「ふ~ん……で?」
至極つまらなさそうに怜は呟いた。手元にはブラックコーヒーが置かれ、怜はそのストローを口で上下させる。ここはファミレスのようだ。可愛らしいテーブルの相対する位置に座るゆみの手元にはアップルジュースといちごのショートケーキ。怜とは真逆の、欲望に素直な内容である。
素っ気無い怜の反応に、ゆみは当然困った顔をする。
「で?って………。助けてくれないの?」
「あのね…私だってそこまで面倒見切れないわよ、相談所じゃあるまいし。美里にでも頼めば」
「その美里ちゃんが怜ちゃんに、って…」
「じゃあ知らない。自分で何とかしなさい」
「あぅぇ~………><」
どうやら、ゆみは先日の健太とのいざこざについて怜に頼ったらしい。実際、お互い何故避けあっているのかもよくわかっていないのだから、相談するのも仕方ない。それに、今まで幾度となく手を差し伸べてくれた怜に頼りたい気持ちもよくわかる。
「あぅぇ~、じゃないの。 全く、少しくらいは自分でなんとかしなさい。子供じゃないんだからね」
(あ、いや…子供か。ゆみの場合)
「子供でもいいからお願いします怜様~~~!!」
プライドを捨て、とうとう泣き落しに入るゆみ。藁にもすがる想いという奴だろうか、床に座り込んでぎょっとする怜の裾を必死で掴む。
(大体、私だって恋愛経験なんかほとんどないのに…)
ふと、怜は学生時代を思い出した。人並に恋愛感情を抱いた男性がいたが、告白した次の日に美里に玉砕させられた、少し苦い
コーヒーのような思い出。
(そういや、随分美里に会ってないっけ…元気にしてるのはわかるんだけど)
ゆみがよく話してくれるが、彼とまだ一緒か、とはさすがに恐くて聞けない。それに、あの日から随分経ってしまって、恋愛感情なんてほとんど忘れかけてしまっている。お互い、今更どうとも思うまい。
「―――ぇ、ねぇ、聞いてる!?」
はたと我に帰ると、ゆみが少しむくれた表情で怜の顔を覗き込んでいた。
「ぇ、あ、ごめん」
「もぅ……やっぱ、現役の美里ちゃんのほうがよかったかなー」
さっきとは打って変わって、随分な言い草だ。
「悪かったわね……」
…思わぬ台詞で先ほどの疑問があっさり解けてしまった。しかも、昔を思い出したのか少しだけ気分が悪い。つい語尾にも怒気が混じる。
「ちぇっ、どうせ私よりサキって子のほうがいいんだよね」
「な、なんでいきなりそういう話になるのよ!?」
しかし答えはなくつーんとそっぽを向かれてしまった。今度はゆみが私の話を突っぱねる番だった。…どうも、彼女にとって今回の件は思っている以上に重大だったらしい。知らぬ間に大人になったのね、ふっ…。
「いいもんいいもん、これからはソロでやってくから、もう怜ちゃんには頼らないッ!」
いや、ソロって…アイドルグループじゃあるまいし。しかし、同様に怜も腹を立てていることも事実。なんでかって?
「仲良くしてるだけ、いいと思いなさいよ……私なんか…ぶつぶつ」
と、そのとき。
「お取り込み中すみません、追加のいちごショートお待たせ致しました」
「あ、すいませ~ん……って、あれ?」
ゆみは首を傾げる。追加を頼んだ覚えはないのに…間違いだろうか?
