難易度 |
C |
依頼主 |
OVA |
作戦領域 |
BURIED FACILITY(資源基地) |
敵対勢力 |
バンガード・非正規部隊 |
敵戦力 |
AC《マーヴェット》、戦車×6、ミサイル車両×5 |
作戦目標 |
敵ACの撃退または撃破 |
特記事項 |
夜間作戦、AC撃破で報酬加算 |
レイアウト調節用 |
我々が保有する資源基地がバンガードに占拠された。 車両型AC《マーヴェット》の機影が確認されている。 これを撃退または撃破し、施設を奪回してほしい。 視界不良の夜間作戦となる。伏兵には気をつけてくれ。 |
Order Mission No.32 (case2)
『―――貴様は俺を殺せるか。 俺の歩みを、止めてくれるか』
空から降り立った人型が、青白い焔の尾を引き、夜の帳を切り裂きながら資源基地へと迫っていく。
それを受けて、広漠たる砂漠を背景にして立つ資源基地側も動きを見せていた。
敷地内に並んだ幾つもの燃料タンクやパイプライン。その陰に身を隠すようにして配置されていた数台の戦闘車両から、複数のミサイルが撃ち上げられ、白煙の尾を棚引かせながら、迫り来る青白い焔へと向かって飛んでいく。
迎撃の動きを受けて、青白い焔は二つに分離した。飛来するミサイルに対して、各々が回避運動を行ったのだ。
目標を捉え損ねたミサイルが砂漠に落下し、巻き起こった炎と鉄の旋風が砂塵を掻き分ける。
一際強く煌めいた焔の朱が、青白い焔を従えながら迫る者たちのシルエットを、闇夜の中から一瞬だけ浮かび上がらせた。
ACだ。
接近する二つの機影のうち、先行するのは鳥のような逆関節の脚部を有するACだった。
続く機影は四本の脚を生やし、砂漠に溶け込むような錆色に彩られている。
二機のACが描く楕円の軌道が、資源基地へと伸びていく。
『―――さぁ、派手に愛し合おうぜ、ダーリン』
資源基地にて二機を待ち受ける車両型AC《マーヴェット》から、オープンチャンネルで語りかけてくる男の声があった。
これに対して逆関節型のAC《ドレイクV-03》を駆る女ミグラント、
ショートテイルが反応を示す。
「うら若き乙女に向かって、おまえ……! こともあろうに、ダーリンとは何事だっちゃ!」
ぎゃあぎゃあと喧しい返礼に《マーヴェット》を駆る
フェオは、僅かに眉をひそめる。
「ていうかダーリン……愛し合おうぜ? ……ホモかっ!?」
喚いていたショートテイルは、目の前にあるモニターの脇に、小さなウィンドウがホップアップしてきたのを見た。
ウィンドウのフレームに記された文字は《friend01》。
続けてそのウィンドウが明滅して自己主張をするのに合わせて音声が流れてきた。
「ショートテイル」
呼び掛ける声はオープンチャンネルではなく、予め暗号設定しておいた、僚機同士の通信にのみ用いられる秘匿回線によるものだった。
表示されたウィンドウは音声通話のインターフェースはもちろん、テキストチャットやデータの送受信機能も持ち合わせている。
ショートテイルは外部スピーカーを待機状態へと切り替えてから返答した。
「あ、メリるん? あいつヤバいっちゃ! 性癖的な意味で!」
「……面倒くさいから無視していいかな? いいよね?」
一拍をおいて返ってきたのは、こちらも年若い女性の声だった。
声の主である
メリアドール・ベルベニアは、ショートテイルが押し黙ったのを確認してから、言葉を続ける。
「さっきのミサイル攻撃で分かったと思うけど、敵はACの他にも複数いるみたいなの。 だから―――」
「分かったっちゃ! あのACは一旦無視して、先に他のザコを叩くっちゃね!」
「いいや、違う」
危うく勇み足を踏みそうになったショートテイルに、メリアドールは慌てて言葉を挟み込む。
そして語気を強めて、こう言った。
「多分それが敵の狙い! 私たちが分散して隠れた敵を探している間に、背後からズドンとかますつもりだわ。
車両型ACの火力なんて、まともに叩き込まれでもしたら一発でジャンクにされる」
「じゃあウチが飛び上がって空中から敵を見つければ―――」
ショートテイルにしては珍しい、逆間接型ACの機体特性である上昇能力の高さを活かした合理的な提案だったが、
「それはダメ! 身動きの取れない空中なんて、それこそ敵から見たら格好の的だよ」
即座に否定されてしまった。
「うぅ……じゃあ、どうするっちゃ!?」
若干凹んだ様子の見て取れるショートテイル。
「周りの敵は私がやる。 こっちはUAV積んでいるから、隠れている敵の位置も掴みやすいしね。
だからショートテイルにはその間、敵の火力を引き付けておいてほしいの……できる?」
最後に付け加えられた一言が、ショートテイルの内にあるナニかを揺さぶった。
「ン~フッフッフ~」
返答はなぜか鼻歌交じりだった。
「―――ところでメリるん、一つ確認していいっちゃ?」
「なに?」
「時間稼ぎは了解したっちゃ。 けど……別にアレを倒してしまっても、構わないっちゃね?」
―――あぁ、まただ、と。
メリアドールは自然と額に手を当てていた。
さっきショートテイルが言った言葉。あれはとあるアニメのセリフを引用したものだ。
つまるところショートテイルの、いつもの病気が発現してしまったのだ。
けれども、
「―――上等! じゃあいくよ!」
返答としては申し分ないと、メリアドールは思っていた。
さっきのセリフはショートテイルの言動としては実に平均的なものだからだ。
その言動から突飛な印象にばかり目が行きがちだが、少しだけ視点を変えてみればなんてことはない。
本格的な戦闘開始が差し迫ったこの状況下でも、ショートテイルが平静であり続けているということの裏付けに他ならないのだから。
■
OVA資源基地奪還作戦より遡ること数日前。
第9領域「イル・シャロム」にて。
《
駒鳥の憩い亭》。
第9領域最大の都市であるイル・シャロムの一角。河川沿いのビル街に建つ巨大な高級ホテル
《ブルーローズ》を基点として、西へ二百メートルほど離れた地点に所在する雑居ビルの一階に、そのカフェレストは居を構えていた。
店はバンガードによる統治以前から続く老舗であり、煉瓦造りの壁面が車両の排気と、年経た年月とによる色合いを、表面に薄黒く染み込ませている。
近くに所在するホテルの高級路線とは対照的な、大衆向けの手頃な値段設定。料理は日によって評価が分かれるが、コーヒーは美味いともっぱらの評判。
それでいて小洒落た店構えから、幅広い客層の根強い支持を集めている。
《駒鳥の憩い亭》は日頃から人種、性別、年齢、様々な客で入り乱れているが、表通り沿いのオープンテラスの賑わいとは対照的に、店内は客の入りが疎らだった。
今しがた代金を支払って店を出て行った二人組の男性客の他には、客席は四人がけのテーブルが一卓埋まっているだけである。
その四人がけのテーブルにしても、座っているのは女性客が二人だけ。
一人は明るい蓬色の髪を投げ出すようにしてテーブル上に突っ伏しており、卓上に押しつけられた豊かな胸の双丘がたわんで、体側にまではみ出している。
もう一人は頬杖を突いて、外の路地を行く人の流れを無感想に眺めていた。
ときおり対面で突っ伏している女性(の主に胸元)へ目を向けては、自身のスレンダーな肢体に視線を落とし、ため息を一つ。
栗色の髪の毛によって遮られているものの、どんな表情をしているのかは容易に想像が付く。
そして目の前の現実から目を逸らすように、再び路地のほうを眺めはじめる……といった具合だ。
両者を中心に、ぐったりとした停滞感が周囲に漂っている。
「―――ちょいといいかな、お嬢さん方?」
男の声と共に、ぬっとした気配がテーブルの側に現れた。
女性たちが顔を向けるよりも早く男は動きを見せており、テーブルには既に新たなグラスが二つ置かれていた。
水滴のしたたるグラスを満たすのは、黒々としながらも澄んだ透明度のある液体。
四角くカットされた氷が黒い液体の中に沈み、涼しげな音をたててグラスの中を転がっている。
続けて男は、空になっていた二つのコーヒーカップをテーブルから取り上げて、左手に持ったトレーに戻し始めた。
ややあって、栗色の髪の女性が困惑しながら口を開く。
「あの、頼んでませんけど……?」
見上げてくる女性二人の視線を受け止めた男は、満足そうに口元をニッと歪めた。
「いつもご贔屓にしてくれるお嬢さん方に、当店からのサービスだ。 アイスコーヒーだけど良いよな? ミルクとガムシロップは横の、ほれ、その木箱に入っている。 適当に使ってくれ」
「良いんですか?」
「他に客は居ないからな、気にしなさんな」
言うなり男はガチャガチャと、トレーに戻したコーヒーカップを中心に寄せて整えた。
「そういうことなら、遠慮なく」
さして遠慮する様子もなく、ストローを口に咥えてアイスコーヒーを啜り始める蓬色の髪の女性。
深炒りされたコーヒー豆がもたらす、さっぱりとした程よい苦味と冷たさが全身に行き渡り、頭も冴えてくるように感じていた。
その様子を見ていたもう一人の女性も、男に軽く会釈してからストローへと口付ける。
ひんやりとした感触と口内に広がる苦味は、喉越しの良さと相まって、倦怠感を吹き飛ばすかのような爽快な感覚を二人にもたらしていた。
そのまま目蓋を下ろして、ひとときの清涼感に陶酔する。
そして再び瞼を開いたとき、男はまだテーブルの前に立ち、二人をじっと見下ろしていた。
蓬色の髪の女性もそれに気付き、グラスに落としていた視線を上げる。
「あの……まだ、なにか?」
そう口にしたものの栗色の髪の女性は、やや失礼な言い回しだなと思った。
「いや、なに」
ははっ、と。
男は極めて気軽に笑い、そして言った。
「―――あんたら、傭兵だろう?」
背筋に氷柱を突き刺されたような、ゾッとした感覚が体を突き抜ける。
二人の女性の表情は、それまでの柔らかなものから、一息に険しいものへと変化し、困惑と男への警戒感とが露わになる。
「……どういう意味です?」
幾何かの間を置いてから行われた、栗色の髪の女性の問い返しには、二つの意味が込められていた。
一つは、なぜ自分たちが傭兵だと分かったのか。
そしてもう一つは、なぜ“今”そのような問い掛けを行ってきたのか、という意味である。
問いに対する問い返しではあったが、男は顔色一つ変えずに、それが意図するところを察した。
「そう怖い顔をしないでくれよ。
けどまぁ、こっちの問い掛けへの答えとしちゃあ、それだけで十分だな。 縮み上がっちまいそうだ」
男は戯けてみせた。
そして、もう一つの問いに対する答えを思案する。
「どういう意味。 意味か……そうだなぁ」
男はトレーを乗せていない方の手を顎へとやり揉みしだく。
「こちとら客商売だからなぁ。
長いこと店やってると、そりゃあ色んな客が来る。 だからそのうち、客がどんな人間か、自然と分かるようになっちまうのさ。
―――つまりは、そういうことだ」
なんてことはない風を全面に押し出した男の物言いだったが、栗色の髪の女性は、その先に未だ潜んだ答えを責付かす。
「それだけ、ですか?」
「いいや」
察した男も即答する。
「お嬢さん方に話しかけた目的は、もちろん別にある」
軽薄な物言いとは裏腹に、男の言葉には有無を言わさない凄みが含まれていた。
ここからが本番だ、と。
事実、蓬色の髪をした女性は、この問答が始まってからというもの、微動だにできていなかった。
それが場の雰囲気に気圧されてのものか、ただ単に話の内容を掴み切れていないだけなのか、正確に理解しているのは相方の女性だけだったのだが。
「一つ儲け話があるんだが……どうだ。 聞いてみる気はないか?」
栗色の髪の女性にとって、男の提案はもはや断れようはずのないものになっていた。
■
「あー……、やっぱり受けるんじゃなかったかも、この仕事……」
メリアドールはミッションに先立ってのやり取りを思い出してぼやいた。
上空に打ち上げたUAVから得られる情報と、リコンによる索敵とを連動させて、首尾良くミサイル搭載車両を破壊し尽くしたものの、作戦は順調とは程遠い状況にあった。
「―――メリるん! 早よ、早よ助けてっ! しぬっ!!」
何よりも戦況が悪い。
スピーカーからはショートテイルの悲痛な叫び声が、ずっと垂れ流し状態だった。
あわよくば撃破してみせる―――そんなことを言っていたのは、いったいどの口だったか。
ともあれ、こちらがミサイル支援車両を潰して回る間、ずっと敵ACの囮役を引き受け続けていたのだから、そこは大したものであると言わざるをえない。
敵は凄腕だった。
《マーヴェット》が形成する凄まじい火線をに晒され続けていたショートテイルの《ドレイクV-03》は、致命打こそ避け続けていたものの、既に五体満足とは呼べない状況にあった。
被弾によって機体のそこかしこの塗装が剥離し、または外装が脱落しかけている部位もある。
「確かにお金は大事だけどさぁ。 命あっての物種だし、ね―――!」
フットペダルを踏みつけてブーストドライブ。
《ウォーブラー》が背部から爆発的な光と推力を生み出し、建物の隙間を縫うようにして飛び出していった。
