オーダーミッションNo.016【輸送ヘリ破壊】CASE2「終了→開始」
難易度: D 依頼主: カレフ 作戦領域: BURIED FACILITY(オーダーミッション03) 敵対勢力: ミグラント 敵戦力: 大型輸送ヘリ 作戦目標: 輸送ヘリ及び輸送物資の完全破壊 特記事項: 輸送物資の内容は他言無用の事 単独で遂行する事 前払い報酬20000Au 後払い報酬80000Au 概要: 情報屋のカレフだよ。 クライアントからの要望で僕を通す形で依頼をさせてもらう。 クライアントの拠点に他のミグラントが突如襲撃をかけてきたらしい。 撃退には成功したんだけど、その隙に重要物資を積んだ輸送ヘリが強奪されてしまったんだ。 このまま逃走を許すと、クライアント側に大きな損害が発生してしまうんだ。 そこで君には輸送ヘリの撃墜、搭載物資の完全破壊をしてもらう。万が一搭載物資の中身を見ても他言は無用との事だ。あと任務の性質上単独で請けてくれるのが条件だ。 クライアントは破格の報酬を用意している。受けない手はないと思うよ? |
荒野が広がっていた。
砂と埃混じりの濁った風に遮られつつも、遠くには決して蜃気楼ではない街が見える。
空には太陽が眩しく光って、枯れた大地を照らし出している。
照らし出されている中にACがあった。黄色を基調としたカラーリングがなされ、中量二脚にカテゴリされる脚部にはライフルにパルスマシンガンにヒートライフル、ハンドガンが装備されている。広く出回っているパーツも、かつては世界の奥底に眠り、生活と金と戦乱を求める者達に無礼にも叩き起こされ、再び大地を駆け抜け、全てを蹂躙する力だ。
足下に、何かが何かを散らせていた。動くそれに対して、そのACが左手に持ったハンドガンを向け直した。
一度。
二度。
三度。
同じリズムで三度撃ち抜いた。撃ち抜かれたものは動かなくなった。荒野には、ただACだけが立つことになった。
搭乗者は表情一つ変えない。だが、緊張だけはほぐれることはない。これで終わりだろうかという疑惑だけは消えない。物事の始まりと終わりはいつでも曖昧だと彼は思う。
この作戦の始まりはどこだろか。
廃墟に陣取っているミグラントを殲滅に行き、察しの良い対象者が逃げ出していて、もぬけの殻となっていた。ヘリに吊られて帰る途中で
カレフという情報屋から緊急の依頼が入ったことだろうか。
それとも、その依頼をすぐさまに受諾したことか。
それとも、初めてACに乗り戦ったあの日だろうか。
それとも、……。
否、始まってしまったものは、始まらなかったことにできない。自分では、何かで塗りつぶすことも出来ないのだろう。
始まりはどうにもならないとしても、では終わりは何処だろうか。
目の前には、四種の銃器で散々に撃ち抜いた死骸が横たわっている。
以前、アインベルター社の依頼を受けた際に、戦った生物兵器に似ていた。いや、正にそのものだろう。全長は10メートルを超えた甲虫に似ている。堅い外骨格は、ACの兵器でもそう簡単には傷がつかず、さらに威嚇するように酸を吐いてくる。厄介なのはそれなりに素早く、そしてFCSでは捕らえきれない点だ。
それらの要素は、ACにとって脅威となるはずであるが、それも、数が揃えばと言うことだろう。以前戦ったときは、見渡す限りと言っていいほどの数に囲まれていた。難易度Bも十二分に納得できる状況であり、Cランクかつ単機で来たことを依頼主は気にいらない様子であったことも覚えている。直接に戦ったことがある故に、脅威については十二分に理解している。
それでも荒野にはたった一匹の生物兵器しかいなかった。交戦と言うほどの交戦でもなく、彼、
ブラウにとっては簡単過ぎるほどの作戦でしかなかった。だから、そのあまりの違和感に緊張が解けない。この生物兵器が単独であらわれる類の物ではないと思う。隠れる物すら禄にないような荒野に隠れているのではないか。じっと息を潜め、眠りから覚めた暴力を喰い殺そうと狙っているのではないかと警戒せざる得ない。
