遠くから声が聞こえる。
聞いたことのない少女の声。
「……きて!」
その声に私は耳を傾けたくはなかった。
何故かって? だって私の仕事は汚れ仕事。
ブラックを通り越した深淵のダークネス企業での戦い、
あんなところで仕事をしてストレスがどうなるかなど決まっている。
余裕で限界値迎えるに決まってるわ。なので休暇は全力で満喫するべし。
ラーメン好きにとっての聖地でラーメンを堪能し、酒を飲んでゆっくり過ごす。
たまらなくいいものよ。福利厚生はしっかりしているので居心地は悪くないし。
『おら何やってんだよ早く来い!!』
『今すぐその鼻っ柱圧し折ってやろうじゃねえか元暴走族!』
『おい美羽とオオサキがやべえぞ!
このクソ面倒な時に乃木平はどこ行った!』
いや、言う程あそこって居心地よくはない気がするな。
何考えてるか分からない奴に皮肉屋ととにかく曲者揃いのSSOG。
程々に付き合えるということは、自分も曲者の一人とは受け入れていたが。
とは言えなんだかんだ楽しく過ごせているので、まあよしとしましょう。
仕事はきついけどその分ちゃんとした報酬が支払われるのがいいのだ。
どうか永遠にこういう日が……いや殺しの仕事はやっぱ少なくしてください。
「起きてください! 此処は危険ですから!!」
「え。」
聞き捨てならない言葉にバッと起き上がる女性。
彼女の名前は小田巻真理、SSOGに所属する特殊部隊の一人。
ではあるのだが、今は休暇を満喫して過ごしていたただの女性に過ぎない。
彼女を道路上でゆすっていたのは、彼女より幼いボブカットの少女だ。
バッと起き上がったこともあって、動揺の色が見受けられる表情をしている。
「あの、大丈夫ですか? 何でこんなところで倒れてたんですか?」
彼女の身体を見ても怪我らしい怪我をしてる様子はない。
出血もなければ擦り傷もない。違いがあるなら汚れた右腕とその手に握られた機械だけ。
被災したにしては少し状況が特殊で、不思議に思えてならない。
「ちょっと待って、今思い出すから。」
頭に左手を当てながら、眠る前の意識を呼び覚ます。
それは地震が起きた直後の出来事まで遡る。
地震が起きたまでは酒の酔いはあれど鮮明にあった。
そこから糸を手繰り寄せるように先の記憶を振り返る。
「急いで連絡しないと!」
地震の揺れが収まった直後、
冷静な対応を以って連絡を取ろうとした。
此処まではいい。我ながら華麗で迅速な行動だと。
だが余震によってあっさりそれを手放し、ドブの中へと落とす。
一瞬の沈黙。現実を受け入れたくないかのように瞬きを繰り返し、
「連絡手段ンンンンンンンンンンッ!?」
女性が出していいのか怪しい奇声を上げ、
ドブに落ちたそれを素早い動きで回収する。
今以上に大事なことがあるだろうと言い聞かせ汚れることは覚悟した。
ドブの中から出てきたそれは、最早その役割を放棄し天に召されている。
何も反応しないそれを一瞥し、青ざめた表情で空を見上げ崩れ落ちそうになった。
「あ。」
泣きっ面に蜂とはこのことか。
追加の余震。揺れ自体は大してなかったが、
無防備でいた彼女の身体をもつれさせるには十分だ。
仰け反った彼女の後頭部にまだ形を保っていた塀へと直撃。
忘れたい現実の記録を彼方へと飛ばそうとしながらそのまま崩れ落ち、
意識を落とした……以上、回想終わり。
「現実逃避してました。」
「現実逃避で外で睡眠!?」
ポンコツの極みのような展開に膝をつく。
こんなことあってたまるかと言いたくなる不幸の連続。
不幸中の幸いは、追加の地震で怪我をする前に起こされたことだ。
仮にも特殊部隊の一人でありながらとんでもない醜態をさらした自覚はある。
流石に外で寝るような変人と思われたくないので軽く事情は説明しておく。
「……コホン。それで、あなたは何をしているの?
民間人は避難誘導に従うべきだから学校や公民館、
そういった場所に向かうはず。此処にいたらだめじゃない。
いや、いてくれたおかげで私としては助かっていたわけだけど。
それそれとして救助する人が困るのだからしちゃだめなことよ、分かる?」
気を取り直して、大人の対応を見せる小田巻。
今更取り繕ったところでもう遅い気はするものの、
無茶をする子供を放っておくと言うのはいただけないことだ。
「あ、もちろん分かってるのですが……そうだ。優夜ー! どこに行ったのー!」
彼女、朝顔茜は元々避難所となる学校へ一度は向かっている。
そこで腰を落ち着けていたのだが、友人の一人である嶽草優夜が出て行ってしまう。
彼曰く近所の避難できてない人がいたことに気付いて捜索しに行くことを選んだ。
元々厄介事を引き受けてしまうとは言え、流石に今回は自分達が出るべきではない。
だから彼を止めようと追いかけたものの、彼の脚力に追いつかずはぐれてしまった。
この辺りが近所である為、恐らくこの辺にいるはずなのだがまともな返事はこない。
「学校には氷月さんもいなかったみたいだし、本当にどうなっちゃうんだろう。」
いくらクラスのムードメーカーと言う立場でも、常軌を逸した状況に身を置かれている。
住んでいた家も崩れてしまい、仮に助かったとしてもこの先やっていけるのだろうか。
寧ろ、生きて此処を出られるのかと言う不安がどんどん全身を包むような感覚だ。
不安に怯える彼女の肩を小田巻が掴む(流石に左手だけで)。
「大丈夫よ。きっと自衛隊が救助に来るから、
大人しく避難先に行きなさい。ユウヤ君だっけ?