被弾によるダメージで、機体の各所から煙を噴いている《ドレイクV-03》は、それでも《マーヴェット》に近接格闘戦を試みようとしていた。
各部のフレームが耳障りな軋み音をあげる中、《ドレイクV-03》を駆るショートテイルの心は一心に固まっていた。
必殺のパイルバンカーを叩き込んで、この形勢を一気に逆転するつもりだったのだ。
パイルバンカーは、これまでにも数々の窮地を一撃必殺のもとに覆してきた装備。それ故にショートテイルが寄せる信頼と感慨は深いものがある。
過去には《マーヴェット》に比肩しうる重装甲機だって撃破して退けたこともあるのだ。
その経験がショートテイルの攻勢を精神的に後押ししていた。
「いくっちゃ!!」
サブアームからパイルバンカーを選択し右腕に装着。そして左腕に把持したショットガンを乱射しながらブーストダッシュ。
有効射程を超えた距離から撃ち放たれた散弾の群れが、緩やかな弧の軌道を描きながら《マーヴェット》側面の装甲板を叩き付けたが、機体を駆るフェオは低威力のそれを全く意に介さず超信地旋回を実施。続く散弾の第二射を正面装甲で受け止めた。
このとき唯一の優位である機動性を活かして、死角となる背後から攻め立ててきた《ドレイクV-03》を、《マーヴェット》は真正面に捉えたのだ。
モニターの薄明りのみが照らすコクピットの中、ターゲットサイトのレティクル(照星)を睨み付けていたフェオがほくそ笑んだ。それとは対照的に顔を引き攣らせるショートテイル。
ターゲットのロックオンを告げる電子音がピピ…ッと鳴る。
『追いつけないなら、無理して追いかけるこたぁない。
こっちに誘き寄せれりゃあ、それでいいんだ。 ……ざまぁねえよ、お前さん』
《マーヴェット》が両腕の砲を持ち上げる。
連射型スナイパーキャノンの銃口が狙い違わず《ドレイクV-03》を捉えていた。
ターゲットサイトのレティクルは、《ドレイクV-03》の操縦席が存在するコアユニットの中央に合わせられている。
『あばy―――ぉッ!?』
よ、とフェオは続けることができなかった。
激しい衝撃で視界がブレる。警告音と対ショック姿勢が間に合わなければ、舌を噛み千切っていたかもしれない。
フェオは今まさに引き絞ろうとしていた射撃トリガーに掛けた指を離していた。
射線を外されたことを瞬時に判断し、弾の無駄撃ちという愚行を防ぐためだった。
同時にグライドブーストを起動させ、その場からの緊急離脱を図る。機体の安全と攻撃距離の優位を確保するために。
『焦りすぎたか……こっちには、その必要もねぇってのにな』
フェオは去り際に、前脚を突き出した格好の四脚型ACを見た。
グライドブーストで離脱するフェオは、先の衝撃の正体が四脚型ACのブーストチャージであることを目視で確認し、一考をすると、強化コンクリート上を滑空する《マーヴェット》を燃料タンクの影へと滑り込ませた。
コンマ数秒と待たずして、四脚型ACから追撃に放たれた数発のライフル弾が、中身の抜けた燃料タンクの壁面に突き刺さる。
「だいじょうぶ?」
「生きた心地がしなかったっちゃ……」
敵ACが物陰に引っ込んだのを確認して、メリアドールはとりあえず安堵した。
モニターの端に映った顔面蒼白のショートテイルに外傷が無いことを安心すると、敵機が姿を隠したこの僅かな隙を使って、《ウォーブラー》のコンディションチェックを行う。
咄嗟の判断で不意打ちのブーストチャージを食らわせてみたものの、相手は重装甲と最重量を誇る化け物級の機体。
《ウォーブラー》の四脚が衝撃に強い比較的堅牢な構造をしているとはいえ、関節部分には異常をきたしているかもしれない。
主脚の異常は機動力の低下に直結する問題だ。
それに動作の精度が求められるのは、なにも
回収屋稼業をこなす時だけとは限らない。
「よかった、取り敢えずエラーは吐いてない」
メリアドールがほっと一息ついたのも束の間だった。
資源基地のそこかしこで爆音のような駆動音があがり、次いで無限軌道が強化コンクリートの地面を踏み均す振動が伝わってきた。
車両型ACである《マーヴェット》のものではない。
それよりももっと小さい何かが。それも複数で―――
「戦車ぁ?!」
メリアドールは叫んでいた。
《ドレイクV-03》と《ウォーブラー》を取り囲むようにして、燃料タンクやパイプラインの陰から、複数台の戦車が姿を現したのだ。
オリーブドラブの塗色を施されたそれらの戦車が、彼我の距離を保ちながら、二機のACに滑空砲の照準を合わせる。
都合六門の滑空砲を突き付けられた二機のACは、それに対応する動きとして、手にした火器の銃口を戦車側にそれぞれ向けようとした―――が、遅かった。
一歩先んじて開始された戦車の砲撃によって、二人のACは飛び退いての回避運動を強いられる。
二対一のAC戦に推移したはずの戦場は、突如出現した戦車たちよって、再び乱戦模様へと転じていく。
「あの戦車どこに隠れていたっちゃ!?」
「たぶん断熱布か何かを被せて、カモフラージュしていたんだと思う。 ごめん、見落としてた……ッ!」
メリアドールは悔しさに下唇を噛んだ。
先ほどミサイル搭載車両を壊して回った際には、センサー類は戦車の存在を全く感知していなかった。
恐らくは相当前から動力源を完全にダウンさせて周囲に溶け込み、ただの置物と化していたのだろう。
加えて夜間のため視界が限定されたこの状況下で、敵ACをショートテイルに任せて、ミサイル搭載車両の破壊を優先していたために、カモフラージュされた戦車を発見するには至らなかった。
ショートテイルの身を案じるばかりに気が急いて、焦りが生じたのだ。
他にも要因は様々考え付くが、今となってはどれもが言い訳にしかならない。
もっと注意深く周囲の状況を観察してさえいれば、伏兵の存在にだって気が付けたはずなのだ。
「―――突っ込んできたっちゃ!」
自責の念に駆られていたメリアドールの耳に、ショートテイルの叫びが飛び込んできた。
二機のACが身を隠していた物陰を目掛けて、二両の戦車が突出してきたのだ。
最短距離を突き進む戦車の速度からは、此方からの反撃を受けることへの躊躇など微塵も感じられない。
二人は遠慮無くトリガーを引き絞る。
「こいつら回避機動を取らないの……ッ!?」
敵は一直線に突っ込んでくる。
ライフル、バトルライフル、ハンドガン―――
二機のACから迎撃として撃ち放たれる多種多様な弾丸が装甲を捉え、穿ち、貫いて、すぐさま戦車は爆炎に包まれた。
「……?」
その時だった。
爆ぜる戦車を見つめていたメリアドールは、心中に何かが引っ掛かるのを感じた。
しかし何がそのように感じさせたのか?
疑問は漠然とした靄のように広がるばかりで、具体的な答えを得るには至らない。
「一両、抜けて来たっちゃよ!!」
ショートテイルの警告が意識下で行われていた思考の逡巡を断った。
先に突出してきた二両の戦車のうち、破壊を免れた一両が弾幕を掻い潜って接近を果たしたのだ。
滑空砲を備えた砲塔が回頭して、物陰に隠れていた二機のACを正面に捉える。
砲口を向けられた二機のACは、次にやってくるであろう砲撃に対して、それぞれ回避行動をとる。
《ドレイクV-03》は逆間接型の跳躍力を活かして上空へ、《ウォーブラー》は地を這うようにして九十度交差する別の遮蔽物へ。
「がぁぁーーーぁ!!」
通信から伝わってきた絶叫が、メリアドールの耳朶を叩いた。
メリアドールが空を振り仰ぐと《ドレイクV-03》の右腕部が、空を薙いで飛来した幾つもの弾雨に呑み込まれ、細切れになって千切れ飛んでいくのが見えた。
《ドレイクV-03》を駆る僚友の名前を、メリアドールは叫ぶ。
「喰えたのは腕一本だけ、か。
……どうせ同じ一本なら、脚が欲しかったもんだが」
右腕部と共に、それが扱う火器。つまりは敵ACの火力の半分をフェオは削ぎ落としていた。
しかしながら敵ACの些末な火力を奪うことよりも、フェオとしてはこちらと相対する際に致命的となる機動力にこそ欠損を与えておきたいと考えていたのだ。
「それにしても良い勘してやがる……偶然か? いや―――」
戦闘の初期から逃げの一手に徹していたとはいえ、幾度となくスナイパーキャノンの斉射をくぐり抜けてきた敵機のパイロットにフェオは思いを巡らせる。
自らを殺すに足る存在なのか、否か。
課せられたミッションなど、どうでもいい。実のところフェオの関心事は、そこにしか無かった。
「―――どっちでもいいか。 闘れば分かる。
さぁ、狩りの時間だ」
■
常闇の黒が空間を満たしていた。
常備灯の光は落とされ、空調すら止まった澱んだ空間の中に彼らは居た。
ときおり地上の資源基地で行われている戦闘の激しさが、震動として彼らの居る空間に壁伝いに響き、天上からぱらぱらと埃が落ちてくる。
彼らは待ち続けていた。
誰もが息を殺し、身の発する熱すらを潜め、言葉一つ漏らさない。
深い海の底にたたずむ貝のように、じっと待ち続けていた。
―――もうじきだ。
誰かが言った。
禁忌を破ったその誰かを、しかし咎める者はいない。
彼らの誰もが、その時が間近に迫っていることを認識していたからだ。
沈黙の中、暗闇に一点の小さな光が生じた。
散在する人々の輪郭がぼんやりとした光に照らされ、闇の中から幽鬼のように浮かび上がる。
皆は沈黙のまま、光の方向に視線を集中させた。
その淡い燐光は一台の通信機器のディスプレイから溢れ出たものだった。
指向性の電波を受信し、待機モードからアクティヴに切り替わったことを示す光りだ。
送られてきた通信は、彼らがずっと待ち続けていたものだった。
程無くして彼らは動き始めた。
窮屈に屈めていた体に力を込め、重くなっていた腰を持ち上げる。
解放された四肢の隅々にまで循環していく血流と共に、その意識付けも、より鮮明なものとして頭に焼き付けられていく。
全ては最初から予定されていたことなのだ。
■
ビープ音がけたたましく鳴り響いていた。
ディスプレイには警告を示すダイアログが幾つも立ち上がり、コックピット全体が赤いモノトーンに染め上げられている。
パイロットスーツに締め付けられて尚、乱れた呼吸に合わせて上下する胸。心臓が胸郭を激しく打ち付ける。
それらの身体的な反応を、意志の力で必死に押さえ込みながら、ショートテイルは空中に投げ出された機体の制御を実施。
四肢を連動させた動きで、強化コンクリートによって舗装された地面への着地を果たすと同時に、機体を遮蔽物となる建造物に隠し、敵機の位置を探る。
これら一連の動作は、一流の傭兵と比べても差し支えのない、素早い立て直しだった。
「あの戦車……!」
呪詛のように漏れた言葉は《マーヴェット》を指してのものではない。
無数に飛来した弾雨は、明らかに《マーヴェット》のスナイパーキャノンによる砲撃だった。
突撃してきた戦車によって空中に誘き出されたところを、狙い撃たれのだということは頭で理解していた。
右腕部を失うという痛手を負う原因となった戦車は、既にメリアドールの《ウォーブラー》によって退けられている。
しかし、そんなことで溜飲が下がろう筈もない。
自機のフレームが上げる悲しげな軋み音も、ショートテイルの心をひどく揺さぶった。
なによりも―――
(パイルバンカーが使えなくなった!!)
対《マーヴェット》戦における切り札と位置付けていた武装が失われたことにこそ、ショートテイルは最も動揺していた。
ラッキーパンチと評されることが多いとはいえ、これまで幾度となく戦果をもたらしてくれた必殺の装備が失われてしまったのだ。
同時に心中に抱き続けいていた、少なからぬ自負も打ち砕かれてしまった。
「どうすれば、いいちゃ……」
しかしながらショートテイルは、この程度でへこたれるような女ではなかった。言葉の端からは未だに生来のポジティブさが滲み出ている。
どうすれば、進めるのか。
当初の気勢こそ削がれたものの、その瞳に宿した光は、未だ濁りに沈んでいない。
それは彼女が勝利を諦めていないことの証でもあった。
「―――来るよ!」
僚友(メリアドール)の叫びが聞こえる。
「次は仕留めきってみせる……!」
慎重にと、自らに言い聞かせながらレティクルを敵戦車に合わせる。
突進してくる戦車は二両。先ほどと変わらず、此方との最短コースを突っ切ってくる。
右腕を兵装ごと喪失した僚機から満足のいく支援は望めない。
であればと、メリアドールは損傷の拡大を防ぐために、ここは敢えて僚機に待機することを指示し、此方は敵戦車の迎撃に全力を尽くす。
先ほどと同じであるなら敵ACは、戦車に追い立てられた此方が、遮蔽物から身を晒す瞬間を狙っているはずだ。
「くッ、この!!」
牽制に滑空砲を放ちながら、最短距離を疾駆してくる戦車の迎撃は困難を極めた。
敵が採るのは攻勢を重点に置いた捨て身の突貫戦法。
その身を代価とするだけあって、攻勢一辺倒の戦術は一定の効果を挙げていた。
《ウォーブラー》の応射を受けた一両が爆炎に包まれるが、
「―――また抜けられた!」
二機のACが姿を隠している遮蔽物の裏側に、戦車一両の侵入を許してしまう。
滑空砲の真正面に身を晒してしまったAC。
しかし、
(―――ここで動いたら、さっきの二の舞だ!)
