太陽が頂点に近づき、陽光が仮想世界を照らす。
時刻は正午を目前としていた。
2度目の定時メールを前に、ソーニャの下に少し早めのメールが届いていた。

それは高井丈美から届いたメールである。
だが、それがただのメールではないことは開く前から察せられた。
何故なら、このゲーム内においてメールはおいそれと送れる物ではない。
貴重なGPを使用するのだからただの雑談なんて事はないだろう。

「ソレじゃー開きマスネ」

その重みを理解しながら、いつもの調子を崩さずソーニャがメールを開くべくメニュー画面を操作する。
だが、その横でなにやらもじもじとしている良子の様子に気づいた。
ソーニャは仕方なさげに小さくため息をつくと、笑みを浮かべる。

「メールの文面を投影しマスネ」

丈美からのメールを良子も読みたがっている事を察したソーニャは、メールの文面を前面に投影した。
良子はぱっと表情を輝かせ、とことことソーニャの傍まで駆け寄ると、肩を寄せ合い同じ方向からメールの文面に目を通す。

「こ、これは…………ッ!?」

その内容を見て良子が驚愕の声を漏らした。
そこに書かれていたモノとは。

『ひゑレニナょ丶)まιナニ、ぉレナ″ω、キτ″すカゝ?』

「よ、読めぬ………」

文字化けでもしているのかと思ったが、違うようだ。
まるで暗号である。
そう言えばクラスの女子たちがこんな文章でやり取りしていたな、なんて記憶が思い出された。
同じ女子中学生ではあるものの同年代女子と付き合いのない良子からすれば古代文字や神代文字の方がまだ分かりやすい。

「ふむふむ。ナーるホド」
「よもやよもやだ!? この暗号を解読できるのかソーニャ!?」
「Да! バイリンガルですカラ!」

ビシッと親指を立ててサムズアップする。
バイリンガルってすごい。良子はそう思った。

自信にあふれた笑みのままソーニャはこほんと咳払いを一つ。
透き通るような美しい声で、翻訳した内容を読み上げ始めた。

「拝啓。薄暗い夜の闇も明けて行き、暖かな日の光が照らす時刻となってまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?」
「……ホントにそんな事書いてる?」

怪しくなってきた。
ツッコミも気にせずソーニャは滑らかな発音で翻訳を続ける。
それによるとメールの内容はこうだった。

『そちらに預けたヴィラスちゃんはお元気でしょうか?

 私の我侭で皆さんに押し付ける形になってしまった事を今更ながらお許しください。

 皆さんに押し付けた立場で勝手を言うようですが、ヴィラスちゃんをよろしくお願いします。

 あれから私は幸運にも優美先輩の所在を知る事が出来ました。

 上手くいけば、これから接触できる予定です。

 そこで積りに積もった想いを晴らしたいと思います。

 どのような結果になっても後悔はしないつもりです。

 ですが、もし次の放送で自分の名前が呼ばれたのなら、優美先輩に殺されたと考えてください。

 そうなったとしてもどうか先輩を恨まないで上げてください。

 それでは。勝手な願いばかりでしたが、どうか同行しておられる我道さんや有馬さんにもよろしくお伝えください。

 追伸

 私がダメだった場合、バレー部のマルシアにリベンジできなくてごめんなさいと伝えてください』

「かしこ…………トの事デス」

ソーニャが翻訳したメールの文面を読み終えた。
決死の覚悟すら読み取れる内容に二人は口を開かず沈黙が落ちる。
慕っているのに殺される可能性を考慮している、不思議な関係だった。
彼女の追っている先輩とは、どのような人物なのか。

それも気になる所だが、それ以上に良子が気にしているのはヴィラスの事だ。
彼女たちの下にヴィラスはいない。
託された者として丈美に申し訳がない気持ちがない訳ではないが、それ以上に、怖い。
あの野生の眼光と、全てを噛み千切るような鋭い牙。
思い返すだけでジクリと噛み付かれた傷口が痛む。

懸念を抱え沈黙が続いていたが。
その静寂を打ち破るようにソーニャが一つの疑問を口にした。

「……ところデ、有馬サンって誰デスかね?」

メールに登場した謎の名前。
首をかしげるソーニャに、良子が肩を震わせ反応する。

「き…………っ」
「…………キ?」

ゆっくりと頭を抱えてくの字に折れ曲がってゆく良子を同じ速度で観察しながらソーニャが追う。

「き、気づかれてたぁああああああああああ!!」

ぐおおおおっともんどり打ってのたうち回る。
良子にとって丈美は同じ中学の先輩である。
親しい間柄ではないが、理由は異なれど互いに目立つ存在であったため顔見知りではあった。
と言うか一方的に妙に敵意の籠った視線で睨まれることもあった気がする。

その為、出会った時はばれないように隠れていたが普通に気付かれていた。
気付いてたのにノーリアクションだったのが更に痛い。

良子にだって羞恥心くらいある、というか人一倍ある照れ屋さんだ。
赤の他人や気心知れたPCゲーム同好会のみんなならまだしも、顔見知りの一般人に知られたのは恥ずかしい。
そのリアクションを見てソーニャはポンと柏手を打つ。

「Ой! 有馬サンってアルアルの事だったデスネ」
「ぐおおおおぉぉおお」

容赦ない追撃。
知人へのアバターバレのついでに友人への本名バレまでした。
折角これまで†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†と言うアバターを完全に演じ切っていたと言うのに。

