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![]() "鍛波忍軍十二頭領"
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一月十日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『絶刀 鉋』に関する記録文書」
“虚刀流”継承者との接触及び完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 瀬戸内海 不承島
二、日時 睦月の十日
三、目的 虚刀流継承者との接触及び完成形変体刀蒐集の協力要請関係者
四、蒐集対象 “この世の何よりも固き、折れず曲がらぬ絶対の刀”『絶刀 鉋』
五、詳細
不承島に辿り着いた際、所持していた絶刀鉋を船の船頭に化けていた鍛波忍軍の十二頭領・鍛波麒麟と鍛波葉牡丹に奪われることとなった。しかし同時にその島に住んでいた虚刀流“後継者”である鑢青海と接触。絶刀鉋の回収の協力を仰ぐことに成功。しかし完成形変体刀の蒐集に対しては島に残すことになる姉・鑢青藍への心配からすぐに返事をもらうことは叶わなかった。青海から手製の食事をふるまわれたその時、鍛波葉牡丹の策略により森に飛ばされ迷子にさせられてしまい(ここ重要)酒の誘いや謎の舞の披露を受ける。彼の飄々たる態度は不愉快であったが、一方でその仲間である鍛波麒麟は落とし穴作りに精を出しているようであり、その被害を葉牡丹も被っているようであった。鍛波麒麟は自己顕示欲が高く人を煽ることに長けているという習性をもつ。不甲斐なくもその罠に陥ってしまったこともあったが、その様子を見た青海が自分を頼るよう進言するなどの交流もあり、時間を共に過ごすにつれ信頼関係を築き上げていった。完成形変体刀の蒐集協力において最も懸念事項となる存在は青海の姉である青藍であった。全てを見透かしているかのような彼女は鍛波忍軍をも手玉に取る器量を持つが、当人は青海に対して自分に捉われることなく島の外で活動してほしいという思いがあった。そのことを知った青海は葛藤を抱えたまま、麒麟・葉牡丹との戦いに身を投じることとなる。戦闘の結果、我々は『絶刀 鉋』を奪取することに成功。戦闘後の麒麟は意気消沈し悲観的な様子であったが、葉牡丹と共に砂浜に作成した落とし穴を埋めさるよう促し退散させた。青海は刀を巡る戦いの中で島を出ることを決意。かくして我々は互いに四季崎記紀の鍛えた完成形変体刀を集める“相棒“となったのだ。 『絶刀 鉋』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
私の経歴や思いについて詳しく知ってもなお、鑢青海は私を裏切らないと、信じると明言した。今回の一件を通して私の中でも青海を信頼してみたいと思う気持ちが芽生えた。旅は長くなる。しかし、二人でならば完成形変体刀の完全な蒐集も困難ではないのかもしれない。私に後は無いのだ。……二度と、裏切られることの無いように。 あえて今回の反省点をあげるならば、青藍さんに交渉をする際に「青海さんをください」という言い方をした点だろうか。誤解を生んでしまった上、こう、“私らしさ”が足りなかったように思うのだ!そもそも今回出会った鍛波忍軍の二人は個性豊かであった。青海も基本的には温和な性格をしている。彼らに(キャラクター性で)負けないよう今後思索していく必要がある。 あと、私の知ったことではないが鍛波麒麟には鍛波葉牡丹が仲良くしてやるのが良いのではないだろうか。共に落とし穴を埋めることとなった二人の様子は仲睦まじいものであり、気落ちした麒麟はその顔に心からの笑顔を浮かべていた。落とし穴を掘りあうというのも一種の友情の証だろう。手も繋いで歩いていたようだしな。
楸生る 澤邊の茅ばら 冬くれば 雲雀の床ぞ あらはれにける
冬が来て、不承島は変わらぬ四季を繰り返す。しかしその狭い島の外には当たり前からは程遠い世界が広がっていることだろう。春夏秋冬いつでも楸を浜に生やそうではないか。私なら、お前にそれを見せることが出来ると思うのだ。
以上
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二月二十五日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『斬刀 鈍』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 旧鳥取藩領 因幡砂漠 下酷城
二、日時 如月の二十五日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “この世のあらゆるものを両断する、鋭利な刀”『斬刀 鈍』
五、詳細
日本唯一の砂漠地帯であり人の住めぬ荒野、因幡砂漠の奥地には情報通り下酷城が存在した。人は勿論、動植物一つ存在しないはずの砂漠。『斬刀 鈍』の所持者である宇鳴慈照はただ一人下酷城の一室に刀と共に引きこもっているようであった。鑢青海と下酷城の様子を伺っていたところ、一匹の鳶が飛んでくる。その鳶は存在そのもの以上に悪口まで包み隠さずにこやかに人の言葉を話すという異質性を見せた。鳶の正体は同じく『斬刀 鈍』を狙い下酷城を訪れた鍛波忍軍の十二頭領・鍛波鵄。一度宇鳴慈照に敗れたという彼の状況を考慮し、しばしの停戦と情報交換を画策することになる。鵄の所持していた部屋の間合いや刀の情報により宇鳴の精強性と青海との好相性を把握した。鳶と交流した青海に気の緩みが見えたことより、戦闘前の事前準備と心構えを兼ねたキャラクター性の確立をも試みた。互いに口癖を「もなか」、決め台詞を「ごちそうさまでした」と確定させる。決戦の場は酷く狭い殺風景な宇鳴の私室。三つ巴の戦いは互いに戦力を削ぐように手を組み替えながら進んでいった。居合の達人である宇鳴の斬撃は強力だが青海の見切りもそれに比類。青海の放った一撃は宇鳴を捉え、宇鳴は自らの命を削って青海を倒す最後の一撃を繰り出した。残った二人の戦闘は鵄の勝利という形で幕を下ろした。鵄は刀を手に下酷城をあとにする。 『斬刀 鈍』蒐集失敗。
六、結果
七、所感
――刀の毒。先祖代々の遺物を守りたいという気位以上に宇鳴慈照は刀に囚われていた。私とて刀の蒐集を使命として命を賭して戦っていることに違いは無い。しかし宇鳴のそれは、“命を賭して戦う”を超えた“命を落とす気概”であった。結果として彼は命を落とした。彼の虚ろ目で呟いた最後の一言が、未だ私の耳に残り続けている。我々はこの刀集めにおける相対の仕方を改めて考える必要があるだろう。 続いて反省点について。揶揄されるのも承知で記すと、此度の戦闘もとい事前情報収集自体に不備は無かったと私は思っている。むしろ相性も含め万全の体制を整えていたと言っても過言ではない。結果的に皆が皆百孔千瘡に、宇鳴に至ってはその命を落とすに至るまで戦った。文字通り“誰が勝ってもおかしくなかった”のだ。しかし、最後に立っていたのは鍛波鵄であった。それは青海と宇鳴が同時に倒れ、残された私が鵄と対峙した時、私には勝ちの目がまだあったにも関わらずだ。原因は私の戦闘における経験の不足と青海への依存にある。“自分の仕事は頭脳労働であり肉体労働ではない”、この認識はここで捨てざるをえないだろう。現に私は、もう二度とあのような思いを抱きたくない。 あとこれは新たな発見であるが、どうやら私は少々喋りすぎる節があるらしい。奇策士を名乗っている身として堂々とした立ち振る舞いと確実な自己紹介を理念としていたのだが、青海(と何故か鳶)にシノビたるものペラペラと自分の情報を喋るなと叱責されてしまった。「わかりやすい」だの「変なことを言い出す」だの罵倒されたこと忘れぬからな。……改善することにしよう。
久木生ふる 小野の浅茅に おく霜の 白ろきを見れば 夜やふけぬらん
因幡砂漠はもとより人住まぬ荒野だったのではない。かつての下酷城は周囲を野が覆い、茅が茂りをみせていた。時は移りゆく。砂が緑と人を奪ってもなお、宇鳴慈照は様変わりするこの土地で先祖の想いを抱き続けた。遺された刀も最後の一人も消えたた今、何がこの土地に夜を告げるのだろうか。二月、下酷城に真白き霜が降りる。
以上
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三月二十五日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『千刀 鎩』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 飛騨国と美濃国の境 三途神社
二、日時 弥生の二十五日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “如何様にも替えの利く、恐るべき消耗品としての刀”『千刀 鎩』
五、詳細
