「ふぅ……」
かぶっていた専用のヘルメットをとり、髪留めを外して軽く頭を振ると、金の髪が広がる。
すん、と鼻を効かせても汗の匂いはしない―――当然。汗をかくほど苦戦するような任務ではなかったのだ。
これならいつ大佐の前に顔を出しても恥ずかしくはない。満足気に口の端に笑みを浮かべたルネは、しかし通路に立つ姿を見て苦々しげに顔を歪める。
「なんですの
ディナ。わたくし、今戻ってきたばかりなのですけど?」
「シスター、マザーが呼んでいます。5番機と共に3番実験場まで移動を」
「………」
ピクリ、とルネの眉が上がる。
ディナはそれを軽く視線をそちらへ向けた後、何事もなかったかのように視線を戻し。
「繰り返します。シスター、マザーが呼んで」
「わ、か、っ、て、ま、す、わ、よ!!」
言葉を途中で遮り、いらだちのまま壁を思い切り殴りながら叫ぶ。
ルネの全力を受けた壁は嫌な音を立てて拳型の穴をぽっかりと開けた。
「シスター、基地の破損をしないでください」
「うるさい! 行けばいいのでしょう行けば!」
怒鳴ると、踵を返し格納庫に置いてきた愛機、ノーブルロアーの方へと戻る。
と、後ろから足音。
「…なんでついてきますの?」
「通達後、わたしも移動するように言われました」
「…あ、そ。勝手になさいな」
「はい、シスター」
後ろからついてくる小さな足音に不機嫌そうに鼻を鳴らすと、格納庫に戻り愛機へと駆け寄る。
警告してくる整備員を横目で睨みつけて黙らせると、巨大なACを足元から僅かな取っ掛かりを頼りに駆け上る。
コクピットハッチに手をかけ簡単な操作で開かせると、その中へ飛び込んだ。
「さ、はやく案内なさい、ディナ」
「了解です、シスター」
怒号とともにグレイスの胸ぐらを思い切り掴みあげる。
「シスター、落ち着いて下さい」
「お、おおうギブよギブ」
「わたくしが大佐からお預かりしてるオーバードウェポンを外せと!? 馬鹿も休み休み言いなさいな!!」
「シスター」
ぐ、と力を込めた手をディナに抑えられると、ルネはしぶしぶ手を離す。
解放されたグレイスは軽く咳をして息を整えると服の胸元を正してから一度ルネから距離を取る。
「さ、最後まで聞いてほしいのヨ…」
「……へえ、言ってご覧なさい。納得出来ない場合は…わかってますわね?」
その言葉にグレイスはビッ、と親指を立ててサムズアップ。ルネのこめかみに青筋が立つ。
意にも介さず落ちた指し棒を拾い上げるとスクリーンを何度か叩いて表示を先に進める。
「じゃ、ドウター・ファイブに搭載する武器腕を説明するわヨ」
コン、とスクリーンを叩く音。
「ドウター・ファイブが搭載するのはレーザーキャノン格納式腕部。その名の通り変形すれば右腕にレーザーキャノンを装備することになるわけネ」
「…それで?」
「このレーザーキャノンはビッグダディに搭載されたオーバードウェポン<ヒュージキャノン>を参考にしてつくられてるのヨ?」
「!!!」
一瞬にしてルネの顔色が変わった。
「つまりこの装備はビッグダディの子供に当たるといっても過言でもないわけヨネ?」
「こ、子供………」
眼がキラキラと煌く。頬が上気する。手を胸の前で握りしめて。
そしてこの満面の笑顔である。
「どうしてもイヤというならしかたな…」
「ぜひ装備させていただきますわ!!」
「………シスター」
わずかに含まれた、非常に貴重なディナのどこか呆れたような吐息にも気がついた様子もなく、ルネは彷彿とした瞳でスクリーンに表示された新たな姿のドウター・ファイブを見つめている。
ぽう、と上記した頬ははたから見ればおそらく色っぽいのだろう。
その頭の中が今、妄想一色にさえなっていなければ。
「ああ……いやん、大佐とわたくしの子供だなんて…」
あっという間に脳内の妄想に尾ビレと背ヒレがついた。
ディナが肩を一度、二度と叩くが反応がない。
仕方なくディナはルネの肩を押すと、よいしょと端へ除けてグレイスの前へと立つ。
