『見習い魔法師の学園日誌』第3週目結果報告


1、理想の君主

「えと、ケネスさん。よかったら、おしゃべりしませんか?」

  エト・カサブランカ は、そう言って同門のケネス・カサブランカ(下図)に声をかけた。エトの後方には、同じ同門のエル・カサブランカの姿もある。
 ここは、とある校舎の講義室。この日は、日頃は隣国の君主と契約している現役の契約魔法師を臨時講師に招いた上での集中講義が開催される予定であり、少し早めに会場に到着したケネスは、いつも通りに最前列の席に陣取っていた。その隣には、最近になって急に彼と親しくなった少女、 ヴィルヘルミネ・クレセント がごく自然に座っている。

+ ケネス

「おしゃべり、ですか。確かに、まだ今日の講師殿が来るまで時間はあるようですが、年寄りの話は長くなりますぞ、御義兄様」

 50歳近く年下の少年に向かって、ケネスは奇妙な言い回しでそう語る。ケネスは、幼少期に魔法学校から「魔法師としての才覚がある」と認定されて、魔法学校への入学を勧められていたが、ブレトランドの名家の御曹司であったが故に、その誘いを断った。それから50年以上経過し、君主を引退した今、改めて彼は「新入生」として孫にも等しい学生達と机を並べて学んでいる。
 そんな彼等の横から、彼等と同じようにこの日の集中講義を受けに来た ニキータ・ハルカス が声をかける。

「今日の講師の方ですか? よろしくお願いします」

 そう声をかけられた時点で、ケネスは「いつもの反応だな」と内心で思いながら苦笑を浮かべる。この時点で、ニキータはケネスの首元の「学生用の赤いネクタイ」に気が付いた。

「あ……、あなたは、学生?」
「その通り。そして、おそらく儂の方が後輩であろう。我が名はケネス・カサブランカ。よろしくお願い致しまする」
「こんにちは、ニキータです」

 ニキータは日頃は自分から名乗ることもなく、誰に対しても一方的に話し続けることが多いが、別に隠している訳でもないため、このように誰かからの自己紹介に対して素直に返すこともある。そして、この「異様なまでの威厳に満ちた、博識そうな新入生」に対して、彼ならば自分の失われた記憶に関する情報を何か知っているかもしれない、という期待がニキータの中で膨らみ始めていた。
 一方、教室前方の入口からは、ケネスと(そしてエルとも)同じ「貴族出身の魔法学生」である マチルダ・ノート が現れ、これまた貴族出身の シャーロット・メレテス に対して挨拶していた。

「シャーロット先輩、ごきげんよう」
「おはようございます、マチルダさん」
「申し訳ございません、先日の風紀委員へのお誘いの件ですが、保健委員との掛け持ちになってしまうので、残念ながら私には出来ません。せっかくお誘いいただいたのに、本当にごめんなさい。けれど、保健委員として協力できること、人手が要ることがあれば、是非ともお声がけくださいませ」
「いえいえ。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

 そんな会話を交わしている中、マチルダはケネスの存在に気付き、彼の元へと近付いていく。

「こんにちは、ケネス様。お隣よろしいですか?」
「儂のことをご存知でしたか。失礼ながら、貴女は?」
「マチルダ・ノートと申します。わたくしも新入生ですので、呼び捨てでお願いします。それにしても、まさかヴァレフールの元騎士団長様と一緒に学ぶことになるなんて。エーラムに来るまでは、夢にも思っていませんでした」

 ケネスの祖国はブレトランド南部を支配するヴァレフール伯爵領であり、ケネスはその国における「七男爵」と呼ばれる独立君主の筆頭格であり、騎士団長を務めていた。つまり、同国内の君主の序列としては実質第二位に相当する。一方、マチルダの実家はアロンヌの男爵家であり、両国は「幻想詩連合」の同胞でもある(なお、シャーロットの実家はその幻想詩連合の盟主国ハルーシアの名門貴族である)。

「それはあくまで昔の話。エーラムの一員となった以上、今の儂はもはやヴァレフールとは何の縁(ゆかり)もない。むしろ、新たに縁(えにし)を結ぶ相手が大工房同盟の君主であれば、祖国と戦うことも辞さぬ。それが魔法師の宿命というもの」

 ケネスはそこまで言ったところで、ふと、最近になって自分の中で気になっていたことについて、この場にいる者達に対して問いかけてみたくなった。

「ところで、魔法師を志す諸兄等に問いたい! 皆様方が契約相手を選ぶにあたって、もっとも理想的な君主とは、どのような人物であろうか?」

 彼はマチルダや周囲にいる者達だけでなく、教室にいる者達全員に対して唐突にそう投げかけた。長年に渡って大国の騎士団を率い続けてきただけのことはあって、その声の圧力は強い。その場にいる者達は、それぞれに思考を巡らせ始める。
 比較的近くの席に座っていた自称・未来の天才軍師 ジョセフ・オーディアール もその一人だった。

(ふむ……、アンブローゼ殿なら「自分の力を万民の幸福のために役立ててくれる君主」といったところかな。……いかんいかん、今回は自分の言葉で語らねば。とは言え、そう考えると奇妙な問いではある。一口に魔法師と言ってもその価値観、目的は様々である。皇帝聖印を目指すのか、それとも自国の安寧を第一とするのか。武を以て自らの正義を示すのか、それとも和を以て尊しとなすのか。それによって、理想の君主など如何様にも変わってくるはずだ。うーむ……、先に本意でも尋ねてみようか……)

 ジョセフがそう考えている間に「意外な人物」が、彼よりも先に声を上げた。 テラ・オクセンシェルナ である。

「私は、クロード先生のような研究者を目指している身なので、そもそも君主と契約するつもりはないのですが、なぜ、我々にそのような質問を問いかけるのでしょう?」

 他の者達がそれぞれに「自分にとっての理想の契約相手」についてのイメージを自分の中でまとめている間に、最初からそのような発想が全くなかったテラは、あえてそう問い返した。

「儂は君主であった頃、敵味方含めて、多くの魔法師達と関わりを持ってきた。我が祖国であるヴァレフールには、魔法師を毛嫌いする聖印教会に属する君主も多いが故に、国内の魔法師達の立場の確立のために儂なりに尽力してきたつもりではあったが、果たして儂のやってきたことは、彼等にとって易となっていたのか、儂は彼等にとって『良き君主』であったのか、ということが、君主をやめた今になって、ふと気になった、というだけの話でございます」

 君主時代のケネスについては、テラは何も聞かされてはいない。だが、既に聖印を返上した隠居の身である筈の今のケネスからも、テラは確かな「強者」のオーラを感じ取っていた。話している内容からは過去の自分に対する逡巡が感じられるが、少なくとも、それは「強く生きてきた者」だけが辿り着くことが出来る「強者故の贅沢な逡巡」であるかのように聞こえたのである。

「長年にわたって君主として土地を治め続けてきた貴方は、きっと強い人間なのでしょう……。そんな貴方に問いたいのですが、『強さ』とは、何なのでしょうか?」

 テラは常に「強さ」を求めている。エーラムに来たばかりの頃は、自分自身の内なる力に怯え、他人と接することを拒んでいた彼であったが、最近は、先日の図書館で邂逅したティト・ロータスや、自分を兄と呼んでくれる義弟のジャヤ・オクセンシェルナ(後述)との心の交流を通じて、彼等のためにもより一層、強くありたいと願うようになりつつある。しかし、テラにはその「強さ」の本質が分かっていないため、この機会にそれを聞きたいと考えたらしい。

「儂が強いかどうかは分かりませぬが、儂の中に強さがあるとすれば、それはおそらく『決断する力』でしょう。逡巡することも、迷うこともあるが、それでも最後は自らの責任を以って決断する。それが君主道だと信じて生きてきた。だからこそ、君主としての立場を捨てた今、改めてその自分の決断を顧みたくなった、という訳です。分かってもらえましたかな?」

 ケネスがそう言い終えたところで、今度はニキータが手を挙げる。

「魔法師の立場から言えば、『魔法師が活動しやすい場』を与えてくれる君主こそが理想の君主です」

 これは別に、先刻のケネスの発言(自分が過去にやってきたこと)に忖度した言葉ではない。ニキータにとってはそれが自然な発想であり、その意味では「君主時代のケネス」は、魔法師にとっての理想の君主であったようにも思える。その上で、彼もまたあえてケネスに聞き返した。

「そのようなことが気になるということは、魔法師に対するご自身の統治に、何か後悔があるのですか?」

 そう問われたケネスは、自嘲気味な笑顔で答える。

「この歳まで後悔の一つもなく生きてきた者など、いるとでもお思いですかな?」

 明らかに何か「底知れぬ闇」を抱えたようなその言い方に対して、ニキータは躊躇することなく更に深く踏み込む。

「では、それはどのような後悔なのですか?」

 講義室の空気がやや重くなり始めたところで、ケネスは真剣な表情で答える。ここまでは、遥かに年下の子供達を相手にかろうじて敬語口調で話していたケネスであったが、この時ばかりは明確に「騎士団長」の顔に戻っていた。

「儂は契約魔法師をパンドラに殺された。そして、その仇を討つことにも失敗した。数え切れぬほどの失態を繰り返してきた儂の人生の中でも、これ以上の後悔はない」

 パンドラとは、闇魔法師による組織であると言われているが、その実態は不明である。ブレトランドのパンドラには四つの系譜が存在し、その中の一つである「革命派(エーラムによる世界管理体制の打破を最優先の目標として掲げる者達)」との闘争の中で、ケネスの契約魔法師であったハンフリー・カサブランカは命を落とした。ケネスがエーラムの入門先としてカサブランカ家を選んだのは、今は亡き彼との縁がその根底にある。
 裏社会と関わる話が出てきたことで、ニキータの中ではそれがもしかしたら自分の失われた記憶につながる話なのかもしれない、という期待が更に高まるが、彼以外の者達にとってはあまりこれ以上広げたくない話である。実際、ケネスも平静を装ってはいるが、明らかに「いつもは抑えている内なる闇」が表に現れつつあった。

「えとえと、ケネスさん。何か飲まれますか……?」

 同門の誼で気楽に談笑しようと思っていた筈のエトは、思わぬ方向に話が広がっていくのを目の当たりにして、やや怯えた様子でそう声をかけるが、ケネスは首を振る。

「お気遣い感謝致します、御兄様。しかし、まもなく講義が始まる以上、今は控えておきます。歳を取ると厠が近くなりますからな」

 表情はまだ険しいが、心做しか口調は多少和らいだように思える。そんな彼に対して、今度は(結果的にこの話題を引き出すことになった)マチルダが語り始める。

「私は、学んだ治癒術を領民の方々のために使えて、皆が健やかに暮らせるような、そんな領地の魔法師でありたいと思っていますの。ですから、私の想いに共感してくださって、領民の健康のための施策をとってくださる君主様が理想ということになるでしょうか」

 マチルダ自身の視点が強調されてはいるものの、根本的な方向性としはニキータと大差ない。魔法師と価値観を共有した上で、魔法師の理想の実現に協力してくれる君主、という意味では、おそらくそれは多くの魔法師達に共有出来る考えであろう。

「とはいっても、この答えだと、単に私の願望ですわね。君主であったケネス様にとって、『理想の魔法師』とはどのようなものだったのか、よければ、聞かせていただけませんか?」

 彼女がそう言ったところで、少し離れたところから、 サミュエル・アルティナス が声を上げる。

「俺も、それを知りたかったです。君主にとって理想の魔法師とは何か、よければお尋ねしたいです。実際に領を持った人の視点を、知りたいです! あ、すみません、俺はサミュエル。サミュエル・アルティナスです!」

 「アルティナス」と聞いてケネスは宿敵の孫嫁のことを思い出すが、ひとまずそのことは頭から除外した上で、二人からの質問に答える。

「当然、その答えは君主によっても異なるでしょうが、儂自身の主観に基づいた上での一般論を述べさせてもらえば、いささか面白味に欠ける回答ではありますが、『契約相手のことを最優先する魔法師』でしょうな。魔法師協会の戒律、一門の絆、それ以前の次元における人としての倫理、それらを踏み躙ってでも契約相手の為に尽くそうとする魔法師こそが理想、というのが、大半の君主にとっての本音でありましょう。かつての儂自身もそうでした。君主とは、そのような身勝手な生き物であるということを、諸兄等も心得ておいた方が良いでしょう」

 偽らざる本音をはっきりとそう語ったケネスに対して、サミュエルは話を本題に戻す。

「なるほど……。オレは『健康な君主』こそが理想の君主だと思っています。王様が病気で倒れてたり、ケガで動けなかったりしてると、住んでる人々は心配するし、士気も下がります。治政は魔法師だけでもなんとかなると思いますが、領土を活気づけることは、やっぱり君主にしかできないことなのかなって」

 今までとはいささか毛色の違う答えに、ケネスは興味深そうな顔を浮かべる。

「確かに、領民にとっては君主が壮健であることは重要でしょう。その意味では『領民の安寧』を第一に考える魔法師にとっては、重要なことなのでしょうな」

 まるで「領民の安寧を願わない魔法師もいる」とでも言っているかのような言い方だが、別にそのような皮肉を込めている訳ではない。魔法師が目指すべき多くの目標のうち、いずれを最重要課題と考えるかは人それぞれ、というだけの話である。

(おそらく、この少年は領民思いの善良な魔法師となるだろう。願わくば、儂のような君主とは出会わずに、片田舎で平穏な暮らしを守り続けてもらいたいところだ)

 国を守るというしがらみから解放された今のケネスは、孫達を見るような視線で彼等との対話を楽しんでいた。もしかしたらそれは、君主時代に騎士団長としての責務を優先するあまり、実家の孫達との間ではまともな人間関係を築けなかったことへの反動なのかもしれない。
 そして、ここまでのやりとりから、どうやらケネスは「一般論」ではなく、各個人の見解をそれぞれに聞きたいらしい、ということを察したジョセフもまた、このタイミングで発言する。

「私の才を理解し、それを誰かのために役立ててくれる者。将の将たる者。他人が幸福になることを喜ぶ者。……失礼、男爵殿の四分の一も生きておらぬ身ゆえ、まだ確たる大望も信念も持ち合わせておりませぬ。今日のところはこれで勘弁願いたい」