幕府の管理の行き届かぬ三途神社、その長である気比澄明は千人の黒ずくめの巫女と千本の刀『千刀 鎩』を所持していた。平和的解決を目標に完成形変体刀と自治区三途神社の保護を取引しようと試みるも「千刀鎩の雛型、最初の一本を見つけることで決闘に応じる」と条件を突きつけられる。澄明は客人用の離れにて一行を招待し手厚くもてなす。それとは別に鍛波忍軍の十二頭領・鍛波旗魚は、男や乱暴に恐怖心を抱く黒巫女達を怯えさせる形で現れた。刀の所持、しいては黒巫女達の保護という観点において旗魚は共通の敵であった。一方で刀の原型探しは困難を極めていた。千本の刀に物理的な差異はない。全く同一の千本から一本を判別する手段が存在しないことを突き止め、転じて“原型だと認めさせ決闘をする場を作る”ことを策すこととなる。茶会を介し澄明とは親睦を深める。澄明に対する同一視と蒐集への躊躇の気持ちを抱くも覚悟を決め相手の存在と自身の感情を認めることで蒐集の旅を全うすることを決意した一行は澄明へ現状の想いを伝えたのち敵対を宣言する。決闘の必要条件である千刀鎩原型だと双方が“思う“刀を手渡し、後の三途神社の保護を明確に宣誓した上で決闘が始まった。乱入した旗魚は協力の提案を澄明に一蹴されるも、三対一の状況下にて全てを飲み込む寸前まで力を発する。澄明が旗魚を倒した時その体は満身創痍であった。奇策士の放ったとどめを刺す一撃に対し、澄明は最後の一撃を残して倒れる。三途神社は幕府の支援下に入り黒巫女のもと再建を目指す運びとなった。 『千刀 鎩』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
男に痛めつけられた過去を持つ千人の黒巫女、彼女たちの心の傷は計り知れない。私も青海に対し「誠実であること」を忠告したがそれで事足りるものだったのかは私にもわからぬ。しかし大事なのは訪問先や蒐集対象に応じて自らの動きを変えること。その事情も露知らず心を踏みにじった鍛波旗魚の末路を見れば言うまでもない。……その問題行動を引き合いに少々利用させてもらった節はあるが。 実際私は刀蒐集の弊害とならぬよう三途神社の巫女服を借りて日を過ごした。「形から入る」という言葉があるように、衣装を変えるという意匠の凝り方も一種の手。温泉街の最中は絶品であったし、茶会で振舞われた最中は手が止まらなかったし、離れにて食した最中は美味しかった。決して甘味にうつつを抜かしていたわけではない。これも場に応じた適応だ。 私は気比澄明と自分が似ていると感じた。数日間で行った沢山の交流。敵であるにも関わらず、生き方・背負っているもの・立ち振る舞いを同一視し、彼女との関わりを心から私は楽しんだ。ただし彼女は命を落とす間際、同一を否定する。そして“奇策士ひさぎと全く似ていない”彼女の命を奪ったのは他でもない私だ。刀の蒐集は決闘という形を取る以上相手の命を奪うという行動に繋がる。今後も私ないし青海は刀を手に入れるために人を脅かし続けるだろう。ただし此度、青海は私に明確に「自分は奇策士ひさぎの刀である」と言った。その上で持ち主の私の感情さえも共有したいと宣言した。刀と所有者は一心同体。刀がそう応えてくれたのならば、私がこの刀蒐集にて覚悟を決め向き合わぬ理由はない。たとえ悩んだとしても、動揺したとしても。
ちはやぶる 神の持たせる いのちをば 誰がためにかも 長く欲りせむ
数多の過去や苦しみを経て気比澄明は一人、千人の黒巫女のために刀とその毒を護ろうとした。戦乱の最中失われかけたその命はこの地で神に捧げられ、千を巡りやがて散る。残された千命は今後どう生きるのか。神に仕える三途神社、その答えは神のみぞ知る。
以上
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四月二十日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『薄刀 針』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 周防国 巌流島
二、日時 卯月の二十日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “羽毛のように軽く、硝子細工のように脆い、美しき刀”『薄刀 針』
五、詳細
『千刀 鎩』蒐集の後、幕府中枢の尾張に向かおうとしたところ、かつての完成形変体刀蒐集の協力者であり刀を持ち去った裏切者である日本最強の剣客、錆七星の行方が判明する。周防国まで向かった一行は「巌流島にて待つ」という錆七星の果たし状を手にする。薄刀 針の脆弱性は通常通りの戦闘に耐えることが出来ない。そのため蒐集及び決闘に細心の注意と算段を事前に検討する必要が生じた。まず、第一として、(以下、資料破損につき残存部のみを掲載する。) ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■例にも■■■■■ず■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■しか■■■■■■■■■■■■■■■■■ 青海■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■錆七星の■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■挑■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■最■を■■■■■■■■た。 錆七星の攻撃に鑢青海は膝をつく。とどめを刺そうと試みる七星の一瞬の隙をついたのは最中であった。飛来物に眼前を覆われた七星を青海の一閃が貫く。かくして重傷を負いながらも錆七星の討伐に成功し、巌流島を後にするのであった。 『薄刀 針』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
私は錆七星に一度裏切られた身だ。鍛波忍軍の裏切りの後に起こった七星の行動は、私に大本からの考えの変更を強要した。人は金や名誉で簡単に言葉を変える。それは私とて変わらない。そう思っていた。そう思わされていた。しかし私の横に青海は今もなお居る。私の刀として、私の相棒として、青海は私と共に蒐集の旅を続けてくれている。この理由が何処に依存するものなのか。未だ分からぬが、それでも良いと思ってしまうのは私の弱さだろうか、それとも……。 此度の戦いでかなりの苦戦を強いられたことは言うまでもない。しかし、日本最強の剣客と呼ばれる錆を倒したことは今後の我々の大きな自信につながることは間違いのない事実だ。
うちなびき 春さり来れば 久木生ふる 片山かげに 鶯ぞ鳴く
目に見えるものは全てではない。楸の茂る山に春風が吹き込めば、草木の隙間には確かに埋もれた深層が見え隠れするだろう。されど巨大な陰に隠れたそれを誰が悼むのだろうか。目に見えぬものは“無い”のではない。草木のなびいたその陰で、ひそかに鶯はか細く鳴いた。
以上
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五月二十九日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『賊刀 鎧』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 薩摩 濁音港
二、日時 皐月の二十九日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “巨大な防御力を有する、甲冑を模した刀”『賊刀 鎧』
五、詳細
『賊刀 鎧』の所持者である『鎧海賊団』が船長、仁応侃銀は薩摩の濁音港を牛耳り町民からの高い人気を得る人物である。旅先にて蒐集の策を練る間に仁応侃銀は宿を訪れ、彼が主催する賭場を兼ねた公開闘技場「大盆」での決闘を申し出る。戦果として掲げられるは『賊刀 鎧』と『奇策士 ひさぎ“自身”』。双方の合意の後、完成形変体刀と奇策士を巡る大盆の開催が決定した。そんな最中、宛名無き書状が届く。向かう先に構えるは鍛波忍軍十二頭領・鍛波虚幻と睦月の不承島にて対峙した鍛波葉牡丹。要件は刀蒐集における衝突を避けるための休戦協定で申し出であり、狙いとする刀を互いに伝達しあおうというものであった。虚幻が激しく癇に障るという点を除けば利のある交渉であったためにこれを受理。加えて「企鵝・蝮・遊狐・凰蝶・蟷螂」という5つの名を告げられるが、詳細を知ることは叶わなかった。同時に鍛波忍軍十二頭領が一人、鍛波鬼灯の影が迫る。同じく大盆にて出場し自らの力の誇示と刀の奪取を目論む彼女と温泉街にて接触を果たすも鍛波の休戦に乗じることはなかったことから虚幻の思惑について共に探ることを決断。虚幻が鍛波の独自忍法が“失われる”事態への策として腕を“取り換える”―もとい忍法を回収し代替として『魔刀 虚』を授けたと知る。銀の過去や大盆について対話を通して探る中で、刀蒐集に対しての矜持を示すことは果たすが、情報に関する駆け引きや手合わせの戦闘にて度々翻弄されることとなる。最後まで決闘の戦果として奇策士を指名した真意については分からぬままであった。鉄壁と呼ぶにふさわしい、白金色の顔まで覆った絶対無双の防御力を誇る『賊刀 鎧』。大盆と言う公の舞台にて青海は銀を火の熱により削り切ることに成功。鬼灯と対する乙の戦場では長期の戦いの末に敗れるが、決戦にて青海は鬼灯を打ち倒し、観衆の視線の中『賊刀 鎧』は銀から青海の手に手渡されることとなった。 『賊刀 鎧』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
