陸自特殊作戦群。
それは、自衛隊の中でも選りすぐりの精鋭を集めた、日本の防衛を担う部隊である。
偵察、諜報、テロ対策、ゲリラ戦及び対ゲリラ戦、破壊工作、情報交錯、暗殺、etc。
国家の損益に関わる表に明かせぬ裏仕事全般を請け負っており、その任務は多岐に渡る。
その特性故に、特殊部隊の任務内容は秘匿されており、一般的に公開されることはない。
だが、しかし。
陸自の中に特殊作戦群が存在すること自体は情報として公開されている周知の事実である。
闇とはより深く、人の眼に届かぬ奥底に存在する物である。
陸自秘密特殊作戦群。
任務内容を秘匿される特殊作戦群と異なり、秘密特殊作戦群はその存在自体が表向きに秘匿されていた。
つまりは、より表沙汰に出来ない深い闇を請け負うのがこの秘密部隊の役割である。
そこに所属する隊員は単純な戦闘員という訳ではない。
高い戦闘力はもちろんの事、高度な作戦行動を理解する頭脳。
不測の事態に対する対応力。孤立した現場での自己判断力。
長時間の任務をこなす体力。危機的状況に動じぬ精神力。
秘密部隊の隊員には万能を求められる。
無論、どうあっても人間である以上は個人の向き不向きはある。
万能性を求めはすれど、技術的な専門性も必要となるため最終的には適材適所だ。
例えば、大田原源一郎は直接戦闘において
最強の男ではあるのだが、潜入工作員(スパイ)には向いていないだろう。
無骨な大男である彼はどこに居たって怪しまれてしまう。潜入作戦には適していない。
潜入工作員に求められる条件は、第一に悪目立ちせずどこにでも溶け込める体格。
見る者に好感を与える一定以上に整った容姿。
対象から情報を引き出すための語学力、洞察力、社交性、交渉術。
また対人以外を想定した情報取得及び工作のための機械知識。
そして、通常の潜入工作員とは異なりSSOG隊員に求められる最後の一点。
敵地でのスパイ行為が発覚した場合、単独で帰還可能な戦闘力を保有している事。
黒木真珠は、その全ての基準を満たしていた。
真珠は潜入員として多くの特殊任務を与えられ、その全てをこなしてきた。
各国の機密情報を得た事も、逆に処分したこともある。国家存亡の危機を救っただって一度や二度ではない。
そんな彼女の唯一の失敗が某国間の軍事開発文書を巡る豪華客船の侵入作戦である。
その土を付けたハヤブサⅢを仕留める事、これこそが今作戦における黒木真珠に与えられた任務だ。
彼女が向かっているのは標的の移動先と予測したポイント。
村の中央からやや東にある放送室である。
道中にはうろうろとゾンビがたむろしているが、真珠はできうる限りのゾンビとの接触を避けるように順路から外れたルートを辿っていた。
かなり慎重な足取りで、気配を殺して歩いている。
それはゾンビに囲まれることを危惧しての事ではない。
格闘一家の末娘。五人兄妹の紅一点として生まれ物心つく前から格闘技術を叩き込まれた。
肉体構造から違う美羽のような反則を除けば、SSOG内でも素手格闘においては大田原以外には負けなしの実力者だ。
ゾンビ如きに囲まれたところで、彼女の能力を持ってすれば突破することなど容易いだろう。
それは自らの安全のためではなく、むしろ逆。
ゾンビを無駄に殺すようなマネをしたくはないからである。
任務の優先順位として正常感染者は処理よりも情報の聴取や任務のために利用する事を優先するが、部隊の目標を無視するわけではない。
任務の邪魔にならない範囲であれば処理できるのであれば処理する。トラックの女の様に。
だが、ゾンビは別だ。余り殺すべきではない。
それは道徳心だとかの問題ではなく、無意味に殺せばその場に痕跡が残るからである。
他の隊員とは違い、ハヤブサⅢの捜索を目的とする以上、痕跡を残すような真似は上手くはない。
恐らく、その痕跡を発見すれば敵はすぐさま逃げ出すだろう。
あの女に本気で逃亡されるとなると流石の真珠とてお手上げだ。
任務は速やかに密やかに。
追う側も追われる側も痕跡を残さず。
気付いた瞬間に全てが終わるような。
これは静かな戦争だ。
だが、それにしたって今のところ道すがら見かけるのはゾンビばかりである。
正常感染者の一人でもいれば、目撃証言を聞き込み予測の裏を取るところなのだが。
もしかすると、ウイルスに適合できた正常感染者の数は思いのほか少ないのか。
そうなると最初に出会った女を撃ち殺してしまったのは少々早まったか。
まあ、残しておいたところで大した役にも立たなかっただろうが。
それとも単純にこの周囲が開発の進んでいない南地区だからだろうか。
周囲の人口が少なければ比例して正常感染者も少ないだろう。
北側を担当している美羽や広川は今頃お楽しみかもしれない。
そんな事を考えているうちに、正常感染者と出会う事なく放送室が見えるとこまでたどり着いた。
