曇天から青天へと移り変わる六月末の山折村。夏の訪れを一足先に祝うかのようなこの時期になると「鳥獣慰霊祭」が開催される。
山折の民を救済した神と巫女を祀る儀式だと称されている一方、古来より山折の地に根付く神霊を鎮めるための神事であるとの通説がある。
しかし、どのような事情があれど祭りは祭り。
商店街の南口から山折神社までの道に並ぶ出店や吊るされた提灯らが山折村にいる人々の心を踊らせた。

日頃、山折村を「ド田舎」と小馬鹿にしていた反抗期真っ盛りの中学二年生の少年、山折圭介とて例外ではない。
村長である父、山折厳一郎から与えられた仕事を手早く終わらせた圭介は、ジャージ姿のままで自転車を漕いでいた。

(ったく、親父の奴。こき使いやがって!児童ろーどーだぞ児童ろーどー!)

内心で父親に毒づきながら役場から友人達との待ち合わせ場所へと急ぐ。
朝っぱらから働かせていた父親に文句を言おうにも一万円という大金が払われた以上、圭介は口を噤む他なかった。
既に青々とした空には茜が差し、商店街方面から賑やかな声が聞こえている。
駐輪場へと自転車を止め、待ち合わせ場所の南口アーケードへと顔を向けるとそこには浴衣姿の少女が一人。
圭介の到着に気がつくと少女は長い艶やかな黒髪を弾ませぴょんぴょんと跳び跳ねて手を振る。

「圭介くーん!こっちでーーす!」

花の咲くような満面の笑みを浮かべて自分の存在を誇示する少女ーー上月みかげに圭介は「おう」とぶっきらぼうに右手を挙げて返事をし、小走りで駆け寄る。

「悪いな、みかげ。親の手伝いで遅れた」
「ううん、大丈夫です。私もついさっき来たばかりだから」

にこやかに微笑み返すみかげに「大分待たせたのかな」と微かな罪悪感を抱く。
ふと、みかげはいつも圭介と共にいた友人二人がいないことに気づく。

「ところで……哉太君と諒吾君は、一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつらか?あいつらなら――――」


『ごめん、圭ちゃん!今年は道場で焼きそば手伝うことになったンだわ!』
『おやびん、サーセンっす!俺っちンとこも焼きとうもろこしとじゃがバタ売んないといけないンす!』
『『圭ちゃん/おやびんには100円引きするから許して~!』』


「―――ってドタキャンされたよ。あいつら、バイト代に目が眩みやがったな」
「あ、あはは…………。あの二人ならありそうですね……」

薄情な子分二人にむくれる圭介にみかげは苦笑した。
前日に一方的な約束を取り付けたこちらも悪いのだが、自分の非を認めるのは何となく面白くない。
子分二人は欠席。ならば残りの女子二人はみかげと一緒にいる筈なのだが、辺りを見渡してもどうにも二人の姿は見当たらない。

「そういや、珠と光の奴は来てないな。あいつら遅刻か?」
「珠ちゃんは同い年のお友達、岡山林ちゃんと出店を回る約束をしていたみたいで……」
「そっか。あいつも遂に姉離れ兄貴分離れし始めたのかー。何つーか寂しくなるなぁ……」
「光ちゃんはおじさんおばさんのお仕事……お祭りの運営スタッフのお手伝いで遅くなるから先に神社に行っててって言ってましたよ」
「…………まぁ、生真面目なところあるからな、光の奴」

申し訳なさそうに俯くみかげに、圭介は「お前は何も悪くねえっての」とぼやき、罰の悪そうな表情を浮かべてぼりぼりと頭を掻く。

「ま、今さらうだうだ言っても仕方ねえよ。あぶれ者同士で祭り、楽しもうぜ!」

圭介はじめっとした雰囲気があまり好きではない。快活な笑顔を浮かべるとグゥと締まりのない音が腹から鳴った。
タイミングの悪さに複雑な顔をする圭介にみかげはぷっと噴き出した。