「あの、これ、間違い……」
と、運んできたウエイターを呼び止めようとする、が……一瞬の後にゆみの表情が凍りついた。
「いえ、それは僕からのプレゼントですから気にしなくていいですよ…そのいちごショートが好きなんだろう?家城由美子」
ウエイターの制服に身を包んでいて気づかなかったが、幼さに不敵さを孕んだその顔には覚えがあった。そして、この顔に出会った時はいつも碌な事が起きないことも知っている。
X星人、樋室ジン。
「……!」
思わず身構える。さすがに、戦士として洗練されてきた。だが…ジンはすぐに掌をあげてそれらを制した。
「よそう。今日は侵略者としてここにいるわけじゃないからね」
「だったら何? ストーカー?」
「いや、ただのバイトだよ。社会勉強は必要だろう?」
はぁ、と二人が同時にぽかんと口を開けた。
「ま、それはともかく……せいぜいゆっくりしていくといいよ。僕らの侵略していく様を肴に、仲良く語り合ってくれ」
その瞬間、またも同時に二人は体が飛び出そうな勢いで立ち上がった。
空にひとつ、飛行機雲が尾を引いている。それは数日前、この町を襲った朱の単眼を携えた悪魔と同じ形をしていた。
すっかり日は落ちた。しかし、一向に上空の
ガイガンは動きを見せない。いい用のない不安が静かに膨らんでいく。そんな最中、車の消えた高速道路にひとつの影が。
「こちら信二だ。用件は手短に頼むぜ? 頭の上をでかいハエが飛び回っててね、さっさと追い払わねーとなんだよ」
静奈をからかってやろうと無駄にカッコいい言い回しをしてみた信二だが、帰ってきた言葉は普段のような隊長の怒声ではなかった。
「それはちょうどいい、これからお前に害虫駆除の指揮を執ってもらおうと思っていたのでな」
帰ってきたのは、重量感のある
国木田少将の声。一瞬怪訝な顔をした信二だが、すぐにまたいつもの調子を取り戻す。
「そいつはありがたいねぇ…久々の大物ってワケか」
メガヌロン共の相手ばかりで退屈していた信二にとっては、ちょうどいい獲物だ。EXMAに邪魔されることもない。
「それはともかく、何で隊長の無線にアンタが出るんだ?」
「春日井中尉は現在別働任務に参加してもらっている。故に、その間は私が指示を出す。ことになった。心配するな、家城或いは和泉もすぐにそちらに向かわせる」
どっちか一人なのか。にしても、別働任務って何だ?
「ふーん……んで、EXMAは何してんだ?」
先ほどから疑問に思っていた。EXMAは国木田にとっても自慢の部隊のはず…いつも表立った活躍ばかりを与えてきた国木田が、今回は一体どういう風の吹き回しなのだろうか。少しだけ、国木田の声がくぐもった気がしたが、すぐに傲慢な声で指示を下す。
「…貴様が知る必要はない。それより、すぐに私の指示する指定ポイントに向かえ。くれぐれも勝手な行動は慎むように。いいな? 貴様は他のものより数段命令違反が目立つようだからな」
―――どうやら、よほどその別働任務が重要らしい。それに、あまり見られたくないもののようだ。恐らく『勝手な行動をするな』と言ったのは、どこにでもふらりと現れる信二に釘を打つためだ。しかし、ガイガンを放ってまで優先するような任務とは一体…?
「聞いているのか、伍長?」
「はいはい、わかったよ」
「分かりました、だろう!春日井中尉は礼儀も教えていないのか?」
国木田少将は乱暴に通信を切った。全く、どこまでもイヤミなおっさんだ。
「だと、さ? 残念だったな~、ウチのお偉いさんがたはお客様ご自慢のガイガンにあまり構ってくれないらしいぜ?」
いつの間にか信二は囲まれていた。防衛博物館を襲撃してきたあの銀色の人型エイリアン共だ。そして、その中には昼間ゲームセンターで友好関係を築いた二人の男の姿もあった。
「セフォル、お前はタイマンが好きなタチだと思ってたがな…よほどこの俺が恐いと見るぜ」
ふっ、と鼻で笑ってみせる信二に、セフォルもへっ、と不敵な笑みを返す。
「ああ、俺もできればあんたとはサシで決着をつけたかったんだけどな…何、あんたならこんなおもちゃ共、すぐ片付けられるだろ?」
ま、当然だな、と鼻をすする信二。そして、少しの間視線同士が会話する。
信二が愛用の得物の手をかけると、セフォル、リオもそれに習い各々の武器を閃かせる。
「さぁ、続きを始めようぜ信二……こいつで55連勝目を飾ってやるぜ!」
「はっ、そいつぁ悪いが、今回はお前の初黒星にさせてもらうぜ!」
その言葉と同時に、X星人達が一斉に信二に飛び掛った。
その同じ頃―――。
「国木田少将、指定ポイントに到着しました。次の指示を」
