森の中を自在に駆け抜ける少女。
その後ろ、ぴったり100メートルの距離を保ち、迷彩服の男が後を追う。
ここはトンネルの左右に広がる広大な林。
岡山林業の主たる作業現場となる人工林である。
きっちりと手入れされた人工林は見通しもよく、足場も安定し、移動には困らない。
だが、人工林といえども林は林。早朝時刻といえども夜は夜。
そして今は地震の直後だ。
平時の真昼間の草原とはわけが違う。
木々の太い根や背の低い草葉が進みゆく者の足を絡める。
地震によって柔らかくなった土砂は、天然の落とし穴のように口を開けている。
闇の中、突如現れる段差が足を中空に浮かせる。
太い樹の幹が闇から湧き出てきたように目の前に現れ、行く手を遮る。
六月の日の出時刻は午前4時40分。
その時刻をまわれば多少はマシになろうが、それはまだ10分以上先のこと。
いまだ朝日は差さず。
そんな林を全力で走り抜けるなど、目をつぶって通勤時間帯の品川駅を通り抜けるようなものだ。
熟練の猟師ですら慎重に慎重を重ねて歩くであろう早朝の人工林。
ターゲットの少女、
クマカイは、まるで自宅の庭を走り回るかのように、暗い林を駆け去っていく。
―――田舎の娘ってのは、こうも容易く山林を走り抜けられるもんなのかね?
こいつの親は手を焼いていそうだな、と少しばかり同情する。
少なくとも、娘の三香は、目の前の娘と同い年になってもこれほどまでに野性的で開放的になることはないだろう。
そうなった場合、それはそれで歓迎するだろうが。
将来は世界に名だたるアスリートか、それとも大自然を護るレンジャーか。
自分にはない才が花開いたことに驚喜するだろうと、そこまで考えて苦笑する。
SSOGとして、三樹康もまた、常人ならば一日で音をあげる厳しい訓練と任務を毎日のようにこなしてきた。
スナイパーという役割を担うことが多いため、実任務では動くより『待ち』の時間のほうが圧倒的に長いが、
身体能力は常人とは比べるべくもない高みにある。
暗闇の中で気配だけを頼りに、ターゲットの脳天を狙撃したことだって一度や二度ではない。
そんな三樹康でも、クマカイを見失わないために、培った運動能力と、感覚を最大限まで研ぎ澄ます必要があった。
これは三樹康に限ったことではないだろう。
乃木平天であろうが黒木真珠であろうが、そして大田原源一郎であろうとも、
山林地帯においてクマカイに逃げに徹されれば、追いつくことは不可能だと断言できる。
彼女と並走できるとすればそれはおそらく美羽風雅のみ。
それも膂力に任せて邪魔な障害物を粉砕して進むことが前提である。
もっとも、今の三樹康とクマカイは追いかけっこをしているわけでもなければ、狩人と獲物として追い追われているわけでもない。
あくまで三樹康がクマカイを監視しているだけだ。
クマカイはすでに人工林を抜け、林業会社の敷地内へと足を踏み入れ、この村でもはやお馴染みとなったゾンビと対峙していた。
クマカイの姿は身長150センチにも満たないのではないかと思われる小柄で長髪の中学生女子。
その行く手に立ちふさがったのは、身長190センチにも届こうかという角刈りの大男・菅原分蔵。そのゾンビだ。
訳の分からない言葉を喚き散らす大男のゾンビに対し、
クマカイは人工林を駆け抜けていたときとは打って変って、媚びるように、探るように、もじもじとした動作を見せる。
男であれば気まずく目を逸らしてしまうような仕草ではあるが、ゾンビにそのような感情はない。
一切の戸惑いなど見せず、捕食せんとばかりに両腕を伸ばしてつかみかかる。
方や殴り合いなど一度もしたことがなさそうな、線の細い非力な少女。
方や還暦とはいえ屈強な肉体を持つ大男のゾンビ。
筋肉量、体格、体重。
すべてにおいてゾンビが上回る。
捕まれば、抜け出る術はないだろう。
傍から見れば、勝敗など火を見るよりも明らかである。
しかし、つかみかかったゾンビの腕は空を切る。
まるで抱き上げた猫が腕をすり抜けていくように、クマカイの肉体はゾンビの腕と腕の間を縫ってするりと抜け出していく。
そのしなやかさと柔軟性を用いて、身体の上を滑るように、脚、背、そして肩へとよじ登っていく。
獲物を見失ったゾンビはキツネにつままれたように呆けていた。
身体によじ登っていたクマカイに気付いたときには、もう遅い。
発達した首とアゴの力に任せて、犬歯が首へと突き立てられていた。
噴き出した血はクマカイの唇を赤々と濡らす。
ゾンビはたまらず小さな襲撃者を振り落とそうとするも、彼女はゾンビの背と一体化したかのように、決して背から離れない。
クマカイはその体格に見合わぬ咬合力で首をがっちりと抑え込み、クマのようにアゴを振ってその首ごとゾンビの頭をシェイクする。
首を支える筋肉に重大な損傷を加えられ、頭を揺られては、さしもの巨漢ゾンビも体幹を支えきれない。
半端な姿勢で頭から崩れ落ちたその肉体の哀れさは、羽をもがれた鳥に等しい。
それでもクマカイは勝利の余韻に浸ったりはしない。
獲物に執着するクマのように、周囲の警戒は怠らないまま、ツメで、キバでその肉を斬り裂き、食いちぎっていく。
朝日に照らされて、噴き出す鮮血がきらきらと輝いた。
―――怖い怖い。ありゃあ、まさにケモノだな。
ゾンビがクマカイに襲いかかってから、返り討ちに遭うまでに20秒も経っていない。
ゾンビはすでに俎板の上の鯉に等しく、そして三樹康にはゾンビの被食シーンに興奮する趣味など一切ない。
唯一確認すべきは、捕食をトリガーとした異能の発動であり。
―――奴さん、厄介なことで。
尾行中にもかかわらず、思わず舌を打ってしまう。
小柄な少女が大男の肉を飲み込んだかと思えば、ゾンビとなっているはずの大男の姿に変化したのである。
であれば、少女の見た目も擬態だと考えるのは自然なことであろう。
―――本当に人間じゃあないのかもしれないな。
―――野犬か、野良ネコか、それともクマか?
