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 「随分と嬉しそうだな」

 「そう見えるかい」

 「坊やが随分と立派になったもんだ」

 「僕だって成長はするさ、リーバス」

 その返答に生意気さを感じながらも、自分は酒を呷った。冷えたビールが、体の中に染み込んでくる。
あの泣き虫小僧が、と思わなくもないが、気が付けばその小僧はとうに三十歳を過ぎていたのだ。
 何時までも兄貴面をしている自分も、既に四十を過ぎているのだという事を思い出す。肉体が若さを維持し続けていると、どうしても自分の年齢を忘れそうになるのだ。

 「それはそうだ。いつまでたっても小僧なら、俺はずっとお前のケツを守ってやらなきゃいけなくなるからな。お前のケツを見るより、女の尻を眺めてた方がいい」

 「そうだな。僕も、女を抱いてはっきりとそれが分かったよ」

 「ぬかしやがる。一度だけだろうが」

 「一度だけで十分だよ」

 女を知ってから、この小僧――フランツは、自信がついたというより、一皮向けたように思えた。
昔は自分が見てやらねばと常々思っていたものだが、今では心配する方が迷惑というぐらいには、成長している。
 傭兵としてのランクも自分より、上になった。立派なものだと、感心はしている。

 「そのシスターとは、良いのか」

 「凄く」

 「羨ましい限りだよ」

 本心から、そう答えられる。女と言えば、自分はその場限りの関係しか求めていなかった。
フランツのように誰か一人を真摯に愛せる自信などなかったし、なにより家庭を持つという幸せを、自分が得ているという未来を想像できないのだ。
自分が想像できる先は、こうやって仲間と戯れ続けていて、自分が生きていれば仲間が死ぬのを見届けるという事だけだ。それ以外の未来など、考えてもいない。
 縛られたくはなかった。自由に、気ままに生きていたいと思っていた。例え、自由を望んだことが自分の死に繋がったとしても、後悔は無いと言い切れるほどに、願っていたのだ。
ビールを飲み干し、また新たなビールを注ぎながら思案する。今の自分はどうなっているのかと。まだ後悔は無いのかと言い切れるのかと。
 杯を揺らしがら、その波の変化を見つめていた。フランツは黙って酒を飲むだけだ。

 果たして、本当に自分は縛られるのが嫌いだったのだろうか。自問しても答えが返ってくるわけではない。
あの時の自分は本当に不幸だったのかと振り返るだけだ。そして、その行為はただ自分を傷つけるだけに過ぎない。
 過去を思い出したとしても、今更なのだ。懐かしさを感じても、戻れない。

 「女なんか、面倒だとしか思えんがな」

 「そうでもないよ。僕は、彼女がいるだけで生きようって気分になれるし」

 「お前が若いからだよ、小僧」

 これだ、とはがりにフランツが肩を竦める。軽く小突いてやろうかという気分にもなったが、タカネあたりに文句を言われるのが目に見えている。
それが分かっているから、フランツも軽く冗談を飛ばしてきたのだろう。憎らしいが、これくらいは読めてもらえねば"リーダー"としては相応しくないというものだ。
 冗談を言い合い酒を飲みながらも、フランツが持っていた紙に書いたリストを広げた。自分は、これはと思った人物に印をつけていく。勿論人材の引き抜きや、今度のデートのお相手を探しているわけではない。
ベテランとされて、なおかつ生き残っていくためにはこういう狡い所もしていかなければならないという事だけだ。リストに載っている人物については、じっくりと調べている。
 お世辞にも、自分は実力に優れているとは言えない。ヤクトヴォルフの中でも最低のランクであるのは周知の事実だ。生き残ってきたのは実力だけではない。ベテランと呼ばれるようにまで生き残ったのは、狡かったからだ。
相手の情報を出来るだけ調べ上げ、危険な相手なら出来るだけ有利な状況で戦う。自分の得意とする範囲で相手を始末する。味方を騙す事も検討に入れる。
手段を選ばない事が、自分の生き延びる術だった。信念や誇りなど、気が付けば捨てていた。