 その回答に対して、ケネスは静かに頷きつつ、一箇所だけ訂正する。

「いずれも君主として必要な器であることは間違いありますまい。ただ、儂は既に男爵ではありませぬ。聖印も孫に譲った今の儂は、ただの老いぼれた新参者にすぎませぬ。その点は勘違いなされますな」

 ケネスはそう告げた上で、今度はたまたまそのジョセフの隣にいた エンネア・プロチノス に視線を向ける。彼と目が合ったことに気付いたエンネアは、自分も答えを求められていると察して、こう答えた。

「より広く、確実に混沌を抑えられるのが良き君主だと思うかな。『苛政は虎よりも猛なり』とはあるけれど、それは虎を知らない者の言葉だよ。混沌災害の方がよっぽど恐ろしい」

 そう言われたケネスは、思わず苦笑を浮かべる。

「おっしゃる通り。まさにそれこそが『聖印を持つ者」としての本来の姿。その意味では、ろくに混沌と戦うこともなく、権力闘争にばかり明け暮れていた儂は、まさしく君主失格ですな」

 これもまた、自虐に見せかけた皮肉返しのようにも聞こえるが、別にそういう訳ではない。ケネス自身、エンネアの言うことは魔法師として何も間違ってはいないと思うし、そのような価値観を否定する気はサラサラない。少なくとも「虎」が頻発する地域に住む者達からすれば、彼の意見は正論以外の何物でもないだろう。
 そして、ケネスが自分の過去について軽く触れたところで、ふとエトがケネスに問いかける。

「…………ケネスさんは、どんな君主さまだったのですか?」

 エトとケネスは同門だが、エトは君主時代のケネスのことをあまりよく知らない。それは兄弟子のエルも同様で、彼もまたその話に興味を示す。また、いつの間にか彼等の近くの席に座っていた カペラ・ストラトス もまた、ケネス自身の話を聞きたそうな顔で見つめていた。

「諸兄等の身内に、多少なりともブレトランド事情に通じた者がいれば、その方々に聞かれた方がよろしかろう。少々自惚れた言い方をさせてもらえば、ブレトランドの軍政に関わった者で、儂のことを知らぬ者はおりませぬ。敵からも、味方からも、そして身内からも嫌われた君主、それがケネス・ドロップスという男でありました」

 ケネスはそれ以上話そうとはしない。政治家として自分がおこなってきたことの数々に関しては、別に隠している訳でもなければ、恥じている訳でもない。全ては国を守るため、彼は政治家として被るべき泥を全て被り、国を運営するために必要な裏金を集め、反社会組織とも積極的に取引し、時には身内を切り捨ててでも、自分が信じた「祖国を守るために必要な政策」を断行し続けてきた。前述のハンフリーの時のように、その策が裏目に出た時には後悔したこともあったが、他人から忌み嫌われ続けたことに関しては一切の後悔もない。それがケネスにとっての「あるべき君主の姿」だったからである。
 だが、それなりに辛い修羅場をくぐり抜けてきた過去を持つエルはともかく、まだ幼いエトやカペラ、そしてヴィルヘルミネといった面々に対して「政治家としての自分の過去」を事細かに説明するのは、さすがに情操教育上好ましくないと考えていた。そんな彼の想いを知ってか知らずか、カペラは最初の質問に対して改めて答える。

「わたしはまだわからないの、きっとこれからみつけていくのよ!」

 実際、彼女がここまでのケネス達の話をどこまで理解しているのかもよく分からない。ただ、彼女のその純真な瞳は、淀みきったケネスの心をうっすらと癒やしていく。

(儂ではなく、ドギに魔法師としての資質があれば、今頃は彼女のように、この地で健やかに育つことが出来たであろうにな……)

 カペラと同じ年の「パンドラに売り渡した末孫」のことを思い出しながら、ケネスがそんな感慨に耽っている中、義兄のエルとエトもまた、それぞれに自分の考えを語り始める。

「すごいありきたりですけど、民を大事にしている君主…………でしょうか。自分の生まれ故郷の今の君主はきっと違います。彼の私欲による高い税などで民が苦しんでいると聞いています。そういう意味では、自らの欲と民の生活のバランスを取れる君主と言えるかもしれないです。君主が民を大切にするなら、民も君主を尊敬すると思うんです。今はまだ空想に過ぎないですが、いつかはそんな君主と出会えたらいいなと思っています」
「その、僕は、未来の事は、わからないです。ここの外のことも、僕には、遠くて…………。だけど、だけどその、これは魔法師じゃなくて、僕の……エトの気持ちなんですけど……僕は、僕はその……みんなが、幸せに……幸せになれたら、それが1番良いと、思います。…………えっと、その、つまり……人を幸せに出来る君主さまは、素敵だと思います。ごめんなさい、こんな事しか、言えなくて」

 エルはもともと聖印教会系の君主の息子であったが、叔父の反乱によって両親を失い、故郷を追われた上で、この地に辿り着いた。だからこそ、その過去の因縁が良くも悪くも行動指針に影響を与えているのに対し、エトはニキータ同様、過去の記憶を失っている。だが、ニキータとは異なり、その過去を追い求めようとはしていない。彼は魔法学生となって以降の記憶だけに基づいて「自分の目指すべき道」を模索しようとしている。だからこそ、その心には一片の淀みもないが、それ故の危うさも感じられる。

(過去に縛られることと、過去を失うこと。魔法師にとってより不幸なのは、どちらなのであろうな……)

 ケネスがそんな疑問を改めて抱いていたところで、シャーロットが言いにくそうな表情を浮かべながら手を挙げる。

「えっと……、私はあんまり、理想の君主って言われても、ピンとこないかもしれません……。私は、立派な魔法師になってエーラムを卒業したら、実家の兄の契約魔法師になるように言われているんです。だから、私はたぶん、自分で契約相手を探すということをしないので、あんまり理想の君主って考えはしなかったです」

 彼女の実家はハルーシアの名門ウィルドール家の本流であり、彼女の兄は君主である。本来ならば、エーラムのいずれかの一門に入門した時点で、実家との縁を完全に断ち切るのが原則であるが、貴族家の中に魔法師の素養を備えた者が生まれた場合、子供を養子に出したくない両親を説得するために、このような形での「内定」を前提とした形での養子縁組を結ぶこともある。
 実際、ケネスも先刻は「入門すれば実家とは絶縁するのが当然」であるかのように言っていたが、彼は自分の孫の一人をエーラムへと養女に出した上で、最終的には別の孫(君主)と契約させることで自分の手元に呼び戻している(もっとも、厳密に言えば実は二人共ケネスと血は繋がっていないのだが、そのことを知る者はヴァレフール内においても数える程しかいない)。だからこそ、シャーロットのような「裏技」に対しても、特段異論を唱えるつもりもなかった。

「私は、君主と魔法師は『理想の人を探して選ぶ』んじゃなくて、『一緒に理想を探す』ものだと思うんです。その……、優秀な魔法師が、素敵な君主さんを選んで理想的な領地を作ったとしても、それだけじゃ世界全部は平和になりませんから。君主さんの足りない所を補って、一緒に世界を律するのが魔法師の役目です。確か、こういうのをメイジ・オブリージュって言ったと思います」

 メイジ・オブリージュは「メイジたるもの、その力を正しく行使する義務がある」という、メイジの理想を現す言葉である(おそらく、語感からしてブレトランドもしくはアロンヌの古語が語源と思われる)。その言葉の解釈は人それぞれだが、確かにシャーロットの解釈は「君主派」と呼ばれる「君主との関係性を重視する魔法師達」の間では頻繁に掲げられる規範であった(なお、メレテス家はまさにその「君主派」の代表的な一門である)。

「なるほど。さすがは風紀委員殿。これは一本取られましたな」

 ケネスが軽く笑みを浮かべつつ、素直にそう感心する。現実問題として、魔法師は必ずしも自分の理想通りの君主を選べる訳ではない。ましてやシャーロットのように、自分の意志とは無関係に家の事情で契約相手を決められている魔法師にとっては、いたずらに自分の理想を押し付けるよりも、相手と共に理想を探していく、という姿勢は確かに正解なのだろう。ある意味、それは「政略結婚を前提とした夫婦」の在り方にも似ているのかもしれない。

(チシャもこのような想いで、トオヤを支えているのだろうか……)

 自分の方針で契約させた(戸籍上の)孫二人のことをケネスが思い出している中、褒められたシャーロットは軽く照れた表情を浮かべつつ、こう切り替えした。

「ところで、ケネスさんは、君主だった時、魔法師さんとどうやって出会ったんですか?」

 シャーロット自身は既に「契約相手」が内定している身なので、この質問自体には彼女にとってはあまり意味がないのかもしれない。だが、それはそれとして、一般的にどのような形で君主と魔法師が相手を選ぶのか、ということは、純粋に彼女の中でも興味はあるらしい。おそらくそれは、許嫁のいる少女が「恋愛結婚した夫婦」に対して抱く好奇心のようなものなのだろう。

「これまた大して面白くもない話で恐縮ではありますが、四十年ほど前、エーラムで開かれた『新人魔法師のお披露目会』にて、奴とは初めて顔を合わせました。奴も含めた何人かの魔法師達と言葉を交わした中で、奴が最も君主に対して誠実な魔法師であるように思えた。だからこそ、儂の方から申し出て、契約に至った。それだけの話でございます」

 君主と魔法師の出会いの場として「お披露目会」は最もポピュラーな手段の一つである。どれほどの人々が集まるかは主催者の力量によるが、立食パーティーなどの形式を通じて、君主も魔法師も自らを売り込んで契約相手の獲得を目指す。いずれこの場にいる者達の大半には、あと数年もすれば、そういった場への「お誘い」の話が届くことになるだろう。その時、彼等が良縁に恵まれるかどうかは、各自の「人物眼」にかかっている。
 そして、今までずっと黙ってケネスの隣で話を聞いていたヴィルヘルミネも、ここでようやく口を開く決意を固める。

「わたしは、ちゃんと必要なことを教えてくれて、それからわたしを使ってくれるロードにお仕えしたいです」

 何やら意味深な言い回しで、彼女は自分の過去について語り始めた。 

「わたし、ここに来る前に『暴走してしまった』と言われました。えと、じいちゃんが化物(ケモノ)として攻撃されそうだったので、ミーネのカミが木々で相手を街から追い出して助けてくれたんです!」

 彼女の祖父は投影体の末裔であり、彼女もまたその血を引いている。そのような者達は、人類に仇為す投影体と同一視されることが多く、彼女の地方ではそれらを「ケモノ」と呼んでいたらしい。そして、彼女の中に眠る異界の力を、彼女達は「カミ」と呼んでいる。

「でも、それはダメだったみたい。カミをミーネが制御して助けたならいいけど、ミーネの願いにカミが応えただけだから、このままではミーネが怒ると大変な事故になるかもしれない。だから魔法を勉強して、カミの扱い方を覚えなさいって。相手にも、小さい子が暴走を起こしたので、ちゃんとエーラムに入れますよって伝えて、納得してもらうからって。領主さまはそうやって説明してくれて、ミーネがここに入る準備をしてくれました」

 つまり、彼女は魔法学校への入学以前から、エーラムで学ぶ魔法とはまた異質の「魔法のような特殊な力」を操れる存在だったのである。現役の教養学部の学生達の中ではクリープ・アクイナスもまたそのような「特殊な力」の持ち主であるし、そのことを公言していない他の学生達の中にも、そうした力を操る者がいるのかもしれない(ちなみに、ケネスの聖印を受け継いだ実孫の契約魔法師もまた、異界の女神「ヘカテー」の加護を受けた少女である)。

「説明があると、迷わずにきちんとお役目できます。ミーネは、お勉強して師匠さんのとこでカミの手綱をきちんと取るのがお役目です。説明されてなければ、捨てられたのかなとかへんなこと考えて、お勉強どころでなくなってたかもしれないです。だから、わたしは説明してくれる、うちの領主さまみたいな人にお仕えしたいです」

 ヴィルヘルミネ自身、考えながら話をまとめていたこともあって、少々たどたどしい説明にはなったが、ケネスは真剣に最後まで話を聞き続けた。その上で、彼は納得したような表情で答える。

「確かに『説明すること』は大切なのかもしれぬな。現実問題として、世の中には『知らぬ方が良いこと』もあるし、必ずしも全ての真実を伝える必要はないと儂は考えているが、それでも、契約相手との間でだけは、伝えるべきことは全て伝えるべきなのかもしれぬ。つまりは、それだけの信頼関係を結べる相手であることが大切、という訳か……」

 彼女の言っていることとは少々話の次元が異なるようにも思えるが、ケネスの中ではそれは彼女のその言葉に色々と感じ入ることがあったらしい(なお、彼はヴィルヘルミネに対してだけは、敬語も使わず「実の孫」に接するような口調で語っている)。

「ところで、ちょっと聞きたいんですけど、今週末の予定って、……」

 ヴィルヘルミネがそう言って何かを提案しかけたところで、講師となる魔法師が講義室に現れ、ケネスの周囲にいた人々がそれぞれ座席へと着席していく。ヴィルヘルミネの話の続きは、講義が終わるまで持ち越されることになった。

2、行商人のアンケート

 アストリッド・ユーノ(下図)は、エーラムを拠点として活動する行商人の一人である。近年はブレトランド中部の新興国家グリースにおいて算出される特殊な金属「ミスリル」の専売権を確立したことで「武器商人」としての評価が高まりつつあるが、元来は日用品や工芸品、更には人材派遣に至るまで、あらゆる商品を手広く取り扱う総合商社の経営者である。

