まずは、リトル・クリス(下図)の挨拶から、議事進行が開始される。
「皆様、ようこそアントリアへ。まず本日最初の議題は、クリフォード男爵領の同盟加盟の件についてです」
彼女がそう宣言すると、当事者であるソニア・イースラー(下図)が立ち上がった。この場にいる中で、実は彼女だけは「大工房同盟の一員」ではない。先日、彼女の父であるコートウェルズのクリフォード男爵が大工房同盟に加盟申請を提出し、今回は彼女がその代理人として、その申請の許可を得るために出席しているのである(彼女の詳細については
ブレトランドの英霊4を参照)。
「私達はこれまで大陸の争いからは距離をとってきました。しかし、それは無関心であったから、というよりも、そもそも自分達がドラゴンとの戦いで生き残ることで手一杯で、大陸の争いに関われるような立場ではなかったからです。しかし、この一年の間にアントリアの方々からの助成を受けて、以前よりも遥かに人々の安全圏は広がりました。この御恩に報いるためにも、同盟に加わらせて頂きたい、というのが父の意向です」
これに対して、海洋王エーリクの姉であるリンドマン夫人(下図)が問いかける。彼女は「空飛ぶエイ」を乗騎とする特殊な「騎乗者の聖印」の持ち主であった。
「恩に報いると言ったが、どのような形で貢献するつもりなのかな?」
「正直、今はまだ島での戦いで手一杯で何も出来ません。しかし、龍を倒した暁には、我々も皆様に御協力出来るように……」
やや歯切れの悪い言い回しでそう答えるソニアに対して、今度はイリア(下図)が厳しい口調で横から口を挟む。
「そう言って、貴公らは叔父上を利用しているだけなのではないか? そもそも、私が聞いたところによれば、お前達は叔父上の力を借りる一方で、旧アントリア子爵家の連中とも裏ではつるんでいるという話もある。その辺りはどうなのだ?」
イリアにとっては、尊敬する叔父ダン・ディオードの覇道を塞ごうとする旧子爵家の面々は仇敵である。彼女の目には、新旧アントリアの両陣営の力を利用しようとしているクリフォードの態度は、極めて不誠実な姿勢に見えた。
「確かに、旧子爵家の方々にもコートウェルズの浄化に御協力頂いております。今の私達としては、民衆を助けて頂いている方々を相手に選り好み出来る立場ではありませんので……」
「では、もし連合の君主が浄化に来たらどうするのだ? 連合が叔父上達以上の大兵力でコートウェルズを浄化に来たら、お前達は尻尾を振って迎えるのか? お前達にとって都合の良い君主ならば、誰でも良いのであろう?」
「それは……」
さすがにこのような形で捲し立てられると、外交経験など無いに等しい世間知らずの辺境の令嬢は口籠もってしまう。そして、コートウェルズに滞在中の旧子爵家の姉妹と深い繋がりを持つ
レインも、ヒヤヒヤしながらその様子を見守っていた(ちなみに、実は
レインはこの場にベアトリスも「外交の勉強のために」という理由で出席させようかと提案したが、「イリア嬢の前に旧子爵家の血縁者を出すのはやめた方がいい」というリトル・クリスの判断で却下されていた)。
両者の間で緊迫した空気が広がる中、ユーミル管区大司教のジークリンデ(下図)が口を挟む。彼女はユーミル男爵領内の聖印教会を統括する立場にあり、つい先日まで(先代大司教である父が亡くなるまで)双子の妹と共に月光修道会が経営するアントリアのバランシェ神聖学術院(その実態は
ブレトランドの光と闇4を参照)にて学問に励んでいた身でもある。ユーミル男爵であるユージーン・ニカイドとは幼馴染で、ユーミル領内においても実質的にほぼ対等な関係のため、ユーミルの代弁者としてこの場に出席していた。
「まぁまぁ、そこは魔境対策という意味では、仕方ない側面もありますよ、イリア様。我がユーミルも、今後の『バルレアの瞳』の攻略に向けて、連合所属のアストロフィと共闘しなければならない可能性はありますし、実際に我々もそれは選択肢の一つとして排除はしていません。そのあたりの事情は、メディニアも同じですよね?」
唐突に話を振られたメディニア伯爵の契約魔法師スティアリーフ・ストレイン(下図)は、「我が意を得たり」と言わんばかりの口調で語り始める(彼女については『グランクレストRPGリプレイ ライブファンタジア』シリーズを参照)。
「はい! 我々人間は、個々の存在としては巨大な魔境の前では無力です。人と人で争っている間に魔境に飲み込まれてしまっては、本末転倒かと」
メディニアは隣のファーガルド(連合所属)との間に存在する魔境の森と対峙している立場であり、魔境対策という意味ではユーミルと立場も近い。
だが、そんな彼女達に対しても、イリアは冷ややかな言葉を浴びせる。
「そう言ってる間に連合に飲み込まれるのも問題なのだがな。最近のメディニアはファーガルドの君主達と過度に親密になりつつあるという噂もある。その辺りはどうなのだ?」
「え? い、いや、そんなことはないですよ。ま、まぁ、確かに、その、ウチの君主様とファーガルドの方々との間で交渉の席を儲ける機会は最近増えてはいますが、それもあくまで政略の一つでありまして……」
明らかに動揺した様子のスティアリーフであったが、すかさずジークリンデが助け舟を出す。
「そうそう、むしろスティア殿達としては、相手を調略しようとされているのでしょう? 我々もそれは同じですよ。ウチのユージーンも、アストロフィ内の反フラメア派との内通工作を通じて、彼等を同盟へと引き込む策を講じているところです。実際、戦わずに味方に引き入れることが出来るなら、それが一番効率が良いですからね」
