「愛と誠」
※注:ブレカナ以外のセッションで登場したキャラと同名・同イラストのNPCが登場したりしますが、他人の空似です。あまり気にしないで下さい。
1、実父の墓前
救世主オーレリアとの戦いから数ヶ月後、ケルファーレン公国の北東部に位置するグレミー村のはずれにある墓地を、イオの森の番人であるレムス(PC②)が訪れていた。彼の義父である樹人族のユピテルは、かつて自分達が作り上げた「世界を揺るがす力を持つ機械人形達」の身体に埋め込まれていた「擬似奇跡回路」が除去されたことで、レムスがその身体に流れる「プルートーの血」を理由に狙われる可能性も無くなったと判断した上で、身元を隠す必要が無くなったレムスに「実父の墓参り」を提案したのである。
ユピテル曰く、レムスの実父はサフィールという名の巡回士であり、ユピテルの友人でもあったらしい。サフィールはレムスが生まれた直後、(おそらく救世主の一派と思われる)何者かにレムスの命を狙われていることを察知し、生まれたばかりのレムスをユピテルに預けた上で、その者達との戦いに挑み、そして命を落としたという。そのサフィールの遺体が、このグレミーの墓地に眠っているらしい。
そんなレムスが、ある日の昼下がりにその墓地に足を踏み入れると、そのサフィールの墓前に花を捧げている一人の少女と出会った。彼女の名はソニア(下図)。この村の領主の娘らしい。ソニア曰く、彼女は亡き母の遺言により、定期的にサフィールの墓の手入れに訪れているという。サフィールが何者なのかはソニアも詳しくは知らないが、「立派な巡回士だった」と彼女の母は生前語っていたらしい。
やがて、ソニアが墓の手入れと献花を終えて去ろうとすると、彼女とレムスの眼の前に、二人の小柄な人影が現れる。一人は、からくり人形を手に持つ道化師風の中年男性(下図)、そしてもう一人は、端正な顔立ちの黒髪の少年であった。
道化師風の男はソニアに対して「話がしたい」と言って近付こうとするが、そんな彼に対して、遠方から「光の矢」が飛んで来た。レムスは即座にそれが自分と同じ「イグニス」の聖痕者の奇跡の力だと認識してその矢の飛んできた方向に目を向けると、そこにいたのは、弓を構えた一人の若い男性(下図)であった。
「お嬢様、その者達に近付いてはなりません!」
彼がそう叫んだのに対し、その「光の矢」の一撃を「何らかの力」によってかき消した道化師は、苦笑いを浮かべながら、黒髪の少年と共にその場から去って行く。よく状況が理解出来ないまま困惑するレムスを横目に、その弓使いの男はソニアに対してこう言った。
「お見合い相手のオリバー様が御到着されました。お嬢様、館へお戻り下さい」
彼が言うところのオリバーとは、数ヶ月前にクロノス村の新領主に就任したオリバー・コッホ(PC①)のことである。オリバーの父エンケラドゥスとソニアの母ルカが遠縁の親戚ということもあって、二人は幼少期に一度面識があり、この度、ソニアの父であるグレミー村の領主ケネスからの要望で、この二人の縁談が進められていたのである。
聞き覚えのある名前を聞かされたレムスは、心のどこかで「この地で『何か』が起ころうとしていること」を予感をしつつも、ひとまずこの場は実父の墓への参拝を優先し、領主の館へと去って行くソニアを見送るのであった。
2、巡る奇縁
その頃、弓使いの男の言っていた通り、オリバーは既に領主の館に到着していたのであるが、そんなオリバーと共に、一人の亜人種の若者がこの村を訪れていた。オリバーの友人であり、数ヶ月前に恋人メラルーとの間で婚約を交わしたばかりの猫人族の魔法使いアイルー・ラック(PC④)である。彼は間も無く開催予定のメラルーとの結婚式の招待状を、各地の友人に届ける旅の途上にあった。
当初、アイルーはまず長年の友人であるオリバーに招待状を届けるためにクロノス村を訪問したのだが、ちょうどそこで(自身の縁談のために)グレミー村へ向けて出発しようとしていたオリバーと遭遇し、そのまま成り行きでオリバーと共にグレミー村へと同行することになった。というのも、このグレミー村の領主の娘であるソニアは、メラルーが一時期「疎開先」としてお世話になった人物でもあり、メラルーとしては、ぜひ結婚式にはソニアにも参列してほしいと考え、アイルーに招待状を託していたのである。
アイルーはこの日の昼にオリバーと共に村に到着した後、ひとまずオリバーの縁談を優先すべきと考えたのか、領主の館にはオリバーを一人で向かわせた上で、一人気ままに村の中を散策していた。そんな中、彼は意外な人物と遭遇する。それは、数ヶ月前の一連の戦いで幾度か共闘した、神聖騎士団の武術師範エファ・シュワルツレーヴェ(PC③)であった。
もともと、エファも結婚式に招待するつもりだったアイルーとしては、これ幸いとエファにも招待状を渡す。だが、実はこの時、エファは重大な密命を帯びてこの地に潜入していた。というのも、数日前、このグレミー村にて、エファの直属の上司である神聖騎士団長アレクシア・フォーゲルヴァイデ(下図左)の実弟である現ミンネゼンガー公爵レナーテ(下図右)を目撃したという情報が、神聖騎士団の幹部の元に届いたのである。

その情報によれば、「髪の色こそ違えど(本来のレナーテは金髪だが、目撃情報では黒髪)、よく似た顔つきの少年」が、「マック」という名の旅の人形師と共にいる姿を、この村で見た者がいるらしい。そのマックという人形師は、レナーテの失踪直前の段階でミンネゼンガーの居城の近くで行商人として物品を売買しているのを見たという証言もあるため、これは信憑性の高い情報なのではないかと判断した騎士団の幹部達は(直接アレクシアに伝えると彼女が取り乱して事態をややこしくする可能性があると考え)、エファに潜入調査を依頼したのである。
