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いかに幸いなことか

神に逆らう者の計らいに従って歩まず

罪ある者の道にとどまらず

傲慢な者と共に座らず

主の教えを愛し

その教えを昼も夜も口ずさむ人

詩編 第1章第1節及び第2節











……クーデターより1年経過

第九領域 バンガード占領地外円部 ゲルヴ砂漠
海兵隊 グラディウス・ノイマン将軍旗下 第13機械化混成独立旅団『レイジング・ブル』
突撃発起地点……突撃支援射撃終了まで残5分30秒




鋼鉄の雨が降っていると、海兵隊の兵士たちは遠く木霊する着弾音を聞き、地面が揺れているのを体感しながら思っていた。
状況は海兵隊側に有利である。現在、前線から約24km後方にある砲兵大隊の野戦砲兵隊が、突撃支援射撃を行っていた。
三日も降り続いている雨に加え、低抵抗弾を使用しての砲撃を受けた敵はもう戦闘どころじゃないだろうと、機甲中隊隊長は思い、
射撃終了と同時に突撃発起地点である塹壕から飛び出さなくてはならないことを、歩兵大隊隊長は案じ、歩兵連隊隊長は司令部塹壕で地図を眺めている。
主戦場となるゲルヴ砂漠は、砂漠という名を被った岩石地帯だ。荒涼とした大地に豊富な地下水源を持ち、砂色の捻じれた岩石がいくつも伸びている。
だが、そのオブジェめいた岩石も今はもうなかった。
三日以上降り続いている榴弾の雨とその応酬。殴っては殴られての繰り返しは、風と砂が作り出した自然の芸術を木端微塵に粉砕し、すべてを更地へ変えていた。
特に、海兵隊の意地を見せたくてうずうずしているグラディウス・ノイマン准将の指示は苛烈且つ大胆不敵であり、虎の子のMLRS――多連装自走ロケット砲――さえもこの砲撃に使い込んでいた。
単弾頭の通常弾頭ロケット弾ならまだしも、クラスター弾頭型ロケット弾が派手に炸裂する様は、海兵隊隊員の英雄的士気高揚に大変よく作用してくれている。
対峙するクーデター軍――バンガードと自称しているが、海兵隊にとって彼らはどうあってもクーデター軍である――の状況は、今となっては知りようもないが、ACを主力とした連隊規模の勢力だと推測されていた。
一方、海兵隊は通常戦力を含め、旅団戦闘団規模の戦力を割いていた。サルヴァトーレ・ベン=グリオン将軍旗下の砲兵大隊を含めれば、それ以上の戦力とも言える。
だが、ACは少数しか装備していなかった。海兵隊標準機『UCR-10/A』が一個中隊、支援砲撃機『UCR-10/T』が二個小隊、そしてグラディウス・ノイマン准将の『ゴルディオン』と、予備機3機が全ACとなる。
機数にして19機。予備数3機。その他戦力はすべて戦車・装甲車両・戦闘ヘリ・歩兵からなる通常戦力であり、量より質を唱える海兵隊にしてはやや物量主義的な考えがあるように見えた。

「……少なすぎる」

榴弾の着弾音がまだ収まらぬ中、突撃発起地点よりも後方に布陣していた旅団本部で、愛機『ゴルディオン』の肩に立ち、砲弾の弾着を見守りながら、グラディウス・ノイマンは苦々しげにつぶやく。
広い肩幅の割に背が低く、肉付きの良いノイマンは、ブロンドの髪を刈り上げ、ちょび髭を生やした初老の男だった。肥満気味に見えるが、それらはすべて筋肉であり、旅団内で開かれた白兵戦大会ではいつも上位に食い込んでいたほどである。
インテリ過ぎるきらいのあるベン=グリオン将軍に比べて、勇猛果敢という言葉が良く似合う最前線主義者で、旅団本部を前線近くに設営するのがポリシーであり、兵と共にACに乗って戦うのが彼なりの流儀だった。

