「大田原さん。今回の人選、何なんでしょうね。」

 山折村へ突入する前に装備を確認してるときのことだ。
 特に他愛のない些細な雑談を、念入りに確認する大田原へ振る。
 今回の任務の人選について、成田なりに軽く考えてみていた。
 別に人選に異論はない。単に突入する六人はどのような理由で選ばれたのか。
 たまたまそこにある雑誌にクロスワードがあって手を出した、と言ったレベルだ。

 大田原は有事の際、指示を仰ぐリーダーとして適任はないと成田自身理解してる。
 未知なる異能による不意打ちにも冷静な対応ができることは間違いないはずだ。
 総合的な能力面から言って、今回の任務で選ばれない道理はないと。

 黒木は嘗て交戦したハヤブサⅢが山折村にいると言う確かな情報があった。
 黒木曰く『間違いなくアイツは正常感染者だ』と言い切る根拠はともかくとして、
 もしその時は面識のある彼女が最も立ち回りに優れてるので納得できる。

 美羽は総人口は少ないと言えども、村の人数に対して僅か六名では手に余る数だ。
 しかも正常感染者の能力次第では、六人だけではかなりの苦戦を強いられるだろう。
 それだけの人数を対応できる体力や膂力を持つ彼女が抜擢されるのも妥当と言える。

 乃木平は実力面で言えば六人の中で最も劣るところはあるが、
 大田原程ではなくとも異能を相手にしても冷静に分析して立ち回り、
 場合によっては引き際を見極める判断能力の高さから生存が期待できる。

 広川は若手ながらも数々の実績を上げてきており、
 今回の任務に参加させても問題ないと判断されたのはミーティングで聞いた。
 なので、特に推測する意味がないため殆どノーコメントだ。

「別に俺を過小評価するつもりはありませんけど、
 五十嵐やオオサキとか、他の方が適任だと思いますがね。」

 成田は特に銃を用いた精密な射撃能力に長けた人物だが、
 今回狙撃銃が持ち込めない都合、自分が選ばれる優先順位は下がると考えた。
 オオサキは少年兵の経験から活きる勘が働く。乃木平同様に生存率は高いはず。
 五十嵐は土地勘があるとのことなので、立ち回りにおいて強みになるはずだ。
 射撃能力だけで二人を押しのけられるかと言われると、少し怪しくも思う。

「オオサキは前の任務の怪我がまだ治りきっていない。
 五十嵐は土地勘があるはずだが、地縁はないとも言っていた。
 別の場所との記憶の混濁がある可能性を考慮して、今回は外れたそうだ。」

「その空席に俺ってことですか?」

「いや。今回は弾の補充が全く期待できない以上、
 一発一発を無駄に使わない必要がある。俺はお前だからこそだと思っている。
 特に、自然による遮蔽物が多いトンネル周辺は、精密な射撃技術は特に有用だ。」

 不愛想と思える返し方だが大田原とはそういう人物だ。
 任務中はストイック。語り合う言葉は少ないものの、
 彼と言う人物はその少ない言葉だけで何となくわかる。

「なるほどね、ちゃんと意味があると。
 ま、選ばれた以上仕事はしますよ……存分に。」

 装備の確認を終えて席を立つ成田。
 好物の料理でも出されたかのように、鋭い瞳を輝かせながら。



 ◇ ◇ ◇



 人は自分で見たものだけを信じることも多い。
 震災にパンデミックと立て続けに起きた災厄。
 たとえ放送や避難勧告が出されていたとしても、
 一部の人はそれを無視して藁にも縋る思いで、
 トンネルから抜け出そうとする人もいるものだ。
 そういった考えの住人はいたようで、トンネル付近にもゾンビはいくら徘徊していた。
 もっとも、崩落した事実であったのでトンネルを前に往生せざるを得なかったが。

(正常感染者はなし、と。)

 首があらぬ方向へ曲がったゾンビを椅子代わりに、成田は周囲を見渡す。
 ダブルで起きたパニックだ。人の心理は想像を超えたものになりうる。
 そういうところもあってトンネル付近も確認することになったのだが、
 残念ながら正常感染者らしい人の姿は何処にもなく徒労に終わった。
 少し北上しながらバス停周辺まで到着しても、特に出会わず今に至る。

(遠くならどうだか。)

 横転したトラックを横目に、
 今椅子代わりにしている男が持っていた、
 双眼鏡を片手に遠くの方を軽く見渡す。
 狙撃銃の扱いに長けるので視力に優れてる彼は、
 朝を迎えてないこの環境でも十分視認することができる。

(森の方に一人いたか。)

 月明かりと言う恩恵も受けたお陰で、
 木々の隙間から森を駆ける一人の姿を捉える。
 黒い長髪に随分と身嗜みが整っている少女で、
 人里から離れた場所を歩く恰好とは言い難い。
 ゾンビ達と違ってはっきりと動いていることが伺える。

(行先は北か───ん?)