月下に佇むユイは、感情のない声で通信機に報告した。
「よろしい。君はそのまま待機だ。プラズマグレネイドを常時発動可能にするためにも、万全の体勢を整えておけ」
「了解」
短い言葉でユイは通信を切断した。
―――また、これを使うことになるのか。
ユイは鈍く光る金色の腕輪を掌にかざした。いい加減慣れてもいい頃だというのに、未だ右腕の疼きは止まらない。プラズマグレネイドを具現化するその度、耐え難い衝撃と苦痛が体を襲う。
そもそもコレは何なのか? 兵器でありながら、この体に絡みつく植物の根のような有機的でグロテスクな砲身はまるで生を持っているよう。そう、生を……その生が存在を食い尽くさんと体を蝕んでいく。19歳の、繊細な少女の体を。
異変が起きたのは前回のガイガンとの戦いからだ。プラズマグレネイドを一発放った直後に襲いかかってきた激痛。反動だけのものではない、それは明らかに右腕を締め付ける不気味な蔦によるものだった。腕が引きちぎられそうな感覚…2度の衝撃に耐えられたのは、ひとえに仲間達の戦う姿に押されたから、そして…信二の信頼する言葉があったから。
大澤、信二…。
不思議な男だ。お調子者で、人を苛立たせることもあれば、誰よりもキレのいい判断で度々仲間を危機から救う頼もしさも併せ持っている。何なのだろう、彼は……一言では言えない、そして見た目よりもずっと複雑に何かを秘めている。
ユイは眼を閉じ、静奈に聞いた話を思い出した。
横殴りの猛吹雪が視界と体温を奪っていく極寒の雪原。彼らは上官の指示の下、当時周辺集落に被害を与えていた怪獣の討伐任務にあたっていた。
そのときのメンバーは、
大澤信二小隊長を筆頭に、静奈、霧島、ほか3名の合計6名。皆気心の知れている仲だった。静奈の話では、そのころの信二は今とは違って、忠義に重きを置いていたという。あまり口数も多くなく、またよく機転のきかせた判断で度々仲間の危機を救ってきた。そんな時も彼は、ただ笑顔だけを見せたという。その姿が信二を信頼に足る人物へと昇華させた。勿論、信二にはそんな自覚も意図もなかったのだが。そして、かつての性格から考えれば冷静さと判断力の問われる狙撃武器を扱うのも納得がいく。
そんな彼が、今冷静さを欠いた険しい表情を見せている。原因は至って単純、ひとつは目の前の標的に予想外の苦戦を強いられていること。そしてもうひとつは…
任務は極簡単なもののはずだった。霧島のいる一方の部隊が標的『
ホワイトバラゴン』に陽動を仕掛け、信二、静奈ら迎撃班が高所から集中砲火を浴びせる。絶好の攻撃ポイントは、既に霧島のリサーチによって確定していた。準備は万端だった。はずだった。
突如、霧島班からの連絡が途絶えた。通信機に怒鳴っても応答はない。信二は司令塔から呼びかけても同様だという。信二が「助けに行く」と飛び出した。野生的とも言える直感が、『仲間が危険』だということを知らせている。だが。
―――上官は、彼に待機を命じた。
何故と問うと、『作戦は続行されている、下手に動けばイタズラに被害を増やすだけだ』と返ってきた。彼は、ギリ、と奥歯を鳴らしながらも命令に従った。手が震えていた。先ほどまで寒さに震えていたその腕が、今は別の理由で、先ほどよりも激しく震えている。結局、ホワイトバラゴンは信二の
スナイパーメーサーによってあっさりと地に伏した。残酷なほどに、わずかな抵抗だった。
仲間は死んだ。陽動班で生き残ったのは、わずかに霧島麗華一人。何が起こったのかと聞いても、彼女は決して口外しようとはしなかった。最初は襲われたときのショックが原因かと思われたが、やがて別の噂が立ち始める。
霧島麗華が暗殺したという噂だ。今直実体のない噂を持つ霧島麗華の、その様々な噂の元凶たる最初の黒い噂だった。それを問うた者もいたが、やはり霧島麗華は黙して語らなかったという。その後、逃げるように彼女は航空隊に席を移す。そして―――
信二もまた、部隊を離れた。彼は散った仲間達の代わりに功績を称えられ昇格したが、そのすぐ後に問題を起こして降格させられた。無論、自らだ。
何故、そんなバカな真似を…。静奈が問うた時、彼はただ一言こういった。
―――疲れたわ。
陽動作戦……奇しくも、私は今50mほどの高層ビルの屋上でガイガンを狙撃せんと砲を構えている。そして国木田少将の話では、陽動としてフラットウィングが待機しているという(未だ連絡はないが)。…信二や静奈にとっては、吹雪の悪夢の再現になるのだろうか。そうなれば、彼らは死ぬことになるのだろうか。或いは、死ぬのは私かもしれない。
―――その時は、彼は私を助けに来てくれるのだろうか?
