あのドタバタからもう丸五日がたった。今いるのは、オーブから遠く離れた見知らぬ世界。
周りに広がっているのは殺風景な景色ばかりで、本当に同じ地球なのかと疑ってしまうような―― そんな、想像すらしたことのなかった世界だった。あまりにいろいろな事が一度に起こり過ぎて、頭の中はまだ真っ白だ。これからいったい何がどうなるのか。この時はまだ、先の見えない不安に駆られることしか出来なかった。
周りに広がっているのは殺風景な景色ばかりで、本当に同じ地球なのかと疑ってしまうような―― そんな、想像すらしたことのなかった世界だった。あまりにいろいろな事が一度に起こり過ぎて、頭の中はまだ真っ白だ。これからいったい何がどうなるのか。この時はまだ、先の見えない不安に駆られることしか出来なかった。
基地に着くなり、コニールはソラを気遣ってか、何人もの仲間を引っ張ってきては紹介した。だが、普段から緊迫した生活を送っているせいか、怖い感じの、それも男ばかりで、ソラはとても自分から話しかける気にはならなかった。向こうも仕事が忙しいのか、あまり話しかけてこない。いつの間にか、完全に一人ぼっちにだ。何かをしようにも、何もすることが無い。
「わわっ…うわっ!いてて…」
何かがぶつかる音と、話しかける声が聞こえてきたのはほとんど同時だった。
「えーと、あの…君がオーブから来たっていう女の子?」
振り返れば、そこには一人の少年が立っていた。来る時につまづいたのだろう、
足元にはバケツが転がっていて、水を撒き散らしていた。よほど恥ずかしかったのか、
少年は真っ赤になって俯いたまま、手に持ったレンチを器用にくるくるとまわしている。
サイズの合わないだぼだぼのつなぎに、ぶかぶかのヘルメットという情けない格好だったが、それがどこか板についていて、不思議な雰囲気をかもし出していた。
振り返れば、そこには一人の少年が立っていた。来る時につまづいたのだろう、
足元にはバケツが転がっていて、水を撒き散らしていた。よほど恥ずかしかったのか、
少年は真っ赤になって俯いたまま、手に持ったレンチを器用にくるくるとまわしている。
サイズの合わないだぼだぼのつなぎに、ぶかぶかのヘルメットという情けない格好だったが、それがどこか板についていて、不思議な雰囲気をかもし出していた。
「お、俺シゲト=ナラっていうんだ。趣味はメカを弄ることで…ってそうじゃなくてだな。 その、なんだ…こんなことになっちまって悪かったな。ごめん。」
「え…どういうことですか…?」
「君をここに連れてきたのがシンさんだって聞いてさ。あの人素直じゃないから、どうせ碌に謝りもしてないだろ?俺達の印象が悪くなるのもあれだから、ちゃんと謝っとかないと、と思って。用はそれだけだから。それじゃ!」
いきなり頭を下げられて呆気に取られているソラにそれだけ言うと、少年はさっさと行ってしまった。謝られても、いきなり印象がよくなるものでもないのだが。それでもソラは、歳の近い少年の存在に少し安心感を覚えた。
「全く…素直じゃないのはどっちなんだか。喋りたいなら喋りたいって言えばいいのに。」
「きゃっ!」
声は唐突に、思わず悲鳴をあげてしまうほどすぐ近くで聞こえた。横を向くと、見慣れぬ女性がこちらを見てニコニコと微笑んでいる。あまりに突然だったので、口が開いたままだったかもしれない。
「あら、驚かせちゃった?ごめんなさいね。私はここの医療とか雑用全般を担当させてもらってるの。みんなセンセイって呼んでくれてるから、あなたもそう呼んでちょうだい。」
女性はそう言ってまたにっこりと微笑むと、何やら考えはじめた。どこか知的な感じのその姿は、女のソラでも見とれてしまう程美しいものだった。考える時に、小指を立てて唇に当てる独特のしぐさもひどく印象に残る。
「それより何なんですか?喋りたいならどうのって。」
「ナラ君よ。さっきの男の子。あの子、私が来る前からここにいるんだけどね。何分こんな所だからあんまり同世代の子との付き合いが無かったみたいなの。」
なるほど確かにその通りだ。こんな所にすき好んでくる子どもなど、ソラのような例外を入れても、両手の指で事足りる程の数しかいないだろう。
「それで、あなたと話したそうにしてた所を私が一押ししてあげた訳。私の知る限りあの子がああも簡単に撃沈したのははじめてよ。あなたもなかなかやるわね。」
「撃沈?どういう意味ですか?」
センセイは質問には答えてくれなかった。その変わりにソラの顔をじっと覗き込むと、満足そうな顔をして頷いた。ソラには何が何かさっぱりだった。
「それはそうとして、実は私もあなたと話がしたくて来たの。」
センセイは目の前のいすに腰をおろすと、真剣な口調で話を切り出した。その眼差しは、まっすぐとソラの目へと注がれている。
「一人で考えこむのは悪循環なだけだし、体にもあまり良くないわ。悩みがあるなら聞いてあげるから話してみなさい。勝手に連れてきておいて何だけど、少しでも力になりたいのよ。」
「えっ…」
先ほどとはうって変わって優しい声だった。それでいて力強く、まるで自分の心を見透かされているような気分になる。でも、不思議と悪い感じはしなかった。どこか懐かしいような感じがして、この人なら、安心して話せる。何故かそんな気がした。
「私、すごく不安なんです。いきなりあんなことがあって、気がついたらこんな所にいて。学校のこととか友達のこととかもそうですけど、これからどうなっちゃうんだろうって思うと凄く怖くて…」
「本当に悪いことをしたわね。なんて謝ったらいいのか…本当にごめんなさい。」
センセイは、ずっとソラのことを見つめていた。幼い頃に両親を亡くしているソラはすぐには気づかなかったが、この時のセンセイの目は、傷つきボロボロになって帰って来たわが子をそっと慰める時の、優しい母親の目そのものだった。
「私、帰れるんですよね…?来週は友達と買い物に行く予定があるんです。もうすぐテストもあるし勉強も――ぐすっ…あれ、どうしたんだろう…おかしいな…」
ソラの目には大粒の涙が浮かんで、ぽろぽろと頬をこぼれ落ちていた。改めて自分がとんでもない所に迷い込んでしまったことを認識し、いきなり未知の世界に放り込まれた恐怖と、どうしようもない不安に、今にも押しつぶされそうになってしまっていたのだ。
「早く、家に帰りたいよ…」
「泣きたければ、泣いていいのよ…人は、泣けるのだから…」
次の瞬間、何かに包みこまれるような感触と共に、目の前が真っ暗になった。自分が抱きしめられているのだと気づくのに、少し時間がかかった。襲い来る不安や恐怖からソラを守るように、センセイは力強くソラを抱きしめ続けた。ソラも、涙が枯れるまでセンセイの胸で泣き続けた――