―バンガードは勇敢なるご子息の戦死を心より悼むものであります エイメン―




「親の心子知らず……」
「はい? 」

 バンガード軍の車を運転しながら、アルフレッド・バーンズ伍長が、助手席に座ったイョルン・アンダーセン中尉の突然の呟きに思わず聞き返す。

「いえ、なんでも……でも、家族の絆って切っても切れないんじゃないかなって」

 横目で見ると、イョルンは前を向いたままイル・シャロムの街並みを眺めているようだった。

「そう……じゃねーっすか? 」
「ええ」

 そうりゃそうだろうと常識から肯定した。何か深く考えているようだが、どことなく曖昧な表情からはそれ以上は読み取れなかった。
 車は随分と横に長く、それで居て彼方此方が角張ってごつい。ガラスは防弾仕様となっていて、大きな図体の割にはスピードも出る。かつての政府軍のエンブレムは消され、真っ赤なバンガードのエンブレムが堂々と描かれている。軍用かつ実務重視のスペックであるが、どういうわけかシートは随分と堅い。振動もある。こればかりはどうにかならない物か、そもそも町中を走るならこんな車を出す必要もなかったように思うが、空いている車がこれしか無かったのだから仕方ない。
 いや、仕方なかっただろうか。
 そもそも、今日は非番のはずだった。しかし、上官であるイョルンが戦死した独立機動部隊隊員の家族の元へ行くと言い出し、愚痴を言いつつもついて行かないというわけにもいかなかった。だからこうして非番にもかかわらず軍服を着ている。ただし、上着は理由があって今は脱いでいた。
 彼ら二人が所属する独立機動部隊はバンガードの特殊部隊の一つである。機動性に長けた機体が多く所属し、いち早く戦場に展開することを目的とした部隊だ。ただし、常に決まった少数チームで動くため、同じ部隊でも口をきいたこともない隊員も珍しくないし、全く顔を合わせないことも珍しくない。だから、ある隊員が戦死し、量も形もほとんど残っていない遺体が受け取り拒否されたと聞いても、関係のないことだと思っていた。どういう理由で受け取りを拒否したのかもさほど気にとめなかった。いつかは自分もそういった悲惨な戦死を遂げるかも知れない。だが、一度は除隊処分という軍人としての命が途絶えかけたものだから、死にたくないが、軍人として死ねるならまだましなようにも思える。
 ただ、隣に座っている、朝から浮いた表情の上官は、体を張ってでも死なせてはならないとは常々思っている。軍人、それも最前線での戦いを職務とする軍人としては線が細く、小柄だ。女性と見間違えるほどの美貌を持ち、憂いのある表情も様になるだろう。芸術には関心が無く、美術館などには自分から行ったこともないが、こんな彫刻があれば有名になっていると思う。故に、この上官と自分が同性同士の怪しい仲ではないかと噂されたり、彼らには知るよしもないが、事務方の女性軍人の想像の種になっていた。深く入り込んで良い世界ではないので、これ以上は割愛である。

「あの人、なにか家族とトラブルがあったんですか? アルフ君、知りません? 」

 赤信号で止まったとき、イョルンが再び口を開く。アルフレッドはハンドルに前のめりに体を預けながら、ハンドルを指先でタンタンと叩いていたのを止める。

「いや、なんにも知りませんよ。悪いじゃないんですか? 」

 訪問した先での出来事を振り返れば、そう推論せざるえない。
 コックピットごと潰されたらしく、検死のしようもないほどズタボロになって、とても見られた物ではない遺体だったが、受け取り拒否はそれが理由ではない。一般街のよくあるアパートメントの一室へ訪れれば、恐らく隊員の父親だろうが、帰ってくれの一点張りだった。それでも、しつこく粘っていると、赤ら顔の中年の人物が顔を出してきた。ドアを開けた瞬間にアルコールと何かの食べ物が入り交じった臭いが漏れてきて、出てきた男は頭は白い物が多くて、随分と酒臭く、風呂にも入っていないのか臭いもきつかったことを覚えている。ランニングシャツ一枚にハーフパンツを履いていて、とても来客に出る格好ではない。
 イョルンが口を開ける前に、酒瓶を投げつけてきた。アルフレッドが、とっさに前へと出てかばい、軍服は酒まみれとなって、酒瓶はアパートメントの廊下に砕けて散乱した。つい、つかみかかろうとしたが、中尉の小さな手が彼の肩を押さえて制され、赤ら顔の中年は乱暴にドアを閉めた。それ以上は何も言わずに静かに立ち去った。軍人への暴行容疑から拘束もできたかもしれないが、イョルンは考える様子もなくしないことを告げた、クリーニング代は僕が出すと付け加えて。上官がそこまで言うならと、納得はいかないが彼も退いた。
 これが、非番を潰してまで行った訪問の顛末だ。このまま遺品だけを置いていくことも考えたが、捨てられるだけだということが目に見えたのでやめた。あの隊員と家族の間に何があったのかは知らないが、親子仲が悪かったのだろう。

「でも、戦死してまで受け入れないのは、親としてどうでしょうか? 」
「親だから、じゃねーすか? 」

 赤信号が切り替わり、ゆっくりと車を進める。時刻は夕方になっていて、徐々に混み始めいる。
 アルフレッドの言葉に、イョルンが少しだけ不思議そうにな表情をしたが、アルフレッドはそちらを見ることもなく、アクセルをもう少し踏み込んだ。