―――害獣駆除はSSOGの領分じゃないんだがな。
まさかこの村にカニバリズムが根付いていることもあるまい。
発展著しいという山折村に人肉食が根付いていたとなれば一大スキャンダルだ。
記者に動画配信者、ジャーナリストが飛びついて、週刊誌や動画サイトで因習村だのなんだのとわめき立てるだろう。
もちろん、そんな噂は一切聞いたことがなく、上からの説明でもまわってこなかった。
人間と見誤って真正面から対峙した挙句、一皮めくると狂暴なツキノワグマが登場という事態はさすがに笑えない。
今の装備で正面対峙した場合、急所に早撃ちで全弾撃ち込めば動かなくなるだろうが、正直割に合わないので勘弁してほしいところではある。
もっとも、異様な身軽さからして、さすがに正体がクマということはないのだろうが。
「正体不明のウイルスを周囲にまき散らす人間擬きのプレデター、ね。
ま、正しく人類の敵ってやつだなありゃ。それで……だ」
食事を摂るクマカイを観察するため、木々の影に隠れてじっと観察する三樹康。
その背後から迫りくるのは二体のゾンビだ。
村に降り立ったばかりのころは、ゾンビ狩り改め正当防衛も楽しめたが、狩れども狩れども芸を持たないゾンビばかり。
十数体狩ったあたりで、狩るたびに感じていた高揚は鎮まっていき、作業感が現れてくるのもやむなし、であろう。
種として同格の生物が、知恵を絞って逃げ回り、必死に抗い、怯え、怒り、ときに意を決して立ち向かってくる、
そんな人間たちの生への渇望を圧倒的な暴力でへし折り、摘み取るからこそ人間狩りは面白いのだ。
ゾンビは単純なプログラムで組まれた機械のように、目の前にいる生物を襲うだけである。
そこには生への執着も、心震わせるような慟哭もない。
その駆逐で満足できるのなら、三樹康はわざわざ自衛隊になど入らず、ハトの駆除業者でも選び、
娘にハトさんがかわいそうだよと言われてたじたじとする平和な暮らしを送っていただろう。
もはやゾンビには視線を合わせることもせず、視界の隅に姿だけを収める。
まず直線的に襲いかかってきた若い女ゾンビの首を逆手に持ったナイフで斬り裂く。
そのまま円を描くような足取りで、もう一体のサングラスをかけた女ゾンビに近づき、痛烈な蹴りを腹に叩き込んだ。
ゾンビは身体をくの字に追って地に倒れ、その頭を踏みつぶせばジエンド。
胴に突き刺さった足からの反衝撃が想定以上に小さかったことで、そんな未来予想は少しだけ逸れた。
まるで衝撃高吸収のクッションに蹴りを入れたような感覚だった。
「なんでボディアーマーを着込んだゾンビがいるんだ……?」
襲ってきたゾンビに興味を示す。
これがゲームであれば、場面が進むごとにヘルメットをかぶったゾンビや拳銃を数発撃たなければ倒れないゾンビが出てくるが、
実際の現場で出てくるのはさすがに不自然すぎる。
大柄の女のゾンビだ。
服自体はただの村人にしか見えないが、その肉体は明らかに鍛え上げられており、何らかの訓練を受けたものと推察される。
「ああ、まさかとは思うが、お前がハヤブサIIIか?