淡い想いがよぎった。何故かはよくわからない。私は彼に好印象を抱いていないし、むしろ嫌悪すらしていたはずなのに…。やはり、過去の話に肩を持っているのだろうか。
だが、そんな考えはすぐに頭の隅に追いやられた。あの赤朱の単眼が、地上に降下を始めたからだ。
―――プラズマグレネイドが、いつになく怪しく蠢いていることにも気づかず、私は腕輪を手に取った。
『セフォル、作戦は順調か?』
通信機ごしに聞こえるジンの声。
「ああ、順調順調、勝利は目前だぜ」
コンクリートの地面に転がる無数の量産X兵の屍骸を蹴りながらセフォルはむしろ楽しそうに答えた。
「セフォル、その冗談ではジンは笑いませんよ?」
「ああ、わかってるぜ。わかってるけどよ」
任務を忠実に遂行しようとしているリオと違って、セフォルは完全にこの戦いを楽しんでいた。地球に来て、こんな感情になるのは初めてだった。敵でありながら、相手に対するこの身の昂りは何だ? 冷や汗が頬を伝う。焦燥感を抱いているのか。だというのに、どういうわけか心のどこかではこの状況を望んでいる。一秒でも長く、こうして刃を交えていたい。そんな想いが、追い詰められたセフォルの表情に笑みを生み出させる。
「ったく、最高だぜテメー」
ハルバードがブン、としなる。首を分断する閃光が闇夜を切り裂き、風を巻いて襲い掛かる。紙一重、身を翻してそれをかわす信二。そのままメーサーの引き金を引く。一発、二発。高速で回転するハルバードがそれらを弾く。
―――もし、信二と違う出会いをしていたなら、セフォルとは無二の関係を築けたかもしれない。それこそ、お互いを相棒と呼べるような関係。それだけではない。この戦いだって、二人が手を組めば閃光の如く決着がついたとも限らないのだ。だが、すぐにいやと思い直す。
もしもの話はよそう。それに、それはそれで楽しみがなくなる。この愛おしい時間もなくなってしまう。だから今は……この戦いに全身全霊を掛ける!
