ロデリックスコーヴにおけるサーシロン遺物についての報告


本稿では、ヴァリシアの港町ロデリックスコーヴ(Roderic's Cove)近郊で発見された古代サーシロン時代の遺物および関連事件について報告する。事件の調査過程で、我々は2つのアーティファクトを回収した。1つは傲慢の剣バラケット(Baraket, Sword of Pride)、もう1つはルーン護りの篭手(Runewarded Gauntlets)である。各事件の背後にはルーンロードの影響やその信奉者の活動があることが推測され、遺物や情報の取り扱いには注意が必要である。


背景:サーシロンとルーンロード

伝説の時代、アヴィスタン北西部には強大なるサーシロン帝国が在った。サーシロンは広大な領域を支配して隆盛を極めたが、アースフォールによって滅び、その優れた魔法技術の多くが失われたという。古代サーシロンの中心部であったヴァリシアの地には、サーシロン時代の遺跡が数多く存在する。ヴァリシアにおいて新たな遺物が見つかるのは珍しいことではない。特に、AR4713年にシェードロンの英雄たちがサーシロンのアーティファクトを見出して大きな危機を救ったことなどは記憶に新しい。

古代サーシロン末期、帝国は7人のルーンロードによって7つに分割されていたと言われている。ルーンロードは統治者であると同時に優れたウィザードであり、ルーン魔術の実践者であった。彼らの権能を表す固有のルーンは人類の大罪(sins of mankind)と紐づいているといわれ、それは彼らの冠する称号と秘術系統とも関わっている。例えば、カルズーグ(Karzoug)は強欲のルーンロード(Runelord of Greed)であり、変成術の達人であったといわれている。7つのルーンは古代サーシロンを表す紋章シェードロン(Sihedron)にも刻まれており、サーシロン遺跡を訪ねれば今日でも目にする機会があるだろう。

サーシロン滅亡とともにルーンロードたちは歴史記述から姿を消した。彼らの運命は杳として知れないが、今でもルーンロードの影響が続いているかのような伝承や逸話は、例に事欠かない。中にはルーンロードの復活(rise of the runelords)について言及するようなものもある。実際、カルズークはAR4707年に復活してヴァリシアの脅威となった。古代サーシロン研究において、ルーンロードたちが残した謎の解明は、最重要領域の1つであると言っても過言ではないのである。


背景:ロデリックスコーヴの危機

ロデリックスコーヴはヴァリシア湾の内奥に位置する小さな港町である。80年ほど前、町の創設者であるロデリック卿(Sir Roderic)は海賊との戦いで無念のうちに亡くなったが、その後、町に大きな危機が訪れるたびに霊となって現れるようになった。しかし彼に害意はなく、むしろ町の危機に対して警鐘を鳴らすような行動をとっていた。

今回の事件でもロデリック卿の霊が現れた。私の考えでは、このたびの町の危機とは「バラケットの力の発現」と「アラズニスト信奉者の暗躍」であった。特にバラケットについては、生前のロデリック卿自身が最初の回収者であったこともあり、地縛霊となった彼にとって積年の懸念であったことが推し量れる。

今回我々は、ロデリック卿の導きにも助けられ、2つの大きな事件を解決することができた。ロデリックスコーヴに対する直接的な危機は遠ざかったと考えてよいだろう。以下では事件ごとに2つの系統に分けてその顛末を報告する。


報告1:バラケットの力の発現

遺物:バラケット

七つの大罪の剣(Seven Swords of Sin)の一振りであり、傲慢の剣(Sword of Pride)とも呼ばれるアーティファクトである。不可視の刃を持つ魔法のレイピアであり、傲慢のルーンロード・ザンダーグル(Xanderghul)に仕える英傑に与えられる武器と伝えられている。この剣は、高位幻術呪文のウィアードに似た効果を発揮する力を持つことがわかっている。