このグレミー村は、現在はケルファーレン領だが、過去に幾度もミンネゼンガーとの間で旗色を塗り替えてきた係争地であり、領主家はその時々に応じて仕える主を変えるため、「風見鶏の一読」などと揶揄されることもある。そのような歴史的経緯に鑑みれば、この目撃情報が本当であった場合、様々な可能性が考えられるであろう。数ヶ月前、魔術師の妄言に踊らされて無駄な戦いを強いられることになったアレクシアの「前科」を考えれば、彼女に伝えずにエファに調査を委ねたのは、妥当な判断と言える。
そして、街中で出会ったこの二人が軽く会話を交わしているところで、前述の墓参りを終えたレムスも現れる。先刻の状況から、どうにも「嫌な予感」を拭えずにいたレムスは、アイルーから渡された結婚式の招待状については素直に受け取りつつ、あの場で遭遇した「人形を連れた道化師」と「黒髪の少年」のことを二人に伝えると、エファはその二人こそが自分の探している人物なのではないか、という推測に至る(とはいえ、さすがに「部外者」である二人に、この場でそのことを伝えはしなかった)。その上で、三人はひとまずオリバーと合流すべく、領主の館へと向かうことになる。
3、縁談の幕開け
その頃、オリバーは領主の館において、今後岳父となるかもしれない人物でもある、この村の領主ケネス(下図)との面談の最中であった。オリバーにとっては、領主に就任して以来、この縁談こそが、実質的に初めての本格的な「外交」である。
ケネスの亡き妻(ソニアの母)ルカがオリバーの父エンケラドゥスの遠縁である(すなわち、プルートーの末裔である)ことに加えて、ケネス自身もまた錬金術師ということもあり、彼は(はっきりと明言はしなかったものの)「プルートーの血統」に関する知識を有していることを仄めかしつつ、オリバーに向かってこう問い掛ける。
「もし、あなたのその『血』が必要となる時が再び訪れるとしたら、その力を世界のために役立たせるつもりはありますかな?」
それに対してオリバーが否定的な見解を示すと、更にケネスは何かを問おうとしたが、ちょうどその時、ソニアが墓地から館へと帰還したことで、ひとまず話は打ち切られる。こうして、オリバーの目の前に「未来の妻となるかもしれない女性」が現れることになった。
「お久しぶりです。以前にお会いしたのはもう十年くらい前ですから、御記憶にはないでしょうが、グレミーの領主ケネスの娘、ソニアです」
彼女はそう言って深々と頭を下げる。ソニアはオリバーよりも2歳年下であり、幼少期に出会った時の記憶は、うっすらとオリバーの中にも残っている。今のソニアからも確かに当時の面影は感じられたが、その一方で、どこかオリバーは彼女から「当時は感じられなかった気配」を感じ取っていた。それが彼女の成長に伴って備わった「女性としての何か」なのか、「そういった次元の変化とは異なる何か」なのか、今の時点での彼には判断がつかなかった。
ひとまず最初の対面では、オリバーもソニアも、互いに「唐突に始まったこの縁談」に対して戸惑っている様子ではあったが、少なくともソニアの側は、オリバーに対して悪い印象を持ってはいなかったようである。だが、この時点でオリバーがそんな彼女の気持ちを察していたのかは定かではない。
4、領主家の謎
その後、領主の館に到着したアイルー、レムス、エファの三人は「オリバーの友人」として、改めてソニアに紹介される。アイルーはソニアにもメラルーからの招待状を渡し、ソニアは出席を快諾するが、この時、エファはソニアの体内から、不気味な「人ならざる力」を感じる。それは、かつてエファが生涯を賭けて救おうとした機械人形の少女(サビーネ)と良く似た雰囲気の力であった。
レナーテの行方を探すという任務を負っているエファとしては、そのレナーテと思しき少年がソニアとの接触を試みていたという話から、ここはソニアの動向を見張っておいた方が得策であろうと判断し、この領主家に仕える従者である(先刻の墓場でイグニスの奇跡を用いていた)「弓使いの男」に対して、自分の正体が「神聖騎士団の武術師範」であることを明かした上で、自身がソニアの護衛となることを申し出る(なお、セッション中でこの「弓使いの男」は一度も名乗ることがなかったのだが、便宜上、以後の本文では彼のことは「トレブル」と記述する)。
ちなみに、この時点で彼女は、この「弓使いの男」ことトレブルが(おそらくはケネスによって造られた)機械人形であることを見抜いていた。彼がその「見抜かれていたこと」に気付いていたか否かは定かではないが、彼は主人であるケネスから「何があっても絶対にソニアの身を守るように」と厳命されていたこともあり、戦力は一人でも多い方が良いと考えた上で、トレブルはその申し出を受け入れることになる。
一方、ソニアとトレブルからの報告を通じて、レムスが「巡回士サフィール」の息子であることを知った領主ケネスは、彼と一対一での面談を申し出る。どうやら彼は、レムスが「『サフィール』および『自身の出自』のことをどこまで知っているのか?」ということを確認しようとしたようだが、レムスがそれらに対して殆ど知らないと告げると、それ以上何かを語ろうとはしなかった。逆に、レムスがサフィールのことを尋ねても、ケネスは「サフィールは立派な巡回士だった」とだけ伝え、早々に話を打ち切りつつも、オリバーやアイルーと同様に、レムスにも客人としてこの館に留まることを勧めるのであった。
5、不気味な道化
その後、夕食会までの間の時間潰しとして、ソニアがオリバーに「村の案内」を申し出る。それに対してオリバーが快諾すると、エファ達もここは空気を読んで「二人きり」の状況になることを優先しつつ、遠方から二人を警護することになった。