+ アストリッド

 そして彼女は、 クグリ・ストラトス とも深い縁がある。クグリが実家を飛び出してエーラムに入門する際に仲介役を果たしてくれたのがアストリッドであり、その時の縁もあって、喫茶「マッターホルン」の店長代理を務めている今も、彼女から高級な茶葉や珈琲豆などを仕入れており、通称相手として良好な関係を築いてきた。
 ある日、そんなクグリにアストリッドから一つの依頼が通達された。それは、主に学生を対象とした、新規取り扱い商品に関するアンケートへの協力だった。アストリッドとしては、将来大口の顧客となりうる若い魔法師達の心を今のうちに掴んでおこう、という思惑らしい。大恩ある彼女からの頼みということであれば、クグリとしては断る訳にはいかない。
 とはいえ、道行く人々に声をかけたところで、立ち止まって協力してもらえる保証はないため、まずは喫茶「マッターホルン」の来客達に声をかけてみることにした。この日、最初に来店したのは、 クリストファー・ストレイン である。

「……ということで、現在、もしくは将来的にアストリッド商会で取り扱ってほしい商品のリクエストなどがあれば、教えてもらえないかな?」

 そう言われたクリストファーは少し考えた上で、今の時点で「あったら便利だな」と思う商品を提案する。

「試験前とか、ここ一番って時に集中力が増すようなものってないですか? 今はこうやってコーヒー飲んだりしてるんだけど、どうも苦いのが好きになれなくて」

 実際、彼の手元のコーヒーには少し多めにクリープと砂糖が入っており、かなり苦味が抑えられているのが分かる。眠気を覚ますためにコーヒーを飲みに来る客は少なくないし、それはそれでクグリにとっては重要な顧客ではあるのだが、確かに無理してまで飲むものでもないだろう。

「《クールインテリジェンス》って魔法があるでしょ。あれに近い効果がアイテムで得られればって思ったんですけど」

 そう言われたクグリは、ひとまず彼の要望をそのまま書き留める。一時的に脳の働きを活性化させる服用薬はエーラム内でも密かに出回っているが、それらは大抵、後々になって副作用が発生することが多いため、あまりオススメはされていない。もし、アストリッドが「コーヒー程度の効果で、コーヒーほど苦味のない飲料水」に心当たりがあるなら、いずれそれをこの店のメニューに加えることも選択肢の一つとして考えても良いだろう。

「ところで、その作業って、人手は必要ですか? 何なら、オレの知り合いにも聞いて回ってみてもいいっすけど」

 クリストファーとしては、この機会にアストリッドと離す機会を設けることによって、(「バイト代替わり」として)世界各地で商品を売り歩いている彼女から、何か興味深い話が聞けたらありがたいと考えているらしい。

「それは助かるね。では、よろしく頼むよ」

 クグリはそう言って、クリストファーに書類の一部を預けることにした。

 ******

「アンケートですか、生徒の声は確かに役に立つかもしれません」

 そう言って購買部の ジュード・アイアス もまた、アストリッドからアンケート集計への協力を要請されていた。

(商売において需要を正しく知ることは大事ですもんね。今回のアンケートは未来の話ですから将来に関しては参考程度でしょうか、体験や立場で欲しいものは変わるものですからね。むしろ、この傾向から今の生徒が欲している物が推測できるかもしれません。できれば僕もその情報欲しいですね……)

 ジュードはそう考えた上で、アストリッドにこう提案する。

「では、協力報酬は集計結果、でお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 実際、ジュードは人脈も広く、集計能力にも優れているため、事務員として本格的に雇っても良いくらいの才覚はある。そのことを踏まえた上で、アストリッドは答えた。

「いいわ。そういうことなら、今回の調査で得られたデータは、購買部と共有することにしましょう」

 あっさりと認められたことで、ジュードは少し拍子抜けする。商売敵として見られれば断られるかと思っていただけに、ジュードとしては複雑な心境ではあったが、アストリッドから見れば購買部は「卸先」なので、取引相手ではあっても、競合相手とは考えていない。
 無論、彼等がアストリッド商会以外のルートから同じ商品を入荷するという選択肢を与えることにも繋がるという意味では、出来ることならば自分達で情報を独占しておいた方が得策であることは間違いないのだが、そもそもエーラムの学生達を相手に調査をするのであれば、最初から購買部の方が圧倒的に有利であろう以上、彼等の協力なくしてアンケートを実施するのはそもそも無理があった。
 こうして、ジュードは購買部への来客に対してアンケート調査を実施する。この日、最初に店に訪れたのは、教養部のビート・リアンであった(下図)。彼はジュードよりも年下だが、入門前から無意識のうちに断片的な静動魔法を身につけていた「自然覚醒組」の一員である。

+ ビート

「欲しいもの、か……」

 ビートはしばらく考えた上で、今の自分が欲しているものを色々と思い浮かべる。正直、欲しいものはある。何が一番欲しいかも、彼の中では明確化している。しかし、それは金で買えるものではない。
 金で購入出来る範囲で、今の自分が求めているものは何かと考え続けた結果、行き着いた答えは「心を癒せる何か」だった。先日テリスから貰ったハーブは、確かに彼の心を癒やすことが出来たし、そのおかげで心の平穏も保てるようになりつつある。同じように、自分の心を癒やしてくれそうな物は何かないかと考えた結果、彼はあの時に別の先輩に見せてもらった「別の何か」を思い出し、そして、おもむろにそれを記入して、少し恥ずかしそうにジュードに渡した上で、即座にその場を立ち去った。
 そのアンケート用紙には、ただ一言、

「猫」

とだけ書かれていた。

 ******

 一方、ジュードと同門の ユニ・アイアス もまた、特に何の報酬も要求することなく、自発的に彼の手伝いをしたいと考えて名乗りを上げた。彼女は常に、誰かの役に立つことを生き甲斐としているため、互いの利害の調整を前提として人間関係を構築するジュードとは感覚的にどうしても噛み合わない関係なのだが、かといってジュードとしても、協力者をあえてを拒む理由もない。
 ひとまず、多くの学生が集まりそうなところはどこかと考えた彼女は、最近従業員数を増やしたこともあってより一層集客力を増した大衆食堂「多島海」へと向かうことにした。この店の経営者である三姉妹(下図)に対して、店の前でアンケートを取ることの許可を得ようとする。

+ 左から順に、マロリー、アイシャ、ヘアード

「アンケート、ねぇ。まぁ、店の邪魔にならない程度なら別にいい気もするけど……」

 微妙な表情で長女のアイシャがそう呟いたところで、ユニの後方から、彼女の先輩のレパルト・アイアスが現れた。彼は魔法大学の新星として名を馳せつつある17歳の俊英である。彼は通りすがりにユニの姿を発見し、心配でその様子を後方から眺めていたのである。

「もし良ければ、彼女の紅茶の知識を貴店でも生かしてみませんか?」

 ユニはもともと騎士階級の家に生まれた令嬢ということもあり、紅茶に関する知識には詳しく、アイアス一門の集会の時は常に彼女が率先して良質の茶葉を用意してくれている(先日、先輩達と共に「マッターホルン」を訪れた際にも、オススメの紅茶を彼等に勧めていた)。
 それを聞いて、次女のヘアードと三女のマロリーは興味深そうな顔を浮かべる。

「紅茶、か……。確かに、私達にはその手のことには疎いからな」
「お客さんの評判を聞いていても、やっぱり、もう少し飲み物のバリエーションを増やしてほしい、という意見はあるわね」

 実際、彼女達の「地元」には、紅茶も珈琲もない。高級な飲料水と言えばもっぱら酒類なのだが、若い学生相手に酒を振る舞うことは(明確な法的規制がある訳ではないが)健康上の観点からパトロンであるノギロに止められているため、安物の市販品で(文字通り)お茶を濁しているのが現状である。

「私の紅茶の知識が役に立つのなら、ぜひ協力させて下さい。とりあえず、今、使っている茶葉とお茶道具を教えて頂ければ、より料理に合わせた風味に改善することも出来ると思います。このエーラムならば、フレーバーとして使えそうな香料も色々手に入りますし」

 ユニにしては珍しく、積極的に自ら話を広げ始める。そんな彼女の様子を見て、レパルトは更にもう一押する。

「彼女の知識のおかげでいつも僕達は美味しい紅茶を楽しめている。紅茶マイスターとしての彼女の実力は保証しますよ。その腕前を一門の外に流出させるのが惜しいくらいだ」

 先輩に手放しで褒められたユニは、いつもの「周囲の空気を和ませるための笑顔」ではなく、心の底から嬉しそうな笑顔を見せる。彼女はこれまで、何の見返りもなく、ただ他人の役に立つこと自体を生き甲斐してきたが、その過程で自分が褒められることに、そのような「自己犠牲によって得られる幸福感」とはまた異なる悦びを感じ始めていた。

「それなら、別に店の前と言わず、店内で普通にアンケート取ってくれて良いわよ。ただし、お客さんが面倒臭そうな顔したら、すぐにその人の前からは退散してね」

 アイシャがそう言ったところで開店時間となり、この日の最初の客が来訪した。

「あら、レパルトじゃない。珍しいわね」

 そう言いながら現れたのは、レパルトと同い年の魔法大学の学生ジェレミー・ハウル(下図)である。彼女もまた、レパルトと並び称される17歳の俊英であり、何人かの女友達と共にこの店に朝食を食べに来たところであった。

+ ジェレミー

「我が一門の新鋭を、ちょっと紹介しに来ただけだよ。君も、彼女の紅茶に舌鼓を打つがいい」

 レパルトはそう言って店から立ち去って行く。そしてジェレミー達が店内に案内されると、ユニは三姉妹から許可をもらった上で、彼女達にアンケート用紙を渡す。

「欲しいもの、かぁ。そうねぇ、今は……」
「やっぱり、アレじゃない? プロム用のドレス!」
「あぁ、そうね。というか、あんた、もう例の『憧れの職場』への就職が内定してるんでしょ?」
「だったら、今後は社交界デビューに備えて、何着も必要になるわよね」

 ジェレミー達はそんな話題で盛り上がり始める。ちなみに、「プロム」とは、アロンヌの古語である「プロムナード」の略語で、エーラムにおいては「卒業パーティー」の意味である。一人前の魔法師としての第一歩を象徴するこの機会に、生徒達は名一杯着飾った上で「男女ペア」で参加する、というのが慣例になっていた。
 そんな彼女達が思い思いに「着てみたいドレスのブランド名」を書いてユニに手渡すと、彼女はそれを受け取った上で厨房へと趣き、約束通りに「紅茶の煎れ方」を色々と伝授していく。

「美味しい!」
「なるほど。確かに、煎れ方を少し変えただけでも、随分風味が変わるものだな」
「助かったわ、ありがとう!」

 そんな三姉妹からの絶賛に対してユニは再び「素直な笑顔」を見せながらも、最後の一言に対しては、やや戸惑いを見せる。

(ありがとう……?)

 ユニは、少しきょとんとした顔を浮かべる。自分がやりたくてやっていることに感謝されることに、どこか違和感を感じているらしい。

「これでウチの弱点も補えたわ。もし良かったらあなたも正式に働かない? 給金は弾むわよ!」
「給金……?」

 未体験の概念を突きつけられたユニは更に困惑したまま、玄関先に新しい来客が現れたことに気付き、ひとまずアンケート用紙を持ってそちらに向かうことにしたのであった。

 ******

「お疲れ様。これだけ回答が集まれば、もう十分だわ。なかなか興味深い意見も多いわね」

 数日間の調査を通じて、クグリ、クリストファー、ジュード、ユニの四人が集めたアンケート用紙を見ながら、アストリッドがそう答えると、そこでジュードが更なる協力を申し出る。

「こちらこそ、ありがとうございます。今回の結果は、僕も生かさせてもらいます。では、早速集計に入りますが、それぞれを希望進路別に分けたらわかりやすいかもしれませんね。研究者と君主仕えでは欲しいものが違うと思いますし、どんなもので勉強したいかも違うと思いますからね。具体的に何が欲しい、というのも思いつかない人もいると思いますので商品種類だけを聞いてみるとか、将来どんなことをしたいか、あたりを聞くのも役に立つかもしれません」

 テキパキとそんな作業を進めるジュードを見ながら、アストリッドは内心で「この子、正式にウチで雇えないかしら……」などと思いつつ、ふと、あることを思い出す。

「あ、そう言えば、なんか妙な子がウチの小売店に来てたわね。テオなんとかっていう、妙にボロボロな上着を着た、どこか不気味な子だったんだけど……、サイコロと、コマとして使えそうな小さな置物が欲しいとかなんとか……。それって、魔法師の儀式か何かに必要なものなの?」

 そう言われても、誰もそのような儀式に心当たりはない。一応、ユニは「サイコロを使った遊びを伝える少女」に心当たりがあったが、その遊びの詳しい内容までは聞かされていなかった。

「とりあえず、購買部への報酬はこの集計情報で良いとして、あなた達には、ひとまずこれを謝礼として渡しておくわ」

 アストリッドはそう言って、残りの三人に「袋に入った何か」を手渡そうとするが、ユニはここで再び困惑する。

「あの、私、別に、ただ私が手伝いたいから手伝っただけですので……」

 そもそも「労働対価」という概念を考えずに生きてきたユニは、この状況でどう反応すれば良いのか分からない。一方、その隣にいたクリストファーは、はっきりとその受取を拒絶する。

「報酬なら、オレも『情報』がほしいです。オレ、異世界に行きたいとずっと考えてるんですけど、そのヒントになるような情報とか、どこかで聞いたことないですか?」
「異世界、ねぇ……。そういえば、参考になるかは分からないけど、『投影』ではなく、『異世界から直接来た』って言い張ってる人達の噂を聞いたことはあるわ。確か、ランフォードあたりだったような……」
「その話、詳しく聞かせて下さい!」

 クリストファーが眼を輝かせながらそう言うと、アストリッドは旅先で聞いた話を伝え始める。どうやらその者達は「地球」と呼ばれる世界からの来訪者で、異世界人でありながら聖印を持つ者もいた、という意味で、明らかに投影体ではないと現地の人々からも認識されていたらしい。ただ、結局、最終的に彼等がどうなったのか、その顛末を知る者は誰もいないため、その実在そのものも定かではない、という程度の噂話らしい。
 アストリッドがその話をしている間に、ユニはいつの間にかその場から立ち去っていた。その一方で、クグリは素直に「報酬の袋」を受け取っていたが、その中身は「アストリッド商会においてのみ使用可能な割引券」であり、しかも、それなりの高額商品を購入した場合にのみ使用可能とあったので、実際のところは「対価」と呼べるほどの価値のある代物かどうかは(少なくとも、現状そこまで高額の商品を買う予定も資金もないクグリにとっては)微妙な代物であった。

