空。
月。
星。
雲。
それがこの場の天井だ。
何十階とあるビルディングが続き、ただ、ただ、朽ち果てるだけを待っている。
もはや、このような場所など、どこにでもある、当然だ。
だから、誰も、どうしてこのような結果になったのかの課程に疑問を抱かない。結果だけが既にあって、その結果もいつかは消えていくだけだ。
ビルディングの一つが崩れ落ちて道をふさいでいる。
人の形をしたものが佇んでいた。
アーマード・コアと称される兵器だ。
コックピットに人がいた。
呼吸が乱れ、激しく息を吸っていた。
心臓の鼓動が全身を振るわせるように、体の芯に響いてくる。
コックピット内は計器やディスプレイがつぶれ、狭い隙間からは満月に近い月が見えた。コックピット内の熱い空気が漏れ出し続け、代わりに月光がコックピット内に入りこんでくる。月光が、あちこちに赤い液体が散っていることを知らしめる。
鉄の臭い、否、血の臭い。
外からは火薬と空気がプラズマ化されたことに寄る独特の臭い。
それと雨上がりの臭い。
様々な臭いが入り交じって入り込んできている。人は、息を荒げながら、コックピットに積まれた救急セットを震える手で取り出し、月とわずかに残っている計器の光を頼りに手を動かしていき、時々、うめき声を上げた。
一本の注射器を取り出し、迷うことなく自身へと突き刺して、鎮痛作用のある薬液を流し込んでいく。空になった注射器を足下へと捨てて、もう一本突き刺して流し込んでいく。すでに肉体の痛みは和らいでいるはずだったが、それでも精神が激痛を感じての暴挙だ。
空いている隙間から、視線を少しずらすと、1機のACが力尽きたように廃墟の壁にもたれていた。その姿を見て、軍人は手を止める。手を動かしても止めても、血は流れ出したままだ。ズボンは血にまみれ、足下は血だまりが出来ている。脚を動かす度、ブーツが血だまりの血を跳ねる。
ノイズ混じりの通信が突然に入り、軍人は我に返って取ろうとして、もう一度、外に鎮座しているACをながめる。
バカヤロウが。
声は出なかった。口の動きだけで、小さくそう呟いて、しばらく黙り込み、もう一度小さく呟いた。
ふとしたときに、自分は何故、ここに居るのだろうかと思うときがある。
ふとしたときに、自分は何故、こんな事をしているのだろうかと思う。
ふとしたときに、自分は何故、そんな事をしようとしているのかと思う。
生きている中で、ふとしたときに、自分を見てしまう。判っているが、何故と疑問に思う。そのたびに、そうなるようにしたのだと思うが、どうしてそうなるようにしたのだろうとさらなる疑問が現れる。
何事も、突き詰めていくと、何かの壁にぶつかるだけで、わからないものだらけで終わってしまう。
自分を納得させるべきだろうか。
自分を誤魔化すべきだろうか。
自分を見ないようにするべきだろうか。
だが、今は、自分を見るしかなかった。どうしてこうなったのか後悔するしかなかった。かといって、あのときにこうしていればと言う非生産的な想定にまでは出来なかった。ただ、嘆くだけしか出来ない。
嘆いたところで、何も起きないのに、それが判っているのに、苛立ちと悲しみが混じっている。
自分は、どうして、ここで生きているのだろう。
彼は、息を荒げたまま、片手で傷口を押さえながら、ノイズ混じりの通信を入れた。
最終更新:2012年09月30日 22:03