ある任務を終えた後の事。
廊下で美羽の道を塞ぐように立つ男がいた。
特殊部隊だけあって、整った体格に男らしい顔立ち。
女性が好む中年の男性像は、概ねこういうのではないだろうか、
とでも言いたげなぐらいに完成されているかのような姿をした人物。
彼女同様に、十年以上SSOGに従事し続けてきた男、伊庭恒彦。
「おい、どけよ脇役。」
これが同じ隊員の振る舞いかと疑いたくなるように上から目線の物言い。
特殊部隊と言う場所に配属されようとも、彼女は昔からこの態度のままだ。
今更改めるつもりはない。仕えるのは政府であって、同僚ではないのだから。
脇役と言うのは彼女の中での伊庭のあだ名で、主に彼の強みは仲間との連携だ。
仲間のサポートに徹する能力は乃木平を以上ではあるものの結局は裏方メイン。
表立って活躍することはないし、何よりもこの男が気に入らないのでそう呼ぶ。
「ハッ、その脇役に助けられてたお前がよく言えたな。」
「あ?」
まーた始まったよ、と内心でごちる美羽。
長年のベテランである吉田にさえ皮肉を零す男だ。
昔はこういう奴ではないのは長い付き合いで知ってはいる。
例えるならば、昔は乃木平と広川を足したかのような輝いてた奴だ。
礼儀正しく、理想を追い求め続けていたこれもまたある意味忠犬のような。
今となっては、最早見る影もないぐらいにクールを通り越してドライになる。
もっとも、彼がどう変わろうと知ったことではない。興味もない。
ただひたすらに面倒くさい。口喧嘩で勝てないことをいいことに、
言いたい放題言う彼を気に入ると言う方が稀有な人間だろう。
「お前が独断専行したお陰で無駄な労力を費やした。
ついて行こうとした隊員が、危うく犠牲になるところだったぞ。」
「ハッ、そいつぁ悪いな。てめえら凡人にゃ、
機械化したこっちについてこれねえもんなぁ?」
機械化した身体は実験段階とはいえ凄まじいものだ。
世界観を間違えたのではないのかと一時期思った程のオーバーテクノロジー。
実験段階だから世に出回ってないとは言え、とんでもない身体を手にしている。
無論、並の人間ではこの技術の結晶とも言える身体は使いこなせない。
美羽のような頑強な人間の域に達することでようやく実現可能なのだから。
「所詮、暴走族の成り上がりでは下を気遣う器はないらしいな。」
「アァ?」
異様な空気が漂う。
此処に人がいた場合、その気迫に逃げ出してしまいそうな。
そんなピリピリとした空気が漂い始めた。
「それが狂犬とは笑わせる。飼い主に忠実なのが犬だ。
その犬が飼い主、もとい上の命に従わず無駄な犠牲も出しかねなかった。
恩返しか? 所詮お前は、暴走族と言う小さい世界で粋がっていた狂犬にすぎん。」
一触即発。
決して珍しいことではない。
元々この二人は相性がすこぶる悪ければ、
十年以上この仕事で生き延びてきた、つまり何度もしてき光景た。
実も蓋もないことを言うのならば、これはいつもの日常茶飯事。
これを止めるのは何時だって仲裁役である乃木平天、
「あー! 探しましたよ風雅先輩ー!!」
「ゲッ。」
ではなかった。
左耳から右耳へと貫通しそうな、はきはきとした声が届く。
派手な金髪で、普段着ならチャラ男にも見えそうな若い青年。
SSOGきってのムードメーカーとして名高い男、広川成太だ。
声を聞いた瞬間、美羽の表情が凄まじく嫌そうなものへと変わる。
付き合いの長い間柄ではあるが、初めて見る反応に少し伊庭も面食らう。
「おい邪魔すんなヒロイック野郎! こっちは……」
「足、大丈夫ですか?」
「はぁ? 足だぁ?」
「足の音がおかしいからひょっとして故障してるんじゃないかって、
倒れる寸前に天先輩から聞いたんで、俺が様子を見に来たわけですけど。」
先の任務では乃木平も参加していた。
無論、サイボーグの彼女に凡人がついて行けるはずもなし。
それでもなお彼女の動きに合わせ死に物狂いで動いた結果、
