「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

月下の面影

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 夜。ガルナハン近郊の山、その山肌に口をあけた洞窟ひとつ。
 先の大戦で破壊された火力プラントの再建も進まぬ今、まわりは月明かりに染められた青い世界だ。
 その洞窟の入口そば、木立ちのまばらになった空間に木々の間から一組の男女が姿を現す。

「覚えてる? ここ」
「いいや」
「……そう…… って、あんたが忘れてどーすんのよ!」
「い、いや、そこで怒られる理由が判らないよ、俺には」
「MS乗りなら自分が通った道くらい覚えときなよっ!」
「……通った……あ、ああっ」

 男がかるく手を叩く。
 かつて彼がこの町に駐留している連合軍を討つ作戦に参加したときに、彼が愛機で通り過ぎた、場所だ。

「しかしな、あれから五年も経ってるんだぞ? それもコアスプレンダーで一瞬通っただけの場所を、覚えろっ
て言われても……ぃ、たたたたたぁっ」
 頭ひとつぶん高い位置の男の頬をおもいきりつねる、女。
「ったく……あんたもしょせんは男ってことね」
 はぁ、と軽くため息をつく女。ポニーテールがふぁさりとゆれる。
「いったい何なんだよ……おまえは」
 じんじんと熱を帯び出した頬を抑えてうめく、男。
「いーのっ、わかんない奴はわかんなくてっ!!」
「……」

 洞窟の中、あたりを照らすのはふたりが持つ懐中灯のみ。
「どこまで行く気だ? だいたい何しに俺を連れてきたんだよ、おまえ」
「いいからついといでって。男だったらぐちぐち言わない。ウチの連中だって黙ってついてくるんだから」
「ぶーたれたら銃口で黙らす癖に」
 ぴたり。女の足が止まる。
「……」
「……」
「……なんだよ、早く行けよ」
「もういい」
 くるりと向きかえり、女が今来た道を歩き出す。男の脇をすり抜け、先へ先へ先へ。
「お、おい、どうしたってんだよ」
 慌てて男も後を追う。

 数歩の距離はすぐに縮まる。男は女の手を捕まえた。
「何だってんだよ、さっきからワケわかんないぞ、おまえ」
「……」
「わざわざ俺を呼んだんだ、何かやりたかったんだろ?
 知らない知らないで喧嘩別れして、何がやりたいんだかさっぱりわかんねーよ!
 ……なぁ、落ち着け、落ち着けって」
 男は女をなだめようと言葉を重ねる。
 黙っていた女が、それに言葉を返した。
「……だ、だった、らぁ」
 その普段の快活な声音が、いつの間にか涙声になっていたことに、男ははっと驚く。
「だったら、黙って、ついてきてよぉ」
「……わかった。お互い明日があると限らない身だから、な。 だからもう泣くな」
「泣いてないぃっ!」
「……泣いてない、泣いてない」
「で、あと」
「……なんだよ」
「手、引いて。エスコートするつもりで」
「な、なんだそりゃ?!」
「してくれるの? くれないのっ?!」
「……判りましたよ、お姫様」

 順番を逆にした男女が足を止める。
 女が壁を照らすと、そこに浮かび上がるのは大きなうねり。
 鍾乳石が壁と連なって生まれた壁面のうねりだ。
 そのうねりのひとつの前で、女は立ち止まる。
「ここ」
「……何なんだ?」
「ちょっと待ってて」
 うねりの間のくぼみに女は手を入れる。
「……あったぁ……」
 男は思う。これだけ嬉しげな声をあげるこの女を見たのは、いつ以来だったか、と。
 その喜ぶ顔を見てみたいとは思ったが、懐中灯を向けたらさすがに今度はキレられそうだな、とも。
「ね、これ持って」
 くぼみから取り出した「何か」を手のひらに載せられた、男。

「……石?」
「うん。ちっちゃいころの宝物」
「……これを? 俺に渡すために?」
「うん」
「……な、……そんだけ?」
「うん」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「何よ、その声は?!」
「いや、普段と違って珍しくしおらしく頼むからなんだと思ったら、こんなことかよと……」
「いいじゃない! あとね、それ捨てたら本気でコロすからね!
 戦争終わってお互い生き残るまで、それ無くすの禁止っ!!」
「な……そんなの責任持てるかよ」
「持ちなさいよ! 男でしょ?!」
「男だからって安請け合いできるくらいなら苦労しねーよ!」
「苦労しなさいよ! 苦労して……一緒に、生き残るの」
「……」
「……」
「……言われるまでもねぇ。生きるさ、生き延びてみせるさ」
「それならいいのよ」
 そう言って、女は軽やかに出口へ向けて歩み出す。
「しかしあんたのさっきの落胆声、もしかしてなんか期待してたりした?」
「あ、アホか! 人を中学生扱いするなよ!」

 軽口叩きつつ出口に向かいながら、女は思う。
 先の見えない戦いの日々の中、やっぱり自分には五年前の彼の横顔が何よりの救いなんだな、と。
 日の昇る時間には無口な戦士に収まってしまった彼も、五年前はよくしゃべる元気な少年で。
 彼と別れてからも自分はずっと彼の横顔を忘れられずにいて。
 肩を並べて戦う仲間としては、彼はあまりにも「戦士」に成り果ててしまったけれど。
 こうやって二人だけで過ごすときには、ときに五年前のあの顔を覗かせてくれる。
 いまはそれで充分。目的のために生きる自分にはそれで充分。
 そして彼に渡した石が、その言い伝え通りに彼を守ってくれればそれでいい。
 平和になったときにはその石をちゃんと磨いて、指輪にでもしてもらえればもっといい。
 その指輪を左手の薬指にはめるのが自分であれば、もう何も言うことはない。
 石の名は青金石。彼女が祖母からもらった、思い出のかけら。

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