白き床。白き壁。白き天井。
見渡す限りを白で磨き抜かれた純白の空間。
仮に病檻村と呼ばれていた時代の村民がこの施設に送り込まれれば、その神聖さに圧倒され、涙を流して膝をつくだろう。
しかし神のおわすがごとき静謐な館もまた、今は紛うことなき地獄の一角である。
継ぎ目なく滑らかな床はいまや一定の間隔ごとに踏み砕かれ、荒々しい足跡が刻まれている。
白き回廊には人間だったものが散乱し、血と肉が回廊を赤く汚していた。
そして地獄の一角であることを証明するかのごとく、回廊を徘徊するのは天井にまで届くほどの巨躯を誇る戦鬼だ。
床も死体も等しく粉砕する戦鬼の重厚な足音は、生者をあまねく恐怖に震え上がらせるだろう。
そんな怪物を引き連れるのは、村人を死へと導く斑模様の死神だ。
騒がしい鬼とは対照的に足音一つ立てず、幽鬼のように無言で回廊を通り過ぎていく。
静と動、対極にある二名の災厄は、意志持つ人間の消え失せた第二階層を後にする。
施設の最奥、第三階層への扉に手をかけ、踏み入る。
「これは……」
天が、第三階層の惨状に思わず声を漏らす。
第二層を仲間同士の殺し合いを強いられる等活地獄に例えるならば、第三層は極寒によって皮膚が腫れ上がる頞浮陀地獄に例えられるだろうか。
天たちをまず迎え入れたのは、ぶわりと吹き抜ける不自然な強風だ。
それは気温差による急激な空気の流れの発現であった。
侵入と共に回廊のあちこちに横たわる警備員や研究者、そしてテロリストの死体。
その血はこのフロアを吹き抜ける冷気の余波によって凝結し、シャーベットのように固まっているようだ。
氷の嵐こそ吹き収まっているものの、生の鼓動など一切聞こえない、まさに死の静寂。
防護服に身を包まれた天にはその過酷さは感じられず、大田原も何の反応をも起こさない。
けれども、魂まで凍えさせるような寒波が未だ滞留しているのは疑いないだろう。
氷点下の世界をこの場に顕現できる存在、心当たりはたった一人だ。
氷使い、氷月海衣。
ハヤブサⅢに手ほどきを受け、天どころか三樹康や真珠すら退けた少女である。
彼女を素人とみなす者など、もはやSSOGにはいないだろう。
満場一致でハヤブサIIIへのそれと同等の覚悟を以て当たるべき要注意人物であった。
そして同時に、第一捜索対象でもあった。
すべては、彼女が生きていた場合に限られた話だが。
「…………。
ターゲット。沈黙を確認」
回廊の中央にて、海衣もまた、その刻を止めていた。
ハヤブサⅢはSSOG全員を自身へと引きつけ、同行者たちを逃がそうとした。
逃げる素振りを一切を見せず、SSOG四人を前に大立ち回りを繰り広げた意図はそれ以外にあり得ない。
(ならば貴女もまた、その覚悟すら受け継いだというのですか?)
決意と覚悟を露わにした堂々たる生き様を、氷月海衣は世界に固定していた。
天が一度は叩き伏せられた野生児を道連れに、氷の柩で身を包み。
氷に閉じられたその死に顔は凛として美しく、後悔の色など微塵もない。
たとえ己の命が断ち切られようとも、その先に希望は必ずあるのだと信じているかのごとく。
その永遠の氷牢はいわば墓標であり、慰霊碑だ。
不躾な部外者によって侵されてよいものではない。天はそのように思う。
けれども、現実問題として、彼女の標は荒々しい純然たる暴力で無惨にも打ち砕かれている。
運命は彼女を選ばず、日の届かない地下の奥底でその命は零れ落ちた。
砕けた柩のそのすぐ傍。
一息に噛み砕かれたがごとく、頭部を半分失って倒れ伏しているのは、もう一人の捜索対象たる与田四郎だ。
彼は果たして最後に恐怖の色を浮かべていたのか、それとも何も分からないままに命を取り落としたのか。
その損壊した遺体からは、彼の一切の感情を読み取ることはできない。
「大田原さん、警戒を」
天の警告が聞こえているのかいないのか。
大田原は白く熱い蒸気を口元から垂れ漏らし、唸るように喉を鳴らす。
与田の頭部は鋭利な刃物ではなく、ギザギザの刃、まるで牙のようなもので切り取られている。
これが捕食の結果だというなら、人間の頭を一息で噛み砕く恐るべき咬合力。
人間の細腕では到底砕けない絶対零度の氷柩を一息に叩き割る圧倒的な暴。
今の大田原ならば同じことができるだろう。だが、彼じゃない。
彼に匹敵するほどの凶暴な何者かがもう一人、数刻前までここにいた。
海衣の覚悟も決意も一笑に付した、絶対的な蹂躙者がここにいたのだ。
「うう……があああっッ!!」
「大田原さん!?」
大田原が奇声を発し、駆け出す。
その向かう先は動物実験室。