通信が入る。
警戒を解かないまま、そう、この違和感だらけの状況に誘い込んだこの依頼主も疑うべき対象だ。
『こちらカレフだ。終わったね? 』
スピーカー越しには、やや親しみやすい雰囲気の声が聞こえる。依頼の通信時は随分と慌てた様子だったが、今は緊張感もさほど無いように思える。彼にとっては、この依頼は終わっているのだろうか。
「ええ。本当に、この一匹だけですか? 」
『そうだよ。君の担当はだけど。本当はもう一匹いたけど、そちらも片付いた。成功報酬は振り込んで確認のメールを送っておくよ。お疲れさん』
「わかりました」
緊急の依頼であることからイレギュラーな出来事だったのだろう。前に戦ったときは状況は随分と違っているのだ。ブラウは待たせてある輸送ヘリへと連絡を入れた。これで戻って、今日はもう早く休んでしまおう。思いかけない依頼があり、十二分に報酬も手に入った。明日も知れないミグラントとしては幸運な日だ。
だが、警戒だけは解かない。
解くことが出来ない。
全ての終わりが見えないのだから。
全ては、決して、終わらないのかも知れない。
もしも、自分が死を迎えても。
終わらないのかも知れない。
□
蜥蜴重工へとたどり着き、整備などの打ち合わせを簡単に済ませ、ガレージの片隅にある休憩スペースへと足を運ぶ。随分と古めかしい長いすが並べられ、壁の一面を占領するように自販機が並んでいる。ジュースからお菓子にカップラーメンとバラエティに富んではいたが、迷うことなく500mlペットボトル入りの水を選んだ。長いすに座ることもなく、自販機の前で立ったまま渇いた喉へと水を流していく、旨くはない。消毒液の香りが鼻につき、ただのH2Oに過ぎない代物だ。とにかく飲むことと長期保存が利くことだけを目標としたのだろう。是非に次のステップとして味の向上に挑んで欲しいと思える。
―次はどんな依頼を受けよう。逃げたミグラントは……また提示されるだろうか―
そのミグラントと言えば、ミグラントとは名ばかりの略奪者に過ぎない連中だ。逃げたことで、他にどんな被害があるだろうか。その被害は、自分が逃した故の所為だろうか。逃したといっても、別方面から情報が漏洩するなりしてのことであり、ブラウ自身には落ち度は全く無い。
背後に何か足音が聞こえた気もするが、彼は気にもせず二口目を飲もうとした。
「おう。俺様もコーヒー飲みたいから、ちょっとどいてくれ」
「……失礼」
随分と砕けた様子の声に謝りながら振り返ると、上半身裸の男がいた。パイロットスーツを着てはいるが、両の袖は腰に巻き付けられている。湿った長髪を振り乱し、頭を隠すようにタオルを載せている。タオルの隙間からは無精髭と鋭い両目が見えて、首には金属片をチェーンに繋げてかけている。左手には杖が持たれ、足を引きずるように自販機へと一歩近づいていく。
「その水うまいよな」
得体の知れない男は振り返りもせずに言った。
「そうですか? 」
「レーション付属の水なんざそのまま消毒に使えるじゃないかと思うほど消毒液臭い奴があってよ。つーか、水じゃなくて消毒液だあんなもん。しっかし、レーションもどうにかならんもんだろうかな? どこのバカヤロウがあんな不味い物作っているんだ。絶対に試食してねぇぞ。それか、砂糖と塩を間違えても気がつきもしないバカヤロウが作っているに違いない。ケチャップとタバスコの区別もつくわけがないバカヤロウのはずだ。そういうバカヤロウをどうこうする依頼って無いもんだな。あったら真っ先に特別価格手数料無料で受けてやる」
「はぁ」