無事(無事とは言わない)過労で倒れてしまってたりする。
伊庭が手助けしてなければ色々彼は危うかった場面も多いのだが、
そのことを伝える前にこうして広川が出てきてしまったので止めざるを得ない。
「……言われりゃ、少しおかしいかもしれねえな。」
右足を軽く動かせば、普段とは違った音が何処か混ざっている。
動きに支障が出るほどのものではないが確かに違和感はあった。
戦場で何で彼がそれに気づいてるのか。微妙に呆れ気味な顔になる。
ぶっ倒れるまで他人の心配するって頭おかしいんじゃないのかと思えてならない、
「ほらやっぱり! メンテナンスしに行きましょうって!」
「おい引っ張んじゃねえ! 伊庭ァ! テメエ後で覚えておけよ!!」
ガッと首根っこを掴まれながら彼女を引きずっていく。
サイボーグで体重は結構あるのだが難なく引っ張られる。
とは言えサイボーグ部分となっては放置するわけにはいかない。
伊庭との決着は後回しにせざるを得ず、素直にそのまま引きずられていった。
「どうでした?」
「修理必須だとよ。お陰で暫く動けん。」
両足のない状態で椅子に座りながら煙草を吹かす。
クソまずいの感想に尽きる。タールが余りにもきつい。
こんなのタバコ好きであっても吸わないだろう代物。
現に広川は隣で酷く咽ている。隊員には喫煙者が多く、
慣れてる方でも彼女のだけは未だに慣れないものだった。
「サイボーグってやっぱその辺大変っすよね。」
「ああ。」
「でも俺かっこいいと思うんですよね!
やっぱ正義の味方ってサイボーグであること多いし!
サイボーグ009とか、勇者王ガオガイガーとか。風雅先輩知ってます?」
「ガオガイガーなら分かる。ゴルディオンハンマーは好きだ。」
「風雅先輩、ハンマーと言えばゲーセン出禁になってましたもんね。」
「……見てたのかよ。」
「いえ、ゲーセンの出禁の写真で見ました。」
足が修復されるまでの間、
他愛のない雑談に興じる二人。
と言うより、興じざるを得ないと言うべきか。
離れようにも足はないので移動しようがなければ、
何か身体に異変があった時、広川が離れてたら色々面倒くさいから。
サイボーグは便利なようで実験体な部分はあるので色々と面倒もある。
そうであったとしても、命を救ってもらった以上はその恩を返すつもりだが。
「広川。」
「何ですか?」
「テメエ、なんでアタシに絡む?」
美羽は基本的に隊員と慣れ合わない、或いは相性が悪かった。
皮肉屋の伊庭とはぶっちぎりで相性が悪く、喧嘩は最早日常茶飯事。
熱くなる黒木、粗暴なオオサキとも口論、時には喧嘩になることもある。
笑顔が気持ち悪い蘭木もアウト。面倒ごとを避けたがる三藤は避けるし、
当然経歴と外見の都合も相まって新人の小田巻は乃木平を使って話す。
余り隊員同士必要以上に慣れ合わない大田原、成田辺りは当然な話で。
似たような異質な経歴で入隊している南出とはたまにふざけたりするが、
それ以外で話しかけてくるのは乃木平と、そして何故かこの広川ぐらいなもの。
前者は別におかしくない。成田でも吉田でも伊庭でも社交的であろうとする奴だ。
なので何も問題はないのだが、広川が妙に絡んでくることについては違和感があった。
年代的に話が特に合うわけでもない。特撮とかの話をされても正直まだ分からない。
「風雅先輩がかっこいいからですけど、問題あります?」
「ハッ、元暴走族にかっこいいとか言っていいのかよ、ヒーロー志望者。」
ヒーロー願望とか言う学生気分どころか、
小学生かと疑いたくなるような子供じみた考えを持った奴。
道を妨害し、交通を邪魔し、騒音で周囲を騒がせ、下手をすれば警察沙汰。
暴走族なんてものはそういうもので、社会から爪弾きにされて当然の存在。
しかもそこいらのチンピラではない。関東最大の暴走族と組織レベルのもの。
ヒロイックなことばかり言う人間が、瞳を輝かせるものではないだろう。