「止まりなさい! 止まれッ!」
数秒遅れて天も後を追う。
さいわいなことに、見失うことはなかった。
実験室の入り口で、大田原は立ち尽くしていたから。
動物実験室は、やはり生ある者の気配が一切感じられない死の空間だった。
廊下とは違った様相で、こちらもまた惨憺たる有様だ。
動物管理室と動物実験室を隔てる壁には大穴が空き、天井は微生物学研究室をぶち抜く勢いで剥がれ落ちている。
瓦礫に押しつぶされた標本や小動物の死骸、何かの肉塊があたりに散乱。足の踏み場などどこにもない。
白かったはずの部屋は、ホースから血液をぶちまけたかのように、夥しい量の血液によってコーティングされ、赤い部屋と化している。
壁ごと取り外された動物管理室の扉は、部屋の中央でアルミホイルのようにくちゃくちゃにひしゃげた無惨な末路を晒していた。
部屋の隅では、3メートルを超える巨大なゴリラが心臓を穿たれて、壁に叩きつけられて項垂れている。
そして部屋の中央には王者と言わんばかりに熊と思わしき怪生物がその首を地面に取り落としていた。
彼らがどれほど凶暴だったのかは推測しかできないが……。
もし生きた彼らと一緒に閉鎖空間に放り込まれていたとしたら、天は十秒持たないだろう。
いや、真理や真珠、野生児やハヤブサⅢとて一分持つまい。
サイボーグの風雅か、大田原でようやくこの場に立つ資格を得られる、まさに血で血を洗う殺戮の舞台だったに違いない。
強大な二体の野獣、だがその顛末は対照的だ。
苦悶と恐怖の表情を張りつけたゴリラとは対照的に、どこか勝ち誇る様に凄みのある笑みを浮かべた大熊の首。
躍動感を存分に描き出した美術品に対して、今にも動き出しそうだと形容することがあるが、
この大熊は死体であるにも関わらず、目を離せば飛び掛かってきそうだ。
特殊部隊として、常人と比べれば数多くの死に触れた天からしても、これほどまでに圧倒されるような死に様を見たことがない。
帝王、武神。そのような単語が脳裏を過ぎっていく。
「ぐううっッッッ!!」
「大田原さん……」
大田原が奇声をあげ、
独眼熊の頭を抱え上げ、脳にその牙を立てる。
傍目に見ればまた異能の副作用が再発したように見える。
だが、大熊の圧倒的な存在感に、天はそうなった理由を理解した。
かつて自らを戦闘狂と称していたように、そして吉田の後を追ってSSOGへと入隊したように、
大田原源一郎の遺伝子には闘争の本能もまた刻み込まれている。
だが、吉田のときと違い、彼は独眼熊を下すことはできなかった。弁明しようもない、純粋な負け越しだ。
三度目は訪れず、雪辱を晴らす機会は失われた。
その屈辱を理性が御せない。八つ当たりのように、その肉を食らう。
大熊の肉を食らう巨大な鬼が、いやだいやだと駄々をこねる子供のように小さく見えた。
肉を食われるにつれて、大熊の外形もまた崩れていく。
凄みのある勝者の笑みは、形崩れるにつれ、口元にシニカルなそれを湛えるようなものに変化していく。
ただ顔の表情筋を削り食われて、顔面が崩れているだけの事象だというのに。
はるか高みから、感情を燻らせている天に対して辛辣な言葉を投げかけているように思えた。
己の悔恨を見抜かれ、一蹴されたような錯覚を天は覚えた。
天井を見上げ、一呼吸。深呼吸の音が殊に鮮明に聞こえる。
ないまぜになった感情が心中渦巻くなか、大熊の肉を貪り続ける大田原をその場に残し、天は動物実験室を後にする。
名とは個と個を判別するために一人一人に与えられた呼称である。
個とはすなわち人間一人一人であり、その一生涯であり、生き様である。
人の名を忘れない。その本質は、ありとあらゆる人間の生き様を正面から受け止めるということだ。
堅気の世界ならば、人たらしとして、人と人の間を取り持ちながら安定して航行することができるだろう。
だが、天はSSOGだ。
堅気ではない。裏の世界の仕事人だ。
彼らが飛び込む世界は、極限状態に置かれた人々の、凝縮された情動や欲望が飛び交う、人生の坩堝である。
もちろん切り口次第でいかようにも言い表すことはできるが、そのような一面があることは誰も否定できないだろう。
そんな世界で遭う人、人、人。
善悪問わず、その人生の壮絶さたるや、表の世界の比ではない。
海衣も大熊も、私は、我は、己に恥じぬ生き様を最期まで貫いたぞ、と言葉なき訴えを体現する。
ターゲットだけではない。命こそ繋ぎ止められているが、真珠も大田原も同様だ。
彼らは理性の一かけらまで、正しくSSOGの精鋭であった。
翻って、お前はどうだ?