 リストをチェックするのは、つまるところ"危険人物"とした相手だ。≪ヤクトヴォルフ1≫と≪ヤクトヴォルフ2≫は例外として、自分と≪ヤクトヴォルフ3≫では相手によっては負ける事も多くあるだろう。
傭兵としての高い成功率は、腕前もそうだが、念入りな準備も含めているのだ。自分とフランツはそうだろう。エヴァルトとミッターは己の勘で判断しているが、あの二人は勘が異常なほど冴えているから問題がない。
下手に情報を伝えて判断させるよりも、勘だけで判断させた方がいいという男達もいるのだ。危険だとみれば、即座に撤退を決断できる冷静さも併せ持っている。
 フランツと自分は、どちらかといえば状況を分析した上での結果としての撤退を選ぶ。多くのミグラントはこちらに当て嵌まるだろう。
長生きのコツの一つとして、酒と女は確定だが、危険を察知する力というのも、間違いない。リストを眺めて、チェックするのも危険を回避するためだ。
 目を通していれば、大体のメンツは浮き上がってくる。端金で雇った多くの情報屋達の情報を重ね合わせ、ある程度二人でその情報を突き合わせて、正しいと思った物だけを残して書き残す。
こうするだけで、例え何人かが外れの情報を持ってきていたとしても、精度は増すのだ。信頼できる情報屋が見つからない限りは、しばらくはこのやり方でやろうとフランツと決めていた。
そして、リストの方へと目を移す。重なっているのが十数人。特に、この近辺での活動が顕著なものにさらに線を引き、引かれた人物達の名前を見ていく。デュフォーイーヴァンと続き、イエローシャークブラウ
 今の所、いずれも聞いた事がある名前しかいなかったが、特に興味を引いたのはその後の名前だった。

 「……ルルア・シーベント?」

 初めて見る名前だった。少なくとも、自分が持ってきていた情報の中にも何度か名前が出されたが、今まで聞いたことのない名前だ。
フランツが、頷きながら言葉を進めていく。自分はすっかり減ってしまっていた酒を、お互いのコップに注ぎ足した。

 「元政府軍、現在はバンガードに所属している。階級は少佐。戦場では戦争狂、辻斬り少佐、殲滅少佐だの酷い呼ばれ方をしていたらしいね。女性なのに」

 「そいつはすげぇな。女と聞いたらおったてたくなる俺の息子がまったく反応しない」

 「実物を見てもそうだろうね」

 「きっと見た目はスカーフェイスもびっくりな筋肉モリモリマッチョマンの変態女ってところか」

 フランツは首を振る。

 「見た目は、美しいらしいよ。残念な事に傷跡が台無しにしているらしいが」

 「なるほどね。クチサケみたいなもんか」

 「なんだい、それ?」

 「タカネからの受け売りだ、気にするな」

 フランツが怪訝な顔をするが、あいまいな笑顔でごまかした。女の効率のいい口説き方を、まさか女であるタカネから教わっているなどとは、知られたくはない。
元々女好きで手を出していたのだが、タカネからはロマンが足りないなどと散々に言われてしまったのだ。今の女は、そんな言葉で喜ばないとも。
教え方からして、からかわれているだけのような感じもするが、タカネが妙に楽しそうだから付き合っているだけだ。

 「ならいいけど。 ところでリーバス」

 気を取り直したように、フランツが質問をする。

 「白いACの出現が多いらしいけど、これはどこから仕入れたんだい」

 「ちょっとしたお気に入りさ。女の情報屋」

 何が気に入ってるのかと言われれば見た目と即答するが、あえて付け足すとするならば、今時珍しいほどの真面目さと堅物さも付け足す。何よりも気に入っているのは、実の所見た目よりも慎重さなのだが。