「別にいいじゃないですか。元々悪人だった人が、
改心して正義の味方になるって、何らおかしい話じゃないですよ。
ドラゴンボールは知ってます? あの作品だってベジータに限らず、
ピッコロや天津飯だって元々は悪党や敵だったのに、後の話じゃZ戦士ですよ?」
「あー、言われればそうか? つってもZまでしか知らねえけど。」
「それにバットマンとかロールシャッハとか、
ダークヒーローとかだっているんですからそれぐらい普通ですよ。」
「……ハッ、どっちにしろヒーローなんて柄じゃねえよアタシは。」
煙草を灰皿へと押し付け、髪をかき上げる。
どんな形であれヒーロー。そんなものに微塵も憧れない。
この三十年以上の内、半分以上をアウトローか過酷に生き続けてきた彼女に、
アニメとかならまだしも正義の味方だのヒーローだの、そんな存在に微塵も興味がない。
恩返しの為政府に与してるだけであって、政府の正義だ云々と言った信念も薄かった。
逆に言えば、恩返し一つでどこまでも無茶ができているのが彼女の最大の強みでもあるか。
「そうですか? 残念。あ、どうせだし風雅先輩、
忍剣無双ギンガって新番組がその内やるんですけど見ませんか?
主演は正義感の強い俳優として最近話題沸騰の茶畑悠詩朗ですよ!」
「いや、知らねえ。最近テレビそんな見ねえし。」
「まあとにかく見ましょうよ!俺挿入歌を担当する綿貫莉子が好きで───」
「分かった分かった、一話見て興味出たら見といてやるから。」
会話のキャッチボールと言うより会話の壁打ちのようなマシンガントーク。
彼女としては慣れないものではあるが、余り悪い気はしなかった。
◇ ◇ ◇
「つっまんねえなぁ。おい。」
ボンバーマンを倒してからと言うもの、
北上するまでの正常感染者はゼロ。
公民館に到着しても正常感染者ゼロ。
その後適当に徘徊しても正常感染者ゼロ。
当然収穫もゼロ。感染者の殺害人数が唯一ゼロではない。
こうなるなら診療所へ戻って氷月とかをぶち殺した方が、
仕事になるのではないかと思いながら美羽は歩いていた。
一応は幸いと言うべきだろうか。サイボーグと言えども、
なんの考えもなしに動かし続ければ流石にガタは来るものだ。
クールダウンする時間は必要ではあるのだが、流石に長すぎる。
どこ行ってもゾンビだけで正常感染者は見つけられないので退屈だ。
流石に単調なゾンビを殺すのも飽きたので邪魔なゾンビ以外は放置する程に、
退屈と言うものを味わいながら高級住宅街を徘徊していた。
「おいおい。こいつぁ派手にやりやがったな。」
そして見つけた数々の死体は、さながら地獄絵図。
スプラッタ映画でもなければお目にかかれないような光景。
原型をとどめていない数々の死体や辛うじて焦げなかった遺体の一部。
焼け焦げた姿では此処にいたであろう男女の区別などつかないものだ。
けれど、一人だけ誰がそこにいたのかを知る手がかりだけはあった。
爆発から難を逃れた砕けたガスマスクは自分達と同じもの。
誰のものかとなると、殆ど一択のようなものであった。
辛うじて耳に残っていたミーティングの内容には、
この高級住宅街に行く奴が誰かは知っていた。
「なんでつまんねえとこでくたばってんだよ、てめえは。」
分からずとも確信は持てた。この死体の内の一体は広川だと。
この死体で熱がないことから、死後から数時間は経過してるだろう。
となれば任務開始早々に死んだと言うことすらも理解できてしまった。
とんでもないスピード殉職をかましていたことに呆れ溜息を吐く。
「あーあー、ヒーロー志望の結果が死亡かよ? ざまぁねえなぁおい。」
これがヒーローの姿ならとんだ笑い話だ。
成田からも評価された射撃能力も意味をなさなかったか。
或いはヒーローらしい戦い方でもやってしまったのかは定かではない。
なんにしても広川成太は死んだ。それだけは確信が持てた。
「新番組の感想は墓前でやれってか?