なら、我らが黒木特務隊員殿は当てが外れてお怒りだなこりゃ」
鍛え上げられたしなやかな肢体に、卓越した判断能力と頭脳を誇る一流エージェント。
もし正気であれば厄介な敵であったろう。
だが、今の相手は目の前の獲物に飛びつくしか能のないゾンビである。
両手を伸ばしてつかみかかってくるだけの女ゾンビの手を取り、まるでダンスを踊るかのように背後へと回った。
重心を崩されたゾンビの身体は力の向かう先を見失い、そのまま地へと倒れ伏した。
十数秒ほど余計に時間を無駄にしただけで、ゾンビが死亡する未来に変わりはない。
頭部をざくろのようにはじけさせたゾンビの肉体がぴくぴくと痙攣する。
哀れなゾンビの亡骸にはもはや興味はなく、情報を求めてその懐をまさぐる。
欲しいのは名刺などの身分を示す何か、あるいはスマホ。
身分証明書はダミーの可能性は高いが、たとえば指令メールがこの混乱の中で無事に残っている可能性もある。
―――浅野雅。村の雑貨店の経営者、か。
ハズレのようだ。
小さな村に根付く商店の経営者など、村人全員に知れ渡っているだろう。
そんなバレバレのダミーを用意するエージェントなどいない。
では、ただの村人がなぜボディーアーマーなどを着込んでいるのか。
ただのヤクザか、研究所御用達の商店なのか、あるいは研究所お抱えの雇われ特殊部隊か。
「っと、ビンゴだ」
未来人類発展研究所、警備主任。
お抱えどころか、当事者グループそのものを示す身分証明兼カードキーが出てきた。
それと、未だ上着の内ポケットに入っていたスマホ。
いまだ温かいゾンビの指を用いて、強引に指紋認証を突破する。
だが、メールやメッセンジャーは昨日日付の私用のメールばかり。
写真についても、もう一人のゾンビ……雑貨店の店員、浅野唯による死体廃棄写真ばかりだ。
おおかた、マヌケなエージェントが研究所員に見つかり、証拠隠滅のために森の中に埋められていたのだろう。
この写真は、その証拠写真と思われる。
ほか、唯一目を引くのはトンネルの爆破装置の起動用と思われるアプリだが、
すでに崩落したトンネルをもう一度爆破したところで何の意味もない。
何より、電波妨害によってそのアプリ自体が意味を為さない。
もはやこのスマホには価値はなさそうではあるが、いざというときの照明程度には使えるだろう。
指紋認証を解除し、持ち去ることにした。
「それよか、こっちだな」
二つのカードキー。
名札を兼ねたカードキーに書かれたLevel2という文字。
それと、用途不明のカードキーだ。
警備主任という立場から考えれば、十中八九、研究所の出入りにかかわるカードキーであろう。
残念ながら、今チームのミッションは女王感染者の暗殺であり、研究所の調査は対象外なのだが、欲しがる者はいるかもしれない。
たとえば、正常感染者であった場合のハヤブサIIIやその関係者、それを追う黒木隊員、などが有力候補である。
―――さて、向こうはどうだ?
―――奴さん、朝ご飯は食べ終わったのかね?
双眼鏡にてクマカイを確認する。
少女の姿はどこへやら、今や筋骨隆々の大男だ。
その本体は、もはや原型が分からないほどに無惨に食い散らかされていた。
だが、数秒ののち、クマカイは再び長髪の少女の姿へと戻っていた。
姿は切り替えが効くらしい。
―――年頃の女の子の食欲ってのは目を見張るものがあるな。
―――俺ももう少し、家計を見直したほうがいいのかね?
―――あれの食欲は、そういうものじゃないだろうが。
あの身体のどこに食ったものが入っているのか。
異能の発動によって食った肉が消費されるのか、あるいはウイルスの適応によって底なしの胃袋を手に入れたのか。
いずれにしろ、あの少女を放置していれば、この村のゾンビはいずれ全員、奴の腹の中なのだろう。
食事をしていたクマカイは未だ警戒を解かず。
その視線は、木々の合間に身をひそめる三樹康のほうにも一瞬向けられた。
―――おっかねえことで。
―――監視はこの距離が限界だな。
距離にしておおよそ150メートル。
拳銃の有効射程範囲のおおよそ三倍の距離だ。
三樹康といえども、この距離で相手の急所を正確に射抜くのは至難の業である。
―――さて。どうするかね?
毎回姿が変わるとなれば、これは面倒極まりない。
少女――大男を追ったのは、感染者同士の戦いによる漁夫の利のほかにも、
生物を食うことで発動するという異能の確認もあった。
正常感染者にドッグタグなどついていない以上、姿を頻繁に変えられるのは混乱の温床にしかならない。
クマカイは何かを見つけたのか、岡山林業敷地内に積まれた木材の影に身を隠している。
三樹康のいる場所からは見えないが、西からほかのゾンビか正常感染者が向かってきているのだと推察できる。
東から上る朝日を逆光に利用しようというのだろう。
―――この機に、こいつは始末するか?
―――もう一人が正常感染者なら、なおさら好都合だ。
クマカイの位置。
クマカイの予測移動経路。
襲撃するであろうポイントと、狙撃ポイント。
そこへ到達するまでに必要な秒数と、遮断物の数。
瞬時に計算し、はじき出す。
クマカイ、そしてその哀れな犠牲者の到達を待つ。
■
クマカイは内心、嘆息する。
人間のメスの振りをして年を取ったオスに近づいてみたはいいものの、結果は予想外……というより、期待外れだ。
人間のオスはか弱いメスを保護するでもなく、コミュニケーションを取るでもなく、いきなり襲いかかってきた。
それも目的は決して交尾などではない。捕食を目的とした襲撃である。
深夜に仕留めたメスからは確かに知性を感じたというのに、
仕留めたオスからは知性のひとかけらも感じなかった。
獣は獣なりに、知恵をまわし、理性と本能とを切り替えつつ大自然を生き抜いている。
知恵も理性も捨てた本能だけのケモノなど、厳しい大自然を十数年にわたって生き抜いてきたクマカイの敵ではない。
―クマより凶暴、だけどクマとは比べ物にならないほど弱い。
―イノシシのほうがまだ知恵がありそうだ。
―ニンゲンも、共食いするのかな?