(まぁ、あの人のことだから、報酬と言ってもこの程度だろうとは思っていたけどね……。さて、ではそろそろ店に戻って、『アレ』の準備を手伝うことにしようかな」

3、モグラ叩き

 魔法都市エーラムは山岳地帯に位置しており、その周囲の高原にはいくつかの牧場が存在する。その中の一つに「黄金羊牧場」と呼ばれている区画があった。その地で育成されているのは、かつてオリンポス界から投影された「黄金羊」をこの世界の羊達と掛け合わせることで生まれた混血種であり、オリジナルには及ばないものの、美しい羊毛を生み出すことで知られている(なお、本来の「黄金羊」には空を駆ける力が備わっていたが、その末裔である「現在の黄金羊」には、その力は受け継がれていなかった)。
 その黄金羊牧場に、最近になって唐突に「モグラ」が大量発生するという奇妙な現象が発生しているらしい。芝生が異様なまでに荒れ、そして地盤が不安定になることで、足を取られて負傷する羊も続出しており、困った牧場主が、知人である高等教員のアルジェント・リアンとメルキューレ・リアンに解決策を講じてもらうよう依頼しているという。
 その話を聞いた黄服仮面の少女 ルクス・アルティナス は、同門・同室・同い年でダルタニア出身の少女 ロゥロア・アルティナス に対して、唐突に話を持ちかける。

「ロア、エーラムには金ピカの羊たちがいる牧場があるらしいのだ!」
「羊……金色……? 気になる、です」
「ルクスも行ってみたいのだ! あと、最近なんだか牧場にモグラが沢山出て、羊たちが怪我して困ってるらしいのだ! そのかいけつのお手伝いもしに行くのだ!」

 ルクスは元々羊飼いの娘ということもあって、羊とその飼い主たちを困らせるモグラは見逃せない。それに加えて、「黄金羊」という品種そのものを見てみたい、という気持ちもあった。

「ルクスが行くなら……ついてっていい、です?」
「もちろんなのだ!」
「じゃあ、その前に図書館で、もぐらに関する本を借りておくです」

 こうして、彼女達は(ロゥロアの年齢でも借りられる低学年用の簡易動物図鑑をその手に)黄金羊牧場へと赴くことになった。

 ******

「…………モグラの大量発生ですか……」

  ティト・ロータス は、学内掲示板に張り出された学生新聞に掲載されていたその記事を見て、ふとそう呟きつつ、山岳地帯に住んでいた頃のことを思い出す。

(そういえば、村にいた時もお父さんが畑にモグラが出て大変だった、とか言ってましたっけ)

 ティトはその時の記憶を遡って何か参考に出来ることはないかと考えたが、さすがにまだ幼かった頃の話なので、あまりよく覚えてはいない。

「……取り敢えず図書館で調べてみましょうかね……何もなければ現場に行きますか……」

 マスクの奥で小声でそう呟きながら、彼女は図書館へと向かう。すると、そこには先刻見た新聞に名前が載っていた高等教員のアルジェント・リアンの姿があった(下図)。彼は静動魔法の専門家であり、ビート・リアンの養父にあたる。

+ アルジェント

 アルジェントの見た目は子供のような姿だが、今の彼の身体は、実弟のメルキューレによって作られた「義体」である。アルジェントは生来身体が病弱だったため、人工的に作り出した義体に魂を移植することで、かろうじて今も命を繋いでいる。もっとも、その義体は骨格自体は人間とほぼ変わらない動きが可能な構造ではあるものの、アルジェントの意志だけでは自由に動かせる訳ではなく、彼自身の静動魔法によって人間の手足のように動かしているだけである。そのため、アルジェントは常に大量の魔力が必要であり、そのためにメルキューレが錬成した精神回復薬を常備し続けていた。
 その彼の傍らには、最近になって風紀員に新たに加入した イワン・アーバスノット の姿があった。今回のモグラ事件の報告を聞いた彼は、まず発生原因の元を断たねばその場凌ぎにしかならないと考え、アルジェントと共に図書館での原因究明作業に協力していたのである。彼の手元には、図鑑と思しき大型の書物が開かれている。

「アルジェント先生、こちらの書物には、牧場からの報告にあったような形でのモグラの被害の記録は掲載されていません」
「そうか。自然界のモグラの行動とは合致しないということは、やはり何らかの形で混沌が関わっている可能性が高そうだな」
「異界のモグラが投影されている、ということですか?」
「いや、メルキューレからの報告を聞く限り、モグラの体内からは混沌核は検出されなかったらしい。だが、何らかの混沌核がモグラに影響を与えている可能性は十部にありうる」

 現在、アルジェントの実弟メルキューレは牧場に赴いた上で現地の調査に当たっており、二人は頻繁に魔法杖通信を通じて情報共有を繰り返しながら、原因究明に務めていた。

「地中に魔境が発生している、とか?」
「その可能性も十分にあり得る。もしくは、誰かが人為的に魔法の力でモグラを操っているのかもしれん」

 二人がそんな会話をしているところに、男装少女の ノア・メレテス が、大量の書物を抱えて現れた。彼(彼女)もまた、今回のモグラ事件を解決するにあたって、アルジェントに協力を申し出た学生の一人である。なお、黄金羊の羊毛はこの魔法学校の手芸部にとっても御用達の品でもあるのだが、そのことが彼(彼女)の協力の動機に繋がっているかどうかは定かではない。

「アルジェント先生、こちらがエーラム近辺の牧場に関する過去二十年分の記録になります」
「ご苦労。では、ひとまずお前達二人で、そちらの資料に一通り目を通して、過去に似たような事例が発生した記録があるかどうかを確認しておけ。私はもう少し広い範囲で類似事例を探してみることにする」

 そう言ってアルジェントが席を立ったところで、ティトが彼等に話しかけた。

「あの……、モグラの件でしたら……、私も何か、お手伝い、しましょうか……?」
「ほう、それは助かる。ひとまず現時点では参照すべき資料が多い。人手はあるにこしたことはないからな。この図書館には慣れているか?」
「はい……、いつも、ここにはよく来てます……」
「では、地下二階の階段横の区画に設置されている『オリンポス界』に関する書物の中から『黄金羊』に関連した記録のある書物を探し出せ。その間に、私は『羊に起因する混沌災害』全般についての資料を探してみる」
「モグラではなく、羊……、ですか?」
「あぁ。投影体であった『原初の黄金羊』の血を引く羊達の存在が、何らかの投影体を引き寄せているという可能性もあるからな」

 そう言って、アルジェントは上り階段の方向へと向かう。実際、あの牧場では数年前に「異界の羊」や「羊の神格」が投影されるという事件が発生したことがある(その事件は、魔法大学を卒業直前だった当時のリアン一門の学生達によって解決した)。投影体の血を引く存在が混沌災害を引き起こすかどうかについては諸説あるが、混沌核の発生そのものの原因ではないにしても、発生した混沌核がどの世界の投影体を出現させるか、という点に関しては、その周囲に存在する他の投影体に影響されやすい、という傾向は立証されている(召喚魔法の世界では、そのような存在を「触媒」と呼ぶことが多い)。

(もっとも、それが分かったところで、問題解決の糸口になるかは分からんがな)

 ******

 その頃、アルジェントの実弟であるメルキューレ・リアン(下図)は、イワン達と同じようにこの事件の解決に向けての協力を申し出てきた幾人かの学生達と共に、黄金羊牧場へと赴いていた。彼は錬成魔法師であり、様々な薬品や魔法具を作り出すことが出来る発明家として知られている。

+ メルキューレ

 メルキューレは、今回の事態の発生と混沌との関連性を調べるために、まずは試しに牧場周辺の混沌濃度を下げてみることにした。この世界において、混沌を完全に消し去ることが出来るのは君主の持つ「聖印」のみだが、魔法師であれば一時的に自分の周囲の混沌濃度を下げることは出来る。だが、あくまでもそれは一時的なものであり、混沌災害の根本的解決にはならない(いわば、聖印が「殺虫剤」だとするならば、魔法師による混沌濃度の抑制は「防虫剤」のようなものである)。
 そのため、常駐の君主が少ないエーラムにおいては、他の地域よりも混沌濃度は高い。だが、逆に言えば混沌濃度が高い空間においては魔法の効果もより強大になる(そのため、戦況によっては逆に魔法師が混沌濃度を上げることもある)。だからこそ、(正確な因果関係は不明だが)魔法学校を築く上で結果的にエーラムという土地が適していたとも言える。

「さて、もしモグラの大量発生が混沌の作用なのだとすれば、これで状況は多少なりとも改善される可能性が高い筈なのですが……」

 メルキューレがそう呟く傍ら、学生達の一部は、牧場の片隅に「足を負傷した羊達」を集めて、彼等の治療に従事していた。

「だいじょぶかー? かわいそーになー。今、治してやるからなー」

  シャロン・アーバスノット はそう言いながら、テキパキと羊の足に治療薬を塗り込み、包帯を巻いていく。山岳民出身の彼にとっては、羊の世話も手慣れたものであった。
 そんな彼の隣では、ルクス・アルティナスが(ぶかぶかの動きにくそうな黄色い上着を着た状態のまま)シャロン以上に迅速かつ的確な手捌きで着々と治療をこなしていく。彼女の実家はまさに羊飼いを生業としていたため、羊の世話という点に関して言えば、この場にいる中でも誰よりも彼女が「本職」である。

「ここの子達はいい子なのだ」

 彼女は日頃の(「きいろのおーさまの臣下」としての)騒がしい声とは異なる、素朴な声色でそう呟きながら、仮治療を終えた羊達の頭を撫でていく。その不審な仮面の下では穏やかな素顔を浮かべていた。

「昔を思い出すなぁ……」

 ルクスがそんな感慨に浸っている一方で、彼女と一緒にこの場に来た名家の出身のロゥロア・アルティナスは、羊達に対してどう接して良いか分からずに戸惑った様子を見せていた。そんな彼女に対して、流浪民出身の11歳の男子学生 ジャヤ・オクセンシェルナ は、羊達を刺激せぬよう、静かな声で語りかける。

「汝(なれ)が怯えてはだめだ。汝以上に動物たちは汝を怖れている。汝が堂々としていなければ、身を任せてはくれぬぞ」

 ジャヤはロゥロアに対してそう諭しながら、一頭一頭丁寧に羊を手懐けつつ、治療を施していく。彼の一族もまた小規模ながら馬や驢馬や羊の遊牧飼育をしたことから、幼いジャヤにもそれらの家畜の世話を手伝っていた経験があった(なお、ジャヤのこの独特の口調が、彼独自のものなのか、彼の一族由来の口調なのかは不明である)。

「すごいです、お見事です……」

 ロゥロアが素直に感嘆の言葉をこぼしているその更に隣では、 クリープ・アクイナス もまた、手際良く羊の足に包帯を巻こうとしていたが、そんな彼の手元を見たジャヤは、ある違和感に気付く。

「汝は今、何か魔法を用いたか?」

 そう言われたクリープは、ふと自分の手元を見ると、確かに、先刻まで激しく痛めていた筈の羊の足の傷が、いつの間にかすっかり治っていた。

「あれ? おかしいな……、そんなつもりは無かったんですけど……」

 クリープ自身は、自分に生来備わっている「微弱な治癒魔法」を用いた記憶はない。だが、羊の様子から、確かにそれは自分がその力を用いた時と同じような効果が発生していたことに気付く。

「もしや汝も、自然魔法師か何かの一族か?」

 「自然魔法師」とは、エーラムの魔法師協会とは異なる独自の手法で魔法を用いる者達の総称であり、それらの大半はエーラムとは友好関係にある(逆に言えば、エーラムと敵対する自然魔法師は「闇魔法師」と呼ばれることが多い)。一般的には魔法の素養は遺伝しないというのが定説だが、実際には世界の各地に「一族」単位で何百年も前から独自の魔法を操り続けている血族達は点在しており、彼等の大半は「神格」などの強力な投影体の血統もしくは加護を受け継いでいる者達が多い(そして実はジャヤの生家もまた「古き神」の血統を受け継ぐ者達であり、エーラムの分類で言うところの「自然魔法師」の一族に相当するのだが、彼の一族の事情を知る者は多くはない)。

「え? うーん、そう呼ばれたことはないですけど、でも、簡単な治癒魔法くらいなら、僕はエーラムに来る前から使うことは出来ました。と言っても、この程度の軽い傷を治す程度のことしか出来ませんけど」

 そんな彼等の様子を遠目に眺めていたメルキューレは、ここで一つの違和感に気付く。クリープが微弱な治癒魔法を用いることが出来るということはメルキューレも知っている。そして、エーラム入門前に無自覚のまま魔法を修得していた者は、時に無意識のうちにその力を使ってしまうこともあるということも、(メルキューレから見れば「甥弟子」にあたる)ビートという実例が身近にいるため、理解出来る。
 だが、前述の通り、今のこの時点で、メルキューレは自分の周囲の混沌濃度を限界まで下げていた。つまり、今は「普通の治癒魔法(キュアライトウーンズ)」を使おうとしても、その効果が抑制されるような環境にある筈なのである。その状況下で、彼の内側から流れ出た無意識の「力」が、「本来の彼の力」と同じくらいの治癒効果を発揮していたということは、今のクリープの魔力は(まだ具体的に魔法を使う訓練は殆ど受けていない筈なのに)以前よりも明らかに強まっている、ということになる。

(彼の場合は治癒魔法である以上、暴走したところでさほど危険という訳ではないかもしれませんが……、一応、魔力抑制装置をもう一つ、用意しておいた方が良いかもしれませんね……)

 メルキューレが内心でそんな考えを巡らせている間に、少年少女達は怪我をした羊達の治療を一通り終える。すると、この場ではあまり役に立てなかったロゥロアが、早速次の行動を提案した。

「では、私はこれから、被害規模を確認するために、もぐらが大量に出現していた現場に向かいたいと思います」
「ルクスもいくのだ!」
「そうだね、僕も手伝いに行くよ」
「吾(あ)も手を貸そう。解決してやらねば、羊たちが不憫だ」