「あー、昼は握り飯だけだったからな。あまり笑うなよ」
「フフッ……だって……」

格好つけたかった圭介は気恥ずかしさを感じ、そっぽを向く。思春期の少年は割と繊細なのだ。
頼れる格好良いリーダーとしての威厳を取り戻さねばと圭介は口を開く。

「と、とにかく、どっか適当な店でなんか食おう!親父からバイト代貰ったんだ。奢るぜ、みかげ!」


「あっ、圭介先輩……!」
「おっす、碧。お前んとこはベビーカステラか」

軽く片手を上げる圭介に対し、売り子の小柄な赤髪の少女――浅葱碧は帽子を目深に被って恥ずかしそうに挨拶する。
商店街南口の一角。今年はそこで緑の祖父――浅葱樹が経営する『浅葱養蜂場』がベビーカステラの出店していたようだった。
それなりに繁盛しているらしく、碧の他にも養蜂場の職員が忙しなく動いてベビーカステラを売りさばいている。

「いらっしゃい、みかげさん。圭介君ともどもうちの碧がお世話になっているね」
「いえいえ。こちらこそ碧ちゃんと樹先生にはお世話になりっぱなしですよ」

あわあわする碧を揶揄って遊ぶ圭介を尻目に、みかげはピースサインのジェスチャーと共に千円札を樹に渡す。
紙幣を受け取ると樹は二人分のベビーカステラをお釣りと共にみかげに手渡した。

「あ……あの、樹先生。お釣り間違えてますよ?」

気まずそうにお釣りを返そうとするみかげに樹はからからと笑う。

「君達にはいろいろ手伝ってもらっているからね。これは儂からのサービスだ」
「そ、そんな。悪いです―――」
「じいさんあざーっす!」

割り込んできた圭介がみかげから容器をひったくると口に一つ、ベビーカステラを放り込んだ。

「結構いけるっすね、これ。ほら、みかげも食ってみろよ」

楊枝に突き刺したカステラをみかげの口元に突き出す。突然の出来事に驚きながらもおずおずとみかげは突き出された菓子を口に含んだ。
「あ、おいし」と思わず声を漏らすと「だろ?」と悪戯っぽく笑いかける。

「まー道場ではあまり構ってやれてませんけどね、俺ら」

照れ臭そうに目を逸らして答える。そのすぐ傍では碧が雛鳥のように圭介から差し出されたベビーカステラを頬張っていた。
圭介達は哉太や珠を除くと週二回三時間の習い事感覚で道場に通っている程度だ。
哉太は師範の孫ということで言わずもがな。珠は一切興味がないらしく、習い事の類はしていない。
図々しさと謙虚が入り混じった圭介へと樹は優しげに笑いかける。

「ははは。それでも、だよ。儂一人では碧を立ち直らせることはできなかっただろうからな」


ハルゼミの囀りが途絶え、薄闇に包まれ始めた山折神社。神社へ続く道しるべとなる提灯の灯りがもの寂しさを一層際立たせている。
その外れの土手で圭介とみかげは二人、並んで座っていた。

「祭りっつっても毎年こんな感じだよなー」
「ですねー」

焼きそばを啜る圭介の気の抜けた言葉に、みかげは焼きトウモロコシを齧りながら気の抜けた言葉を返した。
祭りが始まる直前はいつもワクワクするのに、一通り堪能すると代り映えのない終わりに虚しくなる。毎年この繰り返しだ。
唯一の違いと言えば、圭介とみかげが二人っきりだったこと位。

ふと、腕時計を見ると鳥獣慰霊祭のメインイベントまで残り一時間弱。
圭介にとっては何の面白みもない古臭い巫女の剣舞を眺めてそれで鳥獣慰霊祭は終わり。
山折村の伝統。それを守ることにどんな意味があるのか、今の圭介には理解できない。
大人になったら――具体的には村長になったら分かると両親から説かれてもいまいちピンと来ないのだ。

「――――圭介君」
「んあー」

ほんの少し真剣さを感じるみかげの声とは裏腹に、圭介は先程と変わらない気の抜けた返事を返す。

「来年、私達受験生ですよね」
「だな」
「志望校……どこにします?」

みかげの言葉から感じる寂寥感。進路によっては皆と離れ離れになってしまうかも、という憂い。
来年の受験を終えれば義務教育が終わり、各々が大人への第一歩を踏み出す。
少女の不安の吐露に、少年はジビエ串を齧りながら答える。