―それとも、こいつは何かの病気なのか?
―もう少しだけ、様子を見ようか。
思考もそこそこに、本日二度目の食事にありつく。
人間の異様さも気にはなったが、それ以上にどうしても確認しておきたいことがあったのだ。
ぐちゃり、ぐちゃりと肉をはむ。
口いっぱいに頬張った人肉を、喉の奥へと押し込める。
肝臓、心臓、脳。
僧帽筋、肋間筋、大円筋。
脊柱起立筋、腸腰筋、大殿筋。
腹直筋、外腹斜筋、大腿二頭筋。
あらゆる肉を、生命に満ちた臓器を、上から下まで余すところなく腹に収める。
それに気付いたクマカイに湧き上がる感情は、歓喜であった。
比喩でなく、いくらでも食べられるのだ。
60歳の人間の平均体重は70kg弱と言われている。
菅原分蔵は鍛え上げられた巨漢、少なく見積もっても80kgはゆうに超えるだろう。
骨やその内側の肉、脂肪、食事に適さないいくつかの臓器。
それらの重さを差し引いても、可食部分は20kgをゆうに超える。
これはクマの一日の食事量に勝るとも劣らない。
いくら育ち盛りの若いメスといえど、野生児といえど、人間種に過ぎないクマカイが一日に一人で消費しきれる量ではない。
だのに、食べきることができている。
食べても食べても満腹にならない。
永遠の飢餓の呪い……などの大層なものではなく、
食べた肉をまとうという異能の副作用として、腹に収めた肉が消失しているのである。
空腹をスパイスにするか。
飽食による満足感を得るか。
選ぶのは自由だ。
朝日が稜線から顔を出し、村の中が太陽で照らされる。
人間の巣は盆地一杯に広がっている。
このオスのように理性を感じられない、よろよろと歩く人間たちが遠目に見える。
それはイコール、獲物の数だ。
食うも寝るもより取り見取り、まさに幸せの村である。
―だけど。
それだけじゃ満たされない。
食事は命を頂くこと。
他生物の命を奪い、腹に収めて自らの血肉とすることだ。
それはすなわち、命の征服である。
両親からの愛情を一身に注がれたであろう幼年期。
同世代の子供たちと駆け回ったであろう少年期。
肉体を鍛え上げ、知恵をつけ、一人立ちを始めたであろう青年期。
知恵を生かして、若い世代を導き育て上げたであろう壮年期。
人間一人一人、動物一体一体にドラマがあり、生の彩りと輝きがある。
その生を断ち切り、未来を閉ざし、生の輝きひとつひとつを自らの糧とする。
これが食事であり、捕食という征服行為である。
大自然という荒波に揉まれてきた者ほど美味い。
壮絶な生を送ってきたものほど美味い。
生に執着する者ほど美味い。
舌という器官から取り入れる味覚こそ同じでも、その旨みは比ではない。
自分で苦労して獲った獲物こそ美味しい。
新鮮な食材こそ美味しい。
今は亡き母熊に与えられていた、何の背景も分からないただの肉を腹に収めたときとは比較にならない美味しさ。
僅かな表情の揺れから獲物のバックボーンに想いを馳せ、悔恨と生への執着を断末魔とともに断ち切る高揚感。
これこそが狩りの報酬であり、醍醐味である。
―それにしても、イヤな感じだな。
村の領域に降りてきてからずっと感じていた、ねっとりとまとわりつくような視線が消えない。
かつて幼いころのクマカイを獲物とみなした巨大なアオダイショウが向けてきていたような、粘ついた視線を覚えている。
昨日、一度湖の南岸から村を眺めていた時に、湖の中から感じた正体不明の冷酷な視線を覚えている。
自身が獲物として狙われているのだ。
視線に気付いたとき、森を行く速度を上げたが、振り切れないまま朝を迎えた。
つかず離れず追い回し、獲物が疲れたところで襲撃に移る。
獲物同士の争いを眺め、勝者も敗者もまとめて収穫する。
クマカイ自身、これまでもおこなってきたことだ。
人間を仕留めた瞬間に現れるでもなく、食事の最中に襲ってくるでもない。
林のほうに目を向けると、その視線は霧散したが、しばらくするとまた感じるようになった。
狩人はずいぶんと慎重派らしい。
―そちらから来ないというなら、それでもいいけれど。
逸って姿を現した時こそ最期である。
それよりも、今は新たに現れたもう一人の獲物。
まだらの布に身を包んだ異様な姿の人間が走ってくる。
今纏っている男とは明らかに異質。
最小限に足音を抑え、警戒を解かないその様子は、夜闇に紛れ獲物を襲うキツネを思い起こさせる。
先ほどのオスは弱かったが、今度のオスは強そうだ。
「そこにいるのは、分かっています。
隠れても、ムダですよ」
徐行し、足を止め、何かをしゃべるマダラのオス。
この行為を、クマカイは威嚇であると判断した。
両手で持っているのは武器なのか、銃を知らないクマカイにそれはわからない。
けれども、威嚇の体勢に入った獣や虫は例外なく自身の持つ最強の武器を向けてくる。