大罪の剣は皆知性を持ち、保持者の精神に少なからぬ影響を及ぼすと考えられている。後述する「サークルの虐殺」事件においても、バラケットの自我が関与した可能性が示唆されている。

遺物:ルーン護りの篭手

表面にルーンが刻まれたひと揃いの篭手であり、青緑色の金属で作られている。遺跡の宝物庫内にバラケットとともに保管されていたと思われる。かつてロデリック卿は宝物庫からバラケットを回収したが、この篭手は持ち出されず残された。我々が再び宝物庫を開けるまで、安置されたままであったと考えられる。

知性ある武器の効果を抑制する力を持ち、これによってバラケットを比較的安全に持ち運ぶことができる。

遺跡:ストーンハウス遺跡

ロデリックスコーヴ南方のチャールウッドの森にある古代サーシロンの遺跡である。森の中の小高い丘には、石の家(Stonehouse)と呼ばれる古びた石小屋が建っているが、この遺跡は丁度その小屋の地下深くに広がっている。サーシロン時代における遺跡の用途は不明だが、歴史的背景や内部の彫像などから、憤怒のルーンロード・アラズニスト(Alaznist)に纏わる施設だろうと推察される。

相当大きな施設であると思われるが、地盤の崩落によってその全体像を把握することが難しくなっている。瞬間転移のルーンにより数マイル離れたゴブリン巣穴の地下部分とも接続しており、転移技術を前提とした分散構造の施設であった可能性もある。

なお、これらの遺跡をアジトとしていた山賊団ロードキーパーズならびにゴブリンのブランブルマウス族(Bramblemouth)はどちらも討伐済みであり、本稿執筆時点において遺跡の安全は確保されている。

遺跡の最深部には強力な防御術で守られた玄室のような宝物庫があり、その扉はパズルめいた鍵によって固く閉ざされていた。鍵はシェードロン図形を模したもので、ダイアルを操作してシェードロンとルーンの位置を特定の組み合わせに設定することで解錠できる。解錠を試みた錬金術師ドランド・レッゲロアによれば、組み合わせの候補は78,125通りにもおよび、総当たりによる突破には少なくとも数ヵ月はかかる公算となるらしい。しかし、この鍵の答えはコーヴホール保管のロデリック卿手製の地図の裏面に記されていた。

宝物庫にはバラケットとルーン護りの篭手が安置されていたが、バラケットは80年以上前にロデリック卿によって持ち出された。我々の念術調査によれば、ロデリック卿は宝物庫の罠にかかったことで篭手の回収を断念した。彼はそのことを死後も後悔していたようである。


事件:サークルの虐殺

AR4718年デズナの月7日、ロデリックスコーヴの中央広場「サークル」(The Circle)において、町のギャング団であるホーンドファングズ(Horned Fangs)の構成員6名が死体で発見された。調査により、彼らはその前夜に町の思想団体である光輝会(Order of Resplendance)の面々と口論した末に殺害されたことが判明した。そして、まさにこの事件で振るわれたのがバラケットの力である。犠牲者の1名は鋭利な刃による刺殺体だったが、残り5名は恐怖によって表情を凍りつかせて事切れていたという。5名の死に様はファンタズマル・キラーやウィアードの犠牲者のそれと酷似している。

事件でバラケットを振るったのは光輝会の主催者コルステラ・ロストラータ(Corstela Rostrata)である。コルステラはヴァリシアの歴史を熱心に研究しており、サーシロンやルーンロードについても造詣が深い。彼女はロデリック屋敷2Fの床下に隠されていたバラケットを発見し、つい最近までそれを保有していた。サークルの虐殺は、コルステラがバラケットの力を発現させたことで起こったものである。