たった一日の間に、天が垣間見、ぶつけられた壮絶な感情と覚悟の数々。
お前はこれらを乗り越えて、踏み越えて、ぶち抜いて先に進めるのかと常に問いかけられる。
訂正。問いかけているのは天自身だ。
死者たちの目を通して、天自身が己の生き様を自問自答しているのだ。
迷いを抱えたままに決断を下し、未だ内心では葛藤を抱える己に対して問いかけているのだ。
全てを投げ出して逃げ出してしまいたい。この感情は是だ。
だが同時に、命尽きる時まで我が身を公に尽くしたいと考えているのもまた是だ。
同僚の命と実利を天秤にかけたあの場面を反芻する。
もう一度、命の選択をしたあの場面が再現されたとしたら?
――天は同じ選択をおこなうだろう。
もう一度、SSOG就任の前日に戻れるとしたら?
――天は迷わずSSOGに就任するだろう。
たとえ記憶と経験を引き継いで、同じ場のあの瞬間に戻ってきたとしても。
天は実利を取り、同僚を一人切り捨てる。
天は己の安寧よりも、国家の安寧を選択する。
私情を任務に持ち込みはするが、それを最終判断には用いない。
このポリシーは、天が絶対に動かさないと決めた最終ラインだ。
奇しくも個人としては正反対の生き様である成田のポリシーと同じ。
その意味は、自身の正義よりも使命を選ぶという覚悟の表明でもある。
SSOGに入隊したその日に、決めたことだ。
大きく息を吐きだす。
揺れていた心が落ち着きを取り戻す。
天はこれからも迷うだろう。選択を突きつけられるたびにカッコ悪く迷い抜くだろう。
右か左か、進路をめぐって歩みが遅くなることもあるかもしれない。
けれども、止まりはしない。そして引き返すことは決してない。
「警戒解除」
海衣の氷像の前まで戻ってきた天は、誰にも聞きとれないほどの僅かな声量で呟く。
身体中の強張りを緩め、再び周囲を観察する。
九条和雄から一色洋子へのメッセージカードが、踏み砕かれた玩具の近くに落ちている。
それは、兄から妹へ送られたお土産だ。
自然豊かな森の中で、家族や友だちと愛に溢れた幸せな暮らしをする、そんな理念の元に長年愛されてきたシリーズだ。
愛妹の快復を願う家族愛に溢れた文章が綴られたそれと、健やかな未来を願うそれ。
無惨に踏み砕かれた動物の人形ごとおもちゃ袋に入れ直し、スクールバッグとまとめて海衣の墓標に立てかける。
そのスクールバッグから、スマートフォンの一つを徴収して。
林檎のロゴマークをつけたスマートフォンに偽装した、機関の通信機を徴収して。
「私はいつか、憎悪に焼かれるのだろう」
洋子と海衣の短い逃避行。
それを打ち切った天の行為は、海衣の人生を大きく狂わせた分水嶺だ。
海衣はハヤブサIIIにその素質と意志を認められた。
なれば、彼女がハヤブサIIIの後継となり、天の前に何度も立ち塞がる未来もきっとあったのだろう。
そんな未来の道筋は途絶えてしまったが。
「私の選んだ道の先に破滅が待ち構えていることなどとっくに見えています。
それでも、私は立ち止まる気はありませんよ」
果たして、海衣に言ったのか、己へと戒めたのか。
それは天にしか分からない。
物言わぬ海衣の目に、もう光は灯らない。
彼女はもう立ち塞がることはできない。
元々ひび割れていた氷柩は、負荷に耐え切れなくなったのか、膝から崩れ落ちる様にごとりと音を立てて倒壊した。
■
泡沫の夢のように、大田原の理性がふと蘇った。
周りには獣肉が散乱し、己が食い散らかしたのだと理解する。
散乱している肉は、熊肉。己を二度も撃ち破った特定外来種以外にあり得ない。
だが、あの大熊は理性をなくしたまま勝てる相手ではない。
これはただの屍肉漁り。
目の前の出来事は秩序を守り抜いた結果ではないのだと理解させられる。
「大田原さん? 意識が戻ったのですか?」
「乃木、平……」
小さい。貧弱だ。簡単にひねりつぶせそうだ。
だが、おぼろげながら思い出せる。自らの命を、使命を、この男に委ねたことを。
「長く、は、持たん」
「そうですか……」
『餓鬼』の異能による食人衝動の原理は実に単純だ。
異能者のウイルスが他正常感染者のウイルスを摂り込もうと目論み、保有者の肉体と理性に干渉する。