スズメバチのような毒針が飛び出すか、ヘッピリムシのような毒ガスが噴き出されるか。
いずれにせよ、受けるべきではない。
まずはマダラのオスを倒そう。
布に付着した土や泥はまだ乾ききらず、直前まで激しい戦いをおこなっていたのだと理解できる。
冬の山でしか見られない氷が右手に張り付いているのは異様だ。
少なくとも万全の状態ではない。
一撃で仕留められればそれでいい。
そうでなくとも、息つく間も与えずに猛攻を加えれば勝ちの目は十分にあるだろう。
そして、未だ姿を見せない狩人が気にはなるが、山林に比べればずいぶんと見晴らしがいい。
不意を打たれることはないだろう。
一歩ずつ歩を進めてくるマダラのオス。
徐々に昇りくる朝日、その中央がクマカイ自身に重なる瞬間だった。
爆発的な速度でクマカイはマダラのオス、
乃木平 天の前へと踊り出し、襲いかかった。
■
ハヤブサIIIとの戦いから離脱した天は、追っ手が来ていないことを確認し、30分ほどの小休止を取っていた。
村に降り立った直後のワニ軍団との連戦。
ゾンビ溢れる中での診療所の探索。
そして逃亡者を追う最中での、ハヤブサIIIとの遭遇戦。
たった3時間の間に立て続けに起きたこれらの出来事は、肉体のパフォーマンスを目に見えて落としていく。
任務前にこそ十分な休息を取ってはいるが、以降通常の方法では食事を摂ることはできず、水分の補給すら不可能。
仮眠程度は可能であるが、経口摂取による体力の回復は見込めない。
そして六月の盆地に容赦なく降り注ぐ日光は、防護服の下の肉体から確実に体力を奪っていくであろう。
そもそも、任務は最長で48時間である。
最大のパフォーマンスを丸二日ぶっ通しで発揮するなど、人間という生物である限りは不可能である。
サイボーグである美羽ですら、熱の放出という形での休息が必要だ。
長期戦になると分かった以上、それを見越した行動に切り替えなければならないのだ。
まずはハヤブサIIIの目撃情報の連絡だ。
4時に回収されていくであろうドローンに向け、ハンドサインを送る。
F-3。
ハヤブサIIIとの交戦箇所である。
本部において、山折村全体はA~H・1~8の64エリアに分割されて管理される。
その座標をドローンに向けて指し示したのだ。
自身の経路、そして医師風の男が同行していたという事実より、おそらく診療所を目指していたことは間違いない。
本部からの追加支援と同時に、その情報は真珠にも届けられる。
現在の経路までは想定不可能だが、真珠であれば確実に痕跡を辿っていくだろう。
もっとも、真珠がその情報を受け取れる状況にあるかはまた別の話。
たとえば、分身するクマの群れと交戦するハメになるかもしれない。
情報を受け取れない状況に陥る可能性は十分にある。
そうでなくても、同行者の異能まではハンドサインでは到底伝えきれない。
合流できるのであれば、それに越したことはない。
特に氷使いの異能についてはそれ自身が命取りになりかねないのだから。
(黒木さんは、おそらく南部から村に入っていたはず。
ならば役場のほうに向かえば、合流できる可能性があるのでしょうね)
真珠がハヤブサIIIを追い抜いていることは考えづらく、またわざわざ木更津組のほうからやって来ること考えられない。
東から向かってきて合流できたのであればそれでよし、
古民家群や放送局のほうに行ってしまったのであれば、ヘタに動かず役場周辺でアプローチを待つほうがいい。
気絶(?)したゾンビが商店街の表通りに転がっているが、おそらくハヤブサIIIが対処したのであろう。
余計な遭遇戦が避けられるのであれば、それに越したことはない。
広い林業会社を間近に捉えたとき、東の山の稜線から朝日が昇ってきた。日の出の時刻だ。
この地獄の村の様相とは似つかわない美しい朝焼けが東の空を彩っていく。
暗闇の村に光が差し込み、そして光が強くなるにつれて影も濃くなっていく。
(ん? この影?)
積まれた木材の山によって陽光が遮られ、長い影が天の足元にまで伸びてきている。
その影が、わずかに動いているのだ。
背の高い草の葉などではなく、熱に揺れる陽炎でもない。
何か長いものが木材の間から覗いており、風に吹かれてゆらゆら揺れている。
(髪の毛? 女性の長髪、といったところでしょうか)
逆光になって見えづらいが、確かに10数メートル先の木材の影に何かがいる。
天は銃を取り出し、両手で構えを取った。
「そこにいるのは、分かっています。
隠れても、ムダですよ」
殺害する以上、声をかける意味はないのだが、そうしなければ人間性がどこかに置いていかれそうで。
手をあげて姿を現すか、それともノータイムで攻撃に移ってくるか。
徐々に昇る朝日が目を眩ませる。
瞼を細め、採光量を絞ったそのとき、黒い影のようなものが飛び出してきた。
(またもや子供ですか?