と男が選び、緩慢な動作で缶を取り出して、体を投げ出すように長いすへと座った。わずかに傾いて、当初の位置からずれたが杖の男は気にする様子もなく杖も投げるように傍らへ置き、レモン系の柑橘系飲料のプルタブをあけてズズズと飲み出す。
「コーヒーじゃないんですか? 」
確かに数十秒前にはコーヒーを飲みたいと言っていた気がしての質問だ。
「気分が変わった」
「はぁ」
「あるだろ? そういうの? 会社勤めの女で例えると、今週はヘトヘトで疲れたわ、でも明日から土日で休みだし、おいしいもの食べておいしい酒を普段より多く飲んで、二度寝してやろう。一日外へ出ることもせず、起きたらシャワーを浴びて面倒な化粧もせずにスウェット一枚で過ごしてやる。そんな姿は憧れている同僚になんて絶対に見せられないって苦笑しつつ、その日の最後には自分で頭をコツンと叩いて反省ってしちゃうだろう。そこそこ面白いバラエティをお気に入りのぬいぐるみを抱いてゴロゴロしながら見て、もし会社から電話がかかってきたって気がつきませんでしたって言い訳を用意して休んでやろう。絶対に行ってやるものか。休日こそは私の最後の要塞だと心に決めてということだ。さて、何を食べよう。肉も良いが魚も良い。でも、先週はステーキを食べに行った。安いだけでボリューム満点満足度50点だった。割引券があるから行ったが二度と行ってやるものか。でも、ネット掲示板で悪評を書くほど悪くもなかったからこれで許しやる。フレンチもいいが中華もいいかもしれない。イタリアンも良いし和食も良い。カレーもいいけどラーメンも良い。騒がしい屋台に行くのも良い。だけど、どうせなら普段は絶対にしないことをしようかしら。いっそのこと業務用のアイスクリームと食パンと蜂蜜を買って来て特大ハニートーストでおなかいっぱいになるのもいいかしら。付け合わせには、まだ見ていないラブストーリーのドラマだ。仕事が出来て顔も良いがどこかに暗い影がある俳優とヒロインに好意をダイレクトに示す幼なじみの三枚目と、見るからにドジなヒロインがメインキャストで、ドジなヒロインに自分を重ねつつも、スタイルが足りてたり足りすぎていたりに躊躇しつつも結局は気にしない。矯正下着とストレッチがそのうち理想を現実にしてくれるという希望的観測を信じてのことだ。本当は馬鹿らしいとさほど信じてもいないがな。ドラマは、幼なじみ役が三枚目だが、自分としてはどうみても三枚目に一枚足りないイケメンだと思いつつ、自分の幼なじみはガリガリに痩せて今はコンピューター関係の仕事についているぐらいしか知らなかったりする。仲が良いわけでもない。子供の時は遊んだかも知れないがははっきりと思い出せず、幼なじみだからって仲が良いわけでも無いもので、それが露骨に好意を示してくるってどういう心境だろうかとふと疑問に思う。その幼なじみが自分に好意を示してきたらって具合に想像してみるが、結局は無い無いって一人盛り上がることもなくまたドラマに集中しだして、溶け出したアイスクリームでふやけたトーストを頬張るわけだ。そんなこんなを思い巡らしながら、最終的には雑誌で見ただけの噂の無国籍料理屋に足を運ぶ。今じゃ国なんて概念が希薄だから、要はカテゴリがよくわからないメニューだらけってことだ。適当に注文したところで、なにやら奥の席をふと見ると一人の落ち着かない様子で男が座っていている。あれは待ちぼうけを食らって、もしかすれば後々に痴話喧嘩にでもなるのだろうかと思いを巡らしつつも、自分には喧嘩する相手もいないと落ち込むわけだ。さらによく見ると自分の幼なじみじゃないかと、些細な思い出がフラッシュバックしながら思い出す。声をかけようとどうしようか、声をかけたところで相手は覚えていないかも知れないし、気まずくなるだけかもしれない。迷いながらも、結局、なんとなく声をかけちまう。誰を待ちぼうけしていたのかも判らぬままどういう訳か一緒のテーブルで飯を食う展開だ。気まずくも、何となく記憶の中の彼よりも頼もしいように見えて、もし彼と結婚したらどういう家庭を築くだろうと想像をするが、またもや無い無いって心で首降るんだよ。で、結局男の女が来ないまま店の外へと出て、男がどもりながら言うんだよ。連絡先、教えて欲しいって。そっから不器用な男と女のトラブルだらけの恋が始まるだろ? 」