 こうして、ルクス、クリープ、ジャヤもロゥロアに同調するのに対し、シャロンは近くにあった農耕具を手に取る。

「ならー、僕は荒れた土壌の地ならし手伝いにいくよー。ちゃんとまた羊達が歩けるよにねー」

 とはいえ、どちらにしても向かう先は同じである。五人はメルキューレに牧場の地図を見せてもらった上で、どの辺りで出現していたかを確認する。その上でメルキューレは、彼等に一点、「重要な注意事項」を付け加えておいた。

 ******

 五人がメルキューレから聞いた場所へと到達すると、モグラによって荒らされた地表の上を闊歩する一頭の大狼の姿があった。日頃はメルキューレの養女である ロシェル・リアン の相方(ロシェル曰く「家族」)のシャリテである。
 メルキューレ曰く、現在ロシェルは牧場の木陰で休眠中だが、シャリテは(自ら喋ることは出来ないらしいが)人間の言葉を理解することが出来ることもあって、今はシャリテだけで牧場に現れるモグラの警戒に当たっている。よく見ると、その足元には、既に何体かの(死んでいるのか気絶しているのか分からない)仰向けになったモグラの姿があった。

「おー、お前がくだんの『ぼくようおおかみ』か!」
「大っきいですね……」

 ルクスとロゥロアがそう言いながらシャリテへと駆け寄って行くと、シャリテもまた友好的な表情を浮かべながら近付いてくる。一方で、シャリテは二人の後方に立つシャロン、ジャヤ、クリープに対しては、明らかに警戒心の強い表情を浮かべていた。

「先生のいってたとーりだねー」
「残念だが、吾らは近付かぬ方が賢明らしい」
「仲良くなりたいのにな……」

 メルキューレ曰く、シャリテは(ロシェルと同様)男性に対しての警戒心が強いため、シャリテと意思疎通する時は女子学生がおこなった方が良いらしい。ひとまずその忠告を素直に守っている三人の少年達は、ふかふかのシャリテの毛皮に自ら飛び込んでいくルクスを羨ましそうに眺めていた。

 ******

 その後、シャリテはその強力な嗅覚を使ってモグラが地表に近付いて来る度に、すぐさまその場へと急行し、その場で掘り起こして咥え上げ、地面に向けて激しく叩きつけることで、モグラを次々と気絶させていく。どうやら、現時点で地表に転がっているモグラ達も、この手法で撃退していたらしい。
 ロゥロア達も、そんなシャリテに協力したいと考えていたが、さすがにこのような芸当は人間の子供には不可能である。そこで、彼等はメルキューレから預かった「モグラ捕獲用の罠」を地中に設置した上で、その場所へと誘導する作戦に出ることにした。
 そのために、まずロゥロアは鞄から「笛」を取り出す。

「これが必殺兵器、です!」

 それは彼女の故郷であるダルタニアの民族楽器であり、彼女の実家はとある音楽流派の宗家であった。ロゥロア自身もまた笛の名手だが、彼女はかつてその「笛」が原因で弟を失ったこともあり、彼女の中で笛はそのトラウマの象徴でもある。だが、ロゥロアは事前に「モグラは音波が苦手」という話を聞いていたため、ここ最近は自ら封印していたその笛を用いて、モグラの出現場所をある程度限定させようと考えたのである。

「もぐら、つかまえる!です!」

 ロゥロアはそう呟いた上で笛を咥え、美しい旋律を奏で始めると、その隣にいたルクスは地表を見ながら、何かを感じ取ったようにがむしゃらに一点に向かって走り始めた。

「待つのだ~!」

 ルクスはそう叫びながら、ある程度ドタドタと激しい足音を鳴らすことでモグラを誘導しようとする。そして、ロゥロアもまた、曲がサビに差し掛かろうとしたところで、演奏の途中で笛を止めて、ルクスとは別の方向から走り出し始める。

「もぐら!まて!です!!!!!!」
「おぉ! 挟み撃ちだな!」

 ルクスはそう反応したが、実はロゥロアが笛を止めたのは、「そこから先」が吹けなかったからでもある(それこそが、彼女のトラウマに起因する話である)。ともあれ、彼女達はこの方法を何度か繰り返した結果、無事に何匹かのモグラを地中の罠(檻)に入れて捕獲することに成功するが、もともと名家の箱入り娘であるが故に体力がないロゥロアは、何度も繰り返しているうちに、やがて息が上がり始める。

「ま……まて……です……ぜー……ぜー……」
「ロア〜、次行くぞ〜!」
「る、ルクス……元気すぎ、です……」

 そもそも、笛を吹きながら走っている時点で、ロゥロアの方が体力の消耗が激しいのは当たり前である。彼女が疲れてその場に座り込んだところで、彼女達の前に一人の少年が現れた。

「お疲れさん! こっからは、選手交替だ!」

 ロゥロアはその姿に見覚えがあった。それは、先日観戦していた射撃大会の最後に登場し、「特別賞」を獲得した紺色の髪の少年である。

「あなたは、ミサイルの人!」
「俺は カイル・ロートレック ! 今からやろうとしてることは、俺もだいたい同じさ。見てな!」

 カイルはそう言うと、背中に背負っていた一本の「杭」を、近くにあったモグラの穴に突き刺す。それは彼が自作で組み上げた「振動させることで音を生み出す装置」であり、彼がそれを起動させることで、穴の中に激しい音が響き渡る。

「な? こっちの方が効率がいいだろ?」
「た、確かに……」
「じゃあ、そういう訳だから、ちょっとそっちで休んでな。そんな訳で、そこのお前も、よろしく頼むぜ!」
「分かったのだ〜!」

 ルクスはそう答えるが、一方で、シャリテはカイルに対して軽く唸り声を上げる。

「おいおい、どうしたんだよ? お前、なんかやたらでっかいけど、牧羊犬だろ? 仲良くやろうじゃないか!」

 メルキューレから話を聞かされていないカイルは、臆せずシャリテにそう語りかけるが、シャリテの方はあまり良い顔はしない。とはいえ、今はモグラ退治の方が先決ということはシャリテも分かっていたので、本気で威嚇するようなことはしなかった。

 ******

 こうしてルクス達がモグラ駆除を進めている間に、シャロンは荒らされた地表をならして元通りにしようとしていたが、その度に新たなモグラが出現して、やってもやってもキリがない状態が続いていた。

「うー、先生が混沌濃度を下げてるのにこれかー……。ほんだら、混沌関係ないのかー? 実際、モグラも見たところ普通のモグラみてえだしなー」

 地表に倒れて気絶しているモグラ達を見ながらシャロンはそう呟くが、その隣で状況を観察していたジャヤは「あること」に気付く。

「先刻からの様子を見る限り、羊達から離れた場所にはモグラは現れておらぬのでは?」

 この牧場はかなり広く、羊達はその時々に応じて牧羊地内を転々としている。当然、時間帯によっては羊が一切存在しない区画はいくらでもあるのだが、その辺りにはあまりモグラが出現している様子はない。地下の様子までは分からないので、本当に不在かどうかは分からないが、少なくとも、モグラが地表近くに現れるのは、羊達の村に近い区域が中心であるように見えた。

「てことはー、わざと羊を狙ってるー?」
「それもそれで妙だぞ。モグラが羊の足元に集まる習性など……」

 二人が困惑する中、クリープはルクス達が捕獲した「まだ生きて動いているモグラ達」を改めて凝視していたが、そんな彼の中でも、一つの奇妙な違和感が発生していた。

「この子達、表情がちょっと変じゃないですか? なんというか、怒ってるのとはまた違う……、まるで何かに執着しているような……」

 モグラの表情の違いなど普通の人が見ても分かる筈もない。だが、この場にいる男子三人はいずれも自然の豊かな土地で育った身ということもあり、なんとなくクリープの言わんとすることも分かるような気がした。

「そー言われてみればー、そー見えなくもないようなー……」
「確かに、普通の動物からは感じられぬ、どこか尋常ならざる気配が漂っているようにも……」

 彼等がそんな会話を交わしている中、「音出し係」をカイルに任せたロゥロアも彼等の元に合流する。

(私は生き物に詳しいわけではないです。ですがしかし、生き物が何の理由も無く増えることはないはず。問題の全容は分かりません……が、ただ休憩するよりは、この時間を利用してもぐらの観察を行う方が良いでしょう……)

 彼女はそんな考えを巡らせつつ、シャロン達に労われながら彼等の近くに座り込むと、改めて自分が捕らえたもぐらを凝視する。

(………………もこもこ、かわいい)

 初めて生のもぐらを目の当たりにしたロゥロアの内心では、そんな感情が生まれつつあった。彼女は檻籠を軽く持ち上げて、思わず語りかける。

「不思議、です。なんであなたたち、こんなにいるの……?」

 ロゥロアが借りた動物図鑑によると、モグラはここまで一箇所に同時多発することは少ないし、そこまで地表近くに頻出する生き物でもない。彼等自身が混沌の産物ではないとするならば、まるでこの辺り一体のモグラが一斉にこの場に集ったかのような数に思える。
 様々な疑惑が広がる中、この場にまた一人、新たな少年が現れたことにロゥロアは気付いた。

「あ、マシューさん!」

 その少年は マシュー・アルティナス 。ロゥロアとルクスの兄弟子であり、この場にいる者達の中では一番の年長者である。さわやかな笑顔を浮かべながら、彼は妹弟子に話しかけた。

「農家の人達が困っていると聞いて、ちょっと僕も色々調べてから来たんだけど、これは思った以上に大量発生してるみたいだね……」

 彼はそう言いつつ、まだならされずに地表に残っているモグラの穴の近くに赴いて屈み込み、その中の様子を確認しようとする(とはいえ、さすがに暗いのでよく分からない)。

「この穴は、全部繋がってるのかな?」
「さぁ、どうなんでしょう……? 全てのもぐら達がまとまって団体行動しているのなら、そうかもしれませんが……」
「ある程度まで繋がってるのなら、ひとまず地表を鳴らして大半の穴を塞いだ上で、残った穴の中に火薬や薬剤を流し込めば、一網打尽に出来ると思うんだけどね」

 さわやかな笑顔のままマシューがそう語ったのに対し、先刻からモグラに対して情が移り始めていたロゥロアは、一瞬表情がこわばる。

「あ、えーっと、その……、でも、この子達にも何か事情があるのかもしれませんし……」

 彼女はそう言いながら改めて檻の中のモグラ達に視線を向けると、彼等が近くを通りかかった黄金羊に対して、激しく荒ぶっているのに気付く。

「あれ? どうしたのでしょう? 何だか急に……」

 その様子を見たジャヤ達は、改めて先刻の彼等の中での仮設との整合性を実感し、思わず顔を見合わせる。そんなところへ、聞き覚えのある声が響き渡った。

「皆さん! 兄上達が到着しました! ひとまず合流して、情報をまとめましょう!」

 その声の主はメルキューレ。そしてその隣には、図書館での調べ物が一段落した時点で現地へと向かうことになったアルジェントと、彼に強力していたイワン、ノア、ティト。更にその隣には、ティトが「園芸部の人なら、何か分かるかも」という理由で連れてきた テリス・アスカム の姿があった。

「あ、テリスさーん! 久しぶりー!」
「お久しぶりです、シャロンくん」
「ティトさん! こないだは色々とありがとうございました!」
「私も楽しかったですよ、こちらこそ、ありがとうございます」

 そんな再会の言葉を交わしつつ、ひとまず彼等は「まだ荒らされていない牧草地」に輪になって座って、ここまでの状況を整理することにした。

 ******

 ここまでの間に「現地組」の集めた情報は以下の通りである。

  • モグラ自体は投影体ではない
  • だが、明らかに普通のモグラの行動パターンではない
  • 普通のモグラと同じように、音波には弱い
  • モグラ達は黄金羊に執着しているように見える
  • 混沌濃度を下げてもその活動に変化はない

 この状況から現地組は「本来は普通のモグラであった存在が、何らかの混沌の作用によってその魂に異変が発生したのではないか?」と推測し、その上で「黄金羊」がモグラの異変の鍵ではないかという見解を示したのに対し、図書館組もその仮設に対して概ね同意し、アルジェントが代表して調査結果を伝える。

「こちらも色々調べてみた結果、やはり黄金羊が触媒となって何かを引き寄せているのではないか、という可能性に至り、その祖先である『オリンポス界の黄金羊』について調べてみたところ、色々と興味深い逸話が見つかった」

 アルジェントがティトに対して目配せをすると、彼女は一冊の本を取り出す。それは彼女が地下二階で発見した、オリンポス界に関する様々な記録を集めた書物の中の一冊である(本来ならば学生身分で貸し出すのは難しいが、今回はアルジェント名義で持ち出しを許可された)。

「この本によると……、黄金羊は、オリンポス界でもかなり貴重な存在のようで……。それを巡って様々な争いが起きた、と、書いてありました……」

 つまり、ここまでの情報を総合すると、「その黄金羊を求めていた何者か」がこの世界に投影され、モグラ達を操っているのではないか、という仮設が成り立つ。そして、その黒幕となる投影体が「モグラを支配する者」であるとすれば、おそらくは地下の奥底に潜んでいると考えるのが自然な発想であろう。

「そういうことなら、やはり、これの出番ですね」

 メルキューレはそう言うと、掌に乗る程度の大きさの、小さな「ネズミ型のアーティファクト」を取り出した。それは今のアルジェントの身体と同じように、関節などは本物のネズミと同じような可動構造となっている。

「これは兄上の魂と共鳴させることによって、兄上の静動魔法の力で操ることが出来る上に、視覚も兄上と共有可能です。このモグラの穴の奥底を確認するには、大きさとしても最適でしょう。ただ、耐久性はそこまで強くないですし、穴も狭いことを考えると、途中でモグラと鉢合わせることになったら、少々厄介です」

 そうなると、理想としては一度地中のモグラを一掃した上でこの「ネズミ」を送り込むのが最適解なのだろう。そこで、マシューは先刻の「モグラの穴に薬剤を流し込む」という提案を改めて示してみるが、メルキューレは渋い顔をする。