「どういうことだ。何を考えているのだ彼奴は。態々部隊を率いてまでして、儂に叩き潰されたいと言うのか」

そのノイマンが悩んでいた。むしろこの状況で悩まずに入れる将軍がいるのだろうかとノイマンは自分で思い、或いはベン=グリオンならば悩まなかっただろうかと歯を食いしばる。
密偵からの情報に寄ればクーデター軍主力のAC部隊の中核に居たのは、間違いなく『大佐』のビッグ・ダディだった。超望遠で撮影した写真を密偵が持ってきて、ノイマンもそれを確認した。
写真は酷くぶれていたが、それは確かにビッグ・ダディのフォルムだった。胴体部にリアクティブアーマーを山ほど張り付け、その上にちょこんと飛び出ているあの頭部と、左腕のガトリングガン。
謎だったのはビッグ・ダディがなにかしらの大型装備を背負っていたという情報だったが、ノイマンはそれをさして気にしなかった。彼奴はいつも最前線近くで指揮を執る。そのための通信機器か何かだろうと考えていた。

「ノイマン将軍! 最終弾着! 全部隊、突撃発起地点より前進開始しました!」

旅団本部となっているテントから駆けだしてきたのは、伝令役の上等兵だった。まだ若い彼の叫び声がノイマンの耳に届くのと、最終弾着の轟音が響いたのは、ほぼ同時だった。
腹の底を震わす弾着音はまるで楽器の音色のようにゲルヴ砂漠に響き渡り、続いて砲声と鬨の声が前線より小さく聞こえた。ノイマンは双眼鏡を下ろし、

「うむ」

とだけ言ってゴルディオンに乗り込み、自ら突撃の先鋒を勤めるためにブースターを吹かし、砂塵を残して去った。

―――

久しくなかった感覚だと、大佐は操縦桿を握り閉め、コクピット内の計器類を見回し、ふと目を閉じて感慨に浸りながら思った。
軍人らしく短く刈り上げた髪に筋肉で引きしまった肉体を持つ彼は今、パイロットスーツに身を包み、重量二脚型AC『ビッグ・ダディ』の内部に居た。
歳を食い過ぎた身体には厳しかったが、やはりACのコクピットはいいものだった。独特の圧迫感と言い、臭いと言い、振動と言い、感じるすべてが懐かしく感じる。
たとえそれが榴弾砲の砲火の中であろうとも、大軍に半包囲され、今や敵軍の突撃を待ち構える側であったとしても、その感覚だけは拭いきれなかった。
思想に思いを馳せるのも、理想を夢描くのも、大佐にとっては必要なことだった。それと同時に、現実の底辺を執行するのもまた、必要なことなのである。

『敵部隊、一斉に行動を開始しました。御命令を、大佐』

シヅキ抑揚のない声が通信機越しに聞こえ、大佐はふうと息を吐き出した。感慨に浸り過ぎてしまったと、冷静な思考を取り戻し始めた頭で思いつつ、大佐はヘルメットのバイザーを下ろす。
ディスプレイを見つめ、操作盤を見回して現状を確認する。そうして彼は、これから自らが為すことを考えた。しかしそれはあまりにも馬鹿馬鹿しいもので、自然と苦笑が零れてしまう。
気高く聡明で勇敢で―――などと、他者が高らかに掲げる理想として君臨するために、並みの蛮勇な男すらやらないような暴挙を為すのだ。これがどうして馬鹿馬鹿しくないと言えるだろうと、大佐は思い、溜息を吐き出す。
何時、どのような時代においても、戦争とは暴力だった。国家間、民族間、主義、理想の合間に起こった問題を解決するため用いられたものも、また戦争だった。そして、多くの人々が夢物語から目を逸らすのもまた、戦争と言う限定された時間でのみ可能だった。
何度も繰り返す戦争の間、平和と言う空白期間に人間がどのようにして腐敗していったかなど、専門家にならずとも分かることだ。危機的意識の持続こそが、人間を常に奮い立たせ、怠惰より解放する。
そうであるなら、その始まりの祝砲を挙げるべきは―――。