まったくよぉー、つまんねえ死に方しちまったな。
少なくともヒーローの死に方じゃねえぞ、そういうのは。」
悲しいとは正直余り思わない。
別にこの仕事で死んだ人間なんて何人も見た。
死体の一部すら回収できないままの過酷なこともある。
仲間の死に悲しむほど彼女は別に情に厚い性格ではないし、
『ああ、死んだのか。』程度だ。今回任務に参加した大体はそういう反応と思った。
成田、黒木はそうなるだろうし、大田原は残念がるかもしれないが結局はその程度。
彼に対して涙を流して悼むのは精々乃木平ぐらいなものだろう。
「生憎と正義の味方っつーのは性に合わねえし、
テメエとは結局のところ隊員同士でしかねえんだわ。」
元暴走族であり、忠義は変わらないが性格はそのまま。
であれば正義の味方なんて気取るつもりは何処にもないし、
死者を汲み取るようにヒーローの遺志を受け継ぐとかも暴走族時代ならまだしも、
あの時ほど人間関係が薄い相手にそこまでの義理立てと言ったものはない。
───それはそれとして。
「ま、正義の味方じゃないってことはだ。
しょうもねぇ私情の仇討ちぐらいは考えてやるよ。」
特殊部隊を殺せるだけの異能? 強さ? 上等だ。
アタシにこそそういうのが相応しい、返り討ちにしてやるさ。
割合的には殺した奴の面を拝んでみたいと言った意味合いが大きいだろう。
ただ、そこにほんのちょっぴり。ほんの一割程度かもしれないが。
存外こいつとのやりとりはつまらなくはなかった日々はあったと思えた。
僅かばかりの惜しさ、センチな気分を感じながらスマスクの残骸を投げ捨てる。
「あばよ、ヒーロー志望者。」
狂犬は止まらない。特殊部隊を殺しうる人間がいたとしても。
人狼(ヴェアヴォルフ)は止まることを知らない。
【B-3/高級住宅街/1日目・早朝】
【美羽風雅】
[状態]:健康、怒り(中)、苛立ち(中)、氷月海衣に対する殺意(中)、乃木平天に対する苛立ち(やや中)、ちょっとだけセンチな気分、広川を殺した相手に興味
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、スレッジハンマー
[方針]
基本.正常感染者の殲滅。
1.広川ぶっ殺した奴の面を拝んでみたい。まあぶっ殺すけどな。
2.氷月海衣が生きてたら任務に支障が出ない範囲で殺しに行く。
3.分身するワニってなんだ。頭ぶっ叩いていいのか?
4.正義の味方なんざ興味はねえが、仇討ちぐらいはしといてやるよ、ヒーロー。
5.煙草が吸いてェ……。
※放送設備及び氷月海衣のスマートフォンが破壊されました。
※乃木平天から
ワニ吉の情報をある程度伝えられています。
最終更新:2023年05月19日 21:38