「穴の規模は分かりませんが、さすがに全てのモグラを一掃するとなると、相当に強力な薬品を使わなければなりません。そうなると、モグラ達だけでなく地中のあらゆる生命体が死滅し、この土地そのものが後々牧草地帯としても使えなくなる可能性が高いです」
「なるほど……。牧場の人達を助けるための作戦である以上、牧場の人達を困らせる訳にはいきませんね……」

 そこへ、アルジェントも口を挟んだ。

「更に言えば、そもそもネズミの侵入通路を確保するという目的を考えれば、穴の途中にモグラの死体が転がっているのは、かえって邪魔になる。だが、穴を塞ぐのではなく、むしろ穴の外にあぶり出すような形であれば、やってみる価値はあるだろう。牧草の根に悪影響を及ぼさない程度の『軽く不快な臭い』を醸し出す程度ならな」

 彼がそう言い終えたところで、今度はカイルが提案する。

「そういうことなら、むしろ『音を出しながら走るネズミ』にすればいいんじゃないですか? 今から改造するなら、俺、手伝いますよ!」
「なるほど、一理ありますね……」

 メルキューレはそう呟きつつ、せっかく提案してくれたカイルやマシューに手伝ってもらいながら、ネズミに「音波」と「刺激臭」を発生させる装置をその場で錬成し、取り付け始める。
 その上で「モグラ達が黄金羊に向かって集まる」という習性を逆に利用して、シャリテと学生達で羊を「ネズミの突入口」から離れた一箇所へと誘導させる、という戦略を採ることにした。つまりは、黄金羊達をあえて「囮」に使うという作戦である。一応、万が一の時に備えて、(ネズミの操作に集中するアルジェントの代わりに)メルキューレもまた羊達のすぐ近くに待機し、地盤が緩み始めたら即座に羊達を空中に浮かせる準備を整えるということを前提に、牧場主からの了解も得ることが出来た(メルキューレの本業は錬成魔法だが、静動魔法に関しても、兄程ではないがある程度は使うことが出来る。)

 ******

 こうして、ひとまず固まった作戦に従って、シャリテとルクスと自然派男子達が羊達を巧みに一箇所へと誘導していく中、テリスは牧場主や従業員達と共に、モグラ達の進路誘導のためにいくつかの穴を埋めながら地表を元通りにする手伝いに従事する。園芸部である彼女にとっては、このような作業はお手の物であった。
 その過程において、彼女は特に激しい荒れ方をした地面を目の当たりにした上で、ふと牧場主に問いかける。

「牧場主さん。一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」
「提案?」
「穴がたくさん開いてしまったことで、地面がボコボコになっているのは見ての通りなのですが、これを期に畑を始めてみるのはいかがでしょう?」

 唐突なその提案に、さすがに牧場主も驚く。

「畑!?」
「今の状態だと、全体的にちょうどいい感じに土が掘り起こされているので、土作りがやりやすくなっているんですよ。もちろん全ての土地を畑にするわけではなく、家の近くのちょっとしたスペースを使って趣味程度に……、という形ですが。この辺りは冷涼で痩せた土地ですから、ジャガイモなどはいかがでしょう?」

 笑顔でそう提案する牧場主だが、現実問題として、激しく荒れている土地は牧場の中心部分に多く、その区画だけ畑にするというのは、構造的にも難しいし、よほど高い朔を作らなければ、羊や牧羊犬が侵入して荒らしてしまうだろう。とはいえ、牧場主の中でも、今のこの状態のまま牧場を続けて良いのか、という疑問はあった。

「実は数年前にも一度、危険な異界の羊だかなんだかよく分からない生き物が投影されたこともあって、この土地は危険だから別の場所に牧場を引っ越すべきじゃないか、という声も無くは無いんだ。とはいえ、新しい土地でこの子達が健やかに育つかどうかも分からないから、なかなか踏ん切りがつかなくてね……。まぁ、今回の一件が片付いた時点でのこの土地の状況次第では、本格的に移転も考えても良いのかもしれない。その時は、残ったこの地を農場として競売に出すのも一つの選択肢かもしれないな」

 もっとも、この一件が解決した時点で、この地が「農場」として使えるような状態かどうかも、現状ではまだ分からないし、そもそもこの土地の混沌濃度が高いことが原因なのだとしたら、この土地で羊の代わりにジャガイモ畑を始めたところで、今度は 異界のジャガイモの投影体(音声注意) が出現する可能性もゼロではないだろう。
 いずれにせよ、全てはこのモグラ騒動の真相が明らかになった後に考えるべきことであった。

 ******

 そして計画は決行される。学生達とシャリテによる誘導作戦は見事に成功し、アルジェントと感覚を共有した「音声&不快臭発生装置付きのネズミ型アーティファクト」は、地中の奥底までの侵入に成功する。ネズミの目の部分から光が発せられた状態のままアルジェントが最深部へと足を踏み入れたところで、彼は(ネズミの)目の前に、モグラ達と同じくらいの大きさの、明らかにモグラでもネズミとも異なる「黒光りした謎の生き物」を発見する。

(此奴は……、何者かは分からんが、ひとまず地上まで誘導するか)

 今のところ、その謎の生き物がネズミに対して敵意を向けているかは分からない。何やら「口」と思しき部分から音波を発しているようにも見えたが、このネズミ型アーティファクトがアルジェントと共有出来ているのは視覚のみなので、どのような声を発しているのかは分からなかった。アルジェントはその様子を伺いながら、少しずつ後退して地上へ戻ろうとすると、その後をついてくるように見えたので、そのまま巧みに地上までの誘導に成功する。

「メルキューレ! 準備しておけ! 何やら得体の知れない者が、今から地上に現れる!」
「分かりました、兄上!」
「子供達は、後方へ下がっていろ!」

 日頃は声を荒げることが少ないアルジェントが、珍しく険しい声でそう叫ぶことで、その場にいる者達全員に緊張感が伝わる。やがて、その穴の中から「ネズミ」が帰還し、その奥から姿を現したのは、黒く大きな角を持ち、黄褐色の前翅で身体の半分を覆った、一匹の(ネズミと同じくらいの大きさの)「虫」であった。

「あれは……、カブトムシ?」

 きょとんとした表情でシャロンがそう呟く。カブトムシにしてはかなり大型であるし、そもそも角の形状なども一般的なカブトムシとはかなり形状が異るが、今、目の前に現れたその物体が何かと問われたら、全員が声を揃えて「カブトムシ」と答えるだろう。
 子供達の呆気にとられた視線が集中する中、そのカブトムシは唐突に「人間の言葉」で高らかに言い放った。

「我が名はヘラクレス! 大神ゼウスの息子にして、英雄ペルセウスの曾孫。十二の試練を乗り越えた英雄神である! 今、我は初めてこの世界の地上に降り立った! さぁ、英雄に憧れる者達よ。我が下に集え! 我が信徒となることで、我の加護を与えようぞ!」

 唐突にそう語りだしたカブトムシを目の前にして、更に皆が混迷を深める中、直前までオリンポス界の記録を読んでいた図書館組は、その名に聞き覚えがあった。イワンは黄金羊の説明に関する一節を必死に思い出す。

「ヘラクレス……? 確か、黄金羊を求めた船に乗っていた英雄達の中で、そんなような名前を見たような……」

 そこまで聞いた時点で、ノアが思い出す。

「そうです! そのヘラクレスの項目の中に書かれていました。そのヘラクレスという名は様々な世界で流用されるようになり、ある世界ではその名を冠した大型のカブトムシがいる、と」

 それはもはやオリンポス界とは直接関係のない「ミニコラム」程度の記事だったのだが、律儀にもノアはそのような細かいところまできっちりと覚えていたらしい。だが、その逸話があったところで、それは目の前のカブトムシが「英雄神」であるということの説明にはならない。
 皆の困惑が更に深まる中、アルジェントが冷静に状況をまとめる。

「考えられる可能性は二つ。一つは、このカブトムシが『オリンポス界の英雄神』の魂と『それと同じ名を持つ異界の昆虫』の身体が組み合わさる形で投影される形で出現した存在、という可能性だ」

 にわかには信じがたい話だが、確かに、稀にそのような形で「心」と「身体」がねじれて投影される者達もこの世界には存在する(少なくとも、アルジェントにとって比較的親しい関係にある投影体の中にも、そのような存在が「一人」いる)。そもそも神格の投影体は自らの身体を「自分にとって最も望ましい姿」で出現する可能性もある。何かの気まぐれで「異世界の虫」の姿で神が出現したとしても、それほど驚くべきことではないだろう。

「もう一つは、此奴が『自分のことをヘラクレスと信じてやまない一般昆虫』という可能性だ」

 一見すると、こちらの方が信憑性がありそうな気もするが、少なくとも人間の言葉を喋れている時点で、明らかにただの「一般昆虫」ではない。そして、状況的に考えて、このカブトムシが「ヘラクレス」の神格であるとすれば、ここまでの状況との辻褄は合う。

「さて、では、貴様が英雄神ヘラクレスだという前提で話を聞こう。貴様がモグラ達を使って黄金羊を襲わせた理由は何だ?」
「襲わせた? 何の話だ? 確かにこの地中の中には、我を崇めるモグラ達がいた。というよりも、地中の中には相応の知識を持つ者がモグラ程度しかいなかったから、彼等を我が眷属とするしかなかったのだがな。少なくとも、我は何の命令も下してはいない。というか、そもそも黄金羊がこの地にいるのか?」
「あぁ、今の貴様にどれほどの視力があるのかは分からぬが、見えるか?」

 アルジェントがそう言って羊達を指すと、カブトムシは少し間を開けた上で答える。

「ふむ……、確かに黄金羊に似た気配はある。だがしかし、あれは『まがい物』であろう?」
「その通り。あくまでも、まがい物の混血種だ。貴様と同様にな」

 「神と人間の子」でありながら「神」と名乗ったカブトムシに対して、アルジェントは挑発するような口調でそう語るが(なお、アルジェントにとってこの程度の毒舌は平常運行である)。

「我を愚弄する聞か? 人間よ。いや、人間ですらないのか? 貴様は」
「人間でも人形でも、好きに解釈すれば良い。いずれにせよ、貴様が命じた訳ではないということは、モグラ達が勝手に貴様への貢物として、貴様が生前に手に入れることが出来なかった黄金羊を集めようとしていた、ということか? それとも、貴様の中の潜在意識が混沌の力でモグラ達に乗り移って暴走した、ということか?」
「下等生物達の考えなど我は知らぬが、おそらくは前者であろうな。少なくとも神となった我にとっては黄金羊など既に遥か過去の話。今更未練などない」

 それが本当かどうかは、正直なところ、アルジェントにとっても、そして他の者達にとっても、どうでも良いことであった。今のこの時点で確認すべきは、このカブトムシが「人間に害を為す投影体か否か」ということである。

「貴様はこの世界において、何を望む? ヘラクレスよ」

 ひとまず話を進めるために、彼が「ヘラクレス」であるということは認めた上でそう問いかけると、カブトムシは端的に答える。

「我が力は、我の如き英雄を志す者達のためにある。今の時代がいつの時代かは知らぬが、以前に我がこの世界に現れた時も、我は多くの英雄達に我が力を貸し与えた。今、我が再びこの世界に顕現したということは、きっと我が力を求める英雄がこの世界に現れることの予兆であろう」

 ここまでの話を聞く限り、このカブトムシは「友好的な投影体」とみなして良さそうではある。だが、アルジェントは彼との会話を通じて妙な既視感と嫌悪感を感じていた。

(あぁ、そうか、この喋り方、「奴」に似ているんだな)

 今は遥か北方の村で契約魔法師を務める弟子のことを思い出しつつ、アルジェントは周囲の者達に問いかける。

「ということだそうだが、さて、このカブトムシの信者になりたい者はいるか?」

 そう言われても、さすがに皆、今のこの状況がまだ飲み込めていないようで、返答はない。

「では、このカブトムシはひとまず私が預かる。それでいいか? メルキューレ」
「分かりました。お任せします」

 こうして、皆が今ひとつ釈然としない表情を浮かべる中、ひとまずアルジェントがこのカブトムシを連れ帰ることになり、残された学生達は、牧場主達と共に改めて牧草地の地ならし作業を手伝うことになった。

(まぁ、しばらく様子を見た上で問題がなさそうなら、ビートにでも届けてやれば良いだろう)

 そんな想いを抱きながら去って行くアルジェントの手に乗ったカブトムシに対して、なぜかシャリテは複雑そうな視線を送っていたが、この場にいる学生達の中で、その視線の意味を理解出来た者は誰もいなかった。そして、しばらくするとロシェルも目を覚まし、この一人と一頭もまた、皆と共に学生街へと返って行くのであった。

 ******

 その後、黄金羊牧場ではモグラ被害は発生せず、ルクス達によって捕獲していたモグラ達も地中に戻された。結果的に今後も牧場経営は支障なくおこなえる運びになったため、テリスの提示したジャガイモ畑化計画についても、最終的には取り上げられることはなかった。
 一方、ヘラクレスに関しては召喚魔法師達の鑑定の結果、間違いなく「かつて何度かこの世界に出現した英雄神ヘラクレスの再来」であるという判定が下されたが、今のところ、その力は大幅に制限されているため、どちらにしても危険な存在とはなりえないという判断から、予定通りにアルジェントの弟子であるビートの寮へと送られることになった。
 「猫がほしい」と思っていたところにカブトムシを届けられたビートがどんな心境だったのかは分からないが、同級生達の証言によれば、なんだかんだで仲良くやっているようである。ただ、ビートがヘラクレスの信者になったのか否かは誰も知らない。