回避の際に生まれる隙を敵ACは確実に狙ってくる。
「それなら―――ッ」
メリアドールは《ウォーブラー》を《ドレイクV-03》の正面に滑り込ませて敵戦車と正対。その場に踏み止まることを選択した。
既にクリアな射線を確保していた敵戦車は、更なる打撃力の向上を求めてなのか、こちらに向けて文字通り突撃してきた。
戦車は滑空砲を発射しながら猛速で突っ込んでくる。
「そこまでして―――!?」
特攻だった。
自ら命を投げ捨てる、その無謀な試み。
あの戦車の操縦士に、何がそうさせているのか。
バンガードに対する忠誠心か。それとも催眠暗示でも掛けられているのか。
メリアドールには分からない。
基本的に損得を基準に動くミグラントである自分たちにとっては、その命の存続こそが行動の原則となるはずなのに。
(何だっていうのよ―――ッ!)
鬼気迫る敵戦車の動き。機械のように迷いを感じさせない選択。
真意を掴めない相手にメリアドールは戦慄した。
……と、同時に違和感を覚えた。
(あ、れ……?)
発射された滑空砲が《ウォーブラー》の前脚部に直撃する。
前面に配された装甲版が弾いたおかげで、持って行かれることはなかったが、たちどころにダメージ深度を示す警告ダイアログが浮かび上がった。
メリアドールはそれらを無視してレティクルを敵戦車に合わせる。
速度を緩めずに接近してくる戦車の機影が、モニター内で急速に大きくなってくる。
この距離なら、外さない。外しようがない。
敵戦車の滑空砲が再装填される直前のタイミングで、メリアドールはトリガーを引き絞った。
指先に力を込めるのは一瞬だけ。すぐさまトリガーから指を離す。
きっかり一発だけ撃ち放たれたバトルライフルの一撃は、金属の重厚な衝突音を打ち鳴らすと共に、敵戦車の車体を跳ね上げて、爆発させた。
「―――メリるん! 大丈夫だっちゃか!?」
敵第二波の迎撃を終えて、先に声を張りあげたのはショートテイルだった。
ショートテイルのモニターに浮かぶサブウィンドウの中には、惚けたような表情のメリアドールの顔が映し出されていたからだ。
それを戦闘による損耗と関連付けて考えたために、ショートテイルはたまらなく心配な気持ちになっていたのだ。
しかしながら繰り返される呼び掛けにも、メリアドールはやや伏し目がちな姿勢のままで、反応を示さない。
ショートテイルの側からしてみれば、僅かに口元だけが動いているのが確認できる状況だ。
何事かを呟いているようにも見えるが、声量が小さいためにマイクが拾えていない。
「そっか……そういう、ことか……」
メリアドールは我知らずのうちに呟いていた。
敵戦車の無謀と断じることができる突撃。自らの命を秤に掛けることへの迷いの無さ。
二度の特攻を経て感じていた違和感の正体が、ここにきて頭の中で繋がった。
(―――迷いが無さすぎるんだ! そう感じさせちゃうんだから手抜きなんだよ!)
サブウィンドウの中のメリアドールが、突如として顔を起こした。
「ひぃ!?」
それとは逆にショートテイルはコクピットシートの上で身を捩って後ずさった。
僚機に近付きつつあった《ドレイクV-03》の足が止まる。
しかし、メリアドールはそれに構わないし、気付いてもいない。
《ウォーブラー》は意図して《ドレイクV-03》の肩に掌を置いた。
接触箇所から振動が伝播する。
「ねぇ? この戦車ってもしかしてさ―――」
接触通信によって歪んだ音声が、ショートテイルの耳に運ばれてきた。
『気付かれたか? ……あぁ、気付かれたな、これは。 たぶん』
伏兵として潜ませていた戦車六両のうち、これまでに計三両が破壊されて、残る戦車は三両となっていた。
敵はこちらの狙いを読み、その上で遮蔽物の影に留まることを選んだ。
こちらが二度も同じ手を用い、そして対応策を取られた以上は、手の内は曝け出されたと見て良いだろう。
その上でフェオは考える。手元に残した三両の戦車の使い道を。
『……』
元より失うモノがなにも無い手駒だ。
こちらの裁量に任されている以上は、使用を躊躇する必要もない。
少しでも勝利に資する使い道があるのであれば、道具にとっては本望というものであろう。
『行け』
その必要は無いにも関わらず、フェオは指示を口にしていた。
ジェネレーター出力のアイドリング状態を維持したまま、静穏モードで停止している《マーヴェット》の横を、三両の戦車がすり抜けていく。
目指すは遮蔽物に隠れた二機の敵AC。進むのは彼我の最短コース。
無謀とも思える三度目の侵攻を征く戦車からは、これまでと同様に微塵の躊躇も感じられない。
上手く敵ACを燻り出せばスナイパーキャノンの直撃を。そうでなくとも滑空砲によるダメージくらいは与えることが出来るだろう―――フェオはそのような目算を立てていた。
『―――あぁ!?』
剣呑な目を見開き、フェオは叫んでいた。
(―――そうきやがったか!)
フェオのモニターに遮蔽物の影から飛び出してきた二機の敵ACが写り込む。
今まさに攻撃を加えようと殺到してきた戦車たちの横を抜き去り、二機の敵ACは《マーヴェット》に向かって一直線に突っ込んできたのだ。
《ドレイクV-03》と《ウォーブラー》が描く二条の弧。グライドブーストによる高速機動の軌跡。
急速に迫り来る二機の敵ACは、フェオにある決断を迫っていた。
対応の一手としてフェオは《マーヴェット》の静穏モードを解除。ジェネレーター出力をアイドル以上に引き上げ、機体全体にエネルギーを伝播させ迎撃態勢を整える。
敏速な操作でスナイパーキャノンの射撃準備を終えるも、しかしレティクルはニュートラルのまま。フェオはトリガースイッチを絞ることができないでいた。
『まったく、厄介な真似してくれる……!』
言葉とは裏腹にフェオの口の端は弧を描いて、歪な笑みを形作っていた。
その間にも《ドレイクV-03》と《ウォーブラー》は、グライドブーストで急速接近してくる。
しかしトリガーに掛けたフェオの指は絞られない。
射撃を躊躇する《マーヴェット》の左右をそれぞれフライパスして、二機のACは遙か後方へと抜き去っていった。
『クッそ、が……ッ!』
苦笑いを浮かべながらフェオは毒づいた。
二機の敵ACは、こちらと同様に射撃を行わないまま、背後へと抜けていったのだ。
最接近という絶好の攻撃機会を逸したのも、より装甲の薄い背面を狙ってのことであれば頷ける。
しかし、
(―――これは挟撃だ!)
フェオはそう判断を下していた。
敵に背後へと抜けられた今この瞬間も、射撃のみならず超信地旋回をも躊躇する理由がフェオにはある。
それは二機の敵ACが通り抜けたコースを、トレースするように迫る三つの反応にあった。
フェオが差し向けた戦車であった。
『皮肉だよなぁ、オイ』
フェオの意を受けて二機の敵ACを付け狙っていた三両の戦車。
それは今この場面において、フェオの敵として戦場の舞台に登壇していた。
最短距離を来る戦車たちは、今や二機の敵ACではなく《マーヴェット》を敵と定め、滑空砲の砲門を向けている。
戦車の謀反の理由を知るフェオは、苦笑いを浮かべるほか無かった。
『生真面目すぎるぜ、お前ぇさんたち』
伏兵としてフェオが投入した戦車は、そのどれもが搭乗員の存在しない無人機だったのである。
座標を指示されると最短距離を以て突撃を開始し、座標近くに到達したところで付近に存在する動体、その最たるものに攻撃を開始するモードに切り替わるという、単純な攻撃プログラムを組み込まれている。
ショートテイルとメリアドールに脅威を与えた無謀な突撃も、ふたを開けてみれば何てことはない。プログラム故だからという、単純な理由からきたものだったのである。
そして今、その単純なプログラミングに従って、無人戦車たちはフェオの《マーヴェット》に照準を合わせていた。
二機の敵ACがグライドブーストを起動して離脱を計ったために、三両の無人戦車たちは入力されていたプログラムに従い、それを追走した。
しかし両者の移動速度の差は歴然であり、高速移動する敵ACは戦車をみるみるうちに引き離していき、遂には《マーヴェット》の背後をも超えてしまったのである。
そして、この時点で問題が生じてしまった。
至近の動体のうち、その最たるものを攻撃するようプログラムを施されていた無人戦車たちは、あろうことか《マーヴェット》を標的として認識してしまったのである。
フェオ自身は戦車に突撃の指示を出す際に、《マーヴェット》の主機出力をアイドル以下に落とす静穏モードとすることで、敵味方識別機能を持たない無人戦車の標的となることを避けていた。
本来ならば目標座標の至近距離に達するまでは攻撃モードへの切り替えは起きないのだが、それでも無人機を信用しきれない、フェオなりの保険の掛け方であった。
しかしながら、二機の敵ACがグライドブーストで接近してきたために、フェオは当然の反応として《マーヴェット》の静穏モードを解除し、迎撃の準備をとった。
そこにきてフェオは、自らが選択を迫られる立場となったことを自覚したのだ。
『いやらしい手を使ってくれる……!』
敵が此方の戦車を無人機と看破して利用してきたのみならず、絶好の射撃タイミングを敢えて外してきたことを思い、フェオは毒づく。
そうすることで此方が取り得る選択肢の幅を、さらに狭めてきたのだ。
(―――敵には、なかなか頭のキレる奴がいるらしいな)
後方にフライパスしていった二機の敵AC。正面から迫り来る三両の無人戦車。状況は既に一対五に推移していた。
僅かコンマ数秒の時の流れの中で、フェオが決断を迫られる。
(どうするよ―――!?)
こちらへの射撃を温存しながら後方へと抜けていった敵ACを放置すれば、無防備な背後に攻撃を叩き込まれることは必定。
敵ACは武装のリロードタイムを考慮し、敢えて攻撃確度の高いすれ違いざまの攻撃を控えて、背後から攻撃することを選んだのだろう。
ならば此方は超信地旋回を実施して、即座に二機の敵ACと正対するのはどうか―――!
(―――だめだ)
その場合、敵ACには対処できるが、今度は無人戦車に背後を晒すことになる。
今はこちらを敵と認識している無人戦車は、躊躇無く滑空砲を叩き込んでくるだろう。
砲門の数では、二機の敵ACと同等の脅威だ。
(なら―――)
向かってくる無人戦車をフェオ自らの手で撃破するのはどうか。
《マーヴェット》の両腕に装備された連射型スナイパーキャノンの制圧力を以てすれば、無人戦車を即座にスクラップに変えるなど容易いことだ。
……ただし、展開しつつ接近してくる無人戦車を同時に三両も破壊するには、両腕に装備したスナイパーキャノンを二門とも使用するほか無い。
無人戦車の破壊自体は容易だが、スナイパーキャノンは取り分けリロードタイムの長い兵装だ。発射時の反動制御を考慮すると、直後の超信地旋回も難しい。
結果としてそれでは、無人戦車を相手取っている間に、二機の敵ACに背後への攻撃を許すことになってしまう……!
(―――八方塞がりだな)
時間認識がスローモーションのように感じる錯覚をフェオは覚える。
しかしながらフェオの思考は、かつて無いほどに冴え渡っていた。
これほどの死線を感じさせられたのはいつ以来だろうか?
……過ちと後悔に塗れた歩みを止めてくれるものが、遂に現れたのだろうか?
