動かさず正面からその顔を見つめる。
酷く退屈そうに自らを殺す暗殺者を見据え、指を差して言う。

「おまえはつまらん」

告げられた神の言葉に、男は愉しそうに嗤う。

「ソウ? ワタシは愉シイ」

どこまでも身勝手な、悪魔のような笑顔だった。


『おめでとうございます! 勇者を5名殺害したため、あなたが【豪傑】として認定されました!
 【豪傑】認定された勇者には特典があります。特典を選択して下さい』

自身の血を拭いながら身を整えていたシャの前に電子妖精が現れる。
そう言えばそんなのもあったなと、二度目の選択肢を見つめた。

前回ゲームヒントは一杯食わされた、全体に共有されるとなるとシャだけの旨味はない。
そうなると武器を必要としないシャはGP1択になるのだが。

「専用装備、と言うノはドノようなモノか指定できるのカ?」
『はい。ご要望があるなら、ある程度の範囲であれば』
「ナラ。コノ右腕の代わりニなるモノを寄越すヨ」

そう言って切り落とされた先のない右腕を振るう。

『承りました。申請します少々お待ちください。
 …………………………完了しました。
 アイテムボックスに送られましたので、ご確認ください』

言われてシャがアイテム欄を確認するとそこには『暗殺者の義手』というアイテムが追加されていた。
装備すると専用装備と言うだけはあって傷口を塞ぐようにぴったりと合った。
指を動かす、違和感は殆どない。
これならば戦闘に支障は殆どないだろう。

アイテムを確認し終えたシャは続いてメンバーを確認する。
確か、あの少年はマサヨシと呼ばれていた。
その名を見つける。

「ヤマトマサヨシ」

クツクツと暗殺者は笑う。
この右腕の借りを返す。
また楽しみが増えた。

『次は7名以上の殺害で最終称号【支配者(ボス)】を獲得できます。ゴールを目指して頑張ってください』

[酉糸 琲汰 GAME OVER]
[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ GAME OVER]

[C-1/炎の塔前荒野/1日目・昼]
[シャ]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:B LUK:C
[ステータス]:右手喪失、胸骨骨折(【気功(A)】による治癒中)
[称号]:【豪傑】
[アイテム]:暗殺者の義手(E)、申請券、不明支給品×5
[GP]:260pt→320pt(勇者殺害により+30pt×2)
[プロセス]
基本行動方針:ゲームを楽しむ
1.ヤマトマサヨシに右腕の借りを返す
※所有者を殺害し「炎の塔」の所有権を獲得しました。

【暗殺者の義手】
シャ専用装備。素手と変わらぬ性能を持つ高性能義手。
表面の皮膚スキンは柔らかだが骨子部分は鉄よりも固く、半端な盾よりも頑丈である。
装備時に隠密(B)、冷静(B)のスキル効果を得る。

[?-?/???/1日目・昼]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C→B(アンプルによる一時強化) VIT:C AGI:B→A(アンプルによる一時強化) DEX:B→A(アンプルによる一時強化) LUK:E
[ステータス]:全身にダメージ(大)
[アイテム]:アンプルセット(VITUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(万能薬×1)、万能スーツ(E)、無銘(E)
火炎放射器(燃料75%)、飴
[GP]:11pt→263pt(ロレちゃんより譲渡+252pt)
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.ロレちゃん……
2.脱出に向けた情報収集(ゲーム、ファンタジーについて詳しい人間に話を聞きたい)、志を同じくする人間とのとの合流
3.何らかの目途が立ったら秀才たちとの合流

【無銘】
刃渡り2尺4寸の直刃。銘はなく無銘。
分かっているのは古刀ではなく現代の刀鍛冶によって打たれたモノである事だけである。
しかし切れ味と頑丈さは名だたる名刀にも引けを取らない。

【エスケープアローン】
対象1名をランダムな位置に転移する消耗アイテム。
転移先の距離の制限はなく、また転移先は地中や海中や空中などは除かれ最低限の地形的安全は確保される。
自身、又はコネクトした対象のみに使用可能。

067.サメ×アイドル×殺人鬼 投下順で読む 069.新しい目標 - Tribute to The Doomed -
時系列順で読む
幽世の湯 大和 正義 昼の流星に願いを
ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ GAME OVER
炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~ 酉糸 琲汰 GAME OVER
お宝争奪戦 シャ 暗殺者は海を征く

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年09月29日 22:26