4、親睦タコパ

 数日前。 オーキス・クアドラント は、先日のユタ(下図左)を巡る暴力事件の一部始終を、二人の養父である高等教員ノギロ(下図右)に説明していた。

+ ユタ&ノギロ

「なるほど。まぁ、そういうことならば仕方ないですね。どう考えても正当防衛ですし、その時点で採るべき対応としては、間違ってはいないでしょう」
「ええ。何とか止めなければいけないと思って。あんな行動が正しいと思わないし、何よりユタが傷つくのを見ていられなかったの。……その代わりに私が怪我をしているようでは駄目ね」
「怪我、ですか?」
「そう。怪我をしてしまったの。だから、血を見られたわ。先輩には確実に見られたし、他の生徒にも見られたかもしれないわ。父上にも、お義父様にも、露見したら良くないことになると言われてきたのに……! お義父様、私は……、どうすればいいの?」
「……その時点で、その血を見た人々は、何も言わなかったのですよね?」
「えぇ……」
「ならば、貴女の方から何かを変える必要はないでしょう。あなたが私の養女だということは知られていますし、そこから類推して、『何らかの薬の副作用』か何かだと思ったのかもしれません。それに、学生の中にも『人ならざる者』がいるということは、多くの人々が薄々察していることです。その上で、貴女に対して『真相』を確認しようとする者がいれば、その時点での対応は貴女に任せます。その人が『正体を伝えても良い人』かどうかは、貴女の判断で決めて下さい」

 その上で、もし彼女の「正体」が知られたことで何らかの物議を醸すことになれば、その時はノギロは全力で「娘」である彼女を守るつもりである。その上で、彼女がどのような生き方を望むかは、あくまで彼女自身に委ねるつもりであった。
 オーキスとしても、養父にそう言われたら、今の時点ではその件に関してはこれ以上言及せぬまま、再び話題はユタの話に戻る。

「私、今回の事について考えてみたの。どうすればよかったのか。でも、彼らを無理やり止める力も無ければ、言葉で止める方法も思いつかなかった。せめて、もっと穏便に時間を稼ぐ方法を思いついていれば……!」
「あなたは何も間違っていないと思いますよ。穏便に解決したくても、どうにもならないことはありますし」

 ノギロはエーラムの講師達の中でも特に温厚な人柄で知られている人物であるが、若い頃には世界中を旅して、様々な争い事や混沌災害を目の当たりにしてきた人物である。当然、「言葉ではどうにもならない相手」がいるということは、おそらくエーラムの他の大半の教員達よりもよく分かっていた。

「ユタが馴染めない根本的な原因についても考えてみたわ。それは妬み。ここまでは予想通り。ただ、才能がらみのものだと思っていたけど、先輩の口ぶりからすると、まさか異性がらみのものだったなんて。……そういう事は、私はよくわからないのに」
「まぁ、そうでしょうね。少なくとも、それはあなたが考えるには『まだ』早い」
「どちらにしても、ユタが優れているから馴染めていないの。いっそ、ユタが埋もれるくらいに難しいクラスまで飛び級させれば、年齢なんて考える人はいなくなると思うわ。ただ、そうすると、今でさえ既に同級生が同年代とはいいがたいのに、完全に同年代の人と触れ合う機会を失ってしまう……」
「少なくとも、今の彼には『家族』としての貴女もいるでしょう」
「私1人では偏ってしまって駄目。せめて同級生以外の同年代の子で、彼を受け入れてくれる子たちがいれば……」

 ユタのことを考えてそこまで思い悩むオーキスを眺めながら、ノギロは心配した表情を浮かべつつも、内心では彼女が「人間らしい心」を習得しつつあることが喜ばしくもあった。
 そんなノギロが、ある日、 セレネ・カーバイト が主催する「タコパ」こと「タコ焼きパーティー」に監修役として参加することになり、ユタとオーキスにも参加を促した。おそらく、上述のオーキスが語っていたことを踏まえた上で、ユタの同年代の友人を増やす機会を増やすべき、という考えなのだろう。オーキスとしてもその配慮は嬉しかったが、主催者の名前がどうしても引っかかる。

(セレネ……? 覚えているわ。確か、ジュードの出張購買部の前で、猫のぬいぐるみをあげたわ。たしか、その前に……)

 オーキスは思い出してしまった。セレネが薬3種とキャットフードを材料に混ぜてクッキーを作っていた事。黒くて苦いそれを食べるとしばらくの間「ばぶ」としか言えなくなる事。それを食べた当のセレネが治るまで半日も保健室に居たのに、それで大丈夫だと判断していた事……。なお、これらはあくまで「(思い出したくもない程に嫌な思いを経験した)オーキスの記憶」であり、実際にはここまで酷くはなかったのかもしれないし、もっと酷かったのかもしれない。

(こ れ は ま ず い わ)

 そう考えたオーキスは、ユタと共に準備段階から参加することにした。もともと料理に心得のあるユタとしては、当然その方針で異論はなかった。

 ******

  メル・ストレイン は、深い海のような髪色の長いポニーテールが印象的な12歳の女子学生である。彼女は、最近になってエーラムの一員となったものの、まだ友人関係が築けておらず、早く知り合いを作らなければと焦り始めていた。そんな彼女が、学内の壁に掲示板に貼られていた一枚の告知ビラを発見する。

「『タコパ』か……」

 それは、セレネ主催のタコパの張り紙であった。見たところ、「誰でも参加自由」と書かれている。これは友人を作る好機なのではないかと考えた彼女が、思わずそう呟いたところで、後方から一人の女教員が声をかけた。

「そこのお前、潮の匂いがするな。海の民か?」

 声の主はカルディナ・カーバイト(下図)。タコパの主催者であるセレネの師匠である。

+ カルディナ

「はい、アタシ……いや、わたくし、メルと申します! とお……父は船乗りだったのでした」

 まだ礼儀作法もろくに身についていない彼女は、どうにか取り繕って敬語で話そうとしているが、どこかたどたどしい。

「そうか。それならばちょうどいい。ウチのバカ娘のイベントに興味あるなら、ちょっと手伝ってもらおうか」
「手伝い? 一体、何をしようってん……でありますか?」
「ちょっとばかし、今から海に行くのでな。海洋民には独特の勘があると聞く。その感覚を貸してもらいたい」

 カルディナはそう言って、メルを(先日射撃大会が開催されていた)大型競技場へと連れてく。

「でかっ! エーラムにも、こんなところが……」

 メルがその広さに圧倒されていると、カルディナはその場でおもむろに召喚魔法の詠唱を始める。すると、やがてメルの目の前に「船のような大きさの巨大な流線型状の物体」が現れた。

「こ、こりゃ一体……」
「船だ。まぁ、お前の地元の船とは、ちょっと違うだろうがな」

 ちょっとどころか、少なくともこれは海洋民のメルがこれまで見てきたどの船とも違う。それも当然であろう。この船は本来、海ではなく、宙(そら)を駆けるための船なのだから。

「さて。私もこいつを呼び出すのは初めてなんだ。だから、上手く目的地に着けるかは分からん。だがまぁ、そんな時には船乗りの感覚が役に立つだろう。さぁ、来い!」

 カルディナはそう言って、困惑した様子のメルの手を強引に引っ張って、彼女と共に乗船すると、その数秒後にその「船」は、周囲の空間を歪曲させながら、瞬時にしてエーラムの地から消え去った。

 ******

 そして、セレネ主催でタコパが開催されると聞いて、当然のごとく一番盛り上がっているのは、(一日だけとはいえ)彼女と共に働いた大衆食堂「多島海」の面々であった。
 特に、彼女と同門の ディーノ・カーバイト アーロン・カーバイト は、彼女の笑顔を見るために(そして彼女の被害者を減らすために)積極的に尽力する。
 セレネが会場として希望しているのが喫茶「マッターホルン」だと聞いた知った時点で、同店でも兼業バイトを務めているディーノは、さっそく店長代理であるクグリに正式に会場利用の許可を得るための交渉へと赴く。その間に、アーロンは同僚の ゴシュ・ブッカータ と共に、材料を揃えるための相談を始めていた。

「とりあえず、肝心のタコに関しては、この多島海のタコを譲ってもらえれば、それが一番早いんだけど……」
「ほやね。この店のタコやったら、ウチの故郷の『本場のタコ焼き』に近い食感を生み出せると思うで。あとは他に、天かす、ネギ、紅ショウガとかやけど、その辺の食材についても、売ってる店の心当たりはあるか心配あらへんよ」
「ボクとしては、出来ればエビもほしいな。この店のエビならきっと、何に入れても合いそうな気がする。あと必要なのは……」
「マンドラゴラとハーブは園芸部から貰ってくるのだよ、もやし、かいわれ、プチトマトは童(わらわ)の寮で自生しているから心配は……」

 唐突に横から入ってきた シャララ・メレテス に対して、ゴシュが反射的にツッコむ。

「いや、それ、タコ焼きと関係あらへんがな」
「そうなのか? もしかしたら、タコパって、七草粥と関係あるかもしれないと思ったのだよ?」
「いや、それ、七草粥でもあらへんから」

 ゴシュは一応、改めてツッコんではおいたが、どうせシャララに何を言っても聞きはしないことは分かっているので、その後は無視してアーロンと二人で「三姉妹」との交渉に赴く。

「……ということで、タコとエビを分けて頂けませんか? お題はバイト代から支払うので」

 アーロンがそう願い出ると、会計を担当しているマロリーはあっさりと快諾する。

「いいわよ。その分を給料から天引させてもらうけど、それでいいのよね?」
「ありがとうございます!」
「おおきにな!」

 そんなやり取りをしている中、店の奥で皿洗いをしていた リヴィエラ・ロータス もまた話に加わってくる。

「当日の調理と後片付けは、私にやらせて下さい。タコの扱いには慣れてますから」

 海洋民である彼女は、確かに多島海のバイト組の中でも、タコやエビの調理の技術に関しては随一である。

「タコを切るのはボクも手伝うよ。というか、セレネもやりたがるかもしれないけど、まぁ、その時は、ボクが彼女をサポートするから」

 そんな話をしているところに、ディーノが「マッターホルン」から帰還する。

「許可は取れたぜ! これで会場の心配もない! あと、俺が持っていくのは、うちの村で取れた果物から作ったジャムだ!」

 ディーノはそう言って、故郷から持参した「リンゴのジャム」を見せる。

「ジャ、ジャム?」

 さすがにアーロンも一瞬一歩後ずさるが、すぐにディーノが補足を入れる。

「あぁ。パンに塗って食べるとすげえ美味いんだ!だから同じ小麦粉から作ってるこれにも合うと思うぜ! 実際、ちょっと調べてみたら、どうやら そういうスイーツ もあるらしい」

 ゴシュが「本場地元の味の再現」を目指し、海洋民のリヴィエラが自身の手で海産物を調理したいと考えるのと同じように、ディーノもディーノでまた「自分の故郷の味」をセレネ達に食べてほしい、という思いがあるらしい(シャララの七草粥が郷土愛に根ざしているのかは不明)。
 こうして、セレネの「家族」や元同僚の面々達の間で、着々とタコパに向けての準備は進められていった。

 ******

 タコパの前日、会場予定の「マッターホルン」にて、セレネが店長代理のクグリから店の機材の使い方について説明を受けているところに、黄金羊牧場から戻ったイワンが現れる。

「とりあえず、『タコパ』に関して調べて分かったことは、これくらいです。あまり大した情報は集まりませんでしたが、参考までに」

 彼はそう言ってセレネに資料を渡した。風紀委員の一員となった彼は、学内で開かれるイベントである以上、「タコパ」に関しても内容を把握しておく必要があると考えていたのかもしれない。とはいえ、さすがにエーラムではあまり一般的な知識ではない以上、本人も認めている通り、そこまで具体的な情報は集まらなかった(一応、黄金羊牧場への帰りに同行者達にも色々と聞いてみたが、誰も知らなかったようである)。
 とはいえ、最低限の情報としてのタコの調理法と、(カルディナが用意する予定の)ホットプレートを扱う時の注意点などは一通り調べてある。

「おー! ありがとうなのだぞ! ぜひ当日も来てほしいぞ!」
「まぁ、せっかくですから、何か緊急の用事がない限りは、顔は出します」

 そう告げた上で、風紀委員としての仕事に戻るために退室していくイワンと入れ違いに、今度は ヴィッキー・ストラトス が「マッターホルン」に現れる。

「タコパやるって聞いて、こういうのあったらおもろいかと思って持って来たんやけど、どう思う?」

 そう言って彼女が持って来たのは、多種多様な調味料と飲み物の詰め合わせだった。タコ焼きには様々な味付けのバリエーションがあると聞いた彼女は、それぞれの好みに合わせた味付けが可能になるように、異界の調理本を参照に、豆や卵やトマトなどを原材料とする様々な調味料を用意してきたのである。中には自作の完全に調味料もあり、辛さや甘さを調整した様々な品々が揃っている。

「ちなみに、一番のオススメはコレやで」

 そう言って彼女が見せた一品は「ヴィッキースペシャル」と書かれている。どうやら、色々なものを何となくまぜて出来てしまった代物で、とある地域では似たようなものを「食べるラー油」などと呼んでいるらしい。

「どれが何に合うのか、何を混ぜればどうなるのか、なんてことを考えながら作るのが、なんだか錬成魔法みたいで楽しいと思うてな」
「それは本当に楽しそうだぞ! ワクワクしてきたぞ! 本当にありがとうだぞ!」

 目を輝かせながらそう答えるセレネを見て安心した表情を浮かべつつ、ヴィッキーはおもむろに一枚の紙を取り出し、クグリに問いかける。

「なぁ、ちょっと聞きたいんやけど、これ、壁に貼ってもええかな?」
「どれどれ…………、あー、まぁ、いいかな。明日は昼間では普通に営業してる予定だけど、別に、それくらいの貼り紙なら邪魔にもならないし」

 クグリがそう言って許可を出したその紙には「悪ふざけ厳禁」と書かれていた。


 ******

 そして迎えた当日。早々と大量の食材と共に会場入りした「多島海組」が厨房へと入っていき、予定通りにリヴィエラとアーロンが調理を始め、会場のセッティングに関してはディーノを中心に準備が勧められていく。そんな中、その会場にノギロ、ユタ、オーキスの三人も姿を現すと、まずはディーノが挨拶する。

「あ、ノギロ先生、この度はご協力、感謝致します」
「いえいえ、楽しそうなイベントにお招き頂いて、私達も嬉しい限りですよ。ところで、セレネさんとカルディナ先生は?」
「セレネは今、奥で『出し物』の準備をしています。今回の運営は基本的には俺達で進めてるんで」