いや、だが速い!?)
逆光により、姿は見えない。
長い黒髪を持つ女子と推測はできるが、そこまでだ。
クマカイの口元から未だ滴る血も、ギラギラと光る野獣のような眼光も、天の網膜には届かない。
即座に最大限の警戒網を敷くべきであるという視覚情報が、天の意識に届くのが少しだけ遅れた。
――パン、パン。
一発、二発。
乾いた音が澄んだ空気に反響する。
放たれた弾丸は一直線に、0.3秒前までクマカイの心臓があった空間を穿つ。
クマカイは最短距離を詰めるのではなく、螺旋のように大きなカーブを描いて迫ることを選んだ。
当初天が想定していた射線からは大きく逸れ、銃弾は当たらない。
カーブを描いて迫りくるクマカイ、銃弾二発を外した時点で互いの直線上の距離は10メートルを切った。
2秒あれば容易に接触できる距離である。
ならばとすばやくナイフを引き抜き、接近戦の構えを取る。
それに呼応したように、急激に天への最短距離を詰めてくるクマカイ。
天は慌てることはなく、カウンターを狙う。
腰を落としてクマカイの挙動一つ一つに注目するも。
(なっ、分裂した!?)
どこから飛び出してきたのか、少女とは別に大男が天に迫りくる。
大男は天から見て若干左寄りの上空から、少女は天から見て右寄りの下方から。
上から飛び掛かるものと、下から突き上げてくるもの。
ワニのように分裂する異能者を思わせる、しかし明らかに体格も質量も違う二人の人間。
集中が途切れる。
(男ではなく、皮?
本体は……下側か!?)
大男のほうが皮でできたダミーだと気付く。
だが、どのみち高速で射出される20kgの人肉は立派な質量攻撃である。
この場での『待ち』では大男の肉と皮を避けきれない。
接触までに一秒もない。
地走りのように地すれすれを高速で移動する相手に対し、ナイフによる迎撃は不向きだ。
何より、防護服と下前に飛び出たガスマスクが下方への視界を阻害する。
地面に転がり回避する手もあるが、少女は待っていましたとばかりにキバを突き立ててくるだろう。
右足を軸に最小限の足運びで左回転し、大男の皮を目と鼻の先でかわす。
同時に後ろ回し蹴りの体勢に移行。
回し蹴りというには軌道を外れすぎたその暴力のターゲットは、地面すれすれに突っ込んでくるクマカイの頭部である。
が、それすらを予測していたかのか。
クマカイはさらに速度をあげて前方右斜め前に飛び込み、
毛皮の間に入ったクロスズメバチを引きはがすクマのように、くるくると素早く地面を二転、三転。
その軌道は射出された人肉の真下。
天のローキックの軌道と同じ回転方向、そしてそのちょうど反対側である。
天の蹴りがクマカイの頭を捉えるどころか、背後まで回られた。
さらなる追撃に移ろうにも、クマカイは体中のばねを活用し、がら空きの背中に飛び込み、組みつく。
傍から見ればおんぶをおこなう兄妹のようにも見えるが、強引におっかぶさられる側はたまったものではない。
(狙いは首……いや、マスクか!?)
クマカイとの遭遇からたった10秒、天の思考にはっきりと焦りの色が生まれる。
ストラップを付けてしっかりと固定しているとはいえ、マスク自体は素手で着脱可能だ。
これを外されれば、瞬く間に天はゾンビになり、そのまま殺害されてしまうだろう。
ハヤブサIIIと違い、最初から殺る気満々で襲ってきた村人だ、殺す以外に活路はない。
一方でクマカイも決め手に欠けた状況に困惑を覚える。
素肌が出ているならそこを集中して攻撃すればよい。
多少の布があろうとも、ヒグマの毛皮を超える分厚さの布はそうそうない。
ならば耐久性を上回る力で引き裂けばよいだけだ。
だが、マダラのオスがまとった布は咬撃を通しそうにない。
ツメを通さず、ならば歯を通すこともないだろう。
その僅かな思考の隙を縫うように叩き込まれたのは、天の渾身の肘撃ちだった。
「ギぁッッっ!」
脇腹を正確に撃ち抜く一撃である。
天は初めてクマカイに有効打を与えた。
しかし
ワニ吉との死闘、海衣に与えられた右手の凍結、そしてハヤブサIIIとの接近戦による身体全体への負荷。
これらは高々30分の小休止で回復できるものではない。
特に高負荷をかけられた右手の神経細胞に、脳からの指令は100%反映されなかった。
万全の一撃ならば効果はあっただろう。
此度の一撃は、クマカイを引きはがすには程遠い。
ならばと自ら後方に倒れこむことで、体重を乗せてクマカイの後頭部ごと地面に叩きつけることを狙う天。
防護服の強度に任せた荒業である。
自身の全体重をかけたボディプレスを狙い、足にぐっと力を込める。
だが、それを黙って見過ごすクマカイではない。
クマカイは天の尻を蹴って自らの下半身を引きはがす。
天の下半身を貫くように炸裂したその蹴りは、彼の下半身への力みを妨害する。
しかしながらクマカイの全身が天から剥がれるわけではなく、腕だけはがっちりと天の肩をキープ。
体操選手のように、腕の膂力で全体重を支え、後方へ向かいたがる自身の下半身を腕と腹の力で強引に引き戻す。
その反動を用いて再度、蹴りを炸裂させた。
その力の向かう先は、天の膝裏である。
体幹を前後にぐらぐら揺らされ、強引に膝折れを起こされた天は、たまらず膝を折ってしまう。
天は機転こそ効くが、大田原ほどの瞬時の判断力を有していない。
遭遇からたった15秒、視界外とはいえ、三手もの行動を相手に許してしまい、完全にマウントを取られたことを自覚する。
正面から地面に倒れ込み、背を晒したこの状態で逆転するのは至難の業。
ナイフを入れる暇もなし、そもそもこの襲撃者はそのような隙を与えてはくれないだろう。
死を覚悟した天の耳が、パン、と乾いた音を拾う。
自分は銃を撃っていない。
では何者が?