 捉えた姿の口元には、赤黒い液体が多量に付着しているのに気づいた。
 バーベキューでもやってソースを大量にかけた結果、なんてことあるわけがない。
 見慣れてきた血だ。通常の返り血ではああはならないので、想像するに難くない。
 あの感染者は生物を喰らっている。それが動物か人間かまでは分からないが。
 ゾンビと変わらない行為をしているしおぼつかない歩き方はゾンビに見えたものの、
 途中から機敏な動きで森を駆けるその姿はゾンビとは思えないので、
 正常感染者であることは察せられた。

「随分野性味があって、狩ってみたさはあるな。」

 遠巻きなので分からないが、
 その端麗な姿なのに動きは途中からは獣の如き動き。
 狩りの対象としては珍しくて軽くそそられるが、

(……いや、少しあれは泳がせてみるか。)

 殺すのは少し待ってみた方がいいと判断する。
 と言うのも、何を発揮するかまでは分からないが
 相手は何か生物を食べることがトリガーの異能なのだろう。
 口元の血を考えると、生きたままか死んで間もない奴から喰ったはず。
 踊り食いと言った文化は確かに人間にも存在していることではあるが、
 その踊り食いだって寄生虫感染の恐れがあるもので、躊躇われる行為だ。
 血抜きもされない生物を食うのは、普通の人間ではありえない行為になる。
 にもかかわらず対象は実行している様子。通常の思考回路では到底できない。
 あれが他の正常感染者と合流したところで、共に行動することは難しいだろう。
 この状況ではたとえ動物だったとしても、人を喰らった危険人物と思われやすい。
 そうなれば感染者同士の戦いが勃発する可能性の方が高いはずだ。

「此方にとって都合がいいなら、越したことはないな。」

 特殊部隊の人数は僅か六名、かつ黒木は別任務で仕事がしづらい。
 村の連中同士で自ら数を減らしに行く可能性のある人物を狩るのは、
 優先順位を考えると放っておく方が寧ろ利益に繋がるだろうと判断した。
 任務の最優先は確かに女王感染者となる人物を見つけ殺すことではあるが、
 あれが正常感染者に向かって戦いを挑むようであればそれに越したことはない。
 もしあれが女王感染者であれば退治されてしまえばそれで事態は解決。
 違ったとしても、女王感染者を倒して事態を終える可能性もある。
 特殊部隊のような洗練されてこそいないものの、
 軽やかな身のこなしで森を駆ける姿は常人離れしている。
 ゾンビ程度ならなんなく蹴散らせてしまうのだろう。
 無論、あれを放置して余計な犠牲者は出るのは確実だ。

 ───で?
 彼が犠牲者に抱くのは所詮、それだけにすぎない。
 多少の犠牲は哀れむことはするが、躊躇うこともなく。
 SSOGは単に人を守る仕事と言うわけではない。
 結果だけ見れば多くの人々を守ることだとしても、
 やってることは結局汚れ仕事の一言で片付くようなものだ。
 広川はこの仕事を未だ英雄視してるが、そんなものは程遠い場所にある。
 もっとも、成田の場合は寧ろ汚れ仕事だからこそ楽しんでる節はあるが。

(念の為追っておくとするか。)

 周辺にターゲットはいなかったことだ。
 現在の目的地がない以上、今は彼女を追うこときめた。
 正常感染者同士の戦いで漁夫の利も十分に狙えるはずだ。
 任務遂行の為であれば冷徹かつ非情になって行動できる。
 それがこの男、成田三樹康の一番の強みとも言えるだろう。

【G-4/バス停近く/1日目・黎明】

【成田三樹康】
[状態]:健康
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、双眼鏡
[方針]
基本.女王感染者の抹殺。その過程で“狩り”を楽しむ。
1.「喰らうことで発揮する感染者(クマカイ)」を追う。
2.追った後感染者と戦うようなら放置。和解するなら排除、状況次第で漁夫の利も視野。
3.「酸を使う感染者(哀野雪菜)」も探して置きたい。

[備考]
※ゾンビ化した愛原叶和の死体を確認しました。

048.お前はウソをついている 投下順で読む 050.かつて未来だった僕たちから君たちへ
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行方知れず 成田 三樹康 predator's pleasures

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最終更新:2023年01月30日 00:54