「…………ク、ククッ。ハッハッハ!!」

ここまで来ると失うものなど無い。
良子は開き直るように仁王立ちすると、ヤケクソ気味の高笑いを浮かべた。

「勘違いするでない我が盟友よ!
 有馬良子は現世における仮の名に過ぎぬ、我が真名は貴様の知る†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†であるッ!! 間違うでないぞッ!!!」
「あ、ヨシコって言うんデスね。いい名前だと思いマス」
「……ククッ。失うモノあったわ」

いらぬ墓穴を掘り、フルネームまで明かしてしまった。
くぅと頭を抱えて屈みこむ黄昏の堕天使。
ソーニャはうーんと思い悩む様に腕組をしながらゆっくりとその周囲を歩き始めた。

「ヨシコちゃんとアルアル。呼び方ドッチがイイです?」
「ど、どっちもやめてぇ……」

そんな定番になったやり取りをしている間に、メールの着信を知らせる通知が届く。
今度はソーニャだけではなく、両方に届いたようである。
時刻は正午、定時メールの時間だ。

僅かに息を飲み互いに頷きあうと、各々が自分に届いたメールを確認する。
前回と同じような連絡事項を読み飛ばす。
確認は必要だろうが、今は興味があるのは一点だけだ。

目を向けるのは死者の名前。
そこにはある意味で予想通りの名があった。

高井丈美。
先ほど送られたメールの内容からして、間違いなく陣野優美に殺されたのだろう。
これで陣野優美は危険人物で確定。避けるべき相手となった。

先ほどのメールからして、丈美はこの結末を覚悟していた。
本人が覚悟していたとしても、あれほど慕った相手に殺されたのかと思うとやりきれない話である。

そしてもう一つ。
ソーニャだけが気にした名前があった。

三条 由香里
HSFのトラブルメイカー。
彼女の巻き起こすトラブルはいつも楽しい物だった。
ソーニャも振り回す側だったので一緒に騒いで、よく可憐に叱られたものだ。
そんな由香里ももういない。

可憐が死に、キララが死に、利江が死に、由香里が死んだ。
これでもうソーニャ以外のHSFの生き残りはリーダーである鈴原涼子だけとなった。
訳の分からない理不尽な殺し合いに巻き込まれて終わってしまった。
大声で泣き出しそうになる、絶望に挫けそうになる。
だけど、今は。

静かに目を閉じる。
それは死者に捧げる黙祷であり、涙が零れないように堪えるための動作でもあった。
悲しみも弔いも後回しだ。
今それをすればきっと動けなくなるから。

今のソーニャには守護るべき友がいる。
涼子だって探さなければならない。
自分の事情ために死者への祈りを後回しにする勝手を、どうか許して欲しい。
涙が零れないように天を見上げる。

そこで少女は昼の空に流星を見た。


悲しいまでに青い空を引き裂く様に光の線が奔る。
それは流星。あるいは天の落涙のようでもあった。

流星は地面に叩き付けられるでもなく、音も無くふわりと羽の様に着地した。
それは大和正義と言う名の少年だった。

その場に蹲るようにひざを折る。
すぐに立ち上がることはできなかった。

それは傷によるものだ。
体ではなく心の。

いかに大和正義とて、所詮は17歳の少年である。
一度砕け散った信念と自尊心はそう簡単に治る物ではない。

自らが敗れるだけならばいい。
己を最強であるなどと言う驕りはない、敗北もするだろう。

だが、守護ると誓った小さなあの少女を守護れなかった。
守護るどころか、守護られたのはこちらの方だ。
その事実が何よりも彼を打ちのめし、鉛を飲んだ様に体を重くする。

敗北の味は喉元を苦くする。
俯きは視界を狭め、目の前を暗くする。
項垂れは手足を固まらせ、動く気力を奪ってゆく。
全ては己の力不足によるものだ、言い訳の余地はない。

何と情けない。
自らの現状に誰よりも嘆きながら。
なればこそ、自縄自縛の鎖から逃れることができずにいる。

沈み込む正義。
だが、そこでふとポケットに何かが入っている事に気づいた。
ポケットをまさぐると指先に僅かにべたついた固い感触が触れる。
それを握りしめ取り出す。

ゆっくりと手を開く。
手の平には宝石のように輝く、どこか安っぽい黄色。
それは飴だった。

「――――――」

誰が入れたか、なんて考えるまでもない。
歯を食いしばり、飴を強く握り締めた。
握り締める手に、失われたはずの力が籠る。

飴を口内に放り込む。
己が糧とするように乱暴に噛み砕く。
苦い敗北の味は、柑橘系の甘味に打ち消されていった。

その味に自分が何をすべきかを思い出す。

今は悲嘆に暮れる時ではない。
拳を握り立ち上がる時である。

怒りは己が両足を支える礎とせよ。
後悔は己を奮い立たせる活力とせよ。
正義は己の奥底で燃える炎とせよ。

眼に火が灯る。
冷たい手足に血が通う。
短い倦怠は終りだ。

正義が、動き出した。
彼女から託されたものは飴だけではない。
GPを確認する。263pt。
これもまた彼女に譲られたモノだ。

手数料を差し引いてもこれほどのGPを持っていただなんて驚きではあるのだが。
恐らくは初期GPからほぼ手つかずだったのだろう。あの娘らしいと言えばらしい話だ。

これは彼女が託してくれた想いである。
1ptだって無駄遣いはできない。

だがGPはこの殺し合いの攻略に必要なものである。
使わず後生大事に抱えて腐らせていたら、それこそ無意味だ。

何が必要なのか。
何に使うべきなのか。
その見極めが必要となる。

次に届いていた定時メールを確認する。
速読する様に目を通し、そこで知るのは二つの死。

幼少の頃指導を受けた、かつて師である我道の死。
我道程の達人が敗北したのは驚きではあるが、正義の辿った道のりを思えば不思議ではない。
哀悼を捧げる気持ちはあれど、この場においても恥じぬ生き様を貫き通した事は確信している。