ただちに地を転がってうつ伏せから仰向けの体勢へ。
状況を確認すると、そこにいたのは二人の同じ顔をした少女である。
ぼさぼさの長髪を垂らした全裸の少女が、長髪の少女を盾にしていた。
いや、大男と同じように、人間の肉を射出して盾にしたのだと理解した。
銃弾は寸分たがわず長髪の少女の脳天を貫き、心臓を貫き、
わずかに歪められた軌道でぼさぼさ髪の少女の右の耳輪を貫き、右の脇腹の肉をかすめ取っていた。
クマカイの判断は迅速であった。
天が地に倒れ伏した時、縦長の瞳がカッと見開かれるようなイメージが浮かんだ。
猛烈にイヤな予感を覚えたクマカイは、相手の姿を確認することもなく、まとっていた皮を放棄した。
ほぼ同時に、斑のオスの威嚇と同じ乾いた轟音が空気を震わせ、脇腹と右耳に猛烈な熱さを感じたのだ。
――勝てない。
そう瞬時に判断すると、工場の建物の影まで全速力で移動して、射線を切る。
だが足音が近づいてくる、斑のオスも起き上がろうとしている。
ならばと真向いの商店街へと飛びこみ、室外機が設置された店と店の間のわずかな隙間に身を滑り込ませた。
クマカイに気付いた一体のゾンビがそれを追うも、ゾンビの体格では隙間に入らない。
残されたのは、人肉と皮の塊――熊田清子と菅原分蔵の成れの果てだけであった。
それもまた、胃酸に溶かされたようにぐずぐずと溶けだし、やがて消失していった。
■
「はぁ、はぁ、はぁ……。
助かりましたよ、成田さん」
「お前、ずいぶんいいようにやられてたじゃないか」
醜態、と糾弾するのは容易いが、三樹康自身も下調べゼロで圧倒できる相手だとは思わない。
訓練なら蹴りの一つでも入れてやるところだが、これは実戦だ。
ゆえに、軽い叱責にとどめる。
三樹康の存在自体は、クマカイには気付かれていた。
もちろん、それ自体は承知の上だ。
ゾンビの捕食を観察していたときに視線が交差したのは、そういうことなのだと理解していた。
そのうえで、銃撃は問題ないと判断していた。
ただ、クマカイが襲撃した相手が天だと分かったことで、
多少の無理を押してでも攻撃に移らなければならなくなったというだけのことだ。。
『H&K SFP9』のカタログスペックとしての射程範囲は50メートル。
三樹康が発砲したのは、おおよそ80メートルといったところか。
その位置から敵の脳天と心臓を正確に狙える力量は確かなものだが、
捕食した肉を盾として利用してくることだけは想定外であった。
おかげで銃弾は急所を逸れ、手傷を負わせるに留まったのだ。
「まあ、あれは逃げたな。
大方さっきのでストック切れだろうが、ゾンビはいくらでもいる。
また姿を変えて姿を現すだろうよ。んで、だ」
三樹康は商店街を一瞥し、ため息をつく。
そこでようやく、天のほうへと視線を向けた。
「そっちの状況を報告しろ。ずいぶん動きに精彩を欠いてたようだが」
「先ほどのを含めて交戦は四回。人数は五人。確実に殺害したのは一人、生死不明が一匹。そして二回は命を拾った気がします。
どれをとっても、先ほどの相手と同じく、やりにくい相手ばかりでした」
交戦回数は実に三樹康の四倍である。
全員が食人の感染者と同レベルだとすれば、むしろ天はよくやっているほうであろう。
「随分感染者に好かれてるな。
やっぱそこも社交性が大事なのかね?」
「いや、確かに任務ではありますが、矢継ぎ早に猛者が集中するのはあまり嬉しくありませんよ」
「言うねえ。
トンネルの方は丸坊主だよ。
戦果ゼロ、正常感染者の一人もいやしない。
で、森の中に凶暴そうなのが一人いたんで、あれは使い道があるかと泳がせておいたんだが……」
「ああ、なんていうか、すみません」
「世話の焼ける……と言いたいところだが、
まだ一人も仕留めてない俺が言えた義理じゃないんだよな。
ほんと頼むぜ、乃木平次期隊長補佐官殿?」
「その呼び方は勘弁してくださいよ……」
SSOG隊員はそれぞれに特筆すべき強みを持つ。
その観点からすると、乃木平の強みはあらゆる隊員に気後れせずにモノを言えるその社交性となるだろう。
天は博愛主義者である。
殺人自体に悦楽を覚える三樹康とは、思想信条は正反対。
それでいて、後輩から特に恐れられがちな三樹康に臆せず狙撃の指導を乞える時点で、その社交性は特筆するものがある。
真理からは、成田さんめっちゃ怖いんで乃木平さんから一言話通しておいてくれません? と体よくパシられ、
大田原からも飯代と共に、訓練後の新人たちへのフォローを頼まれるほどだ。