強い刀とは何だろうか。攻撃力の高さだけが刀の強さでは無い。『賊刀 鎧』がまさにそれに当てはまることは言うまでもないだろう。しかし刀の質の基準として”強さ”というものは切り離して捉えることの出来ない観点である。では、私が刀蒐集のために使う刀の基準は一体何であろか。“弱き刀は強き刀へと切り替える”それはごく自然な答えである。……しかし、その道理を覆してもなお私は青海のことを「自身が最も大切とし、最も失いたくないと思っている刀」と称した。そして、弱さも悩みも持ち合わせる彼が此度の戦いに勝利した姿を見て何よりも安心したのだ。本来であれば傍観して、強さを見極めるだけで良いはずの決闘に気づけば大声で声援を送っていた。何故帯刀するのか、何故付き従うのか。共に「分からない」と結論を出した以上、「分かる」日が来るまで隙間が生じぬよう強く握り続けなければならない。それが青海を選んだ私の意地であり矜持であるのだから。 それにしても濁音港は気候も良く食べ物も美味しく景色も良いという素晴らしい町であった!仁応侃銀、彼女が取り仕切っているだけある。まさか女だったとは……驚きを全く隠せないのは私の悪い癖だが、性別を抜きにしてこそ醸し出されるカリスマ性や取引の上手さというのもあるだろう。全く、素敵な殿方に目をつけられて三角関係か?なんて浪漫溢れる展開とは行かなかったわけだ。これは一般的見解であって私は考えていなかったぞ、決してな。駆け引きで負けたことも物凄く悔しかったからな!!臥薪嘗胆である……。 彼女は死ななかった。大盆という舞台であったからか、刀の毒が回り切っていなかったからか、今後も鎧海賊団と濁音港は彼女の元で発展を見せていくであろう。それは、一つの刀蒐集の道として我々が望むべき在り方なのかもしれぬ。
枝おほふ 楸や山を かくし題
葉が青々と茂る皐月。熱狂する群衆の歓声は濁音港を覆い、様々な者の思惑を隠し込んだ。刀を集める者、故人を想う者、脅威を探る者、力を回収する者……。我々の謀略は数を増すほどに複雑になって重なり合っていく。見えぬものは果たして周囲の思いか自身の心か。世界に幾重にも存在する人間が一人、思惑を胸にまた何処かで声を上げた。
以上
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六月十九日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『双刀 鎚』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 蝦夷地 踊山
二、日時 水無月の十九日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “すさまじい質量を有する、持ち上げることさえ満足に敵わない刀”『双刀 鎚』
五、詳細
薩摩から直接訪れることとなった絶対凍土の豪雪地帯、踊山にて一人の少女が姿を現す。凍空六華と名乗る齢八歳の少女は、狩場の拠点となる洞窟にて「うさきち」と名づけたウサギと共に『双刀 鎚』を携えながらたった一人で過ごしていた。『双刀 鎚』の譲渡条件として「資格があるかを確かめる」という彼女の提示を受け、狩りや鬼ごっこ、力比べに興じつつ、踊山が実際は雪崩ではなく虚刀流7代目当主姉・鑢青藍の手によって滅ぼされていたこと、失脚中であった断定姫が尾張幕府の方で動きを見せたという情報を入手した。怪力無双を誇る凍空一族の生き残りである六華もまた『双刀 鎚』を自在に操れる怪力をもっていた。地表に行ってはならないと言い聞かされていた彼女であったが、最中や船・海といった地表の世界への憧れや現状の孤独への寂しさを抱いており、刀と共に地表に下りないかという誘いに心を揺るがされているようであった。鍛波忍軍・鍛波琥珀は刀集め一行と友人関係にあると偽り六華に近づいた。彼女は鍛波“初代”十二頭領の残留思念であり、既に死した存在である。狙いは凍空六華の体であり、怪力無双の力を乗っ取ることによる刀の強奪を目論んでいた。彼女の出現は鍛波虚幻との休戦協定を反故にするものでもあった。六華は悩んだ末に、刀を渡す資格の見極めに力試しを選択した。琥珀も乱入して始まる極寒の地での戦闘。一度当たれば脱落は免れない六華の攻撃を青海は一対一になってもなお避け続けた。合流を果たした鍛波虚幻は長期に渡る戦いを静止する。休戦協定続行の意を示し、虚幻は琥珀を連れて帰った。残る六華は『双刀 鎚』を抱えながら凍空一族に別れを告げ、共に船に乗り込んだのであった。 『双刀 鎚』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
我々は六華を持って行……連れて行った。『双刀 鎚』を運ぶことが出来るのは彼女のみであるという確固とした理由あったことは事実だが、それ以上に彼女を保護して連れて帰り、もっと色々な物を見せたいと思う気持ちが私の頭を支配していた。完全にほだされてしまっている。とにもかくにも六華はめちゃくちゃ可愛いのだ!!尾張に一人で送ることになってしまったのが心残りでならない。まったく、尾張にはあの性悪女がいるというのに……。 断定姫。叩きのめしたはずの最大の政敵が性懲りもなく“また”動き出した。私を弄んだ此度の恨み、今まで大量に溜まっている恨みも含め、絶対に許すことは出来ぬ。あの女が動き出したということは、何かが“断定”されるということ。のんびりしている暇はない。鍛波虚幻に関しても、十三番目の十二頭領という話がどうも引っ掛かる。これからも今まで通りに刀蒐集を、と言うには大きすぎる懸念だ。まずは一度どこかで尾張に戻らねばならないが……。 「凍空一族は雪崩によって滅んだ」。自然災害を騙ったこの噂は実際に起こった事実と反していた。いや、むしろ噂どおりではあったと表現しても過言ではないのかもしれん。天災。鑢青藍は旧将軍が何度も侵略に失敗した踊山をいとも簡単に滅ぼし、自らには不要と刀を置いてその場を去った。鍛波虚幻からかけられた警告が刺さる。鑢青藍に向き合わねばならないときが、我々のすぐそこまで迫っているのだ。
度会の 大川の辺の 若久木 我が久ならば 妹恋ひむかも
いかばかり 善き業してか 天照るや 昼目の神を 暫し留めん
旅は折り返しに差し掛かる。旅の終わりのまたその先、その将来に想像を巡らしたことは今まで一度きりとしてなかった。そこにはきっと、私を待つ者も新しき目標も存在しない。ならば今は、目の前の長旅と向き合うことこそが私の使命に他ならないのではないだろうか。 ――新しきを知るは怖きこと。しかし極めて楽しきこと。幼き少女の旅路を祝福するかのように、天は暖かく我らを照らしたのだった。
以上
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七月二十四日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『悪刀 鐚』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 土佐 鞘走山 清涼院護剣寺
二、日時 文月の二十四日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “所有者の死さえ許さず、無理矢理に人を生かし続ける凶悪な刀”『悪刀 鐚』
五、詳細
断定姫に仕える腹心の不忍・陸丹鑪の案内により尾張幕府の命のもと、鞘走山の清涼院護剣寺に辿り着く。その場で鑢青藍との戦闘が発生するも結果は完全敗北であった。青海の姉である鑢青藍は一行に敵対と侮蔑の目を向け、『悪刀 鐚』を巡る決闘を先送りとした。その間、「見稽古」の対策に臨むこととなる。他人の戦闘技術を修得し、ありとあらゆるものを看破する彼女の「眼」への奇策は四つ。壱、奇策士ひさぎに眼を向けさせる-模擬戦で青海に勝利したという情報から、鑢青藍の敵対相手に対する認識の変化を促す。弐、鑢青藍の実質的な弱体化-自身の弱体化によって見稽古による衰耗を狙う。参、失敗を促す―彼女の慢心を誘発し彼女の非完全性を突く。肆、習得できないものの存在-忍具の収集。伍、鑢青海の本気の力-姉である青藍の想いを知った上で本気で向き合うという覚悟。 刀大仏を前に選んだ再度の決闘。陸丹鑪から受け取った特殊忍具「波自加彌」を手に、鑢青藍と対峙した一行は見稽古の力を削ぎ、悪刀 鐚を蒐集した。その後、鑢青藍は自身の頸木を完全に取り払い、残りの命全てを懸けて青海との真剣勝負を宣言する。青藍が繰り出す猛攻をしのぎきった青海は、自らの力に崩れ行く姉を腕の中に、一人立ち残るのだった。 『悪刀 鐚』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
壱級災害指定地域である死霊山を半刻で滅ぼし、剣士の聖地である清涼院護剣寺の僧侶達を惨殺して寺を乗っ取った鑢青藍。傍から見れば確かに「怪物」という呼び方が正しいであろう。しかし彼女が人の姉、青海の唯一の肉親であり、“生きた人間”であることに変わりはない。死にぞこないと自覚する彼女の心持がどれほどのものであっただろうか。弟の手により殺されたいという彼女の願いは誰よりも虚刀流剣士・鑢家の人間らしいものであったと私は思う。最強の天災は一人の姉としてその幕を下ろしたのだ。 私の髪が地に落ちたあの時、私にもたらされたのは、伸ばされた大切な髪を切り落とされた怒りでもなく、鑢青藍に対する恐怖でもなく、ただひたすらの硬直であった。奇手奇策を講じて大いに行動するこの私が一歩も動けず、一声もかけられなかったのである。理由を連ねるとすれば「姉弟の間に入り込めなかった」という陳腐な表現に陥らざるを得ない。でも、これが全てだ。あれだけ私に眼を引かせる等と垂れておいて実際にはあの姉弟の心に手を挟むことは出来なかったのである。しかし、それでいいと今は思う。最初で最後となる彼等の再逢に、横の女が水を差す必要はどこにもないのだから。 私と青海が出会ってから半年が過ぎた。されど彼が実姉と過ごしたその期間は及ばぬほどに長大なもの。もし何の気兼ねも無いそんな世界で、ただの人として青海と青藍さんと共に私が食事を囲むことが出来たのなら……。そのときには手土産として、私は最中を召喚するしかあるまい。