長いすに座った男の長話がいったん途切れ、同意を求められた。
「……何の話ですか? 一体、何の例えでしょうか? 」
「俺にもわからん。途中で違うように思えたが、矢張り違った。降下ポイントを逸れちまった」
杖の男は悪びれる様子もなく、ジュースに口をつける。本当に逸れた程度で済むだろうか、パラシュート部隊の代わりに大型爆弾を投下して地形が変わるぐらいは違っていたはずだが。
「はぁ……」
この男をどうしたものだろうか、用事があると行って去るのが吉だろうかと思いながら水をさっと流し込んでいく。消毒液臭さが鼻を突き抜けていく。これ以上に消毒液臭い水なんて飲めるものだろうか。本当は薄めた消毒液を飲んだのではと、目の前の男に疑念を抱くが、その男が口を再び開いた。
「あんた同業者か? 」
「ええ、傭兵です」
「俺もだ。イエローのか? 」
男が親指でガレージを示し、そこにはブラウの愛機《ストレインジ》の姿がある。整備が終わってしまったのか、機体の周囲には整備員の姿は無い。返事はせず、ただ浅く頷いた。杖の男は何も言わず指を下げた。
「そうか。ちと聞いてくれ。面白くない話だがよ。俺はバンガードの前線基地を偵察する任務を受けてな。どんなACがいるのか見てこいって顎で使われてよ。ヒュージミサイルなんて最高にバカヤロウなものを背負ったACがいることを確認してきた。中に入っているのは自分で自分の言葉でテンションが上がっていく自家発電可能な三十路越えの鳴かぬなら壊してしまえ気持ちイイの
D・クロケットっていうバカヤロウだ。確認するだけであとは帰るだけだったが、カレフって情報屋だかなんだか知らんが胡散臭いバカヤロウが依頼を出してきてな」
男のする話は彼方此方が今日の自分に似ている。つまり、カレフが言っていたもう一匹を片付けたというのはこの男のことだろうか。杖の男はブラウの様子も気にすることなく話を続ける。
「どっかのバカヤロウがしくじったらしく、逃げた対象を撃破してくれって依頼だった。何かと思っていってみれば、なんだ、どっかで見たような生物兵器だった。ぼかして言うが、某アインベルター社だったかな。それもたった一匹だ。すーぐ終わった。カップラーメンもできやしねぇ。そんな簡単な任務で4万Auだ。アンチプライスブレイクスペシャル価格で楽だが」
そこで男は一度言葉を切ってタオルを掴んで首筋へとかけ直す。だが、あらわになった鋭すぎる目はブラウと合ったままだ。そして、ブラウにはさらにいくつかの心当たりが引っかかってきた。
「面白くはない。緊急依頼で面白いかと思えば、たったそんだけだった。下らん」
口をへの字に曲げて、心底面白くなさそうだった。仕事を心底楽しむタイプ……そこに罪悪感や使命感といったものはないのだろう。傭兵としては信用できない方ではあるが、多少なりに同意できる点もある。楽しい楽しくないは別として、無駄な緊張感を強いられ、見えない終わりに惑わされ気疲れした点で言えば、彼としても面白い依頼では無かっただろう。いや、面白くないと言うよりは、彼向きではなかったと言うべきか。`彼`には向いていたと言うべきか。
「もしかして……アインベルターの依頼での生物兵器ですか? 」
「ん? 」
つまらなそうな顔をしていた男の目が見開く。眼光は人よりも獣を連想させる。獣と違うのは、獲りやすそうよりも、獲ったら面白いかどうかという無意味な理性がくっついていそうではあるが。