それよりも、今の正義にとって直接的に関係するのは秀才の死だ。
この地における協力者の死。
同行していた月乃の名がない事から、秀才が身を挺して守護ったのだろう。
そこに疑いはないが、月乃の現状は心配だ。

メールを確認するが、月乃からの連絡はない。
アプローチするならばこちらからと言う事になる。
いきなりのGP仕様になるが、背に腹は代えられない。
現状の報告と次に取るべき方針についての内容を正義は素早くメールをしたため月乃へ送る。

ひとまず、この場で出来る事はこれくらいだろう。
これ以上を求めるなら、行動が必要となる。
まずやるべきは。

「そこの君たち、話を聞いてもらえないだろうか」


ソーニャと良子の二人は昼の空に落ちた流星を追っていた。

天を見上げ、流星の軌跡を視線でなぞってくと、流星は水の塔近くへ落下した。
それを目視し互いに頷きあうと、二人は慎重な足取りで落下点へと向かって行く。
そして落下点にあるのが人影である事に気づき、物陰に隠れて様子を窺う。

水の塔の陰に座り込んでいたのは少年だった。
俯き打ちひしがれた少年であったが、ソーニャの感じた印象はまるで鋭い刃の様だった。
恐怖を与える凶器ではなく、安心を与える武器のように。
鍛え上げられ研ぎ澄まされた刃が、来るべき時のために鞘に納まっている。

「――――そこの君たち、話を聞いてもらえないだろうか」

隠れていたはずのソーニャたちに声がかけられる。
少年の決意を込めたような鋭い瞳がソーニャたちが隠れていた方向に向けられた。
気付かれた、いや、最初から気付いていたのか。

「ドーします? アルアル」
「う、うむ…………どーしよう」

応じるか否か。
決断を委ねられた二人は声を潜めながら相談を始めた。
だが襲撃を受け痛手を負った後である、すぐには決断しかねるのもしかたなかろう。
害意はなさそうに見えるが、それだけの根拠で不用意な接触は躊躇われた。

そうして迷っているうちに少年が動いた。
くるりとソーニャたちのいる方向に背を向けて両手を上げる。

「無理にとは言わない。信用できないと言うのなら、このまま立ち去ってくれて構わない」

相手が悪意と銃を持っていれば頭を撃ち抜かれてもおかしくない体勢である。
安全を示すにしてもやりすぎだ。
見せられる誠意がこれしかないと言うように無防備を晒している。

「勿論、戦おうというのならそれでも構わない。その場合は全力で相手になる」

無防備な背を見せながら、一切のブレなく変わらぬ調子で言う。
それは余程の自信か、それともよほどの考えなしか。
判断がつきかねる態度である。

「トリあえず。お名前聞いてもヨロシイデスカー?」

身を隠したまま声だけでソーニャが問いかける。
名を問われた少年は降参を示すような両手を上げた状態のまま、そうとは思えぬほど堂々とした態度で名乗りを上げた。

「――――大和正義」

その名前に二人が反応して顔を見合わす。
それは聞き覚えのある名前だった。
我道から聞いていた信頼できる人間の一人。

「ソノお名前は我道サンから聞いてマス」
「……我道さんから?」

思いもよらぬ名が出てきたことに驚き、思わず正義が振り返る。
そこには雪の妖精の様な美しい少女が立ってた。
物陰から出っていたソーニャから僅かに遅れて、おずおずと堕天使も姿を現す。

こうして三人の少年少女が結び付く。
一人の男が繋いだ縁によって。


「なるほど……師範代らしい」

ソーニャたちから話を聞き終え、我道の脱落の経緯を知った正義はそう感想を漏らす。
脱落すれど我道は少女一人助けられなかった正義と違って少女二人を守護ったのだ。
そこには敬意と尊敬しかない。

正義とソーニャと良子は互いにこれまでの簡単な経緯と情報を交換し合った。
出会った人物や危険人物の情報、探している知り合いの情報。ここまで正義が立てたある程度の推察。
話題に出た人はもう殆ど脱落してしまったが、ひとまず一通りの共有できた。

「ツキノは無事でナンでショウか」

HSFの情報は得られなかったが、アイドル仲間の月乃の情報は得られた。
別行動中に同行者が脱落したと言う話だが。

「……分からない。メールで連絡はしたけれど、まだ返事は来ていないね」
「ソーですか……」

心配であるが、今はどうしようもない。
無事を信じる他ないだろう。
自分たちにできる事と言えば今できる事をやるだけだ。

「人の心配も大事だが、今は自分のできる事をしたい。
 そのために君たちの力を貸してほしい。俺一人では足りないんだ」

正義は己が無知を知っている。
事態の解決にはどうしても協力者が必要だ。
我道が繋いでくれた縁に感謝しながら改めて尋ねる。

「力を貸すトハ?」
「知恵を借してほしい、幾つか質問したい事があるんだ」
「質問デスカ? 構イマせんケド。余リ難しい事は答えラレないデスよ?
「そう構えなくていい。率直な意見が聞きたいだけなんだ」