「……全部隊に、射線上より退避しろと命じろ」
『了解。全部隊、射線上より退避。次の命令まで待機せよ』

思考を止め大佐はそう言うと、抑揚のない声が復唱する。復唱された命令は各部隊の指揮官から歩兵に至るまで染み渡り、ビッグダディの目前に広がる砂漠に一本の道のような無人地帯が形成された。
道の左右には黒と赤に塗装された高機動前衛型ACストライカーや、高防御砲撃型ACのターミネーターなどが背を向けて立っている。それらの周りには4輪駆動の高機動車や装甲車、かつて地上の王者と謳われた戦車などが集まっている。
まるでモーセの海割りだなと思いながら、大佐は操作盤の一角にある、赤いスイッチを見た。プラスティックカバーで覆われたそれは、数週間前にビッグダディが背負っている巨砲と共に増設されたものだ。
戦乱によって滅びた者達の遺物――現代科学では開発不可能の、円筒状をしたエネルギー・サプライヤユニットと、動力パイプで直結された超大口径砲。無理矢理ACに取り付けた、文字通りの巨砲だ。
それは安易に使うものではなく、むしろ一度として使われないまま鉄屑として破棄されるのが幸いとも言える。それは大量破壊兵器でしかない。滅びた者達が撃ち合った、プロメテウスの火がこの巨砲だ。
大佐はそれを知っていた。どういうものなのか、理解もしていた。その上で彼は、スイッチを押し込む。
瞬間、火が灯る。

【MULTI-CHAMBER ATOMIC HUGE CANNON.SET-UP......All energer lines connected.】

警告音と共にディスプレイにノイズが走り、警告灯がコクピットを赤く染め上げる。機体各部で異常が生じ、自己診断システムが一瞬でクラッシュ。たかが武装に意識を乗っ取られたACは、戦術兵器ではなくなった。
機体に搭載されたジェネレーターが悲鳴をあげながら、底知れぬエネルギーを噴出し、パイプを通じて二十一個の薬室にガスが注ぎ込まれ、弾頭を活性化させるためのエネルギーが注ぎ込まれる。エネルギーの通り道であるパイプは白熱化し、砲身は空気を焼きながら微振動を始めた。
エネルギー・サプライヤユニットと砲身の周囲に紫電が纏わりつき、機体耐久度を数値化したカウンターが減少を始める。機体のシステムが巨砲にハッキングされ、ビッグ・ダディのすべてがこの巨砲を撃ち放つためだけの道具に成り下がった。

『システムエラー システムエラー 障害発生 障害発生』

頭部CPUがハッキングを受け、ブロックノイズ混じりの警告音声をコクピットに響かせる。自我を失い、未知の兵器に身体を乗っ取られたCPUは、ただの脳幹となって司令塔の命令を身体に流すのみとなる。

【Energer supplier unit states normally.】
【Landing gear and climding irons locked.】

【Inner chamber pressure rising normally.】

【Nuclear-warhead set-up,Explosive lens Standby-Ready.】

【All chamber standby,Final safety...You have.】

ノイズ混じりのサブディスプレイに次々に表示される文字を流し読みしながら、大佐は操縦桿を握り直す。
ラジエーターが悲鳴をあげながら稼働し、コクピット内の温度が上昇するほどの熱量を放出しながら、巨砲の持つプロミネンスの火は、確実に種火から炎へ昇華しつつあった。
大佐はそれまで感じた事のない膨大な力に、不安と決意を抱き、撃発ボタンに触れた右手の人差し指を離し、息を深く吸い、そして吐き出す。
多大なる出血に支えられた戦争による平和が、ここから始まるのだ。政治的なものではなく、決定的な実力行使によって、後々まで続くであろう深い轍を、私は今から踏みしめようとしている。
戦争は平和であるとは、なんとも皮肉なことだと、幾つもの思いが浮かび上がる中、大佐は自嘲気味に笑みを浮かべ、警告音声が響く中、伏せていた視線を上げ、サブディスプレイを見た。