「なんだ? あのMURAKUMO愛好会会長就任予定の高飛車傲慢スーパーサディスティック成金で根性スパイラル曲がりの深窓令嬢オマケにサンドバックウマカルビご奉仕価格提供の依頼を受けたのか? 」
「……余計な修飾詞が多すぎて同意していいのかわからないのですが? 」
もう一体、誰のことなのやら。この男は何故にこうも無駄な言葉を付けたがるのだろうか。
「なんだよ? 」
「いえ、僕も……貴方と同じようにアインベルターとカレフの依頼を受けたと言うことです」
杖の男は何も言わず、代わりに短く口笛を吹く。
「というより、一度調べたのですけど、カレフさんの元々の依頼はヘリと輸送物の撃破のようですね。その中身が例の……」
「ふーん。なるほどな。全くどこのバカヤロウがしくじったんだか」
「難易度はDで、前金が2万、成功報酬が8万です」
「……おいおいおい。要は俺たちの報酬が成功報酬から出しているって事か? 」
「そう、みたいですね。僕も同じ額でしたから合わせて8万なのでぴったりですね。なんだか上手く使われたようです」
「そーか。ったく、あの程度でしくじるバカヤロウは何処のどいつだかな。前金の2万も俺たちによこせばいいのによ。少しはくだらなさが和らぐかもしれん」
そう言って、男はいつの間にか空にしていた缶を手首のスナップをきかせてスローイングし、金属の網で組まれたゴミ箱へシュートを決めた。カシャンと大げさで乾いた金属音が響く。
「流石にそこまで貰うのは――虫のいい話ですよ」
苦笑しつつ、ブラウも残りの水を飲み干そうと口を付けかけた。が部屋の片隅から別の声が聞こえてきた。
「おい。お前達。みんなが使うスペースでなんて話をしている」
一言で表すなら、艶がある声。不機嫌そうでどこか偉そうなアルトヴォイスだった。
「そうですね、確かに」
「ん? 」
杖の男はあまり気にしていなさそうだが、そう簡単に依頼の内容を話し合うというのは褒められることではない。そう言ったことに対する忠告かと思い直し……思い直す前に口を挟んできた女性はさらに続けた。
「む……む……しの話をするな。嫌な気分になるだろう。嫌な事を思い出すだろう。やめろと言っている」
と金髪の女性が歩いてくる。自分たちと同じように、パイロットスーツを着て、胸元は開けているがしっかりとインナーは着ているようであるし、スケベな男どもが思わず見るほど露出をしているわけでもない。髪色が随分と綺麗な金色であることは目を引くが、それ以上にツインテールが触覚のように伸びていた。そして、ブラウが問題だと思った点とは違う点に反応しているが、どういうことだろうか。いや、反応から察するに。
「虫の話が駄目か? 」
杖の男が遠慮無く聞き返す。つまり、そういうことだろう。
「だから、するなと言っている。そして、お前は羞恥心が無いのか? 裸を見せつけたいのか? 露出狂か? 」
ようやく随分とラフな格好になっている男に突っ込みが入る。見るからに身嗜みを気にしそうにない故に、逆に似合っている気もするが、TPOは決してわきまえていない。
「安物のスーツだから蒸し暑くてよ。つーか、虫の話が駄目って、触覚みたいな髪型しておいてよく言うバカヤロウだな」
「触覚って言うな! 」
艶あるアルトヴォイスがややヒステリックな大声へと変わった。
「つーかあんた誰だよ? 同業者か? 触覚バカヤロウ」
「触覚と言うな連想するだろう! そして、お前達がそもそも誰だ? 」
女性が杖の男を一瞥し、続いてブラウを一瞥する。
「……僕はブラウの名前で活動しているミグラントです」
「ふむ。前にパトリオット・チャリオットと対戦した奴か? 」
「えー、あーまぁ」
イレギュラーな出来事の思い出が、少しだけ視界が暗くする。それでも、倒れないようにとこらえ、そんな事を見抜かれないように表情を整える。
「で、お前は? やけに偉そうだが? 」
とブラウの様子には気にする様子もなく女性が男に向き直る。
「俺か?