「いや……」
口の端が三度、歪んだ。
「この程度では、まだ、足りない―――!」
指先がパネル上を踊る。
節くれ立った太い指先に似合わない、繊細なタッチで《マーヴェット》に命令を与えるフェオ。
長身のスナイパーキャノンの穂先で、接近してくる無人戦車をトレースしていた鋼鉄の巨躯は一切の挙動を停止。その場に凝固した。
ジェネレーター出力を強制的にカットされ、釜の火を落とされた《マーヴェット》は、中心部から熱を失っていき、それらは闇夜の空気と入り混じって消えていく。
迫る無人戦車を前にして、《マーヴェット》は完全な機能停止へと陥った。
『ヨローナはまた、俺を連れて行ってはくれなかったな……』
光源の断たれたコックピット内で、フェオはどこか残念そうに呟いた。
無人戦車たちは停止した《マーヴェット》に滑空砲を発射することなく、その側面を擦り抜けて行き、二機の敵ACを目掛けてひた走っていった。
フェオの目論見は成功したのだ。
実際にはジェネレーター出力をカットしたところで、即座に機体出力が抜けきるわけではない。
相応の熱量は排気されないまま残留するし、静穏モードへの移行と違って無理なカットオフはシステム面にも少なからぬ負荷を生じさせる。
にも関わらず無人戦車の目を誤魔化せたのは、動体に対して攻撃を行うという、プログラミング特性からくる必定だったのだ。
センサー上の反応は消せずとも、その挙動を完全に停止させたことによって、《マーヴェット》は無人戦車が攻撃対象と認識する動体の括りから抜け出すことに成功したのだ。
『良い線いってたけどよ、詰めが甘かったなァ』
複数の砲撃音がシート越しの背後から響いてきたのを聞き、フェオは無人戦車たちが二機の敵ACと交戦状態に入ったことを悟った。
無人戦車は只やり過ごしただけではなく、《マーヴェット》の背後を狙っていた二機の敵ACに対する防波堤としても役立ってくれたのだ。
大地から伝わってくる爆発と震動を、フェオは鼻唄交りに聞き入り、パネルに並んだスイッチ類へと手を延ばす。
流れるような動作で《マーヴェット》に再起動の指示を送ると、再び火をくべられたジェネレーターが唸りを上げた。
『やっぱり、お前さん方じゃあ役不足なようだ。 そろそろご退場願おうか』
三両の無人戦車が破壊し尽くされるころ、《マーヴェット》もまた再起動を果たしていた。
両腕のスナイパーキャノンの狙いが二機の敵ACへと向けられる。
《マーヴェット》のモニターが向けられた先、資源基地の一角にそびえ立つ鉄塔を二機のACが駆け上がっていた。
爪先を鉄骨に掛け、ブースターに点火し、小ジャンプを繰り返しながら上昇していく《ドレイクV-03》と《ウォーブラー》。二機のACは鉄塔の中腹に備え付けられたパラボラアンテナを踏み砕きながら、ひたすらに空を目指していく。
フェオは二機の敵ACの動きを、此方へのトップアタックを狙ったものだと判断する。
『たしかに頭上はACにとって死角だ……けどなぁ』
―――遅すぎだ。フェオは断じていた。
恐らくはこ此方が戦車への対処など手間取っている間に頭上を押さえようとしていたのだろうが、相手の想像以上にこちらの立て直しが早かったということだ。
敵の突飛な作戦に対してとった、こちらの突飛な対処法が、今度は敵の目論見を狂わせている。
戦場に限らず人生は化かし合いの連続だ。そして、こちらにはその実績がある。作戦の直前にもコンバットプルーフを重ねてきたばかりなのだから。
どちらにせよ敵の努力は無駄な徒労に終わるのだと、フェオは心中に断じて吐き捨てた。
高度を稼ぎきった二機の敵ACが鉄塔を蹴りつけて空に身を投げ出すのと同時に、フェオは《マーヴェット》を後退させた。
空に浮かぶACと、陸地を後退する車両型ACとでは、速度はほぼ等速と言って差し支えはない。一定距離を保ち続けることも難しくはないのだ。
結果として地対空戦をこなすのに理想的な仰角を手に入れた《マーヴェット》が両腕のスナイパーキャノンを掲げる。
『真上が取れないのなら、お前さん方はプカプカ浮かんでる只の的だ!』
直後、二門のスナイパーキャノンが噴出するマグマの如く弾丸を吐き出し、凄まじい弾幕が二機のACに重なった。
火線にさらされながらも空中に居並ぶ二機のACは、《マーヴェット》に正対しつつ前後の位置を取り続けていた。
損傷の度合いが深い《ドレイクV-03》を背後に置き、比較的堅牢な装甲を持つ《ウォーブラー》が、四脚部分を対空砲火へとさらけ出して急場の盾とする。
投影面積の広さも相まって、撃ち込まれるスナイパーキャノンの砲弾は殆どが四脚部分によって遮られていったが、ダメージを告げるダイアログは被弾の瞬間ごとに、その深刻度合いを増してゆく。
―――限界だ。
おそらく着地する頃には、それに耐えうる機能も、脚部ごと喪失しているだろう。
いや、着地する以前の問題として、ホバリングによる滞空可能時間を経過する前に、《マーヴェット》の砲撃に耐えきれず撃墜される可能性の方が高いのだ。
「ちょ、これッ……!」
死ぬ、とメリアドールは口にできなかった。
この状況に至る以前に、散々ぱら敵の攻撃を引き付けて死ぬ思いをしてくれた僚機のことを思ったからだ。
そして今迎えているこの状況も、決してただ追い込まれただけのものではない。
自分を信頼し、体を張って時間を稼いでくれたショートテイルから聞かされた提案。この八方塞がりな状況を打破しうる一つの可能性。
そこに自分も命を懸けるだけの価値はあると判断した。
だから―――
「ショートテイル!! これで良いんだよね!?」
「―――狙い通りっちゃ!!」
今はただ、その言葉を信じてトリガーを絞り続ける。
戦いの終わりを、決着の時が近いことをフェオは肌で感じ取っていた。
トレースは正確。レティクルのセンターに重なり続ける二機の敵AC。
狙い違わず放たれるスナイパーキャノンの一撃一撃が、確実に敵ACを捉えて、フェオの元へと勝利の瞬間を手繰り寄せつつある。
対する二機の敵ACからも絶えず銃弾は飛来し続けているが、威力、連射能力ともに《マーヴェット》と比ぶべくもない。彼我の火力差は歴然としている。
このような遠距離の砲狙撃戦においてこそ真価を発揮するスナイパーキャノンと、その有効射程圏外から放たれるライフルやハンドガンとでは、勝負の結果は火を見るより明らかだった。
有効射程距離の縛りを超えて此方に達している弾丸も、厚い装甲上に浅孔を削くか、跳ね飛んで小さな火花を散らすだけに終わり、被弾衝撃はアブソーバーによって大地へと逃がされる。
翻ってこちらの砲撃は、二機の敵ACに深刻な損傷を刻みつけている。
決着が時間の問題だということは、素人目にも分かることだ。
『ん……? あぁ、逃がさないさ。 このまま終わらせる』
立て続けの被弾を甘受し続けていた空中の敵ACたちが、機体をスウェイバックさせるように捩りながら後退し始めたのを見てフェオは呟いた。
彼我の距離を置くことで、被弾リスクを少しでも低減させるつもりなのだろうが―――
(つまらんことを……)
フェオは内から滲み出てくる失望を隠せずにいた。
敵機が選択したのは現状に対する反射的な逃げの一手であり、戦況を覆し得ない行動だと断じていたからだ。
いくら距離を離そうと試みようが、敵機が移動速度を制限される空中に居続ける限り《マーヴェット》の補足から逃れることはできない。
よしんば距離を離せたところで、今以上にこちらに対する二機の敵ACからの攻撃は通らなくなるだけなのだ。それでは何の解決策にもなり得ない。
敵は緑色の逆関節型ACが装備していたパイルバンカーを既に喪失しており、近接戦闘時における有効打を失った状態にある。
さらに無人戦車の特性を逆手に取った奇襲戦法も、此方が対応してみせたことで失敗に終わった。
唯一、勝ち目があるとすれば、あの瞬間だったのだが……
『ヨローナ……』
故に敵ACたちは、最後の優位である空中を手放せずにいる。
地上戦でまともに正面から撃ち合ったところで勝ち目はない。あのようなチャンスは二度と転がり込んでくるものではない。
―――消去法だ、とフェオは思った。
故に、そこに縛り付けられているのだ、とも。
『物語ってのは、中盤の盛り上がりに比べると、幕引きは存外あっけないもんだ。 そこをどう調理するかで、駄作かどうかの線引きが決まる……』
レティクルは二機の敵ACをセンターに捉えたまま放さない。
《マーヴェット》が撃ち放つ弾丸の悉くが敵機影に吸い込まれていく。
それに対する敵ACたちの攻撃は、先程来に比べて命中精度が下がってきているようだ。射撃の集弾性が低下し、此方への直撃弾が減ってきている。
後退と攻勢。相反する二つの行動がもたらした歪みだろう。
『お前等はどっちだ―――!?』
地対空。時間にして僅か一分にも満たない攻防は、そのセオリーに反した決着を見ようとしていた。
スナイパーキャノンの連撃が敵ACの喉元に食らい付く。
フェオは敵前衛機が盾のように展開していた四脚のうち、一本が関節部分から砕けたのを見た。
姿勢制御もままならず墜落していく四脚型AC。懸命にサブスラスターを吹かして、体勢を立て直そうと藻掻く姿がモニターに映るが、重力に逆らうことは適わない。
両腕のライフルは未だに火を吹き続けているが、銃口は此方から逸れているため周囲の強化コンクリートに弾痕を刻むだけに終わる。
墜落していく四脚型ACの後方に控えていた逆関節型ACもまた、残された左腕でハンドガンをひたすら撃ち続けているが、こちらも掠りさえしない。
此方に至る弾丸は、その悉くが《マーヴェット》の背後へと流れていき、
『あ―――?』
最初フェオは、自分が間の抜けた声を上げた理由を理解できないでいた。
否、現象としては理解していたが、原因が何一つとして浮かばなかったというのが正しいか。
(―――何だ!?)
まず最初に起きた現象は、視界の傾斜だった。
フェオが《マーヴェット》のコックピット内から、モニター越しに捉え続けていた二機の敵AC。墜落する四脚型と、空中に留まり続けていた逆関節型の像が、突然斜めに傾いたのだ。
特に四脚型は、四角いモニター枠内の底辺に向けて垂直落下していたものが、急に斜め下方向、枠の角へと滑り込むような軌道へと移行したことに、フェオは最大の違和感を覚えた。
フェオが次に得たのは、空に投げ出されたかのような浮遊感。自己が落下していく感覚。
輸送機からACによる空挺降下を行った時に似てはいるが、それとは明らかに違う。
確固とした強化コンクリートの上に立っていた筈の自分が、その感覚を得たということは―――
(―――地面が、抜けたのか!?)
フェオがその答えを得る頃には、《マーヴェット》は既にアブソーバーの許容値を超える強い衝撃を伴って、地底への落着を果たしていた。
高さにしておよそビルの二階から三階の中ほど。一見した感触では百五十フィート四方程度の空間が広がっている。
崩壊した強化コンクリートと資源基地の構造体が周囲に散乱しているのを見て、フェオは自身が地上から地下の空間へと落下したことを確信した。
崩れ落ちた天井の裂け目を見上げたフェオは、厚い雲に覆われた夜空に目をやりながら、何故だ、という疑問を作りあげたが、それ以上は落下の原因に拘泥することはしなかった。
正確には、そうする暇が無いと直感していたからだ。
(脱出を―――ッ!!)
この場に留まるべきではない!
急ぎこの場から離れるべきだと、経験と共に培われてきたフェオの勘が警鐘を乱打している。
フェオはフットペダルを踏み込み《マーヴェット》の無限軌道を駆動させる。
しかし、
(なんだ? これは……)
フェオが疑問したのは、機体を通じて履帯から伝わってくる足場の感触。
無限軌道の回転によって生じる《マーヴェット》の前進。しかし、履帯が大地を踏みしめた時に生じる反発力がひどく浅く感じられた。
変わりにやってきたのは、足下にこびり付くような感触。それは湿地帯の泥濘を行く時のものに似ていて―――
(―――オイルかッ!?)