【Ready-to-fire】

そこにあったのは警告ではなく、異常無しを知らせる明るい緑色の表示だけだ。
今この瞬間のセーフティーは、己の道徳心くらいだろうか。だが今更、埃ほどの道徳心がセーフティーの役目を果たせるとは、誰も思わないだろう。
躊躇うことなどない。撃てばいいと、大佐の中の誰かが囁く。破壊しつくせばいいと、誰かが言う。今は暴力が必要なのだと、甘い耳うちが頭蓋を擽る。
その声は誰でもあり誰でもない。男でもあり女でもあり、自分でもあり他人でもある。ただそれは、神ではない。神は己の戒めに従順な民だけを愛する、独裁者でしかないのだから。

『―――大佐、全部隊射線上より退避完了しました。防爆体勢も整ったとのことです』

暫し、大佐は佇んでいた。誰のものとも知れぬ白い項を最後に、大佐の白昼夢は消え、不快なコクピットという現実に戻ってきた。
想定外の振動や熱量にACが苦痛を訴えるかのように、シヅキ中佐の声にもノイズが走っている。しかしその声は抑揚は無く、感情もまた感じられない。
引き金に指をかけながら、大佐は己の精神状態がどうあるのか自覚しようとしたが、それは不可能だった。空虚感や孤独感などは枯れ果て、既に彼自身が、目的を果たすための道化でしかいない。道化は外面だけを映し、内面を気取られるようなどあってはならない。

「よろしい。これより砲撃を開始する。三斉射後に部隊は吶喊し、残存敵勢力を殲滅せよ」
『了解。各員に対ショック指令を伝達しておきます。通信、アウト』

私利私欲のために独裁者になった者達は、総じて私利私欲を否定し自らの輝かしい独裁政権の施した政策を讃えるが、私もいつかそうなるのだろうかと、彼はふと思った。
それは引き金を引き切るわずか数秒の思考ではあったが、彼は答えを出した。彼が出した答えは『否』である。自らの暴虐を讃えるなどという愚策を死に際に侵すなど、死ぬに死にきれない。
彼は軍人としての死に方を臨んでいた。だが、瞬間的に砂漠を真っ白に染めた光の中、彼と同じような死に方を臨んでいた敵将兵たちは、皮や骨や脳髄や内臓に至るまで、すべてが蒸発し消えた。
多薬室大型原子砲の発射した戦術核砲弾は、最大限その威力を発揮し、バンガードという軍事政権に刃向う反政府勢力の戦力を、文字通り消し去った。
鉄は溶け砂は焼け、人間は蒸発するか黒い炭の人形と化すか、爆風で吹き荒れた突発的な砂嵐に当てられ、小さくはない傷を負った。小さな太陽が三つ、海兵隊の陣地に出現し、それを出現した個数分繰り返す。
バンガードの軍勢たちは命令通り、核砲弾が炸裂した地へ吶喊し残存戦力を排除してゆく。舞い上がった砂塵が陽光を覆い隠す様は、不可視である放射能が作り上げたなけなしのボロカーテンのようにも見える。
赤い軍勢の攻撃は、戦闘と呼ぶには醜すぎた。それは屠殺のようだった。機能停止したACを転がし、一々コクピットを踏み潰すさまは、絞首刑よりも惨めな光景だった。捕虜など、一人もいなかった。
勝利という華々しいものは死に、眼前の砂上に散らばるのはただただ、それが終わった、と言う事実でしかなかった。





投稿者:狛犬エルス
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最終更新:2013年04月16日 23:10