スヴィアを少し離れた林に隠れさせ、天原創は来訪者の接近を待っていた。
茂みに伏せって呼吸を抑えて気配を殺す。
異常聴覚と思しきスヴィアの異能によって何者かの接近をいち早く知れたのは大きなアドバンテージだった。
視界の悪い夜の籔林で待ち伏せれば、確実に先手が取れる。
創はこの齢にして最前線で働く一流のエージェントだ。
完全に気配を遮断して物陰に隠れた創を発見するなどプロでも難しいだろう。
この状況なら、創は例え特殊部隊の精鋭が相手でも後れを取らない自信がある。
草木を踏みしめる足音が近付いてきた。
ここまでくれば異能に目覚めていない創の耳でもはっきりと聞こえる。
草木をかき分ける足音は、一直線に創に向かってきているようだ。
偶然にしては迷いがなさすぎる。
創の気配遮断を見破れる相当な手練れか、いや、それにしては挙動が軽すぎる。
よもやスヴィアのような索敵に向いた異能持ちか、サーマルビジョンや暗視ゴーグルのような装備でもしているのか。
ともかく、このまま相手に主導権を握らせるのはマズい。
そう判断した創は、手遅れになる前に茂みから飛び出した。
「あっ創くんだ!」
だが、それを出迎えたのは、同級生である日野珠だった。
創は飛び掛かろうとした動きに急ブレーキをかけ、少女の目の前で制止する。
「ひ、日野さん…………!?」
「やだなー、いつも珠って呼んでって言ってるじゃん。この狭い村だとお姉ちゃんとわからなくなっちゃうからね」
「そ、そう言われても」
先ほどまでの剣呑さはどこへやら。
少年は何やら照れくさそうにもじもじと身をよじっている。
そんな創の胸に少女の手がそっと置かれた。
「けど、よかった……変になってない知り合いに逢えた」
そう言って、少女は心底安心したように息を吐いた。
切らせた息を整えながら、向けられる人懐っこい笑顔に少年はドギマギした。
「来訪者はキミだったんだね。日野くん」
異能によって遠くからそのやり取りを聞き取ったのか。
現れた人物に危険がない事を確認して身を隠していたスヴィアも姿を現した。
「あっ。そっちはスヴィア先生だったんですね」
「? 『そっち』?」
不可解な言動に首を傾げる。
まるで遠く離れていたスヴィアの存在に気づいていたような言い草である。
「それで、た、珠さんはどうしてここに?」
「えっとね……学校の避難所にいたんだけど、お父さんやお母さん、周りのみんなが変になって、それで……」
怖くなって逃げてきた。と言う話だ。
状況を察していた創やスヴィアは、一早く人の集まる場所からは退避していたが、やはり学校はゾンビの巣窟になっているようである。
だが、創が聞きたかったのはそこではない。
「どうして僕たちがここにいると分かったのかな?」
改めて問い直す。
周囲に目印になるような建物がある訳ではない。むしろ目立たないよう創がこの場所を選んだ。
身を隠していた創に向かって一直線にやって来たのだ、偶然にしては出来すぎている。
「光みたいなのが見えて、そこに創くんたちがいたんだよ」
「光?」
そう言われても、心当たりがなかった。
当然ながら電気で位置を知らせるようなヘマはしていない。
スヴィアも同じなのか怪訝そうな表情をしている。
その反応に、不思議そうな顔をした珠が首を傾げながら地面を指す。
「え、だって、そことかも光ってるよね?」
二人が指された方向を見る。
だが、そこには当然、光るようなものは何もなかった。
「た、珠さん。この辺かな?」
「う、うん」
念のため創が示されたポイントに向かう。
軽く土を払って地面を調べた。
すると、なんと埋められていた銃を発見した。
「何でこんなところに…………」
疑問の声を上げながらも、銃を拾い上げる。
すると。
「あっ。光が消えた」
それを拾った瞬間、彼女に見えていた光は消えたようだ。
手にした銃をしまいながら創は珠ではなくスヴィアへと視線を向ける。
「どう思います? 先生」
「そうだねぇ……ボクの聴覚と同じくウイルスの適合によって得た力だとは思うが。失せ物探し、いや隠れた物を探す異能か……?」
「いや……それじゃ隠れる前の僕らを捕えてこちらに向かってきたことに説明がつかない。見ているのはそれよりもっと別の……」
「ん? ん? 何の話をしてるの?」
次々と話を進める二人に当人である珠は置いてきぼりである。
それに気づいた二人は、ひとまずエージェントと研究員と言う素性はボカして簡単な説明をした。