地下空間の床一面に広がるスラッジの正体を確信したフェオは、次の瞬間、落ち窪んだ両の目を見開いた。
《マーヴェット》目掛けて敵ACから幾つもの銃撃が、夜の闇を切り裂く曳光を伴って飛来してきたからだ。
「しまッ―――!?」
着弾。跳ね上がった火花が周囲に飛び散り、燃え移る。
直後、フェオが叫ぶ間も無く生じた大爆発の中に、《マーヴェット》の姿は掻き消されていった。
■
メリアドールは脚部を失って墜落する《ウォーブラー》の中で、敵ACが燃料貯留槽に落下したのを見た。
待ち望んだ瞬間。
懸命に地面に向かって撃ち続けていた射撃が、遂に実を結んだのだ。
モニターの先にいる僚友に向けて身を乗り出し、思いの丈を叫びに乗せる。
「敵が落ちた、ショートテイル!!」
同じく《マーヴェット》の落下を確認していたショートテイルは、闘志を滾らせた不敵な笑みでメリアドールに応え、そして吠えた。
「―――請求書はOVA宛で頼むっちゃ!!」
トリガーを引き絞り、ショートテイルの操縦に呼応した《ドレイクV-03》がハンドガンを連射。
有効射程圏外からの射撃によって威力を大幅に減衰させながらも、《マーヴェット》が落ちた燃料貯留槽の中にまで到達した弾丸が着弾の火花を撒き散らし、床面に敷き詰められていた油性スラッジに着火。
火は瞬く間に拡大して巨大な炎となり、赤いうねりの中に《マーヴェット》が飲み込まれると、すぐさま大規模な爆発が生じた。
闇夜の砂漠を背景に孤立していた資源基地の全体像が、巨大な炎によって煌々と照らし出される。
破壊と衝撃の重連が、狭い穴蔵の中をのたうち回り、その度に資源基地全体を震動させる。
噴き出す黒煙と共に、空に向かって伸びた火柱は、その後も数回に分けて生じた爆発によって高さを増してゆく。
OVA資源基地を巡る攻防は、ここに一つの決着を見たのだった。
■
天高く立ち昇る炎が周囲に熱気を振り撒き、夜空を煌々と照らしている。
墜落した《ウォーブラー》のコックピットから這い出てきたメリアドールは、火の手を上げ続けている燃料貯留槽に近付こうとしたが、穴底から渦巻く強い熱気に阻まれて足を止めていた。
ヘッドセットを取り外すと、纏めていた髪がほどけて闇夜に広った。炎に照らし出された錦糸のような髪の毛は赤の色を帯びている。
焦がすような熱と、大気を占める冷気の混合。
肌から浮き出た玉の汗が頬を伝い落ちて、透き通った素肌と首筋にある黒いインナースーツの境目に浸透すると、繊維質の生地が汗ばんだ肌にぴたりと張り付いた。
黒をより色濃くしたインナースーツの端を指先でつまみ上げて、外気を二度三度と鎖骨付近の素肌に送り込むと、代わりに内部に篭もっていた身体の熱気が出口を求めて外に押し出され、細い顎の裏側を煽る。
「……はぁ」
長く溜めた息が肺腑の奥から押し出された。
夜の闇の中、メリアドールの姿は揺れ動く炎の赤によって照らされている。
メリアドールの顔に張り付いた表情は、困憊と倦怠がこびり付いた力無いものであり、勝利の歓喜とはほど遠いものだった。
それは無言のまま立ち尽くしているメリアドールの隣。《ドレイクV-03》から降りてきて、横に並んだショートテイルも同様だ。
―――勝った、という実感には乏しかった。
なんとか勝ちを拾えた。もしくは生き残れた、というのが実際の感触だ。
二人は暫く無言のまま、外気に晒した素肌に纏わり付く炎の熱を感じ取りながら、絶え間なく燃える炎を眺め続けていた。
もの言わぬ骸となったマーヴェットを包み込み、夜空へと還していく葬送の炎を。
「……」
前を見据えたままだったショートテイルが、横に立つメリアドールに向けて腕を持ち上げた。
その意図に気付いたメリアドールもまた、軽く握った拳を持ち上げる。
二人は無言のまま、互いの拳を軽く突き合わせた。自然と頬が綻ぶ。
それは勝利を実感するための、ささやかな儀式だった。
■
資源基地の中央付近に巨大な火柱が生まれていたころ、光度を下げた前照灯の明かりと対物センサー、そして己の腕を頼りにして、闇夜に包まれた砂漠の中を疾走する車両の一団があった。
縦列を組んだ車列の中央に複数台のタンクローリーを据えて、その前後を武装を積載したトレーラー群が固めている。
彼らは同様の梯団を合計四個編成し砂埃を捲き上げながら、猛速で資源基地から遠ざかっていた。
先頭集団に位置するトレーラーの運転席でハンドルを握っていた男は、出発した当初こそ緊張の面持ちだったが、資源基地から距離を離していくにつれて、その度合いを緩めていった。
今となっては、同様に緊張の解れた助手席の男と談笑するほどだ。
「……へへ、楽な仕事だったな」
「まったくだ。 穴倉の中でじっとしてたときには、気が狂いそうになったもんだが……これで大金をせしめられるんだ。 今となっちゃ悪くねぇ」
「追っ手も来ないしな。バンガードもOVAの連中も、誰も俺たちには気付いちゃいない。ボスの言うとおり、ピクニックにはうってつけの夜だぜ」
違いない、と相づちを打った助手席の男は、ウィンドウを下ろして遙か後方にまで遠ざかった資源基地の方角を見やった。
空から押し掛かるように降りている夜の帳が、基地の一点だけは煌々とした赤の色によって押し返されている。
そこで何が起きているかは、想像するに難くない。
「……あっちは随分と派手にやってるみたいだな?」
「ああ、まったくだ。 せいぜい暴れて連中の目を引き付けておいてほしいもんだな? あの不細工野郎には」
ハハハ、と男たちの笑いが車中に響いたときだった。視界が強烈な青白い光の煌めきによって遮れた。
同時に雷鳴にも似た轟音によって男たちの声が掻き消され、続いて起きた震動が脳天を突き抜けて車体を激しく揺らしたのだ。
男たちは叩き付けられたかのような衝撃によって平衡感覚を失い、事実としてその体は横に倒れ臥していた。
頬の下。そして浅く握った掌の中に砂の感触がある。
視界の靄が薄れて、朦朧とする意識が覚醒に向かうにつれて、強烈な痛覚が全身を苛む。
「ぐ……あぅぅぅ……!」
男は呻き声をあげながら投げ出されていた体、その上体を起こして周囲に目をやった。
「な……あぁぁ……!?」
眼前に広がるのは地獄絵図だった。
資源基地から抜き取った燃料を満載していたタンクローリーが、跡形もなく吹き飛んでいた。
男の乗っていたトレーラーは、その爆発の煽りを受けて横転しており、助手席側のドアが根本からもげていた。
横転によって下敷きになった運転席側の状態と言えば、運転手だった男がフロントガラスを突き破って、割れたガラスの断面を腹に食い込ませながら上半身を外に垂らしているといった有様だ。
さらに車体から燃料が漏れだしているのが見える。
同時に、徐々に戻りつつあった体の感覚が、下半身を浸すドロリとした液体の感触を男に伝えてきた。
横転してスクラップと化したトレーラー。そこから漏れ出し続けている燃料。
さらなる爆発を予期して青ざめた男は、瞬時にトレーラーから遠ざかろうと体に力を込めたが、
「ぐが……ッ!!」
男の動きは激痛によって阻まれた。
トレーラーから投げ出され、砂漠とはいえ地面に叩き付けられた際の衝撃は、男から動くだけの力さえも奪ってしまっていたのだ。
動かない自分の下半身に、恨めしげな視線を送った男は、そこで両目を見開き、そして絶望することとなった。
男の下半身を浸していた液体の正体はガソリンではなかったのだ。
トレーラーから漏れ出た燃料は、その悉くが直下の砂漠に吸い込まれて、大地へと吸収されていっている。
「ちくしょう……ちくしょう……ッ!!」
であれば男の下半身を浸していたのは他の何ものでもない、男自身の体から流れ出る血だったのだ。
覚醒しつつあった感覚が次第に薄れていく。次に訪れる微睡からは、恐らく目覚めることはできない。
男は再び薄れつつある意識の中で、遠く離れた砂丘から青白い雷光が、地表を滑るようにして伸びてくるのを見た。
捲き上げた砂塵を焼き焦がしながら突き進む雷光の中に、男の姿は呑み込まれていった。
『んー、ふっふっフゥーーッ!!』
荒涼とした砂漠地帯の一角。
小高く積み上がった砂丘に青白い雷の光が生まれ、輝きを増しながら次第に集束していく。
月明かりにも増して輝く雷光は、砂丘に陣取った白の異形の輪郭を浮かび上がらせていた。
突き刺すような鋭角的なフォルムで構成された機体。
下半身から伸びた四本の脚が、砂の大地を踏みしめ砲口の先にある狙いを定める。
『これではただの鴨撃ちです! 慣らしにもなりはしませんよ!』
不満を並べ立てながらもトリガータイミングは最適のものを選び銃爪を引いていく男。
砂漠の静寂を引き裂く轟音―――甲高い耳鳴りのような嘶きを纏って、青白い雷光が宙を駆ける。
地表に沿って突き進む稲光が、その途上にあるトレーラー群をも巻き込んで、タンクローリーに激突した。
直撃を受けた燃料タンクは、穿たれたような裂け目を生じさせた後、満載された燃料類に引火して内部から膨張。周囲のトレーラーを巻き込みながら大爆発を起こす。
『いい加減! 出てきてくれないと! 私としても非常に不都合なのですがねぇ!!
あなたがたも、そうなのではないですか!?』
―――どうなんですかッ!?
新たな雷光が白い機体の両腕に宿る。
『―――……ス! 助けてくれ! 襲撃されてる!!』
ノイズに塗れた悲痛な叫び声がレシーバーを震わせる。
『―――待ち伏せされてた! 誰なんだよ、こんなの聞いてねぇよ! ボス助けてくれ!! ボ―――』
「うるせぇ」
ボスと呼ばれた男は、ただ一言そう呟くと、ボリュームコントロールのツマミをゼロまで捻り、そのまま交信を断った。
助けを求めていた哀願の声も今頃は、ただの恨み辛みと罵詈雑言。そして断末魔にすり替わっていっているだろう―――交信を断った今となっては、男の耳にそれが届くことはないが。
「ギャースカ喚くんじゃねぇよ、ブタ共が。 大人しく生贄やってろ」
そう吐き捨て、男は脇に置いていた別のレシーバーを取り上げた。
意識を別の場所へと切り替える。
「さて……」
チャンネルコードを合わせてやると目当ての相手との回線は繋がったが、すぐにすじ肉を引き千切るような断裂音がした。
耳障りなノイズが混じるのは、相手側のコンディションに問題があるということを意味している。
男は不快感を露わにしていた。
遠い夜空を朱色に染める地上の篝火。繋がらない通信。
資源基地から立ち上る火柱の意味するところを察して、男は更に舌打ちする。
「危なくなったら、さっさと逃げる……違ったか、不細工男?」
男はひとりごちて、頭に掛けたレシーバーを外そうと手を伸ばしたが、
『聞こえてるぜ、ボス……』
耳障りなノイズと、その向こうで鳴り響くビープ音に混じって聞こえてきたのは、しゃがれた男の声と荒れた息遣い。
―――聞き慣れたフェオの声だった。
「随分としおらしい声してるじゃねぇか。 いつもの減らず口はどうした?」
『ハッ―――そこから見えてるんだろう? こっちは地獄の釜底で蒸し焼きにされてる真っ最中なんだ……さすがに、本調子とはいかない……』
視線を向けた先、遠い夜空を焦がし照らす炎は、その勢いを未だに衰えさせていなかった。
その間もビープ音は鳴り続け、フェオの機体が耐熱限界を超えた極限状況に置かれ続けていることを示している。
フェオが明言せずとも、あの炎の真っ只中にフェオの身が置かれているであろうことは明らかだったのだが、
「―――ほざけ、まだ吹けるじゃねぇか」
フェオの窮状を男は一言に切って捨てた。
『オイオイ、少しは心配してほしいもんだね……挽き潰されたことも、頭を撃ち抜いたこともあったが……こんなのは初めてなんだぜ?』
「てめぇのバージン自慢なんざ聞いてねぇ。 ついでに自殺願望に近いマゾヒズムもな」
その間も悲鳴のように鳴り続ける《マーヴェット》のビープ音。
「―――大体、この程度でくたばるタマじゃあないだろう。 そのサウナでゆっくり絞ってきな」
「そうさせてもらおう。 次に会う時には俺も二枚目の―――はっ、切れちまったか」
それきり男からの声は聞こえなくなっていた。
通話が途絶えたのは、向こうが回線を切ったからなのか、それともこちら側が原因なのか。
その何れかの判断は付けられそうになかった。
交信の途絶えた通信機からは、問いに対する答えは返ってこない。
■
紺碧の夜天を覆う雲の切れ間から挿す月明かり。
それに照らし出された砂漠には、環境汚染と荒廃が進み続けている世界の縮図とも言うべき、惨憺な光景が横たわっていた。
砂塵は何条ものレーザー痕に沿って焼け焦げており、そこかしこに散らばり転がっている車両類の残骸は、付近一帯を照らす篝火のように火の手を上げ続けている。
命が散る間際の喧騒も過去のものとして過ぎ去り、脆弱な生命を拒絶する静寂を取り戻した砂漠には、もはや炎の揺らめき以外に動くものはなにも無い。
気流の乱れと共に雲の切れ間が閉じてゆき、厚い天蓋となって空を覆い隠していく。
再び暗闇を得つつある砂漠に青い光の軌跡が揺らめいた。
それは先程までの破壊を成した青白い雷光と比べれば、遙かに光量の低い、幾つもの小さな煌めきの重なり。
光の元を辿っていくと、そこには静止した時間の中で、唯一の動きを持つ存在があった。
一方的な破壊と蹂躙を成した元凶。破壊の権化とでもいうべきそれは、人型の上半身から四本の脚を生やした異形の機体だった。
鋭角的な装甲の端々に設置されたセンサー素子が発する青い走索の光が、辺りを睨め回すようにして軌跡を描きながら揺らめく。
「これで全部ですよねぇ……?」
異形の機体、そのコックピットシートに狭苦しそうに巨躯を収めている男が、モニターに目を光らせる。
スキャンした限りでは、付近から他の熱源反応は拾えなかった。
敵増援の出現兆候も認められていない。
「実に! 実に歯応えがありませんねぇ! まったくもって面白みの欠片もない!」
握り込んだ拳が、強化プラスチックで構成されたコンソール枠に叩き付けられる。
すると癇癪を起こし始めた男の眼前で、モニター上に新たな情報ウィンドウが浮かび上がった。
送信主としてフレーム上に表記される文字は《client》。男にミッションを与えた依頼主からの通信であった。
相手を違えては、幾度となく交わされてきた遣り取り。
OVAアリーナに登録されている正式名称で呼ばれたフォーシィは、すかさずお決まりとなっている合いの手を入れた。
ならば何故このような名を取って付けたのか。
そう問われれば、フォーシィの属するACチーム《
Rumble-Rainbow》のポリシーだからとしか答えようがないが。
『じゃあフォーシィ』
どこか飄々とした調子で、依頼主の男が語りかける。
『奴さん、出てこなかったようだな?』
「ええ! ええ、その通りです! その通りですとも! おかげでワタクシ完っ全に、不完っ全燃焼ですよワタクシ!!」
モニター越しの依頼主に向かって喚き散らすフォーシィ。