彼についても私が探しておいてあげるから、貴女は───」
『…………聞こえ……るだろ……か…………』
希望を手折るように、更なる絶望を知らせる鐘が鳴り響く。
誰かもわからない一人の人物によるメッセージを聞き届ける。
意味の分からないことだと、茜は思わずにはいられなかった。
ウイルスパンデミックなんてものは世間でも何度かあったことだ。
でも、その結果起きたのは自粛だなんだのと言った窮屈な出来事だけ。
アニメや漫画のような、ゾンビが徘徊することになるとは思わなかった。
(まさか、優夜や氷月さんも?)
真っ先に思い浮かんだのは長い付き合いの優夜と、
普段から遊びに誘おうとして断られる氷月海衣の二人だ。
避難所や周辺にいないのは、そう言うことなのではないかと。
先ほどまで探していたがより不安になってくる。もし探したらゾンビだった可能性。
友達から逃げ回らなくちゃいけない、そんな状況を過ごさなければいけないのか。
しかも待つだけでも証拠隠滅によって死ぬ。人狼ゲームのように誰かに首をくくらせ、
女王感染者と言う名の狼一人を見つけ出さなければならない、そんな地獄。
嫌だ。そんなこと絶対にしたくない。『明日も爽やかに』が苗字の朝顔の花言葉。
そんなことをして、明日爽やかでいられるわけがないのだから。
(でもどうするべきか、と言われると……)
結局女王感染者を殺さなければ全員死んでしまうこの状況だ。
自分だけで答えが出ないのであれば簡単だ。皆で考えればいい。
朝顔には『結束』の意味もある。自分だけで背負えることではない以上、
これは誰かと話し合ってからでも決して遅くはないのだと考える。
そう、すぐそこにいる女性の人にだって頼めば相談に乗ってくれるはずだ。
こんな状況でも人を諭せる彼女であれば、きっと。
「───ごめんね。」
小さく呟かれた言葉と共に、
そう思った矢先、彼女の首に回される右腕。
ガッと引き寄せられると、左腕と右腕で首が挟まる。
柔道における締め落としの一つ、片羽根締めだ。
「な、が……!!」
首を絞められ、じたばたともがきだす。
何が起きているのか分からない。普通に接していた相手が、
いきなりこんな凶行に出るのは意味が分からなかった。
ゾンビ? 嫌違う。ゾンビが首を絞めて攻撃するのか。
では放送を真に受けた? そんなことあるのかと思うも、
息ができず、段々と思考する余裕がなくなり意識が遠のいていく。
不安と絶望に襲われる一方、小田巻はと言うと。
(SSOG案件だこれぇぇぇぇぇッ!!!)
表向きは冷徹なSSOG隊員の立ち回り。
しかし内心では必死で慌てふためいている。
放送時、茜とは別方向に彼女は青ざめていた。
裏で何が起きてるかなど最早想像する必要なし。
今裏でメンバーが女王感染者を殺しに此方へ来ている。
何をしても笑顔の蘭木に追い回されたり、暴力的な成田に襲われたり、
大田原源一郎に出会おうものならそれは紛れもない死が待っている。
此処に突入する隊員ガチャは全てがSSR級のやばい奴等しかいない。
誰が来ようとも死ぬ。たとえ自分が同じ隊員であったとしてもだ。
自分が今から生存するには女王感染者を速やかに処理しなくてはならない。
だったら自分がするべきことは一つだけだと迅速に判断した結果がこれだ。
今さっき自分を助けたこの善良なる市民を含めて殺すほかないと。
ただ武器などない彼女にとってできるのはこれ以外ないのだ。
女王感染者の識別方法が正気を保ってる以外の判断ができないのでは、
出会った正気な人間を殺す以外ないのでは仕方ないと申し訳なく思う。
(これがSSOGの深淵だよこん畜生があああああッ!!)
