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訳者あとがき

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p332-3

訳者あとがき

平野卿子

本書はドイツ・ジーメンス社の社員として中国で三〇年をすごし、日本軍の南京攻撃の際にアメリカ人と力を合わせて安全区を設置し、二十五万人といわれる難民を保護するため、一身を投げ出したひとりのナチ党員の半年問にわたる日記である。

編者エルヴィン・ヴィッケルト氏は、かつて駐華大使を務めた外交官であり、著名な歴史学者でもある。一九三六年十一月、学生だった彼は、旅行の途中で南京のラーベ家に数週間滞在している。九〇年代はじめ、彼はその自伝『勇気と高慢』のなかで、ラーベの南京での活動について記した。一九九五年になって、ラーベの孫ウルズラ・ラインハルトさんから連絡があり、それまでひっそりと保管されていた日記の存在を知ったのである。この日記については、ドイツでもアメリカでも『フランクフルター・アルゲマイネ』『ニューヨーク・タイムズ』などで大々的に報道された。日本でも『朝日新聞』をはじめ、いくつもの雑誌が取り上げている。

資料を含めると膨大なこの日記は、ラーベを直接に知っており、第二次大戦中、外務省の広報官として日本と中国で勤務していたヴィッケルト氏というまたとない編者を得ることで、理想的な形を与えられた。編纂作業と翻訳は同時に進行し、ラーベの南京日記と上申書は全訳、編者の解説と資料は抄訳となっている。なお、戦後の日記は省いた。すべて原出版社および編者の了解を得ている。なお、歴史事項の確認、中国関係の固有名詞の特定は、もとより訳者の手に負えるところではない。この忍耐を要する仕事をお引き受けいただき、解説を書いて下さった横山宏章氏に心からお礼を申し上げる。

原文は当然ながらすべてアルファベット表記であり、どうしても判明しなかった固有名詞については、音読みとし、ルビをふってある。また、文中太字になっているところは、原文でイタリツクまたはアンダーラインで強調されている部分である。

本書は、ドイツはもちろん、中国、アメリカでもほぼ同時期に出版される。江蘇省新聞出版局、江蘇人民出版杜からは中国版をお送りいただき、参考にさせていただいた。
お世話になった方々、ほんとうにありがとうございました。


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