そう言って正義は二人に視線を向ける。
ソーニャは微笑を湛えたまま変わらぬ表情だが。
如何に我道の知り合いとは言え人見知りの激しい良子は僅かにソーニャの背に隠れるように立っていた。
さっきから正義とのやり取りもソーニャまかせである。

「まず尋ねたいんだが。君たちはここに来た経緯を思えているかい?」
「ケイイ?」

問い返すソーニャに正義は頷きを返す。

「我々がここにいる以上、必ず連れてこられた瞬間と言うものがあるはずだ。」
 そこに何故我々が選ばれたのか、その理由が――共通点があるはずだ」

そう言われて、ソーニャは腕を組んで頭を捻る。

「Хм。ソンな記憶はナイデスネぇ~」

良子もこくこくと頷く。
それはそうだ。あればとっくに話している。
この質問を投げかけた正義にだってそんな覚えはない。

「それなら逆に考えてみよう。君たちは、どこまで思い返せる?」

ここにくるまでの最後の記憶はどこか。
ある程度の記憶改竄も可能だとするならば、犯行の証拠は残すまい。
だが、全ての記憶を消した訳ではないのならば、思い出せる最後の記憶があるはずだ。

言われて、二人の少女は自身の記憶を思い返す。
まあ良子は思い返すまでもなく、いつもみたいに同好会のみんなと部室でだべってた記憶しかなかったが。
開き直るようにとりあえず笑って雰囲気を出しておいた。

「クククッ。我は電脳を支配せし同志たちと日課の暗黒円卓会議よ」
「ワタシはバラエティ番組の収録でしたネ。正義クンはドーなんデス?」
「会長に生徒会室に呼び出された、所までは覚えている」

予想通りではあるが、まるで共通点がない。
強いて言うなら良子と正義が学校内に居たと言うくらいだろうか。

「諸星さん。その番組の具体的な内容は思い出せるかい?」
「Хм... 何の企画だったかは思い出せませんが共演者はHSFと…………」

そこまで言ってソーニャが何かに気づいたように言葉を詰まらせた。
そしておずおずと口を開く。

「……ヒカリとツキノ。ココに呼ばれた2人デス」
「アルマ=カルマさん、君は誰と一緒にいた?」
「えっと……同好会のメンバーだけど……である」
「聞き方を変えよう。君と一緒にいた人は、この場に呼ばれているかい?」

こくんと頷く。
その頷きを見て正義もまた確信を得た様に頷く。

「俺が生徒会室に行った時そこには会長と副会長がいた。2人ともこの世界に呼ばれている」

ここまで来ると偶然ではないのだろう。
記憶の途切れた瞬間にそばにいた人間が連れてこられている。

「ソレはまァ、記憶が途切レタ後に何かがアッタと言うのはソウなんでショウけど、ソレ以上は分からナクないデスカ?」

ソーニャの言葉に良子もうんうんと頷く。
なるほど、記憶が途切れた後に何かがあったのだろう。
それ自体は想像に難くない。
問題はその何かが何であるかだろう。
そればかりは想像もつかない。

「いや、そうとも限らない」

その否定的意見を正義が否定する。

「ここがネットワークゲームなのだとしたら、もっともシンプルな答えがあるはずだ」

その言葉に、気づきを与えられたのかソーニャが先を続ける。

「ネットワークゲーム『New World』に接続した人、デスネ」

フルダイブVRゲーム。
この『New World』に接続したものが囚われた。
それが一番シンプルな推察であり回答だろう。
つまりは、消されているのは本来の『New World』に関する記憶。

「私達は番組の企画がソーだったとシテ、アルアルもソー言う部活らしいノデあり得るカモデスけど。
 正義クンのは難しくないデスカ? 生徒会室でゲームしマス?」

しかもフルダイブVRゲームともなればそれなりの環境が必要になる。
そんなものが学校の生徒会室に在るとは思えないが。

「諸星さんの言った企画がそうだったとして、そこに月乃さんが居たのならあり得る」

月乃がその手の企画に参加すると言うのならば。
その兄である太陽が事前に安全性の確認と称して、同じ内容を確かめる可能性は高い。
そして、それに秀才や正義がつき合わされた可能性は大いにある。

「ナラ、ココにイル人達はみんなネットゲームに接続したって事デス?」
「そう、とは言い切れないかな」

ここにいるのは一般人だけではない。
参加者の中には獄中にいるはずの犯罪者の名もあった。
彼らにネットワークゲームに接続できるような環境があったとは考えづらい。
なにより魔王、ましてや邪神がVRオンラインゲームに参加するとは思えない。

