ACやMT、各種の戦闘車両が並ぶ格納庫は、深夜にもかかわらず慌しく活動していた。その中心に、走り回る兵士や整備員、フォークリフトや燃料車へ矢継ぎ早に指示を怒鳴る男の姿があった。男は伝令が渡していく走り書きで埋まったメモとインカムからもたらされる報告を元に、整備隊長として最善を尽くしているのだ。
「《ミーリ》と《ペトリャコフ》は一号装備! C-2リフトに回せ! 《シンケル》は──D区画、リフト一基空けろ! 五分で──」
彼は不意に言葉を切り、混乱の中を断ち割るように歩いてくる男を睨みつけた。インカムのスイッチを切る。
「……」
男は決して長身でもなければ必要以上に筋肉質というわけでもなかったが、明らかに周囲を圧倒する何かをまとっていた。行き交う人々はまずその何かを感じて目を上げ、続いて男が誰であるかに気付くと慌てて進路を変更し、あるいは立ち止まって敬礼した。
「俺に何の用だ、《大佐》」
二人の男は2mほどの距離を置いて対峙した。《バンガード》の支配者である《大佐》に対し、この格納庫の主人である
コンラート・グリエフは敬礼すらしなかった。だが《大佐》は気にする風もなく、まるで天気の話でもするような調子で口を開いた。
「グリエフ少佐、《ビッグ・ダディ》の出撃準備をさせておけ」
「何だと? あんたまで出るのか」
「手が足りん。どうしても必要だ」
「……使うのか?」
「使わねばならん。完全な状態にしておけ」
「念のために聞いておくが、街中で撃つなんて事は──」
「ない。相手は外にいる」
「ああそうかい。だが一つ言っておくぞ、いつまでもあんなものに頼るなんて正気の沙汰じゃない。わかっているのか」
「私もそう思うが、正気で戦争はできん」
コンラートは苦々しげに顔をしかめ、わざとらしく鼻を鳴らした。
「用意ができたら連絡する。それまでよそへ行っててくれ。仕事の邪魔だ」
「ああ、早めにな」
《大佐》は踵を返し、再び混乱を断ち割りながら去っていった。コンラートはその背中が消えるまで睨み続け、それからようやくインカムのスイッチを入れ直した。《ビッグ・ダディ》の出撃に必要な指示を出し、滞りかけている他の作業に対していくつかの命令を送る。身振りを交えて指示を怒鳴りながら、彼は頭の片隅で考えていた──あの男は、いつか己の身を滅ぼすだろうと。
「十五分ですか。早かったですね」
「ええ、まあ。しかし《ウォーハート》の状態は……」
「仕方ありませんよ。あれは私の責任ですから」
鎮月とコルヴスは、夜間照明の下で《ストーク》に固定されつつあるそれぞれの乗機を眺めながら待っていた。《鳳》はほとんど損耗がなかったため弾薬の補充と簡単な補修だけが行われた状態だが、その一方で《ウォーハート》はコアと右腕、それに頭部が換装されていた。シルエットはほとんど変わらない──大型スキャナ・ユニットを持たず、重装甲化された頭部が異なる程度だ──が、カラーリングは黒色ではなく《バンガード》標準の赤だ。下半身と左腕は元のままであるため、赤と黒がちぐはぐになっている。
そして──投げ出され、あるいは叩き潰された武装はそのすべてがあり合わせのもので補われていた。
「機体バランスの変化は概ね予想がつきます。大丈夫ですよ、こういう事は初めてではありません」
「中佐……すみません、俺が……」
「深追いしなかったのは正しい判断でした」
「は?」
コルヴスが振り向くと、冷たい夜風の中で鎮月はどこか遠くを見ていた。視線に気付くと、彼女は困ったような微笑を浮かべた。
「あの時点での目標は都市の防衛であって、彼らの撃滅ではありませんでした。無論、撃滅できた方がいいのは確かですが、それ以上に戦力を失ってはならなかった──あれは私の失態です」
「しかし、《ジョック》の野郎があんな事をやるなんて誰に予想できます? あいつの邪魔さえなけりゃ、《ゼノンオルガ》だって──」
「結果が、すべてです」
静かに、しかし断ち切るように鎮月が言った。コルヴスは数拍の間言葉を継げずにいた──そして、その沈黙は機体の固定が終わった事を知らせるアナウンスによって破られた。
「行きましょう。急がなければ」
「諒解!」
砂丘の間を華麗に飛び回る《ベルメール》は、しかし少しずつ装甲に傷跡を加えられていった。多くの場合、ACはMTやその他の兵器に対して圧倒的な性能を誇る──だが、相手が被害を省みず、充分な防御縦深と戦力を用意していれば話は別だ。
「ACが出てきていないのは救いかしらね……」