「そりゃあ、第一志望山折高校、第二志望山折高校、第三志望山折高校……だ」
「全部山折高校じゃないですか……」

諦観の混じった言葉に若干呆れた声を漏らす。

「圭介君なら将来起業して社長になるんだーって言うと思ったんですけど……」
「そりゃ無理だろ。俺、一応村長の息子だし」
「諦めるなんて格好悪いですよ。今は職業選択の自由があるんだし、圭介君も将来の夢、持ってもいい筈です」

口をついて出る不満。みかげは自ら道を閉ざす圭介に少し怒っていた。
珍しくむくれるみかげに圭介は苦笑を漏らす。

「―――もしかしたら将来、みかげも哉太も諒吾も珠も……光も、山折村から離れるかもしれない」
「………………」
「それで……俺まで山折村を離れたら、皆の帰る場所かなくなっちまう。そんな気がするんだ」
「……………………そんなことは……」
「だからさ、俺が帰る場所になる。目立つシンボルがいれば分かりやすいだろ?」

再びの静寂。初夏の夜とは思えない湿っぽい空気が漂う。しばらくして―――。

「だーーーー!こんな空気耐えられるかーーー!!」
「ふぇっ!?」

うがーっと圭介は叫ぶ。静寂を破る雄叫びにみかげはびくっと驚き、手に持ったラムネ瓶を落としかけた。
気が済んだのか、ふうっと息を整えると圭介は目を丸くしているみかげへと向き直る。

「け、圭介君……?」
「そういえば奢る約束していたのにお前に奢ってなかったじゃん!」
「え?え?」

突然のガキ大将の宣言に、みかげは困惑を隠せずにいた。
そんな様子を知ったことかと言わんばかりに圭介はみかげへ人差し指を突き出した。

「何か買ってやるから欲しいものを言え、みかげ!」


「娘御を侍らせて騒いでいたと思えば冷やかしに来るとは。厚顔無恥とはこの事よな、山折の」
「うるせえ、何でアンタが店番やってんだよ。どう考えても人選ミスだろ」

じとりと睨めつける見た目麗しい巫女装束の少女ーー神楽春姫へ圭介は苛立ちを隠さずに文句を言う。
親同士が親友ともあって、圭介と春姫は幼い頃から付き合いのある間柄であるが、その仲はすこぶる悪く、10年以上経っても尚、改善の兆しは見当たらない。
ちなみに圭介の友人達には、憎まれ口を叩くことなく春姫は普通に接しているため、相性の問題なのだろうと仲の改善を諦めている。

「冷やかしじゃねーからな、今回は。これくれよ、女王気取り」
「信仰心の欠片もない貴様が神木の護符を選ぶとは……瓢箪木の拾い食いでもしたか?」
「いちいち減らず口叩かなきゃ接客できねーのか!?」

クレームを何処吹く風と聞き流して圭介から千円札を受け取ると、彼が指差した小さな木製プレート――お守りを熨斗で包み、お釣りと共に手渡した。
お守りを受け取ると用が済んだとばかりに踵を返そうとする圭介に「待て、山折の」と春姫から待ったが掛かる。

「…………何だよ」
「その護符の意味を理解して手に取ったのか?」
「あん?無病息災、健康祈願じゃねーの?」

適当に会話を打ち切ろうとする圭介に対して、春姫は呆れ果てやれやれとかぶりを振った。
その態度にむっとして食って掛かろうとする圭介を春姫は手で制する。

「遥か昔、この地に降臨した神が山折の民を救済し、巫女と契りを結んだ。これは分かるな、山折の」
「嘘くせー『降臨伝説』って奴だろ。ここに住んでる奴はガキでも知ってるよ」
「一言余計だ。神との契りは神木の前で行われた。以降、神木の前で神楽の舞が執り行われるようになったのだ」
「…………何が言いたいんだよ」
「護符には厄払いだけではなく縁結びの天恵があるのだ、戯け。神木を用いていない贋作とはいえ粗末に扱うと神罰が下るから丁寧に扱え」


「ほら、これ」
「ありがとう、圭介君」

同じ場所で待っていたみかげにぶっきらぼうな態度でお守りを手渡す。そして彼女の隣にドスンと腰を掛け、街を見下ろす。
メインイベントの時間が近いということもあってか喧騒が大分収まり、神社へと向かう人々がちらほらと増えている。