「親……だから? 」
「親より先に死ぬつーのが、一番の不幸じゃねーかなと。軍人なら、珍しくないでしょうけどよ」

 新兵の時には、同期に随分と優秀で、こういうのが出世するのだろうと思った輩があっさりと戦死したときもあるし、軍人としてついて行けないような輩がのうのうと生きていたりもする。不公平を感じることはなく、これも武運というものだろうかと思っている。
 しばらく、会話が途絶えた。
 夕方のラッシュは、ピークを迎え、渋滞にはまっている。左右には高層のビルディングが建ち並び、歩道にも多くの歩行者が行き交っている。アルフレッドは、座席に深く座り、左手は離してドアに肘をかけた。休みは制服が酒に汚れ、渋滞にはまって時間が浪費されていく。隣では神妙な面持ちで上官が黙り込んでいる。改めて散々な日じゃないかと少しだけ苛ついてきたので、断りも入れずにラジオを入れる。ちょうどスティーブン・サウンド・ショーの曲が流れ出してきて、曲名は何だったかと思いながらボリュームを上げていく。鼻歌で一緒に歌い出そうか、いや、隣に上官が座っている上に、明るくスローな曲に合わせる気が起きず、黙ったまま前を見る。まだ、前方の車は動き出しそうにない。

「そういえば」

 曲が終わりにかかり、DJが無難な感想を言いだしたところで、年下の上官が口を開く。

「彼、退院していたそうです」
「彼? つーと、奴ですか? 奴しかいないですよね。クソ、戻って来やがったか」
「同じ隊なんですから、そんな言い方しなくても」

 イョルンが窘めるように言うが、どことなくアルフレッドの態度にも仕方なさそうな空気が含まれている。

「それよりも、退院していたってなんです? 」
「2週間前に退院していたそうです。僕も今朝知りましてね」
「なんだよ。あの野郎、2週間も遊んでいたんですか? 」
「いや、色々と手続きですとか、演習にかり出されたみたいですよ。彼、今はACがないですから」

 今日の訪問した家族の隊員と同じ部隊に所属し、その隊員が戦死と同時期に撃破されて負傷した隊員がいる。規律を破り、命令を無視し、始末書を量産し、髪も髭も伸ばしっぱなしの問題児。戦果を挙げるが、その数倍の悪行を行い、テロリスト認定されてもおかしくない人物。自分などはかつて喧嘩沙汰で除隊寸前になったというのに、あれが除隊どころか処刑されない理由がわからない。

「まだ本調子ではないみたいですけど、復帰してもらえれば助かりますよね」
「あれがむしろトラブル作り出すんですよ」
「まぁまぁ、とりあえず、途中でご飯でも食べていきます? 良いお店は知ってますよ。顔が利きますから軍服なのは大目に見てもらえますし。今日出てきたもらったんですから奢りますよ」

 ひとまず、厄介者の話を終わらせる。

「……あまりオシャレな店はやめてくださいね。堅苦しいんで」
「そうですか? 」

 車が少しだけ動きだし、進んだところでまた止まる。もし、夜景の見えるシックでオシャレなレストランで食事したとなるとどうなるだろう。いかにも育ちの良さそうな優男と育ちの悪そうな男、どこの誰かは知らないが、そんな誰かに要らぬ勘ぐりをされてデートかと言われるのが目に見る。

「誰かに見られることを気にしているのなら、大丈夫ですよ。そういうところがしっかりしているお店です。秘密の一夜を明かしても、ばれませよ」
「マジやめてください! 俺、本当にノーマルなんで! 」
「冗談ですよ」

 と良いながらも色っぽい流し目を送るのはどういう事だろうか。いつの間にかボタンを開けて胸元をアピールしていることも言及すべきだろうか? ともかく妙なアピールをこっちに送るな。隣の車に乗っている若い女にでも送ればいい。なんで、こんな年下の上官に生意気にもからかわれるのか。自分などはただの伍長だが、中尉ともある人間が下手な噂がたっていいのかどうか。いや、そんなことを言い出せば、バンガードの指導者はペドフェリアだという噂を聞いたことがある。どうしてそんな噂が立ったのかは知らないが、バンガードの人間にろくな噂がないのは組織としてどうだろう。いっそのこと、除隊になって傭兵でもしていた方が良かったのではないだろうか。

「では、アルフ君におまかせです。どれだけ高いお店でもいいですよ。経費で落とします」
「何言っているんですか!? 」
「これも冗談ですよ。何にでも、そんなにムキにならなくてもいいじゃないですか」

 その冗談が冗談に聞こえないから反応しているわけで。彼の心臓へのダメージソースなわけである。

「じゃあ、たまに行く居酒屋で」
「そういうところに行くんですね。これで、また一つアルフ君の秘密を知ることができるんなんて」

 先ほどよりも色気に割り増しの流し目だった。本気で迫っているのではないかと。そしてまたもやいつの間にか、服がはだけ、ツルツルの肩が見えていた。

「だから、やめてください! 俺の心臓がマッハでやばいんで! 」

 密室の中、今日のトラブルを忘れるように冗談と本気の応酬が繰り広げられていた。
 車はまだ、進まない。


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最終更新:2012年09月30日 22:06