 「それよりも、デュフォーもこのあたりで動いてるってのはマジなのか?」

 「マジだね。関わりたくないけども」

 「奴さん、指導官にでもなっていれば天職だったろうにな。駄目な部分を即座に見抜いて指導してくれるぜ」

 「その指導がどんなものか、想像出来るのが嫌だけどね」

 互いに冗談を交えつつも、突き合わせた情報をまとめていく。今度の任務は大分慎重になった方が良さそうだと、自分もフランツも考えていたのだ。
不確定要素が多すぎるのだ。今度の依頼は古代兵器のデータが詰まっているポストの探索というわけだが、どうにも依頼主の情報は当てにならない。自分達で調べていても、胡散臭さが増すだけだ。
こういう時ほど、エヴァルトとグリフトの二人――どちらかがいればと痛切に思ってしまう。あの二人の勘があれば、この任務は楽だったはずだ。こちらが二人で出ているように、あちらも二人で出ているのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが、それでも考えてしまうのは無いものねだりと言った所か。
 一人で生きてきた頃に比べて、随分自分も甘くなったものだと自嘲したくもなる。何もかも自分でやるしかないと決めつけていたあの頃の自分は、若かったが、同時に鋭さも持っていたものだ。
他人に頼るという事もなく、自らの力だけで生きていこうと誓っていたものだが、いつのまにか仲間を作り、徒党を組んでいた。
 強引に連れていかれたようなものではあるが、自分もそれを受け入れていたのだから、文句は言えないだろう。
自分のような古いヒトが生きるのではなく、今を生きる人に引っ張られていく時代なのだから、古い自分もまた今の人間に引っ張られていくべきなのであろうも考えていた。
 今を生きている人間は、輝かしく見えるものだ。私見ではあるが、自分が気に入った男はどこまでも輝いている。
その輝きに魅せられて、自分はこの男達と組んでいるのだ。

 「奴については、最大まで警戒しておこう」

 どういう風に警戒しておくかとまでは言わなかった。あくまでも動いているというだけの噂であり、本当にデュフォーが来るかまでは分からないのだ。
来た場合、最大の障害となり得る。対応は、それぞれ頭の中で考えておけばいい。実際に事を動かす際にどれだけ選択があるかが重要だった。

 「他にも、注意するべき人物は一杯いるけどね」

 「依頼主にもだがな。いまいち読めん。ラインライブズってのはいくつかの派閥があると聞いていたが」

 依頼主である、ラインライブズはバンガードに比べれば遥かに小さな組織ではあるが、他のミグラントに比べれば規模はそこそこに大きいといってもいい組織だった。
何度か依頼は受けたことがあるが、いずれも情報もやることもはっきりとしていて、支援も確約していたのだ。だから、自分達もお得意様として、依頼が来れば基本的には請け負っていた。
 今回だけが、きな臭いのだ。依頼人も、いつもの無愛想な女ではなく、意志の強そうな目と、がっしりとした顎の男からだった。傍から見れば、軍人としか思えない――というよりは、元々は軍人であったであろう男からの依頼。
受けるかどうか迷ったのだが、自分は請け負い、タカネとフランツも同意した。危険度はAとされていて、その分の報酬も莫大だったが、なによりも大きかったのは無事な状態で発掘されたLR-81 KARASAWAを提供するというところだ。
 以前はフランツも持っていたのだが、とある若造と交戦した際に破壊されてしまっていたのだ。常々新しく手に入れたいと思っている最中、一本だけとはいえ提供されるのは実にありがたい報酬ではある。

 「報酬は十分だし、リスクも把握はしていたけど、ここまでとは思ってなかったのが誤算だよね」

 「俺達も甘くなったか」

 「なんとかなると思ったから引き受けたんだ。それは、リーバスもだろ?」

 その通りだった。何度もきな臭い依頼を受けてきたし、裏切りにもあった。死ぬかもしれないと思った時もあった。
全てを乗り越えてきたからこそ、今の自分達が存在し、糧にしてきたからこそ、今の名声がある。