現状、オリバーにもソニアにも兄弟はいない。故に、二人が結婚することになった場合、必然的にどちらかの村は「後継者」を失うことになる。だが、ソニアの父であるケネスは「オリバーが望むならば、ソニアをクロノスの領主家への嫁に出しても良い」と明言しており、ソニア自身も、自分がオリバーの妻となってこの村を離れることを、半ば覚悟していた。
とはいえ、生まれ故郷であるグレミーへの愛着もあるソニアとしては、当面は父であるケネスに領主職を続けてもらった上で、もしオリバーとの間に子供が複数人生まれた場合は、その中の誰かをこの地の領主とすべきではないか、とも考えていたため、オリバーにそのことを了承してもらうためにも、彼にもこの村の良さを理解してほしい、という思惑もあって、彼に村を案内することにしたのである。ただ、彼女がその真意をオリバーに伝える前に、二人の前に「人形を連れた道化師」が現れる(この時は、黒髪の少年は傍にはいなかった)。
「そこのお二人さん、ちょっと僕達とお話しさせてもらってもいいかな?」
「僕達」と言うのは、彼自身と、その連れている人形のことらしい。腹話術を使っているかのような語り口で人形と共に話しかけてきた道化師にソニアは興味を示し、オリバーは警戒しつつも、彼女と共にひとまずその話に耳を傾ける。
道化師と人形は、おどけた口調で「もしも、この世界を動かせる力を手に入れたら」というテーマの、掛け合いの小話を始める。そして、その小話の途中で、ソニアに対して「もしも、君がそんな力を手に入れたら、どうする?」と問いかける。すると、ソニアはこう答えた。
「私には、そんな力は必要ないです。でも、それがどうしても捨てられない力なら、誰か、正しい判断が出来る人に、私を導いて欲しい。そう思ってます」
そう言いながら、彼女はチラッとオリバーに視線を向ける。その様子を見て、道化師は一瞬だけ舌打ちしたような仕草を見せつつ、更に何かを彼女に問いかけようとしたが、そこにエファが割って入る。かつてのアレクシアのように、ファンタスマの奇跡の力によってソニアが操られることを警戒する彼女としては、これ以上、この怪しげな男を放置しておく訳にはいかなかった。
そして、エファによって会話が遮られると同時にオリバーは、道化師の相手をエファに任せた上で、ソニアの手を引いてその場から立ち去る。オリバーもまた、これ以上、ソニアにこの道化師との会話を続けさせることに危険を感じたらしい。
道化師はその立ち去る二人を苦笑を浮かべながら眺めつつ、ひとまずこの場を立ち去る。彼はエファに追跡されないよう、人波の中に紛れて彼女の視界から姿を消すが、もう一人の監視者であったレムスはその動きを見切って、彼が村はずれの一軒の宿屋へと入っていく様子を確認し、そのことをエファに報告する。とはいえ、エファとしても、今の時点で踏み込むべき理由もないと判断したため、ひとまずはソニアの護衛の任へと戻るのであった。
6、悪徳と再会
その後、当初の予定通りに、オリバーを招いた歓迎の宴が催される。エファはソニアの護衛として、そしてアイルーとレムスはオリバーの友人として、その宴の場に同席するが、その最中に、館の外でただならぬ物音が響き渡る。そして、これが何らかの「殺戮者による悪徳」であることを、聖痕者達は察知した。
その音に最初に気付いたエファが即座に宴席を抜け出して館の外へと向かうと、そこでは既にトレブルが「破壊」された状態で倒れていた。その近くに立っていたのは、人形遣いの道化師と、黒髪の少年である。エファは一目見た瞬間、その少年が「髪の色を偽装したレナーテ」であることに気付く。そしてレナーテもまた、自分の目の前に現れたのが「敬愛する姉の側近」であることをすぐに理解した。
「お前が姉上のためを思うのであれば、ここで私に会ったことは忘れて、今すぐにここから立ち去れ。私は、何としても『あの男に奪われた力』を取り戻し、『あの男の野望』を止める」
ミンネゼンガー公として、レナーテはエファに対してそう命じる。だが、エファは「ミンネゼンガー公女アレクシアの部下」ではあるものの、「ミンネゼンガーの臣民」ではなく、あくまでも「ハイデルランド全体の守護者としての神聖騎士団の一員」である。状況によっては、たとえ相手が「直属の上司の弟」であっても、その言葉に従えない時もある。
「あなたの事情はよく分かりませんが、少なくとも『片方の言い分』だけを聞いて、物事の成否を判断する訳にはいきません」
実際のところ、エファとしては、レナーテが言うところの「あの男」が誰を指すのかすらも分かっていない。この状況から、うっすらと推測は可能であったが、それもまだ特定出来る状態ですらなかった以上、ひとまずこう返すしかなかったのである。
そして、彼女がそう答えている間に、アイルーとレムスも現場に到着し、そして破壊された状態のトレブルを、奇跡の力で蘇生させる。そして、多勢に無勢と感じたのか、レナーテと道化師はその場から立ち去り、エファもあえてこの場はそのまま見送ることにした。
その後、蘇生されたトレブルの証言によれば、館の近辺で彼等が怪しげな動向を見せていたため、彼等を捕縛しようとしたものの、返り討ちに遭って破壊されてしまったらしい。そして、おそらくそこで発生した「衝突」こそが、エファ達が感じ取った「悪徳」の正体であろう。ただ、問題は、彼女達がそれを「悪徳」として感知した理由が特定出来ない事である。
もし、あの道化師もしくはレナーテが殺戮者なのであれば、彼等の手によってトレブルが破壊されたこと自体を「悪徳」として感じ取るのは当然の話である。だが、現時点で彼等が殺戮者であるという確信はない。一方で、トレブルの身体からは「四つ以上の聖痕」は見当たらなかったが、もし「彼に命令を下している者」が殺戮者であった場合、その殺戮者が自身の野望のために誰かを虐殺しようとしたのであれば、それもまた「悪徳」である。