向こうからは此方の姿が見えているが、その逆は成されていない……依頼を受諾した時から、相手は徹頭徹尾その姿も、素性も明かそうとはしていない。
そのことについては、依頼の内容以上に気になるものでもなかったので、フォーシィとしては特に思うところはなかった。しかし肝心の依頼内容が変わってしまったのでは別だ。
フォーシィは当初このミッションを、対AC戦として受諾していたのだ。
想定された状況としては敵部隊の進路上でのアンブッシュ。それらを壊乱させる課程で、背後に控えて居るであろう敵ACを含んだ戦力を引き摺り出し、殲滅する腹積もりだったのだ。
委細は知らされていないが、出現が予想される敵はかなりの強敵だとフォーシィは聞かされていた。そうであるからこそ、対AC戦闘に機体も戦技も特化した自分が選ばれたということもだ。
強敵との戦い。その中においてこそ一段と輝きを増すであろう愛銃の煌めき。破壊を孕んだ幾筋もの閃光が織り成すであろうイルミネーション―――
それに焦がれ、滾る自らを隠すこともせずミッションへと臨んだフォーシィとしては、この結末は肩透かしもいいところであった。
それ故に当初は気にならなかった依頼主の態度すら、癪に感じるほどに感情も昂ぶっている。
そんなフォーシィの心情を知ってか知らずか、乱れた心をさらに掻き乱す言葉が依頼主から浴びせ掛けられた。
『―――ところでお前さん、報酬減額な』
それまで無言のままフォーシィの癇癪を聞き流していた依頼主が、一転して告げた。
「―――んなぁ!?」
なぜですか、と。
そう噛みつく間も与えずに、唖然とするフォーシィに依頼主が言い放つ。
「お前さん、燃料全部ダメにしちまっただろ?」
フォーシィは思わず辺りを見回した。
投影されるモニター映像には、荒涼とした砂の海と破壊された車両群―――そして損傷したタンクローリーから漏れ出す燃料が燃え上がっている光景が映し出されている。
そのどれもがフォーシィの積み上げた戦禍だった。
『燃料類への被害は、そのまま報酬の減算対象となると伝えていただろうが……だから、あれほど注意しろと言った』
「あ……言われてみれば確かにそんなことを言っていたような……」
しかし対AC戦にしか興味が無かったフォーシィの中では、そのような些末な注意事項などは理性と共に頭の片隅に追いやられており、改めて依頼主の男が口にするまでは市民権を得ていなかった。
そして案の定その事実はフォーシィの心に理不尽な怒りの炎を灯す。責任転嫁という名の化学変化が一瞬にして生じる。
仮に対AC戦闘が行われていて、フォーシィにとって納得のいく戦果が得られてさえいれば、何の不満も抱かなかったのであろうが―――
『―――なんにせよ被害額を差し引いた分の報酬は契約通りに渡す。 今後は―――』
「足りませんねぇ……」
『―――なんだ? 金額は多少安くなるが、楽な仕事だったことを考えれば十分な―――』
「血が、足りません! 私の★KA★RA★SA★WA★が,、こんな児戯で満足する筈がないでしょう!?」
フォーシィは両腕を胸の前で十字に交差させると、下半身を仰け反らせながら憤懣やるかたないといった風に叫ぶ。
依頼主の男は顔を顰めるしかなかった。
何を言っても無駄だという雰囲気がひしひしと伝わってくるだけに、これ以上なにも言いたくなかったし、早々にこの狂人との会話を切り上げてしまいたかった。
「―――そう言えば、あちらにもACが居るんでしたっけねぇ」
『なんだと?』
押し黙っていた依頼主の男の声色が剣呑な色彩を帯びる。
フォーシィのACが、資源基地の方角に頭部メインカメラを向けていたからだ。
その目は基地の中央付近から立ち上る炎と、そこに居るであろう勝者たるACの姿を映そうとしていた。
「いっそのこと彼らでも構いはしませんが……」
『―――それ以上は止めろフォーシィ。 変なことを考えるんじゃねぇ』
今回の依頼の前哨戦と言えるOVA資源基地での奪還作戦について、依頼主の男はフォーシィに何一つ伝えていなかった。
資源基地から出てくる輸送部隊を叩くこと。
襲撃場所とタイミングについては予め指定するということ。
その課程で出現することが予測される敵ACの撃破が本当の目的であること―――これらがフォーシィに知らされていた全てであり、OVA資源基地については付帯情報という扱いだった。
当然ながら同時並行的に進められたOVAによる資源基地の奪還作戦についての情報は完全に伏せていたのだが、どういうわけかフォーシィはそれを知っていた。
依頼主の男がOVA資源基地への奪還作戦を傭兵に仲介するまでの間、短期間ではあるがネットワーク上に情報が出回っていた可能性も考えられる……OVAの情報網は、実のところザルのようなものだ。
だから今回のように付け入られるようなことになる。それらを踏まえて依頼主はフォーシィに詰め寄った。
『―――いいか。 お前さんへの依頼も、元を辿ればOVAに行き着く。 OVAのアリーナに名を連ねているお前さんが、同件で動いている傭兵に仕掛けるようなことになってみろ。 OVAの連中も冗談じゃ済ませてくれんぞ』
依頼主の男は敢えてOVAという組織の名を連呼することで、フォーシィの自制心に働きかけた。
いかにフォーシィが狂人とはいえ、自らが属している生活基盤を敵に回すことは躊躇するだろうと考えたからだ。
しかし、この作戦には一つ穴があった。
依頼主の男は、フォーシィに与えられたミッションの元締めもOVAであると告げていたが、それは咄嗟にでっちあげた嘘だったのだ。
当初の予定通りに事が進めば、あるいはフォーシィという傭兵の人となりさえ見誤っていなければ、秘密のヴェールで覆い被せたまま、難なく追及をかわせた筈の事項。
そこを突き崩されると後々が面倒だ。
それにモニターの向こうに写る仏頂面を見る限り、フォーシィは未だに納得するまでには至っていない。
ここはさらに畳み掛ける必要があると、依頼主の男は判断した。
『―――それにあいつ等じゃあ、お前さん相手には役不足だ』
フォーシィは先ほどOVA資源基地にいる傭兵のことを彼らと言っていた。
―――つまりそこに傭兵が居ることは知っていても、それが誰なのかについてまでは把握していないということだ。
『―――あそこに派遣された傭兵は二人ともEランク……ただの凡兵だ。 作戦は成功させたみたいだが、敵側にもACが居たことを考えると、どう考えても満身創痍だろう。 もしかしたら一人くらい減っているかもしらん。 そんなEランクの凡兵をBランクのお前さんが、しかも無傷な機体でもって襲いかかる……こんなに世間体の悪い話もねぇだろうな?』
「ぬぅぅぅ……」
『それにお前さんだって満足できないだろう?』
「―――分かりました。 ここは大人しく引き下がりましょう」
フォーシィが折れたことで、依頼主の男はほっと胸をなで下ろした。
もしここで襲撃を敢行されてしまえば、傷が付くのはフォーシィの戦歴でも、OVAの組織としての体面でもなく、依頼主の男自身の信用だったからだ。
依頼の仲介を買って出たうえに、元締めであるOVAにも黙って遂行した極秘のミッション。それが本来の依頼に影響を与えたとなれば、持ちつ持たれつで地道に築き上げてきた関係は、脆くも崩れ去ることになる。
それだけはなんとしても避ける必要があった。
「ただし、こちらにも一つだけ条件があります」
『―――なんだ? 言ってみろ』
若干顔を顰めながら依頼主の男はフォーシィに問い直した。
「私の★KA★RA★SA★WA★用に、レーザー透過フィルムを融通して頂きたい。 必要経費と思って頂ければ結構です」
『……いいだろう。 幾らか在庫があったはずだ。』
「おほっ、ありがたい! これでまた心置きなく撃ちまくれるというものです!」
満足げに頷くフォーシィ。
降って湧いた難問を片付けた依頼主の男もまた、胸元から取り出した煙草に火を付けると、シートに身を預けて紫煙を燻らせた。
■
OVA資源基地奪還作戦より数日後。
第9領域「イル・シャロム」にて。
イル・シャロムの一角にあるカフェレスト《駒鳥の憩い亭》。
煤けた煉瓦に囲われた店内は、ちょうど昼の休憩時間が終わった時間帯ということもあって、客の入りも疎らだった。
二人の女性ミグラント、ショートテイルとメリアドールは、敢えてこの時間を選んで店を訪れていた。
喧噪が苦手というわけではないが、今はどちらかと言えば静かな方が好ましい―――そんな事情があってのことだ。
□
ショートテイルとメリアドールは先のOVA資源基地奪還作戦を終えた後、中破したACを修理するため《蜥蜴重工》に持ち込むことにした。
ACの搬送をOVAから派遣されてきた回収部隊に任せた二人は、《蜥蜴重工》へと向かう輸送車両に乗り込むと、交わす言葉も少ないまま、互いに重なり合うような格好で眠りについた。
疲労にまかせて泥のように眠り続けた二人。
《蜥蜴重工》に到着する頃には、身体中を鉛のように重く感じさせていた疲労もすっかり吹き飛び、二人はナチュラル・ハイのようなテンションでガレージに入っていった。
ショートテイルはガレージ中に自分たちの武勇伝を吹聴して回り、専任の整備士である
ライラ・パトリックと機体の修理方針について話し合っているメリアドールの表情もまた、普段以上に朗らかだった。
頬を綻ばせているのはガレージを運営する《蜥蜴重工》側も同じであった。
AC二機の全面修理という大口の仕事が、OVAという支払いの確かなバックボーン付きで入ってきただけに、そこで働く者たちの表情は一様に明るかったのだ。
―――それはショートテイルの場合、修理代金のツケ払いが半ば常習化していることとも大いに関係している。
顔馴染みのミグラントたちによってもたらされた勝利の高揚感と、支払いが約束された大口の案件による収入……そこに娯楽と笑いの糧が少ない、砂漠暮らしに飽いた社員たちとが揃えば、あとはお祭り騒ぎに発展していくのは自然な流れだったのだ。
かくして戦勝パーティーと称した盛大な宴は催された。
他に大きな仕事が入っていなかったこともあり、持ち込まれたACの修理そっちのけで始まった宴は、ガレージ中を巻き込んで一昼夜続いたという。
ショートテイルとメリアドールも、いつにないハイテンションで騒ぎの中心にあり続けたのだったが―――無論それは極度の緊張状態から解放されたことによる反動であり、身体の快調感も脳内物質の過剰反応によって引き起こされた一時的な錯覚であるということを二人が知るのは、後日のことであった。
やがて宴の熱気が収束し、ガレージが各々の仕事を再開した社員たちの喧騒によって日常を取り戻していったころ、ガレージに隣接する社員寮の客間にショートテイルとメリアドールの姿はあった。
固いベッドマットの上に、だらしなく四肢を投げ出している二人は、共に苦しそうな呻き声をあげている。
宴の酔いがピークを越えて醒めていくのに合わせて、身体中に攪拌されていた蓄積疲労と痛痒が、脳内物質とアルコールという枷を外れて、一気に噴き出してきたのだ。
女性社員たちの勧めもあって、なんとかシャワーは済ませたものの、先の戦闘で得た疲労はその程度で吹き飛ぶような生半可なものではなかった。
そこでショートテイルとメリアドールは、幸いなことに両者とも治療を必要とする大きな怪我をしていなかったこともあって、ACの修理完了を待つまでの間、体調回復も兼ねて《蜥蜴重工》社員寮に逗留することを決めたのだった。
―――そのまま数日を過ごした後、ACの修理も終わり、本来の寝座(ねぐら)に戻ることができるようになった二人は、揃って件のカフェレストに足を運ぶことにした。
今回の件の始まりとなった、あの男を訪ねるために。
□
「―――まさか資源基地の燃料が、ほとんど抜き取られてた後だったなんてねぇ……」
「報酬から差っ引かれてなくて、本当に良かったっちゃ」
「そうなんだけどさぁ……」
どうにも腑に落ちないなと、もの言いたげな含みの籠もった吐息が漏れた。
ときたま頭の辺りをさすったりするが、彼女たちを苛むものの正体については、両名ともに言及しなかった。
ショートテイルとメリアドールが駒鳥の憩い亭を訪れてから、既に三十分近くが経過していた。
いつも面倒くさそうに新聞紙を広げてカウンターに座っている筈の店主は、今日は裏にでも引っ込んでいるのか、未だに姿を見せていない。
カップになみなみと注がれていた黒い液体も既に無くなりかけており、白い陶器の底をうっすらと覗かせていた。
二人が座るテーブルに注文を取りにきたのは、店主とは別の年若い女性ウェイターであり、一度こちらに来たきりである。
ウェイターに頼んで店主を呼び出してみようかとも考えたが……用件が用件なだけに、事情を知らない第三者を挟むわけにもいかず、しかし、ただ待つばかりでは時間を持て余してしまう……そのため二人の会話は、自然と先の資源基地でのミッションが主題となっていったのだ。
もちろん、疎らとはいえ他に客も居るので、大っぴらに話すわけにもいかなかったが。
「―――たしかに資源基地の奪還には成功したんだけどさぁ、燃料が抜かれていたってコトは、まんまと敵に出し抜かれていたってコトなんだよ? 少しは気にならない?」
「終わったことを気にしても仕方がないっちゃ」
―――うわ、言い切った、と。
ショートテイルの思い切りの良さは今に始まったことではないが、それでもある種の尊崇の念と同時に目眩にも似た感覚を覚えてしまうのは、彼女との付き合いにおいて私がまだまだ未熟だからということか、と……そんな風に思ってしまう。
文字通り命がけで戦ったOVA資源基地でのミッションの顛末は、決して手放しで喜べるものではなかった。
OVA資源基地を占拠していたバンガード側の非正規部隊及び敵ACこそ排除できたものの、そこに有るべき備蓄されていた燃料類の殆どが奪取された後だったのだ。
最大規模の組織であるバンガードにとっては微々たる資源かもしれないが、OVAにとってはそうはいかない。組織運営に与える影響も決して小さくはなかったはずだ。
しかしながら燃料類についてOVA側は、ミッションを二人に依頼する以前から既に抜き取られていたのだと判断した。
そのためショートテイルとメリアドールにペナルティーが課されることはなく、報酬もほぼ全額が支払われている。
それに曲がりなりにも本職の傭兵であるショートテイルが結果オーライと言っているのだ。たとえ引っ掛かるところがあっても、その点については回収屋である自分が気にすることではないのかもしれない―――なんか最近は戦ってばかりな気がするけれども。
「……そういえばさぁ」
頭を切り換えようとしていたメリアドールの口から、自然と言葉が出てきた。
報酬はほぼ全額が支払われたとはいえ、今回のミッションで一つだけ減算対象となった事項がある。
それは、
「あのとき、どうして基地の床下に空間が有るって……燃料貯留槽になっているって分かったの?