「複数の入り口あって『New World』の接続以外にも入り口あるのか、そもそもこの推察が見当はずれなのか」

一つの可能性としての思い付きにはなったが、今すぐに真偽を判断するのは難しいだろう。

「では次の質問、どちらかと言えばこちらが本題だ。
 君たちはゲーム――――特にオンラインゲームについて詳しいだろうか?」

オンラインゲーム。
切り出された問いは、真剣な表情とは余りにも不釣り合いな内容だった。
その真剣さに僅かに戸惑いながらもソーニャは答える。

「Хм。空き時間にスマホでソシャゲくらいならヤリますケド……詳しいカと言われるとソーでもないデスネ」

楽しいものはなんでも手をだすソーニャだが、幸いリアルが充溢しすぎてオンラインゲームにまで手を出すに至っていない。
HSFで言えば由香里がプレーしているなんて話は聞いた事があるが、ソーニャ自身は楽屋で暇つぶしにスマホを弄る程度だ。
応じられるほどの知識を持たないソーニャは、視線を自らの後ろに隠れるようにしていた堕天使に向ける。

「ケド、アルアルは詳しいんじゃないデスカ?」

話をパスされ、二人の視線が自らに向けられてる事に気づく。
黄昏の堕天使はシュババと手をクロスさせ顔半分を隠すようなポーズを決める。

「ククッ。深淵の一端も知らぬ無知なる者はこれだから困る。光の世界に生きる者には分からぬか、この領域の話は……。
 確かに我は常人の及ばぬ深淵に生きる者。しかし深淵の知識も一枚岩ではないと知るが良い!」
「ヨウは守備範囲が違うカラ、ゲームはアンマり詳しくないデス?」

PCゲーム同好会に入り浸っていたが良子が所属しているのは漫画部である。
漫画部と言っても先輩が卒業して部員は良子一人となってしまったが、それはそれ。
良子の領域はゲームではなく漫画、特にファンタジーモノである。

「侮るでない! 一芸に秀でるは多芸に通ず!
 日々電脳遊戯に勤しむ賢人たちの最高会議所にて、我は魔導書を漁る日々を送ったものよ」
「ナルホド。ゲームに詳しイお友達のトコロで雑誌とか読んデタんデスネ」

PCゲーム同好会の部室で暇つぶしに専門誌を読み漁ったりもした。
少なくとも何も知らない一般人に比べればいくらか造詣は深い。

「すまない。不勉強ゆえか彼女の言葉が理解しかねるのだが……つまりは?」

特定の病人特有の言い回しに、正義が要領を得られず困惑を示した。
そこにソーニャが助け舟を出す。

「ワカラン事もナイって感じみたいデスヨ」
「なるほど……諸星さんは博学でいらっしゃる」
「Да! バイリンガルですカラ!」

ビシッと親指を立ててサムズアップする。
正義もそれなりに語学に精通しているつもりだったが、まだまだ未熟であると思い知る。

「それでは黄昏の堕天使 アルマ=カルマさん、君に尋ねたい」
「う、うむ」

律儀にアバターのフルネームを呼び、良子へと真正面から向き直る。
アルアル呼ばわりも抵抗があるが、文字上ならともかく面と向かって音読されると妙な戸惑いと気恥しさがある。
というか他人からまともに呼ばれたの初めてじゃなかろうか。
そんな良子の困惑をよそに、正義は尋ねた。

「ゲームにおける勇者とは何か」

魔王ですら回答に熟考を必要としたこの問いに、良子は特に悩むことなく返した。

「役割(ロール)もしくは職業(ジョブ)」

勇者を選ばれし者だと答えた魔王とは別方向からの答えだった。
当事者視点ではなく、より高い視座からの内容ではなく枠組みに対する答えである。

「勇者はただの役割に過ぎず特別ではないと?」
「否! 勇者は殆どの場合において特別であろう!
 特別であるが故に、また特別な存在であるプレイヤーがそう在るのである!!」

ゲームの中では誰もが勇者(とくべつ)になれる。
それがRPG(ローププレイング)である。

唯一無二の存在であるプレイヤーが唯一無二の勇者になる。
それは至極まっとうな流れであり納得できる話だが、一つ疑問が生じる。
プレイヤーが複数存在するMMORPGでもそれは同じ条件になり得るのか?

「プレイヤーが複数名がいるなら、勇者も唯一無二の特別な存在という事にはならないのではないか?」
「クククッ。甘い……! 駅前のフルーツタルトのような甘さよ!
 定められし命題、すなわち『宿命』は世界によって異なるモノ……! 勇者が唯一無二足らぬ運命もまたあろう。
 世界のシステムによっては勇者が誰にもなれる職業(ジョブ)である事もある。無論それを選択できるのも特別な存在である我々(プレイヤー)のみの話であろうがな」

教えを説く立場として話ていてテンションが上がったのか。
派手な身振り手振りを加えながら語る堕天使の言葉は、また難解になった言い回しに突入していた。

「物語(ゲーム)の設定に依る、との事デス」
「なるほど」

横からのソーニャの補足を聞いて理解する
身も蓋もない話だが、その通りだろう。

ならば必然、湧く疑問がある。
『New World』における勇者の定義とは何なのか?