故にウイルスが食事をしている間だけは、その干渉が収まる。理性への干渉も収まる。
強靭な生命力を持ち、多くの正常感染者を食らった独眼熊からは、いまだウイルスは完全には死滅していなかった。
碓氷誠吾、小田巻真理、そして独眼熊が内包していた多数のウイルス。
短時間で多量に摂り込んだからこそ、大田原の理性も一時的に復活した。
『HE-028-C』がその食事を終えたとき、大田原の理性は再び失われるだろう。
精神力で飢餓を抑え込み、代償を踏み倒すというやり方も、もう通用しない。
大田原は日ノ本最強、しかし世界はそれ以上に広かった。
日本人代表は、ヒグマ代表に敗れ去った。
一匹の畜生として、挑戦者として山の王者に果敢に挑み、二度も無様に敗れ去ったのだ。
大田原は自衛隊最強だ。日本人最強だ。
しかし日本最強の称号は戻らない。日ノ本の祝福は戻らない。
自ら捨て去り、そして奪い取られたのだから。
大田原の持つ『最強』に、もう言霊は宿らない。
大田原が仮に生きて帰れたとして、最強の称号は言霊と共に次代へと引き継ぐことになるだろう。
印象的な灰色の瞳を閉じながら、天が思考する。
その内心を見通すことは大田原にはできない。
「状況を共有します。
黒木隊員の任務を引き継ぎ、達成。
これより私は司令部に通信を繋ぎ、その旨を伝えます。
研究所での死者たちを報告する必要もある」
「……」
「また、正常感染者が数人、脱出口より離脱したことを確認。
今の大田原さんの身体では通れませんので、エレベーターを利用して上階に上がって待機を。
私は一度、脱出口を経由し、感染者たちの動向を確認します」
「待機……」
「ええ。私が新たな指示を下すまで。あるいは19時12分……本日の日没まで」
方針に異議を唱える気はないが、次に合流するまでに、取り戻した理性は再び消えてしまうだろう。
そんなことをしているうちに、正常感染者を逃がしてしまうのではないか。
そんな釈然としない大田原の内心を読んだのか。
天が話を続ける。
「正常感染者である研究所員、
スヴィア・リーデンベルグに、ウイルスの調査を依頼しました。
彼女が周辺に留まっていた場合、その調査結果を回収します」
隠すつもりなどなく、初めから話すつもりだったのだろう。
天の言葉は実にすらすらと紡がれる。
だが紡ぎ終えた直後、大田原から圧倒的な重圧が放たれる。
「任務……! 女王、殲滅!!」
理性をわずかに取り戻しているとはいえ、今の大田原は怪物に等しい。
不興を買い、力を向けられれば命はない。
そして、大田原は拳を握りしめ、振り下ろす。
轟音と共にタイルを砕く圧倒的な暴力を見せつける。
砕いたのは足元だ。そこに天はいない。
抑えきれない激情の発散。
当てる意思を持たないまま放った一撃だが、凄まじい殺気と、暴力の発露であることに変わりはない。
常人が向けられれば泡を吹いて倒れるであろうそれらを、天は全身で受け止めきる。
天の本能は警笛を鳴らし、身の毛がよだつ。
防護服の下では皮膚が縮み上がり、心臓が鼓動を暴れるようにビートを打つ。
だが。
それらをすべて内に収め、天は平時の調子を一切崩さなかった。
「我々に与えられた最優先任務。
それは女王感染者の対処であり、山折村を取り巻くパンデミックの解決です。
ここは間違えない」
「だが! 小田巻、匿った」
おぼろげな記憶だが、大田原はあのときの状況を思い出せる。
言い分次第では、袂を正さねばならない。
「彼女が女王ではないことを期待したことは認めましょう。
ただし、手を組むに至った決定的な動機は、目の前の課題解決のため。
はっきりとした意志を以て彼女からの協力を受け入れ、そして私は彼女を切り捨てた」
天はそう宣言するが、大田原はやはり覚えている。
真理を切り捨てたとき、その目に悔恨の色を浮かべていたことを覚えている。
「兵士として、半端。戦場で、死ぬだけ」
「……そうですね、私は兵としては皆に劣る。
貴方から見れば、欠点だらけの落第兵だ」
大田原からの、兵士としての評価を否定はしない。
この戦場を今まで生きのびてきたのはひとえに運がよかったから、というだけだ。
兵士として、天は真理にも劣る正真正銘の最弱である。