「…………そのお守りに好きな奴の名前を掘ると恋愛成就するって、春姫のバカが言ってた」
「…………知っていました」
「そっか」

お守りのご利益を説明した後、補足(おいうち)とばかりに使い方のご高説を垂れていた春姫の得意げな顔が思い浮かぶ。
当然圭介は彼女の蘊蓄を聞くことなく、気持ちよく話す春姫を放っておいてみかげの元に戻っていった。
ちらりと授与所の方を見ると春姫は他の神社関係者と共にせこせこと売り子として働いていた。

先刻とは別種の気まずい沈黙が二人の間に流れる。十数分前のように大声を出して誤魔化しきれる雰囲気ではなかった。
学校では度々女子グループが話題にしていた恋バナ。自分達にはまだ早いなと思っていた事だった。
少年の頭に浮かぶのは、お節介でしっかり者な幼馴染の少女の姿。
傍らにいる幼馴染の少女も自分と同様に思い浮かぶ誰かさんがいるらしい。
ずっと変わらないと思っていた幼馴染グループ。大人になるにつれ、関係性にも少しずつ変化が現れ出す。
その事実を前にすると少し心寂しく感じた。

「……なあ、みかげ」
「…………はい」

それでも仲間の想いを無碍にすることなんて、少年にはできやしない。
彼にできることはその背中を押し、帰ってこれる場所になることくらい。

「そいつに泣かされたら俺に言えよ。俺が、何とかしてやるから」


軍団を屠り、視覚を奪い、異形の怪物を撤退させた。
その命を刈り取るべく手駒にした伝説の猟師と特殊部隊の女で追撃しようとしたが、凄まじい速さで逃走されたため、それは叶わなかった。
であるのならば次こそ確実に葬り去るべく手駒を増やすため、商店街へと向かっていた。
その道中、彼女が『あった』。

「…………………え?」

圭介の数メートル先で身を横たえる少女。地面に広がった長い黒髪はまるで満開に咲いた黒い花弁。
一歩、一歩と近づくとその全貌が露わとなる。。
薄く開いた眼に額と胸に空いた風穴。力なく投げ出された細い手足は子供が遊んだまま放り出された人形を思わせた。
肌に止まる数匹の蠅は、時間が経つのを待っているかのようで―――。

「―――ぉぃ、おいおいおいおい……」

ひくひくと頬を引きつらせながら少女へと歩みを進める。がくがくと膝が笑い、ほんの少しでも衝撃があればそのまま倒れてしまいそうな頼りない足取り。
圭介の中ではあってはならない、あってはいけない光景。足を止めると『それ』が足元にあった。

「な、何の冗談だ?不謹慎なドッキリなんて、今どきウケないぞ?」

引き攣った笑顔のまま、少女の前で跪く。彼女の後頭部に右手を添えようとすると、途端に手の甲に走る鋭い痛み。
激痛に苦悶の声を漏らしながらもそれでも手を離さない。背中に左腕を回して上半身を起こす。

「……………みかげ?」

頭を揺すっても右手の上でゆらゆらと力なく転がるばかりで、その感触も漬物石を持ったかのように冷たく、重い。
それでもいつか起きるんじゃないかと揺らし続ける。それが決して叶うことのない希望だと理解していても。
ふと、彼女の手元に何か木彫りのネームプレートが転がっていることに気が付く。
それは圭介が中学時代にみかげに買ってあげた山折神社の恋愛成就のお守り。圭介が記憶している限り、いつも持ち歩いていた。
誰の名前を書いたのかそことなく聞いてもはぐらがされ、決して教えてくれなかった。
そこに書かれていた名前。それは―――。

「―――――――――――――!!!」

喉の奥から溢れ出す慟哭。彼女を呼ぶ悲痛が、彼女との思い出が、叫びとなって涙とともに流れ出す。
叫びが徐々に小さくなってしゃっくり声に変わる。そして、
しばらくすると場を静寂が支配する。

「…………………」

どれだけ時間が経ったのだろう。圭介の眼下には上月みかげの亡骸。その背後で立ち尽くす彼の恋人と配下二人。
叫びに呼び寄せられたのであろう、座り込む圭介にゆらりゆらりと近づく影が一つ。
その影は未だ呆然としている圭介の前まで近づくとピタリ、と足を止めて圭介を見下ろす。
気配を感じて顔を上げると、白濁した目と圭介の目が合った。それは、腰に木刀を差した少女のゾンビだった。
圭介の異能はゾンビを支配して操作するもの。しかし、自らの意思でゾンビの脳に干渉しなければ彼らの餌食になってしまう。
今回、少女のゾンビを己の支配下へ置いていないにも関わらず、圭介の姿を視認すると彼女は歩みを止めた。
その疑問が解かれるのにはそう時間は掛からなかった。

