陽光に焼かれ砂に埋もれる廃墟は、この世の終わりを象徴するかのような風景だ。
しかし、その死んだ風景の中ですら、人間たちは死に足りないと言わんばかりに這いずり回っていた。
「観測機より報告。作戦領域内にACを確認しました」
「諒解。ターゲット残数は?」
「五箇所」
《バンガード》による今回の作戦はまったく単純なもので、《
ノマド》の拠点を一つ破壊してくるというだけの内容だ。迅速に展開し、迅速に撤収する。ACが二機もあれば十分で片がつく。
ただし、投入されるACのうち一機があの《ウォーハート》──つまり、《大佐》の右腕だとすれば話は違う。何故このような雑事に最上級の幹部が出向いてくるのか、
コルヴス・レーヴァン中尉は大いに気を揉んでいた。
「レッド2、グリーン1、クリア」
「諒解──うおっ!」
黒い獣のような鉄塊がコルヴスの眼前を横切り、ちょうど彼が狙いをつけようとしていた獲物を蹴り抜いた。華奢な作りのレーザー砲台は突進する大質量によって真っ二つにへし折られ、そのままちぎれ飛ぶ。
彼はすんでのところでトリガから指を離した──いわゆる《ツバ付け》のターゲット・マーカーは数秒前に表示されていたのだが、彼はそれを見落としていた。
シヅキ中佐、俺の──と言いかけたところで彼は見落としに気付き、黙った。幸いにして、彼の上官はミスを咎めなかった。
余勢を駆って滑りながら旋回し、半身を彼の乗る《鳳》へ向けたまま、その鉄塊が右腕を持ち上げた。
「《ウォーハート》より《鳳》、敵AC捕捉。軽量級、二脚型のようです……HEATパイルを装備」
「《鳳》諒解。中佐、その、重量級では不利なのでは? 俺が前に……」
「任せます。でも、危ないと思ったらすぐに──ああ、その前に来ましたね。私を狙うつもりのようです」
「ちょっと、中佐!」
「大丈夫ですよ」
上官──鎮月が言うが早いか、廃墟から砂色の影が飛び出した。
敵ACの動きを止めるためのハンドガン、そして一撃で機能を停止させうる高威力のHEATパイル、軽量級ACのセオリーに沿った装備である。
《ウォーハート》はその場から動かず、右腕に装備された大口径のガトリング砲を連射した。目の前のACは運動エネルギー弾に対して比較的耐性の高いタイプであり、大した効果は望めない。
当然のようにハンドガンの応射が《ウォーハート》を捉え、制御系にダメージを与え始める。コクピット内では衝撃警報を発する《STAGGER》の絶叫がこだましているだろう。
《鳳》が側面支援を始める暇すらないままに、《ウォーハート》はHEATパイルの射程に入った。
恐るべき速度で迫る軽量級ACはおもむろに右腕を引き、死の炸裂槍を突き出した──が、その槍が《ウォーハート》の装甲を穿つ事はなかった。《ウォーハート》がわずかに軸をずらし、速度を合わせるようにブースタを吹かして後退したのだ。槍は《ウォーハート》の左方、何もない空間でむなしく炸裂し、そして──《ウォーハート》の左膝に備えられた分厚い装甲板はすでに展開を終えていた。
「うげっ……」
コクピットが収まるコアを下方からしたたかに蹴りつけられ、砂色のACは即座に沈黙した。その一部始終を見ていたコルヴスもまた、青ざめて沈黙するしかなかった。
《ウォーハート》が見せたのは後退ハイブーストからのブーストチャージという離れ業だったが、それは性行為を迫る男の金的を蹴り上げる光景にあまりに似過ぎていた。コクピットが身動きもままならぬほど狭くなければ、彼は無意識のうちに股間を押さえていただろう。
「《ウォーハート》、敵ACの排除を完了。……レーヴァン中尉、どうしました?」
「い、いえ、何でもないです、中佐。……本当に大丈夫でしたね。俺はヤバいと思ってたんですが」
「大胆さこそが最高の叡智となる事もある、という言葉がありますよ。時と場合によりますけどね」