ミッション前に見たマップデータでも、そこまでは把握できていなかったはずなのに」
あの奇策をショートテイルが持ち掛けてこなければ、敵ACを燃料貯留槽に落として誘爆させることなどできはしなかった。
施設内部から生じた爆発ということで、資源基地自体にも予想以上の損傷を与えてしまったが、燃料貯留槽からも大半の燃料が抜き取られていた後だったので、基地自体が吹き飛ぶような大爆発までには至らなかった。
それでも報酬の減算対象とはなってしまったが、今では仕方がなかったと割り切っている。命あってこその物種だと。
それにああする以外、逆転勝利する手段は無かったとメリアドールは確信していた。
「あぁ~、アレね。 あれ」
真剣な眼差しを向けるメリアドールとは対照的に、事も無げにショートテイルは言った。
「昔テレビで見たことがあったっちゃ」
「……え、テレビ?」
「そそ、テレビ。 だいぶ前になるけど、《起動戦士ガンガレNEET》っていうタイトルに、砂漠の廃棄施設で戦う話があって、砂漠の狼っていう異名を持った敵軍の指揮官が―――」
「あぁー、なるほどねー、わかったよー なるほどなるほど……」
ショートテイルの言葉を遮って、それからメリアドールは頭を抱えた。
詰まるところ自分はあの時、ショートテイルの趣味からきた思い付きを根拠にして、敵ACとの命賭けの撃ち合いに臨んだというわけだ。
もし失敗していたら―――そんな考えが頭を過ぎり、背筋に薄ら寒いものを感じる。
思わず文句の一つも言ってしまいそうな気分で顔を上げたが、
「?」
愛嬌のある顔が不思議そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
改めてじっくり見返さずとも、何も考えていないことがよく分かる大きな瞳。
同じ女の自分から見てもかわいいと思える目鼻立ちの整った、美人というよりかは可愛い系に区別できる少女然とした女性。
これで普段の奇妙な言動さえ無ければなと……そこまで考えてメリアドールは、ふと一つの思いに至った。
(……考えてみれば、そんな軽薄な根拠に命をベットしてきたのはショートテイルも同じ、か)
それにショートテイルの思い付きがなければ、どちらにしろ負けていたのだ。
厚い雲に閉ざされた夜空の下で、葬送の炎に焼かれていたのは自分たちの側だったかもしれない。
「―――やっぱりあんたすごいわ」
結局のところメリアドールの思考は、いつも通りの結論に行き着いた。
そのどこか達観した声色に、ショートテイルは首を傾げる。
ちょうどその時だった。
「待たせたな」
会話が終わったタイミングを見計らったかのように、二人が座るテーブル席に影が掛かり、頭上からどこか飄々とした男の声が降ってきた。
「どうにか生き残ったようだな。 無事でなにより、だ」
男の―――店主の言葉をどこか空々しく感じるのは、OVA資源基地での激戦の記憶がまだ、心身共に焼き付いているからだろうかと、メリアドールはそんな風に考えていた。
彼女としては、店主に言っておきたいことがいくつか有ったのだが、
「―――まったくだっちゃ! 何回死ぬと思ったことか!」
……こうやって思ったことを包み隠さずぶち撒けられるショートテイルの思い切りの良さが、ときたま羨ましくなることがある。
ショートテイルが憤るのも無理はないと理解していたが、危険は傭兵稼業であれば付きものであるので仕方がない。
それよりもメリアドールには、心中で引っ掛かっていることがあった。
ここはショートテイルに倣うこととして、メリアドールも遠慮無くそれを口にする。
「あんな危険な……いえ、難易度の高い任務をよく私たちみたいな万年Fランクの傭兵に回す気になったわね?
もしも私たちが失敗していたら、貴方のブローカーとしての信用にも傷が付くんじゃないの?」
店主は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに皮肉めいた笑みを顔に張り付かせて口を開いた。
「―――神は乗り越えられる試練しか与えない。 その点は俺も同じということだ」
「なにそれ、あなた神さま気取りなの?」
メリアドールの目じりが若干吊り上がったことに、店主は機敏な反応を示した。
「おおっと、そんなつもりじゃあない!
気に障ったんならあやまるぜ。 俺ぁ、ただのしがないカフェのマスターだからよ」
ヒラヒラと掌を胸の前で踊らせてたじろいだ店主が、すぐさま弁明を続けた。
「それにな、お前さん方ならやり遂げるだろうと思ったからこそ、俺は仕事を回したに過ぎん。
……“ラッキーパンチのショートテイル”と“バラし屋メリー”の組み合わせといったら、俺らの界隈じゃ割と有名なんだぜ?」
「私は回収屋よ! 変なあだ名付けないでちょうだい!」
即座に抗議するメリアドールの対面。テーブル席の向い側に座するショートテイルは、店主の言葉に二つの反応を見せていた。
一つは前半の自分自身に関する部分。
「え、やっぱりウチって有名だっちゃか? いや~、人気者はつらいっちゃね~!」
というものと、もう一つは後半部分。
「―――にしてもバラし屋……プクー、クククっ!」
バラし屋なる呼称を使い始めた先駆者を自負する者として、それが自分以外の人間にも確実に広がっていることを知ったショートテイルは、認められた嬉しさと、むず痒いような満足感に身をよじった。
背をくの字に折り曲げて腹を抱えだしたショートテイルの姿に、メリアドールは心身を苛む頭痛が悪化するような錯覚を抱き、同時に腹を立てた。
ちょうどショートテイルの頭頂部が、無防備にもこちらに向けられていたため、手刀で渾身の一撃を叩き込む。
「あがぱっ!?」
まるでスパナで殴り付けたかのような重量感のある鈍い衝突音。奇声をあげながらテーブルに倒れ臥したショートテイル。
空になっていた二つのカップがガチャガチャと音を立てて揺れる。
幾度か痙攣した後、ショートテイルは動かなくなり……やがて沈黙が訪れた。
店内の片隅にいた男性客の集団も、この瞬間ばかりはこちらに視線を向け……テーブル席の惨状を認めるやいなや、すぐさま目を逸らした。
「オーケー、オーケー」
仕切り直しだ、と。
店主はそう言わんばかりに、再び胸の前で垂直に立てた掌をひらひらとさせる仕草をした。
「―――ともかくだ、結果としてお前さん方は稼ぎの良い仕事を成功させた。 お前さん方には相応の報酬が入ったし、俺は無事にマージンをゲット。 なけなしのメンツも保たれた。 めでたいことに誰も損はしちゃいない……そうだろう?」
「そうね、確かに稼がせてもらったわ。 誰も損はしていないし、どこにも悪いことはないわね……このミッションに関して言えば」
店主の表情が若干だが固くなったと、メリアドールはそんな気がした。
返礼とばかりに探るような視線がメリアドールの肢体をまさぐる。
「勘繰りすぎだぜ、お嬢ちゃん。 だが物事には裏表があるように、多面性ってものがある。 俺は誰も損しちゃいないとは言ったが、あれだってこっちの側に限ってのことだ。
資源基地を占領していた連中はお前さん方にブッ潰されたし、燃料を抜き取って逃げてた連中も、いつの間にやら砂塵に埋もれて消えていた。 そいつらも含めるなら、さっきの俺の言葉は嘘ってことになるな。
しかし、誰も損はしていない……お前さん方に関する部分では、この言葉は間違いようのない真実だ。 誓ってもいいぜ?」
「損をしないっていうことと、得をするってことはイコールじゃないわ」
「……厳しいねぇ」
「ちょっと覚えがあって、ね」
メリアドールは今回のミッションに先立って受けた、バンガード絡みの依頼を思い出していた。
廃棄都市から武装勢力を排除するためにショートテイルと共に出撃したのだが、与えられたミッションは内容こそ間違ってこそいなかったものの、意図的に一部の情報が伏せられていた―――結果としてミッションを成功させることはできたのだが、依頼主の真意を見抜けずに、あやうく自分たちが消されるところだったのだ。
それはメリアドールにとっては苦い記憶として、また教訓として、脳裏に強く刻みつけられている。
だから今回のように分不相応な難題を任されれば、自然と勘繰ってしまうのだ。
「―――けれど、誓うって言うのなら、貴方はそれをどうやって証明してくれるのかしら?」
「良い仕事があれば、また回してやるさ。 これ以上の証明は無いだろう?」
店主は些かも動揺することなく、メリアドールの問いに答えた。
「そう……分かったわ」
一息を付いてメリアドールは肩から力を抜いた。
無論、店主の言葉に納得したわけではなかったが、仕方がなかったのだ。
まるで最初からその文言を用意していたように、淀みなく答える店主の反応を見て、これ以上追及することの愚をメリアドールは悟ったのだ。
こうやって食って掛かられることも、あらかじめ計算尽くだったのだろう。
「行こう、ショートテイル」
俯せのままテーブルに沈んでいるショートテイルの襟首を掴みあげて、上体を起こしてやる。
その時たわわに揺れた胸元への嫉妬を手に込めて、ショートテイルの頬を2~3回ぺちぺちと軽く打ってやり、意識の覚醒を促す。
「……んぁ?」
不明瞭なうめき声を漏らしたショートテイルの手を取ってメリアドールは席を立った。
まっすぐ出口に向かって突き進んでいくメリアドール。千鳥足のまま手を引かれていくショートテイル。
店から離れていく女性ミグラントたちの背に店主は静かに声を掛けた。
「ホテル・ブルーローズは常にお客様の味方だ。 今後ともご贔屓に頼むぜ」
「……行ったか」
店を出て行く二人の傭兵の背を見送りながら、店主の男は―――ジェイナス・ジェボーダン・ランスキーは息をついた。
ああは言ったものの、二人が無事に資源基地の奪還任務を遂行できるとは……正直なところ《マーヴェット》を撃破できるとは、ジェイナス自身も思っていなかったのだ。
彼女たち二人には、そこまでの役割を求めていなかった。
そもそもOVAの資源基地奪還を仲介したのも、ジェイナス自身には別の目的があってのことだった。
「結局のところ、奴(やっこ)さんは出張ってこなかった……」
ジェイナスの属する組織―――古くから社会の底辺に根を張り巡らせてきた古参マフィア“
ホテル・ブルーローズ”。
組織は武器の流通業や麻薬類の密売など、いわゆる闇の稼業を通じて勢力を築き上げていたのだったが、最近その権力基盤に明確な浸食の跡が表れはじめたのだ。
組織の長い歴史の中では、その版図を広げていく過程での軋轢と衝突などは幾度となく生じてきた。
だがホテル・ブルーローズは、その度に力を持って外敵を排除し、または懐柔し、ときには取り込んでいくことで今日に至るまでの歴史を連綿と繋いできたのだ。
しかしながら今度の相手は、“
市民の友”を名乗る彼らは今までとは勝手が違う。
ホテル・ブルーローズの古参となるジェイナスも、そう直感した者たちの一人であった。
市民の友が行う略奪や虐殺、果ては年少者に至までの強制徴兵。触れるもの全てに対して振る舞われる、なりふり構わない悪辣な行いの数々は剥き出しの刃に等しい。
それらは基本的に闇社会にの内に潜行し、表社会には穏健に溶け込むことを是としているホテル・ブルーローズとは、全てが対極に位置するものだ。
市民の友が今の指導者の下で権勢の拡大を続けていく以上、早晩、ホテル・ブルーローズとの全面衝突に発展するのは明らかであった。
そしてそれが、ホテル・ブルーローズにとって決して少なからぬ災禍をもたらすであろうことも。
そこでジェイナスは、市民の友がバンガードによるOVA資源基地占領に、子飼いの傭兵を潜り込ませているとの情報を掴み、燃料の横取りを企てていることを察知して一計を案じたのだ。
テルシオ・ヌーメロ。市民の友を率いる二代目リーダーの暗殺である。