様々な可能性が脳裏をよぎる中、ひとまずエファ達はトレブルを伴って、宴の席へと帰還するのであった。
7、機械仕掛けの魔神
その後、宴自体は無事に終わり、オリバー達四人はそれぞれに客室を与えられ、ひとまず今夜は館でそのまま宿泊することとなった。だが、その前に、まず「領主の言い分」を確認する必要があると考えたエファは、オリバーと共にケネスとの直接対談に臨むことになる。
エファはケネスに対して、ソニアの体内に「何か特別な力」が宿っていることを指摘した上で、先刻遭遇した二人のことを告げると、ケネスは少し間を空けた上で、彼女とオリバーに対して「この状況に至るまでの経緯」の説明を始める。
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ケネス曰く、少年公レナーテと人形師マックは、いずれも「魔神の眷属」であるという。彼等に力を与えているのは、古代に作られた機械人形から進化(神化)して生まれた魔神スーペルス=マーキナであり、その性格は魔神達の中でも特に冷血にして残忍、そして他の魔神達ですらも理解不能な特殊な思考回路に基づいて行動しているらしい。
そして、元々の発端は、レナーテが「姉に守られるだけの無力な自分」を変えるための力を欲したことが原因であるという。レナーテは様々な歴史文献を読み漁った結果、数百年前に作られた「世界を揺るがす力を持つ7人の機械人形」の存在を知り、その中で唯一、封印される前に破壊された「大剣使いの機械人形」であるジークフリートの遺体を探し出し、その体内に埋め込まれていた「擬似奇跡」の発現回路を自身の体に埋め込むことで、「姉の覇道を助けられる力」を手に入れようとしたらしい。
レナーテは自領内で活動していた人形師のマックがスーペルス=マーキナの眷属であることを知り、そのマックの斡旋を通じてスーペルス=マーキナと接触し、その力によって自らの身体に「ジークフリートの擬似奇跡回路」の移植手術をおこなった。元来、この力は魔神と戦うために生み出された技術であったが、知的好奇心旺盛なスーペルス=マーキナは面白がってレナーテの計画に協力した結果、数百年にわたって蓄積されたその知識と技術を総動員し、その手術を成功させたらしい。
だが、生来病弱な体質のレナーテは、その手術の後遺症で、以前よりも更に体調を崩しやすくなってしまい、結局、その擬似奇跡回路を使いこなすことも出来ない状態であった。その状況を改善すべく、錬金術師であるケネスを訪ね、自身の身体を「調整(メンテナンス)」することを依頼したらしい。ケルファーレンとミンネゼンガーは敵対関係ではあるが、ミンネゼンガー側からのグレミーの領主家に対する籠絡交渉は先代公の時代から進められており、レナーテとケネスの間にも、以前から個人的な接点はあったらしい。
しかし、今の錬金術師としてのケネスの実力では「レナーテの体内の回路を彼の体に自然な形で融合させること」は不可能であった。このまま放置していても、いずれレナーテの体力が限界に達して彼が死に到るであろうと判断したケネスは、自身に刻まれているオービスの奇跡の力によって、レナーテの身体から回路を切り離すことを決断する。その代償として、その「力」の受け皿として選んだのは、彼の娘であるソニアであった。すなわち、レナーテの体内の「擬似奇跡発生回路」を、ソニアの体内へと移植させることにしたのである。
強大な、そして自身の身体をも蝕む可能性のある危険な回路を愛娘へと移植させるのはケネスにとっては苦渋の選択であったが、もしこのままレナーテを放置して彼が命を落とした場合、その回路を再び魔神の眷属の誰かに転用されることになると考えたケネスは、せめて自分の制御出来るところでその回路を管理出来る状態にすべき、という結論に至ったらしい。
その結果、レナーテは力を失ったものの、健康を取り戻した。だが、彼は力を奪ったケネスに対して深い恨みを抱き、一度手にした力を取り戻すことに妄執した結果、殺戮者となり、ソニアの体内に埋め込まれた擬似奇跡回路を取り戻すために、マックと共にこの地に潜伏しているのだという。
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以上が、「ケネスの言い分」である。エファとしては、確かにレナーテの性格を考えれば、敬愛する姉を支える力を得るために魔神の力を借りるという選択自体、あり得ない話ではないように思えた。その上で、もし、彼が本当に殺戮者となってしまっているのであれば、たとえアレクシアの弟であろうとも、自分の手で浄化しなければならないことは覚悟していた。
ただ、このケネスの話にも、いささか不自然な点はある。レナーテが自身の身体の調整が必要だったとしても、なぜ自国の錬金術師ではなく、あえてケネスに依頼したのか? いくら裏交渉を続けていた相手だとは言っても、敵国の領主に、自らが魔神の眷属だということを明かしてまで協力を申し出るというのは、あまりにも軽率すぎる。仮にレナーテが力への妄執のあまり冷静さを失っていたとしても、そのような行為を魔神の側が容認したというのも、やや不可解な話である(もっとも、魔神の思考様式自体が、人間の常識で測れないものではあるのだが)。
また、オリバーの側も、スーペルス=マーキナの名を聞いた時点で、一つ、気にかかることがあった。かつてアーグリフやオクルスとの邂逅を経験した彼は、今後再び別の魔神が自身の前に現れる可能性を考慮した上で、領主就任後も政務の傍らで、魔神に関する書物を読み、見識を深めていた。それらの書物の中にあった記述によると、スーペルス=マーキナとは元来、拷問器具として造られた機械人形であり、その眷属となった者達は、力を得る代償として、自身の身体の一部が拷問器具と化していくという。