ジグザグ様だ」
「聞いたこと無いぞ。ランクは? 」
「イグザクトリーでエレガントかつエクセレントのEだ」
ジグザグは臆することなく下から2番目のランクを堂々と名乗る。
「……馬鹿そうだと思ったが、バカだろ。たかがEランクでなんでそんなに偉そうなんだ」
「バカヤロウ。俺様を目安にも何にもならんし、失業したことを家族に隠して毎日公園で一日を過ごす親父ぐらいに役立たずのランクで計ろうなんざ愚の骨頂だバカヤロウ」
「……本当に馬鹿じゃないのか? 病院で診てもらえ」
「忠告ありがたいが、欠片一つも異常が無くて医者どもが集まって悩んだが、問題ないなら良いだろうが巫山戯るなバカヤロウとドロップキック決めるぐらいに問題がない。脚の悪い俺がわざわざドロップキック決めるほどだぞ? 」
「……逆に問題有りません?」
なにやら不毛な口げんかに発展しそうだったので何となくブラウは口を挟んだが、これも失礼だっただろうか。いや、そもそもジグザグと名乗る男は大体の人間に失礼そうなので問題が無い気もする。
「で、お前は誰だ? パツキン触覚」
「触覚と言うな! マウだ。お前達の上のランクAだ。Sランクなんて実際は飾りだから、上から1番目だ! お前は下から2番目だな」
ちょっとだけ胸を張るように、妙齢の女性が言い放つ。
「確かに、Sランクが動いた話なんざ滅多に聞かんがな。ランクなんてどうでも言いが、俺の勘がスピーカーを最大ボリュームにして完璧なビジュアル系メイク済みでシャウトしながら語りかけてきている。あんただろ? カレフのヘリを落とせって依頼をミスったバカヤロウは? 」
思わず、ブラウはマウを見つめ直す。……張った胸が少し引っ込んで、何故かツインテールが力なくしおれたような気がした。
「……普通、生ものと言えば人だろ……。なんだあんなものが入っているんだ。聞いてないぞ。……カレフのバカ、アホ、クズ、ゴミ、トンチンカン、アンポンタン、でくの坊、人間失格、玉なし、永遠に苦しめ、地獄へ堕ちろ」
「本当ですか? ……なんで判ったんです? 」
この際、さんざんな言われようのカレフは置いておいて、マウの様子を見る限り、本当のようだ。勘だけでよくわかるなと、若干の不審な思いを抱きつつジグザグを見直す。表情に変わりは無い。
「カマをかけたが当たりか。あの程度で失敗するなんざ、 ヘリを落とせて虫を」
「だから言うな! 思い出して鳥肌が立つだろ! 」
「……面倒なバカヤロウだ。ヘリを落とせて残りを始末できないとなれば、全部FCS頼みのミサイルかセントリーガンオンリーのFCS中毒バカヤロウか、こういう致命的にアウトな弱点持っている触覚だけだろ? いや、たった二匹ならブーストチャージでどうにでもなるから、後者しか残らん。他によほどのアクシデントが無ければな。そして、そんなアウトな奴って目の前以外にはいないだろ。いないと信じたい。俺に人類って奴を信じさせてくれ」
「……あ、あれにブーストチャージだと? 」
そんなことをするなんて信じられないと首を横に振り、ツインテールをブルンブルンと振り乱しながら震えるマウのアルトヴォイスだ。
「意外と効きますよ。汚れますけど」
ブラウが、前にアインベルターで行った任務のこと思い出しながら言う。強酸の問題があるので、多用する戦法ではないが、囲まれて身動きがとれなくなるぐらいなら選択肢に現れる。
「砕けた殻に粘ついた体液に浸されて、グチャグチャになった肉片まみれになるな。グロいな」
「や、やめろ。お前ら! 私に何の恨みがある!? 」
キッと二人を睨み付け、その大げさなツインテールが威嚇するように振り乱される。もう少し接近されていれば、男達が二人揃ってツインテールウィップアタックの餌食なっただろう。
「あるとすればそうだな。ランクに拘りはないが、AランクがDランクの依頼をしくじりやがって、俺はつまらねぇ仕事を受けちまったって事だ」
「まぁ……金額は良いですけど、良いように使われたのは誰でも面白くないですよね」
「私は悪くない。悪いのは情報をちゃんと提示しなかったカレフだ。FCSが効かない相手ならそれ相応に情報を提示するべきだ。それにしくじってない。前金で2万貰って黒字だ。だから失敗していない」