「……マザー、私の方は」
「ああ、ドウター・フォーは機体の直接カスタマイズと、それに合わせ武装の変更ヨ。仕様書はコレ」
「ふむ―――このシールドというのは?」
「手持の装甲板ヨ。状況に応じて使用して頂戴」
「了解しました。…………シスター、そろそろ」
未だに恍惚と妄想の世界にいるルネをゆさゆさと揺するとルネはハッとした顔で、あいたままの口から零れそうになったよだれを拭き取る。
そして不機嫌そうな顔になるとぼそりと一言。
「………あと少しでしたのに」
なにがだろう。
「…相変わらずだな、おまえたち」
隣室から聞こえた声にルネとディナが振り返るのと同時に、ドアが開く。
車椅子の車輪がきい、と軋む音と同時に、腰掛けたままで現れた少女は軽く手をあげて挨拶をする。
「…
ニンバス」
「しばらくぶりだな二人共。息災そうで何よりだ」
「しばらくぶり…というか、どこいってましたの? 貴女が出撃しない分わたくし達に任務が回されていたのですけど?」
「すまないな、これに時間をとられていてね」
とニンバスが指した背後の室内をルネがひょいと覗き込む。
しばらく眺めた後、中を見てもわからなかったのか、眉間にしわが寄ったルネがニンバスの方を向く。
「…なんですの?」
「<UNAC>のカスタマイズ室だ。簡易カスタマイズするための行動チップの作成を頼まれてな。しばらく缶詰状態だった」
「ゆーなっく?」
疑問符を浮かべるルネに苦笑いをすると、ニンバスは手持の端末を操作して文字を表示する。
「<UNmanned ARMORED CORE>。通称<UNAC>…無人制御式ACだそうだ」
「そゆことヨ。これでバンガードの戦力も拡充できるってこと」
「私の手駒としても使えるしな。戦略に幅が広がるのだが…」
ちらりと見た露骨に不満そうなルネの表情に、思わずニンバスから苦笑が漏れる。
その苦笑いにルネの表情はさらに苦味を増す。
「…不服そうだな、ルネ?」
「所詮人形でしょう? 役に立ちますの?」
「役立たつのかどうか、それを今から試す、ということだ」
「それは…」
「私の作ったプログラムは手強いぞ?」
「…ああ、模擬戦ってそういう」
「そういうことヨ」
再びコン、という音に三人が振り向くと、グレイスがスクリーンを叩いて表示を変える。
表示されるのはドウター・スリー、ワイズマン。その下に3機分、ACのシルエットを表示する。
間にその横に<VS>の表示を置くと、同じようにドウター・フォー、ドウター・ファイブを表示して。
「ドウター・フォー、ドウター・ファイブの新装備テストと、UNACのテストを同時にやるわけだ」
「…なるほど。それにしても」
ルネはチームを組まされたディナに視線を向ける。
無表情のまま何事かと見返すディナの眼をしばらく見た後、フン、と鼻を鳴らして背を向ける。
「敵も味方もお人形ですわね」
「おい、ルネ―――」
「ネガティブ、シスター」
「……ディナ?」
ディナがぼそり、と発した言葉にニンバスは自分の言葉を止める。
だがルネは振り返るとあざ笑うように皮肉げな笑みを浮かべ。
「なにがですの? 同じ機械のようなお人形のくせに」
振り返ったその瞳をじっと見つめたままディナは言葉を続ける。
「ネガティブ。UNACは私と同類ではありません、シスター。UNACには意思がありません」
「………」
しばし呆気にとられたようにディナを見ていたルネは、再び背を向ける。
言葉を探すようなしばらくの沈黙の後、口を開くとその声色にはどこか喜びの色が聞いてとれる。
「………言うなら、行動で示して見せなさいな」
背を向けたままながらも、信頼を示すような一言にディナは一つ頷く。
「はい、シスター」
珍しく機嫌の良いまま去っていったルネと、それを追うディナの後ろ姿に、ニンバスは笑みを零す。
そして自らの機体へ向け車椅子を動かし、その横に並ぶUNAC達に眼を向ける。
「さて、姉としての威厳も見せねばならんな…協力してもらうぞ、お前たち」