ほととぎす 鳴きつる方をながむれば ただありあけの 月ぞ残れる
ほととぎす 鳴きつる雲をかたみにて やがてながむる 有明の空
いつ消え失せてしまってもおかしくなかった彼女は、その最期を「見」とられることを望んだ。十丈を超える刀大仏の眼前で燃え尽きた小さな一本の灯火は、彼は誰時に有明の月を残す。時鳥、お前の声は確かに彼女の想いを届け、今宵、別たれた刀の再逢を見事に間に合わせた。
以上
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八月十六日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『微刀 釵』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 江戸 不要湖
二、日時 葉月の十六日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “武器でありながら人である、恋する殺人人形とも言える刀”『微刀 釵』
五、詳細
断定屋敷にて断定姫から完成形変体刀蒐集の命が下された。踊山から連れ帰った凍空六華は断定姫の元で保護されているという。断定姫の腹心・陸丹鑪の案内の元、壱級災害指定地域に指定されている不要湖へと向かうこととなる。その場には『微刀 釵』である自律式絡繰人形‐櫻花型と鍛波忍軍十二頭領・鍛波飛馬が刀を交わしていた。櫻花型は不要湖への侵入者を惨殺するための絡繰であり、不要湖に立ち入っていない者に対しては刃を振るうことのないよう設計されていた。しかし、彼女自身も護っている対象・製造由来を認知しておらず、青海は不要湖内の四季崎記紀の工房を探り、櫻花型の存在理由を“知る“行為を提案する。櫻花型に搭載された多種多様な攻撃に、工房の防衛機構かつ外部パーツとして存在する芒型と月型。その強力さを踏まえて正式に鍛波飛馬と協力関係を結び、防衛機構を退け、工房の調査に至ることとなる。奇妙にも使用形跡の無い工房内には櫻花型とよく似た姿の女性の写真だけが一枚残されていた。事実を櫻花型に伝えた後、『微刀 釵』蒐集の戦闘に挑むこととなる。鍛波飛馬による月型の足止めの結果、芒型と櫻花型二体との戦いとなるが、彼女の機構は間断なく形を変え、終には撤退を余儀なくされることとなった。 『微刀 釵』蒐集失敗。
六、結果
七、所感
「感情に左右されても任務は難航する」これを主に置く鍛波飛馬は自身を変わり者と銘打った。礼儀正しく武を尊ぶ彼は、誠意をもって共闘することが可能な忍である。確かに変わり者と言うにふさわしいが、この心情が普通のものとなると良いと言う彼の願いは心底力強いものであった。私が手渡した最中も好んでおったしな!一枚岩では無いと言われる鍛波忍軍だが、その多様性には本当に目を見張る。今、彼らは刀の蒐集をしているという話であったが、その進捗は如何なものなのであろうか……。 自分によく似た写真を目にしたときの反応を、櫻花型は複雑な感情と形容した。人としての考えや感情が備えられていると自覚する彼女は“刀”として不要湖から出ることが許されていない。しかし自由な生に憧れる感情が心に在るというのなら、刀であれど“人”となることがどうして許されないと言うのか。 青海は「自分を人にしてくれて」ありがとうと私に言う。虚刀流六代目当主、鑢緑山の元で意思無き刀として育てられていた彼は、此度の櫻花型との邂逅で確かに彼女と己を重ねていた。 人に振り回され失ったはずの他者への信頼は、青海と出会って確かに私の中で芽生えている。変わったのは青海だけではない、私もまた……。いや、これは全ての刀を集め終えた後に改めて話すと約束したのだった。十二本どころか『微刀 釵』の蒐集にすら成功しておらん。我々は現を抜かしているわけにも行かないのだ。今度こそ彼女を人として迎えにいくためにも。
ぬばたまの 夜のふけゆけば 久木生ふる 清き河原に 千鳥しば鳴く
み吉野の 象山の際の 木末には ここだも騒く 鳥の声かも
我楽多の行きつく不要湖には、清き心をもつ絡繰人形が在る。打ち手の顔も知らぬまま、彼女はただ斬る。護る。歩く。それが定められた機能に過ぎないとて、機械・刀であるとして、どうして千鳥が彼女を否定しよう。今日も彼女は斬る。護る。歩く。遺愛のふちで斬る。護る。歩く。
以上
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九月二十六日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『王刀 鋸』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 出羽 天童 将棋村
二、日時 長月の二十六日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “人を正し、心を正す、精神的王道を歩ます、教導的な解毒の刀”『王刀 鋸』
五、詳細
正々堂々公正に戦うことを信念にもつ心王一鞘流十二代目当主 貧者宮歩は、『王刀 鋸』を巡る決闘に“双方“の木刀の使用を要求した。虚刀流を担う鑢青海は刀を振るうことに関して全くの素人であり、結果は惨敗。心王一鞘流の門下生として貧者宮の下で鍛錬をすることを引き換えに再度決戦の機会を狙うこととなった。また、将棋村には鍛波忍軍十二頭領・鍛波賭角が訪れていた。休戦協定を破る訳でも協力関係を築こうとしている訳でも無い彼は挨拶回りと称して飄々と動き回っていた。心王一鞘流は後継が途絶えており、広い道場内に門下生の姿は一人も無かった。貧者宮の下で修行を日夜行いながら、一行はその教えを理解することに成功する。再度の決戦の場、一行は木刀を返却し鍛波賭角も加えた四つ巴の勝負に挑む。鍛波忍法「柔球術」が繰り出す無数の雨の中、最後の一人となるまで刀を交わす。心王一鞘流の作法に則り刀集め一行の二人の勝負をも続行。奇策士ひさぎの勝利という形で『王刀 鋸』は蒐集、そして継承された。 『王刀 鋸』蒐集完了である。
六、成果
七、所感
武器や防具をつけない状態での決闘を拒否し、後継の無い現状に未練を感じる心王一鞘流。刀を持つと急激に弱体化し、他の門下にくだることに強く抵抗した虚刀流。当主というものは自分の流派に対して並々ならぬ想いを抱いているもののようだ。奇策を重ね立場を変え、譲れないものなどとうに失くした私に二人の気持ちが理解できるかと言われれば否だ。それでも二人の姿は立派に見えると、称する資格は私にあるだろうか。 そういえば今月の青海は、最初の決闘ではあれほど門下にくだることに抵抗していたのに、気づけば貧者宮と心を通わせていた。朝から晩まで寝る間も惜しんで貧者宮と一緒にいて、「じゃあひさぎ、行ってくる」と私を一人将棋村に残して、来る日も来る日も道場に通いつめ……。いや、決して詰っているわけでも嫉妬している訳でも無いぞ。ただの事実の列挙だ。私としても?青海が強くなってくれるのは嬉しいし、心王一鞘流の下で刀蒐集の手掛かりを掴んで来いと命令したのはこの私だ。全くもって何の問題も無い。何の問題も無いとも。ただ、こう、もっと、こう……私に構ってくれても良かったではないか!!そんな非情な刀に育てた覚えはないぞ!! 此度の私と言えば、想定していた策は何も上手くいかないし、夜に動こうとしたこと全て空回るし、隠針は謎に喰らうし、青海は楽しそうに貧者宮の下で修業をしているし、賭角には慰められるし。とりわけ鍛波賭角、あやつのことは許せない。私の悩みを親身に聞くような素振りを見せおって、信頼できるかと少しでも思った私が間違いだった!このっ諸悪の根源、諸悪の根源め!! ただ驚くことに、決戦のその日。私は勝負に勝つことが出来た。青海にも賭角にも貧者宮にも、私はこの手で勝利したのだ。この年まで避けていた肉体労働だが、青海との旅の中でいつの間にか、忍として一人前の実力が身についていたようだ。此度の戦闘と特訓も、また一つ私に変化をもたらした。何故か今はそんな気がしている。 心王一鞘流は、『王刀 鋸』の授受と共に真の終わりを迎える。しかし、その志は刀を失ったとて消えてなくなるものでは無かった。「剣術とは剣を振るうばかりではない。大事なものは心であり、常に理想となる自分を胸の内に秘めよ」 貧者宮のこの教え、我々が残すことが出来たなら。
水寒き 川原に秋の 日は暮れて ひさぎうち散る 片山の陰
ひさぎうち散る 片山の影 霧の木末に 風やわたるらん
戦乱の世の終結は各所に終りをもたらした。“清く”“正しく”“瞬き”“響き”“努めた”一つの鞘すらも、片山の陰でうち散って、終のさだめを待つばかり。その志を風が掬いあげ、想いを器に継いだなら。――旅の始まり、世は巡り。その志と想いは未だ“続く”。