「行くぜ!」
荒々しく振り回したハルバードが、天で数回円を描いて振り下ろされる。コンクリートが砕け、星屑のように宙に舞い上がった。その中をかいくぐり、信二のメーサーが再び火を噴いた。眩い青の閃光が闇夜を切り裂く。だが、かすっただけだ。漆黒のコートがわずかに焦げ臭い匂いを立てる。さらに畳み掛けようとする信二だが、すぐに体を反転させる。その直後、信二の首スレスレに刃が迸った。『クロスレイド』…双対の風車手裏剣。信二の行動を予測したリオが待ち伏せていたのだ。主の元へ帰るクロスレイドが月に閃く。
「なんつー連携だ」
ハルバードで敵を直接切り伏せる前衛のセフォル、クロスレイドで遠距離から狙い斬る後衛のリオ。息の合った二人の攻撃に死角はない。
(実がいりゃあな……)
その姿は、まるでかつての自分達を相手にしているようだった。
更にセフォルが跳びかかる。丸い月をバックに、紅く染まった刃が閃光の如く賭ける。かわしきれない。強固なプロテクターを貫いて、右肩に赤い筋が走る。追いうちとばかり、バランスの崩れた体に容赦なく叩き込まれるクロスレイド。頬と太ももに新たに描かれる紅のライン。太もものは特に深かった。どっと鮮血が噴き出し、線だった朱は忽ち下半身を侵蝕していく。
「く…」
力が入らない。バランスを崩し、思わず膝をつく。
「これで終わりだ」
喉元に突きつけられる刃。冷たい汗が一滴、頬を伝う。
楽しかった、か…。ふと、信二は昼間のことを思い出していた。簡単に打ち解けたセフォルにはまるで、随分前に知り合った親友のような錯覚さえした。松本がいなくなって以来、表層ではいつもどおり立ち回っていても無味簡素に感じられたのに、あの一時は久しぶりに心から楽しんでいたと思う。そして、妙にあの構図も気に入っている。子供のように騒ぎ立てては、周囲を巻き込みつつ場を湧かせる自分とセフォル。それを保護者の如く見守るリオ。自分はもう、そんな大人の役目はを演じるつもりはない。理由は自分でもわかっている…疲れたのだ。何かに縛られて、何もない大人の世界に。だからある意味でいえば、この構図を望むのは、一種の逃げになるのかもしれない。だが、それもいい。フラットウィングでもそうやって振舞ってきた。松本がいなくなって、それでも海ではバカみたいにはしゃいでやった。何も知らない、子供みたいに。全く、自分のことながら嫌気がさしてくる。呆れるな……。そう、例えば身勝手な男に無理やり振り回されて、ため息をつく彼女のように―――――――彼女?
ハッとした。瞬間、心のヴィジョンに映し出される一人の少女…
根岸ユイ。
ここでは死ねない。
今日一日、ユイを連れまわした意味も、自分の決意も………ここで死んだら、意味がなくなる!
不意に、足に力が甦ってきた。これならいける。
「楽しかったぜ…信二ッ!」
既に必殺の体勢に入っているセフォル。だが、今ならかわせる。甘い幻想のような時間に、忘れかけていた決意を思い出した今なら。ハルバードが空を切る。信二は既に、セフォルの弱点を見抜いていた。
それは、強靭なパワーと性格故の隙の多さ。確かに、ハルバードは強力な武器だ。当たればミュータントは勿論、中型の怪獣すら一撃で斬り伏せる力を持っているだろう。しかし、その力を過信するあまり、その攻撃パターンは単調になり、また重量のあるハルバードでは、ゆみのブレードランスのような多様な戦法は生まれない。つまり、かわしたそこに隙が生まれる。
セフォルの懐に飛び込む。隙が大きいとは言っても、一発貰った瞬間アウトだ。不自然に体に力が入る。よほど自信があったのか、攻撃をかわされたセフォルは眼を飛び出そうな程に見開いていた。スローモーションのようだった。すかさずスナイパーメーサーの砲身を突きつける。狙うのは首。高等生物である以上、頭という部位が共通の絶対致命箇所である理からは逃れられないはずだ。迷うことなくトリガーを引く。
「なめるなぁ!」
紙一重、弾道から逃れるセフォル。だが、それでいい。だからこそトリガーを引いたのだ。
信二の真の狙いはもっと別の場所にあった。
「くっ……」
呻き声があがったのは、セフォルとは別の場所からだった。反撃に移ろうとしたセフォルが思わず振り向く。そう、それがすぐに自分の相棒のものだと気づいたからだ。
「リオッ!?」
まさか自分に攻撃が及ぶなどとは夢にも思っていなかったのだろう、肩を抱えるリオの顔は苦渋に歪んでいた。
全て信二の計算どおりだった。セフォルがあそこでメーサーを回避すること、その先にリオがいること。そして、リオの身を案じて視線を逸らすその瞬間に、完全な隙が生まれることも。
「…チェックメイトだ、セフォル」
少しの間、理解できないというように口を開け放っていたセフォルだが、やがて小さく笑みをこぼした。
「……オレの負け、みたいだな」
不思議と、絶望感のようなものはこみ上げてこなかった。
元々、侵略とか陰謀とかそんなものはどうでもよく、ただ単純に強い存在と手合わせできればそれでよかった。それで、自分の強さが一番と証明さえされれば。
強さって?