 そう聞いて、オーキスは少し安堵した。セレネがそこまで深く運営に関わらないのなら、そこまでの大惨事にはならないだろう。ひとまず、ユタは予定通りに、事前に準備していた前菜作りのために調理場へと向かうことにした。

「ところで、カルディナ先生は?」
「あー、あの人は、まだ来てないというか、数日前からちょっと行方不明というか……」

 カルディナが無断で行方をくらますこと自体は珍しい話ではない。ただ、今回は自分の弟子が主催のパーティーで、本人も参加すると明言していただけに、このタイミングで姿を消すことは、ディーノにも少々奇妙に思えていた。
 そんな中、突然、店の窓の外に「何か」が現れたようで、外から入ってくる光が部分的に遮断される。

「ん? これは……」

 嫌な予感がしたディーノが外に出ると、上空に「謎の巨大飛行物体」が浮かんでいる。

「あれは、まさか……」

 次の瞬間、その「飛行物体」が一瞬にして消滅し、そして空からはカルディナと「見知らぬ少女」が落ちてきた。

「ちょっ、センセ! これ!」

 「見知らぬ少女」がそう叫ぶと、カルディナはすぐさま静動魔法を用いて落下速度を落とし、彼女とカルディナは無事にふんわりと着地する。

「待たせたな! ディーノ。今、帰ったぞ!」
「どこ行ってたんですか!?」
「これから『タコパ』なのだろう? それなら行くとこなんて、決まってるじゃないか。海だよ、海!」

 カルディナはそう言って、隣りにいる「見知らぬ少女」が持っている奇妙な形状の「壺」を指差す。そして、彼女達がもたらした騒音に気付いて店から皆が外にでて来ると、そのタイミングで、少女は改めて口を開いた。

「あ、どうも! アタシ……いや、わたくしは、メル・ストレイン、と、申します。あの、よろしくな、あんたたち!…いや、皆様!」

 そんなたどたどしい挨拶でメルが答えると、その場にいる者達が次々と流れで自己紹介を始めていく。メルが必死で彼等の名前を覚えようとする中、ディーノは改めてカルディナに小声で語りかける。

「もしかして、タコを獲って来たんですか? でも、タコならもう俺達が……」
「お前達が用意してきたのは、どうせ『多島海』で出してる南国のタコだろ? それはそれで悪くはないが、どうせなら、タコも色々あった方が楽しいだろうと思ってな!」

 カルディナはそう言うと、メルに命じて「壺」の上部を閉じていた「蓋」を開けさせる。そこに入っていたのは、確かに多島海の南国の(より正確に言えば異界の)タコとはまた違った、北方の荒波に揉まれて育った、全体的に身体の引き締まっていそうなタコだった。カルディナの設置した特殊な蛸壺と、長年漁師達と共に過ごす過程で身についてメルの「海洋民としての直観力」の合せ技である。

「せっかくの『タコパ』だ。色々なタコを楽しめ。そしてお前達も『違いの分かる魔法師』になるんだ。そうでなければ、人生はつまらん」

 相変わらず勝手な理屈でカルディナはそう言うと、自分は一旦帰って着替えて来ると言って、その場から去って行った。蛸壺と共にその場に残されたメルは困惑しつつも、この機会に皆と仲良くなろうと思って、そのまま話を続ける。

「あのさ! アタシ、船乗りの娘なんだ。だから、こういうの捌くのにも慣れてるから、このまま手伝わせてもらっていいかな?」
「まぁ、あなたも海の民なのですか。それならばぜひ、よろしくお願いします。私はリヴィエラ・ロータスです」

 そんな会話を交わしつつ、メルを加えた運営スタッフ達は、そのまま準備作業を再開する。

 ******

 やがて開始時間が訪れると、店内には次々と参加者が来訪する。ラフな姿に着替えたカルディナや、元々約束していたイワンやヴィッキーに加えて、よく見るとその中には、やや場違いな雰囲気の初老の新入学生ケネスと、孫のように彼に付きそうヴィルヘルミネの姿もあった。

「これが『タコパ』なのか……?」
「そうみたいです。せっかくですから、エーラム独自のお祭りを、一緒に楽しみましょう」

 厳密には「カーバイト一門ならではのお祭り」と言った方が適切なのだが、それはそれで「エーラム独自のお祭り」あることは間違いない(少なくともヴァレフールには、今のところカーバイト一門の魔法師は誰もいない)。
 そして、まずは主催のセレネが否に対して挨拶する。

「お~! みんな来てくれてうれしいぞ! やっと、やりたかったタコパができるのだ!手伝ってくれるアーロンちゃん、ディーノちゃん、リヴィエラちゃん、ゴシュちゃん、シャララちゃん、ユタちゃん、オーキスちゃん。海までタコを獲りに行ってくれたカルディナちゃん、メルちゃん。色々調べてくれたイワンちゃん。調味料をくれたヴィッキーちゃん。……ノギロ先生もありがとうな? セレネ泣きそうだぞ!」

 実際、セレネの目元は少々涙ぐんでいるようにも見えるが、表情自体はいつも通りの元気な笑顔のままである。

「今日は楽しませる側に徹するぞ!まずはセレネ出し物の準備してくるからな!」

 そう言って彼女は一旦奥へと引っ込み、そして歓談とタコ焼きの時間が始まる。やがて、少し送れる形でクグリも現場に到着すると、ディーノが彼女の元へと駆け寄って行く。

「どうやら盛り上がってるみたいだね」
「店長!改めてありがとうございます!お陰でこんな楽しいパーティーができてます!」
「まぁ、これを機に、ウチに足を運んでくれる人が少しでも増えれば嬉しいかな」

 他の来客達を眺めてみると、ディーノが用意した生地を用いたタコ焼きスイーツに驚いている客もいれば、「ヴィッキー・スペシャル」に文字通り舌を巻く者もいる一方で、シャララが用意した「前菜スープ」の中に入っている謎の食材に首を捻っている者もいる。そして、前菜の準備を終えたユタの周囲にも、オーキスの仲介もあって、歳の近い子供達が集まって、ロシアンたこ焼きなどを始めていた。全体的に何やら奇妙な雰囲気ではあるが、それはそれとして、参加者達一人一人はそれぞれ楽しそうな雰囲気を醸し出していたことは間違いない。
 一方、厨房の方では、一気に知り合いを増やすことに成功したメルが、嬉しそうな声色でリヴィエラの隣で調理を続けている。

「ねぇ、アンタの村ではさ、エビを調理する時ってどんな……」
「あの、すみません。料理中に他のことをするのは、ちょっと苦手でして……」
「あー、そりゃあ、悪かった。集中したいんだな。すまんすまん」

 ついつい仲良くなれそうな人物を見つけてしまったメルは少しはしゃいでいるようにも見える。リヴィエラの方も、それだけ緊張感を持って料理しているものの、その表情自体はいつもよりも明るい。やはり、本格的に自分の「料理」が人の役に立っていることが嬉しいようである。
 一方、アーロンは奥の部屋に控えるセレネに声をかけていた。

「セレネー! まだ準備は出来ないのか?」
「ごめんだぞ、最終調整のために、もう少しだけ……」

 そんな二人のやりとりがホールの方にも聞こえてきたのか、テーブル席にいた アツシ・ハイデルベルグ が、おもむろに立ち上がる。

「どうやら、この後で何かやるみたいだから、まずは今から俺が前座として、とっておきの出し物を見せてやるぜ!」

 彼はそう言うと、店の中央に用意されていた余興用のステージへと上がる。その手には、いつの間にどこから出したのかも分からない、異界の素材で作られたと思しき「巨大な謎の箱」が抱えられていた。

「いくぜ!!兄ちゃん直伝!飲み会で無茶振りを吹っかけてきた上司の酔いも醒めるようなスーパービックリなマジックショー!!」

 彼がそう叫ぶと、その箱の中から、たこ焼きソース、マヨネーズ、青のり、鰹節などのトッピングが現れる。

「なんだ? 今の?」
「マジックって言ってたけど、普通に魔法なのか?」
「でも、あいつのネクタイ、赤だぜ? 基礎魔法で出来るようなことじゃないだろ」

 観客がザワつく中、続いて彼は客の一人に声をかける。

「あ、そこのお兄さん、ちょっとそのタコ焼き、借りてもいいかな? 中身は何?」
「え? イカだけど」
「おぉ、それはちょうどいい。少し変わった具の方がありがたかったんだ。じゃあ、ちょっとそれをこの箱に入れて……、さて、次はそこの隣のお姉さん、あなたの手にあるそのタコ焼きの中身は?」
「エビよ」
「そうか。エビか。エビなんだね。でも、本当にそのタコ焼きの中身はエビかな?」

 アツシはそう言いながら、その「謎の箱」に対して何か念を送るような素振りを見せる。

「さぁ、食べてみてよ」
「……イカだわ!」
「じゃあ、さっきのお兄さんから預かったイカ入りのタコ焼きを返すね。はい、どうぞ」
「…………エビじゃねーか!」

 何がどうなっているのか観客が困惑するが、実はこれは「魔法」ではなく「手品」である。アツシは聞かれたらそのタネを説明しようとしていたのだが、観客達の反応を見る限り、(そもそもここがエーラムということもあり)普通に「魔法」だと思われているようであった。

「さぁ、では次はいよいよ世紀のマジック。奇跡の脱出ショーの始まりだ。密封されたこのダ……」
「おまたせだぞ!」

 アツシの声を遮るように、部屋の奥からセレネの声が聞こえてくると、あっさりとアツシは「主役」にそのステージを譲る。そして、その場に現れたのは、「電子の世界」と呼ばれる異界における「緑の歌姫」の姿を模したセレネの姿であった。その手には、ゴシュが持ってきたもののまだ使わずに余っていたネギが握られている。

「じゃーん!可愛かろ?今日はこれでセレネの新たな特技をお披露目するのだー!」

 彼女はそう叫ぶと、軽く咳払いした上で、皆に手拍子を促する。

「うぇーい!仲良くなろうなー!」じゃあセレネもみんなが作るタコヤキどんなのか見に行くぞ!」

 そうして、彼女は歌いながら客席を回り始めるのであった。

「これからはじまるパーティタイム お待たせしましたゴーサイン 
 集まるみんなとセイハロー 行くぜその目に伝説焼きつけろ 
 セレネ・カーバイト超弩級 ネイム世界の果てまでとどろき 
 どんな時でも笑顔大好き それが日々過ごすための導き 
 みんなに伝えるこの気持ち 今日は生まれて初めてドッキドキ 
 楽しさ感じる毎日 それもキミちゃんのおかげだ友達!
 タコは最強!ここは会場!いつも優勝?さあ食べまくれ!
 好きな奴と!好きな事を!好きな様に!さあ言いまくれ!
 セレネも祭りが大好きさ そうだ一緒にスマイルやって欲しい 
 センセもセイトも関係ない 今はLAPに任せてアガろうぜ!!YEAH~!!」

 ******

 こうして、無事にタコパは終了し、皆が返った後、率先して後片付けをしてくれているアーロンとリヴィエラの元へと赴き、改めて感謝の意を伝えようとしたところで、先手を打つようにアーロンが声をかける。

「今日は楽しかった、ありがとう!」
「こ、こちらこそ、本当に、ありがとう、なのだぞ……」

 あまり褒められることがないセレネは、アーロンからのそのフライングの一言に一瞬戸惑いつつも、少し照れながら本当に嬉しそうな表情を浮かべる。そんな二人をリヴィエラもまた嬉しそうな顔で眺めつつ、改めてこう告げる。

「さぁ、このまま調理場も綺麗に片付けた上で、クグリさんにお返ししましょう。片付けまでが料理、ですからね」

5、異界遊戯

 先日の「マギカロギア写本会」の後、 テオフラストゥス・ローゼンクロイツ は自身の写本をそのまま持ち帰った。
 彼は、ラトゥナが語っていた「この世界とよく似た世界を遊ぶTRPGは存在していた」という言葉が気になったこともあり、「TRPG」という遊戯に強い関心を抱いていたのである。彼はラトゥナから一通りの話を聞いてはみたが、やはり実際にやってみないことには全容は掴めないと考え、より詳しく知るために実際「セッション」なるものをやろうと考え始めていたのである。
 彼はアストリッド商会で「ダイス」と「コマ」を購入し、「キャラクターシート」などに関しても、先日の写本会で鍛えた模写技術で綺麗に人数分だけ書き写し終えていた。残る問題は人員である。まずは絶対に一名必要とされている「GM」に関して、ラトゥナに声をかけてみた。

「……ということで、このTRPGを実際に遊んでみたいのですが、GMをやって頂けないでしょうか?」
「もちろん、構わないわ。ただ、私はあくまでも『ルール』でしかないから、あまり気の利いたアドリブは出来ないし、TRPGとしての本当の楽しみを体感するには、少々物足りないかもしれない。やはり、私達は『人』に遊んでもらってこその存在だから」

 そう言われたテオフラストゥスは、一応、自分でもGMが出来るように、改めて写本を読み込んでみることにした。その上で、あとは何人かプレイヤーが欲しい。ひとまず参加者を募集する貼り紙を、寮のサロンや喫茶「マッターホルン」などの掲示板に貼らせてもらうように依頼して回っていたところで、意外な人物が声をかけてきた。
 先日の写本会の時に同席していた、 ロウライズ・ストラトス である。

「あの『マギカロギア』、実際に使うのか?」
「えぇ。少々TRPGというものに興味が湧いたので」
「そうか。実は俺もなんだよ。せっかく時間をかけて写本した以上、実際に使ってみたいんだ。今のままだと、本棚のスペースを圧迫しているだけで勿体ないし、ある程度の人数が必要だっていう話みたいだから、ぜひ俺にも参加させてくれ」
「それは、こちらとしても助かります」
「とはいえ、こう言っちゃあれだが、興味を持ってくれるやつがどれだけいるかもわかんねーしな……。俺に何か手伝えることはあるか?」
「では、このビラを、どこか人目につく所にお願いします」

 そう言って、テオフラストゥスはロウライズは紙束を手渡す。果たして、彼等は無事にTRPG仲間を見つけることが出来るのであろうか?

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2020年05月12日 10:13