「……危ない人だなあ」
「何か言いました?」
「あいや、何も」
仰向けに転がるACを前に佇む《ウォーハート》の頭部が前方へスライドし、コア天面の装甲ハッチが開く。するりとコクピットから這い出てきた人影は《バンガード》制式のパイロットスーツを着ておらず、それどころか一般に流通するパイロットスーツのどれでもない、黒いシャツとスラックスしか身に着けていなかった。
大型のスキャナ・ユニットを備えた四角い頭部に寄りかかり、今しがた撃破したばかりのACを見下ろす鎮月の横顔に、コルヴスは憂いのような表情を認めた。
「中佐、どうしま──」
話しかけようとした彼の目の前で、唐突に鎮月の身体が跳ね、コクピットへと崩れ落ちた。一瞬置いてから発砲音が耳に届いたが、彼は状況を把握するためにあと半秒を要した。
「なん……てめっ、この野郎!」
ACが沈黙しても、執念深いそのパイロットは死んでいなかった。あれほどの衝撃を受けてなお生き延びた男は、脱出装備としてコクピットに備えられていた機関砲を引きずり出し、無防備な鎮月を撃ったのだ。
コルヴスは怒りに駆られ、巧妙に隠れていたパイロットに《鳳》のガトリング砲を向けた。
「よくも……よくも中佐を! 畜生が!」
「大丈夫ですよ」
「このクソ──はあ?」
機関砲を手にした姿勢のまま、パイロットの胴体が四散した。文字通り飛び散ったのだ。一拍の後、銃把を握り締めたままの腕と共に機関砲が落下し、かすかな砂塵を舞い上げた。
呆気に取られたコルヴスが《ウォーハート》を見やると、薄く煙を上げる対物ライフルを手にした鎮月が何食わぬ顔で彼に手を振ってみせた。
「……。中佐、今、確かに」
「大丈夫です」
「しかしですね、俺としては、間違いなく見たものを」
「気にしないでください」
「いやあの」
鎮月は《ペイロード》と呼ばれる大口径の対物ライフルをコクピットの所定の位置へと戻す。彼女のシャツの背中には見間違いようもなく大穴が開き、黒い生地と対照的な白い肌が覗いていた。さらに目を凝らすと、ハッチにはどう見ても返り血としか思えない赤黒い液体が飛び散っていた。
「何も考えずに外へ出たのは失敗でした」
そう言いながら、鎮月は再び愛機の頭部に寄りかかり、ヘッドセットを操作した。《大佐》の声が応答する。
「どうした、中佐。トラブルか?」
ノイズ交じりの低い声に、コルヴスはぎくりと反応した。《大佐》は確かにパイロットとしては大いに尊敬するが、それ以外の点についてとなると彼には判断がつきかねた。おまけに、この状況では鎮月が彼をして「下っ端がもたついていた」くらいの事は言いかねない。
「問題ありません。例の《ノマド》の拠点は殲滅しました」
「撤収しろ。報告は後ほど確認する」
「はい、諒解しました」
回線が切れると同時に鎮月は咳き込み、眉をひそめて胸に手を当てた。
「中佐、本当に大丈夫なんですか?」
「先程言った通──」
鎮月がマイクを押さえた事で声が途絶えたが、コルヴスは身体をくの字に折る姿をはっきりと認めた。
「──先程言った通り、大丈夫です」
「真面目に答えてください、中佐。俺はこんな事で上官に死なれるのは御免です」
しばし唖然としたような沈黙が流れ、彼は謝罪の言葉を探し始めた。だが、鎮月の方が一歩早かった。
「少なくとも、死ぬような事はありません。すみません、心配をかけてしまって」
「いえ……痛い、ですか」
「痛いですよ。でも、これは……これは、罰ですから」
「罰って……」
それ以上、彼女から答えを引き出す事はできなかった。
焼けつく砂漠から帰る道すがら、彼自身にも何故かはわからなかったが、コルヴス・レーヴァンの脳裏には破れた黒い生地から覗く白い肌がちらついて仕方なかった。
彼は無自覚のうちに、その姿に悪夢的な生と死の相克を見出していた。
最終更新:2012年05月04日 22:27