「お〇ック!!何時っ!!からっ!!この、村はっ!!
ゾンビがッ!!名産品になったんですのッ!!」


金のグラデーションオンレイヤーミディアムの髪を揺らしながら、一人の少女が惨劇の坩堝をひた走る。
陸上選手の様な美麗なフォームで地を駆けるその少女の名を、金田一勝子(きんだいちしょうこ)と言った。
彼女は、一言で言って不運だった。
勝子の実家は東京都内にあり、彼女はこの村の人間ではない、言わばよそ者である。
では何故彼女がこの山折村にいるのかと言うと、彼女の幼馴染であり使用人である少年と人生初となる喧嘩をして、家を飛び出したのが発端だった。
結果、そのまま一先ず身を寄せる場として選んだのが…この山折村だったのだ。
彼女はこの村が好きだった。
気候も自然も豊かで、都会の喧騒とは無縁の場所である。
老後はこんな村で隠居するのもいいのかもしれない…そう思うくらいには。
だが、山折村は地震に見舞われた直後から地獄の一丁目と化しつつあった。


「フッ!だが私の40ヤード走のタイムは4秒1(自己申告)!」


金銭的に恵まれた家計に生まれた事が間違いなく釣り合っていない地獄に放り込まれたのが不幸だとするなら。
勝子が類稀な健脚の持ち主だったことは幸運に入るだろう。
見る見るうちに追いすがる亡者の群れを引き離し───そして、新たな不幸に行き当たった。


「いっ!?やっべぇですの!!」


前方から迫るのは、社会人ほどの年齢と見られる黒髪セミロングの女性と、
その後ろを追いすがる感染者の群れでった。
背後を振り返れば後方のゾンビたちとはまだ距離がある、しかし今勝子が行く道は住宅に挟まれた一本道だ。
完全に挟み撃ちの態勢だ。勝子は運命を呪いたくなった。


(あ~~!!もう~!!何故よりによって私の逃げる先に現れるんですの?
もうだめ、翼。私がゾンビになっても怒らないでいてくれますか…?)


今わの際。文字通りの断崖絶壁だ。
そんな瞬間に思うのは、喧嘩別れしてしまった少年の横顔だった。


はぁ、と息を吐く。
きっと、勝子の大切な使用人の少年は怒るだろう。
そりゃもうおっかなく怒るだろう。


「怒られたくねーですのー!!!!」
「え、ちょ、ちょっと!!ぐばぁッ!!」


正面から不幸を持ち込んでくれやがった女にジャンピングラリアットを決めながら。
勝子は祈った。これは間違いなく賭けだ。
賭けに負ければ、ゾンビの餌としての無残な最期が待っている。
勝子の家は金銭的に裕福だったが、昔からというわけではない。
むしろ金田一家はあまたの不幸に見舞われ、その度にしぶとく生き残り、落ちぶれた状況から不死鳥の様に再興してきた。
自分だってその一族の一員なのだ。みずみずこんな片田舎で終わってたまるものか。
そんな反骨心を悪夢へ立ち向かう楯として、勝子はその手に有った物を前方へと投げた。
その手に有ったものは
同時に、ラリアットを決めた女の背中に触れる。
助けるわけではない。自分の能力の実験台だ。
そう、能力。
勝子の中で芽生えた、運命を変える何かの予感。
それを行使する。
前方から走ってきた死の象徴たるゾンビが遂に二人の女性に追いつき、そして。


「チェック、ですの」


ゾンビたちの眼前から忽然と二人の少女が掻き消える。
直後、こつんと二つの小石がゾンビたちにぶつかって地面へと落ちた。
後方のゾンビたちも追いつき、総勢八体のゾンビが間抜けな集会を晒していた。
彼等は暫しの間標的のロストにまごついていたが、ゾンビたちが決して発せない冷静な声につられて其方へと振り向く。
先ほどまで前方にいたはずの少女が、何故か脇にある民家の、塀の上に立っていた。
そして、不敵な笑みを浮かべて、その手にあった何かをゾンビたちの頭上に投げる。
投げられたもの、それは小石だった。
例えぶつけたとしてもそれで成人男性も混じるゾンビを倒せると思えない。


「なら…それが樹に変わったらどうでしょうね?」


次瞬の事だった。
勝子の投げた小石が、脇の民家に生えていた立派な柿の木に“入れ替わった”のは。
ゾンビたちが下敷きになったのはその直後の事だった。




「へぇ~凄いのね、勝子さん。物の位置を入れ替える超能力なんて~」
「えぇ、まぁ…私も今しがた使えるイメージが浮かんだばかりで、ぶっつけ本番ではありましたの」


一先ず、ゾンビたちから離れ、適当な民家に身を寄せながら。
二人の女性は向かい合い、情報を交換していた。
勝子が出会ったのは、犬山はすみと名乗る、巫女服の女性だった。
自身程ではないがプロポーションも器量もよい美人だったが、少しやつれているように勝子の瞳には映った。