「――――碧?」


「碧、近寄ってくるゾンビを『木刀で』倒し続けろ」

圭介の支配下に置かれた碧は圭介という生者の肉に群がるゾンビを達人の如き剣術で薙ぎ倒し、吹き飛ばし続ける。
その勢いはまさに暴風。八柳道場の若き三強――現在は二強の一角を担うに相応しい実力である。
また、碧の武装は木刀だけではない。アーケード付近に転がっていた日本刀を二本、腰に携えていた。
民家に転がっていたグレネードランチャーといい、銃刀法違反に確実に接触する武器がポンポンと現れる村の現状。
そこに最早違和感を感じておらず、むしろそれにありがたみすら圭介は感じていた。

碧がゾンビの相手をする傍ら、特殊部隊のゾンビに座り込む自分と光を警護させ、六紋兵衛のゾンビに近くのドラッグストアからかっぱらってきた道具で自分の手当てをさせていた。

『狙ってた女をこの機に乗じていいようにしてんのか?』
「……そんなんじゃ、ねえよッ……!

頭にこびりつく特殊部隊の女――美羽風雅の嘲る声。今や圭介の手駒同然となっている彼女に対して弱々しい悪態をつく。
恋人の光ではなく六紋に手当てをさせているのは、その言葉に対する反骨心の現れ。

『違わねえだろ、クソガキ』

ぎょっとして顔を上げるとゾンビにしたはずの特殊部隊の女が圭介を冷酷に見下ろしていた。
あり得ないはずの光景に圭介は言葉を失う。それでも反論しようと気を振り絞って口を開く。

「お……俺は、お前らとは違う!俺は、女王感染者を殺して……皆を、光を取り戻すんだ!!」
『だったら何で同じく女王狙いのアタシら特殊部隊を狙った?事実から目を逸らして正義のヒーローにでもなったつもりか?』
「―――――ッ!!」

現実逃避を続けた圭介に対する美羽の冷笑。村を守っているという圭介の自己陶酔を女の声は容赦なく嘲笑った。

『村を守るつもりなら何で村人を使い潰してやがる?テメエの連れを取り戻すつもりなら何でアタシら狙いなんだ?』
「それ…………は………!」
『何もかもが中途半端なんだよ、クソガキ。村人をゴミみたいに消費し続けた癖に次期村長を名乗るなんざ笑わせるな』
「……………れよ……!」

嘲笑と共に糾弾が続く。特殊部隊の口から吐き出される言葉に圭介は何一つ返す言葉が見つからず、俯いて声を震わせることしかできない。

『テメエに好意を持っていた女が死んで漸く自覚したのか?遅えよボケ。テメエがうだうだやってなかったら女は死ななかったはずだ。
それでようやく現実を見たかと思えば、次はテメエを好きと言った女を使い潰すときた。ハハハハ、最高のジョークだ!
テメエの手は汚さずに家来に手を汚させる地獄の王子様の誕生か!いいご身分になったなぁ、山折圭介ェ!!』
「――――黙れっつってんだろうがッ!ゴリラ女ァ!!」

衝動的に傍らに落ちていた石を拾い、迷彩柄の防護服の女へと投げつける。
しかし、石は女の身体をすり抜け、ボフッと何かに当たった間抜けな音を残しただけだった。

『最後に警告してやる。山折圭介、どの選択をしようともテメエの前には死体の山が築かれる。
だが次期村長を名乗った以上、手を汚すのを躊躇うな。でなければ上月みかげのようにまた、失うことになるぞ』

その言葉を最後に特殊部隊の女の姿が霞のように掻き消える。
胡散する寸前、その姿は一瞬だけ己自身――山折圭介に変わった。
後に残ったのは、直立不動の特殊部隊のゾンビとその足元に転がる石ころだけだった。