そんなものはわからない。ただ漠然と、単純に力の差みたいな、真正面からぶつかり合って片方が『なくなる』ような、わかりやすいものだったように思う。簡単に勝負といって差し支えないもの。そして、彼はその『勝負』に負けた。
信二は一向にその引き金を引こうとしなかった。もう、簡単に決着がつけられるはずなのに。戦うものが、勝利を躊躇う必要がセフォルには理解できなかった。
「…? さっさと撃てよ」
しかし、それどころか信二は向けられていた砲身を下げ、あろうことかセフォルに背を向けだした。わざわざ殺してくれと言っているようなものだ。だが……。
「あんたにはまだ残り53敗の仮があるからな…勝ち逃げされたらたまんねーし?」
一瞬唖然とした。53敗……それは、昼間ゲームセンターでやったゲームの勝敗だ。バカにしているのか?
「…そんなもの……!」
「いいから、さっさとリオを運んでやれよ。急所は避けて撃ったから、すぐにも直るはずだ」
その言葉を受けた瞬間、セフォルは全てを理解した。
―――俺達を、逃がすつまりなのか。
なまじ交流を持ってしまったからだろうか? だとしたら、とんだ甘ちゃんだ。ジンよりもガキ臭い。それ以外の理由があるとしたら、バカなオレにはわからない。だが……
「次は!」
立ち去ろうとする信二の背中に、セフォルは懇親の力を込めて叫んだ。
「次は、絶対負けねぇ!その首、覚悟しておけよ」
初めて巡り合えたライバルであるような気がした。そしてそのライバルは、見た目からは想像もつかないような、遠いところにいる。
―――やはり、ココに来て正解だった。それと…
信二は、背中越しのまま手をあげた。「『デート』の約束に遅れるから」と言って。
そして、「またな」とも。
……完敗だ。それから、やっぱり最高だよ、あんた。
空を見上げると、月が淡い朱をやんわりと放っていた。
―――もう、自分のせいで誰かを死なせたくない。雪原でのこと。もっと早く踏み切って助けに出ていれば、きっと皆助かったのだと思う。あのときは、本気で自分の性格を呪った。だから、松本を捜索するときは誰にも何も言わず、自分の判断だけで動いた。だが、結局それも間に合わなかった。あと一歩の、ギリギリのところで甘かったのだ。
―――ならば、どうすればいい。どうすれば、この呪縛から解き放たれる!?
もう、ガイガンが現れてから随分経つ。果たして、彼女らは無事だろうか…。はやる気持ちをぐっと抑え、信二は駆けた。
「たいちょ、ゆみっち、れぃちん、ユイっち!誰でもいい、応答してくれ!」
とにかく、状況が知りたかった。交戦中なのか、もう終息したのか、それとも………
なんでもいい、無事さえわかるのなら。
と、そのとき無線が入った。慌てて通信機を取る。誰だ? たいちょか、ユイっちか。
しかし、それは期待から大きくそれていた。それは、本部の国木田少将からだった。
「伍長、ガイガンの陽動ポイントには到達したか? ガイガンは今、どうなっている」
「あぁ!? 本部のくせに、状況も把握してねぇのか!?」
これだからお偉方は何もわかっていないというのだ。何もわかっていないのに、判断も指示もできるわけがない。それに素直に従っていた自分が、本当に情けなくなってくる。
「先ほど、一度根岸少尉から応答があったきり……」
一度だけ……? 嫌な予感がした。あの雪原での戦いの時と同じ、体中が張り詰めるような、危険を報せる感覚。
―――行かなければ。
信二が駆け出そうとしたそのとき。
「待て、お前はここに待機だ」
まるで見ていたかのようなタイミングで、国木田は信二を制した。無論、納得がいくわけがない。当然のように反論する。
「何故だ!?」
「お前の任務はあくまで陽動だ。下手に動けば、逆に被害を増やす結果にもなりかねない」
「………くそっ!」
叩きつける勢いで、悪態づく。
まただ――――――また、あのときと同じだ。これじゃ…
これじゃ、あの時と何も変わらないじゃないか!!
最終更新:2009年01月08日 06:44