幸いだったのはOVA資源基地を占拠するバンガードが、貯蔵された燃料それ自体を重視していないことだった。
それはバンガードがOVA資源基地の占領に際して、傭兵を主力としたごく少数の戦力しか用いていないことからも明らかであった。
バンガードの目的は資源基地そのものではなく、占拠状態の持続―――つまりOVAの勢力圏内で睨みを効かせる、示威行動それ自体が主目的であると推測された。
そういった事情もあり、最終的にはホテル・ブルーローズのトップであるドン・ルチアーノの裁可を経て、ジェイナスは今回の作戦を実行に移したのだ。
「しかしバンガードは別としても、奴らにとっては違ったはず……」
OVA資源基地からの燃料強奪は、市民の友にとって決して扱いの小さな作戦ではなかったはずである。
無軌道な暴力によって勢力を拡大し、専横を繰り広げる市民の友ではあったが、組織を維持するための源泉となる資源確保は常に付き纏う課題だ。
それなりの戦力をもって作戦に臨むことは想像が付いたが、市民の友の戦力は大半が強制徴兵された少年兵や犯罪者などの所謂アマチュアだ。
子飼いの傭兵であるフェオも、表向きはバンガード勢としてOVA資源基地の占領の戦力に加わっているため、バンガードの意に反して自由に動かすことはできない。
……となれば、だ。
燃料の強奪にはならず者達を使うとしても、万が一のことが起きた場合、予備として投入される戦力の人選はごく限られたものになってくる。
市民の友の擁するAC戦力は、フェオの《マーヴェット》を除けば二機しか確認されていない。
そのうちの一機。《セロ・イハ》と呼ばれる中量二脚型ACは、常に多数の友軍と共に行動する傾向にあることから、今回のような秘匿作戦の予備戦力としては適さない。
そうなれば必然的にもう一機のAC―――つまり、テルシオ・ヌーメロの駆る《グランパドレ》が出てくる可能性が高い。
資源基地の地上で《マーヴェット》とこちらの傭兵が戦闘をしている隙を突いて、燃料の強奪部隊は資源基地の建設当時に造られたまま残されていた地下道から脱出してくる。
そこをフォーシィの《カルテット・K》に襲撃させ、防衛に出てきたテルシオ・ヌーメロを叩く―――それがジェイナスの立案した作戦だった。
「やはりフォーシィがやり過ぎたか……」
テルシオ・ヌーメロへの刺客としてジェイナスが雇い入れたのは、アリーナでも屈指の実力を誇る4th-Forces。
対AC戦を考えた場合、最高位の威力を期待できると見込んでの採用だったのだが……フォーシィは想定していた以上に実力を発揮してしまった。
後方に控えていたであろうテルシオ・ヌーメロを誘き出す前に、燃料を輸送するトレーラー部隊を悉く破壊し尽くしてしまったのだ。
結果としてテルシオ・ヌーメロが現れることはなかった。
燃料が瞬時にして失われたことで、介入の機会と意味を失ったと考えられる。
「―――もしくは、こちらの動きに気が付いていた、か」
今となっては確認する手段はないが、どちらにせよ一筋縄ではいかない相手であることだけは分かった。
厄介な野郎だ、と。
ジェイナスはまだ見ぬ敵の姿を想い浮かべて独りごちた。
「―――そういえばマーヴェットから死体は出てこなかったらしいが……言いそびれちまったな」
ジェイナスは二人の傭兵が出て行った店の入り口から視線をずらして店内を眺めた。
(……なんだ?)
今日はやけに客の入りが少ない気がするなと、ジェイナスは思った。
いつもならそれなりの客が入り、静かな賑わいを見せている筈の店内が、こうも見事にがらんどうなのはどういうことだ。
客足の途絶えた店内に視線をさまよわせながら、ジェイナスの脚は自然と店外へと向けられていた。
表通りに面したオープンテラスの方に人の気配を感じたからだ。
確かに今日は良い陽気だ。
客はそちらの席に集中しているのかもしれない、と。
そんな希望的な観測を抱きながら、ジェイナスは店の扉を押し開いてオープンテラスへと出ていった。
「なっ……!」
カフェの店主にとっての地獄が、そこには広がっていた。
オープンテラスは魔境と化していた。
普段であれば深窓の佳人と見紛う常連客の女性が車椅子で腰掛けており、彼女を目当てにした幾人かの男性客で埋まっているはずのオープンテラス席。
そこは庶民派志向でありながら、小洒落たカフェレストを内心として標榜している《駒鳥の憩い亭》の看板としての役割を存分に果たしている空間である。
しかし今日は、何もかもが違っていた……。
普段ならば居るはずの“客寄せの客”は居らず、代わりに席に座していたのは、それぞれが独特の雰囲気を身に纏った四人の男たちだった。
民族衣装にカウボーイ風のテンガロンハットを被り、牛革のベルトにマチェットの鞘を巨括り付けたスピリチュアルな風貌の巨漢。
擦り切れたジーンズと、汚れたランニングシャツ一枚というだらしない格好が、毛髪の後退しつつある寒々しい頭部と共に、哀愁を感じさせる中年男。
筋骨隆々な肉体にライダースジャケットを纏い、サングラスの奥から時たま機械的な赤光が漏れ出している男。
しまいには裸の上半身に弾帯ベルトを巻き付けた、ヒッピーのような長髪の男まで居る。
彼らは各々の巨体をオープンテラスの奥に狭苦しそうに押し込めながら、それでも律儀に一つの卓を囲って談笑していた。
なぜだかは知らないが、店では提供していない筈のアルコールが注がれたジョッキを、四人とも当然のように手に持っている。
すぐ側には酒樽が置いてあり、豪快に割り開かれていた樽の上面からジョッキを突っ込み、酒を汲み取っては次々と飲み下していく男たち。
店の軒先では人数分のハーレーが鼻頭を揃えて歩道上に駐輪されており、道行く人々の進路を阻んで不評を買っていた。
―――ジェイナスは絶句していた。
今目の前に広がるこの光景だけを切り取って見れば、場末の酒場と大差は無い。
しかしここは、第9領域の中心都市イル・シャロムであり、高級ホテルブルーローズと同じ通りに居を構えているカフェレストだ。
ましてやまだ昼過ぎであり、断じて荒くれ共が集う時間帯ではない。
「すっかり本調子じゃねぇか
アーノノレド。 復帰したてとはいえ、勘は衰えちゃいなかったなぁ!」
「ああ、溶鉱炉での経験が生きた。 ―――液体窒素がなければ危なかったがな」
「T-サウザンドの件か。 そういえばトムは元気にしているのか?」
「母親の看病で忙しいそうだがな。 問題はない」
「―――なら俺が特性のサコタッシュを作って持って行ってやろう。 なに、あれを食えばどんな病気も一発でカタが付くさ」
「どんな料理なんだ?」
「コーン、トマト、バタービーンズに バターを加えて煮込んで作るインディアンの料理だ。 病人にも食べやすいし、体にも良い」
「おいおぃ、大丈夫かぁ? お前ぇさん、ここ暫くは船に乗ったり鉱山に籠もったりで、包丁なんか握る暇もなかったろう?」
「そんな簡単に腕は衰えたりしないさ。 技術はこの指先に宿り、料理にも魂が宿る……見ていろ」
席から立ち上がったカウボーイ風の男は、牛革のベルトに括り付けた鞘から、目にも留まらぬ早さでマチェットを引き抜き、大きく振りかぶって投げた。
それは立ち尽くしているジェイナスの右頬を、鋭い空気の渦で撫でつけると、十数メートル先の柱に突き刺さった。
柱に施された装飾のちょうど真ん中だった。
「熱いハートは見てのとおり。 指先の技術だって健在だ」
大げさな仕草で戯けるカウボーイハットの男。
それを合図にしてか、大の男たちは椅子をゆすりながら笑い出した。
男たちの一連のやり取りをジェイナスは魂の抜けた表情で傍観していたが、一体なにが面白いのかわからなかったし、なによりも目の前で起きている事態をまったく飲み込めずにいた。
「おぅ、
スクローン! そういやぁ、お前さんもナイフ持ってるだろ? 立派なのをよぉ? こいつらにも一つ見せてやれよ」
「……まだ終わっちゃいない。 戦争は続いている」
「カーッ! お堅いこと言うなって! 勿体ぶらねぇで、アーノノレドと
ヌティーフンに見せてやってくれよ、先生!」
「……」
するとスクローンと呼ばれたヒッピー風の男が、上半身に巻いた弾帯ベルトの下に隠したホルダーから巨大なナイフを引き抜き、それをテーブルの真ん中に突き立てた。
(野郎―――!?)
柱に続いてテーブルまで損傷させられたとあっては、経営者としてもはや黙っているわけにはいかない。
惚けていたジェイナスが我を取り戻し、卓上に突き立てられたナイフに視線を集中させる。
刃体は先のマチェットより小振りだが、それよりも目を引いたのは、柄尻に取り付けられた巨大な髑髏の装飾だった。
その髑髏はスクローンにとってのシンボルであると同時に、彼らのチーム全体を表す符号でもあった。
(あれは……!)
シルバークロームの巨大な髑髏マーク。会話の端々から聞こえてきた幾つかの人名。
粗野な男たちの奇行にばかり目がいってしまっていたが、それらが漸く頭の中で一つに繋がった。
ジェイナスは足下から昇ってきた震え―――少なくとも、恐怖めいた負の感情からくるものではない―――を押さえ込み、一歩を踏み出す。
(俺はツいている―――!)
内心でガッツポーズを取るジェイナス。
ジェイナスの属するホテル・ブルーローズは表と裏を問わず、傘下の組織や外部のミグラントを通じて様々な情報の収集を行っている。
その中でもジェイナスがよく目を通す項目―――近頃、急速に力を付けてきた
傭兵たちをリストアップしたデータの中に、彼らの名前が記されていたことを思い出したのだ。
傭兵集団《エクスペンダブルズ》。
消耗品軍団という名を冠するとおり、無理、無茶、無謀極まりない作戦に幾度となく挑み続けては、それら全てを成功させてきた実績を持つ注目株。
単にAC戦力としてのみならず、時には単身敵地に乗り込んでの肉弾戦も厭わない豪傑たち。
件の資源基地奪還作戦に用いた二人の女ミグラントの名前も、最新のリストには含まれていたのだが、彼女たちはあくまでダークホース扱いだ。
《エクスペンダブルズ》とは評価の根底からして異なっている。
そんな連中が、どういうわけかは分からないが、こうやって目の前に姿を現しているのだ。
市民の友との抗争を控えている今、有力な傭兵である彼らと接点を持てる意味は大きい―――ジェイナスはそう判断していた。
そのためなら多少の店の損傷や風評被害など、これから得られるものに比べれば些事に過ぎないのだと、自らを納得させてジェイナスは行く。
「―――よう! 盛り上がっているなぁ、ダンナがた!」
手駒は多いに越したことはないのだ。
-Order Mission No.32 (case2)-
-END-
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-epilog-
「―――よう! 盛り上がっているなぁ、ダンナがた」
《エクスペンダブルズ》の男たちが一斉にジェイナスを見上げてきた。
「なんだぁ、だぁ~れだお前ぇさん?」
目の焦点も定かではないほどに泥酔しきっているランニングシャツの男。
「―――まだ終わっちゃいない。 戦争は続いている」
ジョッキグラスを静かに卓上に置いた半裸。
「俺の後ろには立たないことだ。 命は保証できない」
真正面から話しかけているというのに、何を言っているのか分からないスピリチュアルな巨漢。
「とっとと失せろ、ベイビー」
しまいには花束で偽装されていた銃を突き付けられた!
「……」
仕方が無く両手を頭上に掲げるジェイナス。一気に込み上げてくる理不尽さと後悔の念。
泥酔しているオッサンが一番まともなことを言っているのはどういうことだ。
この先に待ち受けるであろう困難を、ジェイナスは肌身をもって感じ、天を仰ぐのであった。
-fin-
関連項目
【登場人物】
【組織】
最終更新:2013年01月17日 14:20