「うーん…………つまり、この光って私だけに見えていて創くんや先生には見えないって事、かな?」
「ああ、それがキミの『異能』だろう」
『何か』を光としてとらえる異能。
今わかるのはそれだけである。
「じゃあ、光を追いかけて行けばいいことがあるってことだよね!」
「いや、そうとは限らないよ。その光と言うのが何を意味しているのか詳細が分からないのだから妄信するのは早い」
「えぇ、創くんロマンがないよぉ」
夢見がちな中学生と違ってエージェントは慎重で現実的だ。
「いや、天原少年の言う通りだ。仮にキミの異能が隠れた物を光として視覚化できる能力だとしても、隠れた先にあるのが幸運とは限らない。
ボクも不用意に触れるのはお勧めしないな」
「うぅ。はぁ~い」
不満そうだが、ひとまずの納得をした。
流石に教師に窘められては、珠としても納得せざるをえない。
「あっ」
だが、そこで球が何かに気づいたように声を上げた。
同時にスヴィアも背後を振り向く。
「あっちの方にも光が見えるよ」
「確かに、2人分の足音が聞こえるね」
創も同じ方向に注意を向けるも何も見えないし、何も聞こえない。
広がるのは夜の闇と静寂ばかりである。
「まったく、自信無くすなぁ……」
創はエージェントとしてはかなりのエリートだ。
そんな彼が、この中で探索能力が一番劣っていると言うのはなかなかにキツイ状況である。
もっとも損得の天秤にかければ、味方に探索能力持ちがいるという状況は悪くないのだが。
「誰かがいるって事だよね? それじゃあ迎えに行きましょう!」
「待ちたまえ。言っただろう、その光が指し示すのが必ずしもいいモノとは限らない、と」
「うっ。そう、でした」
駆け出そうとする珠をスヴィアが制止する。
「それでどうする天原少年。足音はこちらに向かっているわけではなさそうだ、隠れていればやり過ごすこともできると思うが」
スヴィアは創に判断を委ねた。
研究員であるスヴィアよりもエージェントである創の方がこう言った場面の判断は適切だろう。
創は僅かに思案し、決断を下した。
「……こちらから接触しましょう」
スルーすることはできる。
だが、創は接触を決断した。
「一応、理由を聞こう」
「足並みをそろえた2人組という事はゾンビである可能性はないでしょう。
複数名で行動を共にしている時点で無差別に女王感染者を狙う輩という訳でもなさそうだ。被災者である可能性は高い。
一番リスクがある可能性は送り込まれた特殊部隊が連携して動いている場合ですが、その場合とっくに僕らは発見されているはずだ」
「なるほど。一理ある。だが、危険人物ではないにしてもわざわざこちらから接触する理由はあるのかい?」
問われ、創が言葉を切る。
そして視線を向けたのは珠だった。
「ひ……珠さん。光はどちらに進んでいます?」
「えっと、あっちからあっちかな。あっ……!」
そう言って珠は指で空をなぞる。
そこまでやって彼女も気づいたようだ。
「進行方向にあるのは避難所である学校です。なら止めた方がいい」
今の学校はゾンビの巣窟である。
放っておいて餌食になったのでは流石に寝覚めが悪い。
ただの被災者が向かっているのであれば速めに制止したほうがいいだろう。
「了解した。キミの判断に従おう」
■
「みか姉!」
「珠ちゃん!?」
懐いた猫みたいに飛び込んで来た珠を受け止めその頭をよしよしと撫でる。
創たちが接触した先に居たのは二人の少女だった。
上月みかげと朝顔茜。創の推察通り、危険人物ではなかったようである。
「よかったよ、みか姉」
「うん。珠ちゃんも無事でよかった」
珠にとってみかげは姉の親友である、普段からよく可愛がってくれる大事な姉貴分だ。
みかげにとっても球は子供の頃から付き合いのある可愛い妹分である。
少女たちが再会を喜び合うその横で茜はスヴィアと創と向き合っていた。
「えっと、確かスヴィア先生と、君は……中等部の転校生だよね?」
スヴィアは先週新任したばかりの教師だが、珍しい外人教師でありイメージと見た目のギャップもあり更にボクッ子、属性モリモリで印象に残っている。
4月に転校してきたばかりの創の顔までは流石に高等部の校舎が違う事もありはっきりとは覚えていないが。
狭い村だ、中等部に二人の転校生が来たという噂くらいは聞いている。
「ええ。天原創です。よろしくお願いします」
「私は朝顔茜。よろしくね天原くん。けど……握手はごめん」