心の中では滝のように涙が出てくる。
乃木平先輩がいつかやるせない仕事とは言っていたが本当にその通りだ。
こんなことを今後もしなくちゃいけないんだよなこの仕事、
なんてことを脳内で愚痴っていると、
「アッチイ!?」
右腕に奔る、焼けるような痛みに思わず手放してしまう。
腕を掴まれいただけなのに、あり得ない高熱に戸惑って距離を取った。
茜は抜け出したことで距離を取りつつ、喉を抑えながらゆっくりを振り返る。
「さっきのほ、放送……本気で殺すつもりなんですか!?」
涙目になっているが、痛み以上に悲しかった。
さっきまで自分を安心させようとしてくれた人が、
いきなり凶行に出たことを。あの放送を聞いて殺しに来るなんて。
性善説を信じてやまないとかではないにしてもあんまりではないか。
そんな彼女の表情に僅かばかりにたじろいでしまう。
普段の仕事であれば非情に仕事をこなせたはずだ。
しかし今の彼女は不幸の連続に見舞われ突如SSOG案件の仕事の状況下、
加え謎の火傷を前に冷静でいられるのかと言われれば、できていなかった。
初任務を終えたばかりの青二才が先輩方のような機械になれと言うのは無茶な話だ。
「いや、ちが、その……」
もう一度気絶させればいい。
そうしたいのはやまやまなのだが問題は腕の火傷だ。
彼女は何も持っていない。スタンガンもライターも何もない。
じゃあこの火傷はなんだ。一体何が起きたのかさっぱりだ。
やけどの跡から手から起きたものだと言うことはよくわかる。
理由はさっぱり不明だが、彼女に近づくのは得策ではない。
そう自分の脳が警鐘を常に鳴らし続けている。つまり勘だ。
無論、今更になって言い訳などできるわけがない。
恩を仇で返すような真似をした上に、
もし彼女が掴んで今度は火傷で済まなかったら、
お互いに絶対ろくなことにならないのが目に見えている。
此処は退くべきだ。勇気と無謀をはき違えるほど愚かではない。
一度退くべきだと判断した彼女は速やかに逃げを選ぶ。
「あ!」
急いで小田巻を追う茜だが、
一メートル近くある塀をジャンプ一回で飛び越えて逃げる健脚に、
まだ息の荒い彼女ではとでも追いつけるものではなかった。
遠のいていく足音は安心と思うべきか、不安と思うべきなのか。
軽く息を整えれば茜は走り出す。あの人がもし人を殺してしまえば後戻りできない。
勝てるどうこうで言えば間違いなく勝てないだろう。あの跳躍や先程の技術は、
明らかに普通の人間よりも訓練されてるのは素人の彼女にだってわかる。
でもあの人だってしたくてしてない筈だ。自分の問いに戸惑ってたのだから。
まだ間に合う。あの人を止めなければ、いずれ氷月や優夜にだって危険が及ぶ。
彼女が後戻りできなくなる前に、自分にできることを探すように彼女は走り出す。
(でも、あれは何?)
手のひらから発したそれは何か。
彼女も視界の隅には捉えていたので理解はしていた。
自分の手のひらから熱のようなものが発生し、彼女を焼いたのだと。
走る道中で試しに木の枝を拾い、その力をもう一度確認する。
小枝ともあって、あっという間に消し炭へと変えてしまう。
焼け焦げた枝を眺めながら、彼女は自分の持つ力に青ざめる。
誰かを止めるためにその手を伸ばせば、誰かを焼き尽くす燦然の力。
その手を持って、彼女を止めなければならないのだから。
【E―7/古民家群/1日目・深夜】
【朝顔茜】
[状態]:健康、戸惑い
[道具]:???
[方針]
基本.自分にできることをしたい。
1.何、この力……!?
2.優夜、氷月さんは何処?
3.あの人(小田巻)さんを止めないといけない。
※能力に自覚を持ちましたが、
任意で発動できるかは曖昧です
「あ~~~私は莫迦だあああああっ!!!」
茜から離れた場所にて、
壁へゴンゴンと頭をぶつけながら叫ぶ小田巻。
大田原であれば火傷を受けようとも手を緩めなかったはずだ。
これを知ったら間違いなくボコボコにされる。主にオオサキとかに。
しかも彼女が生きていてはこの先自分の立場はどんどん怪しくなる。
特にラーメン屋の店主曰く外からの客を快く思わない人もいるとのことだ。
もしその人に飛び火しようものなら自分は村からも追いまわされてしまう。
何人いるか分からない正常感染者を見つけたいのはやまやまではあるが、
あの何かよく分からない力を前に不用意に近づきたくないのが信条だ。
「……何処かに銃、ありませんか?」
か細い声でそんな欲望と切望の言葉を吐き出しながら、
近くの倒壊した家屋を無意味に漁ろうとしだす始末だ。
当然、そんなものはないので物の数分でやめたが。
どこかのブローカーが隠した武器を拾えない。
そういう意味では彼女の不運は、まだ続いてるやもしれない。
【E―8/古民家群/1日目・深夜】
【小田巻真理】
[状態]:右腕が汚れている、右腕に火傷、頭痛(物理)
[道具]:???
[方針]
基本.女王感染者を殺して速やかに事態の処理をしたい
1.やばい。冷静になれないんだけど
2.せめてあの子(茜)だけでも仕留めないと。
3.武器! 無茶だと分かってるけど銃を!!
最終更新:2023年01月18日 00:22