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 建物にこびり付いた鉄の山を前に、ランペイジは苛ついていた。
 あの男が潜り込んでから、いったい何本のメンソールが砂に娶られていったのか。潤いを求めて口や目に押し寄せる風は鬱陶しい。眉の筋肉に感じる痛みは砂塵が目に入らないように強張らせているせいなのか、ニコチン不足のせいなのか。
 吸い残した煙草は無いのか。ランペイジは刺々しい金の髪を揺らしながら、考えつく限りの隠し場所を探る。そして同時に周囲の警戒を怠らない。やましいやつは何処にでもいるからだ。
 砂風が吹き荒れる通りには何台かの装甲車が停車していて、そのサンドイエローの装甲にOVAのエンブレムがデカデカとデカーリングされている。カラスが色褪せているのはランペイジを始めとする隊員全員でピスでJの字を書いたからだ。三代前の隊長が命名したのは胸糞悪い移動式高級公衆便所号。首都にいるような高級娼婦一人分の料金をぼったくられたわりに、乗り心地はジジイの膝より悪かったわけだ。せめてババアの腿並みだったら許せたのによ、そう言っていた隊長は何代目だっただろうか。まぁ、どうでもいいや。ランペイジは胸ポケットから覚えの無いレシートを見つけた。丸めて捨てる。
 一台だけ、網目状の金属板をくるくる回転させるふざけた外見の情報車両がある。深い藍色に色づいた<APC>の所有物。中には派遣されたオペレーター達が乗っているはずだが、作戦開始からずっと閉じ籠ったままだ。それほど信用できないのだろうか、とランペイジは思う。何も、取って喰うわけじゃないのに。つまみ食いは、まぁ、するだろうが。
 群れの後方に視線を移せば、二機の巨人が見える。一機は戦車のような脚を、他方は人間のそれと同じ構造の二本の脚をもつ。地下廃棄層から発見されて以来、闘争におけるヒエラルキーの頂点に居座り続ける多目的兵器アーマード・コアだ。戦場では膝を折ることはなかった威風堂々たる鉄巨人たちだが、今に至っては太陽光に人工の鉄殻を焦がされながら諦観と憂いにこうべを垂れている。その足下では、戦闘服の色も肌の色も様々な兵士たちはまばらで、みな不安げに例の鉄屑を見守っていた。
「どいつもこいつもシケた顔してるねぇ――っお」
 尻のポケットからよじれたシケモクを見つけ、ランペイジは過去の自分を賛美した。情けなく身を屈めてジッポーを鳴らす。有害物質の塊たる白雲で口腔を満たし、鼻からゆっくりと抜く。顔面の筋肉が緊張を欠いて、間延びした表情はロバのよう。
「よぉ、何時間経った?」
 ランペイジは紫煙を風に吹き飛ばしながら、先程から隣に直立していた大男に訊ねる。バタリアンガードの現隊長チャリオットだ。彼は荒れた風にも、顔や髪に纏わりつく砂にも怯むことなく背筋を張りつめている。ランペイジが物言わぬ厳めしい横顔を見上げると、逆立てた金髪の先とチャリオットの盛り上がった肩が並んだ。爬虫類のように棘々しい体つきのランペイジに比べて、彼の鍛え上げられた肉体は恐れを知らぬ戦士然としていて、それは物腰にも現れている。残骸に空いた小さな洞穴、つまり兵士たちの不安の焦点を見据えつつ、一言だけ応じる。
「メンソール七本半時間だ」
「あー、ん?」
 ランペイジは暫く思案する。メンソールやウィスキー、安煙草(マリファナ)の依存性物質に毒されてカスカスになった思考回路を寄せ集めて、脳汁をちびちびと溜める。いけ好かないジョークを言われたのだと気がつく頃には、最後の希望だった吸い殻すら灰に消えてしまっていた。ランペイジは喉に粘着する黄色い淡を路面に撃ち込んで応酬する。
「お前に時間を尋ねるときは金鎚が必要だな」
 それを聞いて、チャリオットの仏帳面が蔑みに緩んだ。
「ああ、今ので八本になった」
 そして、歩を進める。鉄屑に向かう大きな背中を睨み付けながらランペイジは舌打ちした。流れの傭兵風情が。大層な口きくじゃねぇか。
「苛つくぜ。いつかブッ殺してやる」
 煙草を探す作業が再開された。