以上
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十月三十日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『誠刀 銓』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 奥州 百刑場
二、日時 神無月の三十日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海との共同)
四、蒐集対象 “人間の姿勢を天秤にかけるように、人によって受け取り方さえ違う曖昧な刀”『誠刀 銓』
五、詳細
『誠刀 銓』の所有者である現世周は、草木と飛騨城の跡のみが残る奥州の百刑場に刀を埋めたと宣言する。掘り出すことが出来れば引き渡すとの言から掘削を試みるも刀が現れることは無く、誠刀の性質そのものに迫ることとなった。しかし、“己を斬り、己と向き合う”ため願い出た現世との手合わせは為す術もなく終了。現世は「戦いほど無益なことは無い」と完成形変体刀蒐集の行為自体の意義を問い、刀蒐集の旅路の中で命を落とした者の存在を指摘する。その上で刀蒐集の条件として、自身の無意識下に存在する苦手意識と向き合い克服することを促した。現世周は人を殺さないことを信念とした仙人である。よって『誠刀 銓』を巡る戦闘の場にて、鑢青海は己の力を全て攻撃に転じることにより今までの敗北経験という苦手意識に立ち向かう必要があった。それらを全て打ち倒した後、現世は一行の前から姿を消す。再度百刑場の地を掘り返せば、刀身の無い鍔と柄だけの刀が地中には埋まっていた。 『誠刀 銓』蒐集完了である。
六、結果
七、所感
元々奥州の地は京の都や尾張に匹敵する、いやそれ以上に栄えた地であった。少なくとも幼少期の私の記憶ではそうだったし、それだけ愛した地であったのだ。先の大乱で私が喪ったものは多くある。家族、友人、仲間、そして故郷――。今もなお、全てが無に帰ったこの地を見て筆舌に尽くし難い悔しさが湧き上がる。一度喪ったものは二度と帰ってくることは無いと理解っていても、復讐のためならば自分の命も他者の命も滅ぼしてみせようと私は自らの生涯を懸けてきた。……そのつもりだった。 刀蒐集を今もなお、復讐のためだけに成しているのかと現世は私に問いかける。 宇鳴は死んだ。私の蒐集に抗い、命を削って討ち死んだ。 気比は死んだ。黒巫女を守り、私の放った一撃で死亡した。 錆は死んだ。私と共に刀を集め、裏切り、そして落命した。 青藍は死んだ。私と青海の旅を追い、戦いを経て殺された。 人々は死んだ。私の求める刀とそれを巡る争いを経て、沢山の人々が息を引き取った。 太平の世という大義名分のもとに人が殺されるのであれば、自らの目的のために人の命を奪ったとて問題はない。そう思い込むことで私は生きていた。にも拘わらず私の脳裏には死した人の顔がちらつき続けている。単純に明快に復讐のみを志として生きていたのであれば、人の死に敏感になることは無かったのだろう。しかし、私にとっての復讐は、何もかも喪った私が生きるために練った策にすぎず、意地を張って強く生きるための基盤の域を出なかった。今ならそれが分かる。だから私は弱い。父のようになれない。 それでも、私は現世のその問いに答えることが出来た。私は今の旅が楽しい。青海と日本各地を巡り、色々な人と会話を交わす、その行為が心底楽しいのだ。――いつの間にか私には、己の大切な存在が出来ていた。「起こったことにはどうとでも理由をつけられる。」と青海は言う。奪われた命と自身の目的が銓にかけても釣りあわぬのであれば、釣りあわせるまで。起こったこと変えられぬのであれば、理解の仕方を変えるまで。ならば、私もそのように生きていこう。それが私の銓への答えだ。 私は飛騨鷹比等の真意がずっと分からなかった。何もかもが失敗に終わると分かっていながらも奇策を成した彼のこと、成したかったことも最期の言葉も、そして名前と髪の色でさえも、どれ一つこれっぽっちも分かっていなかった。しかし今、ようやく分かった。20年もかけてこの地に戻り、ようやく私は思い出すことが出来た。だから、私は旅を続ける。私も父もあの男も運命に縛られているというのならば、私は自らの信念を以て、歯車を今後も回し続けることとしよう。
ひさぎおふる かた山陰に 忍びつゝ 吹きける物を 秋の夕風
村雨の 夜まぜになりて 散る楸
彼のようになれないことが、悔しかった。どれだけ考えても歳を重ねても、彼を全く理解できないことが情けなかった。秋の夕風が語りかけ、その火を雨が地に流す。散った父に忍んだ娘。そのどれもが同じ“楸”なのだ。
以上
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――青海は死んだ。
私が喪ったものに、その名が増えた。
「起こったことにはどうとでも理由をつけられる。」と青海は言った。
死に選ばれた、死が迎えに来たと。
「見えなくなるだけ」だなんて、
「意志はお前と共にある」だなんて、 「何十年かかっても思い出してくれればいい」だなんて、 そんな言葉を残すなら、
「愛してる」だなんて残すなら―――
もう、誰も死なないで。
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十一月二十日 尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所 総監督 奇策士ひさぎ
「完成形変体刀『毒刀 鍍』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 丹波山間部 鍛波の里
二、日時 霜月の二十日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(尾張幕府家鳴将軍家直轄内部観察所総監督、断定姫と陸丹鑪との共同)
四、蒐集対象 “ 所有すると人が斬りたくなる、刀の毒がもっとも強く内包された刀”『毒刀 鍍』
五、詳細
尾張幕府家鳴将軍家直轄内部観察所総監督、断定姫と腹心の不忍 陸丹鑪と共に『毒刀 鍍』の現所有者である鍛波虚幻の所在地である鍛波の里へと向かう。数々の忍が活動していた里は中忍 鍛波河鹿、下忍頭 鍛波喇蛄、下忍 鍛波川蝉と襲撃犯当人である鍛波虚幻を残し、全員が死に絶えていた。断定姫は四季崎記紀の血を引く子孫であり魔法使いであった。魔法使いの法則を知る彼女は不滅の存在である禁書を滅ぼす方法を伝授する。『毒刀 鍍』もまさしく禁書であり、鍛波虚幻は禁書に侵食され魔法災厄を引き起こす寸前まで来ていた。一行は魔法戦を仕掛けることで河鹿から断章「鍍金」、喇蛄から断章「邪毒」、鍛波の里自体から断章「銘刀」を回収した後、虚幻に挑む。鍛波忍軍に滅ぼされた相生忍軍の生き残りであった陸丹鑪の手によって鍛波虚幻は落命した。『毒刀 鍍』には大量の血が濯がれ、所持者を「渡す」-世界を渡る道を作る という本来の効果を取り戻した。未来視の能力を四季崎から受け継いだ存在である断定姫は祖先である彼の本願を果たすことを行動指針としていた。虚刀流、鑢青海を『炎刀 銃』により消した真の目的は、彼を四季崎に接触させた後に『毒刀 鍍』を用いて現世に再度「渡す」ことであり、そのための対価として強い絆を持つ者を四季崎の地に送る必要があった。奇策士は青海を現世に引き戻すことを決意し『毒刀 鍍』を用いて世界をまたぐ扉を開く。そして『炎刀 銃』により世界から存在を消滅させ彼の地に赴くのだった。 『毒刀 鍍』蒐集完了である。
六、結果
七、所感
青海を殺した陸丹鑪、そしてそれを命じた断定姫との共同蒐集。尾張城にて命じられたときの私はかえって冷静だった。本願を果たすためならば“どんなものでも利用する” それが私の元々の信念だ。十一本目の刀があり蒐集に断定姫が必要だと言うなら利用するまで。青海の行方が関わっていようと無かろうと、その他に選択肢などそもそも無いのだ。何も変わってはいない。横に青海が居ないだけ、居ないだけである。 鍛波の里は腐臭に血肉を折り重ねた惨憺たる死の里と化していた。その中で一人『毒刀 鍍』を手に笑い立つ鍛波虚幻は並々ならぬ空気を纏っていた。目は虚ろ―半年前に顔を合わせた時とはまるで別人のようであった。そもそも鍛波十二頭領の一人、実質的な里の頭であった男がその手で里を壊滅させると一体誰が予想しただろうか。運良く生き残った三人の忍の様子からもその驚愕ぶりが伺える。「こんなことをする男だとは思えない」それが一同の率直な感想であった。――実際に、鍛波虚幻は鍛波の里を愛していた。現時点で分かるのは鍛波虚幻が何かを理解したということ。そして、自らの使命に忠実に従った結果、体を禁書に明け渡し、大切な仲間を血に変えたということだけだ。 使命に忠実であることは忍として正しい生き方だ。陸丹鑪は断定姫を「ただの上司」と称し、己のために従っているだけだと語ったが、使命に忠実であることに違いは無い。「人を殺すのに抵抗はない」その言葉からも不忍の中に残る忍らしさが伺えた。……私だって何人も何人も殺してきた。何人も何人も殺せと命じてきた。だから私は陸丹鑪を攻めることはない。怒りも恨みも抱けど此の世の性として受け止め、手を取り言葉を交わすことが出来る。……否定できるわけが無かろう。断定姫と私、そしてその刀である陸丹と青海、彼らには本質的に何の差異も無いのだ。我等も彼等も為すことは同じなのだ。 青海に関する記憶は次から次へと零れるように消えていく。しかし、数多の記憶を失っても尚、私は衝動に突き動かされた。名前すら分からなくなっても、何者かも思い出せなくても、私の刀が心より誇らしかった。これをきっと人は執着と呼ぶのだろう。私の目はいつの間にか、完成形変体刀でも尾張幕府でもなく鑢青海という男ただ一人に向けられていたのだ。銃に撃たれ、世を渡れば、私は”ここ”から消える。信じるには極めて滑稽で極めて奇策士らしくない。それでも今は『復讐のための奇策』と語り、衝迫のままに動くことを認めさせることとしよう。