「そう言ったものは、どうやって知るんだ?」
「世界の定義を示し魔導書もしくは電子の海に記された予言、あるいは世界の始まりを告げる戯曲」
「ダイタイ説明書か公式HPかオープニングで語らレルそーデス」
「オープニング?」

それらしきものに心当たりがあるとするならば、最初の説明だ。
確かあの説明の中にあったのは、招集された全員が勇者である事。
この世界における唯一の勇者を目指すために殺し合いを行う事。
あの中にそれらしい説明はこのくらいか。
目的では明確であるが定義は明確ではない。

「それは必ず説明されるものなのかい?」
「否。秘匿され語られぬこともある、封じられし物語……」

黄昏の堕天使が遠い目をして海を見つめる。
プレイヤーに対して設定上の世界観は必須ではない。

「それは必ず存在するものなのか?」
「古代の遊戯であれば存在せぬものもあると伝え聞く。だが現世の遊戯で物語が定義されておらぬ物は珍しかろう」

古いゲームならまだしも、今どきのMMORPGであれば大抵はストーリーは存在する。
ならば『New World』のストーリーはあると考えるのが自然だろう。

その内容はなんなのか。
こればかりは個別の話だ、具体的な所は一般的なゲーム知識ではどうしようもない。
ならば、ここから先を問うべきは黄昏の堕天使ではなく。

「シェリン。聞きたいことがある」
『はい、あなたのシェリンですよ。何でしょうか?』

ヘルプコールで電子妖精を呼び出す。
鱗粉のような光をまき散らしながら虚空に可憐な少女の姿が現れる。

「『New World』における勇者の定義とはなんだ?」
『回答できません』
「では『New World』のストーリーとはなんだ?」
『回答できません』

予想通りの答えが返る。
このシェリンはこの殺し合いの案内役だ。
殺し合いに関する質問であれば答えられるが、それ以外は答える必要がない。
いや答えられない。

だが、その答えを知る方法をプレイヤーは持っている。
正義が振りかえり、ソーニャと良子を見据えると深々と頭を下げた。

「ありがとう。2人とも。キミたちのお蔭で新たな知見を得られた。心より感謝する。
 だが、もう少しだけ付き合ってほしい、少し場所を変えたいんだが」
「ワタシは構いマセンけど、ドチラまで?」
「そう遠くはないから心配しないでくれ」

そう言って正義は歩き始めた。
二人の少女もその後に続く。

辿り着いたのは本当にすぐそこだった。
正義の目の前には至る所に配置されたコンソールの一つがある。

「最初に少し説明したが、この殺し合いは元からあったVRゲーム『New World』を流用したものだと推察できる。
 つまり、この殺し合いとは違う、本来のVRゲームとしてのシナリオがあったはずだ。
 そこに攻略の鍵があるのではないか、とアルマ=カルマさんから教授頂いた話でそう言う結論に至った」
「ケド、ソレには答えられナイって言ってたデスヨ?」
「ああ、だからこれで聞く」

言って正義はコンソールを操作する。
コンソール上から改めて電子妖精が呼び出された。
現れた電子妖精に向けて迷うことなく正義は問うた。

「質問だ。『New World』の本来のストーリーを教えてくれ」
『了承しました。GPが50pt消費されます。問い合わせを申請しますので少々お待ちください』

正義は不動のまま、コンソールの前で返答を待つ。
その背後で緊張感に耐え切れず良子は息を飲んだ。

『お待たせしました。申請が受理されました』

世界の秘密を解き明かす申請が受理された。
電子妖精が語り始める。
世界に刻まれた本来の物語を。

『今は小さき一つの世界。

 その中心には一つの塔が聳え立つ。

 塔の頂点には美しく輝く宝玉があった。

 宝玉には世界が封じられていると、そう言い伝えられていた。

 塔には多くの財宝が眠っていたが多くのモンスターが蔓延り、頂上に辿り着いた者はいない。

 そんな世界に異世界より勇者が現れた。

 恐れを知らぬ勇者たちは塔を登る。

 塔の頂上で勇者たちを待ち受けるの宝玉を守護する強力な守護獣。

 勇者たちは力を合わせて困難へと挑む。

 守護獣を乗り越え全ての大陸を解放した先に、救いの塔が現れる。

 ――――新たな世界(New World)を切り開け』

説明を終えたシェリンが一礼して姿を消した。
腑に落ちない点は多々あるが、一つ大きな納得があった。

「そうか……新しい大陸(せかい)を解放していく、だから『New World』なのか」

本来はエリアは解放されてゆくものだった。
定時メール毎にエリアが除外されてゆくこの世界とは真逆のゲーム性だ。

「……何故、そのままにしなかったんだろう?」
「ソリャー、ゲームもビジネスですカラ。人が増えて行ってソレに合わせてエリアも増えて行く想定だったのでショウ」
「そうか……目的自体が真逆なのか」

人が増えて行く想定のネットワークゲーム。
人が減っていく想定の殺し合い。
真逆の方向性だからそのままでは使えない、調整が必要だった。
それがエリアの除外。

相違点はそれだけではない。
確かに塔の頂点には宝玉(オーブ)があった。
だが、モンスターも守護獣もいなかった。
何もなさすぎて拍子抜けしたくらいだ。

「これは恐らく参加者以外の殺し合いを嫌ったのだろう」
「強イ敵が居タラ協力しちゃいマスからネー」
「うむ。本来はその守護獣とやらはレイドボスであったのだろうな」

三人の意見が一致する。
こちらが無くなった理由はわかりやすい。
本来はプレイヤーの協力を推奨するゲームだったが、殺し合いに流用するにあたって協力要素を排除したのだ。
メールシステムなどからそれは見て取れる。
だが一つ、気になる単語があった。