 「これを乗り越えれば、また一つ俺たちの価値が上がるか。『傭兵』としての名もな」

 「死なないのが前提ではあるけどね」

 「死ぬのを考える馬鹿はいないさ」

 それもそうかとフランツが笑い、自分も釣られて笑い出す。

 「若い奴等を、見習ってみるか」

 「若い奴等ね。僕達も煮え湯を随分と飲まされたな」

 フランツが、懐かしそうに口を開く。

 「あの若造の事か?」

 「それもだけど、エヴァルトの件もね」

 確かに、あの一件は自分達には驚きだったものだ。半信半疑ではあったが、エヴァルト自身が言ったのだから間違いない。
敗けたとエヴァルトは言ったのだ。実力がというわけではなく、任務を成功するか失敗するかで負けたとエヴァルトは断言した。
 エヴァルトが負けを認めるなど滅多にない。そもそもエヴァルトが負けるという考えすら、自分達には無かったのだ。あの男だけは、別格だったと言ってもいい。
長く共にしてきたが、エヴァルトがいる依頼で失敗した事は殆ど無かった。無論、殆ど無いだけではあったが、直接戦闘して、エヴァルトに退くべきだと判断させたのは、自分が共にした中では数えるほどしかない。
 ブラウというDランクの傭兵が、Sランクである≪ヤクトヴォルフ1≫を退かせたというのは、ブラウの今後の査定に大きく作用したはずだ。
Sランクともなれば、機体の相性の差など軽々と踏み越えて戦果を叩き出す化物達の集まりである。
 機体の相性は致命的とも言えるものだ。腕前だけでいうなら≪ヤクトヴォルフ2≫も――フランツも相当な腕だが、相性を完全にひっくり返すというのは難しい。
無論、相性の差をどうにかできる腕前ではあるのだが、相性が悪いのを無視して圧倒するという芸当は出来はしない。

 「俺には、まだ信じられんよ」

 「僕もだけど、エヴァルト本人が言うんだし間違いないさ。嬉しそうだったけどね」

 「アイツからしたら有望なのが二人も出てきたってところだからな」

 強敵との戦いを望むという古臭い思考を持つのがエヴァルトの困った所ではあるが、また良い所でもある。
事実それで勝っているのだから、大した男だという感想しか出てこない。強敵を求めていき、打ち破っていき、自らを鍛えていく姿は求道者にすら思える。
 強敵の出現こそ、あの男の望みであり、喜びなのだろう。自分達がいなければ、他のSランクにすら喜んで挑み掛かっていくような男に違いない。

 「時代が流れていくのは早いもんだ」

 「僕達の時より、いや、リーバスの時代よりもよほど早いかもしれないね」

 「同感だ。次々に新しく力を持った奴が出てくる」

 時代の流れは、この時代になってから余計に早くなっている気がする。バンガードの一強状態のようにも思えるが、実際は他の勢力も力を伸ばしていっている。
ここからどうなるか、流れに流されてみなければ分からない。今回の依頼も、その流れの一部なのかもしれないと考えれば悪くはない気がしてきた。
 これだけ危険な依頼であり、重要なモノ――古代兵器のデータを持ったポストがいまだに存在しているというのならば、他の嗅ぎつけた連中もやってくるだろう。
何度考えても、極めて危険性の高い、賭けにも近い依頼である事には違いない。綿密な打ち合わせをしていても、対応できない場合が出てくるかしれない。
 リスクを減らす手段は講じて、事前に準備もしていくが、実際はどう転ぶかもはっきりとしないのだ。
それだけに、生き残り、ミッションを成功させれば報酬は莫大なものであり、名声も手に入る。エヴァルトが――自分達が目指している場所に、また一歩近づける。
 フランツはどうかは知らないが、自分自身は別に依頼を失敗しても良いとは考えていた。これだけ大きな依頼であり、データも重要なものがあるのならば、情報も多く手に入る。
古代兵器のデータがあるというのが、確認できるだけでも十分に大きいのだ。どういうものか、またどのような場所にありそうなのか。もしも他に依頼を受けているものがいればどこからの差し金か。
 依頼が失敗したとしても、多くの情報が手に入れば武器になり得る。商品として売ってやってもいい。いずれにせよ生き残り、最低限の物さえ得れば、ローリスクの時に離脱しても構わない。

――手段はいくらでもある。

 手に入れた情報は、あの娘にでも売ってやればいい。どこか頭が固く、こっちの発言に呆れ返ったり、駄目出しをしてくるあの小娘に送ってやれば喜ぶだろう。

 「ま、俺達は時代に乗り遅れないようにしよう。面白くなってきたからな」

 「僕は死なないようにしたいね。幸せを掴んだばかりなんだ」

 「そういう奴ほど、早く死ぬ。あんまり戦場で嫁の名を呼ぶなよ」

 「気を付けることにするよ」

 フランツが差し出した酒を、グラスで受ける。
しばらく自分は、目を閉じて、酒が注がれる音だけに集中した。

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ニーベル 小説
最終更新:2013年11月20日 21:04