六紋の処置が終わり、圭介は光を伴って辺りを見渡す。
辺りには倒れ伏し、呻きながら這い続けるゾンビ達の身体。
碧の方へと顔を向けると、手に持った木刀は折れる寸前であった。
無用の長物になっていた木刀を投げて渡すと、碧は引き続きゾンビへと突撃していった。

(もしかしたら、ゾンビになってもなる前の強さとかは引き継がれているのかもな……)

ぼんやりとして鈍くなった頭でそう考える。
六紋兵衛のゾンビが正確に標的を撃ち抜いたように、特殊部隊のゾンビが怪物の分身体の急所を正確に狙って屠ったように。
自分に好意を抱いていた浅葱碧の剣術に、何一つ衰えがなかったかのように。
山岡伽耶らを操作していた時とは違う別の感覚。意識していないが、自分の中で、何かが変わったという実感があった。
大雑把な指示にも関わらず、現在操っているゾンビ達は感染前の強さを誇っていた。

(―――このまま、ゾンビの扱いが上手くなれば、光を元に戻せるようになるかも……なんてな)

ハハハと圭介は乾いた笑いを零す。
そんなことができていれば、自分はここまで悩んでなんていない。
例え取り戻したとしても、恋人は自分の知る人間であってくれるのか。
自己問答を繰り返すたびに、己の中の何かが罅割れ、壊れる音がする。

碧がゾンビを倒し続ける中、彼女をすり抜けてこちらに一直線に向かい、歯を剥くゾンビが一体。
それに特殊部隊のゾンビが頭蓋を砕くべく、拳を振りかぶろうとした瞬間。

「待て、ゴリラ女」

圭介が制止すると美羽の拳は頭を砕く寸前で止まり、名残惜しそうに腕を降ろした。
襲い来るゾンビを異能の力で止め、改めて様子を確認する。
人目を引く青い髪に銃火器を持つ女ゾンビ。村では一度として見かけたことのない女。
観光客としては物騒な装備で、服装は特殊部隊とは一切関わりがなさそうな普通の衣服。
その異質なな格好に圭介が思い浮かぶのはその両者とは違う、別の存在。

(研究所の、関係者か?)

だとするならば、支配下に置くのに何の罪悪感もない。異能を駆使し、己の配下に加えた。
軽く操作してみると、動きの一つ一つにキレがあり、何らかの訓練を受けたかのように思われる。
圭介は知らない。その女の正体は、特殊部隊とも研究所とも関係のない、■■■■■■であることを。
むしろ、この事態を解決するためにパートナーと共に村に訪れ、異変へ立ち向かおうとしていた人物であることを。

この時期には少し早いオオルリが飛ぶ。
その下で少年と少女が寄り添って歩く。
二人の歩みはどちらが生者が見分けがつかぬほど鈍い。
しばらくすると鳥はウイルスに感染し、地面に激突してその命を終えた。

【E-4/商店街北口・アーケード付近/一日目・昼】

山折 圭介
[状態]:鼻骨骨折(処置済み)、右手の甲骨折(処置済み)、全身にダメージ(中)、精神疲労(特大)、精神的ショック(大)
[道具]:懐中電灯、ダネルMGL(4/6)+予備弾5発、サバイバルナイフ、上月みかげのお守り
[方針]
基本.VHを解決して光を取り戻す
1.女王を探し出して殺す(方法は分からない)
2.手段を選ばず正気を保った人間を殺す。
3.精鋭ゾンビを集め最強のゾンビ兵団を作る。
4.知り合いでも正常感染者であれば殺す。
5.みかげ……。
[備考]
※異能によって操った日野光(ゾンビ)、美羽風雅(ゾンビ)、六紋兵衛(ゾンビ)、浅葱碧(ゾンビ)、青髪の女(ゾンビ)を引き連れています。
※美羽風雅(ゾンビ)は拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフを装備しています。
※六紋兵衛(ゾンビ)はライフル銃(残弾2/5)を背負っています。
※浅葱碧(ゾンビ)は打刀×2、木刀を装備しています。
※青髪の女(ゾンビ)は銃火器などを所持しています。銃の種類及び他の所有物については後続の書き手様にお任せします。
※学校には日野珠と湯川諒吾のゾンビがいると思い込んでいます。

099.山折村の歴史 投下順で読む 100.正しい答えはどこにもないから
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化け物屋敷 山折 圭介 血塗られた道の最果て

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最終更新:2023年10月21日 21:03