「それは……任務自体に成功した上での判断では? 」
任務に成功したが赤字になったとすれば、ミグラントとしてそれは失敗である。かといって、黒字でも任務失敗なら、それは失敗だ。信用を勝ち取ることが出来ていないのならミグラントとして失敗というわけだ。それを、どういう理論展開によって失敗していないと断言できるのか。件のAランク傭兵の頭の構造が理解出来ないブラウだった。
「とにかく、私は悪くない! もし本当に失敗したというならそれは私の偽物に違いない。おのれ、私の信用を崩しにかかるなどミグラントの風上にも置けない奴だ。名前がマワだとかマフとかややこしいに違いないぞ。そう、Aランクともなると人の評判を落とそう足を引っ張ってくる姑息な奴に狙われることもある」
何故か急に偽物がどうこうという話が出てきている。カレフがどうこう言っているなら自分がしくじりましたと言っているようなものであるが。
「蓼食う虫も好き好きと言うが、そんなレアなバカヤロウがいるか」
ジグザグもあきれたのか、つまらなそうに言い放つ。
「おい、むしと言うな」
「ともかく、あんたがしくじった所為で俺は少しばかり虫の居所が悪い。もう一回言うがつまらん依頼をうけさせやがって」
「むしと言うな」
「こっちの虫も殺さないような顔したブラウだって似たようなもんだ」
ジグザグが親指でグッとブラウを示す。そんな風に見えるかなと少し悩む。
「おい言うな」
「手前勝手な虫の好かん理屈言いやがって、虫酸が走るぜ」
「お前わざとだな!? 」
「このまま言い続ければ面白いという虫の知らせだ」
「この、Eランクのくせに! おい、お前、黙ってないで何か言え。鼻つまみのミグラント同士仲良くするぞ」
と分が悪いと思ったのか、突如としてブラウへと噛み付いてくるマウである。不毛な争いをし出した二人にあきれていたブラウは、少しだまってから人差し指を立てて口を開く。
「人の三分の一は睡眠ですけど、その三分の一の時間の間に、知らずにクモを数匹食べるそうです」
一瞬、静かになった。
非常に静かだった。
マウがフラッと倒れそうになるのを辛うじてこらえ、口をパクパクとえさを食べる金魚のように何度か開閉する。救援を求めたらヒュージキャノンを直撃された気分だ。『ブルータスお前もか』と言うチャンスだが、ショックで声は出ない。
男二人は知るよしもないことであるが、マウは特にクモを嫌っていた。世からクモを殲滅できるなら、マルチプルパルスで周囲を殲滅し、ヒュージキャノンで決定打を与え、マスブレードで蹴散らし、グラインドブレードで突撃し、ヒュージミサイルで最後の消毒をしたって構わない。強力な大型兵器相手にすらオーバードキルの所行をやっても構わない。辞書からクモの項目を消し去ることが出来れば天にも昇る気持ちだろう。
「マジか?」
「らしいですよ。小さな蜘蛛を、ですけど」
「ふーん。」
と男性ミグラント二人が軽い会話をしている中、マウは突如として両手で耳をふさいだ。アーアーアーと大きな声を出して聞こえない聞こえないと叫ぶ、何事かと思う間もなく、再びパクパク開いていた口から声が出てきた。
「もともときょうみのなかったおさななじみとどういうれんあいにいきつくんだ」
随分と感情の起伏のない平坦な声だった。テンポが微塵も変わらない。ショッキングなトリビアに一周回って感情を置き忘れてしまったのだろうか。
「おい、この触覚女、聞かなかったことにしてる上に強引に話題変えやがったぞ」
「あの話のくだりから聞いていたんですね……」
一体、この女性は何時からいたのだろう。
「でもおさななじみということははつこいだったりするのか」
一方、マウの声は合成音声のようにフラットな道を淡々と進んで行くままである。
「知るか。その話は降下ポイントを間違えて終わっているんだよ。今更持ち出すなバカヤロウ。恥ずかしいだろ」
「すてるかみあればひろうかみありだ」
「つーか、あんた、クモの話だけで虫の息だな」
また、マウの動きが止まった。本人としては平静に向かっていたかったが、彼女のタブーが検問をしいていた。
「……だ、だ、だから、む、むしししししししし、というな! どうしてくれるんだ!? おそろしくてねむれないだろ! そ、そんなことしらなければ、しらなければ! がるる」