「でも~これからどうすればいいのかしら…」
「一先ず、助けを呼べそうな場所を探すのが先決でしょ」


その手のスマートフォンに目を落としながら、勝子は苦々し気に現状を再確認する。
地震があったとはいえ、この過疎地で、間違いなく電波が入っていなければおかしい別荘地で、電波が一切入らないというのは明らかに作為的な物だ。
きっと、このバイオハザードを起こした機関とやらが妨害電波を発生させているのだろう。
そう言った装置が試験会場やライブハウスで用いられることを勝子は耳にしたことがあった。
現状、この山折村は陸の孤島となっているのだろう。


(通信で助けを呼ぶことは望めない。かといって無策で山からの脱出を試みても、
土地勘のない私では迷った挙句感染者か証拠隠滅のための特殊部隊とやらに消されるのがオチでしょうね……ロクでもねぇ村ですわ)


状況は極めて悪い。
取り合えず、生きて帰れて目標である政界に進出した暁には、
この村は絶対ダムの底に沈めてやろう。勝子はそう誓った。


「あ、あの~、勝子さん」


と、勝子が暗い決意を固めている最中、はすみが声を掛けてくる。
僅かの躊躇の後に彼女の口から出たのは妹の安否だった。
地震発生とバイオハザードによりはぐれ、未だ連絡が取れないという。
この時点で、はすみが何を言いたいのかが勝子には分かった。


「嫌ですわ」

「えぇっ!ま、まだ何も頼んでないのに~」
「大方その妹さんとの合流を手伝ってほしいのでしょうけど、電話で連絡が取れない今、あてずっぽうで歩き回るのは愚の骨頂ですもの。勝算の薄い博打に付き合うつもりは…」
「ん~でもぉ…」


自らの顎に指を添えて。
勝子の言葉を遮り、はすみは意見する。


「勝子さん、村の人じゃないですよね~?なら、土地勘のある村の人間の協力が必要じゃないですか?」
「うぐっ!そ、それはまぁ…」
「それにぃ、この村の人たちちょっと排他的ですから、他所の方には冷たいですよ~」
(このアマ…中々狸ですわね)
「ふふふ、勝子さんも大人になれば分かりますよ~大人になるって、こう言う事だって」
「心を読まれた上に噴き出す闇が深い!?」


やつれた顔のはすみから地方のアビスを感じつつ、勝子は冷静に思案する。
リスクとメリットを天秤で測る。


「───聞きたいことが、一つ」


天秤は、現時点では固辞する方向に傾いていた。
だからこれが犬山はすみが金田一勝子を動かす最後のチャンス。
最後の一問を、勝子は投げかける。


「貴女にとって、妹さんは大切な方ですか?命を賭けてもいいほど」


大げさな問いだった。
普段ならば勝子も一笑に付して投げかけはしないであろう問い。
だが、現状はそれこそ生きるか死ぬかの状況で。
土壇場ですくみ上ってしまう手合いでないかどうかだけは、値踏みしたかった。
対するはすみの返答は簡潔だった。


「えぇ、たった二人の~姉妹ですから~」


それを聞いてはぁ、と。
勝子は大きな大きなため息を吐いた。
心中の天秤を傾けなおす。
片眼をつむって、人差し指を刺し、そして告げた。


「……いいですわ」
「えぇっ…本当?」
「二度は言いませんわよ。見返りはこのお〇ックな事態の収束までの協力と…」


───お嬢様は優しいですよね、なんだかんだ。


「私が史上初の女性総理大臣となり、
最強の政権を樹立する予定の、選挙戦での二票という所でしょうか」
(この子、思ってたより頭悪いのかしら?)


【C-4/高級住宅街/一日目・深夜】

【金田一勝子】
[状態]:健康
[道具]:スマートフォン 、マーキングした小石(ポケットに入る分だけ)
[方針]
基本.基本的に女王感染者については眉唾だと思っているため保留。他の脱出を望む。
1. 犬山うさぎとの合流を目指す。
2.能力は便利ですが…有効射程なども確認しなければいけませんわね。
3.ロクでもねぇ村ですわ。
4.生きて帰ったら絶対この村ダムの底に沈めますわ。


【犬山はすみ】
[状態]:健康、不安
[道具]:なし
[方針]
基本.うさぎを探したい。
1.勝子さんと行動を共にする。
2.生存者を探す。
3.ごめんね、勝子さん。


014.「ごめんね」 投下順で読む 016.滅びゆく村…それでも希望を諦めない
時系列順で読む
SURVIVE START 金田一 勝子 Behavior observation
SURVIVE START 犬山 はすみ

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最終更新:2023年01月07日 22:46