公民館に向かって一人の女がぶらつく。
 まるで昼下がりに散歩でもするかのように。
 その手にはおしゃれなハンドバッグの代わりにスレッジハンマー。
 その眼前にはゾンビが数十体。

 それを見て、彼女は口角を吊り上げて笑った。

 ようやくだ。
 ようやくおもいっきり。
 ようやくおもいっきり暴れられる。

「……なんでいなんでい、結構わらわら出てくるじゃねぇか。
 丁度いい、今からやるのは個人的な八つ当たりだ。
 こちとらさっきの糞餓鬼のせいでフラストレーション溜まってんだ。
 神や仏に祈る思考回路がまだまともに正常に残ってんなら、祈れ。
 逃げる気があるんなら、逃げてもいいぞ、猶予は2秒だけな。
 ま、逃げても追いかけて全員ぶっ殺すから関係ねぇけども!
 さぁて、ゾンビどもの耐久力テストはっじまるぞ!!

 せ~~~~のっ! オウラァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 風雅は咆哮と共にゾンビの群れに向かって爆発的な加速で突っ込む。
 それとほぼ同時にグシャリという鈍い音が辺りに響いた。
 二枚抜きと言わんばかりに二体のゾンビを心臓ごと左拳でぶち抜いたのだ。

「ドゥラァッッ!」

 次に襲ってきたカウンターの要領で飛び膝蹴りでゾンビの顔面をぐちゃぐちゃにする。

「メンッセイッ!!」

 近くにいたゾンビを掴んでワンハンドブレーンバスターで脳天から地面に叩きつける。

「テェェェヤッッ!!!」

 さらに左手でそのゾンビの頭部をがっちり掴んで握りつぶす。
 そのまま振りかぶり、ゾンビたちに向かって投擲する。
 凄まじい速度で飛んでいきゾンビ同士が激突し、肉片が混じり合ったものが出来上がる。

「っしゃ!! ストライク!!!」

 それはサバイバルナイフも銃も必要としない。
 格闘技術も何もない。
 ただただ圧倒的な『暴』でごり押すだけ。
 それで十分だった。

 時間にしてわずか数分で彼女の前からゾンビがいなくなった。 
 代わりに屍の山が文字通りに積みあげられた。 
 その上にどっしりとハンマーを片手に腰を据える。
 そして、月と星と雲を見上げる。
 こんな夜は一服したいが、今は出来ない。
 防護服を着用しないといけないのだから。

「ったく、どこのホラー映画だってんだ……」

 いつもの煙草がないので余計にイライラする。
 クソまずい銘柄の煙草なのでまず一般市場には出回らない代物。
 だからこそ彼女は好んで吸っていた。だって、そっちの方が大人っぽいから。
 彼女は10年以上前から容姿は変わらない(サイボーグなので)。
 ので、初見では結構甞めれらた態度を取られる。
 そのたびに、分からせる。主に拳で、口喧嘩じゃ大抵負けるから。

 『美羽風雅』は『改造人間(サイボーグ)』である。
 彼女を改造した政府の科学者は世界平和を望む者たちである。
 彼女は人間の自由を守るために政府の『敵』の全てと戦うのだ。

「……ドゥラァッ!!」

 無造作に振るわれた拳が寄ってきたゾンビの顔面に風穴を開けた。
 ゾンビの耐久力は並みの人間と変わらない。
 それだけ分かれば十分だ。
 異常なのは彼女の破壊能力だけ。

「キリがねぇのは別にいいが、そろそろゾンビ以外も殺りてぇな!
 どっかに正常感染者いねぇかな!? いねぇよな!! いたらいいなァ! いや、いろよ!
 あと増えるワニがいるんだっけか? ハンマーでワニをぶっ叩く奴は昔ゲーセンでしこたましたから得意なんだぜ?
 そりゃ沢山やったぞ、叩きすぎてワニの奴の筐体が壊れたから、あのハンマーでエアホッケーやる程度には!
 ま、そのあとそのゲーセンに出禁にされたけどな!! 
 つーか、アイツ(乃木平)、アタシが今ハンマー持ってるからワニの話しただろ、絶対!!」

 一人でグダグダと愚痴をこぼす。
 彼女が頭に上った血を一旦冷やすためには必要なことなのだ。
 散歩、喫煙、雑談等々クールダウンが出来るならなんだって良い。

 言葉と一緒に体内の熱を放出する。
 彼女に48時間ぶっ通しで戦えるような継戦能力はまだ備わっていない。
 今後の技術の発展次第で可能にはなるだろう。
 だが、今の彼女にはそんなことは関係ない。
 今、目の前にある任務をこなすだけ。

 最底辺のカスのような人生を18年くらいは生きた。
 事故死した暴走族族長として2年くらいは冷たいベットの上でずっと寝た。
 そして、今政府の犬として10年以上は稼働している。

(まだまだ、あの人たちにアタシが貰ったモンを返しきれてないからな)

 この身体が動く限り、どのような命令(オーダー)だろうとこなす。
 例えば銃を持ったテロリストが相手だろうと、「殴れ」と言われればぶん殴る。
 例えば敵大国がミサイルをぶっこんでこようが、「蹴れ」と言われれば蹴り飛ばす。
 例えば宇宙人が円盤に乗って攻めてこようが、「落とせ」と言われれば円盤ごと落とす。


(ま、今日と明日はこの村のゴミ処理だな……つか、なんかまた熱くなってきたな)

 風雅の熱放出が上手くいっていないわけではない。
 近くに何かがいることは、0コンマ数秒で察した。  
 並みの人間なら火傷を負うだろう熱さが迫っている。
 だが、風雅には関係ない。
 耐熱性能も当然のように完備しているのだ。
 伊達に10年以上SSOGの前線で戦い続けているわけではないのだ。

 しかし、風雅の座っていた屍の山はそうはいかない。
 キャンプファイヤーのように勢いよく燃え上がった。
 ので、風雅はそこから少し距離を取った。

 その直後に『ソレ』は来た。



「同志よ……一体、どうして……」



 爆発。
 周囲が赤く燃え上がる。

(なんだぁ? 発火能力か爆発能力の類か?
 どちらにしろ、アイツ……周りの酸素濃度が下がって、酸欠でも起こしてんのか?)