そして、ケネスには「左手」が存在せず、左腕の先には鉄のフックが埋め込まれている。ケネスはこの手は「錬金術の実験中の事故で失った」と言っていたが、もしあのトレブルを造ったのがケネスだとすれば、もっと精巧な義手を作ることなど、造作もないことの筈である。そう指摘されたケネスは「かつての自分の失敗の教訓を忘れぬための戒め」として、あえて本格的な義手は作らなかったと説明していたが、今ひとつ説得力がある説明とは思えない。
こうして、エファとオリバーが様々な可能性に思いを巡らせる中、ケネスはオリバーに対してこう告げた。
「今のところ、ソニアの体内に埋め込まれた擬似奇跡回路は、まだその力を発揮していません。それが『封印が解かれていないが故』なのか、そもそも『人間の身体に埋め込んでも力を発揮しないが故』なのかは分かりません。つまり、もし前者であった場合、今後のあなたの選択次第では、あなたとソニアは『世界を揺るがす力』を手に入れる可能性がある。仮にそうなったとしても、あなたであればその力を正しい方向に導いて下さるであろうと信じて、あなたにソニアを嫁がせたいと考えているのです」
そう言われたオリバーであったが、彼としては、そのような「力」を用いること自体への否定的な姿勢を改めるつもりはない。無論、だからと言ってソニアとの縁談そのものを断る理由はないのだが、上述の通り、ケネスの正体そのものに対する「疑惑」もある以上、このまま彼の言うことを真に受けて良いとは思えない。そもそも、レナーテから力を奪う必要があったとしても、なぜそれがソニアである必要性があったのか、なぜそのソニアの力を覚醒させる力を持つ自分との縁談を組む必要があったのか、どうにも不可解な点が多すぎる。
とはいえ、もしケネスが「何か」を隠しているとしたら、これ以上、直接彼に何を聞いてもはぐらかされるだけかもしれない、と考えた二人は、ひとまず納得したフリをして、会談の場から退室することにした。
8、疑惑と本音
その後、オリバーは館の使用人達に「ケネスが左手を失った事故」について聞いてみたところ、その事故が起きた時は工房にはケネス一人しか存在せず、その事故の現場を目撃した者は誰もいない、ということが判明する。ケネスへの「疑惑」を深めた彼は、このまま静かに就寝する気にはなれず、ひとまずアイルーと合流した上で、密かに館の屋根に登り、館の周囲で何が起きても対応出来るように準備を整える。
一方、エファはソニアの護衛の任へと戻るために、彼女の部屋へと向かう。自分と(見た目の)歳が近そうなエファに対して、ソニアはあまり警戒心を抱かぬまま、就寝の床に着きつつ、ベッドの横で警護するエファに対して、この縁談に向けての自分の中の本音を語り始める。
どうやらソニアはオリバーに対しては本気で好印象を抱いているようで、むしろ「自分ごときが彼の妻になって良いのか」と恐縮しているらしい。彼女がそこまでオリバーを高評価している背景には、ケネスから事前に「世界を救った英雄」であるという前情報を与えられていたから、という事情もあるようだが、実際に会ってみた上で、オリバーのことを「信用に足る人物」であると、彼女自身も直感的に確信出来たらしい。
ソニアの内部に「特殊な回路」が埋め込まれていることを知っているエファとしては、それが「数百年前の因縁」によって引き起こされた感情なのか、あるいはソニアの純粋な恋心なのか、判断出来ずにいた。もっとも、エファ自身もまた、色恋沙汰とは無縁の次元で百年以上の時を生きて来た身である以上、どちらにしても、その手の事象について正確に判断出来る素養は持ち合わせていなかったし、そこまで深く踏み入る気もなかった。
9、夢に踏み入る者達
こうして徐々に夜が更けていく中、唯一、自室で静かに就寝していたレムスの夢の中に「謎の男」が現れる。レムスはその人物に見覚えはない。だが、その男の方は、明らかにレムスのことを知っている様子であった。
「ようやく、この地に来てくれたか。ずっと気がかりだったが、立派に育ってくれたようで、何よりだ。これでようやく、俺も安心して『輪廻の輪』に戻ることが出来る」
殺戮者などの「闇に堕ちた者」でない限り、一般的には、人は死後、「別の誰か」となって、再びこの世界に現れる。それが「輪廻」の理(ことわり)である。だが、極稀に、何らかの強い思いがある者の場合、すぐに輪廻の輪に戻らずに、しばらくの間、残留思念としてこの世界に留まることもある、と主張する学者もいる。その学説が真実か否かは不明であるが、少なくとも、この「レムスの夢の中に現れた男」は、自分はその一例だと主張しているようである。そして、レムスの記憶にない存在である以上、レムスの妄想が産み出した存在であるとも考えにくい。
困惑するレムスに対して、彼は更に語り続けた。
「俺が誰か分からないなら、別にそれで構わない。ただ、出来れば、ソニアのことは守ってやってほしい。彼女も『アイツの子』であることは変わらないからな」
その男が笑顔でそう言ったところで、突然、レムスの夢の中に「別の誰か」が割り込んできた。それもまた、明らかに「レムスの心の中から生まれた何か」ではなく、「レムスの心の外から入り込んできた何か」であった。夢の中の視界が一瞬途切れた直後、先刻まで現れていた男の姿は消え、代わりに現れたのは、あの人形師のマックであった。
「これはお取込み中のところ、失礼しました。ですが、どうしてもあなたとお話ししたいことがありまして。あなたの中に眠るその力、この世界のために、役立ててみる気はありませんか?」