しかしこの事件は意図的なものではなく偶発的な事故であった可能性が高い。確かに、コルステラの思想は「ヴァリシアのものはヴァリシア人へ」とやや過激な主張を軸にしており、その行いには公序良俗に反するものも見られたが、6人の市民を残酷に殺害する意志を彼女自らが有していたかというと疑問である。彼女の証言を信じるならば、バラケットの力を振るう直前、突如として強く明確な感情に精神が圧倒されたという。これはバラケットの自我による働きかけがあったと考えるべきではないだろうか。

また、事件に関して光輝会は関与していないことが確認されている。徒弟のほとんどはコルステラがバラケットを所持していたことすら知らなかった。彼らが居を構えていた孔雀屋敷にはピーコックスピリットを祀る祭壇があったが、彼らがヴァリシアの歴史文化や哲学を求道する過程で傾倒したものであろうと考えられる。

考察:バラケットについて

サークルの虐殺はコルステラの逮捕とバラケットの押収によって一件落着となったが、1つ大きな謎が残っている。大罪の剣は「主のルーンロードが不在の間は休眠している」というのが通説であるが、事件において、バラケットはなぜ真の力を発揮したのだろうか。実際、コルステラは相当な期間バラケットを所持していたが、普段はその強大な力に圧倒されるようなことはなく、半ば護符として持ち歩いていたようである。

理由についてはいくつか仮説が立てられる。例えば、「休眠説が間違っている」「休眠を破る他の方法がある」「主のルーンロードが不在でない」などである。また、力の発現が限定的なのは「何らかの理由や意図によってバラケット自身が力を抑えている」「主のルーンロードが復活しつつある兆候が出ている」などと考えることも可能である。しかし、根拠や判断材料に乏しく、今のところいずれの考えも憶測にすぎない。

また、バラケットが保管されていた宝物庫についても疑問が残る。ストーンハウス遺跡がアラズニストの施設であるならば、どうしてそこにザンダーグルに関わるアーティファクトがあったのか。どうしてルーン護りの篭手とともに保管されていたのか。根拠のない想像を巡らせることはできるが、正しく疑問に答えるためには、ルーンロードたちの関係性や歴史について更に深い研究や調査が必要だろう。


報告2:アラズニスト信奉者の暗躍

遺跡:クリークサイド遺跡

ロデリックスコーヴ地下にあるサーシロン時代の遺跡である。酒場兼宿屋「クリークサイド」(Creekside)の地下倉庫で本遺跡の入口が発見された。サークル周辺の地下に広がっており、クリークサイド以外にも、サークルそばの井戸やコーヴホールの床下にもこの遺跡に通じる道があることがわかっている。

遺跡には憤怒のルーンが刻まれており、アラズニストに関係する遺跡であることは明らかである。また、後述する螺旋状のルーンの内容や、衣食住の設備が整っていることから、この遺跡はサーシロン時代にヘルストームフルーム(Hellstorm Flume)と呼ばれていた施設であったと推測される。ヘルストームフルームとは、アラズニストが他のルーンロード領土との境界域に建設した防衛施設である。兵士たちの駐留する基地でもあり、敵軍を焼き払う炎を発生させる兵器でもあったと伝えられるが、ロデリックスコーヴに古の炎の名残は存在しない。

遺跡内部には、サーシロンの魔法技術がふんだんに使われている。全ての言語が聞き取れるパーティーホール、無限に食事の出るテーブル、異次元クローゼット、工学技術の粋を集めた便所や風呂場など、現代の水準からは考えられないほど設備が充実している。これらの設備は、最初に遺跡を発見したホーンドファングズたちがアジトとして利用していた。彼らはこの遺跡で見つけた憤怒のルーンを模した印を衣服につけており、このことが「サークルの虐殺」の原因の1つにもなった。

遺物:ルーンポータル

クリークサイド遺跡の最奥にはオレンジ色に明滅する螺旋状のルーンが刻まれている。解析の結果、これは魔法のポータルであるとわかった。現在は機能不全によって一方通行となっているが、完全な状態ならば遠大な距離を双方向に瞬間転移することが可能である。接続先はシン=バクラカン(Xin-Bakrakhan)にある「憤怒の炉」(Forges of Wrath)であると推定される。アラズニストはこの装置を使うことで、首都と前線の間で自分の軍団を自在に行き来させることができたのかもしれない。