 チャリオットに連れられて兵士たちが集まっていく。半ば諦めかけた無数の瞳が見守るなかで、黒々とした人影が鉄屑の穴から這い出てきたのだ。色濃いバイザーが後頭部まで覆うフルフェイスメットを被り、気密性に優れたパイロットスーツを起伏の無い線の細い身体にぴっちりと身に着けた男だ。
「どうだった――」
 チャリオットの呼び掛けが突風に掻き消される。ビル群に圧縮された風は暫くの間、彼らの視界と言葉を遮る。
 瓦礫と化したACの上に立つ黒の男は首だけで振り向いて、風のやって来た方角の、更に遠くを見据える。轟音が収まった後も、まだ心はここに有らずといった様子だった。
「どうだった、ブラウ
 そこで始めて聞き取れたのか、黒い男がチャリオットに顔を向けた。そして何も言わず、ただかぶりを振った。遮光バイザーに隠された表情はわからないが、兵士たちはその意味を汲み、あらかじめ用意していた毒を吐いた。ちくしょう。くそったれ。彼らは一人また一人と、思い思いの方向へ重い足を引きずっていく。
「何も残っていないのか?」チャリオットだけは声を荒げて食い下がる。「何でもいい。FCSがデータバンクに接続した記録だとか、機体ステータスのログだとか――」
「損傷具合から見れば――」
 男――ブラウはそこまで言うと、思い出したかのようにヘルメットの側面に手を添えた。スーツとの接合部でボルトが回転し、内部の圧搾空気が鋭く漏れ出していく。そして複合プラスチックの黒殻が外れる。
 白い。
 黒に包まれているからだろうか、肌の白さが浮きだって見える。顔立ちにはまだ幼さが残り、戸惑うように眉をひっそりと寄せている。不意に、風の一陣が彼の柔らかな金髪を乱した。顔に纏わりつく髪を細い指先で押さえながら、長いまつげを震わせる。風が収まると、ヘルメットを腰のハーネスにぶら下げ、ゆっくりと顎を下げた。碧い瞳をチャリオットに向ける。必然的に見下す形になる。
「相手はACの内部機構や統制システムに相当熟知したパイロットのようですね。これほど綺麗なやり方は始めて見ます」
「綺麗、だと?」チャリオットの片眉が吊り上がった。憂いを帯びたまなこを睨み付ける。「どういうことだ?」
 ブラウは首を傾けた。何故そんなことを訊ねるのかわからない、といった様子で暫くのあいだチャリオットを眺め、やがて身体の向きを変えた。
「“綺麗”と言ったのは最後のブレードによるものです。それまでは結構暴力的な戦術だった。ショットガンとロケットで範囲攻撃、レーザーライフルの精度も低いようだ」
 彼は鉄屑に穿たれた穴の縁を撫でる。傷跡は、アイスクリームが融け落ちる、その一瞬を捉えたかのようだ。
「何故そこまでわかる?」
 チャリオットは訝しげにブラウの背中を見つめる。「まるでその場にいたような言い様じゃないか」
「そうかもしれませんね」
「なに?」
 チャリオットの鋭い一声に、ブラウはクスクスと少年のように笑った。冗談です、と振り向かずに言う。
「ここら一帯の弾痕や廃墟の壊れ具合を見れば、想像するのも簡単ですよ? ビルの欠片も落ちているし、相手は高空からあまり狙いも定めずに撃ってきたのでしょう」
 でも、とブラウは眉をひそめる。
「このブレードの時だけは嫌に精巧なんです。まるで――そう、“解体屋”並みの腕です。ブレードは最大出力で装甲を貫通した。だけど、その後はゆっくりだった。内部に到達する直前で出力を調整、ジェネレータと火器管制回路の耐熱温度の中間……そのぎりぎりの温度で中を掻き回している……。中を見てみますか?」
 ブラウは振り返った。
「ラジエータもジェネレータも全くの無傷で、FCSとパイロットだけが蒸発しているんです。電子回路も殆どが壊れてますし……」
「誘爆を避け、記録だけを消した、とでもいうのか」
「そうです」ひとつもつまずかずに、ブラウはチャリオットの正面に降り立った。「だから、”綺麗“なんです。これほど緻密なプログラムを導入でき得る人物を、僕は一人以外に知りません」
「だが、ベルベニアではなかろう。彼女は解体屋としての腕は立つが……“二人”のパイロットが乗っていた?」
 とりとめの無いチャリオットの疑問をブラウが笑った。
「かつて無い暴挙ですね、それは」
「……。思い当たる奴はいるがな……」ブラウを睨みながらチャリオットは呟き、次の言葉で心に忍び寄った寒気を掻き消した。
「お前はどう思う、ブラウ。敵の目的は?」
「それを考えるのは僕の仕事じゃありません」
 微笑みを絶やさぬまま、至極真面目に言い放ったブラウにチャリオットは面食らった。ややあって、彼は破顔する。
「だろうな、お前の言うとおりだ」
 不思議な男だ。虫にも飛び上がりそうな気弱な顔をしていながら、どこか余裕がある。
「傭兵としての意見はあるだろう? それでいい」
「そうですね、強いて言うならば――“警告”かと」
 チャリオットの表情が一気に曇った。


 それから三時間の探索の後、メハシェファのハウザー砲が見つかった。瓦礫の下に埋もれていたらしい。チャリオットは内部データの解析をAPCに頼んだ。FCSとの同調痕跡が残っていれば、噂の死神が高威力の榴弾に耐えられるかどうかぐらいはわかるかもしれない。APCは二日で終わらせますと言った。
 解析結果がバタリアンガードに伝わることはなかった。だが、それはまた別の話だ。



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最終更新:2012年09月04日 04:13