大田原にメタメタにしごかれた新人に飯を奢り、口数の少ない大田原の代わりに今日の訓練の真意を伝える役目はだいたい天である。
舌戦において百戦錬磨の官僚や政治家たちを相手取る以上、社交性・折衝力・調整力は必須である。
そういう意味で、天は隊長補佐官候補として、適任といえよう。
もちろん、現場を知らない者の意見など傾聴に値せず、だからこそ現場での実績は必須だ。
甘やかしはしない、だが実力が一段劣ることなど最初から分かっている。
「俺はこれから役場の正面にある雑貨屋に向かう。
しばらくそこに用があるから、お前も来い。そこで一回しっかりと休め。
まだ40時間以上あるってんのに、開始早々ダウンは笑えんのでね」
「申し訳ありません……」
これが訓練中の出来事ならば、胸ぐらつかんで投げ飛ばしてしごくところだが、今は任務中だ。
優先すべき特別任務があるわけでもない。
同じ地域を担当することになった以上、へばった隊員は有無を言わせず休息させるのも仕事である。
三樹康は趣味も兼ねてSSOGに所属しているが、任務である以上、趣味を最優先することは許されない。
「浅野雑貨店。ま、交通の要所だな。ここに銃器があると睨んでる。
少なくとも、防具は確実にある。
村のやつらに奪われて面倒なことになる前に、こっちで潰しとく。
あとは逃がしたやつらの異能を全部話せ。俺も見た分は全部話す。
連中、相当に厄介なようだからな」
「了解しました」
話はまとまった。
二人の隊員は村の入り口の雑貨店を目指し、歩を進める。
ミッションスタートから、もうすぐ五時間。
地獄の任務は、まだまだ長い。
■
シャッターの閉まった人気のない商店街をクマカイは駆ける。
この村の状況、病か何かが蔓延しているのだろう。
ゆったりとした動きでうろつく冷たい人間は、腹を満たすだけのエモノ。
ただ目の前の相手を襲うだけの、ただの生きた肉だ。
最初に食ったメスのような、熱のある人間の立ち位置はまだ分からない。
あれが本来の人間の姿なのかもしれない。
であれば、あの手の人間は慎重に近づく必要があるだろう。
そしてマダラの人間はきっと狩人たちだ。
あるいは、あいつらが人間達のボスの子飼いなのかもしれない。
強く、油断ならず、そして奴らはきっと腹も心も満たせるほど美味いだろう。
そして、横槍を入れてきた蛇のような目の男。
村に来てからずっとクマカイを追っていた狩人。
―あいつだ。
―あいつがきっと一番美味い。
―絶対に、食ってやる。
【E-4/商店街/1日目・早朝】
【クマカイ】
[状態]:右耳、右脇腹に軽度の銃創
[道具]:なし
[方針]
基本.人間を喰う
1.銃創の手当
2.理性のない人間を食う
3.特殊部隊は打ち倒し、捕食する
4.理性のある人間は、まず観察から始める
【F-4/岡山林業敷地内/1日目・早朝】
【
成田 三樹康】
[状態]:健康
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、双眼鏡、研究所IDパス(L2)、謎のカードキー、浅野雅のスマホ
[方針]
基本.女王感染者の抹殺。その過程で“狩り”を楽しむ。
1.乃木平 天の休息と見張りを兼ねて、朝までは浅野雑貨店を探索。銃器や殺傷力の高い武器があれば破壊 or 没収。
2.「血塗れの感染者(クマカイ)」に警戒する。
3.「酸を使う感染者(哀野雪菜)」も探して置きたい。
[備考]
※乃木平 天と情報の交換をおこなっています。
【乃木平 天】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、精神疲労(小)、手が凍結(軽微)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、医療テープ
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.朝までの警戒は成田さんにお願いし、しっかりした休息を取りましょう。
2.ハヤブサⅢは黒木さんに任せましょう。
3.あのワニ生きてる? ワニ以外にも珍獣とかいませんよね? この村。
4.某洋子さん、忘れないでおきます。
5.美羽さん、色々な意味で大丈夫でしょうか。
6.能力をちゃんと理解しなければ。
※ゾンビが強い音に反応することを察してます。
※もしかしたら医療テープ以外にも何か持ち出してるかもしれません。
※成田 三樹康と情報の交換をおこなっています。
最終更新:2023年02月25日 13:39