握手を拒否られ微妙に創の思春期がショックを受ける。
その様子を見て、慌てたように茜が手を振る。
「あっ。ごめんごめん。そうじゃなくて」
握手の代わりに手を前に伸ばす。
そして掌を上に向けたうーんと力を籠める
すると一瞬、掌から炎が噴出した。
「なんか、手から炎が出るようになっちゃって。まだそんなにうまくコントロールできなくって。握手してるときに出たらヤバいじゃん?」
「ああ……そういう事ですか」
少年はほっと胸をなでおろす。
「なんなんでしょうねこれ?」
「異能だね」
答えを期待したわけではない茜の呟きに、スヴィアが答える。
そしてウイルスに適応した人間は異能に目覚める可能性がある、と茜も簡単な説明を受けた。
「そっか。異能……異能かぁ…………」
漫画の世界の話だが、まあ実際炎が出てるんだから納得するしかない。
「ボクの見た所、単純に炎を出す能力という訳ではなさそうだが、詳しく調べてあげたい所だがその辺は後だね」
「そうですね。朝顔さんたちは避難所である学校に向かっていたようですが」
「ええ。そうなの。探してる人がいるから、みんなが集まってるだろうと思って」
「だったらやめておいた方がいいですね。あそこは既にゾンビの巣窟になっています、近づかない方がいい」
創の説明に、大きく反応したのはみかげだった。
「そんな! じゃあ圭介君は無事なんですか!?」
「圭介? 村長の息子さんの?」
「ええ、そうよ!! 決まってるでしょ!?」
創に食って掛かる勢いのみかげに僅かに気圧されながら。傍らの珠がなだめる。
「お、落ち着いてよ、みか姉」
「あっ……ごめんなさい。取り乱してしまって。けど恋人である圭介君が心配で」
「…………え?」
突然飛び出した言葉が理解できず、思わず珠は聞き返していた。
「何言ってるの…………みか姉?」
「ん? どうしたの珠ちゃん?」
何を疑問に思っているのかわからないと言うように、みかげは心底不思議そうに首を傾げた。
そこにあるのはいつも通りの優しい笑顔である。
それが、珠にはどこか不気味なものに見えた。
「今、圭介兄ぃが恋人って…………」
「? 珠ちゃんも知ってるでしょう? 『去年、圭介君が私に告白してきてくれたんじゃない』」
「そう…………だったね!」
その言葉で珠の迷いは一瞬で晴れた。
二人が恋人同士なのは当たり前の事なのに何を不気味に思っていたのか。
「それで圭介君は無事なの?」
「わからないけど、圭介兄ぃは避難所にはいないよ。多分まだ家の周りにいるんじゃないかな?」
「……そうなのね、ならこうしてはいられないわ。圭介君の家に向かいましょう」
「うん、そうだね」
「もちろん、私も付き合うよ」
恋人の下に向かおうと言う少女の決意に、俄かに周囲の少女たちも沸き立つ。
少女の想い出に共感し、彼女の恋を応援していた。
だが、ただ一人、みかげの想い出に踊らされていなかった者がいた。
「待ってください。方針はもう少し慎重に決めるべきです」
圭介第一の方針を掲げるみかげに、創が異を唱える。
天原創に宿った異能は「異能を無効化」する右手だった。
異能に対するカウンター。他者の異能が無ければ存在しえない力である。
いくら天才エージェントとは言え己が異能を自覚するにはまだピースが足りなかった。
だが、自覚はなくともその力が宿った以上発動はする。
みかげの異能は言葉によって相手の認識に作用する異能である。
対象全体に作用する以上、その右手に触れて無効化される。
故に、この場において創だけがその影響下から逃れていた。
だが、外様である創は調査によってある程度の人間関係は把握しているが、残念ながら体感としてまではその関係を把握していない。
圭介の女関係も情報として把握しているが、まあそういう事もあるだろう、と言う程度の認識しか持てなかった。
彼女の話す内容がいかにありえない話なのかを指摘する役割を担うに至っていない。
「恋人を心配する気持ちはわかります。けれどこう言っては何ですが、圭介さんが適合してるとも限らない。
そんな不確かな方針よりも根本的解決に向けて動くべきだ。それこそがゾンビとなった人や他の感染者を救うことになる」
人間関係の齟齬よりも、エージェントが気にするのは今後の方針だ。
女王暗殺は最終手段としても、もっと別の解決方法がないかを検討し、その材料を集めるために動くべきである。
そう冷静なエージェントとしての意見を情に流されず貫き通した。