高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに
去年咲きし 久木今咲く いたづらに 地にか落ちむ 見る人なしに
散りゆく者に託されて、残された者は事を成す。見届ける者は既に亡し、それでも使命を繋ぎ生く。見る人無しに落ちたとて、成すべきを成す咲き様を徒らな犠牲と誰が呼ぼう。
薄まり揺らぎ消えていく。記憶、存在、全てが消える。世界を鍍り、刀の元へ。さて、何を話そうか。どんな顔で笑おうか。
以上
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十一月二十日 奇策士ひさぎ/飛騨咎眼
四季崎記紀との接触に関する記録文書
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 省略
二、日時 霜月の二十日
三、目的 四季崎記紀との接触および虚刀流七代目当主、鑢青海の蒐集・現世への「渡し」
四、蒐集対象 “刀でありながら持ち主を選ばず、自らの意でもってあらゆるものを斬る究極の刀”『虚刀 鑢』
五、詳細
一面の白。目を覚ました地はどこまでも続く白い空間であった。鑢青海との再会の後、稀代の刀匠、四季崎記紀が暮らすという日本家屋に赴く。未来視の能力を持つ四季崎記紀は世界の滅びを防ぐべく運命介入を行い続けていた。千本の変体刀は関ヶ原大戦の元凶となりえた戦国大名や武将を魔仭に変えた“習作“であり、鍛波忍軍や刀集めの旅全ても四季崎の計画の上で用意された障害や試練。全ては『虚刀 鑢』を継承する虚刀流 鑢青海を完了形変体刀に至らせるための準備であった。歴史の揺り戻しによる再度の世界の破滅は迫っている。そのために完成形変体刀十二本を破壊し『虚刀 鑢』を“完了”させることを鑢青海は求められた。自分が役目を任されたことに対し困惑を覚える青海だが、彼から語られる数々の真実を耳にし自らの使命を理解していく。世を渡れるのは一人だけ。刀と強い情念を結ぶ奇策士が『炎刀銃』によって世界の法則の外側の地に至ったことにより、鑢青海は奇策士と引き換えに現世に戻ることが可能な状態となっていた。鍛冶場にて四季崎記紀は自らの手で完了形変体刀への仕上げ打ちを行う。鑢青海は完成形変体刀十二本の破壊を可能とするシノビガミへと鍛えあげられ、四季崎と奇策士が見送る中、鑢青海は単身『毒刀 鍍』の「渡り」の効果による現世への帰還を果たした。 『虚刀 鑢』蒐集完了である。
六、結果
七、所感
あの空間は何でも許されるのか……?見たことも無い物品は連なっているし、暖かくて快適な炬燵はあるし、最中も出てきて大盤振る舞い、何とも奇特な空間だった。特に四角く光るあの物体には目を奪われた。パーソナルコンピュータ?? 四季崎の発言は明らかに天下太平尾張幕府の世で表出されてよいものでは無かった。何なら私と青海の口から出る言葉や天の声の態度も少々異質であったことを認めよう。――青海が尾張に出向く間はこの地が私の居場所となる。 純粋に正直に言葉を綴ろう。二人で最中を食べれる日が来るとは思わなかった。二人で一年間の旅路について語れると思わなかった。髪色を見てもらえると思わなかった。私の名前を伝えられると思わなかった。言うなれば、喪っていたものが自分に戻ってくる・手の中に帰ってきて定着する感覚。髪も名前も父の記憶も、青海と別れた神無月も……思い出したくもなかったはずなのに、今はどうにも懐かしくて。「君が過去に向き合えた報酬だよ」なんて現世周の声が聞こえてくるようだ。過去を咀嚼し己を見て、ようやく私は自分と世界を認められた。 四季崎記紀は私を「咎眼」と呼んでくれる。その名を呼ばれ、安心を感じた自分が居たことも本当だ。名づけ親だと言われたときは面食らったし、あの父親に友人がいたことも全く以て予想外だったが、私を「咎眼」と認識してくれる人が今も存在するという事実自体が私を酷く喜ばせた。とはいえ「ひさぎ」を捨てるつもりは毛頭無い。青海から呼ばれるならばその名の方がしっくりくるし、奇策士としての仕事もまだ残っている。少なくとも師走が過ぎ去るまでは「ひさぎ」と名乗ろうと思っている。失うには余りに惜しすぎる、どちらも大事な“私”だから。 青海と喋るとついつい興が乗る。人とこんなに喋ったのも一月ぶりだ。……そもそも青海と出会うまで自分がこれほど人との会話を楽しむ人間だとは知らなかったが。私に返してくれる言葉一つ一つが安心できて愛おしく感じるのだ。私にとって鑢青海という刀は、完成形変体刀十二本よりも四季崎記紀の作った千本の刀よりも断定姫の懐刀である陸丹鑪よりも日本中に存在するどの刀よりも、優れた素晴らしき刀だと思っている。何度も後悔した。「後で話せるだろう」と後回しにし、その結果独り取り残された。でも今は後回しにすべきものなど一つもないと理解した。だから私は少ない時間で残さず青海と話そうと思う。二度の過ちは起こさない、それが奇策士の本領だ。 私はこの地に残ることになる。復讐を託すことは忘れずに、別れの言葉は残さずに、青海を四季崎と見送った。――元来私はそういう女だ。最後の目的に至れるなら手段は択ばない。後の成功・望みのためなら私は何だってやってやろう。だから全てが終わったら、全国各地でも見て回るぞ青海。此処から意地でも見届けてやる。だから、必ず、帰ってこい。
以上
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十二月十一日 奇策士ひさぎ/飛騨咎眼
「完成形変体刀『炎刀 銃』に関する記録文書」
完成形変体刀の蒐集について、下記に記す。
一、訪問場所 尾張 尾張城
二、日時 師走の十一日
三、目的 完成形変体刀の蒐集(虚刀流継承者、鑢青海による蒐集)
四、蒐集対象 “ 何もかもを確実に消し去る、最強の武器としての刀”『炎刀 銃』
五、詳細
家鳴将軍の御膝元である尾張城は守りに長けた要塞の如き建築物である。断定姫は天守閣にて家鳴匡綱と面会し、完成形変体刀全ての蒐集が果たされたことを伝達する。賞賛する将軍を傍らに、陸丹鑪は侵入者を報告する。虚刀流七代目当主鑢 青海は単身尾張城表門へと乗り込んでいた。家鳴将軍の腹心、御側人十一人衆は完成形変体刀を一振りずつ振り分けられ天守にて順に待ち構えていたものの、刀の性質による弱体化と各個撃破での再戦防止を狙った断定姫の策略もあり青海に倒され、順に刀は破壊される。天守閣に向かう最後の大広間には『炎刀 銃』を持つ陸丹鑪と断定姫が立ちはだかっていた。断定姫は鑢青海殺害の指令を出し、残された二人は刀を交わす。最後の一撃を繰り出し陸丹鑪は命を落とした。『炎刀 銃』蒐集完了である。 天守閣の頂上には断定姫と将軍 家鳴匡綱が待ち受けていた。将軍の本願は完成形変体刀を蒐集することによりシノビガミを復活させること。堂々たる実力で対峙した匡綱は自らの矜持を貫いたまま潔く命を落とした。やがて時空の歪みによりシノビガミが世に顕現する。崩落した尾張城の天守閣にて繰り広げられるシノビガミ同士の戦いに青海は勝利。シノビガミは今後も世界の終焉をもたらす脅威が幾度も現れるだろうと言葉を残し消滅した。
六、結果
七、所感
家鳴将軍御側人十一人衆は王刀所持者の黒墨を除き、刀の毒に侵され皆等しく絶命した。元より私の目的は家鳴将軍の御側人となり復讐を果たすこと。彼らの役職は私の狙った座に違いなく、共に将軍に仕えたと言う意味で形式的には同僚であった。とは言っても私の本願や青海の使命、四季崎と断定姫が目論み断定する未来を止めることは出来ない。城を駆け上がり全てをなぎ倒し、青海は『虚刀 鑢』として完了形変体刀に近づいてゆく。 十二本の刀それぞれと出会う度、我々の旅路の思い出は自然と想起させられた。持ち主も使われ方も違えど刀は刀。鉋に鈍に鎩に針に鎧に鎚に鐚に釵に鋸に銓に鍍に銃。一つずつ、一つずつ、青海によって壊されていく様は儚くもあり美しくもあった。聞いたところ、どうやら私が尾張城の内部構造を語り尽くしたことも助けとなったらしい!ちゃんと覚えていて偉いぞ、命の波動を送らねば。 尾張城にて、行われた戦は十四戦。様々な勝いが行われた。――その中には私にとって重要な意味を持つ勝負もあった。十二戦目、陸丹鑪と鑢青海の最初で最後の戦い。本願を果たし終えた陸丹は断定姫からの最期の使命として『炎刀 銃』を手に青海の前に立ちふさがった。彼の飄々とした姿勢は最後の最期まで崩れることはなく、因縁の二人の決戦は虚刀が懐刀を降す形で幕を下ろした。奴との縁も半年間、怨めど憎めぬ一人の男が命の灯火を消した。そして十三戦目、私の復讐仇である現将軍と青海の戦い。権力と余裕を兼ね備えた男は全て意のままと言わんばかりに常識すらも自分のものとした。しかし青海は堂々と将軍の前に立ち丁寧に口上を述べ、礼儀正しき姿勢を維持したままに自らの力を思い切り振るった。……立派に受け答えできるようになったではないか。二十年来抱え続けた一人の女の仇討が、ここで終ぞ果たされた。 青海は尾張城での戦いを楽しんでいたように思えた。命を懸けた戦いを遊戯と称し、相手の技と腕をよく観察し、正々堂々目の前の人物と向き合った。それは十四戦目、鑢青海として最期となるシノビガミとの戦いにても同様であった。巻き込まれてしまったものを覆すことは出来ない。使命の通り、運命のままに、彼らは力をぶつけ合った。おそらく彼のシノビガミの言葉通り、何度も同様の存在が歴史の収束を目指してこの地を訪れるのだろう。世界を脅かすほどの強大な存在と戦い続けろと言うのは何とも酷な話に思える。しかし青海は命ある限りは何度でも倒して見せようと言ってのけた。意思無き刀だった男が自分の意志で決めたことに対して所有者の私がどうして水を差そう。それならば私は彼が使命を遂行する様をこの目で傍で見届けて行こう。それが本願を果たし終えた私がこれから歩む道だ。