 爆炎と同時に歩いてくる少女。
 その瞳には生気もなく、まるでゾンビと変わらない様子であった。
 一歩、歩けば、爆発。
 また一歩、歩けば、また爆発。
 その場で少し止まっても、またまた爆発。

(なんだありゃ、ボンバーマンかよ)

 ボンバーマンとは恐らくそういうものではないということはさておき。
 歩いてきた少女―――革名征子を見た風雅の印象は「ゾンビとそう変わらない」だった。

(……人間考えることを止めちまったら、死んでるのと同義だよ)

 風雅にはその少女の姿はあまりにも哀れに見えた。
 だが、少女に何かあったのかは知る気にもならなかった。

 『世界に裏切られて全部失くしたようなツラで歩いて同情でもしてほしいのか?』
 『そんなテメェの都合なんざ、アタシが知るかよ、死ね! よし、ぶっ殺すか!』

 だから、一撃で終わらせてやることにした。 
 それがせめてものの彼女なりの不器用ながらの優しさ……というわけではない。

(全部燃やされたら、アタシが殺す分なくなるだろうが! ボケェ!!!)

 ただのエゴイスト。
 だが、こんななんも考えずに動く奴に殺されるなんざ。
 多少は可哀そうになる、主に他の正常感染者が。

 だから、ここでこいつを殺す。


 銃弾は恐らく爆風で届かない。
 サバイバルナイフではリーチが短すぎる。
 拳? 脚? それよりももっとうってつけのものがあるだろ。

「テメェには聞こえてねぇかもしれねぇけどな!
 ハンマーを持ったサイボーグが相手にトドメを刺す台詞は昔から決まってんだよ!
 耳の穴かっぽじって、その思考停止した極小な脳みそに刻み込みなぁッ!!」

 その風雅の声は征子に届いてはいない。
 そもそも風雅の姿など征子は最初から見えていないのだから。

 ――そんなこと、アタシが知ったことかよ。

 そう、言わんばかりに風雅は右腕一本でスレッジハンマーを支える。
 両脚におもいっきり力を込めて跳躍。
 地面から約10mほどであろうか、それくらい飛んだ。
 月光を背後にハンマーを振りかぶった風雅の姿がシルエットのように浮かび上がったように見えた。

 そして…………







  「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!

   光になぁれええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇってなぁッ!!!!!!!!」








 爆炎の明かりがハンマーを照らし、一瞬黄金色に見えたのは恐らくは気のせいであろう。
 征子が次に爆発するよりも速くハンマーを振り下ろす。
 サイボーグの膂力で無茶苦茶な速度で振われたハンマーは一直線に征子に向かう。


 グチャリ、と。一度だけ重く鈍い短い音が辺りに響いた。


 風雅はただただハンマーで征子の脳天からぶっ叩いただけ。
 ……だけなのだが、征子の頭蓋を粉々に、脳をぐちゃぐちゃに、肉体はハンマーと地面の間に圧し潰された。
 それと同時に地面に小規模なクレーターが一つ出来た。
 当たり前のことだが征子の肉体は光のような粒子にはならなかった。
 代わりと言ってはなんだが、まるでトマト缶を周囲にぶちまけたように鮮烈な赤い色だけが広がった。


「やっぱ、ただのハンマーじゃ光の粒子にするのは無理だ、当たり前だわな!!」

 風雅はハンマーについた返り血を払いながら、愚痴る。
 また月を見上げようとするが、もう月は沈みかけている。

 周囲が明るいので夜明けは近い。
 …………というわけではなかった。

「ゾンビタワーはよく燃えんなぁ!」

 最初の爆発で燃え上がった屍の山を見て、風雅は率直な感想を述べた。
 天まで焦がすような炎が上がり続ける。
 周りでマイムマイムでも踊ってやろうかと思ったが、そんなことをする暇はない。
 どんなにテンションが上がっても、どんなにイラつても、任務遂行が第一。
 殺せという指示があるのだからぶち殺す。

「んじゃあ……公民館にカチコミに行くとすっかぁ!」

 燃え上がる屍の山を尻目に彼女は進む。
 次なる目的地は『公民館』。


【革名征子 死亡】


【D-1/草原/1日目・敬明】
【美羽風雅】
[状態]:健康、怒り(中)、苛立ち(中)、氷月海衣に対する殺意(中)、乃木平天に対する苛立ち(やや中)
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、スレッジハンマー
[方針]
基本.正常感染者の殲滅。
1.公民館に向かう。
2.煙草が吸いてェ……。
3.氷月海衣が生きてたら任務に支障が出ない範囲で殺しに行く。
4.分身するワニってなんだ。頭ぶっ叩いていいのか?

※放送設備及び氷月海衣のスマートフォンが破壊されました。
※乃木平天からワニ吉の情報をある程度伝えられています。


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Losers 美羽 風雅 掃き溜めの戦狼
同志の絆 ~無限爆破編~ 革名 征子 GAME OVER

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最終更新:2023年02月15日 08:16