ある日、この一方通行のポータルを通ってモザマーなる憤怒のシンスポーンがやってきた。モザマーはアラズニストに奉ずる軍団を編成しようとロデリックスコーヴの地下で暗躍していた。

事件:モザマーの暗躍

モザマーはヤマソス(Yamasoth)の神官であり、アラズニストの信奉者である。彼はクリークサイド遺跡で軍団を組織し、ロデリックスコーヴの町を狙っていた。

まず、モザマーはポータルのルーンを修復しようとし、その過程でルーンを利用して危険なクリーチャーを召喚していた。我々が確認した召喚クリーチャーは、フレッシュドレッグ、シンスポーン、そしてハイドラグオンというクリフォトである。フレッシュドレッグの一部は、井戸を通じて街中に現れることもあった。クリフォトが召喚できたのは彼がヤマソスの神官であることと無関係ではあるまい。ルーンが完全な状態であれば、より危険なフィーンドも召喚されていた可能性が高い。

そして、モザマーは遺跡を根城にしていたホーンドファングズに目をつけ、そのメンバーを支配した。そのままであれば、彼らは近い将来ロデリックスコーヴに対する脅威の一員となっていた可能性がある。しかしこの事態を憂いたホーンドファングズのリーダー、ジャナ・ギルダースリーヴズの依頼を受け、我々はモザマーから構成員を解放する作戦を行った。モザマーは対峙した我々にも勧誘をかけてくるなど、軍団の編成に非常に貪欲であった。

モザマーの軍団があのまま数を増やして実力をつけていたならば、ロデリックスコーヴにとって大きな脅威となっていたに違いない。しかし我々はモザマー含む危険なクリーチャーの排除と、ホーンドファングズの構成員の無力化に成功した。クリークサイド遺跡の安全は一時的には確保されたといえる。とはいえ、ルーンを通じて再び危険なクリーチャーが現れる可能性があるため、現在はモザマーの支配から解放されたホーンドファングズが衛兵たちと連携して遺跡の監視にあたっている。

考察:アラズニストとザンダーグルの関係

先述の通り、ホーンドファングズはクリークサイド遺跡でみつけた憤怒のルーンを模した印をつけており、これがサークルの虐殺の原因の1つとなっている。コルステラの証言によれば、サークルでバラケットの力が発現したとき、彼女の精神は次のような感情に圧倒されたという。

「憤怒の印を身に帯びた者共が、不遜にも、我が領域を侵している!」

サーシロン時代末期のルーンロードたちが対立関係にあったというのはサーシロン研究における定説ではある。アラズニストとザンダーグルは領土が接していたため、特に反目しあっていた可能性も高い。バラケットがアラズニストの遺跡にあったことも、歴史的な出来事の結果なのかもしれない。この点について掘り下げるには、他の研究と突き合わせて慎重に検討する必要があるだろう。


結び:ルーンロードの復活について

カルゾーグの復活以来、ルーンロードの復活というのは荒唐無稽な話ではなくなった。今回の出来事は、片田舎の小さな事件と片付けるにはサーシロン的オーメンが多すぎると考えている。バラケットの力の発現はザンダーグルの復活が近づいているのではないかという懸念を抱くに足るものである。アラズニストのポータルは昔から遺跡にあったようだが、サークルの虐殺と近い時期にモザマーが現れたのは果たして偶然なのだろうか。

我々は本稿で報告した事件が大きな脅威の一端である可能性を憂慮しており、シェードロン評議会および有識者と情報を共有し、意見を求めたいと考えている。

――リセリス・ヴァルトリア

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最終更新:2024年01月23日 01:22