十二月にも及ぶ物騙、対戦格刀剣花絵巻は師走にて終幕に至る。
睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走。
そのどれもが価値のない話であり、虚構の記述/歴史の模倣に過ぎなかったかもしれない。しかし、無人島から始まったこの遊戯を演じ紡いだのは他ならぬ“私達”だ。数多の人が声を上げ、命と時間を費やしたことを誰が否定できよう。それだけは私達が紡ぎあげた紛れもない事実であり真実なのだ。
世代交代時代劇「忍語」。今月を以て定めの通り、大団円にておしまい、おしまい……。
さて、お立合い。ここからは蛇足の物騙。
「忍語」此岸編・彼岸編・再睦月卓。 私達のエゴに従って、歴史の最後の仕上げを行おう。
以上
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三月九日 奇策士ひさぎ/飛騨咎眼
「関ケ原におけるシノビガミ討伐に関する記録文書」
シノビガミの復活とその討伐について、下記に記す。
一、訪問場所 関ケ原
二、日時 弥生の九日
三、目的 シノビガミ二体の討伐
四、参与者 鍛波 鵄、仁応 侃 銀、鍛波 鬼灯、凍空 六華、断定姫、櫻花型、貧者宮 歩、鍛波 賭角、現世 周
五、詳細
無人の原野である関ケ原の平原、ありとあらゆる場所・時空・次元のシノビが集結し最終戦争が起こるはずだった地に二体のシノビガミが顕現した。一つは慟哭と憎悪に身を任せ暴走を繰り返す者、一つは機神となり敵を打ち倒すべく形態を使い分ける者。四季崎記紀による関ヶ原対戦の回避の反動にて降臨した彼等は世界を滅ぼしうる力を持つ。その対抗手段として断定姫は有数の実力者に働きかけ、四季崎記紀が作り出した組織・鍛波忍軍から鍛波 鵄、鍛波 鬼灯、鍛波 賭角を、四季崎記紀の作り出した刀の使い手・元完成形変体刀保有者達から仁応 侃 銀、凍空 六華、櫻花型、貧者宮 歩、現世 周を呼び集めた。対峙するシノビガミは刀匠により降臨を余儀なくされており、別時空の人格を維持した状態で世界創造の力を使い結界を生成していた。集まった九人は各々の目的を胸に抱きつつ、東西に張られるシノビガミの二つの結界へと別れて赴く。互いに命運を託し合い各々の戦場で力を振るった彼等は決死の戦闘の末、暴走するシノビガミは八岐大蛇の魂を宿した櫻花型に、機神シノビガミは揺れ動く律動を見切った鍛波賭角により倒れ、世から消滅したのであった。
六、結果
七、所感
この地に集まった者は締めて九人。鍛波の忍が三人、海賊が一人、幼い子供が一人、幕府の重鎮が一人、絡繰人形が一体、剣術家が一人、仙人が一人。……正確にはうさぎが一匹と鳶が一匹もいたが……非常に奇妙な面々であった。しかし、今振り返ると断定姫が世界の命運を託すために集めた人材として適切なものであったと言えよう。何故なら彼等は私と青海が直接刀を交わし、生き残った者なのだから。 彼ら自体と交流をした時間は確かに短いものだった。一年間の旅の中での刀をかけた数日の関わり、それでも彼等のことは熱烈に印象に残っている。勿論彼らの記憶に私の存在は無い。それでも刀集めの旅を懐かしみ話すその姿には感慨を覚えるものだ。青海という名前が上がる度、彼と刀を交わした思い出が語られる度、我々の生きた証が残っていると実感する。それにもなかが美味しいことも覚えていたようだ。偉いぞ六華、偉いぞ櫻花型!全く以てもなかを布教した甲斐があったというものだ。一つ苦言を呈すとするのならば、青海に勝ったことの自慢が少々多かったな。青海の名を使って張り合いをするな!今の青海だったら全員けちょんけちょんに倒しておるわ!!! 世界に終末をもたらすシノビガミ二体と相対し、自分達だけで何としてでも倒さねばならないという重圧の中、彼らの表情に不安は一切見えなかった。むしろ関ケ原に集い歓談する彼等の姿は旅の中で出会った時と変わる様子はなく、戦闘中に至っても戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。それは彼等の信条や過去に由来するものだろうか、それとも刀集めの旅を縁とした互いへの信頼から来るものだろうか。世界を救った彼等は英雄になるわけではない。きっと各々の日常に戻っていき、太平の世を過ごすこととなるのだろう。当然その様を我々が見届けることは叶わない―これは終幕した物語の定めだ。しかし、彼等を心配する必要も無念がる必要も私達にはきっと無い。九人が手を取るこの話すらも、想像の先で実現させた、描かれるはずのない物騙なのだから。
銀の身体は未だ堅牢なりて、鬼灯は美徳を貫き通す。
鍛錬の日々は六華の糧に、鵄は鳶と世を見据え、歩は新たな旅を望む。 人の周りを回るは周、感情が櫻花型を動かせば、 賭角の魅せた賽の目の如く、断定姫は勝利を断定する。
千篇一律を覆す徒然な蛇足の物語。忍語此岸編、ここに一つ幕を下ろす。
以上
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三月二十七日 奇策士ひさぎ/飛騨咎眼
「関ケ原におけるシノビガミ討伐に関する記録文書」
シノビガミの復活とその討伐について、下記に記す。
一、訪問場所 黄泉の国 三途の川
二、日時 弥生の二十七日
三、目的 シノビガミ二体の討伐
四、参与者 宇鳴 慈照、気比 澄明、鍛波 麒麟、鍛波 旗魚、鍛波 蝮、鍛波 企鵝、鍛波 凰蝶、鍛波 蟷螂、鍛波 琥珀、陸丹 鑪、家鳴 匡綱、鍛波 虚幻、錆 七星、鑢 青藍
五、詳細
此岸、関ケ原の地にシノビガミが現れたのと同時刻。彼岸、黄泉の国には二体のシノビガミが顕現した。裁きを待つ死者の魂が集う地には安寧を破る脅威を鎮めるため、刀の保有者であった宇鳴 慈照、気比 澄明、錆 七星、鍛波忍軍の鍛波 麒麟、鍛波 旗魚、鍛波 蝮、鍛波 企鵝、鍛波 凰蝶、鍛波 蟷螂、鍛波 琥珀、鍛波 虚幻、現世の元支配者であった家鳴 匡綱、不忍 陸丹 鑪、そして地獄を逍遥する鑢 青藍が人知れず集まり一同に介することとなる。仲間との日常を渇望する者と、八岐大蛇に呑まれた者、相対する二体のシノビガミは死後の世を破壊するほどの力を持つ。呉越同舟の死人達の会合は平穏無事には進まなかったが、話し合いの末、此度に限り共闘し合うことを決意した。世界の秩序を乱し、現実にすらも影響を与えるその力は忍達を大いに苦しめる。三途の川が目前に迫る中、死者達は猛攻に耐え抜き、長期に渡る戦いの末シノビガミをくだしたのだった。
六、結果
七、所感
黄泉の国、殺し殺された相手が巡り合うこの地。陸丹鑪は「久しぶり」と形容し極めて身軽に挨拶を交わしたが、全ての者がそうであった訳では当然ない。何せ集まったのは刀集めの旅で命を落とした者が三人、為すすべもなく撃ち抜かれた鍛波忍軍が二人、撃った張本人が一人、鍛波の里ごと滅ぼした者が一人、彼奴に殺された者が一人、鑢 青藍に殺された鍛波忍軍が四人、そして今や地獄を統べる殺した張本人が一人。更に言えば、現世を治めていた将軍が一人。彼を家鳴将軍と呼ぶのが相応しいかは極めて難しい問題ではあるが、依然として御側人十一人衆を引き連れ歩く姿は当時を思わせる貫録であった。他人の奥義を不審な動きで観察したり、教導を教え込む先を個性的な十一人とやいのやいのと議論したり、鍛波麒麟の作った落とし穴に落下したり、『血の池の血全部抜いてみた』の収録をしてみたり……。うん、流石将軍様とその御側人と言えよう。彼に仕え復讐を意気込んていた私が少し馬鹿みたいだ……腹立たしくなってきたぞ。 私の存在が消滅したことで私の所業が全て青海のものになっているのは全く不思議な感覚だ。麒麟の落とし穴に青海が落とされていることになっているのは少々胃を痛めなくもないが、此岸の時と同様に、今までの旅で顔を突き合わせた面々が一同に介しているのは感慨深くもある。それこそ刀保有者達が交わす酒の席に(許されるのなら)私も同席したいところであったからな!あの錆七星に関してはその名が刀保有者にも鍛波忍軍にも知れ渡っているようであり、青海と私が倒したことに皆驚いておった。しかも彼は此度の戦いにおいて、戦場に一歩も近づくことなく長距離斬撃の援護を行っていたのだ!!!強すぎる、余りに強すぎる。その一方で鍛波忍軍も鍛波忍軍で十二頭領の多くが集ってどんちゃん騒ぎをしていたようであった。