「レイドボスと言うのは?」
「数多の勇者が力を束ねて挑む無双の強敵の事である!」
「なるほど」

そのレイドボスを倒せば大陸、こちらで言う所のエリアが解放されたのだろう。
そしてその全ての大陸を解放すれば出現するという『救いの塔』。
最後に現れるという立ち位置から重要性は見て取れるが、どういう役割を持つ物なのか。

そもそもこの殺し合いにおいても存在するのかという疑問はある。
全ての大陸を解放するという条件は、大陸を除外していくこのゲーム内では成立しない。
このゲームでもそれがあるとするならば、真逆の要素で同じ結論を導くための代用品が必要となる。

それが何かと言うのなら、心当たりはある。
本来の『New World』にはない要素。
恐らく支配権だ。

そう考えるならば、全ての支配権を集めた先に待つ物。
それが『救いの塔』なのか?

「救いの塔とは何だと思う?」
「わからぬ!」

賢人は自信満々に即答した。
潔さすらある。

当然と言えば当然の回答である。
ストーリーと同じく『New World』のオリジナル要素などわかろうはずもない。

「だが、空想は出来よう!」

ビシっと指さし堕天使が言う。
想像し空想し推察する。
それこそが人間の力だ。

文殊の知恵を引き出すべく三人が頭を突き合わせて考える。
最後に現れる救いの塔。
その役割がなんなのか。

「ラスボスが居るとかデスかネ?」

安直な発想だが、それ故の大いに在り得るだろう。
だが、それはレイドボスを排除したこの殺し合いにも反映できるかどうかは難しい所だ。

「この『New World』の支配権が得られるというのはどうだろう? 最初のシェリンの説明にも繋がる」

塔は支配権を得られるという殺し合いのルールに乗っ取っているし。
最初に行われた優勝者は『New World』の所有権が与えられるという説明にも合う。

「ケド、ソレは殺し合いノ方に調整したルールデスよネ?
 元がネットワークゲームだト言うナラ、ユーザーに支配権を与エルと言ウのもヨクわかりマセンし」

もっとな意見である。
これに対し正義は反論する。

「そう言う役割に改変されている可能性もあるのではないか?」
「コレまでの正義クンの話を聞く限りダト、やってイルのは元カラあったゲームのシステムを使うか使わないかダケじゃナイデスカ?
 ゲームの内容自体を改竄するヨウな真似は出来ていナイような気がしマス」

確かに、その通りだ。
参加者に対する絶対的な改変力があったから勘違いしていた。
この殺し合いの黒幕にできるのは『Pushuke』を使用した魂の改竄だ。
つまり魂を持たない『New World』のシステムに対して介入できる余地は少ない。
だからこそ、メールシステムを残すだなんて隙があったんじゃないか。

バラバラにしたジグソーパズルで別の絵を作り上げたような違和感。
パーツパーツは一致しているが全体像が異なるような気持ち悪さがあった。

ならば、『救いの塔』は同じ役割を持つと言う事になる。
最終的に表れてゲームと同じ役割を果たす塔。
そんなものが本当にあるのだろうか?
やはり殺し合いには関わらない『New World』だけの要素なのだろうか?

そんな弱気な結論に至ろうとしていた正義の横で、一人黙って考え込んでいた良子がポツリと呟く。

「…………別サーバーに跳ぶ、とか?」
「別サーバー?」

その呟きに正義が反応する。
如何に遊びに疎い正義とて、現代的一般教養としてサーバーという言葉自体はわかる。
だが、今の言葉がどういう物なのか、いまいち掴みかねていた。
意味を咀嚼しかねる正義にむかって、堕天使がこれを要約する。

「つまりは! 異世界に旅立てると言う事である!」

ババンと、突き付けられたその答えに正義が目を見開く。
すぐさま冷静さを取り戻したように目を細め、努めて落ち着いた声で問う。

「そう思った理由を聞いてもいいかな?」
「む、うむ。世界の拡張がこの電脳遊戯の売りならば、全ての世界が埋まってしまえば世界の終焉であろう?
 ならばどうするか!? 答えは一つ! 別世界に旅立つまでよ!!」
「ナルホドナー。世界が拡張してイクのが売りダトしても、容量的な都合もありマスしネー」

世界を広げて行き、広げきったら別世界へと旅立ってそこでまた繰り返す。
確かにそれは筋が通っている。
これこそが『New World』のゲーム性なのだとしたら。
この殺し合いではそれはどうなる?

「それが正しいとするならば、それが脱出口と言う事なのか?」

そうだとするならば、正しく救いの塔である。

「ソウだとイイデスけど。ソレは実際見てみナイと分かんないデスネ」
「そうだね。では質問を変えよう。
 これまでのやり取りを踏まえた上で、『New World』における勇者とは何なのか、君はどう思う?」

正義は黄昏の堕天使に向けて問うた。
一般的な定義や意味などではなく、これまで冴えた意見を出し続けてきた彼女自身の意見を。

「………うーむ」

この問いに、堕天使は僅かに言い澱む。
答えが浮かばないと言うより、真剣に聞いてる人にこんなこと言っていいものか逡巡するようである。
だが、このまま黙っているわけにもいかないので、そのまま答えた。