突然現れたマックにそう言われたレムスは、不快感を露わにしながら答える。
「その力とやらのせいで、イオの森が危機に陥ったのだ。そのような力など、必要無い」
「確かに、力は争いの元凶にもなり得ます。ですが、その力を正しく用いれば、あのような争いが起きることも無くなります。諸侯間の争いも、『力を持つ主君』が不在だからこそ起きてしまったもの。持つべき者がその力を得て、正しき方向に用いれば、そもそも争いは起きないのです。この国を正しき道に導くために、その力を用いる気はありませんか?」
「私の使命はイオの森を守ることだ。国の行く末のことなど、知ったことではない」
「ですから、その森を守るためにこそ、国全体の争いに巻き込まれないように、その争い自体を止める必要があるのですよ。そもそも選帝侯の指輪の制度自体が……」
マックはそう言ってレムスを説得しようとするが、そもそもハイデルランドの政治構造自体を理解していないレムスを説得する上で、このような論法は全く無意味であった。
10、語られる真実
こうして、全くの平行線の会話がレムスの夢の中で繰り広げられている中、館の屋根の上で周囲に目を配っていたオリバーとアイルーは、建物の外から「魔法のような何らかの力」を送り込んでいる人物の存在に気付く。それは紛れもなく、人形師のマックであった(なお、この時点では、その傍らにレナーテの姿は見えなかった)。
オリバーとアイルーが屋根から下りてマックの元へと向かうと、それに気付いたマックは彼等に対応するために、その「魔法のような何らかの力」をひとまず断ち切る(その結果、レムスの夢の中の彼の姿も消えたのだが、当然、オリバーとアイルーはそのことには気付いていない)。
「そろそろ、本当のことを話してもらえないかな?」
アイルーはそう言って、ファンタスマの奇跡の力を発動し、人形師に「これから質問する全てのことに正直に答えろ」と命じる。すると、マックは笑顔を浮かべたまま、素直に彼からの質問に答え始めた。
事前にオリバーから「ケネスから聞いた話」を聞かされていたアイルーは、まずその話をマックにそのまま伝えた上で、それが真実か否かと問いかけると、彼はこう答えた。
「うーん、まぁ、六割くらいは真実かな」
マックはそう言った上で、「残り四割」についての訂正を始める(もっとも、以下はあくまでも「マックの中での真実」なので、彼が本当の真実を知らない可能性もあるのだが)。
まず、マック自身は確かにスーペルス=マーキナの眷属であるが、レナーテに関しては、実質的にスーペルス=マーキナと協力関係ではあるものの、彼の眷属でもなければ、殺戮者でもない。スーペルス=マーキナは、「擬似奇跡の力」が対魔神用に作られた代物であることを考慮した上で、「自分の眷属にしてしまっては、その力が発動しなくなるかもしれない」と考えて、あえて自身の花押をレナーテには捺さなかったらしい(そして、殺戮者となった場合でも同様に能力を発揮出来なくなる可能性があると考え、そうならないようにマックに彼の監視を促していたという)。
そもそもスーペルス=マーキナとしては、擬似奇跡の力そのものに強い興味を抱きつつも、その力を自分の意のままに操ろうとは思っていないらしい。彼は純粋に、その力によって引き起こされるであろう様々な対立と混乱が、やがて大規模な殺戮行為へと発展していくことを期待しているのである。おそらくスーペルス=マーキナは(同じ魔神であるオクルスとは異なり)、人間ごときがどれだけ力を得たところで、最終的には魔神としての自分を追い詰めるほどの脅威になるとは考えていないのであろう。あるいは、その力によって自分自身が倒されることになったとしても、それはそれでまた面白い、などと割り切っているのかもしれない。
「あとね、この村の領主のケネスも、スーペルス=マーキナ様の眷属だよ。つまり、この争いは、僕達の身内同士の争いなんだ」
笑顔でマックはそう語る。やはり、オリバーの推測通り、現在のケネスの左手は「力」の代償として拷問器具化した姿らしい(その上で「マックの場合はどうなのか?」と尋ねたところ、マックは自身の胴体の内側がアイアンメイデンの様な形状となっている様子を実際に見せて示したのであるが、そのくだりは物語の本題ではないので割愛する)。
マックは、同じ軍門下にあるケネスであれば、素直に協力してくれるであろうと考えて、彼にレナーテの治療を依頼したのであるが、ケネスはその力を自分自身の野心のために用いようとして、彼等を出し抜いてその力を自身の娘に与えたらしい。ちなみにマック曰く、ケネスは既に殺戮者であり、その力を使って自分自身がこのハイデルランドに覇を唱えようと考えているらしい。
「そこの『プルートーの末裔(オリバー)』を娘の婿にしようとしたのも、彼の野望の一環だよ。彼は『プルートーの血』を『機械人形の力を持つ娘』に掛け合わせれば、『完全体の力を持った子供』が生まれるんじゃないかと考えているらしい。正直、何の根拠もない妄想だけど、ありえないとも言い切れない話ではあるんだよね」
実際のところ、そのような事例は存在しない以上、それが実現可能か否かは、実際に子供を作ってみないと分からない(そして、実は似たような事例がまさに今、クロノスに住むセリーナの胎内で育まれつつあるのだが、そのことはマックもケネスも知らない様子である)。
「で、実際に『完全体』の子供が生まれたら、どんな手を使ってでも自分の手元に置いた上で、自分の手駒として育てるつもりだったらしい。その計画を聞いたスーペルス=マーキナ様は、『それはそれで面白い』と言って、容認しちゃったんだよね。でも、力を奪われたレナーテ君は納得出来る筈もなく、その力を取り戻してくれ、と僕に泣きついてきた、ってこと。スーペルス=マーキナ様的には、こういう形で僕達の間で争いが起きている様子も、それはそれで楽しんでるみたいで、特に仲裁する気もないらしい。だから、この争いの結果として、僕が死のうが、ケネスが死のうが、レナーテ君が死のうが、別に怒りも恨みもしないだろうね。まぁ、そもそも、あの方には『感情』自体が無いらしいけど」