だが。
「天原くん………それは少し冷たんじゃないかなぁ?」
「そうだよ創くん。そんな意地悪はいっけないんだよ」
「うっ」
周囲は違う。
少女たちは感情に流され、みかげの意に沿うよう彼女を盛り立てる。
上月みかげの異能。
それは自らが語った想い出を周囲に信じさせる力である。
この能力の真に恐ろしい点は、その「共感性」にあった。
他人の知らない想い出話を語られる事程つまらないものはないだろう。
だが、この異能は違う。
強制的に語られた想い出の当事者としての感情を共感させられるのだ。
まるで彼らの行く末を見守ってきた親しい友人の様に。
あるいは恋物語の映画を見ている観客のように。
感情移入を強制されるのだ。
自覚なく恋を振りまく宣教師。
それが、今の上月みかげという少女である。
創からすればこの状況はやりづらい事この上ない。
女三人寄れば姦しいと言うが、屈強な敵兵士に囲まれている方がまだやりやすい。
理屈ではなく感情でこられると正直手の打ちようがない。
それが集団の多数を占めるのだからどうしようもない。
創は助けを求めるようにスヴィアに視線を向ける。
だが、その期待はあっけなく裏切られた。
「いいじゃないか天原少年。ボクも彼女たちが出会えるように力添えしたいな」
帰って来た回答は想定外のモノだった。
スヴィアは思慮深く聡明な人間である。
そんな彼女までが感情論に乗っかるというのは流石に少しおかしい。
もっとも創とてスヴィアの人となりの全てがわかっているわけではない。
スヴィアが恋バナに感化された可能性は否定しきれないが、やはり違和感はぬぐいきれない。
なにより、創が感じている違和感は会話の主導権をみかげが握っている事である。
こう言っては何だが、彼女にそこまでの統率力や求心力があるようには見えなかった。
教師であるスヴィアまでもが彼女の言動に従っているのは流石におかしい。
(まさか洗脳の類か? それとも心情を共感させる異能? いや異能による強制的なモノならば僕にも同じ症状が現れているはずだ。
だとするなら同性のみに作用する、などの条件があるのか?)
少なくとも悪意的な思惑は今のところ感じられない。
だからこそ厄介とも言えるが。
ゾンビや特殊部隊が迫っている中で、色恋沙汰を話の中心に据えられてはそのうち立ち行かなくなる。
己の異能に本人が自覚的であるとは限らない。
当の創本人も己の異能を未だに自覚していない。
そして仮に無自覚であるのならこれが一番マズい。
素人に銃を持たせても、碌なことにならない事を創は多くの経験から知っている。
(現在どんな状況にあるのかをスヴィアに直接訪ねるか? だがマインドコントロール下にあるなら下手に触れるのは危険か)
異能の影響だなんてのは創の考えすぎで、本当に全員が彼女の心情に寄り添っただけの可能性もある。
まあ、それはそれで困るのだが、それが一番平和的だ。
(…………ひとまずは様子見か。判断材料が足りない)
答えが出ず、ひとまず保留とした。
最年少でエージェントの資格を得た天才も、年頃の女の子は分からないことだらけだ。
この判断が、どう影響するのか。
さしもの天才エージェントにも分からなかった。
■
結局、一同は高級住宅街に向かう事となった。
女子の団結力に説得も叶わず、なすすべなく創が折れた。
方針が決まってしまった以上は、文句を言っても仕方がない。
集団の先頭を創が務め安全な道筋を模索。
殿を教師でありレーダー役のスヴィアが務め、女学生3人を守るような形で隊列を組んで進んでいた。
非戦闘員を4人抱えて戦闘要員が創1人と言う状況で交戦は厳しい。
攻撃的な異能を持っている茜もいるが、さすがに彼女を戦力として数えるのは難しいだろう。
この状況では回避の一手だ。
幸い、珠とスヴィアの異能があれば索敵は万全である。
ゾンビや他の生存者を避け整備された順路ではなく藪道を進む。
そんな状況にもかかわらず少女たちは恋バナに花を咲かせていた。
みかげの影響によるものなのか、それとも女子中高生の生態なのか。
初心な少年には判断がつかなかった。
「ところで珠ちゃん、どうして圭介君は一緒じゃなかったの?」
歩きながら珠にみかげが問う。
珠とその家族が避難しているのに、何故圭介は家に残っているのか。
少なくとも圭介は家にいるかもと言えるだけの根拠があるからには、何らかのやり取りはあったはずだ。
「圭介兄ぃはお姉ちゃんと一緒にいると思うよ?