「ですが、私は兵であって、兵ではない。
将として、隊長たちに次ぐ現場の責任者として、この作戦に送り込まれた。
負うべき責務をすべて背負い、此度の危機の解決に尽力するのが役割だ」
「…………」
今、大田原が天に覚悟を問うている。天に本気で殺気をぶつけてきている。
天が内心、肝を縮み上がらせていることなど分かっている。
だが、それでも取り乱す様子はおくびにも見せず、大田原に真っ向から向かい合っている。
正常感染者と組むことは、大田原の考える秩序にもとる行為である。
だが、天には、自分の領分とは異なる結果を期待していたはずだ。
「貴方は私の知る限り、最強の兵士だ。
兵士に求めるすべてを兼ね備えた鬼駒だ。
ただし、私がこれからおこなう行為に、貴方は適さない」
大田原の理性が一時的にでも復活したことは僥倖だ。
その僥倖を以て、作戦を変更しないことを選択した。
駒に使われる段階は卒業したのだと言い切った。
「あなたの命の使い所は、私が決める。
大田原一等陸曹。これはお願いではない。命令です」
兵士は役割を言われた通りに忠実に果たす駒。
だが、それは自身の役割ではないのだと。
それら駒の指し手こそが自分の役目だと。
「貴方は指示があるまで上で待機だ。
その力は振るうべき時に振るっていただく」
キャリアも強さも大田原に圧倒的に劣る天が、生意気にも正面から啖呵を切った。
ひとたび大田原が腕を振るえば、天の肉体は弾け飛ぶ。
それくらい隔絶した差があり、ヒトとしての本能からは警告が鳴りっぱなしだ。
それを、天は理性で抑え、言葉を最後まで紡ぎ切った。
誰が言ったのだったか。司令部の解釈から外れようが、自分の信条を捻じ曲げようが、構わない。
最後に秩序が守られていればそれでいい、と。
大田原はそんな器用な携わり方はできなかった。故にひたすら実直に司令部に従った。
それはそれで一つの道を極めたということではあるのだが。
「……乃木平、曹長に、従う」
乃木平天は自分とはまったく別の道を進む。
大田原源一郎は、心の底から理解した。
診療所、北側の駐車場。
独眼熊のウイルスを摂り込みつくした大田原のウイルスが、再び理性が蝕んでいく。
混濁した意識が最期に見せた夢であったかのように、自我が再び消えいくのが分かる。
だが恐怖はない。自我が消えても、駒として忠実に役目を果たすだけだ。
大田原は瞑想に入り、思考を闇に委ねた。
【E-1/地下研究所緊急脱出口/一日目・夕方】
【
乃木平 天】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神疲労(大)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、ポケットピストル(種類不明)、着火機具、研究所IDパス(L3)、謎のカードキー、村民名簿入り白ロム、ほかにもあるかも?、大田原の爆破スイッチ、ハヤブサⅢの通信機(不通)
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.通信機の奪取を司令部に連絡する
2.スヴィアを追い、研究の成果を確認する。
3.スヴィアに放送をおこなわせ、隠れている正常感染者をあぶり出す。
4.大田原を従えて任務を遂行する
5.犠牲者たちの名は忘れない。
[備考]
※ゾンビが強い音に反応することを認識しています。
※診療所や各商店、浅野雑貨店から何か持ち出したかもしれません。
※ポケットピストルの種類は後続の書き手にお任せします
※村民名簿には午前までの生死と、カメラ経由で判断可能な異能が記載されています。
【E-1/診療所裏駐車場/一日目・夕方】
【
大田原 源一郎】
[状態]:ウイルス感染・異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』、意識混濁、脳にダメージ(特大)、食人衝動(中)、脊髄損傷(再生中)、理性減退
[道具]:防護服(内側から破損)、装着型C-4爆弾、サバイバルナイフ
[方針]
基本.正常感染者の処理…
1.理性がある限り、待機する
2.上官に従う
最終更新:2024年04月04日 23:32