ちなみに、マック自身がレナーテに協力する理由については、特にアイルーが質問しなかったので、彼は説明しようともしなかった。そして、アイルーはこの時点で「マック自身が殺戮者なのか否か?」という点についても、確認していない。それが意図的なのか否かは定かではないが、その結果として、(幸か不幸か)「彼等がマックと戦わなければならない理由」は、この時点では発生しなかったのである。
11、風見鶏の覚悟
やがて、館の近辺に不審者が現れたことに気付いたトレブルが現れ、マックに対して再び矢を放つと、マックもそれに対して反撃する。そして、その物音に気付いたレムスとエファ、そしてケネスもまた、館の外に姿を現わした。
マックとトレブルの戦いを横目に見ながら、オリバーは他の者達の眼の前でケネスに対して、先刻のマックの証言に基づいて真実を問い質すと、ケネスはその話が全て真実であることを認めた上で、改めてオリバーに問い返す。
「この国の不毛な争いを終わらせるには、力が必要なのだ。私自身がその力を手に入れれば、もう周辺諸侯の好き勝手な都合に振り回されることも無くなる。風見鶏などと揶揄されることも無くなる。あの無能な小娘達などではなく、この私自身の手によって、このハイデルランドを正しい方向に導く。そのための力を作り出すために、手を貸してはもらえないかな、婿殿?」
現実問題として、この国の統一のためには力が必要なのは事実であろう。優秀な為政者が必要なことも分かる。だが、為政者としてのケネスにこの国を治めるに足る能力があろうと無かろうと、自身の娘を政争や戦争の道具にするような人物に、オリバーとしては協力出来る筈もなかった。そして、オリバーがきっぱりとその申し出を拒絶すると、ケネスは殺戮者としての本性を露わにして、彼等に対して襲い掛かる。自らの正体が知られた上に協力を拒まれてしまった以上、このまま彼等を生かして返す訳にはいかなかったのである。
ケネスは早々に戦いを終わらせるべく、序盤からデクストラの奇跡や自身の身体に込められた特殊な強化装置を駆使して彼等を一掃しようとするが、エファの鉄壁の防御に阻まれて、なかなか致命傷を与えられない。一方、アイルーやレムスもケネスに対して次々と必殺の一撃を打ち込むが、ケネスもまた自身の中に秘められた様々な奇跡の力でそれらを無効化していく。
だが、いかにケネスが魔神の力でその身を強化していても、これまで幾多の死線をくぐり抜けてきたオリバー達を相手に、一人だけでは太刀打ち出来る筈もなかった。やがて奇跡の力を使いきったところで、アイルー、レムス、オリバーの連続攻撃をその身に受けて、その場に崩れ落ちる。そこから自身の体を再び立ち上がらせようとした奇跡の力をも、オリバー達の対抗奇跡によって全て封じられたことで、ケネスは完全にその息の根を止められた。それは、生まれながらの「風見鶏の領主」としての運命を変えようともがき続けた男の、哀しき末路であった。
12、決意と裁定
一方、この戦いと並行して繰り広げられていたマックとトレブルとの戦いはマックに軍配が上がり、トレブルは再びその身体機能を停止させる。ただ、止めを刺す前にアイルーがその戦場に介入し、アイルーはマックとの間でなぜか談笑を始める。既にファンタスマの奇跡の効果は切れていた筈なのだが、どうやらアイルーはマック(および彼が手にしている人形型の魔神)に、いつの間にか気に入られていたらしい。
そして、やがてその一連の物音を聞きつけて、ソニアもまた現場へと駆けつけた。既に事切れた父を目の当たりにして絶句する彼女であったが、オリバーから一通りの事情を聞かされると、彼女はその事実を素直に受け入れる。どうやらソニアもまた、父が「人としての道」を外れた手段に手を染めていることは、薄々勘付いていたようである。その上でソニアは、オリバーに対して、静かにこう言った。
「私のことも、罪人の娘として処罰して下さい」
彼女がこれまで貴族として、特権階級としての生活を謳歌してきたのは、父の威光があったからこそである。その父の威光が、人としての道を外れた行為によって成り立っていたのだとすれば、今度はその父の罪を自分が償う必要がある、と彼女は考えていた。ましてや自分の身体の中に、その父の野望の遂行過程で埋め込まれた「世界を危険に晒す力」が眠っているのだとすれば、自分には人として生きる権利など存在しない、と彼女が考えるのも、確かに一つの「筋の通った主張」であった。
だが、オリバーはそんな彼女に対して、もう一つの異なる「筋」を提示する。
「君が父の罪を背負う必要はない。君の中にある力が今後何をもたらすことになろうとも、全てそれは俺が引き受ける。これから先の君の人生は、俺がこの手で導いてみせる」
そう言われたソニアは、涙を浮かべながらオリバーの胸の中へと飛び込む。そしてそんな彼女の様子を、レムスは遠目に静かに見守っていた。この時点でレムスの中では、先刻の自身の夢の中に現れた男の正体と、そして彼が「ソニアを守ってほしい」と言っていた理由が、うっすらと分かり始めていたのであるが、今はそのことを口に出すべき時ではない、と考えていたようである。。
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一方、戦いが終わった時点で、エファはレムスから聞いていた情報を元に、マックが泊まっていた宿屋へと向かう。すると、そこには予想通り、レナーテの姿があった。