お姉ちゃんが圭介兄ぃが心配だから様子を見に行くって、だから私達には先に避難所に行ってて、って……あれ…………?」
そこまで言って、珠は自分の言動に首をかしげる。
何故、家族を置いてまで圭介の様子を見に行く姉に違和感を覚えなかったのだろう。
圭介の所に行くと言った姉を何故当たり前のように受け入れたのか。
「そう……なんだ。光ちゃんと」
みかげはどこか暗い声でつぶやく。
その闇は、彼女にとっても無意識なのだろう。
だが、すぐさまその闇を振り払うような笑顔を見せた。
「大事な『幼馴染』だもんね、心配なのも当たり前だよ」
「う、うん。そうだよね」
胸の底にざわつきを覚えながら。
納得に足る理由を提供され、珠もこれに同意する。
「けど焼けちゃうなぁ……恋人の私を差し置いて心配されちゃって」
「お、お家が近いからだよ。圭介兄ぃが一番好きなのはみか姉に決まってるもん。私だって応援してるんだから!」
「そうですよね。『私たちが結ばれた時に珠ちゃんも祝福してくれたもんね』」
「うんうん! 告白前に圭介兄ぃから相談を受けていたからね、二人が結ばれて私も嬉しかったよ」
僅かなノイズ。
確かに珠は圭介やみかげの妹分として両方に可愛がられている。
だが、みかげに告白するのに、実の妹ならまだしも、その友人の妹に相談などするだろうか?
いや。している以上するのだろう。そう納得するしかない。
「圭介兄ぃ普段はおーぼーなのにヘタレな所があるからねー。どうせ好き同士なのにイジイジしてるんだから」
「ふふっ。そんな圭介君も可愛らしいです」
「こっちは大変だよぉ。くっついてからもいつも家でも圭介兄ぃばっか聞かされて…………………………家、でも?」
珠の脳裏にノイズの様に圭介との惚気を自宅で語る誰かの姿が映った。
みかげは自宅に遊びに来ることも少なくない。
その時に聞かされた? いや、もっと日常的な、当たり前の風景で。
「……あれ? あれれ?」
珠が混乱したように頭を抱える。
何か、致命的な矛盾があるように。
「どうしたの珠ちゃん?」
己が少女の苦しみの元凶とも知らず、みかげは本気でその身を慮っていた。
それこそが彼女の歪み。
精神を崩壊させた彼女は、想い出をゼロから創造するのではなく日野光と言う少女が居た場所に自分を置き換える事で己が願いを実現した。
それ故に矛盾が生じる。
他人や友人程度の関係性であれば、その矛盾も『解釈の余地』で有耶無耶に誤魔化せただろう。
だが、珠は光の実の妹だ。産まれてからずっと一緒にいた仲良し姉妹である。
その存在を塗り替えられては、あまりにも整合性が取れない。
許容量を超えた処理を要求された脳が悲鳴を上げ、珠が目眩を起こしたようにふら付いた。
「日野さん!?」
だが、地面に倒れようとする直前、先頭を歩いていた創が咄嗟に振り返りその体を支えた。
頭を打たないように右手を添えて、抱きしめるような体制で引き寄せる。
「あ…………ありがと。創くん」
「あ、う、うん。無事でよかった、です」
体が密着してしまっていることに戸惑う創を余所に、珠は気にした風でもなくあっさりと離れた。
それよりも、別の何かに気を取られているような様子である。
「本当に大丈夫ですか? 珠ちゃん」
「あっ……うん。ちょっと目眩がしただけ」
みかげに心配の声をかけられ、珠は僅かに視線を逸らす。
彼女らしからぬ表情で何か考え事をするように押し黙ってしまった。
(いつも通り優しいみか姉だよね。だけど……)
盗み見るようにみかげの様子を窺う。
少なくとも珠の見る限りおかしなところはない。
だけど言ってる事がなにかおかしい。
創の右手に宿る異能によって珠の認識は正常に戻っていた。
だが認識が元に戻っただけで、記憶がなくなったわけではない。