全身をぎこちなく、カクカクと動かしながら震えるミグラントが一人、オマケに威嚇付だ。会話しながら歩いてきた二人組が、休憩スペースに入りかけて、ダンスにも怪しいだけの儀式にも見えない奇妙な振動体を目にやり、会話しながら戻っていったが、そんなことはマウは露とも知らない。
「口にガムテープ貼って寝ればいいだろ。鼻から入るかもしれんから、鼻も塞いどけよバカヤロウ」
「素晴らしいぞ。パーフェクトプランだ。窒息死する以外はな! このバカ! くっ、覚えていろよ、この屈辱は忘れないぞ! 」
と二人を指さして叫びと駆けだしていった。出口に先ほど会話しながら入ってきてきびすを返した二人組がまた現れたが、マウの振り乱されたツインテールが二人の顔面を直撃していったが、マウのスピードは止まらなかった。小さなひき逃げ事件があったが二人組は鼻を押さえながら追うこともなく、兎角、一つの事件は平和に迷宮入りしていった。
「あの女、なんだったんだ? バカヤロウってことでいいのか? 」
「さぁ? どうなんですかね……」
ジグザグが両手を挙げて態とらしく肩をすくめるが、ブラウにもなんだかよくわからない。とどめを刺したことは事実であるという認識はあるが……もし、今後交戦することでもあれば蜘蛛の話をしておけばいいだろうか。否、逆鱗に触れただじゃすまなくなるかもしれない。一先ずは置いておこう。
「とりあえず、ミグラントのランクなんざ当てにならんもんだな。そのあたりは、ミグラントは軍人の階級と変わらんと来たか」
「階級ですか」
「少しばかり、軍で不味い飯喰っていてな。ある基地じゃ朝昼晩夜食とティータイムに豆の水煮とオールミールが出てきてな。レーションの方がまだましだった。まぁ、軍で飯喰っていて判った事なんて、偉ければ有能かといえばそうでもないってことぐらいだ。人間の本質は、肩書き程度じゃ表せない。全く持って当然の常識だ。口にするのもバカヤロウだ」
ブラウは、ジグザグが首からかけている金属片がどことなくドックタグに似ていることに気がついた。気がついたところで、元軍人のミグラント程度ならさほど珍しいものでもない。
「本質は……そうですね。でも、どうやって本質を表すのです? 」
ジグザグは、ブラウのことばに少し考える素振りを見せて、杖を握ってゆっくりと立ち上がる。
「知らねーよ。生きていればそいつの生き方が本質だろうがな、そしたら死んだ奴は本質も死ぬってことになっちまう。死んだら、誰かが覚えている限り生きているかもしれんが、その誰かが死ねば消える。記録もその他大勢に紛れ込んで消える。結局終わるなら、人間つーのは、始まったら終わっているんじゃねーの? 」
ジグザグは、随分と面倒くさそうに、どこか虚空を見つめながら言う。
「始まりが終わり……ですか? 」
「さぁ? どっかのバカ上官に言われただけのことだ。面倒くさいから小難しいこと考えさせんなバカヤロウ。面倒くさいから、俺はナースのねぇちゃんがいる飲み屋にでも行く。泡銭はパッと使わんと景気も悪い。じゃあな、カレフってバカヤロウの緊急依頼には気をつけようぜ」
とジグザグと名乗る傭兵は足を左足を引きずりながら、杖をついて休憩スペースから出て行った。
―始まりも終わりも同じ。始まる前から、終わりはもう決まっているのだろうか―
薄汚れた照明に目をやり、自問を繰り返す。
―始まらなければ終わりもしない。だけど、結局、何処で始まったから終わるのだろう―
小さく息を吐き、他のミグラントが別の自販機の前で何を買うか迷っていたが、そちらを気にする理由もなく、ペットボトルを捨て、休憩スペースからガレージへと歩んでいく。歩いていって、自分のACの前で立ち止まる。《ストレインジ》の名を持ちながら、その構成はオーソドックスと称するにふさわしい。
曖昧な始まりと終わりを合図に、戦場を駆けていくだけ。
ゴールなんて見えもしない。
ゴールなんてありもしない。
それでも、駆けていく。
そのために、自分は。
機体の前で、一人の青年は、ずっと立っていた。ずっと眺めていた。
fin.
最終更新:2013年11月18日 22:38