放送室の周囲には数体のゾンビは彷徨っていたが、一見した限りでは研究員らしき影は見当たらない。
まあ、これ見よがしに分かりやすく白衣やネームプレートでも掲げてくれているとは思わないが。
これを精査していくとなると中々に手間と時間がかかるだろう。
もっとも、真珠の目的は研究員ではなく研究員を捜索しているであろうハヤブサⅢである。
研究員はあくまでも餌。これに喰いつく魚がいるかどうかだ。
釣り人は鋭く目を光らせ、防護マスク越しに周囲を見渡す。
それらしい気配はない。
だが、気配を遮断して身を隠すくらいはお手の物な相手だ。油断はできない。
先にコチラの姿を発見されるわけにはいかない。
奴の前に姿を現すとしたら、逃げられない状況を作ってからだ。
周囲への警戒を怠らず、慎重な足取りで放送室に近づく。
小さな村に村内放送を届ける老朽化の進んだ小ぶりな施設だ。
様々な開発の進む山折村だが、今時村内放送など流行らないのか、この放送室に手は付けられていないようだ。
真珠はその入り口にまで近づくと壁際に背を付け、銃を片手に構えながらゆっくりと扉を開いた。
突入と同時に銃口を素早く死角に向け室内をクリアリングする。
室内に人影はない。
正常感染者やゾンビはおろか、死体の一つも転がってはいなかった。
一見した限り放送室に異変はなさそうである。
当然、ハヤブサⅢの姿もない。
奴であれば気配を殺して身を隠している可能性もあるため、念のため隠れられそうな場所も一つ一つ潰して行く。
とは言え放送設備の置かれた放送室とその脇に談話室と思しき部屋があるだけの小さな施設だ。探索はすぐに終了した。
結論として、ここにハヤブサⅢはいない。
外にもそれらしい姿もなかったとなると可能性は三つ。
1.単純に読みが外れた。
2.既に目的を達して立ち去った後である。
3.ここに向かっているが、まだ訪れていない。
3であればここ待ち伏せる事もできるが、2であった場合致命的だ。
逆に2を予測しその後を追っても、3であった場合入れ違いになって標的から遠ざかる。
ここで読みを外すと厄介だ。
どうした物かと、思案しながら、何気なく放送室の機器を触っていたところで。
「……………………?」
なにか、異変を感じた。
その違和感を確かめるべく、改めて機器を調べる。
地震の影響か床に落ちたマイクを拾い上げ、ミキサーやそこに繋がる配線を一つ一つ確認して行く。
最前線で最新機器に囲まれている彼女からすれば旧時代の遺物だがこの手の機器の基本は同じだ。
説明されるまでもなく操作法や構造は大方理解できる。
その上で、検証を進めていくたびに防護マスクの下にある真珠の表情が怪訝なものへと変わってゆく。
理解できないと言うよりは、あり得ないと表情である。
だが、真珠の工作員としての実力が確かだからこそ、その結論に間違いないと告げていた。
「…………壊れてやがる」
放送設備は壊れていた。
人為的に破壊されたような形跡はない。
おそらく単純に地震の影響で壊れたのだろう。
元より老朽化した設備だ、地震で壊れること自体に不思議はない。
不思議があるとするならただ一点。
ここの放送設備は地震が発生した時点で壊れていた。
ならば、あの放送はなんだったのか?
先行して村の周囲に警戒線を張っていた真珠もあの放送は耳にしている。
確実に放送はあった。
それは確かだ。
だが果たして、あの放送は本当にここから発せられたものなのか?
「きな臭くなってきやがったな」
SSOGが扱う案件だ。
きな臭いのは珍しくもないが、研究所の怪しさはいよいよもって悪臭が漂ってきた。
こうなってくると放送の意味合いも変わってくる。
ハヤブサⅢがこの村にやってきたのは研究所の調査が目的だろう。
だが奴は研究所の何を調べていた?
奴は国際エージェントだ。
動くとするならば国際情勢に関わるような戦争危機や国際法違反の兵器開発。
後は国家存亡にかかわる事態、か。
それがこんな片田舎の研究所とどう繋がる。
現在起きているバイオハザードからして、ありうるのは兵器開発だが。
奴は何の目的で、どう言う名目で動いている?
少しだけ、興味が出てきた。
だからと言って興味を任務より優先させることはないが、標的の目的自体にも目を向けてもいいかもしれない。
【D-5/放送室内/1日目・早朝】
【
黒木 真珠】
[状態]:健康
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ
[方針]
基本.ハヤブサⅢ(
田中 花子)の捜索・抹殺を最優先として動く。
1.研究所(ハヤブサⅢの目的)に興味
2.ハヤブサⅢのことを知っている正常感染者を探す。役に立たないようなら殺す。
最終更新:2023年03月20日 21:43