みかげの言動は覚えている。
考える。
圭介と恋人であると言ったみかげの真意を。
嘘をいっている風には見えない。
と言うより、珠にそんな嘘をついても意味がない。
だからこそ、よくわからない。
(圭介兄ぃがみか姉にも手を出して、二股してる? いやいや。お姉ちゃん大好きな圭介兄ぃが、そんな事をするとは思えないよね)
だいたい圭介にそんな甲斐性はない。
何よりみかげは姉の親友だ。2人が結ばれた時に、誰よりも祝福してくれたのは他ならぬみかげである。
そんなみかげが略奪愛のような事をするとは珠にはとても思えなかった。
(大好きな人がいても他の子に手を出したりする? 男の子ってそういうモノなのかなぁ?)
清子ちゃんがそんなことを言っていた気もする。
正直、珠には男女の機微などまってくもって分からない。
男の子と女の子、それを分けて考える必要すらよくわかっていない。
子供なのだ。
それでも、これがかなりデリケートな話であることは珠にだってなんとなくだけど分かる。
みかげに直接どういう事なのか問いただすのが一番手っ取り早いのだろうけど。
さしもの彼女にもそれは躊躇われた。
彼女の猪突猛進さもこの手の話題には発揮されないようだ。
まずは誰かに相談すべきだろうか。
大人であるスヴィアか、姉たちと同年代の茜か、それとも創に男の子としての意見を聞くか。
迷いながら4人を見る。
すると、それぞれに大きさの違う光が見えた。
特にみかげから見える光は一際大きな光だった。
思わず不安を感じてしまうくらいに。
この光は何なんだろう?
異能によるものとは聞いたが、結局その結論は出ていない。
今見えているのは、それぞれに話しかけた場合の「何か」なのだろうか。
大きければそれだけいいことがある?
けれど創もスヴィアも、まだよくわからないのに決めつけるなって言ってた。
(どうしよう?)
光に惑う迷い猫のように、珠は思い悩んでいた。
【D-7/道外れ/1日目・黎明】
【
天原 創】
[状態]:健康
[道具]:???、デザートイーグル.41マグナム(8/8)
[方針]
基本.この状況、どうするべきか
1.ひとまず少女たちを安全なルートで先導する
2.みかげの異能に関する疑惑と対応は保留。
3.女王感染者を殺せばバイオハザードは終わる、だが……?
【
日野 珠】
[状態]:健康
[道具]:なし
[方針]
基本.創くんたちについて行く。
1.みかげの言動の齟齬について誰かに相談する?orみかげに直接聞く?
【
上月 みかげ】
[状態]:健康、現実逃避による記憶の改竄
[道具]:???
[方針]
基本.圭介君圭介君圭介君圭介君圭介君
1.圭介君に逢うため高級住宅街の方に行く。
2.私と圭介君は恋人…♪
※自分と山折圭介が恋人であるという妄想を現実として認識しています。
【
朝顔 茜】
[状態]:健康
[道具]:???
[方針]
基本.自分にできることをしたい。
1.上月みかげと圭介を再開させる。
2.優夜、氷月さんは何処?
3.あの人(小田巻)のことは今は諦めるけど、また会ったら止めたい
※能力に自覚を持ちましたが、任意で発動できるかは曖昧です
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みました。
【
スヴィア・リーデンベルグ】
[状態]:健康
[道具]:???
[方針]
基本.もしこれがあの研究所絡みだったら、元々所属してた責任もあって何とか止めたい。
1.それはそれとしてみかげと恋人を出会わせてあげたい
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みました。
最終更新:2023年01月15日 01:29