「…………フレイバーテキスト?」
「フレイバーテキスト…………?」

正義の知らない言葉だ。
無論、英単語として直訳した意味はわかるが、何かの専門用語だろうか、指し示すところが分からなかった。
苦笑しながらも例の如く良子の発言をソーニャが補足し解説する。

「Ну... ヨウは雰囲気作りノ設定って事デスネー」

その説明で、ようやく意味を理解した正義は深く考え込む様に眉根を寄せて。

「つまりは…………意味など無い、と?」

良子が控えめに頷く。
プレイヤーをそう呼ぶための意味付けでしかない。

これまでの応答を根本からひっくり返すちゃぶ台返しだ。
物事に正しい意味を求める正義にはない発想である。
だからこそ、その答えが得られたこの話し合いに意味がある。

全てを鵜呑みにするつもりはないが。
新たな知見を得ると言う意味ではこれ以上ない意見だった。
申し訳なさそうにする良子に笑いかける。

「いや、気にしまないでくれ。非常に参考になったよ。
 ありがとう。アルマ=カルマさん。君の知識と発想は俺にはない大変素晴らしい物だった」
「う、うむ」

こうも真正面から忌憚なく褒められることなどそうそうない良子は照れてながら尊大な態度で受け応えた。
どこかたどたどしいが、その尊大な態度はあの幼女を思わせる。

「諸星さんもありがとう、君の聡明さと博識さには色々と助けられた」
「Нет Нет」

畏まる良子とは対照的に褒められ慣れてるソーニャは軽い調子で受け応える。
意思疎通という面ではソーニャの翻訳がなければ、この有益な情報も正しく得られなかっただろう。

「このまま君たちと共に行きたいところなのだが、すまないがここでお別れだ」
「え、一緒に行かないの?」

最初に警戒心を露わにしていた良子だったが、話しているうちに懐いたのか。
驚きと悲しみの声を上げる。

「ああ。俺にはやらなければならない事があるんだ。俺と共にいれば確実に危険に巻き込むこととなる」

良子でも感じ取れる程、強い決意の籠った言葉。
折れ曲がらぬ意思は日本刀のようだ。

「ソーデスか。ソレは残念デスね」

言っても無駄と聡く感じ取ったのか。
ソーニャは深く追求はせず、その言葉を受け入れる。

「ここまで付き合ってもらっておきながら、俺には返せるものがないのが心苦しいが」
「正義クンが小難シイ謎解きヲしてクレるナラ私達も助かりマスカラ。ソレで脱出方法ヲ見つかレバ万々歳デスヨ」
「ああ、それは必ず。最善を尽くそう」

正義が脱出までの道筋を見つけ出してくれれば、ソーニャとしても涼子を探すことに専念できる。
二人は潔く別れの挨拶などを交わしていたが、その後ろで俯く良子は少しだけ名残惜しそうだった。


『ソレデハ、正義クンも頑張って下サーイ』
『我と対なるジャスティスを冠する者よ、貴様とはいずれ決着を付けばなるまい。それまで精々生き延びるがよい、ククク』

そんな別れを経て、正義が見上げるのは水の塔である。

無論ここで二人を放り出すのも危険であるのは正義とて理解してた。
だが正義のこれから行おうとしている事を考えれば、それ以上に傍にいる方が危険である。

これからの正義の目的。
それは暗殺者との対決だ。
これだけは正義が成さねばならない事である。

死を恐れず、戦いを愉しむ。
手段のために殺すのではなく。
殺すためなら手段を選ばない。
存在目的自体が悪意と殺意の塊のようなあの男。

あの男だけは倒さねばならない。
それは単純な仇討ちという意味ではない。
あれは全参加者にとっての厄災であり、この殺し合いを打破する鍵である。
この二人とのやり取りでそれを確信した。

まずはここを登る。
正義の推察が正しければ、それが全ての足掛かりとなるはずだ。

モンスターも守護獣もいないだろうが。
勇者は塔を登る。

[F-8/水の塔近く/1日目・日中]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:全身にダメージ(大)
[アイテム]:アンプルセット(VITUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(万能薬×1)、万能スーツ(E)、無銘(E)
火炎放射器(燃料75%)
[GP]:263pt→203pt(メールの送信-10pt、シェリンへの質問-50pt)
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.暗殺者との決着
2.『New World』を攻略する

[ソフィア・ステパネン・モロボシ]
[パラメータ]:STR:C VIT:E AGI:C DEX:A LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:闘魂の白手袋(E)、予備弾薬多数、ヴァルクレウスの剣、魔術石、耐火のアンクレット、イコン教経典、不明支給品×3
[GP]:70pt
[プロセス]:
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.鈴原涼子を探す

[有馬 良子(†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†)]
[パラメータ]:STR:D VIT:C AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:右手小指と薬指を負傷(回復中)
[アイテム]:治療包帯(E)、バトン型スタンガン、ショックボール×6、不明支給品×1
[GP]:15pt
[プロセス]:
基本行動方針:†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†として相応しい行動をする
1.殺し合いにはとりあえず参加しない

※正義とソーニャたちがこれまでの情報を交換しました

077.Prayer 投下順で読む 079.Sister War
時系列順で読む
炎の塔 ~ 人在らざる者 ~ 大和 正義 Deep Blue Sea
天上楽土 ソフィア・ステパネン・モロボシ ハッピー・ステップ・ファイブ
有馬 良子

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最終更新:2022年01月23日 16:58