「そう易々と裏切るような輩は、味方になっても信用出来るか分からんがな」
あくまで警戒心を解こうとはしないイリアがそう呟くと、今度はダルタニア魔法師団の副団長を務めるシェレン・ジュピトリス(下図)が口を開く。
「んー、まぁ、それを言われると、ウチとしては耳が痛いなぁ。イリアさんは、ウチの太守様のことも信用してない?」
ダルタニアは数ヶ月前のアルトゥーク戦役の過程で、連合を裏切って同盟に加わったたばかりの新参国であった。
「少なくとも、信用出来る要素はない。だが、アルトゥーク戦役での貴公らの活躍は認めている。その上で、マリーネ様が貴公らの活躍に応じて太守殿に選帝侯の地位を与えることになったとしても、私がどうこう言える立場でもない」
「なら、それでいいんじゃない? 新参国は新参国なりに、武を以って誠意を示す。で、役に立たないと思われたら、マリーネ様に粛清される。それで問題ないでしょ?」
あっけらかんとした態度でシェレンはそう語る。魔法師嫌いで知られるダルタニアの現太守の下で生きていく魔法師団の面々には、どこかこのような「開き直った人生観」が必要なのかもしれない。
一方、もう一つの新参国であるファルドリアの子爵夫人シストゥーラ・ヴォーティガン(下図)もまた、この場で自身の考えを表明する(彼女については『グランクレストRPGリプレイ ファルドリア戦狼記』シリーズを参照)。
「新参国という意味では、我がファルドリアも末席に加えて頂いたばかりで、今はまだどうこう言える立場ではありません。ただ、手を組むべき相手と、戦うべき相手は、きちんと見定めるべきだと思います。我々はこれまで、民のため、この世界のために尽力する志のある君主とは手を結んで来ました。その結果として生まれたのが我が国を中心とする国家連合『群狼』です。そして、大工房同盟の方々とであればその想いを共有出来ると信じたからこそ、加盟を申し出たのです。世界に平穏をもたらすためには確かに力も必要ですが、志なき君主に手を貸すことは、その君主に支配された地域の民を苦しめることにも繋がります」
滔々と持論を語ったシストゥーラに対して、今度はリンドマン夫人がやや挑発するような口調で問いかける。
「ほう? では、志なき君主とは、たとえば誰のことかな? このブレトランドには、ネロ・カーディガン、ゲオルグ・ルードヴィッヒ、そしてレア・インサルンドと、次々と新しい君主が台頭しつつあるようだが」
「少なくとも、我が主レグナムが打ち滅ぼしたゼフォス王バイバルスは、私達とは志を共に出来ぬ者でした。ただ、恥ずかしながら私達ファーガルドの民は田舎者ですので、他の地域の国々の情報には疎く、判断出来る立場にはありません。しかし、今回申し出て下さったクリフォードのソニア様に関しては、私の個人的な直感としては、私達と同じく、民を大切になさる方なのではないかと考えている次第ですので、同盟へ参加して頂けるのであれば、私としては嬉しいです」
シストゥーラがそこまで言い終えたところで、再びイリアがやや渋い表情のまま口を開く。
「私としても、そこまで強硬に反対するつもりはない。ただ、同盟の一員となるからには、同盟の敵となる存在である連合、そして現アントリアの敵となる旧子爵家の者達を利するような行為は慎むべき、と言いたいだけだ。それは貴公も同じ思いであろう、リトル・クリス?」
これまであえて黙っていたリトル・クリスは、冷静な表情を崩さぬまま淡々と答える。
「今回は我々アントリアは議長国ですので、個人的な意見を述べるのは望ましくないとは思うのですが、おそらく我が主ダン・ディオードは、旧子爵家の方々が混沌を浄化することも、その方々をクリフォードが支援することも咎めはしないと思います。そして最終的に、コートウェルズを平定した後に旧子爵家の方々が我が主に弓引くことになろうとも、我が主が負けるとは私は到底思えません。あなたは御自身の叔父のことを、そこまで信用出来ませんか?」
確固たる自信を込めたリトル・クリスのその言い分に対して、イリアはまだどこか不満そうな表情を浮かべながらも、視線を逸らしつつ答える。
「アントリアがそれで良いなら、私はもう何も言わん。あとは盟主殿の判断だ」
これに対して大工房同盟の盟主マリーネ・クライシェ(下図)は、出席者達の意見を一通り踏まえた上で、盟主としての方針を伝える。
「それぞれの地域ごとに、それぞれの事情があるだろう。状況によって、敵対勢力を利用するのも調略するのも自由だ。ただ、忘れてはならぬのは、あくまで我等の目標は皇帝聖印を作り出し、この戦乱を終わらせること。最終的に皇帝聖印を手にするのは私でなくても構わないし、私がその器でないと思うならば、いつでも私の首を取り、私に代わってこの同盟を率いれば良い。いずれにせよ、この混沌の時代を終わらせるために全てを投げ打つ覚悟があるのであれば、我等は喜んでクリフォードの参加を歓迎しよう」
マリーネはそう語りながら周囲の者達を見渡し、イリアも含めた全員が納得した表情を浮かべていることを確認した上で、ソニアに向けて両手を広げる。
「ようこそ、大工房同盟へ」
それに対してリンドマン夫人が拍手を始め、周囲もそれに続き、ソニアは深々と頭を下げる。こうしてコートウェルズ最大の都市クリフォード子爵領の大工房同盟への加盟は認められ、以後の議題には彼女もまた同盟諸侯の一員として参加することになった。
最終更新:2018年10月21日 07:57