エファがレナーテに対して「あの力は、もうあなたの手には戻らない」ということを説明すると、レナーテは納得しきれない様子ではあったが、やがて帰ってきたマックからも「もう諦めた方がいいよ」と聞かされ、やむなくミンネゼンガーへと帰還することを決意する。どうやらマック(および彼が手にしている人形型の魔神)は、アイルーと意気投合したことで、出来ればこの場で彼等と争うのは避けたい、という気分になっていたらしい。
こうして、数ヶ月間にわたってミンネゼンガー(および神聖騎士団)を混乱させ続けた「ミンネゼンガー公失踪事件」は、あっさりと解決することになった。失踪中の自身の行動について、レナーテは「覚えていない」の一点張りで押し切り、姉のアレクシアも「無事に帰ってきてくれたのだから、それでいい」とだけ言って、それ以上は何も詮索しなかったという。
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主君の帰還によって平穏を取り戻したミンネゼンガーとは対照的に、領主を失ったグレミー村では、翌朝になってそのことを知った村人達の間で激しい動揺が広がっていた。ソニアが「父は殺戮者と化して、様々な罪を犯してしまっていたため、誅殺された」と神妙な面持ちで説明すると、村人達はその言葉を受け入れながらも、困惑を隠せない様子であった。どうやらケネスは、少なくとも村の住人達にとっては「村人のことを第一に考える良き領主」であったらしい。そしてソニアもまた、その父と同等以上に村人達から敬愛される存在であったことが伺える。
なお、村人達の証言によると、ソニアの母ルカは、元来は巡回士サフィールの妻であったらしい。だが、サフィールが「謎の死」を遂げ、彼との間に生まれた男児も「何者かにかどわかされて行方不明」となった後、彼女はケネスに見初められ、彼と再婚することになったという。おそらくその背後には、ルカが「プルートーの末裔」であることを知った上でのケネスの思惑もあったのだろうが、だからと言って「彼女の血」だけが目当ての結婚だった訳ではなく、夫婦仲は決して悪くはなかったと館の使用人達は証言している。
ちなみに、スーペルス=マーキナは力を与える代償として、身体の一部を拷問器具に変えるだけでなく、その者の「感情」の一部を奪うことでも知られている。そして、マックの証言によれば、ケネスが捧げた感情は「家族への愛」であったらしい。スーペルス=マーキナがあえてその感情を所望したこと自体、それがケネスにとって「何よりも大切な感情」であったことの証明と言っても良かろう。
そして、この事実を知らされたことで、レムスはソニアが自分にとっての「異父妹」であることを確信するが、あえて彼女に対して「兄」と名乗ることはしなかった。枕元に現れた「父と思しき誰か」からは「ソニアを守ってほしい」と頼まれたものの、既にソニアの傍らには、彼女のことを生涯をかけて守ってくれるであろう「遠縁の戦友」がいる以上、自分がここでわざわざ名乗りを上げる必要はないと考えたのかもしれない。
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その数日後、オリバー達からの報告を受けたケルファーレン公女ローザリンデから「グレミーはひとまず自身の直轄領とした上で、いずれ新領主を派遣する」という決定が下された。同時に、前領主ケネスが犯した内通罪を初めとする諸々の罪については、全て彼一人の独断でおこなわれた行為であり、家族や部下にはその罪は問わない、という旨も通告される。この決定の背景には、オリバー達の盟友でもある「エレシス村の領主代行」からの口添えがあったという説もあるが、定かではない。
その上で、ケネスの唯一の肉親であるソニアは、父の全ての遺産の相続を放棄した上で、オリバーと婚約してクロノス村へと移住することになった。村人達からの人望が厚い彼女が村を去ることを惜しむ人々も多かったが、今の彼女の心境を慮れば、これから先の彼女にとってそれが一番の幸せであろうことは、多くの村人達も理解出来た。
一方、かろうじて一命を取り留めたトレブルは、アイルーによって引き取られることになった。主人のために尽くすことしか考えていなかった彼は、その主人がいなくなった今、実質的に自分を救うことになったアイルーを「新たな主人」とした上で、今後は猫人族の里を守る一人の衛兵として、新たな人生を歩むことを決意したのである。
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一ヶ月後、その猫人族の里において、アイルーとメラルーの結婚式が大々的に開催された。トレブルが指揮する警備隊によって守られながら、幸せそうな花婿と花嫁を、大陸中から集まった仲間達が祝福する。
そして彼等は、そう遠くない未来に、今度はクロノス村で領主の結婚式が挙げられるであろうことを予感しながら、主賓席で参列するオリバーとソニアにも熱い視線を送っていた。今後、彼等の間に生まれる子供が、この世界にとっての「脅威」となるのか、「希望」となるのか、あるいは、どちらにもならない「普通の子」が生まれるのか、それは誰にも分からない(そして、それは出産日を間近に控えたセリーナの胎内の子も同様である)。だが、どんな力を持った子が生まれようと、今日この場に集まった「オリバーの仲間達」が、必ず「正しい方向」に導いてくれるであろうと、ソニアは確信していた。
その一方で、内心密かに「その次は自分達の番」だと確信している人物が一人、レムスの隣に座っていたのだが、そんな「彼」の想いが実る日が来るのか否かは、神のみぞ知るところである。
最終更新:2016年09月08日 04:47