大体陸丹鑪や気比澄明から煽られた鍛波麒麟と鍛波旗魚のせいではあるが、彼等をなだめるような存在が鍛波忍軍に居たことには驚いた。彼岸を覗き見ることによって、期せずして私は旅の道中では会わなかった十二頭領達の顔を拝むことが出来たのだ。 鍛波の里を滅ぼしたのは鍛波虚幻、しかし先に死した者はその事実すら知ることは無い。実際彼等は虚幻が死んだことすら知らなかった。死人に口なし、死人に知る術無し。ただしそれは、死者が一同に介するこの彼岸を除いてはの話――結果的に鍛波虚幻は、陸丹鑪の思惑もあり、同胞に事情の全てを打ち明けざるを得なくなった。忍とは己が使命のために生き、使命のために全てを尽くす存在。虚幻の行動は己の使命に従ったものであり、使命に従うと決めた虚幻自身の意志によるものであることは間違いない。虚幻の所業に対する十二頭領の反応は多種多様そのものであった。動揺する者、追及する者、怒りを露わにする者、実際、虚幻自身も身に巣食う毒によりあの殺戮を再び犯すことを恐れており、彼等が手を取ることは当然簡単には叶わなかった。此度の戦いで彼等の溝が完全に埋まることは出来得ない。今後、どのような因縁の戦いが繰り広げられるのかは誰にも想像がつかないだろう。殺し合いの大喧嘩が起こったかもしれない。声を荒げる間もなく裁きを受け異境に送り込まれたかもしれない。あるいは地獄観光の手遊びに青藍さんに等しく滅ぼされたかもしれない。しかし、一つ確かに言えることはある。―― 鍛波忍軍は例にもれず、皆、鍛波の里のことを愛していた。 人の怒りは、因縁は、怨嗟は無くならない。それは命を落とした後も変わることのない世界の理である。そんな事情は露知らず、蹂躙者は非情に刃を振るう。だから我等は恨みも隔絶も飲み込んで、刀を振るわねばならぬのだ。
蟷螂二度は過たず、蝮は護衛を固く決め、凰蝶は自己を振り返る。
虚幻は消えぬ罪を背に、琥珀は胸に情を抱く。 優しき企鵝がなだめるも、旗魚は怒りを渦巻かし、麒麟は深淵を覗き見た。 使命は未だ鑪に在り、澄明は盃を煽り念う。 外より七星の閃飛べば、宇鳴は居合に命賭す。 匡綱は猶も為政者たりて、青藍は旅を続け行く。
独立自尊を省みる風雲月露の物語。忍語彼岸編、ここに一つ幕を下ろす。
以上
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三月三十日 奇策士ひさぎ/飛騨咎眼
「関ケ原におけるシノビガミ討伐に関する記録文書」
シノビガミの復活とその討伐について、下記に記す。
一、訪問場所 関ケ原
二、日時 弥生の三十日
三、目的 始祖シノビガミの討伐
四、参与者 鑢 青海、奇策士ひさぎ
五、詳細
関ケ原の東西での合戦が終わろうとする頃、完了形変体刀『虚刀 鑢』かつシノビガミである鑢青海は、始祖シノビガミを迎え撃つべく、人一人いない荒野にて佇んでいた。歴史を元の軌道に戻さんとする、正しくこの世で最も強いシノビガミ-伊邪那美。日本や忍者を作り出した神話の神そのものであり、鑢青藍と酷似した見た目を持つ彼女は、関ケ原の地にて長き眠りから目を覚ました。しかし、伊邪那美は未だ微睡の中にあり覚醒状態には至っておらず、『虚刀 鑢』においても刀の所有者が欠如している状態にあり万全の状態とは言えなかった。鑢青海は覚醒までの一瞬の隙をつき、自身の所有者である奇策士ひさぎを現世に呼び戻す。刀鍛冶である四季崎記紀の調整により最強の刀の所有者に“使われる”状態となった『虚刀 鑢』は完了形に至るも、完全に眠りから脱した伊邪那美はあらゆる忍法を修得し自由自在に扱うという圧倒的な強さを誇った。世界を自由に改変するシノビガミ同士の戦いは、激戦の末、遍く忍法を見切った奇策士の下で猛攻を繰り出し続けた鑢青海の勝利で幕を閉じた。伊邪那美は日本の未来を託して再び黄泉の国へと眠りにつく。そして、鑢青海は「皆がそれぞれの生きたい道を、平和に幸せに生きることの出来る世界」へと日本を改変したのであった。
六、結果
七、所感
霜月に世界の外側-四季崎記紀のもとへと渡ってから一体どれほどの時間が経っただろう。私は此度、ようやく現世に戻り、青海の横に立つこととなった。目の前では始祖シノビガミという天上天下の神が覚醒し本領を完全に発揮しようとしている。人使いの荒い奴め。復帰戦が世界を賭けた戦いとは全く笑えないものだ。しかし、そうは言っても私と青海の表情は終始ほころんでいた。恐怖・重圧なんのその。今から巻き起こる戦い、そして二人で共に挑める事実が我々は何よりも嬉しかったのだ。 伊邪那美の強さは尋常なものではなかった。それは青海であっても敵うものではなく、一対一は当然のこと多対一であったとしても戦いの土台に立てるような存在ではない。しかし、我々が不可能を可能にせしめたのは刀の所有者たる奇策士と完了形変体刀「鑢」が二人揃ったことによる成果である。戦闘を終え、私はこの国を作った張本人である伊邪那美に、日の本が始まって以来のどの刀よりも青海は強かったと言ってもらえた。……これ以上の誉め言葉はあるまい。どうだ、私の刀は本当に本当に凄いであろう。 シノビガミ、『虚刀 鑢』の力を世界の隅々にまで行き渡らせ、青海は世界を創り変えた。皆がそれぞれの生きたい道を、平和な世の中を幸せに生きている世界。彼はそんな日本を望んだのだ。
瀬戸内__不承島。地図にも乗らぬような無人島に住む者はもう誰もいない。無人島は無人島へと戻り、この島を不承島と呼ぶ者もいなくなった。
因幡__因幡砂漠。この国における唯一の砂漠地帯。砂漠と蜃気楼に囲まれた下酷城は緑に覆われ、無人となったこの城は千年先まで残り続けることだろう。
出雲__三途神社。日本全国から事情のある女が集まる神社にて、気比澄明は巫女たちを纏め続けている。武装が無くとも千刀が無くとも、彼女らの傷は癒されていく。
周防__巌流島。最強と無刀の決闘は新たな伝説となり、錆七星は再び世界最強を目指すべく、芸術作品と化した島で日夜剣を振るっている。
薩摩__濁音港。港町の中央に開かれた円形の闘技場で銀は勝鬨をあげている。幕府の支援を受けた鎧海賊団は、日本が海を越える頃には力を大いに振るうだろう。
蝦夷__踊山。壱級災害指定地域、一年中豪雪の吹き荒れる永久凍土にて、凍空一族は暮らしている。六華は家族と過ごしつつ、下界と一族の橋渡しに勤しんでいる。
土佐__清涼院護剣寺。歴史に残る悪法-刀狩令の産物、刀大仏を擁する剣士の聖地では災害の跡など無かったように、今日も住職たちが読経を続けている。
江戸__不要湖。災害指定が解かれたゴミ溜めの湖では妙なカラクリが案内をしてくれるとの噂だ。ごく稀に観光地等に出没する姿も目撃されるのはご愛敬。
出羽__天童将棋村。心王一鞘流の道場が閉まって以降、道場主の貧者宮は信念を貫きつつも変わった装束の忍と共に心機一転の旅に出ている。
奥州__百刑場。先の大乱の首謀者たる飛騨鷹人の居城とその処刑場は今や一面の花畑となっており、非業の死を遂げた彼らの墓がひっそりと立ち並んでいる。
伊賀__鍛波の里。鍛波忍軍の拠点である集落は元通りとなる。太平の世での頭領達の行末や里の立場が如何なるかは彼らの意思と努力次第となるだろう。
尾張__尾張城。尾張幕府八代将軍家鳴匡綱は病死とされ、新たに幼い九代目が襲名した。今は断定姫と奇策士が双翼を成し、政争を繰り広げながらも国政を取り仕切っている。
全て世は事も無し、太平の世のまま、人々にとっては何も変わらぬまま、時代は流れていった。
十余り二つの刀集めの旅、そして繰り広げられたシノビガミとの三度の戦いを私は“見た”。私は奇策士ひさぎという女が、鑢青海という刀を始め、数多のシノビ達と出会い話し戦った一年間の物語を見届け書き上げ終えた。私含む彼等の人生は此岸においても彼岸においても終わりはしないが、対戦格闘喧嘩絵巻 刀集めの旅にして『虚刀 鑢』の完成譚は此度をもって千秋楽を迎えたのである。「終わり」「終焉」-最後を示す言葉は大抵の場合悲しみを付随させる。現に私も寂しい気持ちが無いかと言われれば嘘になるし、もうこの書簡をしたためることが無いと思うと名残惜しさが胸を締める。しかし、一体誰が想像したであろうか。たった二人の話し合いから始まった試みが数多の人を巻き込んで、世界までも改変し、前人未踏・曠前絶後の『忍語」を最後の最後まで紡ぎあげることを。二人は旅の途中で折れることなく、一年と少しの年月を戦いきって見せたのだ。だから私はこの旅路の終幕を「大団円」と呼称する。続きの紡がれることのない、素晴らしい“終わり”。二人の成した大長編の偽歴偽譚の“千秋楽”。 ……もう二度と始祖シノビガミのような相手と戦いたくないしな!!この世に伊邪那岐が顕現することが無いよう私は心の底から願うこととしよう。私と青海の琉球への旅行を邪魔したら最中パンチでは済まないからな。
波の間ゆ 見ゆる小島の 浜久木 久しくなりぬ 君に逢はずして
浪間より 見ゆる小島の 浜びさし 久しくなりぬ 君に逢ひみで うちなびき 春さり来れば 久木生ふる 片山かげに 鶯ぞ鳴く
睦月にて波の間の小島から旅は始まり、師走にて久しく逢わぬまま十二の刀は集まり壊れた。時は流れ弥生にて、桜がなびかう春の世で、刀と所有者は旅をする。
紫緋紋綾をたなびかす、四荒八極を巡る物語。青海ひさぎの時代劇「忍語」。本卓を以て宿命を終え、大団円にておしまい、おしまい。
以上
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