肝心の巨大兵器には大して接近できていない。右のハンガーアームに吊るされた狙撃銃ならば射程内と言えるだろうが、火力があまりにも不足している。《ベルメール》の攻撃力は二振りのレーザーブレード、《ムーンライト》に全面的に依存しており、目標に接近しない事にはその能力を発揮できないのだ。リュゼは焦れていた。
不意に、閃光が《ベルメール》を包んだ。
「フラッシュロケット!?」
FCSが機能不全を起こし、本能的に危険を察知したリュゼは機体を無理に跳躍させた。直後、散弾の殴打が《ベルメール》の右半身を直撃し、ハンガーに固定された狙撃銃と肩部のミサイルランチャーを破壊した。小爆発が起こり、《ベルメール》の姿勢が傾ぐ。
「……!」
彼女は砂地へ突っ込みかかる愛機を危ういところで立て直し、片脚を軸に反転、後側面からの襲撃者と正対する。FCSはエラーを叫び続けているが、レーザーブレードを叩きつけるだけなら大した問題ではない。問題は、相手が何者かという事だ。
ショットガンを両手に携えて着地したACは、濁った夜闇の下ですらその汚濁が見て取れるほど酸鼻な代物だった。彼女はその機体をよく知っていた──いや、《バンガード》の人間であれば知らないものはほとんどいないだろう。《マカイロドゥス》、もっぱら《
ノマドの人食い虎》と恐れられるACだ。開放回線がノイズ交じりの音声を発した。
「失せろ、女」
二言だけを吐き捨てると、声の主はショットガンを持ち上げ、《ベルメール》へ真っ直ぐに向けた。リュゼは歯軋りを堪え、努めて冷静に相対距離を測った。「女」と呼んだという事は、相手は自分を知っているという事だ。スキャナで機体データを照合したのだろうが……手の内を知られ、敵の只中で単独行動を続けるのはもはや自殺行為だ。だが、ここで引き下がればあの巨大兵器は間違いなく《バンガード》に牙を剥く。何か、打開策を──
「ルナール中佐、そのまま」
先程の散弾とは比較にならない程の弾雨が、横殴りに《マカイロドゥス》へ降り注いだ。砂上、あるいは装甲の上で炸裂する閃光が意味するものは、大量のHEATロケットだ。《ベルメール》の付近にも流れ弾が落ちてくる。
「その声……シヅキ中佐?」
「はい」
相対する二機のACとはやや離れた位置、暗闇に紛れて低空を接近しつつあった二機の《ストーク》がそれぞれに懸架していたACを切り離し、離脱していく。《ウォーハート》は吊り下げられたままの状態でHEATロケットを発射したのだ。撃ち尽くされたロケット弾は砂塵を巻き上げ、互いの状況把握を一時的に妨げていた。リュゼは機体を後退させ、増援と合流した。
「今の一撃だけで片がつく相手とは思えませんわね」
「一時的にでも後退させられれば充分です。ルナール中佐、戦闘の続行は可能ですか?」
「あら、私を誰だと思って?」
「では適宜、掩護を」
「残念ですけど、今の装備では無理ですわ。突入ならばお任せあれ」
「諒解。──IRに感あり、警戒してください」
「《ベルメール》、諒解」
「《鳳》、諒解──と、あれか」
薄れゆく砂煙を透かし、ACの姿が全機のスキャナに映った。あれほどの砲撃を──それも不意討ちだ──受けたにも関わらず、その損傷は軽微なものに留まっていた。しかし、両手のショットガンは破損したのか投棄され、HEATパイルとバトルライフルに持ち替えられていた。再び、開放回線が音声を発する。
「若僧、その女どもを連れて失せろ」
先程よりはまともなセンテンスをなしてはいたが、錆びついたような音声は変わらない。そして、明らかに三機の《バンガード》所属ACと搭乗者を知悉しており──軽蔑していた。
「大したミソジニストですこと。“女ども”ですって?」
「あの野郎、なんて失礼な──」
「《ウォーハート》より各機。《鳳》は距離を維持しつつ正面の敵に対処してください。《ベルメール》は側面へ、機を見て攻撃を」
「──っと、諒解!」
「諒解。……シヅキ中佐、時々思いますけど、あなたって腹立たしいほど冷静ですわね」
「……私は周辺警戒及び交戦、可能であればそちらの掩護を行います」
鎮月の音声が切れると同時に、三機のACは散開した。それを待っていたかのように、周囲から集まって包囲網を形成しつつあったMTや戦闘車両が砲火を放ち、辺りは瞬く間に焔と閃光に彩られた。
巻き起こる轟音の中、コルヴスはノイズにまみれた声を聞いた。
「たかが犬の三頭ごときで、俺を喰い殺せると思うてか。死ね、狗肉」
真っ直ぐに迫り来る錆鉄の虎に、彼は本能が打ち鳴らす警鐘を抑え込み、歯を食いしばって身構えた。
最終更新:2012年12月31日 19:32